未来の思い出―UNDER AFTER―



byドミ



(7)過ぎし日への旅



「記録によると、今夜、わたしは過去に戻る筈」

何度かにわたる情事のあと、眠りに落ちた新一の顔を見詰めながら、蘭は考えていた。
新一は、深く眠りに就きながらも、蘭を抱え込んで離そうとしない。

「過去のわたしがこちらに来た時が、朝で良かったわ・・・夜中だったら、新一の腕の中で目覚めて、きっと、あれ以上にパニクってただろうな」

17歳の蘭が過去に戻った時、22歳の蘭が、戻った日付など、いくつかの事を記録して残していた。(今の蘭にとっては、これからそれをやるという事になる)
予想して覚悟している事とは言え、胸がドキドキしてたまらない。

もしこれで、蘭が過去に戻った時、天の邪鬼に記録を残さないでおいたら・・・と、考えないでもないが。
タイムパラドックスが生じるものか否か、そんな検証をしたところで、蘭自身が困るだけだろう。


新一には、22歳の蘭と17歳の蘭の意識が交代する日が来る事を、結婚した時に、既に告げていた。
最初新一は、なかなか信じようとしなかった。
とても信じられる話ではないのは、確かな事であるから、仕方がないだろう。
決して、新一が蘭の事を信用していない訳ではないのは、蘭にも分かっている。


そして、蘭は敢えて、日付までは話さないでいた。

「その時は、すぐに分かると思うから。17歳の蘭をよろしくね」

それだけで、新一は上手くやってくれる筈だ。
実際、上手くやってくれた「未来の記憶」が、蘭にはある。

だって新一は、蘭の事をとてもとても大切にしているのだから。
蘭は、深く愛されている幸せを、噛みしめる。


「やっぱり、雷がきっかけなのかな?う〜、何かやだなあ」

今夜は、雷雨だ。
新一から情熱的に抱かれている間は忘れていられたけれど、今、新一は眠りに就いている。

蘭は今でも、雷は苦手だ。
けれど、あの時の記憶から言って、行く時も戻る時も、雷がきっかけなのは間違いなかった。

雨脚が強くなる。
そして。
カーテンを閉めていてもなお、部屋の中が昼間の様に明るくなったかと思うと、轟音が響き、屋敷が揺れた。

「新一っ!」

蘭は新一にしがみついた。
そのまま、意識が遠のいて行く。

「行ってきます」

蘭の声が新一に届く事はなく、蘭はそのまま意識を失った。


   ☆☆☆


「・・・オレ、ずっと・・・ガキの頃から、オメーの事が・・・」

力強く抱き締められ、「22歳の新一」より若い声が、蘭の耳元で熱く囁く。
蘭は、その温かさと熱さに身を委ねてしまいたい衝動を抑えつけて、新一を押しのけると、思いっきり回し蹴りを掛けた。

「エッチ!」

新一は、素晴らしい身のこなしで蘭の蹴りをかわしたが、呆然と信じられないような眼差しで蘭を見詰めた。
蘭は、新一に申し訳なくて、胸がチクチク痛んだけれど。
17歳の蘭が聞く前に、今、自分が新一の告白を受ける訳には行かないのだ。

「え、エッチって・・・」
「ごめん。帰る」
「ま、待てよ、蘭!送ってくからよ!」


蘭は、玄関に向かいながら、思わず工藤邸の中を見回していた。
5年後、蘭が新一と、夫婦として過ごしている家。
でも、5年前はこんなだったんだと、改めて感じていた。

月日の流れは、すごい。
たった5年。
でも、随分いろいろな事が、変わっている。


新一が、蘭のコートと、工藤邸に置いてある傘を持って、蘭を追って来た。
玄関先で、蘭は新一からコートと傘を受け取り、新一が慌てて自分のコートを羽織るのを待つ。

まだ、幼さの残る、17歳の新一。
蘭は不意に涙が出そうになって、慌てて眼を逸らす。
新一はそれを、蘭の不機嫌さだと思って、打ち萎れている。
蘭は、そんな新一を見ながら、不覚にも可愛いと思い、同時に、良心が痛む。

