緑の日々



byドミ



(3)絆



 蘭が、パーティ会場から抱えて連れて行かれたのは、客室のひとつである。応接用の続き間があるスイートルームのようであった。
 蘭は、そっとソファーの上に降ろされた。

「蘭」

 深みのある声で呼ばれて。抱き締められて髪を撫でられて。
 蘭は相手を抱き締め返す事も突き放す事も出来ずにいた。

「駄目……お願い……放して……」
「やだね。どうしても嫌だってんなら、空手技使って抵抗してみろよ」
「そんなの……ズルイ……」
「ああ。ずりぃ事位、分かってるよ。オレは物分りのイイ男なんかじゃねえ、たとえ他の男のものになってたって、それでも攫ってでも、オメーを取り戻す」
「私の意志は……どうなるのよ……」
「だから、本当に嫌なら抵抗しろって言ってんだろ?」
「お願い……新一……本当に、駄目なの……」
「とうとう、名前を呼んでくれたな」

 蘭は目を見開いた。相手が新一だという事は最初から分かっていたが、決してその名を名前を呼んではいけないと、自分に禁じていたのに。
 どうして、こうも弱いのだろう。これでは、「守る」事など叶いはしない。

「蘭。子供が居るってんなら、それが理由なら、オレが腹の子の父親になるよ」
「馬鹿な事、言わないで!」

 蘭は思わず声を荒げていた。

「新一ってば、どうしてそう、お人好しなの!?」
「お人好し?オメーの気持ちがどこにあろうと、攫おうとしているこのオレが?」
「お願い、新一、本当に私は……」

 蘭の目から、いく筋もの涙が流れ落ちる。それでも新一は蘭を放そうとしなかった。
 新一が蘭を拘束する腕の力は、力強いが、決して振りほどけない程ではない。頭では、空手技を使ってでも新一を突き放さなければいけないと、分かっているのに。
 どうしてもどうしても、蘭にはそれが出来なかった。

 新一の左腕が蘭の腰に回され、右手が蘭の頬に添えられた。
 新一の顔が近付いて来るのを、避けようと思えば避けられた筈なのに、蘭は動けなかった。

 次の瞬間、蘭の唇は激しく奪われていた。
 新一と口付けを交わすのは、初めてではない。けれど、最初の時よりずっと、激しく熱い口付けに、蘭は呑み込まれ。

「蘭。愛している」

 耳に囁かれた言葉に、蘭は全身が甘く痺れ、身動きできなくなり。

 そのまま蘭は、熱いうねりに身を任せた。


   ☆☆☆


 新一が、蘭を抱きしめ、口付けると。

「んっ……」
 蘭の甘いくぐもった声に、新一はくらくらし、脳髄が焼ききれるような感覚を覚えた。
 口付けたままに蘭の顎を捉えて口を開かせ、隙間から舌を侵入させた。蘭の舌を絡め取ると、蘭の方もおずおずとその動きに合わせてくる。

 新一は、抱き締めている蘭のしなやかな柔らかい感触に、絡めた舌の甘さに、下半身に血が集まり、自分の欲望がむくりと頭をもたげているのを感じ取っていた。
 蘭の唇を一旦開放する。
 蘭の目は潤み、唇は赤くぬめって光り、唇の端から二人の唾液が混じったものが、溢れて流れている。

「蘭、愛している」

 蘭の耳に囁いて抱き締めると、蘭は新一に身を預けて来た。
 新一は蘭を横抱きに抱えあげると、続き間になっている寝室へ連れて行き、蘭をそっとベッドに下ろした。

『やべえな……けど、もう、止められそうにねえ……』

 新一は、ベッドに横たえた蘭に覆いかぶさるようにして口付けながら、服の上からそっと包み込むように蘭の胸に触れた。蘭はビクッと身じろぎしたが、新一の手が蘭の胸を揉みしだき始めても、大人しく身を委ねている。
 新一は、手探りで蘭の背中に手を回し、ジッパーを下ろした。そのまま、ブラジャーのホックも外す。

