緑の日々




byドミ



(5)偽りの花嫁



「くっくっく……もうすぐだ……」

 三月初旬。
 只野は……いや、今は谷中政春と名乗る男は、その日の事を思い描いては、笑いがこみ上げるのを抑えられなかった。

 只野が毛利蘭の事を知ったのは、偶然であった。組織の科学者として、組織の敵対者・邪魔者・協力者、様々な人物を調査する作業に、関わっている中で。まだ高校生、自分よりずっと年下の少女・毛利蘭を知るところとなり、ひと目で心惹かれた。
 彼の知る中では他に居ない、その清楚な美しさに、心囚われてしまったのだ。そして、清らかな少女を蹂躙して我が物にしたいという、どす黒い欲望を抱いた。

 組織崩壊の際、彼は組織の技術データと資金を持ち出せる限り持ち出して逃げ延び、それと共に、組織に抹殺された身寄りのない男・谷中政春の戸籍を乗っ取って、ベンチャー企業を立ち上げ、組織とは無縁の新しい人生を歩み始めた。

 そして、改めて毛利蘭の事を調べた。丁度、毛利家ではようやくネットに繋ごうとしており、その設定作業に乗じて家に入り込み、ネット回線へ細工し、盗聴器を仕掛けた。

 その後、何と、組織を倒した中心人物であった工藤新一と毛利蘭とが、恋仲であった事を知った。組織に関してはもはや別にどうでも良く、組織を倒した男への復讐など欠片も考えなかったが、蘭がこの男のものだと思うと、どす黒い怒りが湧き上がった。けれど、蘭と新一とのメールやビデオチャットのやり取りを見ている内に、二人はまだキス止まりの仲なのを知り、小躍りしたくなった。

 今やベンチャー企業の若き社長となった「谷中」は、準備を整えた上で毛利蘭と会い、交際を申し込んだ。蘭は、驚きながらも礼を尽くし、好意を持たれた事に感謝の言葉を述べつつ、申し訳ないが意に添えないと断って来た。勿論それは、想定内の事。

 蘭の恋人・工藤新一の頭の中に、遠隔操作で超小型の爆弾を仕掛けている、蘭が自分のものにならなければ新一の命はないと告げた時、蘭は最初、信じようとしなかった。そこで、証拠を見せる為に、蘭と新一が空港で出会ったその時に、頭痛を起こさせると予言した。
 特殊な電磁波を出して頭痛を起こさせる装置を、工藤新一の乗る飛行機便のスチュワーデスを買収して新一の襟に取り付けさせ。蘭のバッグに忍ばせた盗聴器で会話を聞きながら、その装置を作動させた。

 蘭は、新一に別れを告げ、真っ青になって飛んで来た。
 工藤新一を殺さない為には、蘭が自分のものになる事という条件を提示すると、蘭はそれを承諾した。谷中はその場ですぐ蘭を我が物にしたかったのだが、流石にそれは拒まれた。爆弾を解除するという約束が果たされると確証が取れなければ、嫌だというのだった。

 そこで、谷中が提案したのが、蘭が正式に谷中の花嫁になる事である。結婚式の夜、蘭が谷中のものになった暁に、爆弾を完全に解除すると約束し、また、蘭が中途で裏切れないように、新一に取り付けた爆弾には盗聴機能もあると伝えた。
 蘭は、結婚に対して親の同意を取り付けるために、妊娠しているという嘘までついたし、約束通り新一に近寄ろうともしなかった。

 蘭の気持ちが、そこまで工藤新一にあるという事実は、谷中の嫉妬心を呼び起こしたが。谷中の歪んだ愛情と欲望にまみれた心は、他の男を思っている蘭の純潔を自分のものにする事に、大きな興奮を覚えていた。
 蘭の意に反して快感を呼び覚ます為に、媚薬も手に入れた。一度ものにして快楽を教え込んでしまえば、もはやこっちのものだと、谷中は考えていた。

 谷中は、女性が欲しくなった時は、お金には不自由しないので、プロの女性を呼ぶ。お金で割り切った関係の女性を欲望のはけ口としながら、蘭を奪う日の事を夢見ていた。
 蘭は、何かと理由をつけては、デートを断る事が多く、何とかデートに漕ぎ着けても、距離を置き、手を握る事すら許そうとしない。出来るなら媚薬を使って我が物に、と考える事もあったが、蘭は残念ながらそういった隙を見せる事はなかった。
 けれど、あと少しで蘭を我が物と出来るのだ。谷中は、最初は嫌がって泣いている蘭が、快楽に溺れ谷中の言いなりになって行くという、三流アダルトビデオのようなストーリーを思い描いて悦に入っていた。


