魔探偵コナン



byドミ



File05:疫魔の王



魔性がらみの大きな事件も新一と平次の活躍で解決を見て。
平次と和葉は大坂へと帰って行った。

「結婚式には招待してな〜♪」
と言い残して。



2人が去って一週間後。
事件は起きた。


事件(これは魔性絡みでなく表の事件)を無事解決して帰宅した新一が、玄関ドアを開けて入るなり、倒れ込んだのである。

「新一っ!?」

蘭が駆け寄り、抱き起こすと。
新一は真っ赤な顔で、体はすごく熱かった。

魔性である蘭は、新一を寝室まで抱えて行けない事もないのだが。
意識が朦朧となりながらも新一は蘭に抱えられる事にすさまじい抵抗を示したので、仕方なく肩を貸して、玄関から近い客間に新一を運び込んだ。

熱を測るまでもなく、新一が何らかの病気に罹り、高熱を発している事は一目瞭然だった。
けれど、新一は人でありながら仙人とほぼ同等の存在なので、病気には抵抗力があり、インフルエンザだろうが新種の難病だろうが、人間界の病気に罹る事はまず考えられないのである。

蘭は新一の額に触れ、ある気配を感じて呆然とした。

「ま、まさか・・・でも、何故あの人が新一に・・・?」

とりあえず蘭は、新一の体力の消耗を防ごうと、お粥を作って食べさせてみたが。
新一はそれを飲み下す力もないようだった。
水分も受け付けてくれない。

「新一・・・」

蘭は泣きそうな気持ちになりながら。
けれど、ぐっと顔を上げた。

新一がこうなった原因には心当たりがあるから、魔界に行ってその相手と対峙しようと思ったのである。
ただ、精気の補充が出来なくなった蘭が、どこまで体力が持つものか、不安ではあったけれど。
新一自身も、このままではいつまでもつのか、分からない。
時間との勝負、早く出かけなければ。
そう思いながら、新一の傍を離れがたく、蘭が少しばかり逡巡していると。


「蘭・・・」

新一が、苦しそうな声で蘭を呼んだ。

「何、どうしたの、新一?」

新一の言葉を聞き逃すまいと、蘭が新一の傍による。
すると新一は、手を伸ばして蘭を抱き寄せ、唇を重ねた。

「・・・・・・!」

触れるだけの口付けは、すぐに離れたが。
何かをされた事が、蘭には分かった。

「蘭・・・術を解いたから・・・オメーはもう、オレ以外の男から、精気を・・・」
「新一!?何で!?」
「今の・・・オレには・・・オメーに精気を・・・あげられねえ・・・から・・・」
「新一!?イヤだよ!死んだりなんか、許さないんだからね!」
「バーロ・・・死ぬ気は・・・ねえよ・・・ただちょっとの間・・・だけだから・・・」

そう言って新一は目を閉じる。
蘭は涙を流した。
自分の心の中を渦巻く感情が何なのか、蘭にはよく分からなかった。


蘭は自分から新一に口付けると、工藤邸を飛び出した。
工藤邸の地下に描かれている魔方陣を使えるのは、新一だけである。
蘭は、自身が以前いつも魔界との行き来に使っていたポイントへと向かった。


   ☆☆☆


町の雑踏の中。
蘭は、新一のものに勝るとも劣らない、強烈な澄んだ気の輝きに気付いた。

けれど今の蘭はそれどころではなく、街中にある、魔界へ降りる為のポイントへと向かった。

しかし、その気配は突然移動して蘭の前に立ちはだかったのである。

「そこの綺麗なお嬢さん。お茶でも一緒に如何ですか?」

蘭は息を呑む。
その男の声も姿も、新一に良く似ていた。
その澄んだ気の輝きも、新一のものとは異なるが同等の強さを持っている。
かなりの力を持つ人間である事は間違いなく。
もしかしたら、新一の同業者かも知れない。

