魔探偵コナン




byドミ



File09:凶(まが)き手



ニャルラトテップが、再生の苗床として身籠っている蘭を欲しがっている事実を、蘭には、隠し通す。
そう決めて、必死でポーカーフェイスを保っても、さすがに完璧にとは行かなかったようだ。

寝室に入った新一を、蘭が心配そうに見つめて来た。

「新一?どうかしたの?」

新一は、精一杯の笑顔を作る。

「蘭、愛してるよ」
「新一・・・わたしも・・・」
「蘭、オレは、オメーを探してた」

新一の言葉に蘭は首を傾げた。

「この世に生を受けて数百年、オレは・・・両親にも愛されたし、友人にも恵まれたし、寂しいと思った事はなかった。仕事も、充実してたと思う。でも、いつも、何かが欠けている気がして、ならなかった。漠然と、何かを探していた」
「新一・・・?」
「オメーに会って、分かった。オレに欠けていたもの、オレが探していたもの、それは、オメーだ」
「新一・・・」
「愛してる、って言葉だけじゃ、足りねえ。オメーがいなけりゃ、オレはオレとして成り立たねーんだ」

新一は、蘭を強く抱き締めた。

「新一、本当に、大丈夫なの?」
「ああ・・・昔の事を、思い出しただけだから」
「昔の事?」
「今の和葉ちゃんが、2人目だって事は、知ってるか?」
「うん・・・和葉ちゃんから、聞いた」
「そうか・・・」
「新一は、最初の和葉ちゃんを、知ってるんだよね?」
「ああ。服部とは、ほぼ同じ頃に生まれて、長い付き合いだからな」


新一と平次は、同時期に生まれ、同じように仙人化し、同じ退魔師の仕事をしていた。
今のような「探偵」という言葉もなかった頃から、2人共に「妖が関わらない人間の事件」にも、すぐに首を突っ込んでしまう点も、共通していた。
幕府や各藩の「捕り物」に協力した事も、数知れない。

だから2人は、江戸と大坂とに離れていたけれども、お互いに強く意識していた。
長い時を、時に協力し、時に張り合って、過ごして来た。


「人間の和葉ちゃんは、大坂東町奉行である遠山さんの娘だった。服部は、魔性絡みの事件にも、人間の捕り物にも、協力していたから、遠山さんの信頼も篤かった。人であって人でない、仙人のような存在である事は、承知の上で、だ。
そして、和葉ちゃんは、服部を慕っていつもついて回っていた。服部は、悩んでいたよ。いずれ和葉ちゃんはその生涯を閉じて服部を置いて行く。それが分かっていたから。
けれど、和葉ちゃんの一途な思いにほだされて、限りある時を精一杯、一緒に過ごそうと、ヤツは決意した」
「・・・でも、その和葉ちゃんは、天寿を全うしなかったのね?」
「ああ。まだ、20代半ばの若さで、流行病で亡くなってしまった。その時の服部の慟哭は、とても、見ていられたものではなかったよ。転生を願い、その亡骸を吉野山の神木の元に葬った時も、本当にそれが可能なものなのか、オレにはとても信じられなかった。
けど、和葉ちゃんは、桜の精として転生を果たした。服部は文字通り、生き返ったよ。和葉ちゃんを抱き締めて、泣いた。
オレが知る限り、服部が泣いた姿を見たのは、その2回だけだ。
人を愛する素晴らしさを、オレは知った。けれど同時に、愛する相手を喪った時の、絶望の深さも、垣間見た。
それでも、出来る事なら、いつか愛する相手と巡り逢えたら良いと、オレは思っていた。
そして・・・オメーに会った」
「新一・・・」
「オメーは、オレの、ただ一人の女だ。過去も現在も未来も、前世も来世も」
「前世って・・・そんなの・・・」
「言っただろ?オレは、オメーを、探してた。オメーに間違いない。たとえオレの記憶になくても、オメーの記憶になくても、きっとオレとオメーは、過去世からの縁がある。そして、生まれ変わっても、オレはきっと、オメーを探し出す」
「新一。変なの。まるで、もうすぐどちらかが死ぬみたいじゃない」
「・・・ああ。そうだな、こんな話、変だな。ちょっと今日は、昔を思い出して、感傷的になっちまったみてーだ」