   ☆☆☆


「うえ〜。いい加減、ウンザリだぜ。こんな気持ち悪い事、いつまで続けなきゃなんねえんだよ?」

 黒羽邸のソファーに寝っ転がりながら、快斗がぼやいていた。しばしば理由をつけて断っているとは言え、快斗は蘭に変装して谷中との「デート」に出かけなければならないのである。
 手を握られたり肩を抱かれたりしそうになったら、いつもそれはやんわりとやり過ごしているが、向かい合わせに座ってお茶したり隣に座って映画を見たりするのだって、拷問に近いものがあるのだ。
 せっかくだからと小細工がてら、特大チョコパフェをぺろりと平らげて見せても、スプラッタ映画を選んでも、残念ながらそれで谷中が「蘭」に幻滅してくれる事はなかった。

「快斗、あとちょっとだから、頑張って」

 黒羽邸に遊びに来ている青子が、ココアを淹れながら励ましの言葉をくれた。

「あ〜あ、何らかのご褒美がねえと、これ以上頑張れねえなあ。うまく行った暁には、蘭ちゃんにご褒美おねだりするかな?」
「え……?」

 快斗の言葉に、青子が蒼白になった。

「バーロ。冗談だよ。工藤に殺されたくはねえし、それに、んな事したら、蘭ちゃんを男性恐怖症にしちまうだけだしよ」
「でも、快斗は……もしかして本当は、蘭ちゃんの事が好きなんじゃないの?」
「それは、ぜってーねえから、安心しろっての……(ここで迂闊に、スケベ心は動くけどなんて言った日にゃあ、青子は誤解しまくって大変だろうな。ったく、男のスケベ心は複数に働くのが普通なのに、あいつら、ぜってーまともな男じゃねえよなあ……)」

 快斗は、今回チームを組んでいる形になった、新一・平次・真の事を思い浮かべる。探偵である新一と平次も、格闘家である真も、おおよそ普通の男性とは思えない位に、スケベ心とは遠いところに居るようだ。

『ヤツがスケベ心を持つ相手は、この世でただ一人。そのたった一人に下手にコナをかけたら、命がいくつあっても足りねえからな……』

 快斗は、黒の組織を追い詰める戦いの中で、つい、蘭に出来心でちょっかいをかけようとして、新一にマジ切れされ恐ろしい思いをし、信頼を取り戻すのに大変だった前科があったのだ。今は快斗も学習し、友人の想い人である蘭にも和葉にも園子にも、絶対ちょっかいをかけないようにと自分を戒めている。
 そして何よりも。彼がいくら女好きでも、やはり、一番大切な存在である青子を泣かせてまでとは思っていない。多少のちょっかい程度ならともかく、本当に浮気をする積りはサラサラないのだ。

「んな顔すんなよ。オレがこの件で嫌な役目を引き受けたのって、工藤達の為でもあるけど、一番は、オメーが頼んだからだぜ」

 快斗はそう言って、半べそをかいている青子の頬に触れた。そしてそのまま軽く口付ける。
 青子は目を見開いた。

「快斗。ホント?」
「嘘は言わねえ。だってあん時、オメーがお願いっつったじゃんか」
「……そう言えば、そうだったね。ねえ、だったら、快斗が頑張ったら、青子がご褒美上げちゃう」
「へ!?」

 快斗は思わずソファから跳ね起きて、青子をまじまじと見詰めた。

「あ、青子が、ご褒美を、オレに!?」
「うん!駅前喫茶店のスーパースペシャルウルトラデラックスパフェでも、洋菓子クラリスのチョコレートケーキをホールででも、頑張っておごっちゃう!あ……でも、青子のお小遣いで何とかなる範囲でね」
「ったく……んなこったろうと思ったぜ……」

 快斗が溜め息をついて再びソファに沈み込み、青子がきょとんとする。

「ま……いっさ。そういうのは、ご褒美なんかじゃなくて、青子が自らくれるんじゃなきゃ、意味ねえもんな」
「快斗?」
「全部片がついた暁には、アメリカに二人で行くんだもんな。焦る事はねえ」