「通して下さい!急いでるんです!」

近付いてきた男相手に、蘭の蹴りが炸裂したが、男はふわりと軽くそれをかわし、蘭の足は空を切っていた。

蘭は魔性であるから、滅多な事で体術を使う事はないが。
実は、魔力以外に人間界で「空手」と呼ばれる体術を習い覚えており、それはかなりの腕前の筈だった。
なのに、軽くかわされてしまい、蘭は動揺した。

魔力でも、体術でも、この男には敵わない。
蘭は本能的に恐怖を感じていた。

「あ、ああ・・・」

蘭の脳裏に、目の前の男によく似た別の面影が浮かぶ。
彼も今は、ここに助けに来られる状況ではないと分かっていながら。
蘭は心の内でその名を呼んでいた。

「君、淫魔だろ?多分オレの精気は、君を大満足させてあげられると思うけどなあ。せっかくだから、楽しく行こうぜ」
「いや・・・助けて・・・新一・・・」

足がすくんで動かない蘭に、男が近付いて来る。
蘭は、自身を守るように胸の前で手を握り合わせ、追い詰められたビルに背をつけて、目を瞑った。

と、その時。


「バ快斗〜〜〜〜〜ッ!!」

蘭の目の前の男の頭上に振り下ろされたのは、何故か掃除用のモップで。
男は寸での事でそれをかわした。

全身から怒りのオーラを立ち昇らせてモップを手にしているのは。
蘭に似た、とても愛らしい女性である。


「あ、青子!?」

新一に似た目の前の青年が、その女性をそう呼んだ。

「快斗の浮気者〜〜〜っ!!」

女性がなおもモップを振り上げて青年を襲う。
女性が軽い動きでモップを振り回し、青年が更に軽い動きでそれをかわしながら、2人は会話を繰り広げていた。

「こら、アホ子!ちょっとした冗談だって!本気でこの子をどうにかしようと思ってた訳じゃ・・・」
「嘘つき〜〜!鼻の下伸ばしてたくせに!!全く油断も隙もないんだから!青子だけだって言葉、信用ならないって思ってたけど、やっぱり嘘だったのね〜〜!」
「いや、本当に誤解だって!第一この子は・・・オレだって命が惜しいから、工藤の女に手を出す積りはサラサラねえよ!」
「またそんな嘘ついて〜〜〜!」
「嘘じゃねえ、本当にこの子は工藤の女なんだって!」

「え・・・?」

呆然として2人のやり取りを見ていた蘭が、その言葉に反応した。

「何?あなた達、新一の知り合いなの?」

蘭の言葉に、女性の動きが止まる。

「え?あなた、本当に工藤君の?」
「だから、オレは嘘は言ってねえ」
「バ快斗は信用ならないもん!」

女性はつんと男性から顔を背けた。

「あ!こうしちゃ居られない、新一が大変なの」

そう言って、魔界に通じるポイントへ向かおうとした蘭に、青年は声をかけてきた。

「あ、その廃ビルの中のポイントなら、もう使えねえぜ。オレがさっき潰しちまったから」

蘭が真っ青になって振り返る。
他のポイントを探せば良いのだが、それには結構時間がかかるのだ。

「・・・君には微かに疫魔の気配を感じる。もしかして、工藤が?」

蘭はこくりと頷いた。


「あの・・・工藤君が疫魔の呪いを受けているの?だったら青子、役に立てると思う。あ、青子はね。中森青子っていうの。こっちのは、黒羽快斗。快斗は女癖悪いけど、魔性に関してはエキスパートだから、何かの役には立つかも知れない」
「私は、蘭。青子ちゃん、本当に一刻を争うの。一緒に来て貰える?」

