魔探偵コナン



byドミ



File08:忍び寄る危機



「まあ!蘭ちゃん、子供が出来たの!?おめでとう、嬉しいわ!」

蘭の妊娠を知ると、有希子も優作もたいそう喜んだ。

「リリム族の場合、少なくとも相手の子供を産みたいと心の底から思わなければ、絶対妊娠しないの。まあ、そうであったって、なかなか受胎しないんだけどね」
「有希子も英理女王も、連れ添ってから子供を産むまで、かなりの期間を要しているのだよ」
「蘭ちゃんが新ちゃんの事、そこまで思ってくれているのも嬉しいし、こんなに早く子供が出来るってのも喜ばしいわ。唐変木だと思ってた新ちゃんが、こんな天晴れな子だったなんて、見直したわ」
「おいおい・・・」

工藤邸は、結婚と妊娠と2重の喜びで、幸せオーラが溢れていた。

「ところで、水を差すようで悪いが、新一君。もし男の子だったら、場合によってはずっと早くに先立たれる可能性も、覚悟して置かなければならないよ」
「ああ、わーってるよ。父さんも、そうだったのか?」
「そうだな。でもまあ君の場合、5年以上も有希子の中でゆっくりしていたし、既にその時期から半端じゃない霊気を発していたから、多分同じ様な命の持ち主だろうとは思っていたがね」

そしてその喜ばしいニュースは、あっという間に、新一・蘭双方の友人達にもたらされた。


『工藤、おめでとさん。リリム族相手には何百年と連れ添うて、ようやく妊娠する事が多いっちゅう話やけど、またえろう早いおめでたやな』
「まあ、巡り合わせだろうな。今は、色々な事に感謝してえ気分だ」
『お前達2人やったら、こん先、リリム族子沢山記録を打ち立てるかも知れへんな』
「抜かせ!」

大阪の平次には電話で連絡したが、和葉共々大いに祝福してくれた。


「蘭、やったね!凄いじゃない!魔性と人間とでは、子供が出来るのは凄く稀なのよ。魔性はただでさえ受胎率が低いんだもの。良かったね、蘭」

今や蘭の親友と言って良い園子も、手放しで大喜びをした。

警視庁でも、驚きの中に心からの祝福を持って迎えられ。
そして。


「え?蘭ちゃん、子供が出来たの?良かったねえ!青子も嬉しい!」

工藤邸に訪れて来た青子も、最初大喜びをしていたのだが。

「え?どうして?」

突然青子が、独り言のように呟き始めたのだった。

「青子ちゃん、どうしたの?暗い顔して」
「うん・・・青子はとても嬉しいって思ったんだけど。青子の中に居るリリスが、何だか嫌な予感を覚えているみたい」
「え?リリス様は、新一と私とに子供が出来るの、良くないって思ってるのかな?」
「違う、それは違うよ!子供が出来た事はとても喜んでいるの、でも『何故、よりによって、今なの?』って、思ってるみたい・・・」
「今という時期が悪いって、そういう事?」
「うん、そうみたい。でも、蘭ちゃんにとって工藤君の精を受けるというのが、食事なんだから、そもそも避妊なんか出来ないもんね。リリスはね、別に悪い感情は持ってないよ、すごく心配してるだけ」

その時、奥の扉が開き、お茶とクッキーの載った盆を手にして、有希子が顔を覗かせた。


「こんにちは、蘭ちゃんのお友達?・・・って、あなたはまさか!?」
「こんにちは、初めまして。中森青子です」

有希子はゆっくりと、トレイをテーブルに置いて息をついた。

「あなたは、リリス様?」
「・・・そっか。新一君のお母様も、リリム族の、しかも女王の直系に近い方なのですよね」
「ええ。リリス様が、深い眠りの中で、人間界に転生なさっているという話は聞いていたけれど。あなたがそうなのね」
「今は。でも、人としての寿命を終えたら、またいずれ、別の存在に転生する事になるかと」
「そう。では、あなたの傍に、あの方もいらっしゃるわよね?」
「今は、黒羽快斗っていうマジシャン兼退魔師ですよ」
「元は大魔王なのに。退魔師をやってるなんて、あの方らしいわね」