苦笑する新一の目を、蘭が覗き込み、にっこりと笑う。
そして、蘭は自分から新一に口付けて来た。

「新一。わたしはここに居るわ。いつか、2人が命を終えるのは、まだ何百年も先の事よ。新一がこれまでの数百年孤独だったと言うのなら、わたしがそれを埋めてあげる」

新一は、蘭を強く抱き締めた。
蘭はもはや、新一の全てと言って構わない存在。
絶対に、失う事など出来ない。

新一は決意を新たにしていた。


   ☆☆☆


「あん・・・ああ・・・小五郎・・・」
「英理・・・行くぜ・・・」

魔界の奥つ城では。
疫魔の王と淫魔の女王が、「子作り」が口実の交わりをしていた。

魔王である彼らには、勿論子作りも重要であるには違いないが、たとえ子を成しても、子作り名目の交わりは続くであろうと思われる。

魔界において、婚姻という制度は存在しないが、事実上のパートナーが存在する事は、ままある。
ルシフェルとリリスのように、伝説になっている者達も居る。

小五郎と英理の2人は、魔王の中では珍しく、数百年もの間、パートナーを変えていない。


淫魔の中でも上級とされるリリム族は、本来、人間の男性の精を糧としているのであり、性に関して殆ど貞操観念というものがない魔性の中でも、一段と奔放である。
しかし、何故か不思議と、りリム族の中でも直系に近い、女王の後継者の資格を持つ者達は、相手を選ぶ傾向にあった。

それはどうやら、後継者作りの本能と関わっているものらしい。
リリム族が産む子供は、男だったら父親の種族、女だったら母親の種族と、きれいに別れてしまうが、どちらの種族であるにしろ、子供の能力は、父母の力次第でかなり違って来るものなのだ。


ただ、人間の夫婦がそうであるように、性行為は、子作りだけを目的に行われるものではないのだが。
英理女王と小五郎王は、何百年と、お互いだけがパートナーであるにも関わらず、妙に意地っぱりで素直じゃない所があるので。毎回、「子作り」を口実に、行為に及んでいた。


「う・・・ふう・・・ああん・・・」

淫魔の女王の、素晴らしいプロポーションの体。
身をくねらせる様は妖艶で、淫魔だけあって、感度も非常に良い。

英理のそこは、小五郎のものをくわえ込み、肉襞が温かく柔らかく包み込み、収縮し、蠢いている。
毎回、小五郎は、その快感に耐えるのに、多大な精神力を必要とした。

もしも、人間の男性が、この感覚を知ってしまったら、あまりにも強い快楽の中で、文字通り「昇天」してしまうであろう。

小五郎は、自分だけがその感覚を知っているという事実に、いつも満足し、大きな歓びを覚えていた。


「あああああん!こご・・・ろう!」
「くう、はあっ・・・英理っ!」


さすがの魔王達も、その瞬間だけは、無防備になる。
だからこそ二人は毎回、結界に守られた、それぞれの城の奥まったところで、事に及ぶのであるが。


まさか、魔王が張った強力な結界を破って、ここに侵入するものが居ようとは。

二人、達して、歓喜の一瞬に。


「ぐうおおっ!」
「きゃあああっ!」

思いがけない攻撃を受け、二人は・・・結びついたままに、石と化してしまったのであった。


けれどさすがに、魔王の名は、伊達ではない。
肉体は石と化し、神通力は封じられてしまったが、意識は健在で、二人、思念で会話を交わし始めた。

(あなた。ニャルラトテップよ!)
(くそうっ!そうか。確かに、俺達二人を同時に攻撃出来るなんて言ったら、ヤツ位しか居ねえが)
(・・・もしかしたら、事態は厳しいのかも知れない)
(どうしたんだ?不覚を取ったのは悔しいが、俺とお前の事だ、数年もすれば、元の姿に戻るだろうが。おのれ!いくらヤツが、魔王数人がかりでも倒せない、何万年と生きている存在でも、このまま済ませはせんぞ!)
(あなた!復活してからじゃ間に合わない、間に合わないのよ!)
(何の話だ?)
(蘭よ!)
(結婚式の事か?それは、この事態だ、あの新一の野郎も、さすがに待ってくれるだろうぜ)
(そうじゃないの、あなた!蘭は、今、身籠っている。ニャルラトテップに狙われたら、蘭も、蘭の子も、失われてしまう!)
(何っ!?どういう事だ!?)
(あいつは、千年毎に、体を再生する苗床として、何故か、妊娠した魔王の直系に近いリリム族を、使うのよ!前回の再生から、まだ四百年しか経っていないのに、今回、蘭を・・・!)
(な・・・何て事だ!蘭を狙ったら、俺達が妨害にかかると踏んで、先に邪魔者を排除したって事か!)

