魔探偵コナン〜アナザーバージョン〜



byドミ(原案:泉智様)



(6)



新一が魔界から蘭を連れ帰って間もなく。
両親は、「結婚式には帰って来るからね〜♪」と言い残して、再び海外に旅立って行った。

眠り姫の如く眠り続ける蘭を残して。


この薬を飲んだ際には、数日間の眠りが訪れるという事は、新一も聞いていたから。
2、3日は、蘭がいつ目覚めるかと心待ちにする余裕があったのだが。
4、5日目には、落ち着かなくなって来た。

そして・・・1週間が過ぎても目覚める様子のない蘭の姿に、絶望に近い焦燥感に駆られ始めた。
日数は関係なく、眠っていれば大丈夫なのか?
目覚めには一体どの位かかるのか?
誰かに確かめたくても、どうしようもない。

新一と同じ経験をしたであろう優作は、すでに遠い空の下、容易に連絡が取れる状況になかった。
それに、仮に連絡が取れたとしても、有希子の時と蘭の時とで同じ経過を辿るとは限らず、新一の悩みが解決するのかどうかは分からない事であった。


新一は、片時も蘭の傍を離れなかった。離れられなかった。
穏やかな寝息・温かな身体。
薬によっても、魔者だったころから有していた魅力はいささかも損なわれてはいなかったが、長らく目を覚まさない状況に、新一の心配は日を追うごとに絶望に近づいていった。

「息をしてるから、大丈夫だろうけど・・・でも・・・。蘭、なあ、いつになったら目を覚ますんだよ。目を開けてくれよ、蘭」

頬に触れ。
童話よろしく、目覚めないかと唇を重ね。
熱のこもった声で名を囁く。

それを何度もくりかえし、蘭の眠りが8日目にさしかかる寸前。

「ん・・・し・・ち・・?」
「蘭!」

最初は、蘭の目覚めを渇望するが故の空耳かとすら思った、微かな声。
しかし、その薔薇色の唇は微かだが確かに動き。
長い睫毛が僅かに揺らぎ。

息を詰めて見詰める新一の目の前で。
蘭は、瞼を開けた。

「・・・・・・!」

数日振りに見る、蘭の黒曜石の瞳。
以前と何ら変わる所がない、綺麗な目。

「蘭っ!!」
「しんいち・・・」

新一は、蘭を強く抱き締めた。
蘭の手が力なく、おずおずと新一の背中に回された。

新一は、思わず蘭の唇を求めていた。
唇をピッタリと重ね合わせ、舌を絡ませる。

夢中で口付けを交わしている内に、新一はふと気付いた。
蘭の唇も口内も、からからに乾いている事実に。


ふいに、優作の言葉がよみがえった。


『新一君。薬を飲んだ後の眠りは、魔物の身体が根本的に作り変えられ、人間の身体となる変化の時だ。見た目は変わらないが、身体の中は蛹(さなぎ)のような状態と思って構わない。
その間は、栄養の補給も必要なければ、排泄も行われない。数日眠りっぱなしだからと言って、筋肉が衰える心配も要らない。
けれど、目が覚めたその瞬間からは、人の身体としてのスタートだ。今までに必要がなかった栄養と水分の補給が必要になる。最初の時点ではまず、今までに感じた事のない喉の渇きを覚える事だろう』


