私を攫って、探偵さん



byドミ



(1)初めてのナンパ



「ったく、何でこんな羽目になったんだ?」

夏休みも近い時期のある金曜日、米花市の中でも若者が集まるショッピングモールの中央広場に、高校生位と思われる青年男性が一人、ブツブツと呟きながら立っていた。
年の頃は十七、八といったところで、綺麗な顔立ちをしている。
背は平均より少し高目位だが、すらりとスタイル良く敏捷そうな身のこなしである。

「工藤くん、君が賭けに乗ったりするからでしょう」

そう答えるのは、やはり同じ年頃の男。
先の男より更に背が高く、浅黒い肌だが、綺麗で尚且つ精悍な顔立ちをしている。

いい男が二人並んで立っている様は、嫌でも人目を引く。
先程から何人もの高校生を中心とした女性がちらちらと視線を寄越しているが、二人ともそれを一顧だにしなかった。

「まさか奴ら・・・カラオケという手で来るとは・・・不覚だった」
「何かで俺達を負かすことが出来たら何でも言う事を聞くと、君が大見得を切るからでしょう」
「それにしても、俺はともかく、おめーまでカラオケ苦手とは思わなかったよ。しゃーねえ、後三十分経ったら帰ろうぜ」
「私は君と違って音痴じゃありません、最新流行の曲が判らないだけです。ところで工藤くん、約束したからには、ナンパに成功するまでここに居なければならないのでは無いのですか?」
「京極、おめーは女の子を誘えるのかよ?」
「それははっきり言って自信ないです、でも、工藤くんだったら大丈夫でしょう?」
「何で俺が大丈夫なんだよ、そんなうざい事出来っかよ。あいつらには『うまく行かなかった』って言うしかねーだろ?奴等の狙いは大方他校の女子に渡りを付けて合コンでも狙おうって腹だろうけど、そうは問屋が卸すかってんだ」

気が進まない様子でナンパを試みているこの二人は、共に、文武両道で名高い帝丹男子高校の二年生であった。
タイプは違うが、何故か結構ウマが合うらしく、帝丹男子高校に入学して偶然クラスメートになった二人は、結構一緒にいる事が多かった。

一人は、高校生探偵として全国的に名高い、工藤新一である。
サッカーは超高校級の腕前であるが、探偵の道を選んで昨年サッカー部は止めてしまった。
彼が手掛けた事件で解決できなかった事は無く、「平成のホームズ」「日本警察の救世主」「迷宮無しの名探偵」と、様々な称号を持つ。

もう一人の背が高く色黒の男は、高校生空手チャンピオンの京極真である。
「蹴撃の貴公子」との異名を持ち、その技は切れがあり鋭いが、同時にまるで舞踏のように華麗である。

ただでさえ超有能で超有名な二人であるのだが、また二人共に飛び抜けてルックスが良い。
その気になれば(ならなくても)モテモテであるにも関わらず、この二人は(基本的にフェミニストで優しくはあるが)女性に殆ど興味を示す事が無い。
言い寄られても気付かなかったり適当にかわしたりしており、一生懸命ナンパをしても報われない同級生達からは羨望と怒りをかっていた。
そして今夜、同級生との賭けに負けた二人は、いやいやながら初めてのナンパへと繰り出したのである。

けれどそれは、ある意味運命の導きだったのかも知れない。

工藤新一と京極真の二人が、そろそろ切り上げようかと考え始めた頃、女子高校生らしい二人が広場に立った。
新一と真は、吸い寄せられるようにその二人へ視線を向けた。



「園子・・・私やっぱり・・・」
「蘭、ここまで来て何を言うのよ!女は度胸よ、度胸!」

新一と真の二人が目を奪われた女子高生らしい二人組は、共に人目を引く飛び切りの可愛い子達だった。
特に、長い黒髪の子は、モデルかタレントに混じっても見劣りしないだろう、群を抜いた綺麗な子だ。
大きな黒曜石の瞳、桜色の唇、整った顔立ちをしている。
しかも、細身なのに出るべき所は大きく形良く張り出している。

もう一人は茶髪をボブにしている子で、前髪を上げ、カチューシャで止めている。
明るい色の瞳でやや勝気そうな印象を与えるが、こちらもなかなかに可愛らしく、スタイルも良かった。


駅前広場で手持ち無沙汰そうにしていた男達が目に見えて色めき立つ。
早速近付いて行こうとする数人の男達の存在を見て、新一と真は考えるより先に行動に移っていた。

「彼女達、暇?」
「どっか一緒に遊びに行かない?」

いかにも遊び慣れていそうな茶髪ロンゲの大学生風の二人連れが、女性二人組に声を掛ける。
女の子達は迷ったようにお互いの顔を見合わせる。
どうも今ひとつ乗り気でないようだ。

「この先のいい店知ってんだ。行こうよ」

茶髪ロンゲの一人が、黒髪の子の肩に手を掛けようとした。
しかしそれより早く、その男の手を新一が押さえる。

「悪いね。その子達は、俺達と先約があるんでね」

真は無言だったが、さり気なく動いて、園子の前に庇うように立ちはだかっている。
探偵として凶悪犯とでも渡り合って来た新一と、空手の達人である真の無言の迫力に、茶髪ロンゲの男達は逃げるように去って行った。
他の男達もいつの間にか姿をくらましている。

