魔探偵コナン



byドミ



File04:リリム族の女王



夜、帰宅した新一が見たのは。

意識を失って床に倒れていた蘭の姿だった。
呼びかけても揺すっても、意識を取り戻す事はない、深い深い眠り。
人間で言えば「重症の昏睡状態」になっていたのであった。

「蘭、蘭、蘭・・・!!」

新一は蘭を抱き起こしてゆすぶりながら、必死に呼びかけた。
いつもの冷静沈着振りはどこへやら、周囲も目に入らず、どうしたら良いか判断も出来ず、ただ必死に蘭に呼びかける。

平次と和葉が、これほどに取り乱した新一の姿を見たのは、初めての事である。


和葉が蘭の傍に行って、手を握り、顔をじっと見詰めた。

「工藤君。蘭ちゃんは、死んでもうた訳やあらへんで」
「それは、わーってるよ!けど・・・っ!」
「まずは、落ち着きや!蘭ちゃん助けられるんは、工藤君だけやから、しっかりしいや!」

和葉の言葉が、新一の焦りを少し沈静させる。
蘭を助けられる何らかの手立てがあるのなら、何でもする。
ただ、その方法が分からなくておろおろしていたのであるが。

流石に、植物の精霊である和葉には、何かの見当が付いているようであった。



「蘭ちゃんを害したのは、特殊な毒や」
「毒・・・?」
「せや。魔性の中でも、淫魔だけを害するもんで、あんまり知られてへんのやけど。アタシは木の精やから、魔界産であっても植物由来の毒の事は、一通り分かるんや」
「植物っ!?で、解毒方法はあるのか?」
「ある。けど、難しいで。これは、魔界由来のもんやよってに、解毒になる植物も、魔界にしか存在せえへんのや」
「魔界・・・」
「魔界自体は、工藤君も行った事はあんのやろうけど・・・魔界でも奥つ城(おくつき)に当たる、上級淫魔リリム族の女王が統治するエクリプスは、名前位は聞いた事あるやろ?その中でもいっちゃん奥まったとこ、リリム族の女王の館の庭に、たった1本だけ生えとる、ドライアードの木っちゅうのんがある。その葉は芳香を放ち、お茶にしたら最高で、人間にも魔性にも、毒にはならへんのやけど・・・淫魔にだけは、強烈な毒になるんや」
「で?その解毒剤は?」
「その、ドライアードの実」
「何だって!?ひとつの木の、葉は毒になり、実は解毒剤になる、そういう事か!?」
「せや。ドライアードの実の方は、淫魔にだけは万能薬になって解毒作用もあんのや。そっちも、葉っぱと一緒で、人間や他の魔性には毒にも薬にもならんのやけどな」
「・・・どういう方法か知らねえが、葉は、人間界で流通してんだな?じゃあ、実の方は?」
「工藤君。アタシは、植物自体の事は分かっても、人間界で裏取引されとるもんの事までは、よう分かれへんで?」
「そうだったな。すまない」
「けど・・・ドライアードの葉は干せば長期保存可能やけど、実の方はあんまり長持ちせえへんし、使い道もあらへんから、人間界で持ってる者はおらへんやろ」
「・・・魔界の奥つ城エクリプスに、行くしかねえって事か。・・・和葉ちゃん、時間はどの位ありそうか、分かるか?」
「多分、あんまりもたへんという事位しか・・・数日ってとこやろうな。けど、アタシの持てる限りの力を使って、長引かせて見せる。アタシの調合出来る薬で蘭ちゃんを仮死状態にしたら、進行を遅らせられる筈や」

新一は、顔を上げた。その目に迷いはなく、決意だけが浮かんでいた。
蘭を抱き上げると2階の寝室へと運び、優しく寝台に横たえた。
そして、蘭の体を1度ぎゅっと抱き締め、その唇に軽い――けれど、思いの丈を込めたキスを落とし、扉を閉めた。

「服部、和葉ちゃん。後を頼む」

「分かったで。行ってきいや」

新一にとって、後を頼めるのは最高の信頼の証。
それを知っている平次は、真摯な顔で頷いた。


そして、新一は地下の広間に魔方陣を描き。
そこから、魔界へと旅立って行った。


   ☆☆☆


「おやおや。坊やがたった1人で、この魔界の奥つ城へ向かっていると言うの?精々、歓迎してあげましょう」

魔界の奥つ城、エクリプスの中心部に、大きな館がある。
そこの女主人は玉座に座り、鏡に映る光景を見て、にっと笑った。

「けれど、お館様。あの者を止めると、もしや間に合わなくなるのでは・・・」

女主人の側近が、おずおずと言った。

「その心配は、無用。もしあの坊やが間に合わなくても、助けは間に合うわ」
「これは、差し出た事を申しました。・・・では、存分に、あの者を歓迎して、構いませんね?」
「ええ。存分に、やって頂戴」