「しんいち・・・何だか・・・口の中が乾いちゃって・・・」

蘭が喋りにくそうにそう言った。
新一は、台所に行って冷やした番茶を取ってくると、それを口移しに蘭に飲ませた。


「蘭。大丈夫か?」
「うん・・・新一・・・私・・・」

おそらく、魔物の時に存在した五感の鋭さがなくなった為だろう、心細気にしている蘭を、新一はしっかりと抱き締めた。

「蘭、お帰り・・・」
「新一・・・ただいま・・・」


ようやく、人間となって新一の元に帰って来た事を実感出来たのか。
蘭が微笑み。

新一は、万感の想いを込めて、蘭を抱き締め、口付けた。


蘭の唇の柔らかさも、絡み合う舌と唾液の甘さも。
以前と何も変わりない。


身体の変化を終えたばかりの蘭に無理はさせまいと思っていた筈なのに。
新一は募る想いのままに、蘭の服をはだけ、素肌に手を滑らせていた。


「あ・・・ん・・・」

以前と変わらない蘭の甘い声が、新一の脳髄を痺れさせ、理性を奪い取って行く。

蘭の喉元に唇を這わせ、はだけた胸に吸い付いた。
すると、以前にはなかった現象が起きた。

大きく形良い乳房も、ピンク色をした胸の果実も、くびれた腰も、なだらかな曲線を描くヒップも、透き通る白い肌とその吸い付くような柔らかな手触りも。
新一の愛撫にあげる甘い声も、切なそうに眉を寄せる表情も、快感に身をくねらせる反応も。
何も変わっていないように見えるけれど。

蘭の白い肌に鮮やかに、いくつもの赤い花が咲いていた。
魔物である蘭の体にはつける事が叶わなかった所有の印である。

新一は、身震いするほどの感動を覚えた。
人の身体となって初めての交わりを行う蘭の為に、丁寧に優しい愛撫を施していく。

「ああ、はあん・・・しん・・・いちぃ・・・」
「蘭・・・蘭・・・」

新一が蘭の胸の果実を口に含み、舌先で転がすと、そこはつんと固く立ち上がった。

「はあああああんん!!」
「・・・ここが感じ易いのは、一緒なんだな」
「・・・ばかっ!・・・ああん・・・」

新一は、蘭の全身を隈なく指と唇で辿って行き。
そして、茂みの奥にある泉に触れた。

「あん!」

そこは、もう充分に蜜をたたえ、芳香を放っている。
新一は蘭の足を大きく広げ、花芽を口に含んで愛撫した。

「ああ!やあ!やああああんん!んあああっ!」

蘭は身をよじって声を上げた。
快楽の中に苦痛も混じっているようである。
その場所は、直接に愛撫すると刺激が強過ぎて、快感と苦痛が同時に襲うものであるらしいと、聞いた事はあったが。
蘭が淫魔であった時には、ただただ快楽だけが蘭の身体を支配していたのだった。

「蘭、大丈夫か?」

蘭は僅かに涙を流しながら頷いた。
新一は、蘭の涙を唇で優しく拭うと、もう1度蘭の足を抱えなおし、蘭を欲しがって猛っている己自身を、蘭の入り口にあてがった。

蘭の秘められた花は、ひくついて新一を誘っている。
蜜が滴り充分に潤っているそこに、新一は己を突き入れた。


「・・・っつっ、痛いっ!ああっ!」
「ら、蘭!?」

蘭の入り口は、きつく狭く、新一の侵入を拒み。
蘭は苦痛の表情を浮かべ、痛みに悲鳴を上げた。


魔物の身体を完全に組み替えて人の身体に生まれ変わった蘭には、魔物の時には存在しなかった処女膜があり。
淫魔の時には初めてであっても新一の侵入を簡単に許した蘭のそこは、人間の女性として初めて男性を受け入れるに当たり、簡単に侵入を許さなくなっていたのである。

『父さんが言っていたのは、この事か!』

新一は慌てふためくが、どうしようもない。
蘭以外の女性を抱いた事のない新一にとって、とにかく初めての経験であるが、愛しい女性に痛みを与えても、ここを乗り越えなければ始まらない事は分かっていた。

