魔探偵コナン



byドミ



<お読みになる際のご注意>
*当然ながら、このお話はフィクションであり、登場する鉄道会社やICカードは、全て架空のものです。実在のものと似ているような気がするのは、気の所為です。
蔵王権現を祭るお寺は実在しますが、隠れ宿坊は、現実には存在しませんので、お気をつけ下さい。



番外編:御吉野の





(1)魔性の桜花


「わあ・・・綺麗やなあ、平次」
「和葉は、ホンマ、桜が好きやなあ」
「うん!大好きや!」
「よっしゃ!ほんなら、いつか和葉に、吉野のお山の桜ぁ、見せに連れてったろか?」
「吉野山の桜!?桜が仰山あんのやろ?」
「ああ。全山霞に覆われて・・・いうんは、伊達やないで。ホンマに山全体が桜で覆われてんねん」
「ホンマ?ホンマに、吉野のお山に、連れてってくれるん?」
「ああ。約束したる。和葉との約束、違えた事あらへんやろ?」
「必ずやで!約束やで!?」


けど、その約束が果たされる事はなかった。


平次の所為やない。

約束が果たされる前に、アタシが・・・死んでもうたんや。



   ☆☆☆



参宮急行電鉄(参急)吉野山線に乗って、4人の男女が吉野山に向かっていた。


今日は吉野の山桜も満開との事で、朝早いこの特急電車も、満員である。
ただ、全席指定なので、立っている乗客はいない。

その中に、男女2人ずつのグループが、席を向かい合わせにして腰かけていた。
タイプは違うが、美男美女の4人組は、非常に人目を引く・・・筈なのだけれど、乗客たちも車掌も、全く印象に残っていない様子だ。
人外の存在である女性2人には、人目を引かないよう、目くらましの魔法がかけてあるからである。

見えていない訳ではないし、存在が分からない訳でもないが。
常人の目には「雑踏の中の一人」としか認識出来ないように、術がかけられていた。

一行の一人、電車に乗って移動するのが初めてである女性淫魔・蘭は、とてもはしゃいでいた。

「ねえねえ新一。新一達も、電車に乗って移動するんだね」
「は?蘭、どういう意味だ?」
「新一の事だから、いつでもどこでも、ひとっ飛びで行けるのかと思ってたよ」
「あのなあ・・・いくらオレ達に能力があるって言っても、別にテレポートが出来る訳じゃねえ」
「でも、よく、魔方陣を描いて移動してるじゃない?」
「あれは、それなりに時間と手間暇と霊力を費やすし。条件が上手く整わないと出来ない。吉野山は全山霊場だ。そういう場所に、魔方陣で行く事は無理だよ。一行の中で、ひとっ飛びに吉野に行けるのは、和葉ちゃんだけだな」
「アタシは、元々吉野の山桜の精やからね。でも、逆は出来ひんよ?吉野山に帰る事は、一瞬で出来るけど、出て来るのは手間がいんで」
「せやな。けど、今は電車だの車だの、便利な道具が出来たよってに、短時間での移動が可能や。便利な時代になったもんや」
「へえ。そうなんだ」
「服部は、和葉ちゃんをおぶって、何日もかけて歩いて帰って来たからな」
「・・・あの頃は、江戸におる工藤と会うのも、色々大変やったなあ」
「どうしてもって時は、江戸と大坂とを魔方陣を使って往復してたけどな」

一応人間である男性陣は、工藤新一と服部平次。
但しこの二人は、その類まれな霊力によってほぼ仙人化し、「人でありながら、不老長寿を手に入れた」存在である。
20代前半にしか見えないが、既に数百年の時を生きている。

