緑の日々



byドミ



(2)転機



「何ですって!?英理、それ、どういう事なの!?」
『有希子。どういう事もこういう事も、私自身いまだに信じられないのよ。蘭が、高校卒業と同時に、ベンチャー企業の若き社長・谷中政春氏と結婚するなんてね』
「……ら、蘭ちゃんはまだ十八歳でしょ?英理、承諾したの?それに、小五郎君も?」
『……蘭が、その人の子供を妊娠している、結婚を認めてくれなきゃ死ぬって言うから、仕方なくよ』
「そ、そんな……っ!」
『小五郎も今になって、〔新一の野郎は何してたんだ!〕なんて、身勝手な事言ってるわ。あんなに邪険にしてたくせにね』
「蘭ちゃんは、その……乱暴されたって事は?」
『それは流石にないと思うわ。もしそうなら、あの子、一人で産むだろうと思うし。だけど、魔がさしてしまって、その責任を取る積りで……って事は、ありそうだと思うの』
「英理……」
『これは母親の勘だけど。あの子が、谷中氏を愛しているなんて、信じられない。でも、それしかないと思い詰めているらしいあの子を見ると、もう何も言えなくて。新一君には申し訳なかったけれど、ごめんなさい……』

 旧友との電話を終えた工藤有希子は、倒れそうな位にショックを受けていた。
 息子の新一が、幼い頃からずっと、ただ一人の女の子・毛利蘭へ想いを寄せ続けている事は分かっており。さまざまな困難を乗り越えて、ようやく気持ちを通じ合わせ、晴れて恋人同士になれたと言うのに。

 先頃息子が蘭から振られてしまった事は、有希子にも非常に苦しい事であったのだ。最早親の手が届く事ではないので、静観する以外になかったのであるが。
 そして。蘭が若くして結婚し、新一の手が完全に届かなくなるという事実に、有希子は気が遠くなりそうな位に打ちのめされていた。

「有希子。お茶を淹れたよ」
「あ、あなた!今、それどころじゃ!」
「まあまあ、一服して落ち着きなさい。ヘタに考え込んだって、迷路がややこしくなるばかりだからね」

 有希子は渋々腰をかけ、優作が淹れたコーヒーを飲んだ。気持ちが少し落ち着くのを感じる。

「有希子、君は耳が良い筈だね」
「……?ええ、まあそれなりにはね」
「英理君との電話で、違和感がなかったかい?」

 向かい側に腰掛けた優作に、鋭い目付きで見られながら問われて、有希子は息を呑む。

「い、言われてみれば……」
「こちらではない。毛利家に、盗聴器が仕掛けられている。そして、蘭君の今の『恋人』が、電子機器の企業。これは、偶然の符合などではないと思うよ」
「新ちゃんに、この事……」
「新一からは既に、連絡が来ている。有希子、これは単なる蘭君の心変わりとか言う事態では、なさそうだよ」
「英理に……あ、盗聴されているのね」
「有希子、こんな時こそ、古風な連絡方法はどうかね?」

 優作が有希子に見せたのは、新一から届いたエアメール。有希子は頷き、優作と細かい打ち合わせをしながら、早速英理と新一宛に手紙をしたため始めたのだった。


   ☆☆☆


 新一は、有希子から受け取った手紙を握り締めた。
 工藤邸に盗聴器の類などが仕掛けられていないか、定期的に調べ上げているので、それはない。しかし、いつからか毛利邸は、谷中に盗聴されていたらしい。
 蘭が、本当に身も心も谷中のものであるのなら、何故谷中は毛利邸を盗聴しなければならないのか?