 そして快斗は、青子を深く抱きこんで、先程より長く深く情熱的な口付けをした。

「んっ……」

 快斗の口付けを受け、青子の目は潤み、普段は見せない大人の女の貌(かお)を見せる。その扇情的な様に、快斗はゾクゾクとした。決してこの貌を他の男に見せる訳には行かないと、密かに思う。
 そのまま流れに乗って押し倒してしまえば、案外スムーズに青子と深い仲になれるのかも知れないが。スケベな快斗も、本命相手には焦って迂闊な事も出来ず、いまだに青子とはキス止まりであった。

 スケベ故に、絶対に手が早いだろうと周囲からは思われている快斗だけれど、幼馴染の少女への不器用さは、新一や平次に劣るものではなかった。手が早いと思われているにも関わらず、四組の恋人達の中では一線越えが一番遅かった事実を後に知って、少しばかり悔しい思いをする事になる。が、それはまた、後の話である。


   ☆☆☆


「蘭、卒業式の直後に結婚式なんでしょ?」
「はあ。お相手はベンチャー企業の社長さんなんでしょ?大人だし、モトテキよねえ」
「も、モトテキ?……あ、ありがとう、由香利、奈津実、私、幸せになるからね」

 卒業式間近、大学入試も終わった者が多く、自由登校の帝丹高校三年B組で。
 女子数人が蘭を取り囲んでお喋りをしていた。

「新居には、えーっと……是非、お……お……お邪魔、させていたいた頂きたいわ、ねえ?」
「うんうん、あっと……そうさせて頂く……遊びに行くからね」
「うん、絶対よ。待ってるからね」

 皆、手に冊子を持ち、棒読みの上に突っかかりもっかかりの喋り方であった。それもその筈、台本を読んでその通りに喋っているからである。監督役の園子が、青筋をピクピクとさせる。

『モトテキじゃなくてステキ!あんた達……ちょっと前まで受験生だったんでしょ!?もう、漢字読めなさ過ぎ!』
『そ、そんな事言ったって……』
『はあ……分かった、この次はふりがなをふっておくわ……』
『それに園子、言い回しが今時の女子高生とかけ離れてんじゃん。漢字が多過ぎだし。それはちょっと、気をつけてよ』
『たはは、確かに。喋るのは得意だけど、文章にすると言い回しが変わっちゃうのよね、気をつけるわ』

 蘭は、事情を知らされるや協力を快く承諾してくれたクラスメート達に、深く感謝していた。また、クラスメート達の協力を得るには、園子の尽力も大きかった。
 新一は二年在学時の最初の方で休学してしまったので、クラスメート達は新一との関わりも浅い。けれど、今でも皆が「高校生探偵工藤新一」を誇りに思ってくれているのである。
 もっとも、クラスメート達も、単に義憤に駆られてばかりではなく、谷中を騙してやり込める事を面白がってノリノリだった面もあった。

『ところで蘭、準備の方はどうなの?』
『みんなの協力のお陰で、バッチリよ』
『工藤君も、ここの卒業生としてではないけど、受験は終わったんだよね。あとは発表待ちか』
『工藤君の頭なら大丈夫じゃない?』
『そう願いたいけれど、新一も忙しかったしねえ』
『だってさ、せっかくアメリカで高卒資格を取って帰って来たってのに、ここで受験に失敗したんじゃ、話にならないじゃん』

 卒業式まで、あと数日。
 そして、全てに決着を着ける日も、間近に迫っていた。


   ☆☆☆


「快斗。綺麗よ……」
「褒められたって。ぜんっぜん!嬉しくねえ!」
「拗ねないで。本当に完璧に、蘭ちゃんの花嫁姿に見えちゃう。怪盗キッド、ここにありって感じよね」
「わりぃな。青子までこっちにつき合わせちまって」
「ううん。蘭ちゃんの傍に『お友達』がいなきゃ、不自然だしね」

「谷中」と「蘭」の結婚式当日。
 とうとう、当日の花嫁役までをも押し付けられた快斗は、完璧に蘭に変装しウェディングドレスを着て、花嫁の控え室で待っていた。「本番」で、谷中を追い詰める最後の仕掛けをする為である。