蘭は、有希子と青子のやり取りに、目を白黒させていた。

「あ、あのあの。私には、青子ちゃんがリリス様だって事、全然分からなかったんだけど。お義母様もお母様も、どうしてお分かりになるのですか?」

蘭の質問に、有希子は笑って答えた。

「それは、別に能力の問題ではないのよ。単純に、青子さんがリリス様に生き写しだから。蘭ちゃんは、ルシフェル様とリリス様のお姿を、直接知らないでしょう?お2人の転生の姿は、まず間違いなく容姿がそっくりそのままなの」
「え?そうだったんですか」
「それにしても。先祖がえりの一種なのかしら?蘭ちゃんは、英理よりリリス様に似ているし。新ちゃんは、優作や私よりも、ルシフェル様にそっくりだし」
「青子ね、ちょっと不満なの。何回生まれ変わっても、この貧乳だけは変わらないらしいのが」

青子が口を尖らせてそう言って、悪いと思いつつも、蘭は笑いが込み上げて来た。

「大体、リリム族って皆ナイスバディなのに。どうして、ご先祖のリリスが、貧乳なんだろ?何か、納得行かない〜!」
「あらあら。でも、リリム族の淫魔としての能力は、姿形とは関係のない事ですものねえ」
「そこよ。魔力で誑かすんだから、別に、美人である必要もナイスバディである必要もないのに、何でリリム族って直系に近いほど、美人でスタイルも良いって相場が決まっているのかしら?」
「さあ、それは何とも。リリス様も、その謎はご存じないの?」
「知ってるのかも知れないけど。リリスは、転生である筈の青子にも、内緒にしている事が多いから」


蘭には、青子がリリスの転生した姿でありながら、別人格である、というのはまだ理解出来たけれど。
青子が自分の内にリリスがいる事を知っていて、それを自然に受け入れていて、何らかの交流があるらしくて、なおかつリリスが青子に「隠し事」をしているらしい、そこら辺りになるともう感覚的について行けなかった。


   ☆☆☆


黒羽快斗は、自宅に帰って来た時に、恋人の中森青子が部屋に上がりこんでいるのに気がついた。
青子に合鍵は渡してあるし、上がり込まれている事が不思議なのでも不快なのでもない。

ただ、快斗が入って来ても、振り向きもしない、何か思い詰めたようなその後姿が気になった。


「青子?」
「快斗・・・青子を、快斗のお嫁さんにして」
「・・・どうした?工藤たちの結婚話を聞いて、羨ましくなったか?」
「そんなんじゃ・・・ない・・・」
「青子からの逆プロポーズってのも、嬉しいな。じゃあ、まず式場を・・・」
「快斗。そういう意味じゃないの。青子を、今、ここで。快斗のお嫁さんにして」
「青子・・・?」

青子が振り向いた。
その表情は、後姿以上に思い詰めたものだった。

青子が快斗に身を投げかけて、言った。

「抱いて」

快斗は青子を抱きとめながら、息を呑む。

今迄、際どい会話は随分繰り返して来たけれど、実は、快斗と青子は、まだ肌を合わせた事はなかった。
周囲の誰も、まさか2人がまだであるなどとは、気付いていなかったが。


「どうした、青子?何があったんだ?」

快斗が青子の顎に手をかけ、上向かせる。
青子の目に涙が浮かんでいた。

「・・・快斗。もしかして、今回、『青子としての』寿命は、そう長くないかも知れない」
「あお・・・こ・・・」


ルシフェルとリリスは、気の遠くなるような年月を連れ添って来て、それこそ数え切れない交わりを持っている。
幾度も転生する度に、2人は必ず共に居て、その転生の人生でも、幾度となく体を重ねて来た。

けれど、今生の黒羽快斗と中森青子は、幼馴染としてずっと傍に居て、恋人となってからも既に3年の月日を過ごしているが、まだ交わった事がない。
それは、新一や平次と同じく強い霊気を持つ為に、この先何百年という寿命を持つだろう2人だったから、急ぐ必要を感じなかったからだった。