そして2人共に、自分の寿命に見合う相手を、連れ合いとしていた。


とても魅力的で、術がかかっていなければ男性の目をくぎ付けにするであろう女性2人は、人外の存在だ。
女性淫魔である蘭と、桜の精霊である和葉である。

蘭は、淫魔であるから、強烈なフェロモンを発しているのだが。
今は新一の術によって、そのフェロモンは封じられていた。
しかし、単に見た目だけでも、可愛らしい美貌とスタイルの良さを誇り、男性の目を釘付けにするのは間違いない。
新一の術は、「単に見た目だけの魅力」すらも、封じていたのである。


桜の精霊である和葉は、蘭と違うタイプの美貌を誇り、やはりスタイルも良い。
ほのかに漂う桜花の香りは、人間達を陶然とさせる。
しかし、和葉本人は気付いていないが、やはり平次の手によって、その美貌や魅力が目立たないように、術をかけられていたのであった。


「いつでも、帰ろうと思えば帰れるんやけど。遠く離れとっても、いつも蔵王権現様に守られとるから、あえて帰ろうと思った事はあらへんかったなあ」
「せやな、結局、オレが連れだしたあん日以降、初めての里帰りちゃうか?」
「せやね」


やがて、電車は終点の吉野に到着した。
ぞろぞろと動く観光客に混じって、4人も改札の外に出た。
平次が4人分の特急券を別に準備していたが、切符は関西圏のTRと私鉄・バスに共通して使える「PETAPA(ペタパ)」である。
平次の強力な勧めで、新一は蘭の分とふたつ、準備していた。

「関西TRの『HONAICO(ホナイコ)』と関東TRの『SUISUI(スイスイ)』は、相互利用が出来るようになってるし、『HONAICO』と『PETAPA』、『SUISUI』と関東圏の『PASUCA(パスカ)』も、相互利用が出来てんだから。多分近い内に、『PASUCA』と『PETAPA』も、完全に共通で使えるようになるんだろうな」
「せやな、便利な時代になったもんや」

電車や自動車など、なかった時代から生きて来た2人は、感慨深げに言った。

改札を出て、外にあるカードリーダー機に、それぞれの「PETAPA」を、タッチする。


和葉が久しぶりに見る吉野の山は。
観光地として整えられ、土産物屋が並び、すっかり様変わりしていた。
駅周辺は、下千本と呼ばれる地域で、盛りを過ぎて少し散り始めている。
その桜吹雪も、風情があった。

「吉野山に植わっているのは、殆どが山桜だから、散った後の木も、ソメイヨシノのように汚くねえんだよな」
「工藤君、汚いなんて言わんといてや!ソメイヨシノは、人間の手で作られた変種やけど、それでもやっぱりアタシの親戚なんやで?」
「・・・ごめん」

新一は失言に気付いて、素直に謝る。


「ところで、どうする?歩いて登るか?蔵王権現までは、ここからさほどの距離じゃねえし」
「急ぐ旅やあらへんから、ぶらぶらして行くんもええかも知れへんな」
「ねえねえ新一、わたしあれに乗りたい!」

蘭が指さしたのは、(ここではケーブルカーと呼んでいる)ロープウェイであった。

「あ、アタシも乗ってみたい。ええやろ、平次?」

女性陣の希望で、話は決まった。
4人で乗り場へ向かう。

ロープウェイは、ほんの短い距離を、一気に上って行く。
そこで見られる山肌の桜もまた圧巻で。

「うわあ・・・」

蘭が感嘆の声を上げた。


そして、新一も平次も、感じていた。
桜達の雰囲気が明らかに違う。
同胞である和葉を、歓迎しているのだ。


さして風もないのに、桜がざわめく。
花びらが舞う。

人間達の目には、それはどういう現象として映っただろう?