蘭は、青子を見た最初から。
何故だかとても懐かしく感じ、信頼出来るという気がしていた。
魔性である蘭は、快斗のように魔力が強い人間は別として、普通の人間の本質をひと目で見抜く事が出来る。
青子はとても澄んだ優しい気を放っていた。
けれど、蘭が青子を信頼出来る気持ちになったのは、もっと別の感覚からだったのだが。
それが何かは、蘭には分からなかった。


   ☆☆☆


蘭は工藤邸に快斗と青子を伴って戻ってきた。
青子は、新一の額に手を当てて、首を横に振る。

「この呪い自体は、青子の手に負えそうにないな。でも、とりあえず進行を食い止めるだけなら」

青子の手から、優しい白い光が放たれ。
光が落ち着いた時には、新一の顔色は幾分よくなっていた。

蘭はほうと息をつく。
とりあえず、時間が欲しかった。
新一の呪いを解いて貰うまでに、時間が足りないかも知れないと焦っていた。

でも、青子のお陰で何とかなりそうだ。

「青子ちゃん・・・ありがとう・・・」
「どういたしまして。後はね、精気を分けてあげると動けるようになると思うな」
「え?精気を分ける?」
「うん。淫魔である蘭ちゃんには、出来る筈だけど?」
「・・・・・・」

蘭は考え込んだ。
そう言えば、蘭が幼くてまだ人間の男から精気を奪えなかった頃は。
母親の英理から精気を分け与えられていたのだ。

そのやり方を、思い出す。
そして蘭は屈み込み、新一に精気を分け与えようとした。

「あ〜、待って、蘭ちゃん。その前に、蘭ちゃん自身が精気の補充をした方が良いよ。工藤君が動けるようになる位の精気を補充したら、蘭ちゃんの方が動けなくなってしまうから」
「え・・・?」

それは困る。
蘭が動けなくなってしまったら、新一を助ける術はなくなってしまう。
けれど・・・。

「出来ない・・・」
「蘭ちゃん?」
「精気の補充なんか、出来ない。だって私・・・新一以外の男の人とは、エッチ出来ないもん」
「ほえ?その『術』は解かれているようだけど?」

快斗が横から口を入れる。

蘭は顔を覆っていやいやするように首を振った。

「違う、違うの。私、男の人に触られるのって、気持ち悪いの。淫夢を見せる為に、手を握られたり肩を抱かれたりしただけでも、それを我慢するのに必死だったの。ましてやエッチなんか、おぞましくて・・・」

蘭の思いがけない告白に、快斗と青子は目を丸くする。

「それって、淫魔としては致命的なんじゃねえか?」

快斗が呆れたように言った。
蘭は頷く。

「新一に会うまでは、淫夢を見せて少しずつ精気を貰ってたの。新一だけだったの。触られても大丈夫だったのって・・・」
「そうだったの・・・」

青子が、神妙な顔で相槌を打った。

「私って、すっごいグルメなのかって思ってた。新一が澄んだ大きな精気の持ち主だから、だから・・・新一の精気に強烈な食欲を覚えるから、新一にだったら触られても大丈夫だったのかって、ずっと思ってた。でも私、今日・・・新一に劣らない綺麗で強大な精気を持つ黒羽さんに会って気付いてしまったの。だって・・・」
「ちょっと待て。その先は、オレにとって、とても不愉快な話題になんじゃねえか?」

快斗が思わず眉を寄せて言った。

「黒羽さんの精気に、食欲だけは感じるのに。黒羽さんに近寄られた時、触られるのイヤだって思ってしまったんだもん・・・私、新一以外の男の人は、絶対駄目なんだって、分かっちゃったの。だから、他の人から精気を取るなんて出来ない。淫夢を見せるのだけは、何とか・・・でも、それじゃそんなに沢山精気を集められないし」
「あのな〜、蘭ちゃん・・・そりゃオレ、本気で蘭ちゃんをどうにかしようと思ってた訳じゃないけどさ・・・触られるのイヤなんて言われると、やっぱ傷つくな〜」