側近の者達も館を去って、客人を「歓迎」する為に向かって行く。

「さて?名だたる魔探偵コナン、あなたは、我らリリム族の精鋭達にどの程度太刀打ちできるのかしら?お手並み拝見と行きましょうか」

女性淫魔、特にその中でも上級であるリリム族は、容姿が美しい者が多いが。
中でも飛び切りの美貌を誇る、この館の女主人は、嫣然と微笑んだ。


   ☆☆☆


新一が魔方陣から出ると、そこには既に、「魔探偵コナン」を葬り去ろうとする魔性の者達があふれていた。
多少の苦戦はしたものの、それらを全員片付けて、新一は奥へ進む。

紫がかった暗い空には、皆既日食の姿に良く似た、魔界の太陽が浮かび。
薄暗くぼんやりした光が寒々とした岩と砂ばかりの大地を照らしていた。


新一は、まだ直接赴いた事のない、魔界の奥つ城、エクリプスへと歩を進めた。
時折行く手を阻む魔性が現れるが、難なく退け、奥へと向かう。


やがて、紫がかった緑の広がりが前方に見えて来た。
荒涼たる岩ばかりの大地から、突然鬱蒼と茂った森に切り替わるのだ。


エクリプスの中心部は、この森の中にある。
ここはもう、淫魔の女王が直接に支配する領域である。
そしてそこには、ドライアードの木がたった1本だけ、生えている筈だ。


「来たわよ。あまたの魔物達を退け、そしてあまたの魔物達が葬り去る事に失敗した、あの男が」
「私らの仲間の誰にも、まだ堕ちた事がないという、あの『魔探偵コナン』が」
「でも、今迄堕ちなかった相手は、私達の中でも雑魚、下っ端よ」
「私達は上級淫魔・リリム族の、更に精鋭。今迄この森を無事に通り抜けた人間の男性は1人も居ない。果たして、彼はどうかしら?」

森の中がざわめく。

女性淫魔の中でも、その美貌と能力には折り紙つきのリリム族の面々が、ここに居るのだ。

そしてここには、蘭の友人である淫魔のアヤメと牡丹も居た。

「アヤメ。どうする?」
「私は、パス。蘭は自分でも気付いてないみたいだけど、結構焼き餅妬きだから。目が覚めた後に、恨まれたくはないもの」
「でも、蘭が骨抜きになるほどの男が、どれだけの力を持つものなのか、知りたくない?」
「そう思うのなら、牡丹、あなたは行けば良いでしょ?止めやしないわ」
「ん〜、私も止めとくわ。色々な意味で酷い目に遭いそうな気がするし」

アヤメと牡丹に、通りすがりの女性淫魔・ツツジが声をかけて来た。

「アヤメ、牡丹。あなた達は行かないの?」
「ええ。最初から負けが決まっている勝負は、降りさせて頂くわ」
「ツツジ、あなたも、止めといた方が身の為だと思うけど?」

アヤメと牡丹の忠告を、ツツジは鼻で笑った。

「あの退魔師も男なら、私達が束でかかっても耐え切る事なんて、まずないと思うわ」
「そう?まあ、火傷しないようにね〜。私らは見物させてもらうから」

魔性の世界では、人間界と違い、女王の命令と言えども「絶対」という事はない。
この場合、魔探偵コナンを誘惑する群れに加わらないからと言っても、罰を受ける事は考えられないし、おそらく女王の不興を買うこともないだろう事は、2人には予測がついていた。



2人は、最初から戦線離脱、傍観を決め込んでいたが。
その判断は賢明であったと言えよう。


   ☆☆☆


わき目も振らず進んで行く新一の元に、何人もの女性淫魔が現れて、フェロモンを発し、媚態を見せ、誘惑する。
幾人かは、新一に直接抱きつき、その豊かな肉体をこすりつける。

新一は、その淫魔達が存在していないかのように、黙々と歩いていた。
新一に淫魔達が見えていない訳でも聞こえていない訳でもないのは、新一の唇を奪おうとする淫魔が居れば容赦なく引き剥がし脇に押しやる所作で見て取れる。