 零れ落ちるように、蘭の豊かな胸が露になる。
 白い半球は美しい曲線を描き、頂には赤く色付く果実があった。

「蘭……」

 新一がおずおずと手を伸ばしてそこに触れると、手に吸い付くような柔らかな感触があった。

「あ……っ……」

 蘭が眉を寄せ身をよじる、その仕草が凄絶に色っぽい。
 新一が蘭の胸の果実を摘み、こすってみると。そこは硬くつんと立ち上がった。

「はあ……ん……」

 蘭が高い声を上げる。
 妖艶で、それでいて清らかな美しさを持つ体。
 新一は胸元に顔を埋め、柔らかい膨らみに吸い付き、舌を這わせた。

「あ……んんっ……はあっ……」

 蘭が、感じているのか、声を上げて身をくねらせる。
 蘭の感じ易さを開発し、この肌に手を触れた男が居る、突然それに思い当たって新一は思わず固く拳を握り締め、息をついた。
 蘭は何故、今、新一にされている事に逆らおうとしないのか。初めて蘭に触れた男を愛しているのなら、何故!?
 新一は、あれ程焦がれ続けていた蘭に、こうやって触れながら。この状況に溺れてしまいながらも、理性が僅かに残っており、やり切れない思いで、唇を噛んだ。

 蘭の胸の膨らみに舌を這わせ、唇を寄せて強く吸った。するとそこには、赤い花のような痣が浮き上がる。
 新一はふと違和感を覚えた。蘭の肌にはシミ一つなく、少なくともここ暫くは、谷中に触れられた様子はなさそうだった。それは、蘭の中に宿る命に配慮しての事なのだろうか?
 自分がやっている事は、もしかしたら身重の蘭に負担を与え、汚す行為なのだろうか?そう考えながらも、蘭がこの事態を拒んでいない以上、新一には己を止める術がなかった。

 蘭の身に着けているもの全てを取り去り、新一は少し体を離して、上から蘭を見下ろした。
 見事な曲線を描く蘭の美しい肢体。身篭っているという事であるが、まだ腹部の盛り上がりはない。絹糸のような黒髪と、白く透き通った肌、赤く色付く胸の頂が、溜め息をつくようなコントラストとなっている。
 蘭は、硬く目を閉じ、その身が僅かに震えていた。

「蘭、スゲー綺麗だ……」

 新一の口からは、月並みな言葉しか出てこない。
 新一は、はやる気持ちを抑えながら、自分の身につけているものを全て脱ぎ捨てると、蘭の体を抱き締めた。
 蘭の肌は滑らかで柔らかく吸い付いてくる。直に触れ合うその感触に、新一の脳髄はくらくらと痺れて行く。

「新一……」

 蘭が新一を呼ぶ声も、甘く艶を含んでいた。新一が、蘭の茂みの奥を探ると、そこからは芳香が立ち昇り、蘭の秘められた場所は既にしとどに濡れそぼっていた。
 新一が、蘭の両足を抱えて広げた。美しく妖しく光る赤い花が、そこにあって。蜜を湛え溢れさせている。

 新一は、秘められた花弁を指で押し開き、蘭の中心部を露にした。蘭は震えながらも、僅かに身を強張らせるだけで、殆ど抵抗もしない。

「ああ……新一……」
「蘭……もう二度と、他の男には触れさせねえ。オメーの腹の中に居るのは、オレの子だ。誰にも、渡さねえ!」

 蘭からの答はなかったが、蘭が新一の行為に抗わないのが答だと、勝手に納得する事にした。
 そして新一は、蘭の中に、己をぐいっと突き入れた。

「あっ……ああ!」

 蘭が新一の背中に爪を立て、苦痛の声を上げた。蘭のそこは思いのほか狭く、新一の侵入をなかなか許さない。その締め付けのきつさに、新一も思わず呻き声をあげるほどだった。
 それが何を意味するのか、分からぬままに。新一はほぼ強引に、蘭の中に入って行った。蘭の内部は熱く新一自身を包み込み、目眩がする程の快感が新一の身を貫いた。

「蘭、蘭!愛している……!」
「しん……いち……」

 蘭の中に入りきった新一は、律動を開始した。愛する女の中を動く行為は、目が眩むような快感を新一に与えた。

「あ……う……しんい……ち……」
「蘭?きついのか?」

 蘭の苦しそうな表情と一筋流れる涙に、新一はふと、もしかして身重の蘭にはこの行為がきつかったのかと心配になった。

「ううん……大丈夫……」

 そう言って蘭は、力なく微笑んだ。
 新一にとって、女性を抱くというのは初めての事だったから。どうしたら良いのか分からず、加減も出来ない。そのまま限界まで突っ走り続ける。
 二人の繋がったところから、粘着性のある水音が響く。

「あ……ふ……うくっ……しん……いち……」

 女性の多くは、なかなか快感が得られないものだと聞くが。蘭は、まだこの行為に快感を覚えた事がないようだ。苦痛の声を上げ眉を寄せながら、必死に新一にしがみ付いてくる。
 男性である新一には、この行為が初めてであっても、愛する女性の中に居て動く事は、凄まじい快感を覚えるものだった。苦痛に耐える蘭の表情に、罪悪感を覚えながらも、同時に欲望が高まって行く。