 新一は拳を握り締める。蘭が身篭っているという情報は、新一の元へももたらされており。どうしても、絶望感に打ちのめされそうになってしまうのだった。それが、新一の正常な思考を妨げていた。
 新一と蘭はキス止まりで、体の関係はなかったから尚更に、蘭が他の男に肌を許し子供を宿したと聞くと、嫉妬に苛まれ、絶望的な想いになってしまう。

 と、突然工藤邸のインターフォンが鳴った。
 新一が、覗き窓から外をうかがうと。思いがけない三人の訪問者が立っていた。

「工藤新一さん、こんにちは」
「こんにちは……君達……少年探偵団、だね?どうしたの?」

 玄関の外に立っていたのは、新一が江戸川コナンだった時、共に過ごした小さな友人達だったのだ。けれど、新一としての彼は、少年探偵団と殆ど面識がなかったし、彼らと共にいた江戸川コナンが本当は十歳も年上の工藤新一だと言う事実も告げていなかったから。彼らの訪問は、予想外の事だった。
 新一は、三人をリビングに通し、何とか探し出したジュースを出した。子供達は無遠慮に、部屋を見回す。

「う〜ん、散らかってないですけど……」
「何か、薄汚れてんな」
「お掃除、してないの?」
「あいにく、オレ一人だと手が回らなくてな」

 三人の無遠慮な言葉に、新一は苦笑いするしかなかった。

「ところでオメーら、オレに一体何の用だ?」
「新一さん。蘭さんが、他の男と結婚するって本当ですか?」

 光彦の言葉に、新一は流石に顔色を変えた。

「オメーら、一体どこでそんな話を……!」
「阿笠博士と園子姉ちゃん、それと毛利のおっちゃんから聞いたぜ」

 答えたのは元太だった。

「ねえ、蘭お姉さんは、新一お兄さんの恋人なんだよね?なのに、どうして!?」
「……しゃあねえだろう?蘭は、その人の事がオレよりも好きなんだとさ。オレは、振られちまったんだよ」
「それ、本当なんですか!?」
「……蘭本人から、そう聞いたぜ」
「そんなの、おかしいわ!だってだって、蘭お姉さんは、新一お兄さんの恋人だって、一筋だって、そうコナン君が言ったんだもん!」
「!」

 コナンの言う事なら一途に信じる歩美の言葉が、今の新一には痛かった。

「コナン君はね、蘭お姉さんの事が大好きだったの!だけど、だけど、蘭お姉さんは新一お兄さんの恋人だから!コナン君は新一お兄さんの事、とても尊敬して憧れてたから!だから身を引いたのに!なのに、その新一お兄さんが諦めるの!?」
「…………」
「コナン君は、いつもいつも。絶対、諦めなかったよ!いっつも、一生懸命だった。そのコナン君の憧れの新一お兄さんなのに。新一お兄さんにとって、蘭お姉さんの事は、簡単に諦められるような事だったの!?」
「…………。(そうだよな。オレは、ぜってー諦めちゃいけねえんだよな……。コナンという存在を、こいつらから取り上げたのは、何の為だ?新一の姿で、蘭の元に戻る為じゃねえか!なのに、オレは……こんなにヘタレで良いわけがねえよな)」

 黙り込んでしまった新一を、六つの瞳が真剣に見詰める。
 やがて新一は、笑顔を見せると、歩美の頭をポンポンと叩いた。

「ありがとな。オレ、蘭を取り戻す為に頑張っから。応援してくれるか?」

「新一お兄さん!」
「新一さん!」
「新一兄ちゃん!」
「よ〜し、今から花嫁奪還作戦の開始だ!」
「「「オ〜ッ!」」」

 陰気だった工藤邸のリビングが、一気に明るくなった。


   ☆☆☆


「蘭お姉さん、こんにちは」
「歩美ちゃん……」

 年明けすぐ、毛利探偵事務所は、可愛いお客さんを迎えた。

「久し振りね。元太君と光彦君は?」
「今日は、女同士のお話をしたいって思って。一人で来たの」

 まだ、たった八歳の女の子が、強い光を目に宿して、蘭と対峙する。蘭は、寂しげな眼差しで歩美を見詰めた。

「蘭お姉さん。新一お兄さんのこと、もう、愛してないの?」

 蘭は、目を閉じ、テーブルの上に置いた手をギュッと握り締めた。

「新一の事は、今でも大事な幼馴染だと思っているわ。でも、もっと大事な人が出来てしまったから。だから……」
「だって!コナン君は、ずっと、蘭お姉さんの事、好きだったのに!蘭お姉さんが、新一お兄さんの事好きなんだって、分かっていたから、だから諦めたんだよ!」