森の奥深くに、大きな城のような館があった。
新一は真直ぐそこに向かって歩いて行った。


後には、死屍累々・・・もとい、淫魔としてのプライドを打ち砕かれ、打ちひしがれて茫然自失している、女性淫魔達が取り残されていた。


「あ〜あ。言わんこっちゃないわ」
「あの蘭ですら、淫魔の魔力で落とした訳じゃないあの男が。他の淫魔に堕ちる訳ないじゃないの」

茫然自失の女性淫魔の群れを見て、アヤメと牡丹は同情半分でそう呟いていたのであった。


   ☆☆☆


「あら。早かったじゃない。もう少してこずるかと思ったんだけど。あなたが多少なりとも苦戦したのは、魔界に下りたその時だけだったようね」

玉座で、美女が頬杖を付きながら、挑戦的な目で新一を見詰めて言った。

「へえ。流石に女王サマは、淫魔達を束ねるだけあって、美人だな」

新一がそう言って口笛を吹く。
新一が女性を「美人」と認めて口に出すとは、滅多にない事ではあった。
この淫魔の女王は、流石にそれだけの美貌を誇っているのだ。

「あら。ありがと。でも、口では美人と褒めながら、淫魔の女王たる私を目の前にして、冷静沈着、男性として全く反応しない人間の男など、私は初めて見たわ」

淫魔達の女王は、そう言って挑戦的な笑みを浮かべた。

「森の中に入ってからの方が、攻撃が酷いと思ってたんだけどな。楽なもんだったぜ。もっともそれが、罠でねえならの話だけど」
「残念ながら、罠ではないわ。そもそも、あなたが楽だったと言うこの森の中の攻撃に、耐え抜いた人間の男など、滅多にいなくってよ。その数少ない男も、大抵はかなりの無理をしていた。あなたのように最初から全く反応しない男など、初めてよ。男性としての機能に問題があるのではなくって?」
「抜かせ。機能的に問題はねえ。それにオレはちゃんと、好きな女は抱けるしな」

新一の言葉に、淫魔の女王は目を見張った。
そしてコロコロと笑い出す。

「あんまりあっさりここまで来たから、本当に拍子抜けする位だけど、それは淫魔の中でも上級のリリム族の魔力に誑かされる事のないあなたの能力だから、まあ、褒めてあげても良くってよ。でも、私は・・・リリム族の祖であるリリス様の直系。今は長い眠りに就いているリリス様に代り、淫魔・リリム族を統治する女王で、魔王の1人よ。私の力が男の精を搾り取るだけのものだとは、まさか思っては居ないでしょうね?普段は使わなくても、戦闘能力くらいは持ち合わせていてよ」
「相手が魔王だろうが何だろうが。負ける訳には行かねえんだよ!オレはぜってー、ドライアードの実を持ち帰らなきゃなんねえんだ!」

魔王クラスの存在相手に本気で戦ったなら、流石に苦戦する事は目に見えていたが。
新一としても、ここで絶対諦める訳には行かなかった。

すると、女王はあっさりと言った。

「あら。ドライアードの実だったら、どうぞ遠慮せず持ち帰って。あれは、私達淫魔にとって薬である他には、毒にも薬にもならないもので、誰も持ち帰ろうなんて思う者はいないから」
「はあ?」

新一は、油断なく身構えながらも、思わず間抜けな声を出してしまった。

「だって、あれを持ち帰りたいという事は、淫魔の治療を行ないたいという事でしょう?であれば、淫魔の女王である私に、邪魔する理由などないわ。むしろ、喜んでお渡ししてよ」

新一がなおも、腑におちない顔をしていると。
淫魔の女王は、フッと柔らかく笑った。

「我らリリム族の一員である蘭が、今、どのような状態にあるのか、私は知っているわ。魔探偵コナン、お前は、蘭を助ける為にここに来たのでしょう?だったら、私からも頼みたい位だもの」
「・・・お見通しって訳か。けど、その割には結構な歓迎だったようだが」
「それはそうよ。あなたは、術であの子を縛るような真似をしているのですもの。全てを許して、ハイどうぞ、という訳には行かないわ。それにもし、あなたが間に合わないようなら、私が自ら人間界に乗り込む予定だったのよ。もっともその時は、あなたは間違いなく八つ裂きになっていたわね」
「あんたが自ら?でも、あそこにはたとえ魔王クラスのあんたでも、てこずる筈だぜ。それで助けが間に合わなかったらどうする気だったんだ?」
「そうね。あの屋敷は、強い結界が張ってあって、まともに乗り込むなら私でも苦労するわね。でも、あの結界は、私を阻む事は出来ないわ。何故なら、あそこには蘭が迎え入れられているのだから。蘭を受け入れている結界は、私を阻む事はできない筈」

