米花市繁華街近くに、カフェバー・アイリーンが出来たのは、数ヶ月前の事である。

小さな4階建てビルの1階に、飲食店の店舗がある。
昼間、10時〜17時はカフェ。
夜間、20時〜翌5時は、バー。
昼間は美味しいコーヒーなどのドリンクとランチ・軽食が、夜は本格的なカクテルと美味しいおつまみが、それぞれ評判になっている。

料理もカクテルもソフトドリンクも、本格的かつ適正な値段で提供し、寛げる雰囲気と相まって、開店して数ヶ月だが固定客もつき、順調に客足を伸ばしている。
そして、この店は、飲食業の他にもうひとつの・・・というより、本来はそちらがメインである業務を行っている。
そちらは、24時間対応で、電話相談の他、店の2階にある個室での接客も行われている。



カフェバー・アイリーンの、もうひとつの業務とは、探偵業であった。




期限付きの恋人



(エピローグ)探偵はカフェバーにいる



byドミ



カフェバー・アイリーンの店長は工藤新一。
副店長は、服部平次。

2人とも、この春、大学を卒業したばかり。
大卒と同時に、カフェバー探偵事務所を立ち上げたのだった。


平次はいずれ、幼馴染で恋人の遠山和葉と共に、出身地の大阪に帰って、そこで探偵事務所を構える積りで、今は、アイリーンの手伝いをしている。


4階建て中古ビルを買い取り改装し、1階を店舗に、2階を相談用の個室と事務所に、3〜4階は従業員の宿舎にしている。
ここに住み着いている者もいるが、店長夫妻のように、家は別にあり、多忙な際に泊まる者もいる。


アイリーン・カフェバー探偵事務所は、スタッフ全員が、探偵であり飲食店の店員であり事務員でもある。
勿論、それぞれ得意分野はあり、それを活かして仕事をしているのだ。

ここで探偵の中心になっているのは、店長の工藤新一と副店長の服部平次だが、24時間営業である為、多くのスタッフを抱え、交代で仕事をしている。
どんなに超人的な体力を誇るものでも、キチンと休みも取らなければ、身が持たない。

カクテル作りの中心となっているのは、新一達が探偵活動をする中で知り合った世良真澄と、本堂瑛祐。
ソフトドリンク関係の中心は、副店長の恋人・遠山和葉と、鈴木園子。
料理とおつまみ作りの中心は、店長の妻・工藤蘭と、鈴木園子の恋人・京極真。

その他にも多くのスタッフがいて、それぞれの得意分野がある。

だが勿論、何かに得意な者は不得意な者を補い、全員が協力し合うのが鉄則だ。


店長の工藤新一には、ホストの経験があり、それが店作りにも活かされている。



そもそも、飲食業と探偵業を一緒にした店を作ろうと考えたのは、探偵事務所は敷居が高く二の足を踏みがちなお客さんに、安心して相談して貰う為というのが、発端だったのであるが。
飲食業の方も、美味しく値段が適正である事を目指し、取りあえず相談がない人でも、普通にお客として入る事が出来るようにしている。


そして、この店のもうひとつの特徴は。
原則として、店のお客の相手をするのが、同性のスタッフである事だ。
相談の際も、最初の相談を受ける際は、同性のスタッフが対応する。
その後、必要とあらば、新一や平次にバトンタッチしたり、協力を仰いだりする。


「あそこにいる綺麗な姉ちゃんに、相手して貰えんのか?」
「お客様。うちは、そのようなお店ではございませんので」

時々、そのような客がいるが、適当にあしらわれるのがオチだった。
カフェバー・アイリーンは、お客様を楽しませ、寛がせ、もてなす事を主眼に置いてはいるが、クラブやスナックのようなサービスは、コンセプトにないのだ。


一応女性スタッフだが、りりしい外見の世良真澄は、女性客に人気で、本人も満更でもないようだ。
一応男性スタッフだが、可愛い外見の本堂瑛祐は、男性客に人気があって、本人はかなり辛い思いをしているらしい。

「僕、可愛い女の子が好きなのに・・・」

密かに瑛祐が涙を流していると。

「だったら、早く恋人を作ったらどうだ?」

耳聡く聞きつけた新一の冷たい声が飛ぶ。
最初の頃は、新一は瑛祐にもうちょっと優しかったと思うが、新一と蘭の結婚が決まった時にガックリした姿を見られてから、蘭への密かな想いを気付かれてしまったらしく、何かと辛く当られるようになってしまった。
ちょっとどころではなく、気の毒な男である。