まだ17歳の新一は、22歳の新一のようにスマートではないし(17歳の蘭には余裕の態度に見えたけれど)余裕もない。
優しいのは22歳の新一も変わりないけれど、17歳の頃より気配りが出来るようになっているし、洞察力も長けている。

17歳の新一は、余裕がなく、いっぱいいっぱいだけど。
それでも、精一杯頑張って、蘭に愛を与えようとしていた。
17歳の蘭では気付かなかった、新一の眼差しの切なさに、22歳の蘭の魂は気付いてしまった。


『ごめん。新一。本当にごめん。1週間したら、あなたの蘭が帰って来るから。その時まで、わたしは、あなたの告白を聞くわけには行かないの』


今、こんなに冷たい態度を取ってしまう事に対して。
そして、17歳の蘭が、新一の気持ちに、愛に、全然気付いてなかった事に対して。
蘭は、心の中で詫びていた。


雷は遠くなったが、雨足はまだ強い。
新一と蘭は、それぞれに傘をさして、毛利邸までの道を歩いた。


5年前の事は、記憶には残っていると思っていたけれど。

たとえば、街路樹がまだ小さかったり。
通り道の店が無くなってたり、新しく出来ていたり、改装してたり。
道端の標識が変わっていたり。

色々な事で、過ぎた年月を感じてしまう。


毛利邸に着いた。
ポアロの看板が、今の蘭の感覚より少し新しい。
階段の入口のところで、傘をたたんだ蘭は、振り返った。
新一は、傘をさしたまま、軒に入らずにいる。

「新一。色々、ごめんね」
「蘭?」
「ごめん。1週間、待ってくれる?」
「・・・待つって・・・何を?」
「今は、何も言えないの。何も・・・聞けないの」
「蘭?」
「じゃあ、また、明日」

蘭は、振り返ると、階段を上って行った。

そう言えば、この1週間、22歳の心を持つ17歳の蘭が、17歳の新一とどう過ごしたのか、それは蘭も知らないのだった。

「あの時、新一は確か、わたしが逃げ回っていたって言ったのよね。はあ。我ながら、一体どうやってたんだか」

しまった、新一にそれを聞き出して置けば良かったと思ったが、後の祭り。
それに・・・聞いてしまうと、矛盾が起きて、何か困る事になるかもしれない。


部屋に入った蘭は、カレンダーの日付を確かめた。
週末、金曜日で、明日の授業はないけれど、部活はあったのではないかと思う。

5年も前の事。
やっぱり、細かな事は忘れている。

蘭は、明日の事を忘れるなんて思いもしてなかったから、予定のメモなんて取ってない。
携帯を取り出し、空手部のメンバーに電話をかける。


「明日って、何時からだっけ?」
『ええっ?毛利先輩が明日の予定を忘れるなんて、珍しいですね!』

次期キャプテンになる筈の後輩は、驚きながらも、明日の予定を教えてくれた。
ふうと息をつき。
そして、新一と別れ際に「また明日」と言った事を、思い出す。


新一は部活をやっていないのだから、明日は学校に来る予定があるとも、思えない。
何か約束があった記憶もない。


蘭は逡巡した挙句、再び携帯を取り出して、新一に連絡した。


『蘭?どうした?』

新一の、優しい気遣うような声に、蘭は胸が詰まる。
さっき、ああいう別れ方をしたのに。
新一は、いつも優しい。

「あ、ううん。新一、明日はどうするのかなって思って・・・」
『オレも、補習受けなきゃなんねえし。オメーの部活が終わったら、一緒に帰らねえか?』
「ごめん。明日は、園子と約束があって」

蘭は咄嗟に、嘘をついてしまう。
実際に新一と顔を合わせてしまうと、蘭自身が「幼馴染みの距離」に我慢出来なくなってしまいそうだった。
数日したら、もう、会う事もないだろう「17歳の新一」を、もっと見ていたい気もするけど、会ってしまうと、自分を抑えられる自信がない。

