魔探偵コナン



byドミ



File01:出会い



蘭は、女性淫魔の1人だった。

淫魔は、人間の精気を糧としている。
殆どの場合は、異性の人間と交合し、その人間が絶頂に達したところで相手の精気を吸い取るのだ。

淫魔が与える快楽は強力で普通の人間には抗い難く、同時に淫魔に吸い取られる精気も大きい。
人間の中には、淫魔に魅入られて何度も交合を繰り返し、精気を吸い尽くされて命を落としてしまう者もあるほどだった。

蘭は淫魔には珍しく、まだ、人間・魔性を問わず男性との交合をした事がなかった。

淫魔は、人間に淫夢を見せ、そこから精気を吸い取る事も出来る。
しかし、直接交合するのに比べ手間がかかる上に、得られる精気も少ない為、その方法を取る淫魔は少ない。
蘭は、その数少ない淫魔の1人だった。


淫魔仲間のアヤメが、蘭に言った。

「蘭、私らは人間の女と違って、初めてでも苦痛がないし、妊娠する危険もないわ。おまけに、人間に快感を与えるだけじゃなくて私らもすごく快感得られるし。いっぺん実際にやってみなよ、手間がかからないし満腹になるし、気持ちいいよォ」

蘭はちょっと苦笑して答える。

「う〜ん、そうね。その内、その気になれる相手が出て来たら、考えるわ」
「今日も人間界に行くの?」
「うん、食事しなくちゃね」
「交合したら、いっぺんにたくさん精気補給できるから、しょっちゅう人間界に行かなくて良いし、楽なのに」
「そうかも知れないけど・・・」
「最近、何人かの仲間が狩られたばかりだから、気をつけてね」
「うん、ありがとう。行って来る」

人間界へと向かった蘭を見送ったアヤメに、別の女性淫魔・牡丹が声をかけた。

「蘭って、今時人間の女でも滅多にいない位に純なんだよね〜。蘭は自覚してないみたいだけど、交合するのは愛する相手じゃないと出来ないって思ってるみたい」
「愛・・・?まあそりゃあ、今迄にも人間と愛し合った淫魔は居ない訳じゃないけど・・・」
「その多くが不幸な結末を迎えてるわよねえ」
「それを考えるなら、蘭はずっと、今のままが良いのかも。でも、あの方法だと頻繁に人間界に行って『お食事』しないといけないでしょ?それもちょっと・・・」
「うん、最近は強力な退魔師がいて、何人も仲間が狩られているからねえ」

そう、2人が心配するように、最近は退魔師に淫魔が狩られてしまう事が多くなっていたのである。


   ☆☆☆


蘭は、繁華街に立っていた。
「エサ」を求めるには都合が良い場所である。
但し、なかなか思うような「エサ」に会いにくい面もあった。

対象となる人間の魂が高潔で生命力もあれば、混じり気の少ない強力な精気を持っている。
しかし、ここをうろつく人間は大抵魂が穢れていて、「食事」する気になれない薄汚れた精気しか持たない者が多い。
たまに綺麗な魂を持ち合わせていても、今度は生命力が弱いが為に、いっぺん精気を吸い取っただけで、こちらは満腹になれないのに相手の人間は憔悴してしまう事になりかねない。

「ふう。なかなか、居ないわねえ。以前アヤメに『グルメ』ってからかわれた事あったけど・・・やっぱり私って、贅沢なのかなあ?」

以前、アヤメとその話をした時は、

「だから、交合した方が楽なんだってば。相手の魂が多少汚れてようが、糧になる部分だけを取り込んで後はポイすりゃいいんだもん」

と答えられたものだった。

蘭は人目を引く容姿をしているが、ターゲットを絞っていない今は、自分が目立たぬように術をかけている。
人の目に見えていない訳ではないが、意識に残らないのだ。



通りを歩いている内に蘭はふと、あるビルの中で色々な感情と気が渦巻いているのに気付いた。
ビルの前には人間達が「パトカー」と呼ぶ、上にくるくる回る赤い光が点った車が止まっていた。

