魔探偵コナン〜アナザーバージョン〜



byドミ(原案:泉智様)



(5)



新一も蘭も、優作と有希子の馴れ初め――有希子が元淫魔であったが、優作と添い遂げる為に人間の女性になり、そして新一を産んだという事実に、暫く声もなかった。

「・・・まさか母さんが、元は魔性だったなんて・・・オレ自身がその血を引いていて、退魔師なんかやってんのに、全然気付かなかったぜ」
「今の有希子は、その身も放つ霊気も、全てが完全に人間だからね。何より、私の子供であるお前を産む事が出来たのだ。大魔女シェリーの魔術は、それだけ完璧だって事だよ」

溜め息をつく新一に、優作がフォローとも思える言葉を返した。

「けれど、勿論、何の犠牲も払わずに、人間になれる訳はねえ。だろ?」

新一が真っ直ぐ父親を見て問いかけ、優作は頷いた。

「大魔女シェリーが受け取る代価は、その時失われる魔力と魔性としての命だ。だからこそ、逆の魔術は存在しない」
「成る程」
「だが、支払うべき代価は、それだけではない。蘭君が今の魅力をそのままに、淫魔としての魔力を失った、ただの人間として人間界に降りると、どういう事になるか想像がつくかい?」
「は?」
「姿形の美しさがそのままに保たれるのは勿論の事。淫魔であった時の残り香のように、僅かにフェロモンは放つ。けれど、それを抑えるだけの魔力は失われている」
「ま、まさか!?」
「そう、半端じゃなく男達が群がり、それを蹴散らすだけでも、いやはや大変だったよ」

そう言って優作は両手を広げ肩を竦めてみせる。
有希子はにっこり笑って言った。

「んふふ〜、街を歩いていても声掛けられっ放しで大変で・・・でも、その時の優作、とてもかっこ良かったわあ」

新一はその話に渋面を作った。
蘭がそのような事になるのはとんでもねえと、あからさまに顔に書いてあるので、両親は苦笑するしかなかった。

「勿論、寿命は人間並みになり、歳も取るようになる。その代わり、子を成す事が出来る体を得られる。完全に人の体として、体の内部全てが変化してしまうのだ。生命維持に必要な栄養は、人間の男との交わりによってではなく、食べ物飲み物から得る事になる」
「ああ、まあそうだな。母さん見てたら丸きり普通の人間の女性だし」
「で、まあ・・・魔物の体を捨てて人間の体に再構築されるって事で。色々と大変だよ、あっちの方面でもね」
「・・・大変って・・・何が?」
「いやまあそれは、夫婦の秘め事だから、息子にだって話す訳には行かないさ。もしも蘭君が、有希子と同じ道を選ぶとしたら、その時は身をもって体験する事になるだろう。そうじゃなければ、どの道知る必要のない事だし」

新一は溜め息をついた。
蘭はすっかり身を乗り出して聞き入っており、その話に乗り気であるのが見て取れた。
新一としては、乗り気になれない、引っ掛かる点が山積みだったのだが。

「それにしても、大魔女シェリーの魔術が、どうして魔界においてもあまり知られてねえんだろうな?」
「新ちゃん、それはね。『そこまでの仲になるケースが本当に稀』だからよ。種族を超えて真剣に愛し合う例は、意外と少ないの。大抵は、利用し利用されるか、一時的な仲に終わるか。魔性が自分の属性を変えてまで人間の傍に居たい、添い遂げたいと思う事は、滅多にないの」
「うん、まあそうだろうけどよ。その希少な例が伝説のようになったりしねえのか?」
「ん〜、魔者同士はお互いあんまり干渉し合わないしねえ。私も、一応その頃仲良しだった百合に、何も告げずにシェリーの元へ行って、私が人間になってしまってからはそれっきりだから。百合も、私がどうなったかは、多分知らないと思う」
「母さんは、それで良かったのか・・・?」
「ええ。優作と共に居られて。何よりも、優作の命を受け継いだ新ちゃんを産めて。短い生涯であっても、歳を取っても、悔いはないわ」

そう言い切って微笑んだ母親に、新一は改めて見惚れてしまったのであった。


「まあ、ゆっくり考えると良い。蘭君が魔性としての自分を捨てられないのなら、それはそれで構わないと思う。君達には君達の生き方があるのだからね」

優作と有希子は微笑んで。
話を締めくくった。


   ☆☆☆


新一と蘭は、2人だけになって話し合った。
蘭の決意は既に固まっていた。

「新一。私、人間になりたい」
「蘭・・・だけど・・・」
「新一、何で躊躇うの?何で賛成してくれないの?もしかして新一は、いつまでも若くて、快楽だけを追求して責任を負わなくていい魔性としての私じゃないと、必要なかったの?」
「んな馬鹿な事っ!ある訳ねえだろ!?・・・オレは、オレは・・・オメーの方にだけ犠牲を強いるやり方しかねえのが、どうしようもなく悔しくて・・・!」
「新一・・・」

