魔探偵コナン



byドミ



File07:顔のない魔王



「新一・・・和装と洋装とどっちが良いと思う?」
「ん〜?そうだなあ・・・別にどっちでも」

パンフレットを持って、嬉々として問う蘭に、新一が気のなさそうな答を返すと。
蘭の両眼に、見る見る涙が盛り上がる。

「・・・あ、うわわっ!だーっ、だから泣くなっ!どっちでもって言ってんのは、どっちもきっと似合うだろうって思ったからで!」
「・・・ホント?」
「あ、ああ。蘭だったらどんな格好でも綺麗だろうと思うし、マジで、どっちも捨てがたい」

新一が真顔で言うと、ようやく蘭の涙が止まった。

「蘭、今の人間界の日本国では、まず白無垢・次に色内掛けと2種類の和装に、ウェディングドレス・カクテルドレスと2種類の洋装をやるのが、一般的らしいわよ」
「そっかあ。園子、詳しいね」
「任せなさい、この園子様が、蘭に1番似合う服を選んであげるから!新一君、お金は沢山持ってるんだから、大丈夫よね」
「・・・ああ、まあな」


蘭と新一と園子の会話は、勿論、新一と蘭の結婚式披露宴についてのもので。
新一としては、蘭の花嫁姿はとても楽しみではあるのだが、園子に仕切られている為にどうしても話に気が乗らないという面があったのだ。

「あのなあ。オレと蘭の結婚式なのに、何てオメーが仕切るんだよ?」
「だって私は、蘭の一番の親友ですもん」
「だからって・・・!普通そういう事は、当人同士と身内が仕切るもんだろうが!」


その時。
突然、女性の声がした。

「あらあ。だったら新ちゃん、その役目は、私のものじゃないかしらね?」

1人の女性が、まるで最初からそこに居たかのように、気配も感じさせずにいつの間にか3人の居るリビングに立っていた。
その女性の素晴らしいプロポーションと美貌は、リリム族の女王である英理に優るとも劣らない。

「あ、あなたは・・・?」

蘭がかすれた声で問うた。

「あなたには、私の正体が分かっていると思うけど?リリム族の王女様?」
「同族の方、ですよね?」
「当たり。そして私も、女王の後継者としての資格は持っているわ。もっとも、英理とあなたが健在であれば、まず私の方にその地位が回って来る可能性はないけれどね」

「そ、その、蘭と同族の女が、何の用よ!?」

園子が蘭に寄り添うようにして、その女性を睨みつけて言った。

「んふふふ〜。私はただ・・・愛しい新ちゃんに会いに来ただけよ。ねえ、新ちゃん?」


その女性はそう言って、先程から言葉が出せないで居る新一に寄り添い、伸び上がってその頬に音を立ててキスをした。

「あのなあ。お互いイイ歳なんだから、ベタベタすんじゃねーよ」
「あらあらまあ。新ちゃんったら、冷たいのねえ。昔はあんなに私ベッタリだった癖に」
「そりゃ、オレが小さいガキの頃の話だろうが!」

新一は嫌そうな顔でその女性を引き剥がしたが、決して本当に心底から嫌だった訳ではない。
それが微妙に態度に出ていたようである。
蘭と園子がピキッと固まった。

「しん・・・いち・・・?」
「・・・蘭?」

蘭が呆然と目を見開いて、涙をいっぱい溜めているのを見て。
新一は、蘭の「勘違い」に気付き、慌てた。

「ららら蘭!!こ、これは、違うんだ!」
「違うって、どこが違うのよ!?新一君の浮気者!!」

園子が蘭の前に立ちはだかり、新一を睨む。

「オレは、蘭以外の女性には興味ねえ!こいつはオレの女とか、そんなんじゃなくって!」
「あらあらあら」

その女性が手の甲で口を押さえてコロコロと笑った。

「新ちゃんの愛人に間違われるなんて、私もまだまだ捨てたもんじゃないわね〜」
「だ〜か〜ら〜、そういう誤解を招くような言動はよせよ、母さん!」


「は?」
「え!?」

新一の「母さん」発言に、蘭と園子は固まった。


「蘭ちゃん、苛めてごめんねえ。でもでも、新ちゃんって、顔も霊気も、私と少し似てるって思わない?血縁だってすぐ分かると思ってたんだけどなあ。」
「そ、そう言われれば・・・」