 花嫁の控え室がノックされた。
 青子が立って行って、ドアを開けると、そこには思いがけない人物が立っていた。

「How do you do, Kid Jr.! Nice to meet you.(初めまして、キッド二世。お会いできて嬉しいわ)」
「あ……あなたは!?」


   ☆☆☆


 谷中は、父親である毛利小五郎に手を引かれ、バージンロードを歩いて来る蘭を待った。
 その美しさに、参列者から溜息が漏れる。

『ふふふ……待ったぞ。あの清純な乙女を手に入れ、我が物とするこの時を!』

 式は、蘭の希望で、キリスト教式にした。無神論者の谷中に異存はなかった。
 祭壇の前には恰幅の良い牧師が居た。谷中と「蘭」は、その前に並んで立つ。

「谷中正春。汝は、隣に立つ女性を妻とし、病める時も健やかなる時も、貧しき時も富める時も、死が二人を分かつまで、終生変わらず、寄り添い愛し合い、共に生きる事を誓うか?」
「誓います」
「本日の花嫁たる女性よ、汝は……」

 谷中は、牧師の言葉に何となく違和感を覚えたが。元より信仰心もなければ、キリスト教に全く造詣がない彼の事、どこがおかしいのか判らず、首を傾げただけだった。

「誓います。地獄までも、共に……」

 蘭の声は、相変わらず透き通った綺麗なソプラノだったが、その不穏な言い草に、谷中はまた首を傾げた。しかし、蘭もとうとうこの日を迎えて覚悟を決めたのだろうと、解釈した。

「では、誓いの口付けを」

 谷中は、蘭のベールを上げ、顔を近づけた。
 今日の蘭は、逆らわずにそれを受け入れた。それどころか、唇を薄く開け、舌を谷中の唇に這わせ、何と自分の舌を谷中の口腔内に侵入させたのである。

『おほっ。今日の蘭は、積極的だな……』

 谷中はにやけ、蘭の舌の柔らかい感触を楽しんでいたが。
 突然、「蘭」を突き飛ばして、口を覆った。

「あら。どうなさったの、あなた?」
「き、貴様……何を、飲ませた!?」
「体に悪いものではないわ。アポトキシン4869の解毒剤よ」
「うおお!き、貴様あ!!」
「あらあら。たった今永遠の愛を誓い合った愛しい筈の女性を、貴様呼ばわりなの?」

 にやりと笑った「蘭」を見て。谷中はようやく気づいた。

「貴様……!蘭ではないな!」
「エンジェルは、お前如きが呼び捨てしていい女性ではないわ!それに、やっと気付いたの。お前はもう二ヶ月も、本物のエンジェルと会ってなどいないのよ。エンジェルの恋人であるクールガイなら、こんなに長い間気付かないなんて事は、まず有り得ないわ。お前の愛など、その程度。お前が愛しているのは自分自身、お前がエンジェルに抱いた気持ちは薄汚い欲望よ!」
「蘭を、どこへやった!?おい、毛利小五郎、何を呆けた顔をしている、お前の愛しい娘が行方知れずなんだぞ!」

 谷中が「小五郎」の方へ手を伸ばした。

「毛利小五郎?はて……僕はそのような名前ではありませんよ」

 小五郎が変装マスクを破り取ると、全く別人の顔がそこに現れた。

「ふひー、本格的な変装術ってものを初めてやって貰いましたが、暑苦しいもんなんですね」

 そう言いながら「彼」は懐から手帳を取り出して開いて見せた。そこには写真と共に、巡査部長・高木渉の名が記されていた。
 牧師が、懐から警察手帳を取り出した。そこには、警部・目暮十三の名が記されていた。牧師に扮していた目暮警部は、先程とはうって変わって凛とした声で告げた。

「只野、逮捕する!」

 参列者の席に着いていた蘭の母親である英理も変装を解いた。短い髪の颯爽とした美女が現れる。それは、警察官の一人である佐藤美和子警部補であった。
 最初から、「蘭や小五郎の知り合い」として、警察官も参列していたが。テクノ谷中社員以外の「蘭の親戚友人」は皆、警察官の変装であり、次々とその正体を現した。何も知らず「社長」の結婚式に参列していただけのテクノ谷中社員達は、何が起こっているのか分からず呆然としていた。

「黒の組織に於いて、お前が行った犯罪行為、テクノ谷中を立ち上げた後に行っていた犯罪行為、全て詳細に調べがついている。少なくとも数件の殺人にお前は直接関わっている。まず、極刑を免れる事は不可能だろうな」