新一は涙こそ流さなかったが、拳を握り締めて体を震わせていた。

「父さんが昔、母さんにその方法を告げるのを躊躇ったって事は・・・おそらく、その方法には危険や苦痛が伴っているんだと思う。
オレなら、良い。オレ自身なら、オメーの為ならどんな危険も覚悟出来るし、苦痛も我慢出来る。けど、蘭、オメーを危険と苦痛に晒すしかねえと思うと、行って来いとは、オレには言えねえ・・・」
「新一・・・」

蘭は新一に寄り添い、その胸に頭を寄せた。

「ねえ新一。私ね、新一と巡り会って、こんなに愛して貰えて・・・本当に本当に、幸せだよ」
「蘭。オレだって・・・」

新一は蘭を抱き締め、髪と背中を撫でる。

「オレは・・・万一にもオメーを失いたくねえんだ・・・」
「新一。でもこのままでは、いずれ遠くない未来に、お互いを食い合って失うだけだよ」
「・・・・・・そうだな・・・このままだと、年とともに老いていくオレがいつの日か。いつまでも若々しいオメーに気のエナジーを与え続けられなくなり、いずれはオレが喰われて命を落とし、そして・・・オメーも巻き添えにしてしまうだろう・・・」
「私は・・・その時死ぬのは、別に怖くないけど。新一が私の所為で普通の人より早く年老いて、私に食われて命を落とすなんて、絶対、嫌だよ・・・」
「蘭・・・」

2人は自然に口付けを交し合っていた。
舌が絡み合い、お互いの体を抱き締め合い。

そしていつしか2人は、生まれたままの姿になって、いだき合う。
淫魔としての蘭との交合は、これが最後なのだという事が、2人共に分かっていた。

「ああっ・・・!!」

新一が蘭の中に精を放った時。
蘭は、新一の「縛りの術」が解かれた事を知る。

「・・・新一・・・?」
「蘭、行くんだろ?オレの術で縛られたままでは、オメーは魔界に行けねえから・・・」
「新一・・・」
「オメーが人間になったが最後、ナンパの嵐のど真ん中に・・・って思うと。すげー嫌なもんがあるけどよ。そりゃ、仕方がねえ。別の方法でそいつ等を蹴散らすしか、ねえよな」
「馬鹿ね。新一、あなたの為に人間の女性になるんだから、他の男の人には絶対、なびかないんだから」
「ああ。そう願ってるよ」

蘭は服を身につけ、新一の唇に軽い――けれど、思いの丈を込めた口付けを贈った。

「新一。必ず戻るから。人間の女性になって戻って来るから。待ってて」
「蘭。待つのは性に合わねえが、オメーが決意したのなら、オレは信じて待ってるよ」

そして今度は新一の方から蘭に口付け。
新一も服を身につけると、2人連れ立って、地下の広間に向かって行った。


   ☆☆☆


蘭が魔界に戻るのは、かなり久し振りの事だった。
「狩り」の為人間界に出向く時以外は、ずっと住んでいた所。
蘭が、生まれて過ごした「故郷」。

けれど、今の蘭には既に違和感がある場所だった。

「人間の新一を愛した時から、私の心は既に人間に近付いていたんだわ・・・」

新一が魔方陣を描いて蘭を送り出してくれた場所は、魔界の奥津城、大魔女シェリーの住むという「黒の城」のすぐ近くだった。
心細くなるが、新一の事を思いながら、手をギュッと握り締め、城へと向かった。


「あら。いらっしゃい。久し振りのお客様ね」


城に居たのは、大魔女シェリーその人ただ1人。
赤味がかった茶髪、切れ長の目の、とても美しい女性だった。
見た目はとても若く見えるが、魔物に老いは存在しない。

シェリーは実際、長寿ぞろいの魔物の中でも、絶大な魔力を持ち、かなりの寿命を誇っている存在だった。

「あの。シェリー様。私は・・・」
「人間の女性になりたいのね?」
「ど、どうして・・・?」
「私は依頼人の願い位、ひと目で見抜けるわ。あなたの願いを叶えるのは、私には難しい事ではない。魔物が人間になる時には、失われる魔力と寿命が代価となるから、確実に受け取れるしね。依頼によっては、別に代価を準備して貰わなくてはならなくなるけど、結構大変なのよ」