蘭が目を丸くしながら頷いた。

「えええ?だって、新一君って、仙人化してるけど、まったく人間でしょ!?」

園子が抗議するかのように声を上げた。

「ああ。私達リリム族が産む子供はね。女の子なら完全なリリム族になるし、男の子なら完全に父親の属性を受け継ぐのよ。新ちゃんの場合は、父親が人間だったからね。ま、彼も『普通の人間』とは言い難いけど?」

その女性は、にっこりと笑ってそう言った。

「私は、有希子。英理とは人間の感覚で言えば、従姉妹同士・・・という事になるのかしらね?英理の母親と私の母親が、同じ父母から生まれたから〜。で、人間風に言うならば、蘭ちゃんは私や新ちゃんと縁続きって事になるわよね〜」

蘭と園子は、目を丸くしてその話を聞いていた。

「蘭は、この前、リリム族が産む男子は父親の種族になるって話は聞いてただろ?蘭のお袋さんから」
「で、でも・・・まさか新一が、リリム族の方から生まれたなんて・・・」
「新一君が淫魔に耐性があるのは、お母さんがリリム族だったからなの?」
「ううん、それは多分、父親から受け継いだ能力だと思うわよ。新一は、淫魔に限らず人間の女性にも、とにかく女性一般に興味がなかったの。そこら辺も父親似だわね。女っ気なしの新ちゃんだけど、いつか優作と私のように、可愛い子を見つけて恋に落ちるだろうって信じてたわ。」
「へえ、そうか?この屋敷をオレ1人で管理しているとむさ苦しいとか、我が子ながら男として欠陥があるんじゃないかとか、散々な言われようだったけど?」
「それは、新ちゃんに早く可愛い花嫁さんが来てくれないかなあって思って、ハッパかけてただけじゃな〜い」
「よく言うぜ」
「それにしても、新ちゃんが選んだなら誰でも受け入れる積りだったけど。正直、私と同族の娘(こ)で、とても嬉しいわ。蘭ちゃん、そしてそっちの彼女は、仙狐族の園子ちゃん?初めまして」
「「は、初めまして」」

蘭と園子は、目を丸くしながら返事をした。
有希子が蘭をいきなりギュギュッと抱きしめたので、蘭は目を白黒させた。

「や〜ん、新ちゃんの花嫁が、こ〜んな可愛い子で、嬉しいわあ。私、娘が欲しかったのよねえ、でも、こんな形で願いが叶うとは思わなかったわ〜」

新一が、仏頂面に不機嫌そうな声で言った。

「おい。蘭は、オレの妻であって、母さんの娘じゃねえ」
「あらあら、妬かないのよ、新ちゃん。それにまだ蘭ちゃんは新ちゃんの妻じゃないでしょ?」
「式はこれからだけど、蘭はとっくにオレの妻だ!」

園子と蘭は、目を白黒させていた。
新一と有希子親子の、仲が良いんだか悪いんだかの応酬が、理解の外なのであろう。

「新ちゃんが、花嫁を迎えるという噂を風の便りに聞いて、飛んで帰って来たのよ。今迄女気ひとつなかったカタブツの新ちゃんを射止めたあっぱれな女の子を、ひと目見ようと思って」
「風の便りなんて、よく言うぜ。おおかた、英理女王に連絡受けたってとこだろ?」
「そうよお。英理ってば、小五郎君との間にようやく子供が出来たって事も、全然教えてくれなかったくせに、こういう時だけ連絡くれるんだから。しかも、新ちゃんの花嫁が自分の娘だって事も教えてくれなかったのよ!信じられる?」
「はいはいはい。ったく、オレが連絡取ろうとしてるの分かってて、知らん振りしてたくせに、よく言うぜ」
「だってだって、新ちゃんったら、『連絡くれ』だけで、蘭ちゃんの事一言も伝えてくれないんだもん〜。いっつも素っ気無いんだから、意地でも連絡するもんかと思ったのよ〜」
「ハイハイ、オレが悪かったよ。ったく。で、父さんは?」
「そろそろ来ると思うわよ。ただね、気になる事があるからちょっと調べてくるって」
「気になる事?って、オレと蘭の事で?」
「違うわよ。・・・あ、今の時点では違うというべきかな?今後絶対無関係とは言い切れないしね」
「・・・んだよ。気になる言い方すんなよ」
「本当に、今の時点では何とも言えないのよ。優作が気にしているのは、フェイスレスデビルのニャルラトテップなのだもの」
「ニャルラトテップ?聞いた事はあるな」
「・・・そろそろ、次の獲物に狙いをつけるあたりかと、優作が気にしているの」
「成る程、だから、今のところ直接関係ねえけど、今後も関係ないとは言い切れねえって訳だな?」
「そういう事」