 蘭は、目を見開いて、歩美を見た。
 その顔が、苦しそうに歪む。

「ごめんなさい、ごめんなさい。私は、私は……コナン君が、いつも私の傍に居てくれて、本当の弟みたいで、すごく幸せで楽しかった。コナン君の気持ちは、嬉しかったけど……でも……」
「蘭お姉さんには、新一お兄さんが居るから、駄目だったんでしょ?」
「そういう事じゃなくて。新一が居なくても、コナン君の事は、弟のようにしか、見られないから……」
「そんなの、酷いよ。酷過ぎるよ!」
「……ごめんなさい。私は、今は新一ともコナン君とも違う人を選んで、生涯を共にして行く事になったから、だから……新一にもコナン君にも、私の事なんか忘れて、幸せになってって……」

 そう言いながら、蘭は顔を覆った。指の間から涙の雫が流れ落ちた。

「ねえ、蘭お姉さん。ひとつだけ聞かせて。蘭お姉さんは、その婚約者の人を、愛しているの?」

 歩美が静かにそう尋ねて。
 蘭は、顔を上げた。

 蘭の目は大きく見開かれ、怯えたような眼差しで歩美を見る。

「え、ええ……そうよ……」

 答える蘭の声が、震えている。

「新一お兄さんよりも?」

 目を逸らして頷いた蘭の顔は、苦しげに歪んでいた。


   ☆☆☆


「蘭お姉さんは、嘘をついているわ」

 歩美が、キッパリと言い切った。

「へえ?何で分かるんだ?」
「そうですね、それだけなら嘘とも何とも。単に、新一さんを振った為の罪悪感とも考えられますし」
「それは。女の勘よ!」

『おいおい、オメーら。本当に小学校二年生同士の会話かよ?』

 新一は、苦笑いしながら、内心で突っ込む。
 新一と元太と光彦は、新一の家で、歩美の「調査報告」を聞いていたのだった。

「だって!蘭お姉さん、頷いたりええって答えたりしただけで。その婚約者の人を好きだって、一言も言わなかったんだもん!」
「それ、照れてただけじゃねえのか?」
「愛してるなんて、軽々しく口に出せないのが、年頃の女性というものなんでしょう」

「いや。確かに歩美ちゃんは、イイとこ突いてると思うよ。蘭はいつも、君達の真剣な問いかけには、真剣に返して来ただろう?歩美ちゃんに正面から問われた事に、まともに答えていないってのは、確かに何かありそうだって思う」

 新一はそう言って、歩美を労った。
 そういう風に言いながら、新一だって、決して自分の言葉に自信があった訳ではない。蘭の事になると、昔から冷静な判断力など働かない。どちらかと言えば、萎えそうになる心に鞭打ちながら、自分で自分に言い聞かせているのだ。
 けれど、そうやって言葉にしてみて、改めて考えてみる。蘭の性格を考えると、本当に谷中を愛しているのなら、新一には申し訳ないと思いつつも、キッパリとその気持ちを告げる筈なのだ。

 蘭は空港で新一に、待てなかった、寂しかった、だから他の人と付き合い始めた、そう言った。けれど一言も、その人の事を愛しているとは、言わなかったのである。

「コナン君がいたら、もっと上手に色々出来たし、蘭お姉さんを守ってあげられたよね」
「そんな事!歩美ちゃんは、すごく頑張ってますよ。ボなんか、ホントに何も出来なくて」
「コナンのヤツ、こんな時にどこにいるんだろう?蘭姉ちゃんもオレ達も、みんな待ってるのにさ」
「元太君、仕方ないよ。コナン君は、遠くにいるんだもん。あたし達がコナン君の分まで頑張らなくちゃ。元太君は少年探偵団のリーダーでしょ?」