「もしかして、リリスが顕現する必要があるかも知れない。そうなったら、青子は・・・」
「そうか。その時は、きっとオレも一緒だな」
「うん・・・多分、ルシフェルも・・・」
「・・・せっかく、今回は仙人クラスの霊力を得て、工藤や服部達と一緒に、数百年という時を面白おかしく生きていけるかと思ってたのによ。たった20年。なまじの人間より短い人生か・・・。黒羽快斗としての人生も、中森青子という恋人も、気に入ってたんだが。仕方ねえか」
「快斗・・・」
「オレが誰の転生であろうと、オレはオレだ。人間・黒羽快斗だ」
「そうだね。青子も、人間・中森青子だよ。・・・でも・・・」
「ああ。わーってるよ。オレ達の人生は、ルシフェルとリリスが見ている泡沫の夢だから。奴等が目覚めを決めたなら、その時は、明け渡すしかねえって事はな」
「今回の人生、青子だって気に入ってたのにな。仕方ないね」
「青子・・・愛してるよ」
「バ快斗、何を突然」
「リリスよりも、青子の事を愛しているよ」
「うん・・・青子も。ルシフェルより快斗の事、愛してる」

そして、2人の唇が重なった。



その夜。
黒羽邸の一室は、いつまでも灯りが消える事はなかった。

ベッドが軋む音と、喘ぎ声、隠微な水音が響き渡る。


「あ、あん・・・はあっ・・・かい・・・と・・・」
「青子・・・青子・・・っ!」
「ああっ!う・・・つうっ!」

青子は、「生まれて初めて」男性を受け入れる痛みに悲鳴を上げ、涙を浮かべて快斗にしがみ付いた。
青子の中からは、純潔を失った印が流れ出す。

「青子・・・ごめん・・・いてえだろ?」
「へ・・・へい・・・き・・・人間の青子が・・・快斗と結ばれた・・・証だ・・・もん・・・」
「ああ・・・黒羽快斗と・・・中森青子として・・・ひとつになれた・・・たとえオレ達の存在が・・・失われても・・・」
「快斗・・・」
「バーロ。泣くなよ」
「だってっ・・・!」
「過去も未来も、黒羽快斗は、中森青子だけのもんだよ・・・」
「うん・・・」


快斗と青子が、初めて体を重ねたのは。
2人共に、今の存在が失われるかも知れないと、それを覚悟しての事だった。


2人の覚悟は、一体何であるのか。
それはまだ、快斗と青子2人だけの胸の内にあった。


   ☆☆☆


久々に「表」の仕事関係で警視庁に出向いた新一は、所用を済ませて警視庁を出ようとしたところで、ホールで若い男に声をかけられた。
見た目は20歳位に見えるが、もう30の坂はとっくに越えている筈の男・白馬探である。

探は、2課を中心に「探偵」として活躍していた。

「やあ、工藤さん」
「オメーは、白馬?警視総監の御曹司が、ここで何を?」
「今ボクが手がけている事件が、魔性がらみでないのか、気になってましてね。工藤さんのお力をお借りしたいと」
「ああ、オメーはオレと違って、2課の事件を手がける事が多かったよな。ところで・・・オメーは本当に、退魔師としての能力はねえのかよ?」
「残念ながら、そのようです。ボクの能力は、別方向へと向いているんですよ」

新一は、白馬の後について2課の資料室へと向かった。

「霊力は並々ならぬものがありそうだから、修行次第では退魔師も出来そうなものだが。実際、寿命はおそらく長いだろ?」
「・・・そのようですね。けれど、ボクは、戦いには興味がないもんで」
「オレだって、別に興味があった訳じゃねえよ。どっちかと言えば、必要に駆られてそっちの仕事をしているだけだ」
「ボクの場合、どちらかと言えば先読みの能力が強いですから」
「まあ、そうだな。その仕事で奥方とも知り合ったんだろ?」
「今の悩みとしては・・・近頃父がかなり老いて来たんですよねえ。まあ、親が先立つのは人間の宿命ですから仕方がないですが、孫を抱かせてあげられそうもないのが、悩みの種ですね」
「奥方の紅子さんが長命なんだから、オメーが先に年老いて、何百年と未亡人にしてしまう訳には行かねえだろうが。・・・受胎能力の低さは寿命と引き換えだ。仕方ねえだろ?」
「はああ。魔性の奥さんとまだ新婚なのに、もう子を成した工藤さんに言われても、慰めにもなりませんよ」

新一達のような能力者は、稀に「普通の人間同士」の間にも生まれる事がある。
この探は、警視総監の1人息子として生まれたのだが、類稀な霊力を持ち、仙人並の不老不死を手に入れていた。

能力者は、退魔師専門で行くか、他の職業と退魔師を兼任するのが普通である。
戸籍から外れた存在になる彼らは、生活して行く為に収入の良い退魔師をするしかなかったという事もある。