夕方5時。
昼間のカフェが終わり、店は一旦閉める。
しかし、探偵事務所の方は24時間営業、受け付けは続いている。

スタッフは交代で休憩や食事に入る。
今日はもう上がりの者もいれば、今から当番の者もいる。


今日は、昼間のカフェの時間と、夜間のバーの時間の合間に、相談に訪れるお客さんもいないようだ。


しかし、2階の個室のひと部屋は小さな灯りが灯され、薄暗がりの中で過ごす男女の姿があった。

全裸の男が椅子に腰かけ、その男に向かい合う形で、全裸の女が男の膝の上にまたぐように腰かけている。
女の秘められた場所には、男の猛った楔が根元まで打ち込まれ、女は下からの突き上げに身悶えしていた。

「あ・・・や・・・んんっ・・・」
「蘭・・・声、出せよ」
「だ、だって、誰かに聞かれたら・・・」
「心配しなくても、ここは防音だって」
「あんっ!」

動きが激しくなり、椅子が床とこすれてギシギシ鳴る。
女――工藤蘭が、背中を反らせて果てると、男――工藤新一は、蘭の中に自身の欲望を放った。

2人、荒い息をつきながら、弛緩する。

「もう・・・新一・・・わたし今日、危険日なのに・・・」
「新一の子どもだったら、1人でも産むなんて啖呵切ってたのは、どこの誰だよ?」
「だ、だって・・・今は、店を開いたばかりで忙しいのに、そんな時期に・・・」
「蘭。忙しいのは、これからずっとだろ?それに、子どもは授かりもの、後から子作りしようったって、計画通りに行くかはわからないぜ?」
「うん・・・」
「もし、子どもが出来たら、オレ、蘭に負担をかけないよう、今以上に頑張るからさ」

そう言って、新一は蘭を抱き寄せ、唇を重ね、舌を絡める。
そうこうしている内に、蘭の中に納まったままだった新一のモノが、再び力を取り戻す。

新一が再び腰を揺らし始め、2人の繋がった所からは2人の体液が混じり合ったものが溢れだし、隠微な粘着性のある水音が響く。

「んん・・・ああ・・・やっ・・・」
「蘭・・・蘭・・・愛してるよ・・・」
「し、しんい・・・わたしも・・・んああっ・・・!」
「ずっと・・・生涯、一緒だ・・・」


新一と蘭は、大学3年の夏に籍を入れ、一緒に暮らし始めた。
籍を入れる直前に一度、避妊せずに交わった事があったが、その時子どもが出来る事はなかった。

2人が結婚式を挙げたのは、大学卒業の少し前。
アイリーン探偵事務所は、新一達がまだ大学4年になったばかりの頃に、開業していたが、カフェバー・アイリーンが開店し、探偵事務所が24時間営業になったのは、新一達の大学卒業後、フルタイムで働けるスタッフが揃ってからである。

あの一度以来、大学卒業までは、新一が蘭を抱く時は避妊をしていたけれど、ここ最近、新一は避妊せずに蘭を抱くようになった。

忙しいのは事実だが、それを理由に避妊していたのでは、いざ子どもが欲しいと思った時に出来なくて、後悔する可能性だってある。
避妊しなくても子どもに恵まれなかったとしたら、それもまた人生だけれど、新一は、蘭との夫婦生活で、悔いが残るような事はしたくなかった。

新一は2年以上にわたり、蘭の傍を離れていた。
今でも、その時の事は、大きな悔いが残っている。
過去の事は仕方がないが、この先、悔いが残るような事はしたくない。


もう、絶対に離れない。離さない。


いずれ、探偵事務所の他のスタッフが、それぞれ別の道を歩む事になっても。
子どもに恵まれ、その子どもが2人の元を巣立っても。
2人、ずっと寄り添って生きて行こう。



店の2階にある個室は、本来、探偵事務所に相談に訪れるお客と探偵とが面談する為の部屋であり、相談者が安心して話が出来るように、防音設備が整っているが。
部屋が空いていたら、時々どころではなく、所長夫妻が夫婦の営みに利用する事がある。

店長の工藤夫妻は、家は一応別にあるが、ここに泊まり込む事が多い。
そして、ここの個室で慌ただしく情事を交わす事も多いようだ。

スタッフは皆それに気付いているが、誰も何も言わない。
それは、この夫婦が如何に仕事熱心で多忙であるかを知っているからだ。



「園子さん。私はまた仕事に行きますが、あなたは先に休んでいて下さい」
「ええ、真さん」

真は、園子の唇にそっと自分の唇を重ねて、階下に向かう。

今夜店の当番に当たっている1人、京極真は、3階の宿舎に住み込んでいる。
そして、園子は、別に家があるが、真の部屋に泊まり込む事も多く、ほぼ半同棲生活を送っていた。
ヘタに夜道を帰られるよりここに泊まる方が安全なので、園子の両親も、あまりうるさい事は言わない。