蘭は、一瞬だけ感じた強烈に輝く魂の光に引かれ、そのビルの中に入って行った。


床に倒れているのは、魂が抜け出た抜け殻の体。
流れ出した血が床に赤黒いシミを作っている。

周りを、数人が取り囲んでいた。
どうやら、人間が1人殺されて、人間の法で裁く為に、誰が下手人であるか捜査というものをしているらしい。


魔界においても、魔性が他の魔性に殺される事は時々ある。
このような「捜査」というものは存在しない、何故なら力の強い魔性は何があったかすぐに見抜いてしまうからだ。
事件を起こした魔性より更に上級の魔性の不興を買えば裁かれる事もあるが、そうでない限りは、そのまま捨て置かれる。


それはさておき、蘭が目撃したこの場面では。
そこに倒れている女の命を奪った張本人の男が、態度としては嘆き悲しんでおり。
その女の死を心底悼んでいる別の女が、犯人に仕立てられそうになっていた。

蘭には気の流れで分かる事が、人間達には分からない。
蘭が焦れったくなって思わず我を忘れて出て行きそうになった時、先程蘭が感じ取った強烈な魂の輝きが一瞬放たれ、男性の凛とした声が響いた。

「警部。その人は、犯人じゃありませんよ。とんでもないトリックでアリバイを作って有明さんを殺し不知火さんを犯人に仕立て上げようとした狡猾で残忍な殺人犯は・・・あなただ!」

そう言って、真犯人を指差したのは。
強い目の光を宿した、若い男性だった。
蘭が惹かれた強烈な気の輝きは、ホンの一瞬だけで、今は再びそれを秘めてしまっている。

ホンの少し垣間見ただけでもはっきりと分かる位に、その澄んだ気と満ち溢れる生命力は、蘭が知っている中でも、最高級クラスの魂の輝きだった。

これだけの輝きがあれば、毎日淫魔と交合して精気を吸い取られても大丈夫そうであった。(世の中には確かに、数は少ないが、強大な生命力の為に淫魔のパートナーとなれる人間も存在しているのである)

「すご・・・綺麗・・・あの人の精気だったら、とても美味しいだろうなあ・・・」

その男はまだ若く、背丈は標準よりやや高め程度だが、その体付きは細身でいながらしなやかな強靭さを秘めており、顔立ちも端整である。
スーツ姿が板についていた。
淫魔と人間の感覚は違うけれど、その男は人間界においても、多くの女性から想いを寄せられるだろうと思われる容姿をしていた。

この男性とだったら、直接交合しても良い。
蘭は、ふと思ってしまったその考えを、思わず自分で打ち消していた。

「ああ、下劣な事を考えてしまった。それだけ私、お腹が空いてるんだわ」


「工藤くん、それは本当かね?」
「けれど、諫早さんには、アリバイが・・・」

回りの人が口々に言い立てる中で、「工藤」と呼ばれたその男は、堂々と落ち着いた態度で、自説を展開していた。
いつしか周囲の皆がその話に引き込まれ頷いている。

蘭は、まだこの場所に居たかったが、空腹が頂点に達しそうになったので、止むを得ずその場を離れた。
あの工藤という男のお陰で、冤罪はなくなりそうだったので、その点は安心出来た。