『コナンだったオレはこんなに、こいつらから信頼を受けていたのか?情けねえよなあ、しっかりしろ、工藤新一』

 歩美の目に浮かぶコナンへの信頼と思慕に、新一は胸潰れる想いだった。
 コナン=新一は、蘭以外の女性を愛する事は不可能だから。江戸川コナンが吉田歩美を大切に思っても、それは可愛い妹的存在の友人としてであり、歩美の初恋が成就する事は絶対に有り得ないのだ。

 けれど、だからこそ余計に、ここで新一が諦めてしまうのは、許されない事だった。


   ☆☆☆


 鈴木園子は、靴箱の中に入れられた手紙というレトロな方法で、テニス部部室に呼び出された。
 夕日の射す中、部室に入った園子は、制服姿の男子の後姿を見て、胸がドキリとなった。……と言っても、別に恋に落ちたとかそういう意味ではなく。その人影が、今ここには居ない筈の、園子の良く知る人物のようだったからである。
 その男が振り返って園子を見た。

「よ!元気か?」
「……あんた。今はここの生徒じゃない癖に、帝丹の制服なんか着て、何やってんのよ!?」

 園子が相対したのは、とっくの昔に帝丹高校を辞めた、工藤新一だったのである。

「オメーに話があってさ。一番会い易いのはここだし、それにこの格好の方が怪しまれずに入り込めると思ってよ」

 そう言いながら新一は、園子に大き目の封筒を渡した。それに封はされていない。

「生憎と。ラブレターなら間に合ってんだけど」
「それは残念。でもせめて、断るにしても中身を読んでからにして欲しいな」

 園子は、憎まれ口とは裏腹に、真剣な目つきで新一から手渡されたものを読み、息を呑んだ。

「……わたし、恋人が居るし。やっぱり、新一君の好意に応えられそうにないわ、残念だけど」

 新一は、園子が良く知る不敵な笑顔を浮かべており。園子は、口では拒絶の意を示しながらも、にっと笑い、親指を立てて新一に応えた。

   ☆☆☆


「何や、今時レトロに手紙やて?いくら大阪まで一日で着く言うたかて、まだるっこしいてかなへんわ」

 口では面倒そうに言いながら、平次は鋭い目付きで、新一から受け取った書簡に目を通した。

「オレらのとこは盗聴されてへん事、確認済みやのに、妙に神経質やな〜。黒羽は、伝書鳩が居てるからええやろけど」

 平次の頭の中で、新一が真面目腐った顔で言った。

『今回の敵は電子機器のエキスパートだからな。黒の組織の技術は半端じゃなかった、どういう妨害反撃があるか見当付かねえ。電話やネットに頼った連絡は一切なしで行こうぜ』
「へいへい、分かってまんがな」

 平次は、頭の中の新一にそう答え、帽子を被り直した。

 黒羽快斗は、自分の元に戻って来た鳩の足に括りつけられた円筒から、通信文を取り出して目を通した。

「ふふん。ようやく本気になったか。ったく、世話が焼けるぜ」

 そう言ってにっと笑った表情は、快斗のもうひとつの顔である怪盗キッドのものだった。


   ☆☆☆


「園子、鈴木財閥のニューイヤーパーティに、わたしなんかが出ても良いの?」
「良いって良いって。何しろ、蘭とわたしはもう推薦で帝丹大入学が決まってるけど、他のクラスメートは殆ど受験のラストスパートなんだもん。蘭位しか、連れて行ける相手が居ないのよ」
 鈴木園子が毛利蘭を、「鈴木家のパーティ」という名目で連れ出したのは、一月も半ばの事であった。
「小父様、小母様、今夜は蘭を鈴木邸に泊めても良いでしょ?」
「あ?ああ、それは構わんが……」
「……こうやってお友達の家に気軽に遊びに行けるのも、あと少しなのだから。楽しんでらっしゃい」

 そして園子は蘭を連れ出し、最初に向かったのはブティックだった。

「そ、園子!?」

慌てる蘭を他所に、園子が店員を呼んで言った。

「この子に似合う服を、選んであげて」
「かしこまりました」
「ちょちょちょっと園子、わたし、そんな……」
「今日のパーティは、一応それなりの格式があるものだから、きちんとして貰わないと困るのよ。それに、わたしの奢りじゃないから心配しないで。ちゃんと代金は請求するって、話はつけてるから」
「そ、園子……」
「バッグもきちんとしたものをレンタルしましょ。それに、携帯はご法度だし。ああ、その下着、ストラップが見えてしまうから、全部交換ね」
「ちょちょちょっと、園子!」
「着替えたもの一式は、ここに預けておいて。明日、わたしんちからの帰りに取りに来れば良いわ」

