特別な夜




byドミ



〜side Shin-ichi〜



オレは、物心ついた頃から、蘭が好きだった。
最初から、ただ一人の女の子だった。

そして。
蘭への「欲望」を初めて自覚したのは、12歳の時だった。


林間学校での肝試しの夜。
蘭がオレにしがみ付いた時、膨らみ始めた胸の感触を背中に感じて、ドギマギした。

それから間もなく。
オレは、初めての夢精を迎えた。

夢の中でオレは、泣いて嫌がる蘭を追いかけて、服を脱がそうとしていた・・・。


目が覚めた時、オレは、自分がどうしようもなく汚い人間になってしまったように感じて、すごい自己嫌悪に陥った。
夢の中とは言え、蘭が泣いているのに、良心の呵責もなく何とも思わなかった自分自身に、吐き気がした。


オレはその年ごろにしては結構な本を読んでいたし、その内容も多岐にわたっていたから。
オレの身に起きた事が何であるかは、分かっていた。
そういう時に「スケベな夢」を見たりすると言う事も、知識としてはあった。

けれど、誰よりも何よりも大切に思う蘭に、スケベな事をして泣かせて、それが平気な夢の中のオレは、あまりにも浅ましく。
普段は態度に出さないように気をつけていたけれど、胸が重苦しくて仕方がなかった。


「新一、元気がないね、どうしたの?」

蘭に覗きこまれてそう言われ、オレは

「何でもねーよ」

と笑って返す。
蘭の顔が可愛くて眩しい。
大好きで大切な蘭に、オレはあんな酷い事をやってるんだ、どうか心配なんかしないでくれ、オレは自嘲的に思っていた。



男児のこういった生理的変化というものを、大抵の母親は一発で気付く、らしい。
そりゃそうだろう。
今迄毎日出ていた下着の洗濯ものが、時折出なくなる。
毎日洗濯をする母親は、ピンと来るだろう。

オレは、こっそり夜手洗いをした下着を、自分の部屋で干し、何食わぬ顔で洗濯機に放り込んでいたのだが。
それでも、やっぱり母親には気付かれていたらしい。

そしてこういう事は。
夫婦仲が良く、子供の事についていつも話し合える間柄なら、母親から父親へ、こっそりと伝達されるものだ。


ある日、オレが書斎で本を読んでいると、入って来た父親から話を振られた。


「新一君。最近、スケベな夢を見るようになっただろう?」

父親にさらりと言われて、ドキリとした。
その通りとも違うとも言えずに、オレは本を読む振りをして俯いたまま、黙っていた。

「新一君。もしかして君は、あれが本当のオレなのかって、自己嫌悪に陥ったりしていないか?」

父親の声は漂漂淡々としていたが、オレへの愛情と優しさがにじんでいた。
オレが、顔を上げて父を見ると、優しい眼差しがオレを見詰めていた。


「だって・・・あんな事・・・」
「ふん?」
「夢は、願望が現れるって、言うだろ?」
「夢は確かに、己の一部分が現れるものではある。けれど、それが全てではないよ」
「えっ!?」
「人の心は複雑怪奇、様々な側面がある。夢で現れるのは、心の内の僅か、氷山の一角に過ぎない」
「・・・・・・」
「音が善良な人が、夢の中で人殺しをする事もある。理性のタガが外れた、己のほんの一部分が現れるものだ」
「でも!」
「君が、もし、夢の中で自分が仕出かした事に、自己嫌悪に陥るのなら、大丈夫。夢で何かをやっても、現実世界に戻った時に、それがおかしいと、間違っていると、分かるのなら、大丈夫だ」
「父さん・・・」
「夢の中であんな事をしてしまったと、悔やんでいる自分も、本当の自分なんだ。現実では絶対に、そのような事を仕出かさないから、だから、大丈夫だよ」


その時のオレには、父親の言った事が全部理解出来た訳ではなかったけれど。

夢の中で蘭にあんな事をしても、目が覚めた時にそれを悔いている自分が、本当の自分なのだと、納得出来たのだった。


その後。
オレは、多少後ろめたく思いながらも、「蘭を夢に見ての夢精」「蘭を思い浮かべながらの自慰行為」が、多くなり。
嫌が応にも、蘭への愛情と重なった欲望の存在を、認めない訳には行かなかった。

ただ、そのような事、蘭本人には勿論、他のヤツの前でも、おくびにも出さないように重々注意していた。


中学生ともなると、皆、急速に大人びて来る。
特に女子は、丸みを帯びた体つきへと変化し、綺麗になって行く・・・。
と言っても、オレは、他の女子に対しては、まるで昆虫か朝顔を観察するかのように冷静に見ていたのだが。
蘭に関しては、日々眩しくなるあいつを、まともに見るのも難しくなって来た。
制服の胸が少し張り出しているのを見て、思わず唾を飲み込み、その下がどうなっているのかと、想像してしまう。

蘭の体を見たい、触れたい、思いっきり抱き締めて肌を合わせてみたい、その欲望が段々と膨れ上がって行く。
また悪い事に、蘭は幼馴染の気安さで、無防備にオレに接してくる。
オレは男と思われてねえなと、思わず天を仰ぎたくなる。