いじけた様子の快斗を無視して。
青子がそっと蘭の肩に手を置いた。

「蘭ちゃん。工藤君の事が好きなんだね」
「え・・・?」
「だって、男の人で触られてイヤじゃないのって、工藤君だけなんでしょ?」
「うん」
「好きじゃない男の人には、触られるのもイヤだけど、好きな男の人には、触れて欲しい。それって、人間でも魔性でも、同じだよ。蘭ちゃんは淫魔で、性欲と食欲が重なっているから、なかなか自覚出来なかったんだろうけど」
「そうなのかな・・・」
「何よりも、今、蘭ちゃんは。精気の補充元だって事を抜きにして、工藤君を失いたくないって思ってるんでしょ?」

蘭は、こくりと頷いた。
出会ってからまだ数ヶ月なのに。
新一が傍に居る事が当たり前になっていて。
もしも新一の存在が失われる事になったらと、想像するだけで怖い。

単に精気の補充が出来ないからという意味ではなく。

「私、そうなったら生きて行けないかも・・・」

蘭は思わず呟いていた。

「蘭ちゃん。私に任せて。蘭ちゃんが不愉快な思いをしないように、精気の補充をしてあげるから。快斗、手を出して」

青子に言われ。
快斗は嫌そうに渋々と言った感じで手を出す。
青子が左手で快斗の手を握り、そして右手で蘭の手を握る。

次の瞬間。
青子を媒介として、蘭の中に快斗の強大な精気が流れ込んで来た。

「さ。蘭ちゃん、それを工藤君に分けてあげて」
「うん!ありがとう」

蘭は早速、新一の胸に手を当て。
自身の中にある精気を、新一に分け与えた。


「美味しい思いもしないのに、精気だけ分捕られるって、何か納得行かねえよなあ」

快斗がブツブツと文句を言った。

「何?快斗ってば、蘭ちゃん相手に美味しい思いをする気だったの?」

青子がジト目で快斗を睨む。

「いんや、別に。蘭ちゃんは魅力的な子だけど、工藤の女ってのを抜きにしても、何かそういう対象にはならねえって言うか。ただ単に、見返りなくて一方的に取られるばかりってのが、しかもそれが工藤に行くってのが、釈然としないだけだよ」
「んもう!非常事態だから、仕方ないでしょ」
「ま、いいさ。落ち着いたら、青子が蘭ちゃんと工藤の代りに、見返りをくれるってんならな」
「バ快斗!い・や・よ」
「何で!?」
「青子は、見返りの為とかじゃなくて。純粋に快斗とそうなりたいのに。快斗は違うの?何かの見返りで、エッチしたい訳?」
「・・・分かったよ。降参だ。オレは、理屈なんかどうでも良くて、青子を抱きたい」


快斗と青子の一種の痴話喧嘩を、蘭は殆ど聞いていなかった。
何故なら、新一がようやく目を開けたからである。

「新一っ!」

新一は、不思議そうな眼差しで蘭を見詰めた。

「蘭、どうした?何を泣いてる?」
「馬鹿っ!!新一が・・・心配で、泣いてるに決まってるじゃない!」

蘭はいつにもなく、素直に言葉が出ていた。
新一が愛しげに蘭の髪を撫でる。

ふと、新一の目付きが険しくなった。
視線が動き、快斗の姿を認め、体を起こした。

「黒羽。オメー、蘭を・・・!?」

快斗は、肩をすくめて言った。

「蘭ちゃんの術を解いたのは、工藤だろ?文句言われる筋合いはねえと思うんだけどなあ」

新一は、音が聞こえる程に歯噛みをして、ベッドから降りた。
視線で人を殺せるものなら、確実に快斗は死んでいたのではないかと思われる程に、新一は強く快斗を睨み付けた。

