魔探偵コナン



byドミ



番外編:御吉野の



(2)遠い記憶



別の部屋で。
平次は縁側に座り、落ちつかなげにざわめく桜を見ていた。
和葉が隣に腰かけて声をかけた。

「平次。まだ今の季節、夜風は人間には堪えへんの?」
「アホ。オレはそないにヤワやない。それに・・・」

ざわめく桜の中で、平次は自身の熱が高まっているのを自覚していた。
冷たい風を浴びる位が、丁度良い。

「あ・・・!」

突然和葉が声をあげた。

「和葉?赤うなって、どないした?」
「・・・吉野の山桜が見とる事は、全部アタシにも見えるんや。あん人ら、節操無さ過ぎやで、ホンマ!」

平次は、和葉が見たものが何か、見当がついて、苦笑いする。

「ははあ。そういう事かいな。ま、大目に見たったり。工藤は、何百年という人生の中で、ようやく工藤の女に巡り会えたんや。それからまだ2年も経ってへんのやで」
「そん位、分かっとる。けどせめて、部屋ん中でやって欲しいわ」
「・・・せやけど、そん桜が、工藤を狂わせとんのやで」
「平次?」
「工藤も、オレも。一応は、人間や。オレ達は、魔性の力には、耐え得るんやけど。桜の狂気に、支配されてまう」

平次が、和葉の頭のリボンを解きながら、囁くように言った。

「和葉。兄弟達に見られとうないんやったら、部屋ん中に」

そう言って平次が、和葉を抱き上げた。
和葉を抱えたまま器用に障子を開け、部屋に入り、また障子を閉めた。

「平次・・・?」
「あれ以来、ここに来るのは初めてやな」
「うん、せやね・・・」

平次は、和葉の体をそっと布団に横たえ、浴衣の帯をとき、袷を広げた。
下着は何も着けていない。

平次は、和葉の太腿の付け根に、唇を寄せた。

「ひあ・・・っ!」
「和葉。ここに、黒子(ホクロ)があんのやけど、気付いとるか?」
「は?そ、そうなん?」
「前の和葉も、ここに黒子があったんや」
「!!」

和葉は、目を見開いた。
一応、今の自分は、人間の和葉の生まれ変わりだという事を、納得しているけれども。
そのような転生のしるしがあったとは、知らなかった。

「吉野の山で、お前を見つけて。和葉に間違いないと思うとったけど、こん黒子を見つけた時、オレは・・・」

平次は淡々と語っているのだが、その声に潜む切なさに、和葉は胸が締め付けられる思いだった。


今の和葉が、目覚めた時。
いきなり、目の前に居た平次に抱きすくめられて。
そのまま、この隠れ宿で、訳の分らぬ内に平次に抱かれた。

『せやね。もし、平次の勘違いで、アタシが人間の和葉さんとは縁もゆかりもないんやったら。そもそも、蔵王権現様のお膝元で、平次がアタシに触れるんを、許される筈あらへんのやし』


生まれ変わる事を信じてくれて、生まれ変わった自分を見つけてくれて、ありがとうという想いと。
前世を思い出せない、切ないもどかしさと。
ふたつの想いに、和葉のまなじりから涙が溢れた。

「和葉・・・」
「あっ・・・はああっ・・・ああああん!」

精霊たちの体は、人間の女性と、何ら変わりはない。
平次と数十年連れ添った和葉の体は、平次の愛撫にみだらに反応し、肌は赤く色づいて行く。
芳香を放つ秘花は蜜を溢れさせ、平次の怒張した男根を受け入れて、歓喜の声をあげる。

平次は、和葉の両足を抱え上げながら、深く深く楔を打ち込み、律動を始めた。
和葉の丸く白い乳房が、激しく揺れ、頂きの赤い果実が、固く立ち上がる。

2人の繋がったところから、隠微な粘着性のある水音が響いていた。

和葉は、高く低く、あられもない声を上げ、平次にしがみつく。
平次は、時折呻き声のような声を上げ、汗を滴らせながら、激しく動いていた。

「へ、へい・・・じ・・・アタシ・・・もう・・・アカン・・・」
「か、和葉・・・まだまだ・・・やで・・・」
「あ・・・あああああはああああっ!!」

和葉の意識が、白濁する。
その瞬間。

和葉の頭の中に、和葉の手を握って必死に訴える平次の姿が、浮かんだ。



『あかん!和葉、逝ったらあかん!』
『平次・・・堪忍な・・・アタシ・・・白髪が生えて・・・よぼよぼのお婆さんになってまうまで・・・一緒やって・・・誓ったんに・・・』
『和葉!』
『アタシ、幸せやった・・・アタシ、きっと生まれ変わるから・・・必ずアタシを見つけてな・・・』