そう言いながらシェリーが取り出したのは、魔法の紙と杖で出来た契約書だった。

「ここにサインをして。そしたら、あなたが薬を使った時、あなたの魔力と魔物としての寿命が、自動的に私のものになる」

大魔女シェリーは、魔性の世界においては珍しく公明正大で。
契約を誤魔化したり嘘をついたりしない。

それでも蘭は、サインをするその瞬間、一瞬震えた。
新一の顔を思い浮かべ、勇気を奮い起こす。
シェリーは蘭がサインした契約書を手にして、仔細に見詰めた。

「蘭。綺麗な名前ね。その美しい顔も体も時の流れの中で老いてしまい、人間の短い寿命になってしまうのは勿体ない気もするけれど。でもまあ、あなた自身がそうと決めたのなら、仕方がないわね」

そう言いながら、シェリーは蘭に、薬が入っている小さなツボを渡した。

「これを飲んだら、私は人間に・・・」

蘭はその蓋を取り、すぐに飲み干そうとした。

「待って!」

シェリーの鋭い声に、蘭の手が止まる。

「ひとつ言っておくわ。その薬は、劇薬。上手く行けば、死ぬほど激しい痛みを超えて人間に。・・・でももし、上手くいかなければ・・・、あなたは同じ痛みを味わった末に、・・・死ぬわ」

その言葉に、流石に蘭は少し蒼ざめる。
激しい痛みを耐える覚悟はあるが、もしもうまく行かなければ・・・。

『蘭、オメーを危険と苦痛に晒すしかねえと思うと、行って来いとは、オレには言えねえ・・・』

新一の声が、蘭の脳裏によみがえる。
蘭は、脳裏の新一に笑って見せた。

『大丈夫よ。私きっと、新一の元に帰るんだから・・・』

「・・・それでも、その人間の元へ行きたいの?」
「ええ。彼以外に、私には考えられないから」
「そう・・・」

人間になれると確信し、微笑さえ浮べて、蘭は薬をあおった。

「ううっ・・・ぐっ・・・」

薬を飲んだ途端に、蘭の全身を引き裂くような激しい痛みが襲った。
蘭は必死でそれに耐える。

蘭の身体から立ち上るオーラを魔女の壷に吸い取りながら、シェリーは温かな眼差しを蘭に向けて言った。

「大丈夫よ、蘭。少し前・・・21年前にも、貴女と同じ痛みを経た同族が、新しい人生を勝ち取ったのだから」

そう呟くシェリーの言葉を聴きながら、蘭は気を失ってしまった。


   ☆☆☆


蘭から魔のオーラを契約により受け取ったシェリーは、壷をしまい、背後に向かって凛とした声を放った。

「・・・そこの貴方、分かってるの?いくら貴方が有能な退魔師だからって、所詮は人間。この魔界の最奥部の魔女の家に足を運ぶなんて、危険以外の何ものでもないのよ?」

まるでシェリーの言葉に応じたかのように姿を表したのは、新一こと魔探偵コナンである。

「蘭っ!」

新一は脇目もふらず蘭に駆け寄り、抱き締めた。
一瞬辛そうな眼差しで蘭を見詰め、そしてそっと、その頬を撫でる。

「それにしても、珍しいこともあるものね。あの時も、この薬を飲んだ者を、わざわざこの魔界にまで迎えに来た人間がいたけど。今回も、だなんて」
「バーロ。全身を引き裂くような痛みを耐えて、オレと生きたいと人間になった彼女を、魔界の最奥部で放っておくとでも?無事に連れ帰るために、迎えに来たに決まってんじゃねえか」

そう言いながら蘭を横抱きに抱き上げた新一は、素早く魔方陣をしいて、その中央に立った。

「感心なことね。言う事まで、21年前にわざわざ来たあの退魔師そっくり。そう、退魔師バロンにね」
「・・・オレはその息子だよ」
「!まあ、それは驚きね。つまり貴方は”ユキ”の子ってことね。まさか自分の秘薬の成果を間近に拝める日が来るなんて思いもよらなかったわ。どう?”ユキ”はその後、元気かしら?」
「ああ。いつまでも年甲斐もなくいちゃついてるよ。人間になったことを悔やんではいねえようだぜ?」
「そう。・・・じゃ、今度は貴方が蘭をそうしてあげることね」
「言われなくてもそうするさ」