 強引な園子に、いつの間にか乗せられるような形で。蘭は、身につけていた物を下着に至るまで全て、交換する事になった。
 そしてこれまた新調したコートを羽織り、蘭は園子と共にパーティ会場である米花シティホテルへと向かった。

 鈴木家のニューイヤーパーティそのものは、盛大ではあったが退屈なものだった。
 鈴木家の面々以外には、蘭の直接の知り合いは居ない。園子は、接客に忙しく、蘭の相手が出来る状況ではなかった。

 蘭自身は意識していないが、蘭がドレスアップして一人で立っていると、とても目立つ。
 早くも蘭に目をつけた若い男性がいた。

「あの子、可愛いな。何で一人で居るんだろう?エスコートする筈の男が何かで都合が悪くなったのかな?この隙、いやチャンスにお近付きに……」

 その男が蘭の方へ歩いていると、ワインを配っていたウェイターが突然バランスを崩し、男の方へワイングラスが倒れて来た。そして、スーツがワインまみれになる。

「あ、お客はん、済んまへん」
「ななな!ワインを引っ掛けるなんて、無礼な!」
「そのままでは染みになりますよ、さあこちらへ」
「ちょ、ちょっと待て!」

 ウェイター二人が、一見丁重そうに、けれど有無を言わせぬ力で、男を引きずるようにして会場の外へ放り出した。しかも、会場の外へ出た途端、今度は強面の鈴木家ガードマンにとっ捕まる。

「○○様。困りますな。あのお方へアプローチしようとする不届き者は、たとえどなたと言えど、お帰り願うようにと、主人から厳しく言い付かっております」

 そこまで言われれば、その男も、あの愛らしい女性へのアプローチを諦めざるを得なかった。このパーティに出席しながら鈴木家に逆らってナンパしようなどという度胸のある者は、いないのである。

 その後も、蘭のところには、若い男性が幾人もナンパしようと近付きかけたのだが、その度に、ウェイターやウェイトレスがさり気にそれを妨害していた……という事実を、蘭は後になって知る事になる。

『ふう、変装も暑っ苦しいてかなわんわ』
『蘭ちゃんに面割れてんのやから、しゃあないやん。文句言いなや』
『蘭さんに気付かれないようにナンパ野郎の手から守るのは、園子さんのたっての頼みですから。頑張りましょう』

 そういった動きを露知らず、蘭は、早くこの退屈なパーティが終わらないかと暇を持て余していた。
 今夜園子と久し振りに一緒に過ごせる事は、楽しみだったのである。

 欠伸をかみ殺そうとした蘭は、ふと知った顔を見かけたような気がして、目を見開いた。蘭と面差しが似た少女・中森青子である。
 青子は、何故かメイド服を着ていた。他のウェイトレスと違う服なので、妙に目立つ。このような場所にいると、コスプレにしか見えない。
 青子も蘭に気付いて近付いて来た。
 蘭は、青子がその格好で注目を浴びているのもあり、このような場所で逃げ出す事も出来ずに、仕方なく立ち止まったままでいた。

「蘭ちゃん、こんにちは、久し振りね」
「こ、こんにちは、青子ちゃん」
「青子、最近蘭ちゃんと会えなくて、寂しかったよ」
「だ、だって……私、新一と別れた……から……。新一の友達である黒羽君服部君、それに、その恋人の青子ちゃん和葉ちゃんと、顔を合わせられる筈ないんだもの……」
「蘭ちゃん。そりゃ、青子、蘭ちゃんが工藤君を振ったって聞いた時はビックリしたけど。でも、工藤君の事抜きで、青子は蘭ちゃんの友達だって思ってたんだけどな」
「ごめんなさい……でも、わたし……」
「ううん、辛いのは蘭ちゃんだよね。謝らないで。でも、青子、時々は蘭ちゃんに会いたいな。良いでしょ?」