   ☆☆☆


場面は変わる。
平次は、髪型や服装以外、全く変わりないが。

和葉はまだ小さいらしく、平次を見上げている。

『平次。アタシが大人になるまで、待っとってな』
『焦らんかてええ。お前が大人になるんは、あっという間や』
『けどアタシ、早う大人になりたい』
『和葉が大人になった頃は、こないな化け物男の事は忘れて、和葉に見合う他ん男とねんごろになっとるかも知れへんで?』
『そないな事、あらへん!アタシは絶対、平次のお嫁さんになるんやから。浮気せんと、待っとってな!』

平次は、寂しげに笑った。

人間だった和葉が幼い頃。
既に大人の姿になっていた平次に、纏わりついて、離れなかった。


桜の花が大好きで、花見の度にはしゃぐ和葉に、平次が

「いつか吉野のお山に連れてったる」

と約束したのも、その頃である。


和葉は、ずっと平次と一緒にいられるものと信じて疑わなかった。
幼いながらも、和葉が平次に寄せる想いは既に、女性が男性を恋うる感情だった。

最初は、子供の幼い想いと、微笑ましく見ていた周りの大人達だったが。
和葉が数えの15歳を迎えても、平次に纏わりつくのを見て、次第に眉を顰めるようになって来た。


『お父ちゃん、平次に会うたらあかんって、何でなん!?アタシは・・・』
『和葉。平次君はごっつエエ青年や。彼が普通のお人やったら、俺も何も言わへん。けど、平次君は俺よりずっと年上なんやで』
『それが、どないしたん!アタシは、アタシは、平次とずっと一緒に居たい、それじゃあかんのん!?』
『和葉。お前は、やがて歳老いて、皺くちゃでよぼよぼの婆さんになるんやで。その時も、平次君は、今の姿のままや。それでも変わらず愛しんで欲しい言うんは、虫が良過ぎる願い事ちゃうか?』

父の厳しい言葉に、和葉は息を呑んだ。

『たとえ、平次君が、そんなお前でも変わらず愛しんでくれたとしてもやな。お前は、間違いのう、平次君を置いて先立ってしまうんやで。平次君の為を思うんなら、そないな辛い目ぇに遭わす真似は、でけへんやろ』

さすがに和葉は、打ちのめされた気持ちになった。
もし平次が、和葉の想いに応えてくれた場合には、いずれは和葉が先立つ日を迎え、後に残される平次を苦しめる事になってしまうなど、考えても居なかった。


   ☆☆☆


ある日の事、平次の家に料理のお裾分けを持って来た和葉は、滅多に見ない人物が、平次の家に入って行くのを見た。

『服部、暫くだな』

平次が、満面の笑顔で訪問者を出迎える。

『工藤。遠路はるばる、よう来たなあ』
『上方で、怪しい動きがあるって話を聞いたからな』

平次が笑顔で新一を迎え入れるのを、和葉は強い嫉妬を覚えながら見た。
二人が、衆道の関係ではない事も分かっているし、平次も新一も、そういう意味で男性に興味がない事も分かっている。
けれど、平次が新一に向ける笑顔は、決して和葉に向けられる事がない表情だと、和葉は感じていたのだ。

和葉は、いけない事だと思いつつも、こっそりと軒先に回り、音を立てないように縁側に上がって、二人の話を盗み聞いた。

『怪しい動き・・・、天子様の屋敷での事やな?』
『ああ。オレ達は、基本的に、まつりごとには関与しないから、今や天子という存在が世間に忘れられていようが、幕府が明日転覆しようが、そこら辺は民衆次第だが。時の権力が解決に難渋している殺しの事件と、妖かしが関わって来る事件とは、守備範囲だからな』
『工藤も、今回の件、魔性絡みと見とんやな』

当たり前と言えば当たり前だが、どうやら真面目に「仕事」の話らしい。
和葉は、盗み聞いている自分が、恥ずかしくなって来て、その場を離れようとした。
しかし、平次の次の言葉に、固まってしまう。

『工藤。お前は、女を好きになった事はあらへんか?』

暫く、新一の答はなかった。
和葉は思わず固唾を飲み、その音が平次達に聞こえたのではないかと慌てた。

『残念ながらと言うべきか、幸いと言うべきか、分かんねえけど、とりあえず、恋うるという意味で好きになった女性は居ないな』
『何やその、恋うるという意味ではっちゅうのんは?』
『あーだから、ま、仲間として信頼するとか、親しみを感じるって意味での好きなら、何人かは居たよ。男女関わらずな』
『何や、そういう意味かいな』
『服部。オレにそういう事聞くって事は、誰ぞ想う女性でも、出来たか?』
『分からへん!』
『服部?』
『赤ん坊の頃から知っとる相手や!この手でオシメ取り替えた事もある、オレには娘同然の相手や!大事な存在なんは確かやけど、女として見るなんて事はあらへん筈やったんや!』
『遠山奉行殿の、娘御か・・・』
『なっ!工藤、何でそれが!』
『バーロ。他に該当者は居ねえだろうがよ』

