嵐の夜


byドミ


急に激しく降り出した雨に、少年と少女は、慌てて玄関の軒先に駆け込んだ。
都内にあるのが信じられないくらい、ばかでかい洋館。
少年――工藤新一は、ここに1人で住んでいる。

一緒に駆け込んできた少女――毛利蘭は、工藤新一の幼馴染兼恋人で、最近は学校帰りに工藤邸に寄り、一緒に受験勉強をするのが習慣となっていた。

「予報では、夕方まではもつと言ってたんだけどな」
「あーもう、びしょびしょ。新一、お風呂貸してね」

新一は、微かに顔を赤らめ、視線をそらして、ああ、と答える。
蘭は、一瞬、訝しそうな目で新一を窺い見た。
雨に濡れて体に張り付いた制服のブラウスのラインや、濡れた髪がその上に纏わりついている姿が、どれ程男をそそるか、その手の事に鈍感なこの少女は、全然気付いていないのだった。


勝手知ったる工藤邸、蘭は自分の分の着替えを出し、風呂場へと向かう。
5月の連休の時にここに泊まってから、しばしば泊まる様になり、着替えなども置いてある。
先にお風呂を済ませた蘭は、

「お待たせ〜」

と言って、髪をバスタオルで拭きながら、リビングに入ってきた。
新一は、ソファーに横になっていたが・・・。

「ちょっと新一っ。濡れた格好のままで!風邪ひくよっ」

その声に起き上がった新一は、蘭の方を見た。
その目に、微かに切なそうな、苦しそうな色が浮かんでいる事に、蘭は気付く。
普段は押さえ込んでいるようだが、新一は時々こういう目で蘭をみつめる。

「もう、さっさとお風呂に入って着替えて来なさいよ!」

重苦しさを振り切るように、蘭が言うと、のろのろした動作で、新一はバスルームへ向かった。



「新一の馬鹿」

蘭は、コーヒーの準備をしながら、独り言をいう。

もともと鈍い蘭であったが・・・今でも、どういった事が男をその気にさせそそってしまうか等はよく判っていないが、新一が蘭にどういう気持ちを抱いているか、そしてそれを必死に押し殺して我慢していることを、今の蘭は知っている。

「私から、いいよ、って言える訳ないじゃない。新一の方が求めてきたら、そしたら私・・・覚悟は出来てるのにな」

左手を挙げ、薬指に光る指輪をみつめる。

5月4日、新一の18歳の誕生日に、2人で交わした将来の約束。
その証として、新一がはめてくれた指輪。
細いシルバーのリングに、誕生石の小さなエメラルドが光っている。

「私は、一生新一の物だって、誓ったじゃない」

その日、新一が蘭への欲望を抱えながら、それを蘭のためにずっと押し殺していたことも知った。

「大切にしてくれるのは、嬉しいけど」

あれから色々考えて、すっかり覚悟を決めてしまった蘭としては、時々苦しそうに蘭をみつめるものの、決して強引に求めて来ようとはしない新一に対して、肩透かしを食らっているような気分なのだ。


  ☆☆☆


「ねえ、新一。今日お父さんいないんだ。明日はお休みだし・・・ここに泊まってっていい?」

勉強しながら、上目遣いでねだるように言う。
この目で見たら、新一が「おねだり」に逆らえないのは知っている。
(しかし同時に、男心をそそってしまう事までは、判っていない)
新一は、蘭の方を見ず、

「別にいいけど」

と答える。
その顔が、やや苦しそうに歪んだのに、蘭は気付いた。

『馬鹿。良いよって、サイン送っているのに、気付かないの?もう、鈍感なんだから』

今日の新一は、いつも以上に無口だ。

2人で黙々と問題集をこなす。
時々蘭がわからないところを聞くと、新一は的確に答えてくれる。
でも、それ以外の事では、殆ど口を開こうとしない。

「ねえ、新一。もうすぐ夏休みだよね」
「ああ、それで?」
「園子や京極さん達と・・・それに服部くんや和葉ちゃんも誘って、どこかに遊びに行こうよ」
「ああ?俺達、今年は受験だろ?」
「余裕しゃくしゃくの人が、何言ってるのよ。それに、息抜きも必要じゃない。だから・・・お願いっ」

上目遣いで見る蘭に、新一は溜め息をつく。

「おめーな・・・その目は反則だって、前に言わなかったか?・・・夏休みの事は、考えとくよ。蘭から、園子と和葉ちゃんに連絡入れといてくれるか」
「うん!」

蘭は満面の笑みで頷く。

新一は結局、蘭に甘い。
蘭も最近はその事が判っている。
大体、放課後のこの勉強会だって、蘭のためにしているようなもので、新一自身には殆ど必要ないといってよい。
高校生探偵として活躍している新一は、元来の頭の良さに加え、探偵として必要な知識を得るために、あらゆる専門書を読み漁っているのである。
大学受験に必要な程度の知識は、殆ど頭に入っているのだ。


  ☆☆☆


この頃、蘭が工藤邸に来て作る事が多くなった夕御飯を食べ終え、後片付けをする。
その後も、勉強したり、ビデオを観たりの時間を過ごし・・・。

「じゃあ、蘭、お休み」

最近ではほとんど蘭の寝室となってしまった客間の前で、新一は蘭に軽くキスをする。
そしてすぐに離れていこうとする新一に、蘭はしがみついた。

「蘭?」
「新一、もうちょっと一緒にいたいの。駄目?」

しかし、新一は蘭を離して、横を向く。

「蘭。頼むから、これ以上困らせないでくんねーか」

そして、背中を向け、

「お休み」

と、自分の部屋の方に去っていく。

蘭は溜め息を付くと、客間に入り、布団に横になった。
寝ようとするが、眠れない。
未経験の蘭は、Sexに対し、正直、恐怖感はある。
けれど、新一と一つになりたい、という気持ちもある。
実際の行為は、そんなロマンチックなものではないのかも知れないけれど。

「でも、私、新一としかそういう事、考えられないもの。いつかはそうなるんだから・・・だから・・・なのに、新一の馬鹿っ」

眠れぬ夜が更けていく。