「新一、無茶は・・・」

言いかけた蘭の言葉が途切れる。
蘭を振り返った新一の瞳が、絶望的な哀しさを湛えていたからだ。

場の雰囲気を変えたのは、青子の一言だった。

「工藤君。心配しなくても、ちゃんと青子が媒介になったから、快斗は蘭ちゃんに指1本触れてないよ」

新一は、今初めて青子の存在に気付いたかのように、青子の方を見た。

「工藤君、そりゃ快斗は女癖悪いけど、ちゃ〜んと青子が見張ってるんだからね」
「ああ・・・そうだったな。蘭から感じる気が黒羽のものだったんで、つい。冷静になったら、確かに青子ちゃんの気も感じる。悪かったよ」

そう言って、新一が息を吐いた。
蘭が眼を吊り上げて、新一に迫った。

「ちょっと待って、新一。新一は私が浮気したと思った訳?」
「う、浮気?淫魔であるオメーに、浮気なんて概念あんのか?」

新一が少し呆然とした様子で蘭を見た。

「だって!人間界では、婚約者が他の異性とまぐわったら、浮気っていうんでしょ?新一は私に言ったじゃない、式を挙げたら夫婦で、それまでは婚約者だって」
「蘭・・・」
「・・・もしかして、新一が術を解いたあのキスは、婚約解消の儀式だったの?」
「ちげーよ。オレは・・・ただ、オレがオメーに暫く精気を与える事が無理だから、このままではオメーが飢えてしまうと・・・だから・・・」
「だからって、私がすぐに浮気すると思ってた訳!?」

新一は驚いたような顔で、蘭を見ている。

「蘭。泣くなよ。オメーに泣かれると、オレは・・・」
「泣かせてるのは、新一じゃないっ!」
「へっ・・・?オレ?」
「だって、だってっ・・・!!」

蘭自身にも、自分が何故怒り、何故泣いているのか、よく分かっていなかったので。
新一に説明が出来ない。
新一が蘭をやさしく抱き締めて言った。

「ごめん・・・」
「・・・何で謝るのよ?」
「いや。オレにもよく分かんねえんだけど、オメーを泣かせちまったのは、オレの所為なんだろ?」

新一に優しい声でそう言われると、何故だか余計に涙が出て来てしまう。

「オレは・・・淫魔にとって、セックスはあくまで糧を得る為だって、分かってたけど。蘭が他の男に触れられるのが、ぜってー嫌だから、オメーが他の男とまぐわえねえように術をかけた。だからと言って、蘭を飢え死にさせてー訳じゃねえから。オレがオメーに精気を与えられないとなれば、後でオレがどんなに嫉妬でのた打ち回る事態になろうと、術を解くしかねえと思った」

蘭が顔を上げて、新一の顔を見た。
新一の目が、いつも自信に満ち溢れた強い眼差しが、今は自信無さ気に揺れているのに気付く。
新一は蘭の頬に手を当て、自分の額を蘭の額にこつんと当てた。

「蘭。オメーの身も心も、独り占めしたかった。心が無理ならせめて体だけでも・・・こんなの、最低だって、分かってるけどよ」
「新一・・・?」
「人間であろうと魔性であろうと。1人の女をこれ程に求めたのは、生まれて初めてだ」
「・・・新一が言ってる事、よく分かんないよ・・・」
「世界中の誰よりも。蘭、オメーの事が好きなんだ」
「え・・・?」
「愛してる」

その瞬間。
蘭の体を大きな衝撃が貫いた。
それは不快なものではなく、甘やかな胸締め付けられる痛みにも似た感覚。

そして、蘭は知る。
今迄蘭の胸に巣食っていた不安の正体が何だったのかを。
和葉や青子の言っていた意味を。
槙子が新一に迫ったのが何故不快だったのかを。


『これが・・・異性を好きになる、恋をするという事だったの・・・?』


蘭は微笑み、新一の唇に、自分から唇を重ねた。

「蘭・・・?」
「新一。私もね。一緒なんだよ」
「え?」
「槙子さんが、新一の子供を産みたいって迫った時、胸が苦しくなって、痛くなって・・・。新一が他の女の人を抱くかも知れない、そう想像しただけで、とても辛くて・・・。私も、新一を独り占めしたい。身も心も、私だけのものでいて欲しい」
「蘭・・・」
「これが、愛しているって事なら。私、初めて会った時から、新一の事を愛してる」