新一と有希子の会話がよく分からず目を回している蘭と園子に、有希子が再び向き合った。


「でねでね。お友達の園子ちゃんには悪いけど〜、蘭ちゃんの花嫁支度を整えるのって、私の役目だと思うのよね〜」

嬉々としてそう言った有希子に、新一が水を注す。

「いや、そりゃ、本来英理女王の役目だって思うぞ?花嫁の支度を整えるのは、花嫁の母親だろうが」
「あら・・・ばれたか」

そう言って有希子はペロッと舌を出した。

「でもね、英理は女王だから簡単に魔界から動けないでしょ?私も英理に独断で勝手にはやらないからね、お願い、新ちゃん、蘭ちゃん」
「・・・蘭次第だな。どうだ、蘭?」

話を振られて、蘭は目を丸くした。

「わ、私は・・・新一のお母様が準備して下さるのなら、ありがたいと思うし・・・」
「ありがとう、蘭ちゃん!新ちゃんと違って、優しいのね〜」
「ははは・・・」

有希子が飛び上がって喜び、蘭をギュッと抱き締め、蘭は目を白黒させ、それを呆れたように新一と園子が見やった。

「園子も、異存はないか?」
「そりゃ、ある訳ないじゃない。そこまでワガママ出来ないって事くらい、承知よ」
「・・・済まねえ」
「何よ、急にしおらしいわね」
「いや、オメーがあんなに嬉々として一生懸命やってくれてたから」
「だから、いいの!私は蘭の親友なんだから、蘭が幸せなのが1番なの!」
「園子・・・ごめんね・・・ありがとう・・・」
「良いって良いって!気にしなさんな」

園子は笑ってそう言ったが、少し寂しそうだった。

「あ〜あ。真さんはいつになったら・・・」

園子がぼやくのを、蘭が聞きとがめた。

「え?園子のところは、まだ?」
「うん」
「な、何で〜!?だって、京極さんって園子の事、とても大切にしてくれてるんじゃなかったの!?」
「それは・・・でも、いまだに私達、一緒に住んでる訳でもないし」
「だって、京極さんには園子以外の女性は居ないんでしょ!」
「まあそうだけど。でもやっぱり、魔性の私相手じゃ、妻とは思ってくれないみたい」
「・・・オメーな。自分が出来ねえ分を、オレ達の結婚式に嘴入れる事で晴らそうとしてたのか?」
「そういう訳じゃ・・・あるかも知れないけど。でも、魔性相手に結婚式を挙げようなんて奇特な人は、新一君位しか居ないのかもね。私は蘭を通して自分の夢を追ってるのかも」

そう言って園子は溜め息をついた。

「服部は和葉ちゃんと祝言挙げたぞ。和葉ちゃんが人間だった前世と、桜の精になった今生と、2回な」
「でも、和葉ちゃんの場合は魔性とはちょっと違うでしょ?」
「多分、京極さんは、オメーのそういった気持ち、知らねえだけだって思うぜ。言えば多分・・・」
「真さんには言わないで!真さんが望んでもいない事を、無理して叶えたくなんか・・・!」

園子が新一を真剣に見詰める。
その目には涙が浮かんでいた。

「ったく。蘭の事だったらオレに強気に出るクセして、オメー自身の事だったらどうしてそんなに弱いんだよ」

新一は溜め息をつきながら、蘭と園子が親友になったのも分かる気がすると思っていた。
蘭の為にも、園子の力になってやりたいが。
下手な嘴突っ込みはロクな事にならないのも予測がつくので、ゆっくり考えようと思った。