けれど、どんなに欲望を覚えても、蘭を大切に思う気持ちも年々膨れ上がっていたから、「蘭の意思に反してどうこう」なんて事は、丸きり頭の隅にも過る事はなかった。


で、まあ・・・。
年頃の男達も、数人寄れば、少しずつ「スケベな会話」をするようになって来た。
女子には絶対に聞かせられない話だ。


ただ、この「男子同士の会話」というのは、オレにとっても色々な意味で、カルチャーショックだった。


   ☆☆☆


休日のサッカー部部活で、午前の練習が終わり、2年のチームメートで固まって昼食を取っていると。
話がおかしな方向に行き始めた。

「B組の宗方って、太目だけど、胸でかいよなあ。エッチしたら気持ち良さそう」

なんて、チームメートの松崎が言うもんだから。

「へえ、松崎って、宗方が好きなんだ」

と返すと、皆から一斉に変な目で見られた。

「いやあ、別に好きじゃねえよ、あんな女。ブスいクセに、偉そうだしよ」
「けど確かに、抱き心地良さそうな体してるよなあ」
「?????」

オレの頭の中は、クエスチョンマークでいっぱいだった。
オレは何しろ、恋愛感情を抱くのも蘭だけなら、見たい触れたいという欲望を抱くのも、蘭だけだったから。
好きでもない女相手に、欲望を抱くという心理が、全く理解出来ないのだった。

「理解不能って顔、してんなあ、工藤」
「さては、工藤。お前・・・ふっ・・・まだまだ、お子様なんだなあ」

チームメートがオレの肩に手を置いて、気の毒そうに溜息をついてみせる。
けど、まあ良い。
こいつらに、お子様と思われてても、別に構やしねえ。

だからオレは、曖昧に笑って誤魔化した。

色々会話を聞いていると、どうやら普通の男子には、恋愛感情と欲望とは、どこかで重なる部分もあるが、基本的に別物であるらしい。
その二つが完全に重なっているオレなんかは、多分、普通じゃねえって事なんだろうな。
まあ、オレは別に、自分が普通だろうが普通じゃなかろうが、どうでもイイ。
蘭以外の女性に対しては、見たいとも触れたいとも思わない、それがオレ・工藤新一なんだから。


「実際問題、誰のバストが大きいと思う?」
「やっぱ、3年の先輩達の方が、発育がイイよなあ。C組の村上先輩なんか、かなり・・・」
「うんうん、A組の溝口先輩も・・・」
「工藤は、どう思う?」
「どうって・・・」

オレは、話を振られて困惑した。
正直、関心がない事だし。
まあ、探偵を目指していたオレは、人物観察を心がけていたから、聞かれれば、誰のバストが大きそうだとか、そういう事は分かるけれど。
それは、数学の解を求めるのと同程度の感覚でしかない事だったのだ。

「そりゃま、オレ達中坊年齢だったら、学年が上がる方が発育してんのは、当たり前だろ?」

オレがそう言うと、チームメートのヤツら、まるで化け物でも見るかのような眼差しで、オレを見た。

「工藤、お前、大丈夫なのか?」
「は?何がだよ?」
「運動神経抜群でサッカーの名手で、成績も良くて、ツラも良くて、もてもてのお前がさ。女にそこまで無関心だなんて、どこかおかしいんじゃねえか?」
「人の事なんか、ほっとけよ。オレには、ホームズとサッカーだけがあれば良いんだから」

オレはウンザリして言った。
女になんか、正直、興味はない。
たった1人を除いては。

「まあまあ、みんな。だから、工藤はまだお子様なんだって」
「あ、そうだな」

チームメートがにやにや笑って言った。
だから、オレの事は、ほっといてくれってば。

「2年女子で言うなら、C組の田中だろ?」
「いや、D組の鈴木も、イイ線行ってんぜ」

D組の鈴木?あー、園子か。
と、ボンヤリ考えていたオレだったが、次の瞬間、一気に全身の血が凍った。

「B組の毛利!あいつ、細いけど、結構胸あるぜ」
「ああ、うんうん。2年女子ではナンバーワンかも・・・」

オレは、ガタンと音を立てて立ち上がった。
顔色が変わっているのが、自分でも分かる。
慌てて、皆に背を向けた。


「く、工藤・・・?」

チームメートが、恐る恐ると言った感じで、声をかけて来た。


「・・・ちょっと走って来る」


午後の練習開始までは、まだ間があったけれど。
オレはとても、部室に座ってなんか居られなかった。


オレの中を、言いようのないどす黒い感情が渦巻いていた。

オレも、あいつらと同じだと、どこかで自嘲的に思いながら。
けれど、許せなかった。
蘭を汚すあいつらを、許せなかった。

真剣に蘭を好きになられるのも、正直、困るが。
恋愛対象ではなく、欲望の対象としてだけ蘭を見るなんて、絶対に許せないと、オレは思った。


午後の練習で、オレは荒れた。
きちんとしたパスやシュートではなく、相手を傷付ける事を意図したボールを、何度も出した。
昼食時、オレと会話したヤツ等は、オレの逆鱗に触れてしまった事には気付いたらしい。
顔色を無くし、おどおどとオレを盗み見た。

その日の練習後、キャプテンにも監督にも呼ばれて、何があったのかと問い詰められたが。
オレは唇を引き結んで、何も言わなかった。


ただ、それ以後、その時関わったチームメートはオレに対して、一切、蘭の事も、ワイ談も、切り出す事はなかった。



オレが中学3年に上がる頃、両親がロスに移住する事に決めた。
オレは、頑として日本に残ると言い張った。
もっと反対されるかと思ったが、両親は、意外とあっさり折れ、オレは日本に残る事になった。