次の瞬間、蘭は新一に強い力で抱き締められた。
そして、激しく唇を求められる。
新一はそのまま蘭をベッドの上に押し倒した。

「あ!し、新一、駄目ッ!今精気を取られたら、新一は・・・!」

蘭がそう言って抗うが、新一はそれを無視し、蘭の首筋に唇を這わせ、ブラウスの胸元を広げようとした。

新一の行動を止めたのは、咳払いの音である。
新一と蘭が、すっかりその存在を忘れ果てていた快斗と青子が、顔を赤くしていた。


「工藤。オレが蘭ちゃんの裸を見ても構わねえってんなら、止めねえけど?」

快斗の言葉に、新一の周囲は絶対0度の冷たさになり、ブリザードが吹き荒れそうだった。
新一の射殺しそうな視線をまともに受け止め、快斗は冷静に告げる。

「オメーの体は、青子の術とオレから奪い取った精気で小康状態を保ってるが、時間の問題だぞ?その前に事態の解決を図るべきだと思うが?」

そこへ、横から青子が言葉を添えた。

「そうだよ、それに、早くしないと蘭ちゃん飢え死にしちゃうよ?」
「え・・・?飢え死にって・・・だけどオレは、蘭の術は解いた筈だけど・・・」

新一はそう言って蘭を見やった。
蘭は、このような事態であったけれど、恥ずかしさのあまり身を縮めている。

「あのね、工藤君。蘭ちゃんは、工藤君以外の男の人に触られるの、嫌なんだって」
「何だって・・・?蘭、オメー・・・」
「・・・淫魔としては致命的だって、分かってるよ。でも、いくらお食事の為でも、新一以外の男の人に触られるなんておぞましくって、無理なんだもん」
「そ、だから、工藤君が早くその呪いをどうにかしないと、蘭ちゃん、精気の補充が出来なくなっちゃう」
「蘭・・・そうだったのか・・・じゃあ最初からオレの術は、必要なかったんだな・・・。けどホント、オメーって、淫魔としては変り種だよな」
「でも、お母さんもそうだよ。お父さん以外の人とは、エッチした事ないもん。お父さんは人間じゃないから、お母さんは精気の補充を、エッチとは別の方法でやってるみたいだけど」
「・・・それが淫魔の女王としての力の1つか。って、ちょっと待て。オメー、父親がいるのか?」
「うん。属性が違うから、滅多に会わないんだけどね。お父さんは、疫魔の王なの」
「疫魔の王・・・と言うと、疫厄(えきやく)の小五郎か。って、おい!じゃあ、オレに呪いをかけたのは、まさか」
「間違いなく、お父さんだと思う」

横から快斗が、大きく頷きながら言った。

「そうか〜、たとえ魔性であっても、父親の気持ちは一緒なんだな〜。可愛い娘がこんな助平野郎に術かけられて縛られてるとなっちゃ〜、怒るのも無理はねえよなあ。オレにはその気持ち、よ〜く分かるぜ」

「おい!オレが助平なのは、蘭に対してだけだっ!オレは今迄、蘭以外の女には指一本触れた事はねえ!蘭を抱くまで童貞だったからな!」
「工藤・・・そんな事をそんな大声で、自慢気に言わなくても。だからオレが言ったのは、あくまで父親としてはそう感じるだろうなって事で」

「新一。ホントなの?私以外の女の人と、エッチした事ないって・・・」

蘭が目を丸くして言った。
確かに、今現在新一に蘭以外の女性の存在がない事は信じているが。
まさか、あの時が新一にとっても初エッチだとは、流石に思っていなかったのだ。