「蘭、蘭。大丈夫か?」

蘭は声もなくコクコクと頷く。
蘭の表情は痛みに耐えているのがありありで、ちっとも大丈夫そうではなかった。

とにかく仕切りなおそうと、新一は一旦猛った己を蘭の入り口から離し。
再び、蘭の全身に愛撫を施す。

ようやく蘭の苦痛が落ち着き、甘い声を上げ始めたところで。
新一は、蘭の泉に指を侵入させてみた。

「うわ・・・きつ・・・」

指1本を侵入させるだけでもきついそこに、いきなり己を突きたてようとしたのは無謀な真似だったと、新一は今更ながらに、深く反省をしたのであった。

蘭の中で指をうごめかせていると、蘭の口からやがて甘やかな声が吐息と共に漏れ出した。
苦痛の表情から、感じている時の艶やかな表情へと変化して行く。

「ああ・・・んん・・・はああっ・・・」
「蘭・・・蘭・・・!」

きつく締まっているだけだった蘭の内部が、熱く新一の指に絡みつき始め、新一はそれだけで眩暈を起こしそうになった。
指の数を増やして蘭の中をかき回す。

「ああああぁああっ!!」

蘭が絶頂を迎え、身体を仰け反らせ、その後弛緩してぐったりとベッドに身体を沈み込ませた。
新一は蘭の足を抱えて広げ、再び蘭のそこに己を突き立てた。

一旦イッタばかりの蘭の身体だが、それでも新一の侵入を拒む。


「う・・・あ・・・つうっ・・・」

蘭がシーツを必死で掴み、目をギュッと閉じて苦痛に耐える。
新一は、蘭の手を取り自分の背中に回させた。

「蘭。爪立てて良いから、オレにしがみついておけよ」

蘭のそこはやはりきつく、なかなか新一の侵入を許さなかったが、少しずつ進めて行く内に、ある一点を超えるとするりと奥へ入り込んだ。

そのまま蘭の奥を突き上げたい衝動を、新一は必死でねじ伏せて、動きを止めて蘭が落ち着くのを待った。

「蘭・・・大丈夫か・・・?」
「新一・・・私・・・」

今迄数え切れない位に愛を交し合った2人だが、こうやって、改めて「初めての体験」をする事になるとは。
新一は、蘭への申し訳なさと共に、深い感動を覚えていた。


蘭の苦痛が落ち着くのを待って、新一は腰を揺らし始める。
再び苦痛に顔を歪める蘭だったが、徐々にその表情が艶やかなものに変わり、あげる声も甘さを帯びて行った。


「ああ、はあ、んあああぁああん・・・ああ、はあ、ああん・・・しんいちぃ・・・いっちゃう・・・っ・・・」
「くうっ・・・蘭、蘭・・・っ・・・くっあっ・・・」

2人激しく腰を動かし、2人共に汗みずくになって行く。

「ああ、はあああああんんっ!!」
「くううっ・・・蘭!」

蘭がひときわ高い声を上げて身体を反らし。
と同時に新一は、蘭の奥に自身の熱を吐き出した。



2人繋がったままに、暫く荒い息をしていたが。
やがて新一が大きく息をついて、蘭の中から力を失った己を引き抜いた。

蘭がぶるりと身を震わせる。
蘭の入り口からは、新一の体液が混じった、蘭の初めてのシルシが流れ出た。

新一が、ティッシュで優しく蘭のそこを拭う。

「蘭・・・ごめんな・・・痛かっただろ?」

蘭が、力なく微笑みながら、ゆっくりと首を横に振る。

「痛かったけど・・・でも・・・幸せだから・・・」
「蘭・・・」
「何だか・・・以前と違う・・・何だか下腹部を中心にして、痺れているような・・・変な感じ・・・」
「蘭?気持ち悪いのか?」
「ううん、そうじゃない・・・何だかうまく言えないけれど・・・以前の感覚とは違う、何か・・・」
「蘭・・・・・・?」
「この身体で新一に抱かれて・・・食欲でもなくて、快楽でもなくて、別の所がね。満たされたって、そんな感じ・・・」