『そっか・・・』
「うん、ごめんね・・・」
『・・・なあ、蘭。オレ、蘭に、何かしたか?』

新一の沈んだ声が聞こえて、蘭は胸が詰まった。

「ううん。そんなんじゃないよ。わたしの問題なの。新一は、何も悪くない」
『蘭?』
「あの。だから、お願い。1週間、待って」
『ああ。わーった。お休み、蘭』
「お休みなさい、新一」

電話が終わった後、蘭はふうっと、大きく息をついた。

そして、携帯電話を見た。
それはまだ新しい、新一から贈られた携帯だった。

5年経っても、新一と蘭は、同じ携帯電話を使っている。
相当古びているけれど、換えていない、その訳は。
17歳の蘭が未来に行った時に戸惑わないように、というものだった。

携帯の機種変をそろそろしようかという話になった時、ふたりで、「その時が来るまでは待つ」という事を、取り決めたのだ。

この携帯は、「今は」工藤新一の名義になっている。
2人の結婚の際に、「工藤蘭」の名義に変えた。

父親も母親も、蘭が毛利家の家計から捻出して、携帯電話の契約をしたものだと考えていたようだ。
蘭としては、今時の高校生が皆使っていると言っても、贅沢品に思えて、手を出せないでいた。

新一から突然携帯電話が送られて来た時、驚いたが、嬉しかった。
そこに、新一のメルアドは既に登録されていたけれど、新一の携帯電話の番号は、登録されていなかった。

それもこれも、新一がコナンとなって危ない橋を渡っていたからだと、聞かされたのは、後の事。
というか、今未来に行っている17歳の蘭が、知らされてしまっている筈だ。


蘭はそっと、携帯電話を撫でた。
これも、新一の蘭への想いが詰まった、大切なものだった。


次の日。

蘭は部活の後、やはり部活が終わった園子に声をかけた。

「園子。今日、予定がないなら、一緒に帰らない?」
「別に、良いけど。ふうん。蘭、別に何か予定があった訳じゃ、なかったんだ?」
「えっ?」
「わたしをアリバイに使うのは、別に、構わないんだけどさあ。あらかじめ、言っといてくれないかなあ?」
「園子?」
「蘭とどこに行くのか、新一君に聞かれちゃって。咄嗟に誤魔化すのが、大変だったわよ」
「・・・!ごめん!」
「でも。新一君に言えないような相手と言えないような場所に行く訳じゃ、なかったんだね。う〜ん、残念」
「ええっ!?ざ、残念って、園子!?」
「いや、そういうのも、面白いかと思って。たまにはちょっと位、新一君を慌てさせても、良いんじゃない?」

園子が、きひひ、と笑った。
蘭は、園子の言葉に半ば呆れながらも、そういう部分に随分救われた事を、思い出す。
蘭と園子は、お互いをとても大切に思う大親友で。
でも、だからこそお互いに、時にはキツイ事も厳しい事も、言う事もある。
大切な相手だからこそ、だ。

園子は、女としてはかなりサバサバしていて、結構男っぽい性格をしている。
けれど、恋する男性の前では、すごく可愛い。
きっと、京極さんにとってみれば、そのギャップがたまらないのだろうなと、中身22歳の蘭は思った。