「じゃあ、何で寝室にダブルベッドが置いてあったの?新一って別に寝相が悪そうでもないのに」

蘭が小首をかしげて言った。

「あのな。えいくそ、もうカッコわりぃ。蘭を迎え入れる為に、新しいベッドと寝具とを、用意したんだよ!オレとしちゃあ、まあ一方的なもんだけどよ。最初から蘭を嫁に貰う位の積りでいたからな」

新一が真っ赤になってそっぽを向きながらそう言って。
蘭は何となく、可笑しくも嬉しい気持ちになっていた。

新一と蘭が2人の世界に再び突入しかけている一方で。
青子が、快斗に食って掛かっていた。

「快斗〜、隠し子がいるの?」
「は?隠し子って、何の話だよ」
「だってっ!蘭ちゃんのお父さんの気持ちが分かるって言ったじゃない!快斗、どこかの女の人に、女の子を産ませてるんでしょ!」
「そ、それは、気持ちとして分かるってだけの事で、オレが子持ちだって話じゃない!アホ子、何でそっちに話が行くんだ!?オレだって浮気なんかした事ねえぞ!」
「どうだか。いっつも、色んな女の人の手やほっぺにキスしては、気障な言葉を囁いてるじゃない」
「だからそれは!青子とは意味合いが違うんだって!」
「そうだね、青子にはそんな気障な台詞はいた事もないし、手にキスとかも、しないもんね〜」
「だからっ!!あ〜もう、工藤、青子に何とか言ってやって・・・無理だな」

新一は流石に今度は押し倒しはしないものの、再び蘭と2人だけの世界を作っていて。
快斗と青子の事は眼中になかった。


   ☆☆☆

これは大分後になっての事であるが。
新一と快斗が、それぞれの連れ合いについて愚痴交じりの話になった事がある。

「あのさ〜、工藤。オレって何で、青子から信用されない訳?唇へのキスも、エッチも、青子だけなのにな〜」
「そりゃ、日頃の言動が軽過ぎるからだろ?それに・・・まあそこに着いては、オレもオメーの事を言えた義理じゃないが。本命相手に照れや意地が出て、素直になれねえってのは大きいよな。オレだって蘭に本当に信用してもらえるまでは、随分かかったし、かなり酷い妄想をされてたらしいぜ。ったく、他の女なんか眼中にねえってのに、傷付く話だ」
「あ〜、だって工藤は、女性全てに優しいフェミニストだろ?勝手に勘違いして工藤にのぼせた女も、数知れないよな〜」
「そこら辺はオメーだって同じだろ?けどまあ問題・・・っつーか原因は、蘭と青子ちゃんが自分の魅力に気づいてねえのと、女性にしては妙に恋愛ごとに疎い割には、男は気が多い浮気もんだって認識を持っちまってるって事だよ」

他の女性など目に入らない位に、それぞれの愛しい女性にメロメロになっているというのに、肝心の相手にそれを中々信用して貰えない。
2人の男は、可愛い彼女に振り回される日々に、溜息をついた。
しかしそれすらも、2人にとっては幸せな悩みであったのである。


   ☆☆☆


時間を戻そう。

それぞれの痴話喧嘩や2人の世界がようやくひと段落して。
4人は真面目に今後の事について話し合っていた。

「私、魔界に行ってお父さんと話をしてくる!」

そう言っていきり立つ蘭を、他の3人が止める。

「蘭、そりゃ、オメーの父親自身がオメーを酷い目に遭わせる事はねえだろうが、これ幸いと引き離されて閉じ込められてしまうかも知れねえぞ!」
「オレも工藤の意見に賛成。どう考えても、娘の相手を疫病にするなんざ、魔性には珍しい行き過ぎた父性愛だ。蘭ちゃんが閉じ込められている間に、工藤は確実に死んじまうだろうぜ」
「それに蘭ちゃん、工藤君の守護が万全じゃない今の蘭ちゃんが魔界をうろついたりしたら、貞操の危機だよ〜!狼さんの群れに入って行く羊みたいなものだもん!」
「だから蘭、オレが行ってくっから。オメーは大人しく待ってろ!」
「で、でもっ!新一、体調が万全じゃないのに!心配で、大人しくなんか待てないよ〜」