物陰で、和葉が息を呑む。
平次が、和葉の事を考えて悩んでくれていた、それだけでも嬉しくて、胸が詰まる。


『誰だ!』

いきなり障子が開けられて、和葉は悲鳴を呑み込み、身を縮めた。
縁側に出て来た新一と、目が合い、新一は目を丸くした。

和葉は、怒られるかと思って、身を縮めていたが。
新一は、ふっと優しく微笑むと、部屋に戻って障子を閉めた。

『工藤?どないした?』
『いや。猫が一匹、居ただけだ』
『猫?使い魔やあらへんやろな!?』
『魔性の気配は全くない。可愛い猫だったよ。で、服部、オメーは、遠山殿の娘御を、女性として意識するようになったって事だな』

和葉の存在を承知の上で、新一が平次に話の続きを促す。
和葉は、震える手を握りしめた。

『和葉が、オレを慕ってついて回るんは、子供の戯言の範囲、ただ懐いとるだけ、そう思っとった。けど、年頃になってもあいつは、変わらずオレを慕ってついて回る。それがオレは・・・嬉しいのと同時に、苦しくて堪らへんのや・・・』
『苦しい?』
『工藤、お前もそうやろ?この仙人と化した身では、似たような命を持つ女以外とは、真剣に愛を交わすんは避けよう、思うてる筈や!』
『・・・オレは別に、意図してそうしている訳じゃねえ。けど、オメーの言う事も分かるよ。確かに、普通の人間の女性と愛し合うのは、先に辛い別れが待ってると思うと、二の足を踏むよな』
『和葉かて、今はまだまだ子供や。オレがいつまで経っても歳を取らん化けもんやいう意味が分かったら、オレから離れてまうかも分からへん。けど、それやったらまだ、辛くても耐えられるやろ思うで』
『いずれ、彼女が天寿を全うして、先立った時の慟哭を、耐える自信がねえ、か・・・』
『・・・なあ、工藤。オレはどないしたらええ思う?』
『何が最善の道なのか、オレにも分からねえさ。ただな、服部。もっと単純に考えても良いんじゃねえかと、オレは思うぜ』
『どういう意味や?』
『オメーが、彼女の思慕をどこまでも拒絶した場合。今の世の中で、女が一人で生きて行くには尼になるくれえしかねえからよ。彼女が、いずれ他の男のもんになるってこった』

新一の言葉に、平次が息を呑んだ。
そしてそれを、物陰で聞いていた和葉も、息を呑んだ。

『彼女が他の男の元に嫁ぐのを耐えられるか?いや、もっと有り体に言うなら、彼女が他の男に抱かれるのを、黙って見ていられるか?』
『あ、あいつが・・・他の男と?』
『・・・時間はある。ゆっくり考えてみるんだな』

そう言って新一は、お茶を啜った。



和葉は、そっとその場を離れた。
胸がドキドキと高鳴っている。

今迄、具体的に考えた事はなかったが、誰かと夫婦になるという事は、その男と肌を合わせるという事だ。

この時代の武士階級の娘だから、和葉は勿論、処女である。
だが、嫁入り前の娘として、貞操教育の一環で、夫婦の営みについても、少しは知っていた。

和葉の中で、結論はハッキリしていた。
平次とだったら、そういう事になっても、絶対嫌じゃない。
けれど、他の男とだったら、ぞっとする位嫌だった。


『もし、平次がどうでもアタシを嫁に貰ってくれへんのやったら、そん時は、お父ちゃんに頼んで、尼さんになるしかあらへんな』

平次が和葉の事を考えてくれていた事を知っただけで、和葉は嬉しかった。
だから、たとえ平次が、和葉を受け入れないと決断を下したとしても、辛いけど受け入れられると、和葉は考えていた。



(3)に続く



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<後書き>

2007年春、吉野の花見に訪れた時。
魔探偵コナンは、まだ本編連載中だったのですが。
このお話の中のように、ロープウェイに乗り、道を歩き、蔵王権現にお参りしている間、ずっと、彼らの妄想が、頭の中を渦巻いていました。

魔探偵コナン連載開始当初、和葉ちゃんが人間だった前世の事を、書く気はなかったのですが。
吉野のお山で妄想が膨れ上がり、書かずにはいられなくなってしまいました。


余談ですが。
あえてハッキリ描写はしませんでしたけど。回想の中の和葉ちゃん、平ちゃん新ちゃんは、皆、この頃の格好をしています。
服もですが、髪形もです(笑)。
青山絵には似ても似つかぬ私の絵で描くと、あの「記号」がない為、「これ、誰?」になってしまうのは、間違いありません(爆)。


(1)「魔性の桜花」に戻る。  (3)「約束」に続く。