しかし、探は、退魔師となって戦うより、別の道を選んだ。
先を見通す能力を生かして、「この先どういう道を選択したら良いか」という相談に乗り、それで収入を得るようになったのである。
占いの一種であるが、「何が起こるか」を予言する訳ではない。
ただ、どちらの道を行くか迷った場合に、どの道がベターであるのか、それを高確率で指し示すのである。

探は、その仕事を通じて魔女の紅子と巡り会った。
紆余曲折の末連れ合いになったのは、ごく最近の事である。


「・・・盗まれたのは、公にされていませんが、かのカリナンを凌ぐ巨大ダイヤ・アモンです。人間達の目には単なる大きな宝石に見えるが、今となっては数少なくなった、神代の昔から伝わる大いなる力の石なのです。現場の痕跡から見ても、どうも、人外の力が働いているような気がして」

そう言って探が見せてくれた資料に、新一はざっと目を通した。
現場の写真からだけでも感じ取れる禍々しい気配に、新一は息を呑む。
新一の全身から、冷たい汗が滴り落ちた。

「ニャルラトテップ・・・?」
「ああ・・・あの、決まった顔を持たず変幻自在の混沌の王、ですか?」
「知ってるのか?」
「少しは。でも、そうすると、退魔師の手には負えませんね」
「普通の魔王クラスでも、手こずるのに。あいつには、ぜってー太刀打ち出来ねえ」
「・・・普通の退魔師なら、普通の魔王クラスにも太刀打ち出来ませんよ。にしても、工藤さんにそう言わせるだけの相手だ。これは最早、諦めた方が良さそうですね」

新一は、宝石の写真を手にした。
写真でもその素晴らしさが少しは伝わってくる。

「世に知られていない大いなる宝石・アモン・・・これは一体、誰の・・・?」
「ボクですよ」
「へっ!?」
「ボクがこの世に生れ落ちた時、ボクに続いて、胎児と変わらない大きさのその石が出て来たので、産院は大パニックに陥ったそうです。どうやらボクは前世からこの石を持ち込み、母の胎内で抱え込んでいたらしい。
 臨月頃の母のお腹は、双子でも居るのかって位大きくなって、体重も異常に増えていたのだそうです。ま、こんな大きな石があったのでは、無理なかったですねえ」
「それはまた・・・それにしてもアモン・・・悪魔とは、穏やかでない名前の石だ」
「工藤さん、あなたは別にクリスチャンという訳ではないでしょう?」
「特定の神への信仰は持たない。神は存在しているのだろうが、この世に干渉する事はねえからな」
「まあ、そうですね。魔性や天使は、直接人間と関わる事もある。神に近い存在もある。けれど、本来の神は見守るだけで不干渉」
「で、何が言いたいんだ?」
「悪魔も、その存在は様々ですが、直接神と敵対するという訳ではないですよ。キリスト教では悪の根源とされていますがね」
「なるほど。で、盗まれた石には大いなる力があるという理由で、アモンと名付けられたと」
「ええ。石の力そのものは、善でも悪でもなく、その力を制御出来る者次第で、善にも悪にも成り得るのです。ボクは、あの石がないと能力が発揮できない訳ではないですけれど。本来ボクが持っているべき力の石を奪われて、他の者に悪用される事があれば、ボクの落ち度ですね。
 宝石そのものがもはや食われ失われて、誰かの力となってしまい、悪用されそうなら、その誰かを倒すしかない。それが可能なら、ですがね。しかし、相手がニャルラトテップとなると・・・・・・、難しいでしょうね。
 工藤さん、残念ながら宝石は諦めます。ご助力、ありがとうございました」

魔性の中には、大いなる力の石を喰らってその力を取り込む者もいる。
ニャルラトテップは、神代から伝わる力の石を喰らって、何をしようとしているのか。

新一の全身から噴出した汗は、全く引く様子がなかった。


   ☆☆☆


蘭との結婚披露宴の準備は、着々と進められていたのだが。
新一の心の中には、恐るべき魔王・ニャルラトテップの事がずっと引っ掛かっていた。


ある朝、有希子と蘭がドレスの下見をしに式場に出かけて行った後。
リビングで、新一と向かい合った優作が、コーヒーを口にしながら、語り出した。


「新一君。あれからヤツの事を再度調べなおしたのだがね。とんでもない事が分かった」
「と言うと?」
「ヤツが前回有希子を狙った時、有希子のお腹の中には君が居た」
「ああ、400年前って言えば確かに・・・ハッ、父さん、まさか・・・!?」
「有希子と英理女王の母親同士が、姉妹だという事は知っているね?実は、その2人には更に姉が居た。有希子の前に狙われたのはその人で、しかもその時妊娠中だった。
今迄の事例を調べてみると、ヤツが狙ったのは殆どがリリム族の嫡流に近い存在で、しかも、子供を宿している時だったのだ」