ふと、シェリーが眉を顰めた。
不穏な気配を感じた為である。

普段はシェリーしか居ない魔界の奥津城に、あまたの魔性達が集まって来ていたのである。

「・・・っと!どうやら、人の気配を察した魔物のおでましだな?サッサとずらかるとするか」
「フッ。そうしてくれると助かるわ。人間を欲して暴れる輩に、ココを荒らされたらたまったもんじゃないから」
「へいへい。・・・ありがとな、魔女・シェリー」
「礼を言うなら、相手が違うわよ。彼女に言ってあげなさい」
「ふっ。当たり前の事、言ってんじゃねえよ」

新一がにっと笑った。
その時、魔方陣の力が発動し。
新一と蘭の姿は一瞬にして掻き消えてしまった。



新一が消えた瞬間、「ニンゲンの血肉」を求めて集った魔物は地団駄踏んで悔しがった。
しかし。

「お前達。ここがどこだか分かっているの!?」

シェリーの一喝で、大人しくなり、それ以上に暴れる事は出来ずに散って行った。
というのも、シェリーの魔力は、ハンパじゃなく恐ろしいモノだったからである。



シェリーは虚空を見て微笑んだ。

「長く生きていると、こうやって、自分の魔法の結果を見る日が来る事もあるものなのね。21年前、連続して訪れた2組のカップルの片方を、こうやって見届ける事が出来たなんて。もうひと組の方もきっと、幸せにやっているのだろうと信じているけれど。そちらの結果を見届ける事が出来る日は、いつか来るのかしらね。
そして、次に人間にして欲しいと誰かがここを訪れるのは、一体いつになるのだろう?また、数十年・数百年の後なのか、それとも・・・?」


シェリーが呟いた問いの答は、今は誰も知らない。




to be continued…?



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<後書き>

さて、泉さん原案バージョンも、いよいよ大詰め。
今回は骨子がほぼ決まっており、セリフなどもかなり、泉さんが書かれたものをそのまんま・・・コピー&ペーストを多用して(笑)、使わせて頂いてます。
その分、書く私はとても楽ちんでした(爆)。

人間界に戻った2人は、果たして?
次回でおそらくラストになります。



↓は、構成上、本文に入れられなかったおまけ部分です。


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<おまけ>


「ところで・・・お義母様。私、どうしても気になって、聞きたい事があるんですけど」
「なあに、蘭ちゃん?」
「人間になったら、名前を変えなくちゃいけないんでしょうか?」
「え?別に、そんな事は・・・」
「蘭、オメーはその名が似合う、別に変える必要ねえと思うぜ」
「新一・・・(////)。あ、あの・・・お義母様がわざわざお名前を変えたのは、何かあるのかと」
「あ、それはオレも知りてえ。ユキって、人間の女性の名として別に悪かねえだろ?何でわざわざ、変えたんだ?」
「・・・オホン。それは、心機一転、人間界で再スタートする為よ」
「・・・なーんか、変だよなあ?何か隠してねえか?」
「か、隠したりなんか・・・!」
「有希子というのは、私がつけたんだよ。良い名前だろう?」
「そう言えば。母さんは正式に父さんと結婚したんだから、戸籍も準備したんだよな?旧姓藤峰ってのも」
「戸籍のでっち上げは、退魔師仲間が役所にも居るからね」
「私が優作に頼んだのよ。絶対絶対、シンメトリーじゃない漢字を当てて名前を作ってくれって」
「は?シンメトリーって?」
「あの、エロじじいのモリヤンが!事もあろうに、私の名前を勝手に、由貴にしてしまったのよ!」
「は、はあ・・・?由貴?ああ、なるほど、シンメトリー・・・ねえ」
「以前のユキには、どうしてもその言霊が宿っちゃってたから、嫌で嫌で!!」
「由貴ってのも、良い名前だと思いますけど?」
「だからあ、あの変態シンメトリー好きのモリヤンがつけた名前だって言うのが!!・・・う、思い出したら鳥肌が立ってきた・・・!」
「魔性の時の記憶で、魔性には有り得ない『鳥肌』が立つってのも、何だかなあ」
「だから優作に、ユキを語幹で生かしながらもちょっと変えて、シンメトリーじゃない全く違う漢字を当ててくれって、お願いしたの」
「成る程ぉ」
「色々あったんですね・・・」
「実は、もう1つの謎が残っている。モリヤンは魔王で歳を取らない筈なのに、何故か老けた姿だった。こればかりは、流石に私もいまだに解けない謎なのだよ」
「謎は謎のままにしておいた方が良いものもある・・・と言うより、そんな謎は正直、追求したくもねえよ、父さん」



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