1番の理由は勿論、オレが蘭と離れたくなかったからだが。
蘭に欲望の目を向ける男達のただ中に、蘭を残して置けるかという理由も、あった。


   ☆☆☆


そうして更に月日が流れ。
オレは、黒の組織と関わり、薬を飲まされて子供の姿になってしまった。
江戸川コナンと名乗ったオレは、思いがけず、蘭の気持ちを聞く事になる。

幸せ過ぎて死にそうだった。

ずっと、片想いだと思っていた。
時々は、「もしかして」と期待をかけながら、けれど、次の瞬間には、蘭が手の届かない所に居ると感じて、気落ちして。
その繰り返しだったのに。

「わたし、新一がだーい好き!」

あの時ほどに、嬉しくて、我が身の情けなさが身に染みた事は、ない。


蘭が、新一を待っている。
そう思えたからこそ、最後まで諦めずに頑張れた。
蘭の元に「工藤新一の姿で」戻る為に、オレは、実力以上の力を出して、闘ったのだ。


そうして、戻って来たオレは、万感の想いを込めて、蘭に自分の気持ちを告げ、オレ達は恋人同士になった。
その時初めてぎごちなく触れた蘭の唇は、柔らかく甘く・・・そして、震えていた。

オレは、蘭と恋人同士になれた事、蘭と口付けを交わした事で、感激し、有頂天になった。


蘭と恋人同士になって数ヵ月後。
オレ達は初めて、体を重ねた。

オレは情けない事に鼻血を垂らすし、蘭は破瓜の血を流すしで、かなりスプラッタな初体験となってしまったが。
痛みを堪えながらオレを受け入れ、必死でしがみ付いて来る蘭が、どうしようもなく愛しくて。
これで蘭はオレのものだと思うと、嬉しくて仕方がなかった。

蘭以外の女性に興味のない・欲望も抱けないオレにとっても、勿論、蘭が初めてで。
男であるオレには、正直なところ、初めてでも、蘭の中に入っただけで、天にも昇る心地よさを味わえた訳だが、蘭は女だから、そうは行かない。
個人差が大きいとは聞くが、案の定、蘭は破瓜の痛みも半端ではなかったようで、普段我慢強い蘭が、苦痛の声を上げた。
オレは、本などで得た知識(それも、所謂アダルトものなどではなく、きちんと真面目なものだ)はあっても、実践は初めての事だし、興奮して訳分からなくなるしで、蘭に快感を与えるどころか、随分辛い思いをさせる初体験になったと思う。
それでも、オレと一つになれて嬉しいと、アイツは涙を流しながらふわりと微笑んだ。

オレは絶対、蘭を一生離さない。
感動の中で、誓いも新たにしたオレだった。


一度触れてしまった蘭の体は、甘美な媚薬となってオレを誘惑する。
それからのオレは、我慢がきかず、機会さえあれば蘭を抱いた。
蘭も、余程でない限り、オレの要求に応えてくれた。

オレは、蘭を気持ち良くさせたいと、蘭の表情や反応を見ながら、頑張った。
ゆっくりと時間をかけて全身の性感帯を少しずつ刺激して行く方が、感度が高まるとか、すごく感じ易いとされる胸の頂きや花芽は、かなり優しくソフトに刺激しないと快感どころか痛いだけだとか、そういう事を少しずつ学習して行った。

その結果。
蘭は、オレに抱かれる度に、快楽に喘ぎ、あられもない声を上げ身をくねらせるようになった。
そんな蘭の姿を見ると、オレも嬉しく、なお一層、蘭の快楽を引き出す為に努力する様になった。


「あ・・・はああんん・・・」

オレの腕の中で、淫らに身をくねらせる蘭は、最高に美しく、オレ自身も、ゾクゾクする。
単なる射精による即物的な快感などより、ずっと大きな悦びが、オレを支配する。

時間をかけて蘭の快感を引き出した後は、蘭のそこも充分に蜜をたたえ、淫らな水音を響かせながらオレのものを呑み込んで行く。
蘭の内部に包まれて、オレの局所も凄まじい快感を覚えるが、内部をオレのもので擦られ、快楽の絶叫をあげオレにしがみ付いて来る蘭の姿に、オレは心の底から深い満足を覚える。

「くっ・・・蘭・・・らんっ・・・」
「んああっ、あああああん・・・しん・・・いちぃ・・・っ」


蘭とオレとのセックスは、肉体的な快楽を伴った愛の交歓だって・・・オレは、自負している。
抱けば抱くほど、蘭を愛しいと思う気持ちが、更に強くなる。
体を重ねるごとに、2人の愛と絆も、より強く深くなって行く。


ただ。
ひとつだけ困ったと思っているのは。

オレと肌を合わせるようになった蘭は、以前にも増して、グンと綺麗になっちまい、より男共の目を惹き付けるようになってしまったって事だ。
以前はひっそりと咲く野の花のような風情だったのが、今は大輪の薔薇や牡丹のように、強烈に人目を惹きつける。
蘭と共に街を歩くと、元から蘭へ寄せられる男達の視線は多かったけれど、今はそれが更に多くなっている。
蘭の匂い立つ色香に、ハッキリと好色の目を向ける不逞の輩も、少なくない。