新一は、恐ろしい予想に背中に汗が流れるのを感じていた。

「蘭は、英理女王の娘、つまりリリム族の嫡流で。しかも現在オレの子を宿している・・・」
「そうだ。ヤツが今回狙いをつけるのは、まず間違いなく、蘭君だろう」

暫く沈黙が降りた。
新一は、生まれて初めてと言って良い程の大きな恐怖に囚われ、心臓が締め付けられるような痛みを覚え、肩で息をしていた。

それが自分自身の事であったのならば、ここまで恐怖する事はあるまい。
たとえ相手が、虚無の王と呼ばれる、類稀な力の持ち主であったとしても。

しかし、蘭を永遠に失うかも知れないという恐怖は、他のどんな事よりも耐え難い事であった。


「ヤツの再生は、単に女性の魔性を苗床とするだけでなく、胎児を喰らっているのか?」
「おそらくは。ニャルラトテップは、再生の度に少しずつ力を増しているが。喰らった胎児の力を我が物としているのだろう。もし、前回の時、狙い通り有希子が苗床にされ君が喰らわれていたら、おそらくはその力は今よりずっと強大だったに違いない」

新一は、自分自身の問いと、父親の答とを、どこか遠くで聞いているような錯覚を覚えていた。
自分自身が喋っている事にすら実感がない。

新一に突きつけられたのは、それ位、認めたくない現実だったのだ。



「父さん・・・一体父さんは、前のとき、どうやってヤツを退けたんだ?」

新一は掠れた声を振り絞るようにして言った。

「持てる限りの力を振り絞って、悪足掻きをしていただけだ。あの時は、いくつもの僥倖が重なっていた。ヤツの体が限界を超えていて、弱っていたと言うのもある。そして・・・君だ」
「・・・は・・・?オレ・・・?」
「君自身は覚えていないだろう。最早有希子を取り戻す術はないと恐怖に駆られ、それでも最後まで足掻いていた私の目の前で、有希子の中から凄まじい霊気が放たれて、丁度有希子の中に種を植え付けようとしていたヤツの、弱って無防備な体を貫いた。
まだ生まれる前の、意識すらおそらく定かではなかった頃の君が、本能のままに行った事だ。2度、同じ事が出来るとも思えん」


新一自身には、記憶のカケラにもない事で。
今、蘭の中に宿る子供に、新一と同じタイミングで同じ事が出来る保証は、どこにもなかった。

しかも今回のニャルラトテップは、まだ時間に余裕があり、その体が限界を迎えている訳ではない。

「前回だって、全面勝利したわけではない。ヤツに有希子を諦めさせるのが精一杯だった。そして、他の妊娠中のリリム族が犠牲になるという苦い結果になっている。その位、ギリギリの厳しい戦いだったのだよ」
「父さん・・・」


「新一。状況は厳しい。けれど今回、僅かだが有利な点もある。前もって分かっている分、準備も出来る。私と有希子は、全力でサポートする」
「蘭には・・・」
「蘭君にこの事を話すか話さないかは、君に任せる。ハッキリ言ってしまえば、蘭君に知らせたところで危機回避の確率が高まる訳ではないだろうから」
「・・・蘭に、出来る限り・・・恐怖を味わわせたくない」
「そうか。ならば、蘭君には絶対に気取らせるな」

新一は、無言で頷いた。


勿論、英理と小五郎には、急ぎこの事を連絡しなければならない。
新一は、地下の広間に向かおうと、立ち上がった。


魔探偵コナン・工藤新一と、その連れ合いである淫魔の蘭、そして周囲の人達にとって。
最大の危機が訪れようとしていた。




to be continued…


+++++++++++++++++++++++++++++


<後書き>


退魔師工藤新一こと魔探偵コナン、最大の危機です。
新一君はここを乗り越えて、蘭ちゃんを守り切って、幸せになれるのか。

そして、快斗と青子が覚悟を決めた事とは?
突然登場した白馬っちの役割は?

なるべく早く、次をお届けできるように頑張ります。



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