そもそも男である新一には、蘭の覚えた感覚がどういうものであるのか、理解不能であった。
蘭が淫魔であれ、人間であれ、その感覚が新一に分かる事は、永久にないのだ。


「ねえ、新一・・・私、本当に人間になれたんだね・・・」
「そうだな・・・」

初めての行為に流した血も。
蘭にとっては、新一と同じ人間になれた証であり、新一の子供を産めるかも知れない証でもあり。
苦痛以上に、幸せな事なのであろう。

2人、コトの後に以前とは違う満足感を得て、幸せそうに見詰め合った。


と、いきなり音がした。

「ぐううううう」
「ぐきゅるるるる」

突然の腹の虫に、蘭は一瞬驚き、次いで真っ赤になった。

「蘭、前と違って、した後はお腹空いたろ?」
「う、うん・・・」

真っ赤になって俯く蘭を、新一は幸せな気持ちで抱き締めた。
蘭も顔を上げて照れ臭そうな笑顔を見せる。
2人は顔を見合わせ、同時にぷっと吹き出し、やがてくすくす笑い始めた。

そして2人は抱き合いながら、思い切り笑いあった。



「美味し〜いv。お腹イッパイっv。ご飯でお腹イッパイになるってこういう感じなんだ〜v」
「ああ、そうだよ」

1人暮らしが長かった新一は、蘭ほどの腕前は勿論ないけれども、一応一通り料理は作れる。
今回、お腹を空かせている蘭の為に、新一は慣れない腕を振るった。

淫魔も料理の味は分かる。
とは言え、人間のように「食欲」と結びついて、味に満足する感覚はなかっただろう。

蘭が新一の簡素な料理を、心底美味しそうに味わい、満足そうに食べている。
人間としての蘭が初めて満足して味わう「人間としての食事」。
その幸せそうな笑顔を見詰めた新一は、蘭と共にあれる幸せをかみ締めていた。


新一は、蘭が食事をするのを笑顔で見ていたが、工藤邸のリビングで、電話が鳴り。
今時携帯ではなく家の電話にかけて来るのは一体誰だろうといぶかりながら、新一が電話を取った。

「はい、工藤・・・父さん?どうしたんだ?」
『そろそろだと思うが、蘭君は、目覚めたかい?』
「ああ、3時間ほど前、かな。今、食事をしてる」
『ほう。だとすると、どうやら蘭君に初めてのエネルギー補給をさせる前に、ひと運動させてしまった・・・ってところかな?』
「・・・・・・!!」

新一は思わず拳を握り締めたが、図星なだけに反論が出来なかった。

『人間になったばかりの彼女に、そのような無理を強いるなんて、君もまだまだだね、新一君?』
「・・・からかうだけの為にわざわざ国際電話かけて来たんだったら、切るぞ!」
『いやいや、決してそういう積りでは。有希子がとても心配していたからね。新一君の結婚式は大々的に執り行おうと張り切ってるよ』
「・・・張り切ってる?とても心配してたとは思えねえな」
『まあまあ、新一君。これは私達からの贈り物だが。蘭君はよく、毛利蘭と名乗っていたのだろう?だからその名前で、戸籍を作っておいたからね。誕生日は君の10日後という事にしておいたから』

新一は、苦々しげな表情で電話を切ろうとして、ふとある事に気付いた。
新一の誕生日の10日後、5月14日は、今日この日である。
そして今日は、確かにある意味、蘭の誕生日であった。

新一は母親の有希子の事を、元からの人間と信じて育ってきた訳であるが。
母親の誕生日を何度も祝って来たものだ。

優作と新一の誕生日プレゼントを受け取る度に、有希子はいつも感極まったように涙ぐんでいた。


『そうか。母さんにとっては、そういう意味があったのか・・・』


そも、子供というのは両親が愛し合った結晶として生まれて来るものであるが。
優作と有希子にとって、新一という子供の存在は、お互いの愛の深さと奇跡によってもたらされた存在である。