新一は息を呑んだ。
蘭を受け入れている結界は、蘭と似た霊気を持つ者・・・近親者などを受け入れる可能性が高いのだ。

つまり、新一の目の前にいる、この淫魔の女王は・・・。

「これが、そのドライアードの実よ。これを飲ませれば、蘭はすぐに回復する。・・・私はここの統治者として、どうやって葉が流出したかを調べなければならないから、当面動けないけれど。いずれ、遊びに行くから宜しくと、あの子に伝えて」
「淫魔の女王。あなたは・・・」
「私があなたを許す気になったのは。淫魔の魔力に決して屈する事のないあなたが、『好きな女は抱ける』と言ったからよ。そうでなければ、たとえどんな手を使ってでも、あなたを滅ぼそうとしたかも知れないわ。あなたが死ねば、あの子は術から逃れられるしね」
「あなたは、蘭の・・・」
「私の名は、英理よ。覚えておいて。あの子を、蘭を・・・、頼むわね」


   ☆☆☆


新一が地下の魔方陣から出て、工藤邸の広間に姿を現すと。
そこにいた平次と和葉は、妙にのんびりとお茶を飲んでいた。

「工藤君、お帰り」
「えろう早かったやないか。何日も掛かるやろ思うとったんやけど、まだ、丸一日も経ってへんで?」
「抜かせ。・・・蘭の具合は?」
「まだまだ、全然大丈夫や。アタシの術も要らんかったかも知れんなあ」

会話をしながらも新一は、歩みを止める事無く2階の寝室へと向かい、ドアを開けた。


蘭は全く変わりない様子で、深い眠りに落ちている。

新一は、魔界から持ち帰ったドライアードの実を口に含むと、蘭の唇に自分のそれを重ね、舌を蘭の口腔内に侵入させ、実を蘭の口の中に移した。
効き目が現れるのは、早かった。


「ん・・・」

蘭の瞼が揺れ、ゆっくりと開かれる。
ボーっとした表情で、新一を見詰めた。

「蘭・・・大丈夫か?気分はどうだ?」
「新一・・・お腹空いた・・・」

蘭が空腹を訴えるというのが、どういう意味なのか、そこにいる面々には分かっていたから。
流石の新一も赤くなって固まり。


「いきなりそれかい!」

突っ込みを入れたのは、平次だった。

和葉がボカッと平次を殴り、首根っこを掴まえ引きずり出して、ドアを閉めた。

「アタッ!何すんねん!」
「気ぃ利かへんやっちゃなあ、ボケ!蘭ちゃんはあの状態になって、生命力を根こそぎ奪われたんやで?今は精力補給がいっちゃん大事なんや」

平次と和葉が、罵り合いを始めかけたのだが。
ドアの向こうから微かに漏れ聞こえ始めた声に、赤くなり、慌ててその場を離れた。

睦言を聞かれたと知られたら、後で平次が新一にどんな目に遭わされるのか、分かったものではない。
2人はさっさと自分たちにあてがわれた離れへと、引き上げて行ったのである。


   ☆☆☆


新一は、蘭の服を脱がせ、自分の服を手早く脱ぎ捨てた。
淫魔達の群れの中でも全く反応を見せなかった新一のものが、今はぐっと大きくそそり立っている。

新一は蘭の両足を大きく広げると、自身を蘭の中心部に一気に押し込み、激しく律動を開始した。

「はあん!あんあんあん・・・あっあっはあああっ!」
「くっはっうっっ・・・蘭!」

新一はあっという間に達し、と同時に、多大な精気を蘭に分け与えた。

普段新一が蘭を抱く時は、入念な前戯から始まり、律動も緩急をつけて時間をかけ、ゆっくり楽しむのが常であるが。
状況が状況だけに、今回は「蘭の空腹を満たす」事を優先したのである。