蘭としては本当は、あの男から精気を得たいと思っていたのだが、今日彼は多分暫く1人になりそうもなかった。
後ろ髪を引かれる思いで、そこを離れたのだった。



その後蘭は、毎晩工藤という男を無意識の内に捜したが、見つかる事はなく。
仕方がなく適当な男性に淫夢を見せては僅かな糧を得るのを繰り返していた。

他の男に淫夢を見せながら、蘭は、あの工藤と呼ばれた男と肌を合わせている自分を夢想するようになった。

また、会いたい。
その気持ちは日に日に募るばかりだった。


それから数日経ったある晩。
蘭はターゲットを探していて、目ぼしい相手が見つからず焦っていた頃に。

突然、あの「工藤」という男のものに間違いない魂の輝きを感じ取ったのだった。

その輝きは一瞬ですぐに秘められてしまったが、蘭は、歩道を1人で歩いている彼を見つけた。


今夜こそ、この男性から精気を得たい。
蘭は人ごみを掻き分け、その男性に向かって歩いて行った。



「えっ・・・?」

蘭は今夜も、自身に目立たないよう術をかけていた。
だから、相手に気付かれる筈はないというのに、その男性は視線を動かし、真直ぐに近寄って来る蘭を見詰めたのだ。

「こんばんは、お嬢さん。何か御用ですか?」

蘭の頭の中で警鐘が鳴る前に、蘭はその瞳に引き込まれ、声に聞き惚れていた。

「あ、あ、あのっ・・・お1人なら、お茶でも一緒に如何ですか?」

そう言って、蘭は男性の顔を上目遣いで見る。

淫魔は容姿が並外れている上に、独特のフェロモンを発しているので、普通の人間の男性であれば、まずそれだけで「落ちる」のだ。

その男性は、ちょっと驚いたように目を見開いたが、すぐに笑顔になって言った。

「喜んで。でも、君、お腹空いてないかい?まずは食事にでも・・・」

そう言って、その男性は蘭の方に手を差し出してきた。
蘭はぼうっとしたまま、その手を取る。
手が触れても、今迄の「エサ」と違い、全く嫌悪感を感じない。
この男性の精気はどれ程に美味だろうかと蘭は考えていた。


淫魔である蘭は、自分がこの男性に強烈に感じている「食欲」が、別の意味をも持っている事に、すぐには気付けなかった。
そして、その男性が「お食事でも」と言った裏の意味に気付く事は、更に無理だったのである。



「オレは、工藤新一。探偵さ。君は?」
「わ、私は・・・蘭っていいます。毛利蘭」

蘭は、人間界でいつも使う名を口にした。
新一と名乗った男性は、

「蘭、か。君に相応しい可愛い名だね」

と言った。

人間の女性であれば、ボーっとなるか、「気障!」と呆れるか、どちらかであろう。
しかし、美味しそうな精気を前にして空腹感が増してしまった蘭は、そんな事を考える余裕もなかった。



連れて行かれたところが高級レストランである事は、淫魔の蘭にも分かった。
淫魔は、人間の食べ物を口にする事は出来るし、味を楽しむ事も可能だ。
しかし、全く糧になる訳ではないので、美味しい料理を口に運びながら蘭は「お腹空いたなあ」と考えていた。

対象となる「人間」が空腹であれば、精気が充分吸い取れないので、淫魔の「食事」の前に、一緒に「人間の」食事を取るのは、必要な事なのである。
人間の食事、そして淫魔の食事を取る為の場所、そこら辺で多少はお金がかかるし、淫魔は人間界のお金を持ち合わせていないので、ある程度「お金を持っている人間」が対象になる面はある。

この工藤新一という男性は、その点でも合格だった。
このレストランの食事は値段が高そうだが、その分、蘭の舌にも美味しく感じられる食事を提供していた。


食事と共に運ばれてきたワインも素晴らしく美味しいもので、蘭はついついお代わりをしてしまった。
魔性の者であってもアルコールは効果がある。
蘭はほろ酔いで、良い気分だった。
そして、目の前の男が、ほくそ笑んでいるのにも気付かなかったのである。