いずれ、新一と蘭に子供が出来たとしたら。
そもそも生まれる筈のなかった奇跡の命の継承である。


今はまだ、子供に恵まれるかどうかも分からないけれど。
もし、子供が出来たなら、その子がどういう道を選ぶとしても、いずれこの奇跡の話を伝えてあげよう。

新一はそう思いながら、蘭が食事をしている食堂へと戻って行ったのであった。


   ☆☆☆


蘭が生まれて初めて「食事」に満腹した後。
ゆっくりお風呂につかり、汗と疲れを洗い流し。(蘭にとっては、体の表面についた埃などを洗い流す以外の意味でお風呂に入るのも、新鮮な驚きであった)

2人は再びベッドで愛を交し合った。

「う・・・あ・・・んんっ・・・!」
「蘭。まだ、いてえか?」
「ううん、さっきより大分楽」
「そうか・・・」

蘭の美しさも触れ合った時の喜びも、何ら変わるところはないが。
人としての体の反応には、色々と戸惑いながら、愛を交し合う。

「ああああっ・・・新一・・・っ!」
「くっはあっ・・・蘭・・・っ!!」

2人は同時にのぼりつめ。
そして、果てた。


新一は蘭を抱き寄せ、幸福感に酔っていた。
以前と違い、「運動」した後の疲れはあるものの、精気を奪われ生命力を削り取られるような深い疲れは、感じられない。

『参ったな・・・』

新しい体では、いまだその行為に慣れない蘭に無理を強いては、と思いつつ。
以前には考えられなかった事だが、今日は蘭を2回も抱いてなお、新一には余裕があり、蘭を抱き寄せてそのかぐわしい香りを嗅いだだけで、新一のものは元気になってしまっていたのである。

『蘭が、痛みを感じなくなるまでは、なるべく我慢しなきゃな・・・』

それが、今迄に比べたら贅沢で幸せな悩みだという事は分かっていた。

「蘭。式は準備して近い内に挙げるとして・・・明日にでも籍を入れに行こう」
「え?新一・・・籍を入れるって・・・」
「人間界で、法的な夫婦になろうって事だよ」
「そ、それは私も、意味位は知ってるけど・・・でも・・・」
「蘭の戸籍は、裏に手を回して作ってあっから」
「ホント!?でも、新一・・・、本当に良いのかしら?」
「ああ。蘭はこれから人間として生きて行くんだ。身元不明だと色々不都合があるしな。オレが何とかしようと思ってたけど、父さん達が手回し良く、もう準備してくれていた。・・・そしてな。それによれば、蘭は今日が、20歳のバースデイだよ」
「ええ?そうなの?」
「ああ。蘭がこの世に生を受けて何年かは知らねえが。今日が蘭の新たな誕生日であるのは、事実だろ?」
「・・・新一・・・」
「って事は、父さん、蘭が目覚めるのがいつか、予測してたって事だな。ったく、あの狸親父め!」
「そうなの?私、どの位眠ってた?」
「蘭があの薬を飲んで、8日目だよ。父さんが、オレの誕生日の10日後って言った時には、何でまた・・・って思ってたけど・・・」

突然、蘭が体をわなわな振るわせ始めた。

「新一。って事は、10日前、私がシェリーさんのとこに行く2日前が、新一の誕生日だったの!?」
「あ。忘れてた。そうだよな」
「新一〜〜〜っ!!」

蘭が悔しそうに泣き出したので、新一は慌てた。

「ら、蘭、どうした!?」
「何で、何で、何でっ!?新一の誕生日だったのに!私、私・・・知ってたら、お祝いしたのにっ!!」
「ら、蘭!ごめん!オレ・・・自分の誕生日はいつも素で忘れてて・・・」
「新一の馬鹿〜〜〜〜っ!!!!」