もっとも、これから先暫く、新一は真と園子の心配をするどころではなくなるのだが。
流石に新一も他の誰も、そこまで予測はしていなかった。


玄関の呼び鈴が鳴った。
そして、蘭が出迎える間もなく、ドアを開けて入って来たのは。

「父さん」
「優作」

新一の父親である工藤優作であった。

「やあ。久し振りだね、新一君。そして、初めまして、蘭君、園子君。工藤優作、新一の父親です。」
「あ、は、はじめまして」」

蘭と園子は、慌ててお辞儀をした。

優作は、見た目はダンディなかなり若い人間の男性に見えるが。
その実態は、かなりの寿命を誇る、バケモノ的存在である。

「いやいや、私の目の黒い内に、新一君の花嫁が見られて、本当に良かったよ。なあ、有希子」
「ええ、そうね。このまま独身を貫くんじゃないかと心配だったのよね〜」
「それにしても、まさか新一君の花嫁まで、リリム族とはね」
「んふふ〜、新ちゃんって、優作に似てるから〜v」
「いやいや、私は新一君は君にそっくりだと思うが」

確かに新一は、こうやって見ると、優作にも有希子にも似ているが。

蘭と園子は、有希子と優作のかもし出すラブラブ空間に、目が点になっていた。


「ったく。オレが物心ついて数百年。ずっとこんなだぜ」
「でもきっと、新一君と蘭も、子供が出来たらそう言われるんじゃない?」
「そ、それは・・・」

園子の突っ込みに、新一は狼狽していた。

「ああん、それにしても、嬉しいわあ。だって蘭ちゃんが娘を産んだら、結果的に私の子孫であるリリム族が誕生する訳だし、いずれは女王の座に・・・」
「あのなあ、母さん。蘭は母さんの子孫を産む為の道具じゃねえぜ!」
「あら、勿論、分かってるわよ。私は夢想を話しているだけなんだから。私達が如何に妊娠しにくい種族なのか、その位はちゃんと分かってるし。だから、蘭ちゃん、戯言だから、気にしないでね〜」

蘭に向かって笑顔になってそう言う有希子に、新一は脱力したように壁に寄りかかった。


「ところで優作。例の件は?」
「ああ・・・ありがたくない情報だね。ヤツはそろそろ再生の為の『花嫁』を探し始めたようだ」

優作の言葉に、有希子が手を握り締めて身を震わせた。
新一は、そのような母親の姿を初めて見た為、驚いて目を見開いた。


「なあ。その魔王が、どうしてそんなに問題なんだよ?」

新一が問う。


有希子と優作が、顔を見合わせた。

「まずは、お茶でも飲んで、それからゆっくり話そうじゃないか。」

優作の言葉に、一同はリビングの椅子に腰掛けた。

有希子が台所に立とうとするのと見て、蘭が慌てて立ち上がる。

「あの、私が・・・」
「蘭ちゃんは、座って一緒に優作の話を聞いてちょうだい。私はもう知っているし、大事な事だから。」


やがて、キッチンから珈琲の良い香りが漂いだした頃。
優作が口を開いた。


「新一君、蘭君、園子君。魔族は、人間とは比べ物にならないほど長命ではあるが。それでも寿命がある事は、知っているね?」

3人はそれぞれに頷いた。
新一や優作のように仙人化した人間にしろ、蘭や園子や有希子のような魔族にしろ。
かなり長命であっても、流石に何万年も生き続ける訳ではないのである。

だからこそ、リリム族の祖であるリリスとルシフェルも、眠りに就く事で生き長らえているのだし。
魔族の中でも特に力があり長命な魔王達も、その長い寿命の間に跡継ぎを作らなければならないのである。

「だが。あのニャルラトテップは、その発生以来何万年も、代替わりしていないのだよ。」
「代替わりしてねえ!?それだけ長命だって事か?」
「・・・そういう事だったら、良いのだがね」

その時、有希子がトレイに珈琲を入れて運んで来た。

蘭・園子、そして有希子も、人間の食べ物は体が必要としていないが、嗜好品を楽しむ事は可能である。

「・・・美味しい。」
「すごく、良い香り」
「優作も新一も、珈琲の味にはうるさいから。でも、今の時代、いいものが簡単に手に入るようになったのは、ありがたいわね」
「よく言うぜ。魔界経由で、世界中のどんなものでも取り寄せちまうクセに」
「新ちゃん、可愛くないのは、この口かなあ?」
「ててててて!」
「まったくもう、新ちゃんたら。私のお腹の中に居た時には、あんなに優しかったのに」
「はあ!?」