「くっ、蘭っ!……くああっ!」
「ん……う……あう……新一っ……!」

 新一は、蘭の快感が高まるのを待つ余裕もなく。ひときわ激しく蘭の奥を突き上げると、蘭の中に熱い精を放った。


   ☆☆☆


 暫く、蘭の中で余韻を楽しんだ後。
 新一は、静かに蘭の中から己を引き抜いた。

「何っ!?」

 二人の体液に混じり、おびただしい量の赤いものが流れ出て。
 新一は思わず、流産させたのではないかと、蒼白になりかけたが。突然、今迄考えもして居なかった事実に思い至った。

 女性の、最初の体験の時の反応は、様々で。初めてでも、痛みを伴わないとか、出血しないとか、最初から快感を覚えるとかも、稀にある事は知っているが。
 蘭が流したこの血は、破瓜の血ではないのか。蘭はまだ男性を受け入れた事がなく、たった今、新一が蘭のバージンを奪ったのではないのか。その事に、ようやく新一は思い至ったのであった。

「蘭……」

 新一が、優しく蘭の髪を撫でる。

「蘭。オメー……初めて、だったのか?」

 蘭が、谷中と急いで結婚式を挙げようというのは、谷中の子供を宿していたからであった筈。けれど、蘭の体は、男性を受け入れた経験が全くない様子だった。
 シーツに散る、蘭が純潔を失った印に、新一は深い感動と大きな歓喜を覚えていた。
 それにしても、何故蘭は、そのような嘘をついていたのだろうか。
 蘭は、必死に何かに耐えるような表情をして、目を閉じて言った。

「新一は私の、初恋の人で……い、一度は愛した人だもの。だ、だから……新一にだったら、あげても良いって思ってた事もあったから……」
「蘭……?」
「谷中さんは、わたしの過去なんか気にしないから……新一にバージンをあげたのは……違う人と結婚する……お詫びとお別れの印に……」
「蘭、この期に及んで、嘘なんかつくなよ。オメーは、谷中さんの事を愛してなんかねえだろう?」
「そんな事ない!わ、わたしは、谷中さんの事、あ、あい……」

 突然、蘭がベッドに突っ伏して、声を上げて泣き崩れた。

「新一、新一!わたし、わたし……どうしよう、絶対に絶対に、守る筈だったのに!わたし、こんなに意志が弱いなんて!」
「蘭?」

 新一が蘭の肩に手をかけて呼ぶと。蘭が一瞬ビクリと身を震わせた後、起き上がって新一にしがみついて来た。新一はそれを受け止めしっかりと抱き締める。

「新一、新一ぃ……もう、何もかも、台無しなの。ごめんなさい、ごめんなさい!」
「何で蘭が謝るんだよ?」
「わたし、わたし……本当はずっと、新一に……バージンをあげたかった。でも、我慢しなくちゃいけなかったのに、欲望に負けて、流されてしまったの……」
「だから、何でそれで謝んなきゃなんねえんだよ!?」
「だって、新一の頭の中には、爆弾が埋め込まれているのですもの!」
「は!?」

 蘭の思いがけない言葉に、新一は不覚にも一瞬思考が止まり、目が点になった。

「わたしが結婚式の夜に、あ、あの人にバージンを捧げないと、あの人は起爆装置を押して、新一は、新一は……。その爆弾には、と、盗聴器が仕込まれてるから、もう、もう、お仕舞いなの!新一、ごめんね……お詫びにもならないけど、せめて、せめて、わたしも新一と一緒に……」
「待て待て待て!」

 新一は、蘭の腕を掴んで蘭の体を自分から引き剥がし、そして蘭の顔を覗き込んだ。

「そんな馬鹿な事は、ぜってー有り得ねえ!んな事、出来る訳ねえだろ!」
「だ、だってっ!新一がアメリカで入院している時、谷中はスタッフの一人だったって、新一の手術の時にこっそりと細工をしたんだって、そう言ったんだもの!わたしだって、そんな事、最初信じてなかったけど!でも、でも!新一が帰って来た時、空港で、その装置を遠隔操作して、頭痛を起こさせて見せるって……」
「……!野郎!そうだったのか!」