冗談じゃない。
オレが丹精込めて花開かせた蘭の花を、他の男に手折られて堪るものか。


蘭を抱いて、「これで蘭はオレのもの」と安心したのも束の間。
オレは、更に美しくなった蘭を、掻っ攫おうと虎視眈々の男達の存在に、神経を尖らせるようになった。


   ☆☆☆


子供の頃から、相手は蘭としか考えていなかったけれど、体を重ねる事で余計に「結婚」という事を強く意識し始めたのは、オレにとっては当然の成行きだった。


けれど、おっちゃんと膝詰めで話をしても、同棲については(蘭の意志が固いのもあって)渋々認めてくれたが。
未成年の間の婚姻届については、どうしても許してくれなかった。

高校卒業と同時に、蘭はオレの家に引っ越して来て、オレ達は同棲生活を始めた。
オレの気持ちとしては・・・そして多分蘭にとっても、夫婦だと思っていたけれど。
世間的には、そう見てくれる筈もなく。
オレは、蘭が二十歳になって、親の同意なくしても婚姻届を出せる日を、焦れる想いで待っていた。


そして、「やっぱりジューンブライドって言う位だから6月が良い」という蘭の意向を受け、2人ともまだ19歳の間に式場の予約をし、まだ梅雨入りしないだろう6月初旬に、結婚式披露宴を行う事にした。
で、蘭が20歳になると同時に入籍を、と思っていたのだが、その頃には結婚式披露宴の準備で死ぬほど忙しく、正直、役所に届け出に行く余裕もなくなってしまっていた。


結婚式披露宴を終えての、虚脱状態が過ぎた後。
オレは、まだだった婚姻届の事で、蘭に話を振って見たが。


「焦る事はないよね?たかだか、紙切れ一枚の事なんだし。わたし達の絆って、そんなのどうでも良い位の強いものだよね」

蘭に笑顔でそう言われてしまうと、何も言えなくなってしまった。

オレ的には、かなり焦っていた。
蘭を早く、名実共にオレのものにしてしまいたいと、すごく焦っていた。
けれど、その焦りを蘭に押し付ける訳には行かないと、蘭の目の前ではそれを押さえていた。


『新ちゃん、あなた、まだ蘭ちゃんと籍入れてなかったの?』

アメリカに居る母親が、何かの機会で戸籍謄本を見たらしく、国際電話がかかって来た。

「あー、うん・・・」
『駄目じゃない、きちんとしなきゃ、蘭ちゃんが可哀想でしょ!?どうする気よ?』
「うっせーな。オレは、とっとと婚姻届出してえって思ってるよ。けど、蘭に『焦る必要なんかないよね?』って言われた日には、どうしたら良いか」
『あらー・・・うん、まあ、そう言う事なら、蘭ちゃんがその気になるまで待つしかないかしらねえ。別に蘭ちゃんは、夫婦別姓が良いとか、そういう事を考えてる訳じゃないんでしょ?』
「ああ。以前話した時は、蘭は結婚したら当然工藤姓になるもんだと考えていたみてーだ」
『あなた達はまだ学生だから、蘭ちゃんには世間の目という認識があんまりないのかもねえ。でも、あんまりズルズルしないように、きちんと話し合った方が良いわよ』
「ああ。わーってる」


その後、大学は夏季休暇に突入し、オレと蘭とは、話し合う時間も充分ある筈なのに、何だか上手くそういう話に持って行ける機会がなかった。

お互いに忙しいのは確かだけど、別に、全く時間がない訳じゃない。
相変わらず、ほぼ毎晩、蘭を抱いているし。
他愛のない会話は、いつもしている。

けれど、いざ、そういった話をしようとすると、タイミング悪く何かの邪魔が入ると言うか。
焦る気持ちとは裏腹に、どんどん時間は過ぎて行った。


   ☆☆☆


蘭の所属する帝丹大学空手部では、夏季休暇の初め頃と終わり頃に、強化合宿がある。
何日も蘭と会えないし、まともに声も聞けないのは寂しいが、前半の合宿は男女別なので、安心だ。

その蘭が、合宿が終わった辺りから、少し様子がおかしかった。
オレに何か話したい事があるらしいのは、オレも感付いていたから、オレの方も何とかそれに応えようとするのだが、タイミングが悪く。
一抹の不安を残したまま、蘭は後半の合宿に行った。

後半の合宿は、男女合同である。
だが、「合宿中」は結構風紀が厳しく、練習の時は顔を合わせても、宿泊場所は別棟で男女とも大部屋なので、まずまず安心だ。
今の帝丹大学空手部の女子キャプテンは、帝丹高校時代からオレも知っている塚本数美さんなので、信頼出来るし。


ただ、1週間も、蘭に会えない、触れられない。
合宿中は集団生活で規律も厳しく、滅多に電話もかかって来ない。

けれど、高校時代、かなり長い事蘭に寂しい想いをさせた俺だから、この程度の事で音を上げる訳にも行かない。


オレは、色々と気になる事があったので、蘭の親友である鈴木園子に連絡を取ってみた。


「新一君。わたしは、蘭が居ない間の浮気相手になるなんて、嫌だからね」

待ち合わせた喫茶店で、オレの向かい側に座るなり、開口一番の園子の言葉に、オレは脱力した。

「・・・誰が不倫なんかすっかよ、バーロ」
「あら。今のアンタ達なら、不倫じゃないでしょ、単なる浮気でしょ?」

園子の言葉に、オレは、はじかれたように顔を上げた。

「園子。蘭がおかしいのは、オレ達がまだ入籍してねえって事と絡んでんのか?」
「・・・相変わらず、鋭いわねえ。面白くない」

園子は涼しい顔で言って、アイスティーを啜った。
時に憎らしい事を言ったり、オレ達をからかったりする園子だが、蘭を大切に思う気持ちはホンモノだ。
だからオレも、そういった面ではこいつを無条件に信頼している。