しゃくりあげる蘭を、新一は必死で抱き締めながら宥めた。

「蘭、蘭。オレの誕生日は、来年も再来年も来っから、な?毎年、祝おう。オレの誕生日と蘭の誕生日。どっちも、奇跡が起こった日だから」
「新一。新一のお父さんとお母さんは、もしかして、新一のお誕生日をお祝いしようとして、帰国なさったんじゃ?」

蘭がようやく顔をあげて言った。
蘭の涙が落ち着いた様子に、新一はホッとした。

「ああ、多分」
「新一、ごめんなさい。多分私が居た所為で、それどころじゃなくなったんだよね・・・?」
「いや。あいつらはいつも、一筋縄では行かねえから。ここ数年、オレの誕生日には、毎回ドッキリカメラのような事ばかりされてたし、それが年々グレードアップして・・・困ったもんだぜ・・・」
「でもきっと・・・新一が生まれた日は、ご両親にとって特別な日だったよね?」
「ああ。確かにな。そういう意味では、毎年忘れるオレに敢えて意地悪してたんだろうと思うけどよ。オレもまあ・・・意地になってたから」

新一は苦笑して言った。
両親の困ったちゃん行動も、新一への溢れ過ぎる愛情の裏返しだと、今となっては分かるが、やはり苦笑せざるを得ないのだった。

新一は真顔になり、蘭を真っ直ぐに見詰めて言った。


「蘭。ずっと、生涯一緒だから。共に生きて行こう」
「・・・私がお婆ちゃんになっても・・・傍に居てね・・・」
「ああ、勿論。蘭も、オレが爺ちゃんになって、モノが役立たなくなっても傍に居てくれるよな?」

蘭は一瞬きょとんとしたが、次の瞬間真っ赤になって新一に枕を投げつけた。


   ☆☆☆


それから数ヵ月後。
新一と蘭は、結婚式披露宴を執り行った後、正式な夫婦として工藤邸で暮らしていた。
ちなみに、式の参列者(特に男性)は、かなり吟味して選ばれた。
と言うのも、式に参列した挙句蘭のフェロモンに惹かれてしまうようでは、この先大変であるから、耐性のある者に限られたからである。
という事で、参列者は力のある退魔師が中心の、小ぢんまりしたものになったのであった。

今、蘭は、完全に人間の女性として、探偵兼退魔師の新一の仕事を支える家庭の主婦である。


「え?子ども?!」
「うん・・・お医者様にはまだ観て貰ってないけど、多分・・・」
「やったあっ、おめでとう、蘭!」

嬉しいニュースに、新一は蘭を抱きあげて満面の笑顔を見せた。

蘭が人間になった証、2代続いた愛の奇跡。
新一も蘭も、胸がいっぱいになっていた。


と、突然、その感動の空気を破るように、工藤邸の玄関が大きな音を立てて開けられた。


駆け込んで来たのは、ポニーテールのキュートな女性・遠山和葉である。

蘭は、新一との結婚式の時、大阪在住の服部平次の恋人として和葉の紹介を受けた。
平次は新一と同級で数年来の友人であり、新一と同じくアメリカ留学しスキップ制度を使ってもう既に大学を卒業している。
そして、これもまた新一と同じく、仕事は探偵兼退魔師である。


和葉はつかつかと入って来ると、新一に詰め寄るようにして言った。

「工藤君!お願いや!大魔女シェリーさんのとこへ、アタシを送ってくれへん!?」

新一は、冷たく聞こえる位の冷静な声で答える。

「和葉ちゃん、服部は?ちゃんと断り入れて来てんのか?」
「平次は、絶対アカンって、話も聞いてくれへんのや!」
「・・・だったらオレが君を魔界に送り届ける事も出来ない。諦めてくれ」
「工藤君、お願いや!アタシ、アタシ・・・っ!」

和葉が新一に取り縋って泣き始めたのを、蘭は呆然として見ていた。
蘭は完全に人間になってしまい、淫魔としての神通力を失っている。
だから、和葉が人間の女性でない事は、今の今迄知らなかった。