 目暮警部の言葉を呆然として聞きながら、谷中……いや、只野は、手錠をかけられた。

「貴様は一体……何なんだ?」

 只野は、蘭に化けて花嫁姿をした女に目を向け、呟いた。女が、ベールを脱ぐと同時に変装を解いた。その姿を見て、只野は愕然とした。

「貴様は、シャロン……!?シャロン=ヴィンヤード!?ベルモットか!?」
「そうよ。お前とは、あまり顔を合わせた事がないけれどね。アポトキシンを飲んだお前は、やはり私の正体を知っていたのね」

 谷中は口を開きかけたが。突然胸をかきむしって苦しみだした。

「ぐおおおおおおおっ!!」

 シャロンは冷たい眼差しで「谷中」を一瞥すると、くるりと背を向けた。シャロンが両手を差し出した先には、警察官が手錠を持って待っている。

「私は、受刑中の身。けれど、今回特別に、警察官監視の下で、外に出る許可が下りたわ。お前を追い詰め犯罪を暴く為にね!」
「ぐ……あ……くっ!おのれ……っ!」
「あの禁断の薬に手を出して、組織の事にほっかむりをして、のうのうと生きて行く事など、絶対に許されないのよ。私も含めてね。それにお前は、決して手を出してはならない聖域を汚そうとした。あの二人は、お前ごときがその薄汚い手を触れていい存在ではないのよ!」

 そう言い捨てて、シャロン=ヴィンヤード、かつては黒の組織でベルモットと名乗っていた女は、警官に連れられて立ち去って行った。
 後に残された男は、手錠をかけられたまま、老人の姿に変化して行く。

「うわ。三十前後に見えるあの姿でも、蘭さんに手を出すなんて身の程知らずなと思っていたけど、こんなジジイ……もとい、お年寄りが、蘭さんを花嫁としようとしていたなんて!」
「み、美和子さん……?それはあんまり……」
「あら、渉君。私は、年齢を超えた愛を全否定する気はないわよ。けれど、この男の妄執は、とても年齢を超えた崇高な愛とは思えないけど?」
「そ、それは確かにそうですが……」

 二人がそういった会話を交わしている間に、谷中――いや、只野の変身は終わったようである。

 すっかり初老の男になってしまった只野が、呆然としながら連行されて行く途中で。
 結婚式後、披露宴を待っている間に写真撮影をしている、紋付袴の若者と、白無垢姿の花嫁を見かけた。

「ああ!お前達は……!」

 只野は、体をブルブルと震わせた。紋付袴の若者は、工藤新一であり、寄り添って立つ白無垢綿帽子姿の花嫁は、只野が焦がれて我が物にしようとしていた、蘭だったのである。

 新一は、鋭い一瞥を只野に寄越したが、すぐに視線を外し、柔らかい蕩けるような眼差しで隣の花嫁を見た。花嫁は、只野の姿に気づく事はなく、視線を寄越す事すらもなく。夫となった若者を、愛と信頼に溢れた眼差しで見つめ、感動の涙を一筋流していた。

 花嫁の清楚な美しさに。今更ながらに只野は、ここ二ヵ月ほど会っていた「蘭」が別人であった事に思い至った。
 変わり果てた姿の只野は、蘭に気付いてすらもらえなかった。それが、彼に取っては一番の罰になったのである。




(6)に続く


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<後書き>

今回は、蘭ちゃんを我が物にしようとした身の程知らず男の、泡沫の夢と顛末です。

園子ちゃんは、何気に教養があって多才。と言う事で、今回、シナリオ係に。
しかし、普段いかにも女子高校生らしい喋りをしていても、いざ文章で話し言葉をそのまま書くって、案外難しかろう。って事で、妙に漢字が多くて堅苦しい「お喋りシナリオ」と、相成りました。
花嫁役は、当初、快斗君にそのまま行って貰おうと考えていたのですが。それよりもっと適役の方がいらっしゃるじゃないかという事で、快斗君は気持ち悪い役目から無事解放されました。

この間、新一君と蘭ちゃんがどういう風に過ごしていたのか、それはもう、書く必要もないだろうと思います。
で、この回のラストを見れば、次がどう展開するのか、もう、お分かりですよね?

後は、(6)とエピローグを残すのみです。


(4)「逆襲開始」に戻る。  (6)「大団円」に続く。