「ねえ、蘭。新一君と喧嘩でもしてるの?」
「ううん、そうじゃない、そんなんじゃないの」

2人で、ショッピングモールをうろつきながら、言葉を交わす。
蘭は、ある店の前で、足を止めた。

女性用の下着専門店。
ある下着に、デジャヴを覚えてしまったのだ。


「これは、さすがにわたしらの歳にはちょっとあれかなあ。あ、これなんか、可愛いよね。でも、子供っぽ過ぎるかも」

園子が、品定めを始める。
蘭は、財布の中を確かめた。
下着もピンキリだが、これはと思うものは、高校生のお小遣いでは少し厳しかったりする。

蘭がデジャヴを覚えた下着は、普段買うものに比べたら少し高めだが、蘭の財布の中身でどうにかなりそうだった。

「これ・・・」
「あ、いいんじゃない?こういう清楚な感じのが、今の蘭には合ってるかも」
「試着なさいますか?」

店員に尋ねられて、蘭は頷いた。

「えっ!?って、蘭、本当に買うの?」
「うん」

サイズを確認して、試着してみる。
身につけてみて、蘭のデジャヴは、ますます強くなった。

「じゃあ、これ、お願いします」

蘭は、試着し終わった下着を店員に渡し、レジに向かった。

「ふうん。蘭、今日下着を買う積りだったんだ?だから、新一君と一緒って訳には、行かなかったんだね」

店を出たところで、園子が言った。

「うん、まあ、そういう事かな?園子。お昼、食べて行こうよ」
「うん。部活後だから、お腹ペコペコ」

2人で、ウェルカムバーガーに寄る。
2人とも、最近お気に入りのガーリックサンドを頼んだ。

「蘭。この後も、新一君に会わないの?」
「どうして?」
「だって、ガーリックサンド食べてるし」
「これ、5年後にはないから・・・」
「へっ!?」
「う、ううん!何でも!ねえ、園子。何かの時のアリバイは頼んでもいいって、さっき言ってたよね?」
「うん。そりゃまあ、言ったけど?」
「1週間後。来週の金曜日の夜。お父さんに対してのアリバイ、頼める?」

蘭の言葉に、園子は目を見開いて、盛大にむせた。

「そ、園子、大丈夫!?」
「ごほごほ・・・ら、らいひょうふ・・・」

ようやく落ち着いた園子が、蘭を真正面から見据えた。

「で?蘭はその日、どこにいるの?」
「新一の家」
「!!アンタ達、喧嘩でもしてんのかって思ったら、いつの間にそういう仲に!?」

園子が、思わず身を乗り出して言った。
蘭は苦笑する。

「違うよ、園子。まだ、わたし達はただの幼馴染み。まだ、今はね」
「へっ?」
「あの・・・最近、新一と微妙なのは・・・わたしが、新一と幼馴染み関係を卒業しようと思っているからで・・・新一の方は、どう考えているのか、分からないけれど」
「えーっ!?新一君の方も絶対OKに決まってんじゃん!ホント、じれったいよね、アンタ達!」
「で、あの・・・来週、勝負をかけようと思ってて・・・」
「そうなんだ!・・・あ、もしかして、蘭、さっき買った下着!」
「うん・・・あれを着て、新一の家に行く」

蘭が、今日買った下着に感じたデジャヴは。
17歳の蘭の心が過去に戻った時、身につけていた下着だった・・・というものだったのだ。
少なくとも、昨日までの蘭は持っていなかった筈の真新しい下着を、17歳の蘭が再び戻った時に、身に着けていた。

卵が先か、鶏が先か。
こういうのが「タイムパラドックス」と呼ばれるものなのかもしれないと、蘭は思う。

園子が、身を乗り出して、蘭の手を握った。

「蘭!頑張って!新一君は絶対、喜ぶって!」


「でさ。蘭、明日は日曜で、今から新一君と会おうと思えば、会えるんじゃない?」
「うん・・・でも・・・心の準備が・・・」
「1週間かけて、心の準備を整えるの?ま、それもイイかもね」

蘭は、笑って誤魔化した。
蘭の携帯が震えて、メール着信を告げる。

「・・・新一、どうやら今から警視庁みたいよ」
「あらま、事件?」
「うん。・・・たぶん、明日は動けないらしい」
「はあ。事件が起こったのが今夜で良かったね。来週は、事件が起こって邪魔が入らないように、祈ってるわ!」


蘭にも、分かっていない事がある。
果たして、この先、「蘭が知っている通りの過去」がなぞられるだけなのか。
それとも、別の結果が有り得るのか。
それは、分からない。

蘭が知る通りの過去をなぞるのであれば、その日、事件が起こる事もなく、何の邪魔も入らない筈、なのだけれど。

どうなるのかは、神のみぞ知る事だ。



   ☆☆☆



「あ、あの!毛利先輩、好きです!付き合って下さい!」
「え?」

月曜日。
部活が終わった蘭を待ち受けていたのは、体育館裏での告白だった。

蘭は、目の前にいる、顔を真っ赤にしてそう告げた男子生徒を、まじまじと見つめた。
顔は見覚えがあるし、たぶん名前も知っている相手の筈だけれど、5年後の蘭は残念ながら、よく覚えていない相手だった。