「和葉ちゃん、あなた・・・」
「あ、ご、ごめん。蘭ちゃんの工藤君やのに、引っ付いたりして」

和葉が慌てて新一から離れた。

「あ、それはその・・・場合が場合みたいだから、良いんだけど・・・」

蘭に向き直った和葉が、突然顔をほころばせて言った。

「蘭ちゃん・・・アンタ、子供出来たん?」
「う、うん・・・和葉ちゃんには分かるんだ?」
「いや、良かったなあ。嬉しわあ。蘭ちゃん、人間になってホンマに良かったなあ」
「う、うん・・・和葉ちゃんは?私と同じ、淫魔なの?」
「ちゃうけど、アタシも似たようなもんや。アタシは、吉野のお山で平次に出会うた、山桜の精霊やねん」
「山桜の精・・・でも、だったら・・・寿命の違いはあっても、服部君の命を奪って生きる存在じゃないんだから、良いんじゃない?」
「平次も、そない言う。そやけど・・・アタシ・・・平次に先立たれて取り残されるんは嫌や!それに、それに・・・アタシ、平次の子ぉ、産みたいんや!」
「和葉ちゃん!」

蘭は、泣き崩れる和葉の体を抱き締めた。
そして、縋るように新一に目を向けた。

「新一・・・」
「服部がうんと言わねえもんを、オレが勝手に出来る訳、ねえだろ?」
「で、でも・・・」
「蘭!」

新一が滅多に出さない声で短く叱責するように蘭を呼び。
蘭はビクッとした。

「服部と和葉ちゃんの事だ。オレ達には手出し無用」
「で、でも・・・」
「・・・服部を説得する方が先だろ、和葉ちゃん」
「け、けど・・・あの分からんちんは!」
「和葉ちゃん。服部はきっと、分かってくれるさ。何故なら・・・」

新一が何かを言いかけた時。
突然再び、工藤邸の玄関が大きな音を立てて開けられた。

「どいつもこいつも・・・うちを壊す気か!?」

新一が悪態をつく。
飛び込んできたのは西の探偵&退魔師の、服部平次だった。

「工藤、どないしよおお!和葉が行方不明になってもうたあああ」

新一が頭痛を堪えるかのように額を抑えた。
本当にある意味頭痛を覚えていたのかも知れない。


「平次。どないしたん?」

和葉が呆れたように目をパチクリさせて、言って。
平次も、目をパチクリさせて和葉を見た。

「和葉!ええ加減にせえ!勝手におらんようになって。心配させんな、ドアホ!」
「な・・・!アタシがどこに行って何しようと、何で平次の許可受けんとあかんねん!ええ加減にせえ言うんは、こっちや!」

平次と和葉の痴話喧嘩に、蘭はオロオロしていたが。
新一が冷たい声で2人を遮った。


「服部、和葉ちゃん。夫婦喧嘩なら他所でやってくれ」
「どどどどアホ、どこが夫婦喧嘩やねん!」
「アタシらはただ・・・」
「服部。いい加減に腹括れ。和葉ちゃんを永遠に失いたくないならな」

新一の冷たい一言に、その場は静まり返った。

「和葉ちゃんはどうやってでも、シェリーの元に行く積りだぞ。オメーが守ってやらなくてどうする?」

平次は新一の言葉に、ハッとしたように和葉を見た。

「和葉・・・」
「平次。アタシ、アタシは・・・」

平次は頭を抱えて、ソファーに座り込んだ。


「和葉。お前を行かせとうないんは、危険な目ぇに遭わせとうないからや・・・」
「平次・・・」
「シェリーの魔法が、100%やない危険の高いもんちゅうんは、知っとるやろ?」
「うん・・・」
「オレも、お前と同じ願いは持ってる。けど、あの薬で地獄の苦しみ味わうんも分かっとるし、万一の事考えたら、和葉に行ってええとはよう言えへん。痛いのも危険も、オレの事やったらええ。けど・・・」
「平次・・・」
「オレのおかんは、長谷寺の牡丹の精やったんやで」