京極真は、元々格闘家であり、探偵には丸きり興味がなかったけれど。
卓越した運動神経と体力を持ち、気配を殺し足音を忍ばせて後をつける能力に長けていて、動体視力も非常に優れている為、ここにスカウトされたのだった。
園子は、推理能力の詰めは今一つ・・・今二つ位だが、結構観察力に長けているのと、上流階級に顔が利き、ブランド物や女性のファッションに詳しかったりするので、案外重宝されていた。

その他、中学高校時代にサッカーで新一のチームメイトだった者・探偵活動中に知り合った者・特異能力を見出してスカウトした者など、多くのスタッフがいる。
たとえ推理能力が新一や平次には遥かに劣っていても、どのスタッフもそれぞれに秀でた部分があり、得難い人材なのであった。



夜8時。
バーが開店する。

開店と同時に、4人の集団が店を訪れて来た。

「へえ。結構、良い店じゃない。限られた予算での内装にしては上出来ね」
「いずれは収益をあげて、我々にも還元して欲しいものだね」
「ふん。探偵が、他の仕事にも手を出してどうする」
「あら。私は、良いアイディアだと思うわよ。お酒が入ると話し易くなるって人もいるしね。毛利探偵事務所も、人を雇って会社組織にしたらいかが?」
「ふん!オレは1人でやるのが性に合ってるんだよ!」

「いらっしゃいませ。こちらがメニューとなっております。当店自慢のカクテルと軽食もございます、どうぞお楽しみ下さいませ」

4人の集団客に対応したのは、蘭である。
この店は同性同士の接客が基本となっているが、カップルや男女混合のグループの場合は、その時対応出来るものが対応する。

「カクテルは、何がお勧め?」
「今夜カクテルを担当しております世良探偵自慢のカクテルは・・・」

蘭は、淀みなく答えて行く。
それを聞いて、女性2人と男性1人は、カクテルを注文したのだが。

「けっ!酒はビールに決まってんだろうが!」

男性客の1人は、天の邪鬼に言った。

「ビールは、どちらになさいますか?」

蘭は、メニューの飲み物欄を開いて、男に聞く。

「色々、揃ってんだな・・・生は何がある?」
「生ビールでしたら・・・」


注文を受けて去って行く蘭の後ろ姿を、4人は見詰める。

「蘭ちゃんったら、今日は一段とお肌ツヤツヤで・・・夫婦生活の方も順調なようね」
「有希子、下品な事は言わないでくれる?」
「あの野郎・・・俺の娘に・・・許せん・・・」
「小五郎?蘭はもう、新一君の妻よ。そこは弁えなさいよ。まあ、蘭が綺麗になった事は事実だわ。どこぞの誰かさんと違って、夫がシッカリ愛してくれている事は間違いなさそうね」
「あら。英理も綺麗じゃないの。夫にシッカリ愛されてるんじゃないの?」
「こ、これは、地よ!どこぞの誰かのお陰じゃないわ、断じて!」
「おい、英理・・・そこまで強調しなくても・・・」


会話している内に、4人それぞれ注文した飲み物が揃い、取りあえず4人は乾杯をした。
その後、新一が、4人が注文したつまみを運んで来る。

「いらっしゃいませ。店長の工藤でございます。どうぞ、ごゆっくり」

しれしれと言う新一に、3人は少し笑い、1人は憮然としている。

「アイリーンという店の名前は、ホームズから取ったの?」
「はい、そうですね。今、この店と探偵事務所の経営は、私工藤と、服部探偵で行っております。最初は工藤服部探偵事務所にしていたんですが、服部探偵はいずれ、地元大阪に帰る意向を示しておりますし、そうなると、工藤服部探偵事務所では・・・かと言って、今の時点で、私1人の名前を冠すのもどうかと思いまして」
「成程。この先、スタッフが入れ替わっても、店の名前は変えずに済むように、という事か」

本当は、アイリーンという名前にしたのは、もうひとつ意味がある。
それは、「電話帳で最初の方に名前が載るような名前」という事なのだ。
ただ、目の前に、電話帳では後ろの方に名前が載るであろう、毛利探偵事務所の所長がいるので、そちらの理由を言う事は憚られた。


この4人組は、店長夫妻の両親である、工藤優作・工藤有希子・毛利小五郎・妃(本名毛利)英理である。
そして、優作と英理は、カフェバー・アイリーンの出資者の1人でもあった。


鈴木史朗・工藤優作・妃英理の3人が、スポンサーとなってくれたお陰で、新一達は短期間で事務所立ち上げとカフェバーの開店を行う事が出来たのだった。
今のところ、順調な滑り出しだが、この先もっと収益をあげて、出資者達へ還元していかなければならない。