蘭は、新一から精気を分け与えられてすっかりと元気になったようだった。
頭をかしげ、考え込む。

「ねえ、新一・・・私・・・何だか急に気分が悪くなって・・・気が遠くなってたみたい」
「ああ。蘭は客間に倒れてた。意識を失う前に何があったか、覚えてるか?」
「えっとね・・・芦屋のお嬢さんが見えていたと思うんだけど・・・」
「ん?・・・芦屋槙子が?・・・蘭。彼女から、何か飲まされたか?」
「えっと・・・うん。珍しいハーブティを手に入れたからって・・・私に淹れてくれたんだけど・・・」

新一は蘭を見つけた時それどころではなかったから確認もしなかったのだが、今改めて記憶にある風景を確認すると、新一が蘭を抱き起こした時点では、テーブルの上には何もなかった。
槙子が、痕跡を消す為に、倒れた蘭をそのままに打ち捨ててテーブルを片付けたのは間違いない。

新一の心に怒りが湧き上がって来た。
槙子が自分の子種を欲しがっていて、為に新一に近付く女性を好ましく思わないだろう事は見当が付いていた。
だから槙子には敢えて、蘭が単に便利な女であるかのような説明をしていたのだが。
にも関わらず、蘭を害そうとしたのは間違いのない事であった。

「・・・あの女。ただじゃおかねえ!」
「新一?でも・・・槙子さんも同じもの飲んでたんだよ?」
「蘭が飲んだお茶は、魔界の奥つ城にあるドライアードの葉で作られたもので。淫魔にだけ強力な毒になるやつだ」
「ドライアード・・・聞いた事はあるわ・・・あれが、そうだったの・・・。でもきっと、槙子さんはそれを知らないで・・・」
「いや。普段流通している代物ではないし、あの女がそれを知らずに使ったとは思えねえ。蘭、庇い立てなどする必要ねえぜ。オメーは、死ぬとこだったんだからよ」
「え・・・?」
「・・・リリム族の女王に、ドライアードの実を分けてもらって、それで蘭が助かったんだ」
「ええ!?新一・・・もしや・・・」
「ああ。魔界に行って・・・会って来たぜ、オメーのお袋さんに。蘭に宜しく、落ち着いたら遊びに行くからと伝言された」
「魔界に・・・エクリプスの森を、通ったんだよね・・・」
「ああ。それが何か?」
「あそこを、無事通り抜けてきた・・・んだよね・・・?」
「・・・でなけりゃ、今頃ここには居ねえよ」
「あの・・・私を助ける為に・・・そこまでしてくれたの?どうして・・・?」
「どうしてって・・・」

新一は渋面を作った。
ここに至っても、蘭は、新一が蘭を大切に思っているという単純な事に、気付いていないらしい。
勿論それは新一自身に責任のある事ではあるのだが。

「新一、言ったよね。私は新一の欲望処理の為に丁度良いって。でも、エクリプスの森を無事抜けられる新一なら、欲望処理の対象なんて、必要ないんじゃないの?」

いくら新一自身に責任があるとは言え、あまりと言えばあまりな蘭の言葉に、新一は脱力しながら言った。

「オメーな。・・・確かに男には単純な生理的欲求っつーもんがあって。言葉はわりぃが、女なら誰でもって部分が、普通の男にはあるらしい。けど、多くの男には制御不能なその欲求も、オレには完全に制御出来る。但し、オメー以外の相手になら、という限定付きだけどよ」
「え・・・?私以外になら・・・って?」
「単なる生理的欲求じゃなくて。・・・この女が欲しい、この女を抱きたいって、そういう気持ちだってあるって事なんだ」

蘭が小首をかしげ、良く分からないといった表情で新一を見る。
やっぱり通じていないらしいと新一は苦笑しながら、けれど今はそれ以上を言う気になれなかった。

新一は、蘭を抱き寄せて、その唇を塞ぐ。
そして、柔らかな唇と舌の感触と、甘い唾液をたっぷりと味わった。

新一の手が蘭の柔らかな胸を揉みしだき始めると、蘭の唇からは甘やかな吐息が漏れる。

新一の背筋をゾクゾクとした感覚が走る。
蘭の全てが官能の対象となって、新一に迫ってくる。

先ほどは蘭に「精気を分け与える為」だけの行為だったので、ろくに感じる暇もなかった。
今度はゆっくりと、いつも通り手順にのっとって、蘭の全身の感触と反応を楽しみながら、新一は蘭を抱いた。


他の男はどうか知らないが。
新一にとっては、相手が他の誰でもない、蘭だからこそ、強烈な欲望も覚える訳で。
けれど、それを肝心な相手に伝える事が出来なかったのである。