レストランを出た蘭は、いよいよ「食事」をするべく、新一に切り出した。

「あの・・・不躾なお願いなんですけど・・・私今夜、寝るところがないんです。寝床を提供していただけませんか?お礼に出せるのは、この体しかないのですけれど・・・」

蘭が恥ずかしそうに新一を見上げて言うと、新一は笑って返した。

「一宿一飯のお礼が、君を抱く事なの?また、随分安いもんだねえ。君ならその気になれば、もっと高く売りつけられるだろうに」

普通の男だったら、淫魔の誘いを断るなどまず不可能だ。
しかし、おそらく新一はその魂の輝きから見て、魔性に対しては耐性がある。
人間の女性としての「正しい」誘い方など、蘭は知らない。
蘭は、新一が断って来たらどうしようと半ば不安になりながら、新一を見詰めた。

新一は、ちょっと真顔になって言った。

「OK。ありがたくお礼を頂くよ。その代わり、後で嫌だと言っても、おせーからな」

蘭は少しホッとしながら頷いた。



新一が蘭を連れて入ったのは、食事をしたレストランが入っていたホテルだった。
蘭が誘いをかけた男は、大抵ラブホテルに蘭を連れ込んだので、蘭はちょっと奇異な想いを抱いた。
とは言っても、蘭は、人間界の仕組みなどにそう詳しい訳ではなかったので、「一般人が予約もなく飛び込みでまともなホテルの部屋を取るのは簡単ではない」事も分かっていなかった。


部屋に入った蘭は、さっそく新一に術をかける。
この男性とだったら交合してみたい、そう思っていたのに今までの他の人間と同じく淫夢を見せる方法を使おうとした訳は、直接交合して精気を奪うと、殆どの男性が息も絶え絶えになるからである。
蘭は、新一をそういう風にはしたくなかったのだ。

新一は蘭の術で朝まで何も知らずに眠りこけ、夢の中で蘭を抱き、蘭は少しだけ新一の精気を奪う、その筈だった。

けれど。
新一が眠りに落ちる事なく、蘭の方へ向き直ったので、蘭は焦った。

次の瞬間、蘭は新一に抱きすくめられ、唇を奪われていた。

「んっ・・・!!」

新一の舌が蘭の口腔内に侵入する。
蘭は淫魔であるけれど、男性との口付けは、それこそ生まれて初めてだった。

新一に口付けられるのは、嫌ではなく・・・むしろ快感ですらあったのだが。
蘭は自分の術が通じなかった事で、混乱していた。



ふわっと蘭の体が浮いた。
口付けられたままに、新一に抱き上げられたのだった。

そしてそのまま、蘭の体はベッドの上に下ろされた。

新一の手が蘭の服のボタンにかかり、脱がされて行く。
新一の唇が蘭の喉元に移り、蘭の唇は開放された。


「あ・・・やっ・・・やめてっ・・・」

蘭は思わず懇願の言葉を漏らしていた。

ふと新一の手の動きが止まり、新一が顔を上げて、蘭の瞳を覗き込む。

「言った筈だぜ。後で嫌だと言っても、おせーって」

確かに、新一はそう言ったが、蘭は新一に淫夢を見せて誤魔化す筈だったので、その言葉を聞き逃してしまったのだった。

新一の目の光に、蘭は戦慄する。
食事の時までは感じなかった、新一の瞳の奥に燃える欲情の色に、蘭は身動きが取れなかった。

「それでも、本気で嫌なら・・・抵抗してみな。オレは嫌がる女を無理矢理奪うのは趣味じゃないんでね。オメーが本気で抵抗するなら、これ以上何もしねーぜ」

そう言いながら、新一は再び蘭の喉元に舌を這わせ、掌で服の上から蘭の体をまさぐる。

「あ・・・ああっ・・・!」

蘭は、抵抗出来ない自分を自覚していた。
最初に新一を見た時に、この男性とだったら交合しても良いと思ったのだ。
本気で嫌な訳ではなかった。

けれど・・・いくら淫魔であっても、初めての思いがけない出来事に、混乱して怖かった。
新一に「術が通じなかった」事が怖かったのだ。



靴がいつの間にかベッドの脇に転がったのにも、蘭は気付かなかった。
蘭は抵抗出来ないままに、服を脱がされ、身を覆うものは、秘められた場所を覆う布一枚だけになってしまった。