みな思い思いの事を言い合って、収拾がつかない。
けれど、新一が突然何かを思いついたように、ポンと手を叩いた。


「・・・待てよ。疫厄の小五郎が結界をあっさり破ってオレに接触出来たのって、蘭の血縁だからだよな。結界を調べれば、その霊気が分かる筈。・・・行くよりも、呼ぶ方が余程早い。普通だったら魔王クラスの存在を呼び出すのは結構難しいもんだが、霊気を読んでからなら、何とかなる」
「そうか。けど工藤、今のオメーにはちょっとばかり荷が勝ち過ぎだろ?手伝うぜ」
「・・・黒羽。今日は妙に親切だな?」
「青子に嫌われたくはないからな。ま、借りはその内返してもらうって事で」
「そっか。何はともあれ、サンキュー」
「お、おい、工藤!!お前が素直に感謝なんかするとは!こりゃ、槍が降るぞ」
「抜かせ!」

軽口の応酬をしながら。
皆で地下室の広間へと移った。


新一が魔方陣を描き、口の中で呪文を唱え、念を込める。
快斗が新一の後ろに付き添って念を込める。

すると間もなく、地下室全体に稲光が走り、鳴動した。


「流石に魔王クラスを降ろすのは、一筋縄じゃ行かねえか」

新一の額に汗が一筋浮かんでいるが、表情は不敵な笑みをたたえていた。



魔方陣に煙が湧き上がったと思うと、その中から人影が現れた。


「あ〜ん?誰だ、人間ごときのくせに、疫魔の王たるこの俺様を呼び出すのは?」


黒いマントを羽織り、ちょび髭を生やした男が、魔方陣の中に立っていた。



to be continued…?



+++++++++++++++++++++++++++


<後書き>

魔界における勢力図(魔王が何人居て、どういった種類の魔性が居るとか、男女の交わりで生まれる魔性はどの位居て、それ以外の魔性はどうやって生まれるかとか)、そのようなものをきちんと考えている訳ではありませんが。

蘭ちゃんが淫魔、それならえりりんが淫魔の女王。
すると、小五郎さんは魔王クラスだな〜。

新一君が、小五郎さんに呪いをかけられるとしたら、う〜ん、やっぱり疫病あたりになるのかな?
だったら、小五郎さんは疫魔だな。

という思考過程を経て、小五郎さんが疫魔の王に決まりました。

実は、疫魔の王という設定は、「妖○の封印」という漫画の影響です。
それに習い小五郎さんは「疫牙(えきが)の小五郎」にしようかと思ったのですが、謂れを聞いた会長さんが猛反対で、あえなく没になりました。

「妖○の封印」は、やおい漫画ではない(「男同士の愛」ではなく「種族を超えた愛」を描いたもの)筈ですが、見た目はどうしても「ホ○」としか思えませんので、会長さんは拒絶反応を示しています。CDドラマ化された時の主役カップルが、田中秀幸さんと宮本充さんで。この2人が愛を囁きあうのは、すごくアブノーマルだったなあ。

もうちょっと先まで書きたかったのですが、諸事情でタイムアウト。
続きは出来るだけ早くに。

ええ、分かってます、色々と、予定は未定が溜まっていますから。
次こそは、蘭ちゃんの大親友のあの人を出したいなあと。
実は蘭ちゃん、既に彼女と出会ってる筈なんです。


「File04:リリム族の女王」に戻る。  「File06:魔王がいっぱい」に続く。