小五郎王は、歯噛みをした。
英理と小五郎二人がかりでニャルラトテップに向かっても、太刀打ち出来ない位に、相手は強力だが。
それでも、蘭を狙う時に死に物狂いで妨害に入られるのは、相手にとって好ましくない事態なのだろう。


(小五郎。人間界に行って、新一君や、優作さん達に、知らせなければ!)


その時。
意識体となってしまった二人の元に、届いたものがあった。
思念による、工藤新一からの、ニャルラトテップに関するメッセージだった。


(くそうっ!新一の野郎、おせーんだよ!)
(あなた。急ぎましょう!ヤツの動きは、新一君達が想像しているよりも、早いって事なんだから)
(ああ。行こう、英理)


意識体の二人は、人間界へと向かって行った。


(それにしても、英理。ヤツが「直系に近いリリム族の妊娠した時」を狙うのなら、何で、オメーが二十数年前、蘭を妊娠した時、狙わなかったんだ?)
(・・・これは、私の勘なのだけど。ヤツが狙うのは、胎児が男である時なのではないかと、思うのよ)
(何?では、もし、オメーがあの時、疫魔の王の後継ぎを孕んでいたら・・・)
(ええ。私が狙われた可能性は、高いと思うわ)
(今回に限って、何で再生サイクルが短いんだ?)
(前回の再生時の事は、あなたは知らないわよね。私がまだ女王を継いだばかりで、あなたともパートナーになっていなかったから。前回は、狙われた相手が死に物狂いで抵抗してヤツを退けた為に、結局ヤツは、別の、受胎能力のないリリム族を代替として再生したものだから、色々不具合があるらしいの)


そういう会話を交わしている内に、二人は工藤邸の地下広間に、たどり着いた。


   ☆☆☆


「あ・・・ああ・・・新一・・・わたし・・・やああっ・・・ま、また・・・行っちゃうっ・・・!」
「ああ。行けよ・・・何度でも・・・」
「あ、はあああん!あああああっ!しん・・・いちぃっ!」

工藤邸の2階の寝室では、ベッドの軋む音と、隠微な水音が、いつまでも響き。
二人の繋がり合ったところからは、芳香を放つ蘭の体液が滴り落ちて、シーツを濡らしていた。

けれど、長時間に及ぶ行為で、蘭は何度も達して新一の背中に爪を立てていたが、新一は精を放つ事なく、萎える事もなく、蘭の最奥を犯し続けていた。
いっそ、苦痛に感じる位に、与えられ続ける快楽。
淫魔の蘭には、それが辛い訳ではないけれど。
毎日充分に精気を与えられているのだから、今夜、新一から精気を分けて貰えなくても、飢える心配などないのだけれど。
仮にも人間である新一が、淫魔の蘭を抱きながら、精を放たず行為を続けられるなど、信じられなかった。

「しんいち・・・気持ち・・・よく・・・ないの?」
「バーロ。・・・っ!・・・すげ・・・イイに・・・決まってん・・・だろ?」
「あっ・・・あああっ!」
「ずっと・・・繋がって・・・ひとつになって・・・居たい」

朦朧となりかけた意識の中で、蘭は、「やっぱり新一は、どこか変だ。何があったのだろう」と考えていた。

「ああああっ・・・やああああっ!」

蘭は、いく度目になるのか既にもう分からない絶頂に達し、ブルリと身を震わせ・・・そして、意識を手放した。


「蘭?蘭っ!」

腕の中で失神してしまった蘭に、新一は慌てた。
相手が淫魔であるから、行為で蘭に無理をさせるような事態が起こるとは、さすがに想像もしていなかった。

このまま、ひとつになったまま、蘭が目覚めるのを待とうかとも思ったが。
客の気配を感じ、そうも行かないと思い直す。

「蘭。ゴメン!」

蘭が意識を失った状態で行為を続けるのは、本意ではなかったけれど。
一旦、新一の熱を解放しないと、困る事になりそうだったので。
新一は、意識を手放した蘭の中で激しく律動し、蘭に精気を分け与え、自身の熱を解放した。