新一の手と唇が、蘭の肌をくまなく愛撫して行く。
生まれて初めての快感に、蘭は体をくねらせ、あられもない声を上げていた。

蘭のその部分からは、蜜が溢れ出している。

「ああっ・・・んんっ・・・はああん・・・」

新一のものが硬くそそり立っているのが、布地越しに感じられた。
蘭は快楽に身をくねらせながら、早く新一のその部分で自分の中を激しく突いて欲しいと強く願っていた。
たとえ経験がなくとも、淫魔が本能的に知っている感覚なのだ。

「すげ・・・すべすべして気持ち良いよ、オメーの肌」
「あ・・・ん・・・」

新一の指と掌が、唇と舌と熱い吐息が、鼻先が前髪が、蘭の肌の上を滑って行く度に。
ぞくぞくと粟立つような快感が、蘭の下腹部を貫いて行く。

新一の手が蘭の胸の双丘をゆっくりと揉みしだいた。

「それに、オメーの胸・・・大きくて形が良いし、柔らけー」
「あんっ!ああ・・・」

蘭はさらなる快感と刺激を早く与えて欲しくて、焦れたように新一の頭を抱き寄せる。


新一はついと蘭の胸の果実をつまむと、口に含んで強く吸った。

「んああああああっ!!!」

蘭は体中を貫く快感に、思わず新一にすがり付いて背をのけぞらせた。


「ふっ・・・やっぱ、すげー感じ易いんだな、オメー・・・」

イッタ反動でぼんやりしている蘭の耳に、衣擦れの音と金属音が聞こえ・・・新一が自身の服を脱いでいる音だと蘭が気付いた時には、裸になった新一の体が覆いかぶさって来た。
一見細身だが、裸になると新一はきっちりと筋肉がついた体をしていて、抱きしめる胸板と腕のしなやかな堅さに、蘭は目まいがしそうになった。

蘭のその部分は、もうしとどに濡れそぼっている。
新一の手が最後の布を取り去り、蘭の両足が大きく広げられた。

蘭は目を閉じていたが、新一の視線が蘭のその部分を見ている事を痛いほど感じた。

「綺麗だ・・・蘭・・・」

堅く大きく天を向いてそそり立ち、その先端から先走りを滴らせた新一のものが、音を立てて一気に蘭の中に入って来た。

「あっ・・・あああああん!」

男性と交わるのは初めて・・・とは言え、蘭は人間の女性ではなく淫魔。
慣らしなどしなくても蜜を溢れさせた蘭のそこは、新一のものをすんなり受け入れ、蘭の体は、今までとは比べ物にならない快感に支配されていた。

「蘭。これでオメーはオレのもんだ・・・」

新一がそういうのが聞こえたが、蘭にはその意味がよく分からなかった。
新一は一気に蘭の奥まで入り、間をおかずに激しく腰を打ちつけ始めた。

「誰にも・・・渡さねえ・・・」

隠微な水音が部屋中に響き渡る。

新一の律動に合わせて、蘭も自然と腰を振っていた。

「くっ・・・すげ・・・いいぜ、蘭・・・」
「あっあんっはんっ・・・あああん、新一、新一・・・」

蘭は新一にしがみついてうわ言のように名を呼んだ。



激しい動きの中で、2人とも絶頂に達するのは早かった。

「ああああああっっ!!」

蘭の両足が新一の腰を締め付ける格好で全身が痙攣したように震え、それと同時に新一のものが大きく脈打って蘭の奥に熱いものが放たれ・・・同時に強大な精気が蘭の中に吸い取るまでもなく流れ込んできた。