一所懸命、記憶を手繰り寄せる。
先輩と呼びかけられたのだから、下級生。
そういえば、確か男子空手部の下級生にいたような、気がする。


「あの。気持ちは嬉しいけど、わたし・・・好きな人がいるから」
「知ってます、工藤先輩でしょ?でも、毛利先輩をほったらかして事件にかまけるような人に、負けませんから!」

真っ直ぐに蘭を見詰めるその男子に、蘭は少し苦笑した。

「あのね。わたしの事、事件にばかりかまけている新一の事を許して待っている古風な妻、みたいに、勝手に思ってる人って多いけど。それって、違うから」
「えっ?」
「わたしにもし、その能力があれば、わたし自身が探偵になってたと思う」
「は?」
「新一は。いつもいつも、人の命を守る事、事件を未然に防ぐ事を、一番に優先して考えてるの。でも、事件は起こる。そしたら、気持ちを切り替えて、事件を解決する方に全力を注ぐ。何故なら・・・犯人は、ずっと事件の闇に追われ続けるから。新一は、よく誤解されるけど。人を救う仕事を、しているの。お医者さんや警察の人とは、別のやり方で」

17歳の蘭には、上手く説明できなかった、そういう事を。
22歳の蘭は、言葉にまとめる事が出来る。

「新一は、わたしと同じ魂を持っている。だから、他の人じゃ駄目なの」
「毛利先輩・・・」
「まあ、新一とわたしは、ただの幼馴染みで。わたしの勝手な片思いなんだけどね」
「そんな!工藤先輩も絶対、毛利先輩の事好きですよ!こんな素敵な毛利先輩が片思いなんて、そんな事、あり得ません!」

その後輩は、言ってからしまったという顔をしていた。

「ごめんね。わたしの片思いは年季が入っているから、ちょっとやそっとでは、諦めつかないから」

その後輩は、肩を落として、しおしおとその場を去って行った。


「蘭!」

新一の声が聞こえ、蘭はそちらを見る。
何故か新一は息を切らしていた。

「新一?」
「蘭。部活、終わったんだよな?一緒に帰ろうぜ」
「・・・ごめん、新一。今日は先に帰ってくれる?」
「えっ!?」
「ちょっと・・・ひとりで帰りたいから」

新一が、明らかに傷ついたような顔をしていて、蘭はやっぱり心が痛んだけれど。
2人きりで歩いた場合、うっかり告白される羽目にならないとも、限らない。

蘭は、心疼かせながら、打ち萎れた新一を置いて歩き出した。


蘭は、さきほど、下級生に言った事を思い出していた。
片思いに年季が入っていたのは、新一の方で。
蘭は、高校入学の頃までは、新一の事を、男女関係ない親友だと、思っていた。

いや。
後から考えると、自覚がなかっただけで、蘭もずっと新一の事を想っていたと、思う。


新一は、コナンになった時に偶然聞いてしまったから、蘭の気持ちを知っている筈なのに。
それでも、自信を持てないでいる。

長い間、新一が蘭に対して切ない想いを積み重ねていたのだと思うと、申し訳なくも幸せな気持ちになって来る。


「そう言えば。さっきの場所って、図書館の窓からよく見えるのよね」

もしかしたら新一は、蘭とさっきの下級生が話しているところを、見たかもしれない。
そうであれば、告白である事は、想像がついただろう。

ああ、だから、急いでやって来た新一は、息を切らしていたのかと、蘭は得心する。


蘭が振り返ると、じっと蘭を見送っている新一と目が合った。


「本当に。何でよりによってこのタイミングで、5年後のわたしと入れ替わっちゃったのかしらねえ?」

そういえば、昔、奥穂村を訪れた時。
滅多にない「コナンが工藤新一の姿に戻る」のと同じタイミングで、ニセ新一が現れたという事件も、あった。
新一はつくづく、タイミングに運がないのかもしれないと、蘭は思う。