「何か遭ったのか?」

オレが低い声で言うと、突然園子が両手を合わせて拝むような仕草をした。

「新一君、ごめん!わたしの所為なの!」
「へっ!?」

そしてオレは、園子の大声がきっかけで、蘭とオレとの入籍がまだだと、大学中に知れ渡ってしまった事実を、知る。

「別に、オメーが悪い訳じゃねえ。きちんとしてなかったオレ達の問題だよ」

オレは深く溜息をつきながら、言った。
大学中で噂になっている事も、蘭がその所為で辛い想いをしている事も、気付いていなかったオレ自身に、腹が立った。

「んな事なら、早い内に、強引に籍入れとくんだった・・・」

オレがぶつくさ言ったのを、園子が聞き咎めて、笑いながら突っ込んで来た。

「あはは〜、やっぱりねえ。新一君だったら、蘭とすぐにでも籍を入れようと考えるだろうなって、思ってたのよ〜。何せ、独占欲の塊だからね〜」

何で、蘭が全く気付いてない事を、こいつはこうも分かっているんだろう?
オレは再び脱力した。
勿論、園子がオレの事で「理解」しているのは、蘭に関わる部分だけである事位、百も承知だ。
決して、「オレ自身」の理解者ではないのだ。

蘭は、オレ自身の最高の理解者ではあるけれど。
こと、オレの蘭への気持ちに関しては、全く理解してくれていない。
けれどそれは、オレも同じで。
蘭の事なら大体何でも分かっている積りだけれど、蘭のオレに対する気持ちに関してだけは、今もなかなか分かってやれない。


「蘭の合宿が終わったら、今度こそ、キチンと籍入れる」
「うん。そうしてあげて頂戴。蘭も、そしてアンタも、わたしの所為じゃないって言ってくれるけどさ。今回の事では、かなり責任感じてるんだ」
「いや。本当に、園子の所為じゃねえよ。いずれはどっかで起こり得る問題だったんだからよ。ありがとな」
「新一君がわたしに素直にお礼言うなんて、気持ち悪いわね。ま、でもそれも、蘭の為、か。新一君、勿論ここは奢ってくれるんでしょ?」
「・・・ちゃっかりしてんな、オメー」

オレは呆れてみせたが、勿論、呼び出したオレがその位はする義理があると思っていたので、全く異存はなかった。


   ☆☆☆


合宿の最終日。
毎年恒例で、最後だけは多少羽目を外す飲み会がある。
しかも、男女合同で。

もっとも、羽目を外すと言っても、「未成年も含めてアルコール摂取」「どんちゃん騒ぎ」程度の事だ。
オレは、あらかじめ蘭からメールで連絡があった、店の場所と終了予定時刻に合わせて、迎えに行った。

そこでオレは、とんでもない光景を目にした。

蘭が、オレの蘭が、男から無理矢理抱きすくめられようとしていた。

「・・・!やあ!放して!!」

蘭の切羽詰まった悲鳴が届く。


オレはカッと頭に血が上った。
考える間もなく、行動していた。

コナンから元の姿に戻った今でも、オレが常に身に着けている物がある。
ボール射出ベルトのスイッチを入れ、出てきたサッカーボールを、オレは思いっ切り蹴った。
狙いたがわず、ボールは蘭の頭上を通り、その男の顔面に吸い込まれた。(正直な話、その男がかなり長身で蘭と身長差があったので、その点は助かった)


蘭が振りかえりざま、嫌悪の表情からホッとした表情へと変わる。

「新一!」

蘭が叫んで、オレに向かって駆けて来る。
オレも蘭に向かって駆けて行く。

「蘭!」

その名を呼び、オレの胸に飛び込んで来た蘭を、力いっぱい抱きしめた。

「蘭。大丈夫だったか?」
「え?」

オレが思わず発した問いに、蘭はオレの胸に当てていた顔を上げた。

「あの男に、何もされてねえか?」
「う、うん・・・肩を抱かれただけ」

蘭が身震いし、オレは胸が詰まった。

もしも、もしも、蘭が自分の意思で他の男が触れるのを許したのだったら、オレは気が狂う程の嫉妬に苛まれるだろう。
けれど、蘭の意思に反して無理に触れられたりしたら、その時は。
蘭の身も心も、傷つけるようなヤツは、ぜってー、許せねえ!