「あ・・・美味しい・・・」

思わず蘭は呟く。
今迄吸った精気の中では1番美味で大量で、蘭は生まれて初めて満腹感を覚えた。



新一は蘭の中で暫く余韻を楽しむ風だったが、やがて、蘭の中から力を失った自身を引き抜くと、蘭の隣に身を横たえた。

女性淫魔との交合を果たした人間の男性は、精気を吸い取られて暫く気を失うのが普通である。
人によっては心臓麻痺を起こす事すらある。
しかし、新一は流石に少し疲れている風であるが、意識は清明で、まだまだ元気な風だった。
流石に強大な気を持つ新一だ、と、蘭は感心していた。


少し経って、蘭は自身が初めて男性と交合を果たした事に今更のように気付き、裸のままの自身の姿を見て、ふと恥ずかしくなった。
流石に、人間の女性のような「捧げた」とか「奪われた」とか「失った」とかいう感慨はないものの、すごく不思議な気分だった。

『アヤメ達が言うように、すごく、気持ちよかった。お腹いっぱいになったし。でも・・・』

何となくだが、他の男性だったらやっぱり嫌だったような気がする、と蘭は思った。
きっと、新一の精気がそれだけ純粋で強大だったからだろうと、蘭は自身の中で結論付けた。



蘭は視線を感じ、新一がじっと自分を見詰めているのに気がついた。

「な、何・・・?」
「腹、いっぱいになったか?」
「え・・・?」
「今、『食事』したろ?ちょっと位精気吸われたくれーでどうにかなるオレじゃねえけど、流石にちと堪えたかな?」

新一の言葉に、蘭は固まる。
その意味にどこかで気付きながら、信じられない思いで蘭はただじっと新一を見詰めた。

「いや。珍しいものを引っ掛けたな、って思ってよ。バージンの淫魔なんて、滅多にお目にかかれるしろもんじゃねーし」

蘭は弾かれたように身を起こした。

「な、ななななな!?」

新一はにやりと笑って体を起こした。

「何故、オメーの正体を知ってるかって?それはな・・・オレのもうひとつの顔が、退魔師だから。そして、そちらの通り名は、コナンってんだ」

「魔探偵コナン・・・!」

蘭は、息を呑んだ。

幾人かの退魔師は、その強大さと葬り去った魔性の人数故に、魔界にも名が轟いていた。
「魔探偵コナン」はその中の1人であり、おそらく中でも1、2を争う実力の持ち主だった。
彼を討とうとして返り討ちにあった魔性も数知れない。

道理で、強大な精気を持ち、蘭の術が通じなかった筈だ。
蘭は思わず身を守るように両腕で自身を抱きながら後退った。

「わ、私を・・・狩るつもりで・・・近付いたの・・・?」

思わず声が震える。

新一は、一瞬目を見張った後、頭をガシガシと掻いた。

「あのな。近付いたのはオメーの方だろうがよ。それに、いくら退魔師っても、魔性となれば見境なく狩ってる訳じゃないぜ。オレが狩るのは、基本的に人間に仇なすものに限ってるよ。淫魔でも、取り殺すほどの事をしてねー奴は、見逃してる」

蘭はそう言われて、「魔探偵コナン」に狩られた淫魔が殆ど居なかった事を思い出した。

「じゃあ、何故、私を・・・?」

そう問う蘭に、新一はにやりと笑って答えた。

「ん?そりゃあ・・・オメーは可愛くて綺麗でオレ好みだったし、淫魔を抱くと気持ち良いって話は聞いてたからさ。おまけに、オメーは淫魔の癖に、実際に男と交わった事がねーって変り種。楽しませてもらったぜ」
「な・・・なっ・・・!!」

蘭は、無性に腹が立って来た。
思わず目に涙を浮かべて枕を投げつける。

「こ、このペテン師、スケベッ!」
「おいおい・・・ペテン師はねえだろ?だって最初に、『食事』と寝床のお礼に体を差し出すって言ったのは、そっちだぜ」


確かに、そうだ。
騙したのはお互いで、どちらかと言えば蘭の方が(失敗したものの)ペテンにかけようとした罪は大きいと、蘭も頭では分かっていた。
けれど、何か割り切れないものを感じて、目に涙を溜めて新一の胸をポカポカ殴りつけた。