 蘭は、微かに頷いた。

「良かったあ。青子、蘭ちゃんに嫌われちゃったんだったらどうしようって思ってたよ」
「そんな事、絶対にないよ。青子ちゃんの事、嫌いになんて……」
「ありがと、蘭ちゃん」
「ところで青子ちゃん、その格好は?」
「あ、これ?青子、今夜はね、アシスタントなの」

 蘭が、何のアシスタントなのかと問うより先に。

「きゃああああっ!」

 何と青子が、(工藤優作の小説に出て来る)ナイトバロン姿の男に攫われたのである。

「青子ちゃん!」

 その男は、蘭が追いつけない程に身軽で、何と青子を抱えたまま、シャンデリアの上に乗ったのである。

「レイディースアンドジェントルマン、今宵の私の獲物は、この可愛らしいお嬢さんだ!」

 会場が大きなざわめきに包まれた。

「青子ちゃんっ!!」

 蘭が、宙に囚われている青子を何とか助けようと必死になり、テーブルの上に登ろうとしていたら。
 突然、蘭を後ろから優しく拘束する腕があった。

「……!!」

 その、覚えがある感触に、蘭は振り払う事が出来ない。

「しっ。大丈夫、あれは、マジックショーの始まりの合図、パフォーマンスだから。ヤツがついている、青子ちゃんが危ない事は何もないよ」

 蘭の耳に囁かれる声。蘭はゾクゾクして、身動きが取れなかった。

「悪者め、お嬢さんを放せ!お嬢さん、ご無事ですか!?」

 パフォーマンスは続いていて、ナイトバロンに対峙するのは、何故か仮面ヤイバーである。

「ヤイバーさん、私を助けに来て下さったの?でも、でも、ごめんなさい!わたし、この悪い人を愛してしまったの!」

 メイド姿の青子が、芝居気たっぷりでナイトバロン姿の男に縋りついた。パフォーマンスである事に気付いた会場からは、拍手喝采が沸き起こった。


「若きマジシャン黒羽快斗と、真田一三の競演だ。今宵は怪盗キッドのパフォーマンスは止めて欲しいとお願いしたら、あの姿に。ったく、悪趣味だよな」
「……どうして、どうして?」

 蘭は、後ろから蘭を抱き締める腕の主が、蘭の耳に囁く声の主が、分かっていたけれど、名前を呼べずにいた。
 不意に蘭は、そのまま抱えあげられる。

 パーティ出席者の全てが、パフォーマンスに釘付けで、蘭達の様子に気付いたものは居なかった。
 そして、ウェイターとウェイトレス、ガードマン達は、蘭が抱きかかえられて連れて行かれるのに視線を送る事すらしなかった。


(3)に続く

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<後書き>

少年探偵団の3人と、まこっち平和快青が出たのは、東海帝皇会長の趣味です(爆)。
いや、私、この方達が関わるのが、嫌いなんじゃないですけどね。ただ、長くなっちゃうんですよ〜。

と言う事で、最初はブーたれていた私ですが、結局、彼らの登場で納得行く形に落ち着いてくれたので、会長には感謝、ですね。
でも、「間に合うか!?」ってな修羅場だと、私自身がとても殺気立っているので、執筆中には、いつも会長に、ガーガー文句言ってます。ごめんよ、会長さん。

結構この話、みんながみんな、寄ってたかって新一君を甘やかしてくれちゃってるかな?
でもそれは、別に新一君1人の為ではない。新一君と蘭ちゃんが幸せになる事を、周りのみんなが望んでいるからです。

さて、ここの最後に出て来た人物は、当然、解説は不要でしょう。次でようやく、蘭ちゃんの今迄の言動の訳が明かされます。

それにしてもこれって、夏コミ新刊だったんですよね。作中の季節が逆だったけど、まあいいやで開き直って、書きました。


(1)「絶望の日々」に戻る。  (3)「絆」に続く。