平次の言葉に、蘭は息を呑んだ。

「だから・・・服部君は、その方法の危険性を知っているから、反対したのね」
「そういう事だ。母さんと、服部のお母さんの静華さんが、大魔女シェリーの薬で人間になったのは、ほぼ同時期。父さんと、当時淫魔だった母さんとの付き合いに忠告をした、服部のお父さんが、そのすぐ後に、淫魔ではないけどやっぱり人外の存在と恋に落ちるとは、また皮肉な巡り合わせだったと言うか」

和葉が涙を浮かべて頷いた。

「アタシは、おばちゃんから話聞いとったから・・・おばちゃんは、孫が出来んでも構へんし、アタシがどうするかはアタシ次第や言うてくれた。けど、アタシは・・・」


平次は和葉の傍に行き、和葉をしっかりと抱き締めた。
そして、新一を見て言った。

「工藤。お前は、姉ちゃん行かせて、万一の事が遭ったらどないする積りやったんや?」
「蘭を1人で逝かせる積りは、毛頭なかった」

新一は即答し、その時それだけの覚悟を決めていた事をうかがわせた。

「けど、そのような事態にはぜってーならねえって、信じてたよ、オレはね」


平次は一旦目を伏せると、再び顔を上げて和葉を見詰めた。

「和葉。もし逝ってもうたりしたら、そん時は殺すで?」
「あほな事言いなんな!」

2人の言葉は物騒だったが、口調は穏やかで、笑顔であったから。
新一にも蘭にも、2人の覚悟が決まった事が分かった。

「工藤。地下室貸してくれへんか?」
「おい。これから1週間以上、うちに居候する気かよ?」
「固い事言いなや、オレとお前の仲やないか〜」
「どんな仲だよ!」

軽口の応酬をしながら、新一は、平次と和葉を地下の広間へ案内して行った。



大魔女・シェリーは、虚空に歪みを感じて目を細めた。
新たに魔方陣を描いてやって来る存在がある。

間もなくシェリーは、21年前のもうひと組のカップルの行く末を見届ける事になる。


そしてまたいつの日か、更にその先を見届ける日が、もしかしたら来るのかも知れない。




≪おしまい≫



+++++++++++++++++++++++++

<後書き>

魔探偵アナザーバージョン、最終回です。

こちらの話は本編とは別の意味で、色々と書いてて本当に楽しかったです。
締めくくりで平和が出て来るのは、(細かいところは色々変わったものの)泉さんの原案通りです。
平蔵さんと静華さんについては、ドミが設定を加えています。

実は本編と泉さん原案バージョンとでは、お互いに影響しあった部分もあったりします。
和葉ちゃんが山桜の精なのは、本編の影響ですし、本編で有希子さんは実は正体が定まってなかったのですが、泉さん原案バージョンの影響で・・・。

新一君平次君は、この話では蘭ちゃん和葉ちゃんが人の体になる為の試練を受けに行くのを、ただ見守るしか出来ない。
狙いをつけて来る魔物達から守り得ても、愛しい女性が苦痛に耐え、万一の危険を冒すのを、ただ歯がゆい思いで見ているしか出来ない。
本来攻めキャラ(あ、別に変な意味ではなく・・・)である彼らにとっては、それはどんなにか苦痛な事でしょう。

それでも、愛しい女性の気持ちを大切にして未来に向かうには、腹括らなければいけない。

いやあ、2人共になかなかイイ男になってくれたと思います。
そして、こういった形の新一君平次君の友情も、好きですね〜。


ラストは原案とほぼ同じく、平和が大魔女シェリーの元へ向かうところで、話は終えました。
2組のその後の幸せな生活は、あえて描く必要がないだろうと思っています。


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