「いて、いてっ・・・こら、やめろ!」

新一が蘭の両手を掴み、そして蘭の唇が新一の唇で塞がれた。
蘭はそのまま強い力で抱きしめられ、抱き合ったまま2人はベッドに倒れこんだ。

やがて蘭の口からは、再びあられもない声が上がり始めた。
蘭は新一を受け入れながら、人間の女性ならともかく、淫魔を一晩に2度も抱くなんて、何とタフな男だろうと、妙に感心していたのだった。


   ☆☆☆


「ねえ、蘭。何ぼんやりしているのよ?」
「あ、アヤメ・・・何でもないよ・・・」

魔界に戻った蘭は、ぼうっと空を見詰めては溜息をついていた。
人間界で新一に出会って抱かれたあの時から、3日しか経っていない。
強大な気を持つ新一と2度も交合をして大量の精気を取り入れたので、まだお腹が空いている訳ではなかったが、新一に抱かれた時の事を繰り返し思い出しては、体の奥が疼くような思いをしていた。

話を聞いた(と言っても、流石に新一が魔探偵コナンであった事実は伏せていたが)アヤメと牡丹は、事もなげに言った。

「そりゃ、エッチの快感を覚えちゃったから、またしたいって事なんじゃないの?」
「えええっ!?それじゃ私って、まるで淫乱じゃない!」

アヤメと牡丹は顔を見合わせて苦笑する。

「あのねえ。私らは『淫魔』なのよ。淫乱なのが、当たり前なの」
「でもまあ、お腹が空いてないのなら、相手は人間の男じゃなくっても良いでしょ。私ら淫魔の相手だったら、どの魔性も喜んでやってくれるよ」

アヤメと牡丹の言葉に、蘭はぽかんとした顔をした。

「え?他の魔性の男性と・・・?無理だよ、そんなの」

蘭の答えに、アヤメと牡丹は不思議そうな顔をした。

「え?どうして・・・?」
「私は、男性と交合したいんじゃないもん。私が抱いて欲しいのは・・・」


   ☆☆☆


間もなく蘭は、再び人間界へと向かった。
アヤメと牡丹は、おそらくもう滅多に帰って来ないだろう友の事を思い、溜息をついた。

「抱いて欲しいのは新一だけ、って言いながら、自分の気持ちにまるきり気付いていないってのもねえ」
「でも、その鈍感さが、蘭らしいと言えば、言えるけど」


   ☆☆☆


人間界へと向かった蘭が降り立ったのは、大きな屋敷の広間のような部屋だった。
このような場所は初めてである。
何か落ち着かない気がして周囲を見渡すと、蘭が立っているのは魔法陣の中だった。

「・・・!!!」

蘭は、自分が召喚された事を知って、青くなって慌てた。
召喚された魔法陣からは、簡単に逃げ出せるものではない。
考え込んでいる内に、広間のドアが開き、屋敷の主らしき人物が姿を現した。