流石の新一も、有希子のお腹の中に居た何百年も前の記憶はない。
それに、いくら何でもその頃には、自分に何か出来たとは思えなかった。

「あ〜、こほん。ニャルラトテップの長命の理由は、体を再生し続けているからなのだよ」
「体を再生!?」

新一と蘭と園子が、異口同音に言った。

「普通、子供を作るという行為は、自分の遺伝子を残すだけのものだって事は、分かるだろう?」

3人ともコクコクと頷く。

「けれど、ヤツは。自分自身を再生するのだよ。自分を複製して新たな体を作り、そこに自分の魂も移し込む。そうやって身体の再生を繰り返す事で、ヤツは長い年月を生きて来た」
「はあ。だけど、それがどう問題なんだ?」
「ヤツの再生の方法さ。ヤツは、適性のある女性の魔族を探し出し、その体に自分の種を植え付ける」
「・・・ちょっと待て。植え付けるって、どうやって?」
「勿論、交合をするのさ」

優作がアッサリと言って、3人共に赤面した。

「まあ、たとえ目的が再生の為だろうが、単に合意の上で交合するというのなら、別に構いはしない。けれど、彼は選んだ女性を強引になぶりものにして交合する。再生の際は、何故か必ずそういう交合の仕方をする。そして、ヤツの複製を産み落とした女性は、ミイラのように干からびて命を落とす。魔族だからその後すぐに塵になって消えてしまうがね」

今度は3人共に顔色を無くしてしまった。

「まあ、普段のヤツも、欲望を満たす為に何人もの女性魔族と交わっているのだが。その大半が、美しい姿をしたリリム族で。しかも、ヤツが気にいった女性を手放そうとしないから、精気の補充が出来ずに命を落としたリリム族も数知れない。」

3人共に、何とも言えない暗い表情になった。

「そして。ヤツが自分の種を植え付ける相手として選ぶのが。これまた、どういう訳かリリム族が多い。」
「・・・ちょっと待て。そして、オレ達に無関係じゃないかも知れないって事は、まさかそいつ、処女に拘ってねえのか!?」
「ああ、そうだね。そもそも、成熟したリリム族で処女というのが、稀有な存在だという事は、新一にも分かるだろう?」
「そりゃあ、まあ・・・」
「処女狙いなら、守る為には処女を捨てさせれば良いのだから、ある意味簡単だが、奴はそこには拘っていない。前回も、拘っていなかった」
「そうだったのか・・・」

蘭が狙われる可能性は充分あるという事を新一は知り、暗澹たる気持ちになる。
新一に如何に力があろうと、魔王クラスの者と戦って勝てる自信は、流石にない。
ましてや、自己を再生し続けるニャルラトテップが、他の魔王より強大な力を持つ事は間違いないのであるから。


「普通、奴の再生サイクルは、千年以上の間を置くのだが。今回は、前回からたった400年しか経っていない。あの時はアクシデントで、本来狙っていた女性とは別の相手を、再生の苗床とした。為に、色々と不具合があるものらしい」
「400年前・・・か・・・。父さん達は、その時の事を良く知っているのか?」
「良く知るも何も。当事者だったからね。」
「はあ!?」
「前回、奴が最初に狙いをつけたのが、有希子だったのさ」

思いがけない事実に、新一達は息を呑んだ。

「厳しい戦いだったが、とにかく必死だった。有希子を苗床にするのは何とか阻止したものの、再生に焦った奴は、別のリリム族の女性を攫って行った」
「結局、私の身代わりにされたみたいなものだから。とても苦しかったし悔しかったし、・・・でも、あの強大な魔王の前で、私達はそれ以上どうする事も出来なかったの」
「英理女王もその時は大層心を痛めたのだが、彼女にすらもどうにも出来なかった。リリム族にとっては、憎むべき天敵とも言える存在なのだよ」

重過ぎる事実に、暫く沈黙がおりた。

「でもまあ、今それを考えたって、どうにもならないし!今は、新ちゃんと蘭ちゃんの結婚式よ!」

有希子が明るい声でそう言って、場の重苦しい空気が消えた。

皆、心の奥底では不安を抱えては居たものの。
今それを追及したところでどうにもならない事は分かっていたのである。
気持ちの切り替えには長けているメンバーであった。


   ☆☆☆


「工藤君。花嫁を迎えると聞いたが、本当かね?」
「ええ、目暮警部。是非おいで下さい、と言いたい所ですが。魔性の存在がワラワラ居ても、大丈夫ですか?絶対悪さはさせませんが」
「・・・様々な事件解決を依頼している工藤君の晴れ舞台とあれば、避ける訳にもいかんだろう。喜んで出席させていただく事にするよ」