「蘭・・・良かった、間に合って・・・」

蘭の髪に頬ずりし、頭と背中を撫でる。
少しでも、蘭の恐怖心と不快感を、取り除いてあげたい。


それにしても、いくら酔った勢いとは言え、この男、許せねえ。
オレは、ボールを受けて倒れている男を見やった。

「野郎!よくも蘭を!」
「し、新一、止めて!」

オレが動こうとするのを、蘭がオレの胸に手を当てて押しとどめた。

「蘭、何で止める!?」
「・・・あんな人の為に犯罪者になる新一を、見たくない」
「わーった。じゃあ、行くぞ」

その男への怒りは消えないが。
暴力沙汰は確かに宜しくない上に、蘭の心を痛めかねない。

こいつは、あくまで合法的に、追い詰めて蘭の前から消し去ってやる!
オレはそう決めて、蘭の手を引いてその場から素早く離れた。


後日、その男は、帝丹大学に籍がなくなり、蘭の前に2度と顔を出せなくなったが。
勿論、そう仕向けたのは、オレだ。
え?一体どうやったのかって?
それは、訊かねえ方が良いと思うぜ。


手を繋いで歩きながら、蘭がポツポツと、今迄あった事や、蘭の両親と話した事を、オレに説明してくれた。
ホント、気付いてなかったオレって、情けねえよなあ。
オレは、大きく息をついて、足を止めた。


「蘭。今すぐ、籍を入れに行こう!」
「えっ!?新一?」
「オレ達は、れっきとした夫婦なのに。んな事で、蘭がんな目に遭わせられて、たまっかよ!行くぞ!」

オレが、蘭を引っ張って行こうとすると、蘭はそれに逆らう素振りを見せた。

「え!?で、でも、新一、今はもう、役所は閉まってるよ!」
「大丈夫、米花市役所は、戸籍関係の届けを受け付ける夜間窓口があっからよ」
「で、でも、新一、待って!今日は嫌!」

蘭が必死に足を踏ん張り、梃子でも動かない様子を見せる。
さすがにオレも、苛立った。
蘭の手を放し、蘭の顔を覗き込む。
蘭は泣きそうな顔をしていた。
オレはそんなに怖い顔してんのか?
オレの気持ちは更に苛立つ。

「オメーは、そこまでして、オレと正式な夫婦になるのが、嫌か!?」
「そうじゃない、そうじゃないの!」

蘭が目に涙を溜めて必死で言い募る。

「だったら、何でそこまで抵抗すんのか、言ってみな?」

オレが促すと、蘭が小さな声で何か呟いた。

「・・・だもん・・・」
「あ?何だって?」
「だ、だから!今日は、仏滅なんだもん!」

オレは、呆然として蘭を見やった。
本当にバカだよな、オレは。
迷信だって分かっていても、オレだってそれは気になる。
これは、今日が何の日かきちんと確認していなかったオレのミスだ。

オレは、大きく息を吐き出して言った。

「ああ・・・そっか・・・うん、確かに、止めて置いた方が良いかもな・・・」
「迷信なのにって笑わない?」
「笑わねえよ。やっぱ、気になっちまうもんな」
「怒ってない?」
「怒る訳、ねえだろう?大事な事だから、ゲンをかつぎたかったんだろう?」

蘭は、オレが迷信なんか気にしない人間だって、思っているんだな。
実際はそうでもねえんだけど。
オドオドとオレの顔色を伺う蘭を見て、オレは何だか情けなくなった。
オレは、蘭が思っているよりずっと、蘭にメロメロなんだけど。
通じてねえんだよなあ。
それもこれも、オレの不徳の致すところか。

「けど、じゃあどうすっかな?今日が仏滅って事は、明日が大安吉日だけど・・・明日はどうしても、時間が取れそうにねえし」

オレは、考えこみながら言った。
オレも蘭も、忙しくすれ違いが多い。
だからと言って、どちらか片方だけで役所に行くとか、代理人に頼むとか、そういう事はしたくなかった。
それに関しては、お互いに気持ちが通じ合っていた。



そしてその晩。
数日振りだったので、オレ達は随分と燃えた。


「ああん・・・新一ぃ・・・んああっ・・・」

合宿の間に、蘭の体につけたオレの印は、すっかり薄くなっていて。
オレはまた、蘭の肌に、新たな花を咲かせる。

蘭が嫌がるので、表から見えるところには、絶対につけない。
オレと蘭だけの、密やかな印だ。

充分に愛撫をして、蘭の快感が高まったところで、オレは蘭の中に入る。
蘭の中は、オレに熱く絡みついて、すげー気持ちイイ。

オレは蘭と長く繋がっていたくて、緩やかに腰を動かす。

「ああ・・・しんいち・・・んああんあん・・・はあん」

蘭の感じている時の顔は、どう表現したら良いか、分からない。
オレだけが知る、蘭の最も美しい顔。
他の誰にも、ぜってー、見せる訳には行かない。

・・・いや、自惚れる訳ではないが、蘭が他の男にこの顔を見せる事は、金輪際有り得ねえ。

蘭が今日、あの男に抱きすくめられようとした時の、切羽詰まった声、こちらを振り返った最初の一瞬見せていた嫌悪の表情。
たとえ、力尽くで蘭の身を奪う男があったとしても、決して、蘭の最高に美しいこの姿を見る事は、叶わない。

もっとも、そのような事には、ぜってーさせる気はねえが。

「蘭・・・愛してるよ・・・」
「新一・・・わたしも・・・」

蘭とオレは、ひとつになって、融け合って、最高の官能の瞬間を迎える。

蘭を愛している、愛している。
オレには生涯、蘭ただ一人だけだ。

願わくば、お前にとっても、オレがそういう存在であって欲しい。

最初は緩やかに動いていたオレも、少しずつ激しく動き始める。

「あ・・・やっ・・・はあっああっ・・・しんい・・・んんああああっ!!」
「くうっ・・・蘭・・・らんっ・・・!」

やがてオレ達は上りつめ、そして同時に果てた。
少し経ってオレは、離れがたく想いながらも、蘭の中から己を静かに引き抜いた。

「あん・・・」

蘭がその喪失感にブルリと身を震わせた。

オレは、自身に嵌めていたものを外して処理した。
蘭とオレとを隔てる薄い膜は、内側にオレの体液が溜まり、外側は蘭の体液で濡れている。


気を失うようにして眠りに就いた蘭を抱きしめながら、オレは。
1日も早く、法的に蘭をオレの妻にしたいという事と。
膜を隔ててではなく、直接蘭の中を感じたいと言う事と。
ふたつを考えていた。