そして、探偵事務所もカフェバーも、収益を上げる為には、お客様に誠心誠意サービスを行う事が一番だと、新一達は理解している。

この4人が訪れたのは、視察を兼ねての事でもあり、お客としての来店であるから、親だからと言って馴れ馴れしい態度を取る事は出来ない。


「この、ピザ・マルゲリータ、美味しいわね」
「確かに、絶品だ」
「恐れ入ります、工藤蘭探偵自慢の一品でございます」
「こちらの焼きそばも、なかなか」
「そちらは、京極探偵の得意料理です」

最初は、1人だけ苦虫を噛み潰したような顔をしていた毛利小五郎も、美味しい食事とビールとで、ご機嫌になって来た。


店のドアチャイムが鳴る。

「いらっしゃいませ」
「よう・・・!」

訪れたのは、男性客1人。
新一が接客に当たる。

「ミツルオーナー・・・」
「おいおい。俺はもう、とっくにオーナーじゃない」

訪問客は、かつて、ホストクラブ「ナイトバロン」のオーナー兼店長であった、ミツルであった。

「今日は、無罪放免の祝杯をあげる為に、最近評判の探偵カフェバーに来たのさ」
「そうか、執行猶予期間が終わったのですね」

ミツルは、かつてナイトバロンで風戸の犯罪に手を貸していた事から、有罪判決を受けたが、実際に行っていた事は普通のホストの範疇からさほど逸脱した事でもなく、事情なども鑑みて、執行猶予付きだったのである。
その猶予期間が、終わったのだ。

あの後、ナイトバロンはたたんだ事は、新一も、風の噂に聞いていた。

ミツルは、目を眇めて新一を見る。

「そうか・・・お前、江戸川コナンは偽名で、本名は工藤新一、工藤優作の息子だったんだな」
「はい。その節は、お世話になりました」
「ナイトバロンが潰れたのは、お前の所為だ・・・」
「それは・・・!」
「と、俺がお前を恨んでいると、思ってるか?」

新一は首を傾げた。
ミツルの眼差しは決して、新一への恨み怒りが籠ったものではなかったからだ。

「俺は、女性達が心から寛げ、その場限りのホストとの疑似例愛を楽しみ、明日からの活力を得る事が出来るような、そういうホストクラブを作りたかったんだ。潰れたら困るが、法外に儲けたかったわけでも、女性達に身を持ち崩させたかった訳でも、ない。それが、資金繰りに窮して風戸の出資を受けたばっかりに、あの有様だ」

新一は、目を見開いた。
ミツルの経営哲学がどこにあるか、聞いた事などなかったからだ。

「俺は今、他のホストクラブでホストをしながら、いつかまた、自分の店を持つ為に、地道にお金を貯めている」
「そうですか。頑張って下さい。・・・こちらは、ささやかですが、オレの奢りです」

そう言って新一は、カクテルを差し出した。

「ん?お前に奢られる謂れはないが・・・」
「いえ。ホストというのは、貴重な体験でした。大切な女性がいるから、二度とやろうとは思いませんが」
「・・・そうか。じゃあ、遠慮なく」

ミツルは、カクテルを一気に飲み干した。

「ふう。久し振りの酒は、身に染みる」
「ホストしていながら、お酒は飲まなかったんですか?」
「ああ。売上が低くなるから、店長からは色々言われるがね。無罪放免になる今日迄、禁酒していた」

ミツルは、店の中を見回した。

「ここは、良い店だな。また、たまに飲みに来るよ。もし相談したい事が出来たら、その時は宜しく頼む」

そう言って、ミツルは去って行った。


「新一・・・」
「ん?どうした、蘭?」

蘭が、物陰でそっと新一に寄り添う。
先ほどの新一とミツルとの会話が聞こえ、蘭はミツルがナイトバロンの店長であった事を知った。
そして、新一が「大切な女性がいるからもうホストはやらない」と言った事を聞いて、胸がいっぱいになったのだった。

新一は蘭の肩を抱き寄せ、そっと触れるだけの口付けをした。


客の来店を知らせるドアチャイムが鳴った。

「蘭・・・いや、蘭探偵。お客様だ」
「はい、店長」


そして、来客に笑顔で挨拶する。


「いらっしゃいませ。探偵カフェバー・アイリーンへ、ようこそ」






あなたがもし、米花市を訪れる事があったなら、その繁華街近くにある、カフェバー・アイリーンに、是非寄ってみると良い。
そこでは、沢山の探偵たちが、笑顔で迎えてくれる。
そして、美味しい食事と飲み物で、もてなしてくれる。

もしあなたが、探偵に相談したい事があったのなら、飲み物で寛ぎながら、相談する事も出来る。


米花市には、探偵カフェバー・アイリーンがあり、探偵達が、あなたの来店を待っている。





期限付きの恋人・完


2012年6月5日脱稿




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