並の人間よりはずっと長く生きているくせに、初恋が始まったばかりのこの男は。
何とも不器用な事に、そういった事をきちんと言葉にして伝える術も、持ち合わせていなかった。


新一自身が、「蘭にとって自分はただ精気と快楽を与えてくれるだけの対象」という大きな誤解をしていたが為に。
実はとても拗ねていて、自身の気持ちを素直に伝える事も出来なかったのであるが。
その自覚すらも、新一にはなかったのである。


   ☆☆☆


数日後、槙子が工藤邸を訪れて来た。
槙子が呼び鈴を押すと、出てきたのは、ポニーテールで活発な感じの、着物を着た美貌の女性であった。

「芦屋の槙子はん、お待ちしとったで。ほな、どうぞ奥に」
「え・・・?」

ふわりと漂う桜の花の香りに、槙子はこの女性の正体を知る。

「どういう事?あの女が死んだら、すぐに次の女が後釜に?」

槙子がその女性の後について客間に入ると。
そこのソファーに、新一が腰掛けていた。

「やあ。いらっしゃい、槙子さん」

槙子は一礼して去って行った和服の女性を見送りながら、言った。

「あ、あの。新一さん、あの女性は?」
「さて。あなたの事だから、とうに和葉ちゃんの正体は看破している事と思うが?」
「あの方、和葉さんっておっしゃるの?あの・・・」
「和葉ちゃんには、身の回りの世話をしてもらう為に、来て頂いたんです。何しろ女手がなくなって困ってましたから。実は先だって、同居して家事などをやってくれていた淫魔の蘭が、殺されてしまいましてね」
「え・・・?」

新一の咎めるような視線を受け、槙子は背筋を冷たいものが流れ落ちるのを感じた。
だが、強いてそれを出さないように努め、言った。

「何故、殺されたと?その淫魔が居なくなったのだとしたら、気まぐれにどこかに行ってしまったのかも知れません事よ」

魔性は死んだら骸を残さない。
塵のようになって消え去るのみ。
蘭が息を引き取るまでを確認した訳ではないが、ドライアードの毒については殆ど知られていないし、槙子が居た痕跡は注意深く消し去った筈だった。
だから、たとえ新一にでも気づかれる筈がないと、槙子は高をくくっていた。

新一は薄く笑う。
そこに潜む凶悪で禍々しいものに気付き、槙子は脅えて後退った。


「オレも舐められたものだ。本当に気付かないとでも思っていたのかよ?蘭は、オレ以外の男から精気を奪えないように術をかけてある。たとえ気まぐれにどこかに行ったとしても、そう長い事経たねえ内に戻ってくる筈だ」

そう言って、新一はゆっくりと立ち上がった。

「わ、私はただ・・・珍しいハーブティが手に入ったから、一緒に頂こうと・・・あんな事になるなんて、思っていなかったんですもの!」

もしもばれた時には、これで切り抜ける筈だった言い訳を、槙子は口にした。
せめて、殺意はなかったとだけは、言い抜けなければならない。
新一に見据えられるその強い目の光に、槙子は戦慄し、顔から血の気が引いて行った。

「ほう。殺すつもりはなかったが、蘭が倒れたので怖くなって逃げたと、そう言い訳する気だな。魔界でも名だたるリリム族の長の目を盗んで、ドライアードの葉がどういう風に流通したものか、既にきっちり調べはついている。たとえ魔性の者相手とは言え、正当な理由もなく害する事は、ご法度になっている筈だ。まあ、退魔師にもそれを無視する不逞の輩はたくさん居るがな。それに・・・、蘭はオレの・・・妻だ。あんたはオレの大切な女性を奪おうとした、それに対して相応の罰は、覚悟してるだろうな?」

槙子は目を見開いた。
新一が本当の意味で蘭に溺れているとは思っていなかった(と言うより思いたくなかった)が、はっきり「妻」という言葉が出た事には、驚いてしまった。

「つ、妻、ですって?魔性の・・・誰とでも寝るような女相手に?」

槙子が思わず口に出すと、新一にこの上なく怖ろしい瞳で睨まれ、震え上がった。

「オメーに、蘭の何が分かるってんだ!?オレが大切に思う女は、今迄もこれからも、蘭だけだ。あいつ以外の女は欲しくない」

新一が一歩ずつ近付いて来る。
槙子は震えながら後退ったが、すぐに壁に突き当たってしまった。

「オメーはきっと、蘭の存在を快く思わねーだろうと思ってた。だから、敢えてあいつの事を、オレの欲望処理の道具という言い方をしたが。全く効果はなかったようだな。そもそもオレは、蘭以外の女なんか、抱きたいなんて1度も思った事はねえんだよ!なのに、オメーは・・・オレの唯一の女を葬ろうとしたんだ!!」