後者は、妊娠の可能性を考えねえといけないが。
蘭もオレも、母親が20歳の時に産んだ子供だから、籍を入れた後なら、避妊を止めるのも早過ぎるって事はねえだろう。


   ☆☆☆


結局、大安はどうしても都合が合わなかったので、結婚式などで大安吉日に次ぐ人気を誇る「友引」の日に何とか2人の都合を合わせて、届けを出した。

その日は、夏期休暇が終わる直前の、9月10日だった。

蘭は法的にオレの妻に、「工藤蘭」になった。


家に帰り着いた時、玄関扉が閉まった途端に、オレは背後から蘭を抱き締めた。
ようやく、ようやく、蘭がオレのものになってくれた、その記念の日に、オレは、ご飯なんかそっちのけで、蘭を求めずには居られなかったのだ。

「し、新一?」

体をねじってオレの顔を見上げた蘭は、絶句した。
きっとオレの欲望に気付いたのだろう。

蘭の体を反転させ、正面から抱き締め、その唇を奪う。

「ん・・・ふ・・・」

漏れ出る蘭の声も、甘さを含んでいる。
オレは舌を蘭の口内に差し入れて、蹂躙した。
蘭がオレの舌に自身の舌を絡めて応えてくれる。

「蘭」
「あっ・・・」

オレが蘭の耳元で熱く囁くと、蘭は甘い切なそうな声を上げる。
こうなるともう、蘭自身がオレを待ち望み、オレに逆らえなくなる。

オレは、意識朦朧とした蘭を抱え上げ、寝室まで連れて行き、ベッドに横たえ、服を脱がせた。
殆ど生まれたままの姿になった時、ぼんやりとしていた蘭はハッと気付いたようだった。

「綺麗だ、蘭・・・」
「あ・・・ふ・・・んんっ・・・!」

オレが蘭の肌を指と唇で辿って行くと、蘭はその度にピクリピクリと反応して跳ねる。
生まれたままの姿の蘭は、勿論、たとえようもなく綺麗だ。
が、オレの愛撫に乱れ始めると、それこそ、凄絶なほどに美しくなる。

単に挿入してピストン運動して射精、そんな事だったら、自慰行為と殆ど変わらない。
いや、大切な筈の女性を欲望の道具として使うのだから、もっと始末に悪い。

愛する女性とのセックスは、即物的な欲望を満たす為の行為ではない。
身も心も一つに溶け合い、快楽を分かち合う、至上の愛の行為だ。

オレは、蘭の心と体をゆっくりと愛でて、蘭を抱く。
蘭と一つになっている充足感、蘭をオレの腕の中で美しく花開かせているという悦び、それは他の何にも、換え難い。

少しずつ、体を重ねる毎に、オレ達のセックスは深まり、充実して来た。
2人はセックスに飽きるどころか、より濃厚で気持ちの良いセックスになっている。

蘭がここまで感じて乱れてくれるのは、蘭がオレを誰より愛してくれているから、そして、オレが愛を込めて蘭を抱くからだと、オレは信じている。

「あああああん!」

蘭の胸の飾りを、オレの口に含んで吸い上げ、舌で転がすように優しく愛撫すると、蘭は背中を反らし、高い声を上げた。

「蘭・・・気持ちイイか?」
「し、新一ぃ・・・お願い・・・わたし、おかしくなっちゃう」

蘭が身悶えする。
オレを欲しがっているのが、分かる。

「まだ、もうちょっと・・・待ってろ、蘭」

オレは、蘭の両足を抱えて広げた。
蘭の秘められた場所は、オレを欲しがって、ヒクヒクと蠢き、蜜を滴らせている。

何度繰り返しても蘭は、秘められた場所をオレに見られるのを恥ずかしがるが、こうなった時の蘭のその場所はたとえようもなく美しく、見たいという欲求を抑えられない。


オレは、蘭の敏感な花芽や、大腿部の付け根を、周囲を舐めたり指で優しく擦ったりして、愛撫する。

「あん・・・あああああんん!」

蘭があられもない声を上げながら、身悶えする。
蘭の体の準備は充分整い、オレ自身が蘭の中に押し入っても良い頃合いだ。

しかし、ここまで来て、オレは少し逡巡していた。

このまま、挿れたい。
蘭の中で、出したい。

膜越しでなく、蘭の中を感じたい。

いつまでも入らないオレに焦れたのか、蘭が目を開けてオレの顔を見た。

オレは、思い切って口にする。

「蘭。今日は、このまま挿れて、良いか?」
「え・・・?」

蘭が戸惑ったように訊き返す。

「中に出して、良い?」
「え・・・あ・・・」

ようやく蘭にも、意味が分かったようだ。

「し、新一は?」
「オレは・・・どちらでも、蘭の望むままに」

そう答えると、蘭が非難の目をオレに向けた。

「ずるい・・・よ・・・そんなの・・・」

ああ、そうだな。
オレの意思と気持ちを伝えないで、蘭に決定させようなんて、確かにずるいよな。
だから、オレは自分の望みを口にする。

「オレは・・・法的にも夫婦になったんだから、子供出来てもイイんじゃねえかって、思ってる。だから・・・直にオメーの中に触れたい。そして、中に・・・出したい・・・」
「じゃあ、良いよ」