でも。新一に切ない想いをさせるのも、あと数日で終わる。
その分、5年後の新一と蘭は、とても幸せな日々を過ごしている。



それから週末までは。
蘭は朝、新一の家に寄らずに直接学校へ行き。
下校時は、新一から「一緒に帰るお誘い」がある前に、姿を消し。
新一から逃げ回っていた。


一応、学校で顔を合わせた時は、普通に挨拶していたけれど。
クラスメート達にも、2人がおかしい事は訝しく思われていて、詮索されたが、蘭は黙っていた。

園子はそういう場面を見るとニヤニヤして、「蘭は照れてるだけだって」と、他のクラスメートに言っていたようだったけれど。



そして、金曜日。

空模様が、かなり怪しかった。


「何だかなあ。やっぱり、あれは雷とセット、なんだよね」


蘭は、げた箱で空を見上げて呟いた。


「蘭!」
「新一?」

新一が、今日こそは逃すまいという勢いで、蘭の所まで駆けて来る。
場所が下駄箱なので、他の帝丹高校性もいるのだが、新一はよほど余裕をなくしてしまっているようだった。


「何で、オレを避けてんだよ!」
「べ、別に避けてなんか・・・」

避けてないと言えば、真っ赤な嘘だったので、蘭は言葉を途切れさせる。

「なあ、蘭。もしかして・・・羽山と付き合うのか?」

新一の切羽詰まったような言葉に、蘭は目をぱちくりさせた。
そして、羽山って・・・?と考える。
ややあって、数日前に蘭に告白して来た下級生だと、思い出した。


「どうしよっかなって、ちょっと思ってるかな?何で?」
「な、何でって・・・」

新一の顔が歪み、その拳が白くなるほど握り締められる。
ちょっとからかう積りだったけれど、真に受けて苦しんでいる新一を見て、蘭は後悔した。

もうすぐ、17歳の新一とはお別れだ。

「オメーが・・・決めたなら、オレは・・・」
「嘘だよ。とっくに断ってるし」

蘭の言葉に、新一は明らかにホッとしたような表情になった。
5年前の17歳の新一は、こんなに余裕がなかったんだなあと思うと、蘭は何だか微笑ましい気持ちになった。


「あのね。新一。今日、7時頃、新一の家に行くから」
「えっ?」
「待っててね」
「あ・・・おい、蘭!」
「それじゃ、また後で」


そう言って、蘭は駆けだした。
振り返ると、新一は、戸惑った表情で蘭を見送っていた。



帰宅すると、案の定、小五郎は麻雀で今夜遅くなるような事を言った。
蘭の記憶によると、この晩の小五郎は、次の日、日が高くなるまで、帰って来ない筈だ。

もしも、蘭の記憶と異なる事態になって、小五郎が予想外に早く帰って来た時に備え、園子にアリバイも頼んである。


蘭は、お風呂に入って、隅々まで体を洗った後、数日前に買った下着と、お気に入りのワンピースを着た。
そして、新一の家へと向かった。


「こんばんは、新一」
「・・・おう。まあ、あがれよ」

新一は、何とも言えない表情をして、蘭を迎え入れてくれた。
蘭は、新一が背中を向けた隙に、用意していたメモを、玄関の花瓶に貼り付ける。


蘭が工藤邸に着いた途端に、激しい雨が降り出した。
新一は、蘭をリビングに招きいれ、お茶を入れに席を立った。


その時。
雷が鳴った。


「キャッ!」

蘭は小さく叫ぶ。

キッチンに行こうとする新一の後ろ姿が、不意にグニャリと歪んだ。
蘭が帰る時が来たのだ。


これで見納めになる17歳の新一の背中を、必死に見詰めながら、蘭の意識は遠のいて行った。




(8)に続く


+++++++++++++++++


<後書き>

えーっと。
ごめんなさい、予告を変更して、(7)は、未来から来た蘭ちゃんサイドのお話です。
これ単独なら、表でも構わないかなって感じですけどね。

オリキャラの羽山君、ごめんなさい。
単に、場繋ぎの為だけの登場でした。

(8)は・・・今度こそ、(5)の直接の続き、です。


(6)「22歳の2人」に戻る。  (8)「17歳の2人」に続く。