ロープウェイは、ほどなく、到着した。そこはもう、「中千本」と呼ばれる地帯になる。
山桜が植わっている地域を、麓近い方から、「下千本」「中千本」「上千本」「奥千本」と分けて呼ばれる。
それぞれに、実際は千本をはるかに超える山桜が、植わっている。

種類としては、山桜がもっとも多く、他にも色々な桜があるけれど。
吉野山の桜は、自然に生えているものではなく、昔から人の手によって植えられてきたものだ。



「ま、別にさして荷物もねえけどよ。取りあえず、宿泊する場所に腰を落ち着けるか?」
「せやな、急ぐ旅でもあらへんし。いろいろ見て回るんは、明日でもかまへんやろ」

新一の提言に異論はなく、4人は歩き出した。
「見て回るのが明日でも構わないだろう」という新一と平次の見通しは、全くもって甘かったのであるが、今の彼らには、そんな事は分かっていない。


一行の向かった場所は、一般的な旅館でも民宿でもなく。
蔵王権現である。


蔵王権現に仕える者達は、和葉を一目見た途端に、道を開けた。
和葉達は、常人の目からは隠された通路を通り、宿坊へと入って行った。

和葉が来る事は、とっくに知らされていたものらしい。

新一は、平次の「宿は任せてや」という言葉に従って来ただけなので、さすがにこの事態には、少し驚いていた。

「普通の、人間向きの宿に泊っても、あかん事はないんやけど。この時期、普通の宿なんか空いてへんもん」
「なるほど、確かにな」

吉野山からは離れて過ごしている和葉だが、そういう事情については通じているようである。


この隠れ宿は、人外の存在だけではなく、霊力を持つ人間達が吉野山で修行する際の宿にも、なっている様子だった。
宿で働く者達も、修行の一環として、それを行っているらしい。


「和葉ちゃんと、連れ合いの平次はともかく、良いのかな、オレ達まで甘えちまって」
「工藤君と蘭ちゃんは、アタシと平次の大切な友達やから、かまへんよ」

いつになく恐縮する新一に、和葉は笑って見せた。
新一と蘭、平次と和葉、勿論それぞれの部屋は違うのだが、とりあえず同じ部屋で食事をする事になった。
そして、それぞれが浴衣に着替え、一息ついた頃合いを見計らったかのように、食事が運ばれて来た。

筍ご飯、山菜の天ぷら、鮎とアマゴの塩焼き、厚揚げと山芋と山菜の煮物、フキノトウの味噌汁、山栗の甘煮、葛粉を使った菓子・・・土地のものを使ったご馳走が並ぶ。
人間である新一と平次も、人外の存在である蘭と和葉も、美味しい料理に舌鼓を打った。

蘭の旺盛な食欲に、新一は一瞬呆れたような目を向けた。

「蘭・・・オメー、よく食べるなあ」
「だって、美味しいんだもん!」
「ったく。味が分かるっつっても、淫魔のオメーには、全く糧になる訳でもねえのに」
「せやせや、糧は毎晩、工藤から搾り取っとるんやからな・・・テテテテ!ギブギブ!」
「・・・余計な事を言うのは、この口か?」

新一が平次の口の両側を引っ張り。
その場は笑いに包まれた。

「けど工藤、ぎょうさん食べなあかんで?何せ2人分やからな」
「・・・それで言うなら、3人分だ」
「あ、せやね。男の子やったら乳離れまで、女の子やったら成人するまで、工藤君が3人分のエネルギー賄わんとあかんからね」

和葉に言われて、新一は憮然とする。
蘭のお腹には、いつ生まれるのか分からない子供が宿っている。
蘭は新一の精気を糧として生きているが、今は蘭の胎内の子も、新一の精気を分け与えられている形なのだ。

本当は、蘭のお腹には既に、沢山の子供が宿っていた。
ニャルラトテップが四散した際に、ニャルに食われて取り込まれていた存在が全て、新一と蘭の子供として生まれ変わる順番待ちをしているので、何人いるものか、見当もつかない。

けれど、それを言うのも面倒だから、新一は黙っていた。

多分、男女双方がいるだろうと思われた。
ただ、後から宿った子供達は、まだそこに存在するだけで、育ち始めている訳ではない。(育ち始めていたら、いくら新一でも、精気が足りず身がもたないだろう)