槙子は恐怖感に喘いだ。
新一の本気を感じ取ったのだ。

「わ・・・私に手をかけると・・・父を敵に回す事になってしまいますわよ!」

槙子が辛うじてそう言ったが、新一は鼻先で笑う。

「芦屋権斎をか?敵に回せばちっとばかりは面倒じゃあるが、オレがヤツに敵わないなどと、本気で思っていたのか?蘭の為なら、芦屋一族全員と争う事になっても、オレはちっとも構やしねえんだぜ」
「わ・・・私を・・・殺すの・・・?」
「殺しはしねえ。オレは、私怨の為の人殺しはぜってーしねえんだ。オメーには・・・そうだな、多少自慢らしいその容姿を老婆のものに変えて、この先色仕掛けなどやろうという気にもなれねえような、そういう呪いをかけてやるのが、1番の罰になっかな?」

槙子は、恐怖のあまりヒッと声を呑む。
ガタガタと震えながら、動けずに居た。
新一がじりじりと近付いて来る。
槙子は、目を閉じたかったが、閉じられなかった。


「駄目えっ!!」

いきなり、新一と槙子の間に割って入った者があり。
槙子は一瞬、何があったのか分からなかった。


「蘭?そいつは、オメーを殺そうとしたヤツだぞ!何で庇いだてすんだ!?」
「だって、だって・・・っ!恨みで術をかけるなんて、新一がそんな事しちゃ、絶対駄目だよ!新一はその力を、正義の為に、人を救う為に、使うんでしょう?」
「蘭・・・」

槙子の前に立ちはだかって庇ったのは、槙子が殺そうとした(そして殺したと信じていた)蘭だったのである。



新一が歩み寄ってきた。
もう既に、先程までの殺気と怖ろしい雰囲気は消え去っている。

新一は、蘭を抱き締めると頬擦りして囁いた。

「悪かったよ。オレは大切な事を忘れちまうところだった。ゴメンな、蘭」
「新一・・・」

新一は、改めて槙子に向かい合うと、静かな口調で言った。


「オレが、蘭に惚れたのは、まさしくこういった部分なんだよ。確かに見た目も好みじゃあるが、それ以上に。蘭は、他人の心の痛みを我が事のように感じて背負い込んじまうお人好しなんだ。初めて会った時の蘭は、無実の罪に問われそうになった人を助けようと、飛び出そうとしていた。どこまでも、澄んだ優しい霊気を持つ・・・人間と魔性というくくりを超えて、そんな女に出会ったのは初めてだった。オレは、そんな蘭に・・・どうしようもなく惹かれちまったんだよ」

槙子は息を呑んだ。
今迄、退魔師として探偵としての華々しい活躍の影で見えていなかった、工藤新一という男の本質を見た気がした。

恐怖感が薄れると同時に、槙子の心に、今まで知らなかった暖かいものが満ちて行った。

「ごめんなさい。本当に、申し訳ない事をしたわ。私は、大きな誤解をしていた。陰陽師の娘でありながら、魔性という存在を下に見て、色眼鏡で判断していたわ・・・」

槙子は、心から、謝罪の言葉を述べたのである。
新一は何も言わなかったが、雰囲気が変わったので、槙子の真意は伝わったようだと分かった。

「でも・・・その薬って、解毒剤はないと聞いていたのだけれど。新一さんが蘭さんを助けたんですか?」
「ああ。魔界に下りて、取って来た」

新一の事も無げな言葉に、槙子は苦笑するしかなかった。
苦労はなかった筈がないのに、その点については何とも思っていないらしい。

蘭が新一にとって、どれだけ大切な存在であるのか。
槙子は、今は落ち着いた気持ちでそれを受け止める事が出来たのである。

「それはそうと。あの和服の女性・・・和葉さんは?」
「ああ。あれは、友人の妻で、オレと蘭に取っても友達だ。今回は、あんたを懲らしめようと思ってたから、蘭が死んでいると思わせる為に、和葉ちゃんにあんたの出迎えを頼んだんだよ」
「そうでしたの。・・・悔しいですから、お2人にお幸せになどとは、言いませんことよ。でもこれ以上は恥を晒さずに、退散する事にいたしますわ。ごきげんよう」