蘭がアッサリと答えたので、オレは逆に戸惑った。

「蘭?」
「わたし・・・は、新一の・・・子供・・・だったら・・・今すぐでも・・・産みたい・・・から・・・」

蘭の覚悟が、蘭の気持ちが、嬉しい。
オレもバカだな。
まだまだ、分かってねえよ。

オレはふうと大きく息をつくと、蘭の足をグッと開き、そのまま中に押し入った。

「あっ・・・はっ・・・はああああああん!!」

蘭が絶叫して、オレにしがみ付いてきた。

『うわっ』

初めて直接触れる蘭の内部は、想像以上に気持ち良くて、それだけでオレはイッてしまいそうになった。
気の所為か、蘭も、いつにも増して感じているようだ。

オレが腰を動かし始めると、蘭は声を上げて身悶えする。

「あ・・・はん・・・んああん・・・新一ぃ・・・あんああん・・・っ!」
「蘭・・・くうっ・・・蘭、蘭!愛してる、愛してるっ!」

突然、蘭が荒い息の中で、言葉を振り絞る。

「しん・・・いち・・・どうして・・・?」
「・・・らん・・・?」
「わたし・・・しあわせ・・・なのに・・・しんいちは・・・ちがうの・・・?」
「蘭・・・?」
「しんいち・・・かなし・・・そう・・・」

蘭の言葉は、オレの胸を突いた。
蘭に、気付かれていた。
オレの不安が、どうしようもないオレの中の暗部が。

オレは、緩やかな動きから、激しい動きに変える。
蘭は快楽の波の中で、言葉を出せなくなった。
言葉を成さない甘い悲鳴が、室内に響く。
オレが直に蘭の中に熱いものを放った時、蘭も背中を逸らせ、オレの背中に爪を立てて。果てた。


「あ・・・」
「蘭・・・大丈夫か・・・?」
「うん・・・」

快楽の波が去った後、蘭は全く動けなくなっていた。
オレは、蘭を抱き寄せて、優しく髪を撫でた。
そして、先ほどの蘭の問いに、答える。

「オレも、幸せだよ、蘭」

そう言って、オレは蘭の頬に口付けた。
蘭が、少し不安そうに俺を見詰める。

「でも・・・」

オレは、オレの中にある暗い部分を、口に出した。

「ずっとずっと・・・昔から、オメーの事が好きで・・・大切で、でも、欲しくて・・・堪らなかった・・・」
「新一?」

オレが蘭の顔を覗き込むと、蘭の頬が赤く染まった。
オレは、蘭の表情を見ながら、少しずつ言葉を紡ぐ。

「オメーを、決して疑ってる訳じゃ、ねえ。だけどオメーは、沢山の男の目を惹きつけ、欲望をかきたてる存在だから。無理にでも攫って行こうとする男が、沢山居る・・・」
「・・・・・・」
「いつでも、オメーがいつか攫われるんじゃねえかって、不安で不安で・・・仕方がない。だから・・・ごめんな・・・オメーを抱いて、とても幸せなんだけど、つい、切なくなっちまうみてえだ」
「バカね。新一、わたしは、身も心も、新一だけのものだよ。この先も、ずっと・・・」
「うん・・・」

オレは、蘭の唇に自分のそれを重ねた。
蘭がオレの背中に手を回し、そっと抱き締めて来た。

「蘭?」
「新一。ずっと、一緒だからね?」
「ああ・・・」


参ったな。

蘭には、オレの奥底にある暗い部分の、本当のところは、きっと分からないだろう。
そういうダークな部分は、蘭にはないものだから。

けれど、よく分からないながらも蘭は、オレを受け止め包み込んでくれる。
ったく、すげー女だよ、オメーは。


オレも蘭を抱きしめ返す。


蘭はオレだけのものだ。
そしてそれ以上に、オレは蘭だけのものだ。
今も昔も、これからもずっと。

オレ達は、ずっと一緒だ。


名実共に、晴れて夫婦となった今夜は、ゆっくり、お互いを抱きしめ合っていよう。


Fin.


+++++++++++++++++++++++



<後書き>

2007年工藤の日記念話、これにて終了。
でも、この新一サイド裏話、滅茶苦茶、長っ!

大体、新一君の初夢精の日から描いているから、そりゃ長くなるわ、あっはっは。
私はどっちかと言えば、新一君に関しては、「外から見て」好きなんだと思ってたんですが。
案外、こうやって新一君一人称で書いてみると、無茶苦茶新一君の感情にシンクロしまくって、蘭ちゃんが愛しゅうて堪らなくなるから、困ったもんだ。

一人称で書くってのは、感情移入し易いから、別の意味でやばいかも知れない。

でもまあ、ドミが考えている「新一君が蘭ちゃんに抱く愛と欲望」は、この話でおよそ全て書き切ったです。
多分、もう暫く、新一君一人称は書かないだろうと思う。
うん、多分ね。


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