「・・・先約ってどういう事よ」

男達が散り散りに去って行った後、長い黒髪の子が新一に向かってちょっと怒った様子で言った。

「おや。君たちがあまり乗り気じゃ無さそうだったんで、助け舟出したんだけど、余計なお世話だったかな?」

新一がちょっと意地悪くそう言うと、長い黒髪の子は黙ってふいとソッポを向いた。
茶髪の子が取り成す様に言う。

「まあまあ蘭、あいつらがイマイチだったのは本当の事じゃない。で、何?あなたたちが代わりに私達をエスコートしてくれる訳?」
「お姫様たちのお望みとあらば」

そう新一が言って、真は無言で頷いた。

「じゃあ、どっか楽しいとこに連れてって。ねえ、蘭、蘭も良いわよね?」

茶髪の子の言葉に、長い黒髪の子も頷き、新一と真は取り敢えずは(そういう心算ではなかったが)ナンパに成功したのであった。



四人はトロピカルランドへと向かった。
もう夕方だが、夏も近いこの時期、トロピカルランドの営業時間は長い。
明日の土曜日は休日だし、心置きなく遊べそうだった。

長い黒髪の子は毛利蘭、茶髪のカチューシャの子は鈴木園子とそれぞれ名乗った。
共に米花女子高校二年生で、新一たちとは同級になる。

トロピカルランドで四人はまず観覧車へと向かった。
大きなもので、一周するには十五分位掛かり、てっぺんからはかなり遠くまで見渡せる。
今の時間、夕暮れで景色が美しいだろうと予想された。

新一は蘭の隣に座り込んだ。
蘭は別に嫌がったり拒んだりする風でも無く、僅かながら笑顔を見せたので、新一はホッとする。
先程の反応からひょっとしたら嫌がられるかもと、新一は危惧していたのだ(実は新一には拒絶の様に見えた蘭の最初の態度は、蘭が緊張しまくっていた為だったのだが、新一がそれを知るのは後日の事になる)。

流れで自然に向かい側の席に真と園子が座った。
真は視線の動きから見ても、鈴木園子の方に興味を引かれているらしい。
好みと興味が、友人である真と綺麗に分かれた事で、新一は一安心した。

そして新一の目論見通り、観覧車からの夕景色は素晴らしいもので、蘭も園子も暫らくうっとりと窓の外を眺めていた。

それにしても、蘭と園子が人待ち顔で二人立っていたという事は、ナンパしてもらうのが目的だったらしいが、蘭はかたく真面目な感じで、そういうタイプでは無さそうに思える。

『まあ取り敢えずは、今を楽しく、だな。今日限りじゃなく、この先もずっと付き合って行きてーけど、慎重にゆっくりと進めないとな』

新一は内心で思う。
今日一目惚れしたというのではなく、実は新一は以前から蘭を知っていた。
今日の出会いは全く偶然だったが、新一としてはこの機会を逃す気はサラサラ無かったのである。



  ☆☆☆



四人は次々とアトラクションを楽しみながら、他愛もない話に花を咲かせた。
新一も真も、女性と付き合い慣れてない・・・と言うより付き合った事が無い為、気障ではあるが気の利いた会話というものが出来ない。
しかし園子が一人で喋り捲り、蘭が時々それに合わせる話をすると言う感じで、別に座が白ける事もなく過ごす事が出来た。
女と付き合う際には、無理にこちらから喋る必要は無い・・・と、この短時間で新一と真は悟る。


しかし、いずれは二人共に「もう、話を聞いてくれないんだから!」と恋人から責められ苦労する事になるのだが、それはまた後の話。



パレードを見て、閉園になったトロピカルランドを後にする。
その後新一と真が蘭と園子を連れて行ったのは、小ぢんまりとしているが洒落た感じのレストランだった。

「良いのかしら、こんな格好で入って?」

蘭がちょっと心配そうに言った。

「あ、大丈夫大丈夫。ここは父さんと母さんが懇意にしてるとこで、そんな堅苦しくねーとこだから」

新一がそう言って二人を促す。
中に入ると確かに洒落てはいるが落ち着ける家庭的な雰囲気の所で、訪れている客もカジュアルな服装をしていた。



「美味しい!」
「ほんと、いい店知ってるのね」

蘭と園子が満足したようだったので、新一も真もホッとする。
美味しい食事と和やかな店の雰囲気で、四人はすっかり打解け、他愛もない話で場は盛り上がった。

けれどやがて時間が過ぎ、これ以上遅くならない内に蘭と園子を家に送り届けなければと、新一と真は思った。

四人が食事を終え、デザートまで平らげたのを潮に、新一は他の三人を促して立ち上がる。
レストランでの会話で、蘭の家は新一の家から歩いて数分の距離にある事が判っていた。
園子ははっきりどことは言わなかったが、真が(実家は伊豆なので)杯戸町にアパートを借りていると聞いて、

「あら、私の家からそう遠くないじゃない」

と言った。

話の流れで自然に、家が近い者同士、蘭は新一に、園子は真に、送って貰う事になった。
二組に別れそれぞれに、まるで昔からのカップルであるかのように、自然な感じで肩を並べて夜道を歩き出した。



(2)に続く



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(1)の後書き

「私を攫って探偵さん」は、オフライン処女作の1つで、蘭ちゃんオンリーで完売した本をサイトアップしてもらいました。
「新一くんが蘭ちゃんをナンパ」という場面を書いてみたくてでっち上げたお話です。全6回で終了します。
この話はパラレルで、新一くん、蘭ちゃん、園子ちゃんの年齢は原作と同じ高校2年生、蘭ちゃんと園子ちゃんは同級生で幼馴染だけど新一くんは幼馴染ではなく学校も違うという設定になっています。京極さんは新一くんの同級生です。

まだ導入部ですが、次回は急展開!の予定。


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