 色々な事が、一本に繋がった。
 蘭は今も、新一を、新一だけを愛し続けてくれていたのだ。けれど、他ならぬ新一の命を質にして、蘭は脅され。新一を諦めて他の男のものになる決意をしたのだった。
 新一の襟に仕掛けられていた、あの小さな装置。あれは、蘭を騙して、新一の命を質に、蘭を思い通りにする為のものだったとは。
 あまりの事に、新一は歯噛みした。あの後、蘭に振られた事で頭がいっぱいで、あの装置について追求しなかった自分が情けなかった。
 そして、とめどなく涙を流している蘭への申し訳なさと愛しさが募る。
 新一は、蘭の唇に柔らかく口付け、蘭の額に自分の額を当て、微笑んで蘭の目を覗き込んだ。

「蘭。オレこそ、オメーの苦しみに気付いてやれなくて、ごめん。蘭、本当に本当に、オレは大丈夫だから。蘭は、ペテンに遭っちまったんだよ」
「……でも、谷中は、世間では公表されてない筈の、新一の入院していた病院の事詳しく知ってて、カルテの写しとか、全部持ってたんだもの……」
「ああ、それは……」

 不意に新一の脳裏に浮かんだのは、いまだアメリカに居る、宮野志保の言葉だった。

『病院のパソコンにアクセスされた形跡があるの。工藤君のカルテデータも、盗み出されたおそれがあるわ。充分注意して頂戴』

「オレの検査と治療では、頭部は全くいじってねえし。オレの信頼する人達が何人もスタッフに居たんだ。そいつらに気付かれずにオレの頭部に装置を埋め込むなんて、不可能だよ。第一な。オレの事をずっと監視してんだったら、オレが何をやってんのか、全部把握してる筈だぜ」

 新一は、帰国する飛行機の中でいつの間にか襟に取り着けられていた装置の事や、色々な事を、蘭に説明した。新一が大丈夫である事を、蘭が本当に納得するまで。

「新一……じゃあ、本当に大丈夫なのね?新一が死んじゃうって事、絶対ないのね!?」

 蘭は泣きじゃくりながら、何度も念を押した。

「蘭っ!!」

 新一は、蘭を抱き締め髪を撫でながら頬擦りした。
 蘭が愛しくて愛しくて。そして、蘭に申し訳なくて。

「しんい……んっ……」

 新一が、激しく蘭の唇を奪い。二人は溢れる気持ちのままに、再び肌を重ね合わせた。

「あん……ああっ!新一ぃ……」
「くうっ……はあっ……蘭!」

 新一が、溢れる想いのままに蘭を求めると、蘭はそれに応えて新一に体を開く。もはや何の憂いもなくなったためだろう、蘭は慣れぬ行為であるにも関わらず、奔放に身をくねらせ声をあげる。そして、新一が激しく腰を動かし蘭の奥深くを突き、再び蘭の中に熱いほとばしりを放つと、蘭は背中を反らしひときわ高い声を上げて、果てた。


   ☆☆☆


 飽く事無く何度もお互いを求め合い、身も心も蕩ける熱い時間が過ぎ去った後。
 二人は、満ち足りた気持ちで身を寄せ合っていた。

「蘭。愛してるよ……」
「新一……わたしも……愛してる」
「あの空港での別れから二ヶ月間、オレは生きている実感がなかった。今、こうやってオメーがオレの腕の中に居るの、すげー嬉しい」
「新一……わたし……新一と……新一に抱かれて、ひとつになったのね……」
「ああ、そうだよ」
「嬉しい。ずっと、バージンをあげるのは新一以外は絶対イヤだって、思ってたんだもの」
「蘭……」
「新一以外の男の人に触れられるなんて、死んでもイヤだって思ってた。でも、でも、わたしがあの男のものにならないと新一が殺されるって思って……わたし……」
「蘭。つれー思いさせたな……」
「新一の所為なんかじゃ、ないよ……わたしが、勝手に騙されて……ううっ!」

 蘭が顔を覆って再び泣き出した。
 新一は優しくその髪を撫でる。

「ずっとずっと……辛かった……。わたしの愛の真実は、わたしだけが知っていれば良いって、自分に何度も言い聞かせても。辛くて辛くて……。
 新一の声が聞きたい、新一の顔が見たい、新一に……抱き締めて欲しいって……毎日毎日、そればっかり……。
 結婚式の晩には、あの男に……と思うと、おぞましくて気が狂いそうで。でも新一を助ける方法は他にないから、どんなに辛くてもそうするしかないって。こんな事になるのなら、新一がアメリカに行く前に、全部あげてしまっとけば良かったって、何度も何度も後悔して……」