「あ、あの。工藤君?」
「何ですか、高木刑事?」
「君の婚約者は、上級淫魔のリリム族だと聞いたけど、大丈夫なの?」
「・・・一応、蘭の淫魔としての力は封じてあるから大丈夫だと思います。他のリリム族は、自分で力を封じてくれる約束になってます。それに、呼ぶメンバーは選びますし」
「なら、良いんだけど・・・」
「高木刑事も、美和子さん同伴で参加されますか?」
「そうだね。美和子さんが気に入ったのならこれを機に、僕も美和子さんと挙式を考えてみるかな?」
「場合によってはこの先、挙式ラッシュになるかも知れませんね」

新一は、表の顔で知り合っている警視庁捜査1課に、連れ合いと挙式する旨告げた。
警視庁では、工藤新一や服部平次のように、事件捜査に多大な協力をする仙人的存在は、公然の秘密となっている。
そして実は、警視庁という組織の中にも、実はそう言う存在があった。
巡査部長の高木渉が、そうである。

彼も、仙人化した対魔師の一人であり、戸籍は存在せず、普通の人のように正式なルートで警察官になれる訳ではない。
警察組織もそういう人材を必要としている事情があって、彼は「巡査部長」という肩書きと警察手帳を持って、事件捜査に当たっているのである。

そして、渉の恋人は、人外の存在――猫又の美和子であったのだ。


対魔師仲間である白鳥任三郎は、渉と同じように警察機構に迎え入れられ、警部という肩書きを持つ。
任三郎は渉とは、美和子をめぐって恋のライバルであったが、美和子は渉を選んだ。


数十年にわたる恋の確執。

『う〜ん、美和子さんは結婚式を挙げたがるかも知れないが、果たして白鳥警部がそれを良しとするかな?』

新一は少しばかり心配になった。
退魔師に色々な意味で頼る部分がある捜査1課の面々は、任三郎と渉とのとげとげしい空気に対しても気を使わねばならず、心労が絶えないのであった。


園子の情報通り、米花シティホテルは、霊気的にかなり安定した場所であり、魔王クラスを含めた人外の者が多数参加しても、大丈夫そうであったので、会場はそこに決まった。
人間界での出席者は、退魔師仲間が殆どで。
目暮警部などの一般人は、魔性への耐性などを考慮され慎重にリストアップされた。


   ☆☆☆


「蘭、いくら形だけとは言え宗教的な儀式をすると差し障りあっからよ。出席した者達の前で、誓いの言葉を述べるっていうので、良いか?」
「え〜?誓いの口付けとか、指輪の交換とか、三々九度の杯とか、やってみたい」
「あのな・・・それって、神前式とキリスト教式とがミックスされてんじゃねえか」
「蘭ちゃん、そういった部分だけ抜き出してやるようにしたらどうかな?白無垢角隠しで三々九度、ウェディングドレスで誓いの口付けと指輪の交換ってのは?」
「素敵ですね。じゃあ、それでお願いします」
「任せて」


新一と蘭の、結婚式が具体化し、徐々に準備が進められて行く。
時期は人間界の一部の風習に合わせて、6月という事になった。

「あと、3ヶ月か・・・」
「待ち長いような、すぐなような・・・」
「きっと準備が大変で、あっという間に当日になるだろうぜ」


そういう会話を交わしながら、新一は蘭を横抱きに抱え上げ、寝室へと連れて行く。

「新一・・・お義父様とお義母様がいらっしゃるのに・・・」
「蘭、オメー妙に人間臭い考え方するようになったな。けど蘭、忘れてねえか?オレの母親がオメーと同じ種族だって事」
「あっ」
「向こうもお楽しみで、こっちを気にする余裕なんてねえと思うぜ」
「新一・・・ああん・・・」
「蘭・・・オメーは誰にも渡さねえ。式など挙げなくても、オメーはオレの唯1人の女だ・・・」
「はあっああん!!」