「やあ、来たね」

蘭は息を呑む。
蘭が会いたいと願っていた人物が、そこにいたのだった。

「そろそろ蘭が、オレに会いに来る頃だと思ってさ。オメー、オレんち知らねえだろ?だから探さなくてもすぐ来れるように、オレの方で準備しといた」

蘭が新一に会いたがっていたのは事実。
けれどそれを新一の方からしゃあしゃあと言われると、何だか腹が立った。

「だ、誰がアンタに会いに・・・私はただ、お腹が空いたから、食事をしに人間界に来ただけよ!」

自分で強がりだと分かっていながら、そっぽを向いてそう言った。

「食事?オレ以外の奴から精気を取るのは、無理だから諦めた方がいいぜ」

新一にそう言われ、蘭は首を傾げる。
確かに蘭は今、新一以外の男性から精気を貰いたいなど、欠片も思っては居なかったけれど。

「オメーが、オレ以外の男から精気を奪えねえように、こないだ術をかけといたからな」

新一がにやりと笑って言った事に、蘭はプチンと切れた。

「ななな・・・!卑怯者!元に戻しなさいよ!」

蘭が自力で出られないで居る魔法陣に新一は入って来て、蘭をひょいと抱き上げた。

「そうは行かねえ。この前オメーは男と直に交わって精気を取る方法を覚えた。今迄は淫夢を見せるだけだったんで吸われた精気も高が知れてるが、この先手当たり次第に食事をすると、人間を殺しかねねーぞ。そうじゃなくても、あんだけ精気吸われりゃ、健康を損ねかねねーし、大迷惑だ。オレだったら大丈夫だから、精気吸うのはオレ1人で我慢しときなよ。だったらオメーを狩らずに済むしさ」

新一に抱き上げられ最初は暴れていた蘭だったが、新一の言葉を聞いている内に大人しくなった。

「自分ひとりが犠牲になる気?第一、新一のメリットはどこにあるのよ?」

蘭が問うと、新一は肩を竦めて答えた。

「別に、正義の為だけに、なんて戯言言う気はサラサラねーぜ。オレのメリットとしては・・・そうだな。探偵と退魔師の2足の草鞋履いてる俺としちゃ、まともに彼女作ってる暇もねえんだが。やっぱ、それなりの欲望ってもんはある。で、可愛い淫魔とのセックスは、噂通りとても気持ち良いもんだったし。オレとしちゃ、『相手に不自由しないで済む』のが最大のメリットだな」

蘭を抱き上げたまま、新一は階段を上って2階に向かった。
ドアが開けられたそこには、真新しいシーツとフカフカの羽根布団がかかっている、大きなダブルベッドがでんと置いてあった。
新一はその上に蘭をそっとおろすと、抱きしめて口付けながらすぐさま服を脱がしにかかったのだった。

その部屋から、あられもない声が響き始めるのに大して時間は要さなかった。


1人暮らしだった新一が、蘭を迎える為に急いで新しい寝台と寝具を用意した事を、蘭が知るのは、ずっと後の話になる。




こうして、工藤新一こと退魔師「魔探偵コナン」に、人外の同居者が出来たのであった。

蘭は淫魔で人間の食べ物は要らないくせに料理上手だったので、新一はいつも蘭の手料理に満足し。
蘭は毎晩のように食欲と性欲とが充分に満たされ。
蘭としては、新一と持ちつ持たれつの同棲生活の始まりであった。

いくら元々並外れて精気に溢れているとは言え、一応人間である新一が、毎晩蘭に与える為の自分の精気を切らさないように、日々の修行と栄養補給に務めていた事は、蘭が知らない事実だった。



新一が何故術をかけてまで蘭を縛り付けたのか。
蘭自身が何故他の男性と交わる気にならないのか。

そういった事を蘭が知るのは、まだまだ先の事であった。



Fin.



+++++++++++++++++++++++++

<後書き>

連載中のお話をほったらかし。
今旬(?)の逆プロポーズネタでもなく。

思いついたが吉日(???)の突発駄文です。
その上、いつにも増してぶっ飛んだお話で、申し訳ありません。
いや、連載中のお話がかなり重いので、気晴らしに軽目のお話を書きたいなあと思ったら、こうなっちゃいました(笑)。

蘭ちゃん人外のパラレルは、初めてです。しかも、蘭ちゃんが「淫魔」というとんでもない設定で(汗)。
淫魔仲間がオリキャラなのは、まあ何と言いますか・・・「男性経験がない変り種の淫魔」がそんなにたくさん居ても変ですし(笑)。

別にこれの対という訳ではないのですが、新一くん人外ネタ裏パラレルも、構想だけはあったりします。

で、妙に興が乗ってしまったので、続きも多分・・・出ると思います。


 「File02:可愛い淫魔」に続く。 〜アナザーバージョン〜(2)に続く。