 新一は、蘭を力いっぱい抱き締め、頬擦りした。

「蘭、蘭。間に合って良かった。オメーに辛い思いをさせる前に、間に合って良かった。もし、間に合わなかったら、オレはぜってー自分自身を許せなかったよ。
 もっと早く、疑問に思って、動けば良かった。辛い思いをさせてすまねえ」
「ううん、ううん。新一は、間に合ったもの。助けてくれたんだもの。
 でも、わたし、こんな簡単に騙されて……バカみたいよね、空回りして、単なるピエロで。新一にもかえって迷惑かけちゃって……」
「蘭。オレを、守ろうとしてくれたんだろう?けどな、蘭、たとえそれがペテンじゃなかったとしても、オレはオメーを犠牲にしておめおめと生きてなんか居られねえぜ」
「新一……」
「オレは、オメーが居なきゃ、生ける屍みてえなもんなんだ。事実、この二ヶ月ほど、ひでえ有様だったぜ」
「ごめんなさい……」
「だから!オメーが謝るなよ。蘭は何も、悪くなんかねえ。それにオメーは、オレなんかよりずっと辛い思いをしてたんだろ?オレは、オメーに振られたってだけでいっぱいいっぱいで、オメーの苦しみを全然分かってなかった」
「新一……わたしは……」
「オレはな。蘭が笑って幸せなら、それでイイって思ってた。だから、蘭が本当にそいつを愛して幸せだってんなら、死ぬ程辛くても耐え抜く積りだったさ。けど、久し振りに見たオメーは、ちっともそうじゃなかった。だからオレは……オメーを攫う事にした」

 新一は蘭の頬に手を当て、蘭の額に自分の額をこつんと当て、微笑みながらその目を覗き込んだ。

「オメーの事が、大切だ。誰よりも、何よりも。オメーには、笑っていて欲しい、幸せで居て欲しい」
「……新一……わたし、新一が生きて私のところに居て。新一に愛されて、新一に抱かれて、これ以上ない位、今、幸せ……」

 そう言って微笑んだ蘭の顔は。泣き過ぎて目は腫れぼったかったけれども、作り物ではなく心からの笑顔で、最高に綺麗で。
 新一も、心の底から幸せを噛み締めたのである。



 新一の腕の中で、ようやく、安らかな眠りに就いた蘭を腕に抱きこみ、その艶やかな髪を撫でながら。
 新一は、呟いた。

「蘭。こんな馬鹿なオレをずっと想ってくれて、ありがとう。オメーを信じてやれなくて、守ってやれなくて、ごめんな。オレ、強くなるよ。オメーをずっと守って、オメーだけの為に、生きて行くから……」


(4)に続く

++++++++++++++++++++++++


<後書き>

このお話のタイトルは、「オフコース」の歌のタイトルから取っています。
私が、タイトル付けに悩んでいる時、夫(会長)が勧めてくれたのでした。

歌を聞いて、なるほど確かにこの話にピタッと合うわ、と言う事で、タイトルに使わせて頂きました。
そして、この(3)こそが、歌の主題と一致するところです。
歌詞をそのまま借用する訳には行きませんから、アレンジして、新一君の台詞にしています。

ただ、何であの歌のタイトルが「緑の日々」なのか、それは私的に、いまだに謎だなあ。


さて、私の話作りは、「どうしても書きたい事(シーンだったり台詞だったり)」を軸として、前後の辻褄を合わせてストーリーに仕上げるというパターンが多いです。
オリジナルはともかく、二次創作(特に新蘭)では、そういうスタイルが殆どです。

で、今回の話の主軸は、何かと言いますと。


蘭ちゃんの「ごめん、新一。わたし、待てなかったの」という台詞と。
蘭ちゃんが他の男のものになっても、それでも変わらず蘭ちゃんを想い続ける新一君。

の、二つでした。
我ながら、何て極悪なと思います。

但し、「本当に蘭ちゃんが心変わりする」とか「本当に他の男のものになる」とか、それは「私が」絶対耐えられませんので、「実は」という部分は必須でした。


で、この話、実はこの後の部分の方が長いのですが、気持ち的には、ここに至るまでが苦しくてたまらず、長く感じた部分です。
後は、安心して読んで頂けるかと。まあ、冗長になってしまったのは否めませんが。

ここに至るまで、新一君にも蘭ちゃんにも、随分苦しい思いをさせました。
でもきっと、その分、幸せも大きい事と、信じています。


(2)「転機」に戻る。  (4)「逆襲開始」に続く。