槙子はそう言って、工藤邸を去って行った。


   ☆☆☆


「ねえ、新一」
「ん?何だ、蘭」
「さっき言ってた・・・私が新一の『妻』って、どういう事?」

蘭に問われて、新一は慌てまくった。

「あ〜、えっと・・・いやだから、その・・・」
「だって私、新一の奥さんなんかじゃないでしょ!?」

蘭の抗議とも取れる強い口調の言葉に、新一は固まった。

「あ、あのよ・・・オレもオメーも、人間界に『戸籍』なんて存在しねえから、『籍入れる』なんてのは無理だけど、実質的にオレ達の生活は、夫婦同然なんだぜ?」
「違うもん。夫婦なんかじゃないもん!」

蘭が強硬に言い張り。
新一は殆ど泣きそうな気分になって来た。

『やっぱ、最初が最初だったし、蘭を術で無理矢理オレに縛っちまってる関係だから、蘭に夫婦とは思って貰えなくても仕方ねえか・・・?』

しかし、蘭の次の言葉は、新一の目を剥くに充分だった。

「だって。人間界では、純白のドレスか白無垢の着物を着て。教会か神社で、神様に誓いの言葉を捧げるのが、結婚するって事なんでしょ?」
「は・・・あ・・・?た、確かに、式を挙げる事って、人間界では重要な事だけどよ・・・(一体どこのどいつだ、蘭に、んな事を吹き込んだのはよ!)オメーさ、神様に誓ったり出来んのか!?」
「・・・そ、それは・・・」
「わーった。きっちりと、手配して結婚の儀式を行ってやっから!それまでは同棲状態の婚約者、結婚式を挙げたら正式な夫婦、そういう事で良いか!?」
「う、うん・・・」

殆どやけくそのような新一の言葉に、蘭は腑に落ちないような顔をしながらも頷いた。


蘭がどういった形であれ、新一の妻になる事を了承してくれた事は嬉しいが。
蘭は新一の真情をも聞いていた筈なのに、それに対しては何のリアクションもなく。
成り行きでの結婚という形になってしまったのは、何とも情けない話ではあった。

更に腹立たしい事に、その顛末を聞いた平次と和葉からは、予想通り、大笑いをされてしまったのであった。



ともあれ、新一は忙しい合間を縫って、蘭と「結婚式」を挙げる準備を始めたのであるが。
その前に波乱がいくつも起きるとは、今はまだ想像もしていなかったのである。


魔界に居る蘭の母親と邂逅した事で、もうひとつの重要な可能性を考えるべきだったのに、それを全く考えていなかった事が、新一の最大の敗因であった。



to be continued…



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<後書き>

魔探偵コナンの続きです。
3話の終わり方があんまりなので、続きを早くアップしないと石投げられそうだなあという事で、急いで第4話を書きました。
いや本当は、同時にアップ出来るように書き終わっていたんですけどね・・・まあ諸事情がありまして。

ともあれ、蘭ちゃんを助けるのは新一君、けれど、今回の助け方が何となく情けないような気がするのは、気のせいですか(泣)?

今回、平和とえりりんが出て来ました。
次回は、間違いなく・・・えりりんとくれば、勿論あの方ですよ、ええ。
しかも、怒りに燃えてます。とても怒ってます。新ちゃんピンチ!です(笑)。

そして、第2話で新一君の独白にちらりと出てきた、新一君の「友達とその彼女」が、出て来ます。
で、予定より早く、蘭ちゃんと来れば大親友の彼女も、出て来るかも知れません。

やっと、新蘭も心が通じ合ったように見えますが、実はまだそちらでも波乱があります。何しろ、ここに至っても、この話の蘭ちゃんには「自覚」がありませんから(爆)。


それと、魔探偵コナンには、第1話から続くアナザーバージョンのお話も出来ました。そちらも、いずれお届けする予定です。
実は第1話をアップ後に、続きを妄想してメールをくださった方がおられ、それがとても面白かったもので。よっぽどそっちの方に話を乗り換えようかと思った位でした(笑)。

そちらは、直接2話以降とは繋がりません。
そうですねえ。「らせん」と「リング2」の関係のようなものと、思っていただければ。

どちらも、お届けはいつになるか分かりませんが。
もうひとつの連載をそろそろ完結させたいので、この次こそは、そちらをお届けしたいなあと。予定は未定、ですが。


「File03:精霊」に戻る。  「File05:疫魔の王」に続く。