今育っているのは、ニャルラトテップとの戦いの前に、蘭に宿った子供で。
ハッキリ口に出してはいないが、どうやら男の子のようである。
そして、あの戦いの時、蘭の胎内にいるその子供からも、助力があった事を、新一と蘭は感じ取っていた。
多分、子供が生まれ出た時に、その時の記憶はないだろう。
新一自身に、その時の記憶がなかったように。


「男の子やったら・・・工藤、リリム族は母乳出せるんか?」
「オレに訊くなオレに!」

新一という(一応)人間の子供を育てた、リリム族である母・有希子は、どうしていたのか。
訊いたら教えてくれるだろうが、訊くのも怖い気がしている新一であった。



食事が終わると、新一と蘭は、自分達に割り当てられた部屋へと引き上げて行った。

それぞれの部屋は、日本家屋だから防音はあまり整っていない筈なのだが。
霊的な結界が張り巡らされて、完全に独立した空間が保障されている。

「・・・何だか怖い位の桜だね」
「そうだな・・・」

桜の花は、魔性であると、新一は思う。
それも、男性を惑わす魔性。

ある意味、淫魔と共通しているかも知れない。


桜の花の幻想的な美しさと香りの中で。
新一は、自身の中に、狂気に似た欲望が膨れ上がるのを感じていた。


それぞれの部屋には、温泉が引かれ、露天風呂がある。

ほのかな灯りに浮かび上がる幻想的な夜桜。
花びらが舞う中で、新一と蘭は露天風呂につかっていた。

既に「夫婦」となっている2人、一緒に風呂に入る位、今更どうと言う事もないと、新一は思っていたので、蘭が「一緒に入ろう」と誘って来た時、気軽に応じてしまった訳なのだが。
見慣れている筈の蘭の体を、温泉の湯が伝い落ちる様を見て、とても平静では居られない。

仄かな明かりに照らされた、桜の花。
湯気が漂う中、岩の上や湯の中に、花びらが舞い落ちる光景は、とても幻想的なのだが。
新一は、それを見てはいなかった。


「すごく綺麗ね、新一・・・」
「ああ、そうだな・・・」
「?新一?」

新一は、蘭を背後から抱きすくめ、右の手で胸のふくらみを揉みしだき、左の手は腹部から密やかな茂みへ探って行った。

「し、新一!」
「蘭・・・」
「あっ・・・はああん!」

最初、僅かに抵抗のそぶりを見せた蘭だが、あえなく陥落する。

元々蘭は淫魔であり、非常に性欲が強く淫らな筈なのだが、新一以外、誰にもその身を、触れさせても見せてもいない。
けれど、新一に対してだけは、その求めに抵抗出来た例(ためし)がないのだ。

新一が立ったまま、岩に手をついて屈んだ蘭の背後から、蜜を溢れさせた蘭の秘められた花に、己を突き立てる。
蘭の、悲鳴に似た甲高い嬌声が、響き渡った。


桜が風にざわめく。
結界に阻まれたこの場所を、覗き見出来る者は、誰も居ない。




(2)に続く



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<後書き>


「魔探偵コナン」番外編を、お送りします。
これは、本編終了後1年位、という設定です。

これ、吉野の桜に感動した勢いで書き、某所で掲載していたので、既読の方が多いと思いますが。
色々と、付け加えたり手直ししたり、しています。

吉野山で実際に修行なさっている方々や、蔵王権現様の元で実際に働く方々に対しては、「済みませんごめんなさい申し訳ない」と言うしかありません。
実在の蔵王権現を元に、好き勝手に設定して捏造してますので、(誰もいないとは思いますが)実際にこんなんだとは、決して信じないで下さい。


この番外編は、全3話で構成しています。第1話は、新蘭メインのようにして話が始まりますが、このお話のメインは、平和です。



 (2)「遠い記憶」に続く。