室内には、甘い悲鳴と喘ぎ声、隠微な水音とベッドの軋む音が響き始める。

「あっあっああっ・・・しん・・・いちぃ・・・」
「うっ・・・くうっ・・・蘭っ!!」

新一が蘭の最奥をついた時。
本当に微かにだが、霊気と気配を感じた。

『昨日は気の所為かと思ったが、少しずつ強くなっている気配、これは・・・』


「はああああああん!!」

背中を反らせながら腰は逆に押し付けるようにして、手足を絡ませ新一にしっかりとしがみつき、蘭は達した。
新一の熱が大量に蘭の中に注がれ、蘭は新一からエナジーを分け与えられる。

そしてそのエナジーの一部が、その気配の方に流れているのを、新一・蘭双方共に感じていた。

事が終わって力を失った己を蘭の中から引き抜いた後、新一はいつものように蘭を腕枕しながら。
今日はそっと蘭の腹部を撫でていた。

「蘭・・・もしかして、オメー・・・」
「良く分からないけど・・・多分・・・」

蘭ははにかんだような笑顔を浮かべ、新一は蘭をそっと抱き寄せた。

「そっか。魔族は受胎率が低いと聞いてたけど、まだ1年も経たねえ内に授かるとは、オレ達って、よっぽど相性良いのかな?いつ位に生まれるんだろう?」
「その事だけどね、新一。私達の妊娠期間って不定で、出て来るまで数年かかる事もあるんですって。だから、生まれるのはかなり先」
「へ!?そうなのか?」
「うん。新一も、お義母様のお腹の中に、5年以上居たって聞いたよ」
「そうか・・・」
「それに、臨月になってもお腹が出る訳でもないし。それこそ、ある日突然、生まれ落ちるらしいの」
「そっか。いつ会えっか、分かんねえのか。でも、大事にしなきゃな」
「新一・・・気持ちは嬉しいけど、人間の女性のように悪阻があったり流産の可能性があったりする訳じゃないんだから」
「いいだろ、蘭とオレの子だ、オレが大事にしてえだけなんだからよ」


何年待つ事になるか分からないが、新しい命の存在は、2人にとって幸せな事だった。

けれど、この幸せな筈の事が、今の時点では大きな苦難の要因となってしまう事を、2人も周囲の誰も、知らなかったのである。



to be continued…



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<後書き>


退魔師新一・淫魔蘭の苦難編、序章。
今までにも散々苦難があったという声が聞こえそうですが(汗)。

有希子さんがどういう存在であるかは、ちらちらと予告していたので予想はついた事と思います。

優作・有希子すら苦戦し、有希子が犠牲になるのを阻止するのが精一杯であった相手に、新一と蘭は立ち向かえるのか?
2人の絆もさる事ながら、ここで鍵を握るのが実は、助っ人の存在だったりします。
そして、蘭ちゃんのお腹の中の子が、良い意味でも悪い意味でも、大きく関わって来ます。


このお話の魔性も、何でもありになってまいりました。
つーか、どういう存在かは決めていたのですが、どの魔性を当て嵌めるかで悩みまして。
結局、クトゥルー神話のニャルさんを引っ張り出しました。


ニャルラトテップ(=Nyarlathotep、日本語表記では他に、ナイアーラトテップ、ナイアルラトホテップ、ニャルラトホテプ、等があります)とは、クトゥルー神話体系に出て来る邪神の1人で、ひとつの顔を持たず変幻自在で本質を持たない混沌の神、とされています。
クトゥルーに関しては、ラブクラフトから始まる神話体系のお話そのものは、実はひとつも読んでいません。それを基にした漫画類で、好きなものがあったので、僅かに知っている程度。
私的には、矢野健太郎さんの「邪神伝説シリーズ」(学研・ノーラコミックス全5巻)がお気に入りです。(つか、それ読まなきゃニャルラトテップなど知る事はなかった。このシリーズではナイアルラトホテップで、私はこの名が1番馴染みがあるんですが、呼び名の関係で、ニャルラトテップを選びました)多分絶版。古本屋に行けばおそらく見つかるだろうと思うけれど。
どうでも良いが、ドミの「好きな漫画」としてあげてあるのは、実はごくごく一部なのです。沢山あり過ぎて書ききれまっしぇん。

魔探偵コナンはクトゥルー神話とは全く無縁で、ニャルさんは、名前と設定の一部を借りただけです。クトゥルー神話のニャルさんがこのような存在だとは、決して信じてはいけません。


「File06:魔王がいっぱい」に戻る。  「File08:忍び寄る危機」に続く。