そして、ゆっくり蘭の中から力を失った己を抜き。
蘭のそこを、ティッシュで丁寧に拭い。
蘭の体に、ダウンケットをかける。


そして、蘭の唇に小さなキスを落とし、手早く服を身につけると、新一は客を迎える為に、階下に降りて行った。


新一は、首を傾げる。
感じた「客」の気配がとても弱いのだ。
あの二人が同時に工藤邸を訪れると、半端ではなく屋敷が鳴動する筈なのに、それもない。

そして、あの二人の事だ、既にリビング辺りに入り込んでいても良さそうなのに、地下室から動く気配がなかった。


「あ、あなた。早く行きなさいよ!」
「待て待て、英理。この体では、どうにもこうにも・・・」

新一は、地下室へ至る扉を開け。
階段を上ろうと四苦八苦している二人の姿を見て、唖然とした。


「小五郎王、英理女王。い、一体、何事です、その姿は!?」

小五郎と英理は、2頭身の小人のような姿になってしまっていたのだ。
そして、階段を上るのに、四苦八苦していたのだった。


「・・・私達の本体は、私の城の奥まった部屋にあるわ。今の私達は、意識体が抜け出してきたものなの」
「残る力をかき集め、かろうじて実体化したら、この始末ってえ訳だ」

新一は、恐ろしい予測に身震いした。
魔王二人を、このようにしてしまうだけの力を持つ相手、それは・・・。


「ま、まさか!ニャルラトテップに!?」
「まあ、その、何だな。確かにヤツは強力だが、予測してなかったとこに、ちと不覚を取ったぜ」

小五郎の、苦虫を噛み潰したような声に、新一は事態を悟った。
ニャルラトテップは、魔王二人が同時に無防備になる、まぐわっている瞬間を狙ったに違いない。
さすがに新一も、いささか赤面する。

新一に気付かれた事を悟ったのか、英理の顔も赤くなった。

「一応、結界は張ってあって、他の者なら入る事すら敵わない空間だった筈なのよ」

新一は、仕方なく、両肩に小五郎と英理を乗せて、1階のリビングに向かった。

「蘭はどうした!?」
「今は、休んでます」
「そうか・・・」

小五郎と英理が、リビングのソファーの上にちょこんと座る。
実体化しているとは言え、元々は意識体。
けれど、お茶は飲めるというので、新一はコーヒーでも淹れようと、席を立った。


「新一、新一ぃ、どこお!?」

突然、階上から声が聞こえ、軽やかな足音がして、シーツを体に巻きつけただけの蘭が、駆け降りて来た。

「ら、蘭!?」

蘭は、台所にいる新一を見つけると、ドンとぶつかるようにして抱き着いてきた。

「どうしたんだ、一体!?」
「新一、酷いよ、目が覚めたら、いないんだもの!」
「蘭?」

蘭の体が小刻みに震えている。

「大丈夫だよ、オレはここに居っから」
「だって、だって!夢を見たんだもん!」
「・・・何だって?」

夢を操る能力を持つ淫魔である蘭が、夢を見るなど、ただ事ではない。
新一は、蘭を抱きしめる手に力を込めた。

「新一じゃない男の人が、わたしを無理に・・・必死で逃げたけど、怖かったよお!」

新一の結界に守られた筈の屋敷の中で、蘭の夢に接触して来た。
そして、淫魔である蘭の夢の中で、凌辱しようとした。
夢の中の事であっても、淫魔の蘭にとってそれは、現実に凌辱されるのと同等に近い出来事なのである。

その恐ろしさに、新一こそが戦慄してしまう。

蘭から、ひと時でも離れる訳には行かない。
たとえ、同じ屋敷の中でも。
新一は、強く蘭を抱き締めた。


「蘭!?」

蘭と同じく淫魔である英理は、「蘭に夢で接触して来た」敵の恐ろしさに、気付いたのであろう。
いつの間にか、居間のソファから降りて、台所に来ていた。

見上げる視線に気付いて、蘭が振り向き、息を呑んだ。

「お母さん!その姿は、一体!?」


新一が覚悟していた以上に、事態は急速なスピードで動き始めようとしていた。





to be continued…


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<後書き>


敵は、搦め手から、やって来ました。

この先の展開、大まかな事は、決まっているのですが。
悩んでいるのは、実は、「沢山居る助っ人達を、どう動かすか」だったりします。

だって、あの人もこの人も、何の手助けもせず、手をこまねいているだけなんて、有り得ないでしょ?
それぞれに活躍して頂こうと考えると、どういう風に配置したら良いものやら。


さて、ずっと悩んでいた、「新蘭の設定」。
・・・今現在の設定では、ありませんよ。ただ、快青が「ルシフェルとリリス」の組み合わせなんで、新蘭も、それに相応しい前世をと頭を捻ってまして。それがようやっと、固まりました。

後、どの位の長さになるのかは分かりませんが、ようやくこのお話も、終わりが見えて来ました。後少し、お付き合い頂ければ、幸いです。


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