心の旅路



By ドミ



第一部 再び動き出す時間



(三)真実の扉



 新一は、FBIのジョディ・スターリング捜査官と共に、アラン社に入社する事になっていた。(入社試験は二人ともあっさりパスしていた)

 いよいよ初出勤の日。新一自身も鬘を被りカラーコンタクトをし、顔もいじって変装していたが。目の前に現れた赤毛の女性を見て目を剥いた。

「ジョディ先生。先生まで変装すんですか?」
「うふふふ、クールガイ、私は『あなたの』先生じゃありませ〜ん」
「あ……つい」
「それに、忘れちゃってるでしょうけど〜、私はクールガイのパートナーとして〜、ついこないだ、本来の姿のまま、アラン社のパーティに参加したばかりなんで〜す」
「へ!???そうだったんですか!?」
「あの時クールガイ、『工藤新一に戻る』って言ってましたけど〜、本当に戻ったですね〜」
「え?工藤新一に戻る……?」
「どうやらクールガイは〜、事故の所為とかじゃなくて〜、自分で自分を〜記憶喪失にしてたみたいですね〜」
「へ!?んな事、出来んのか!?」
「それは私に訊かれても〜、自分の事でしょうに〜」

 新一自身は、たった今まで思っても居なかった。自分自身の意思で、記憶喪失になったなどとは。
 けれど、そうだとすると、尚更に確信が強くなる。アラン社ではかなり大きな犯罪が目論まれているという事を。

 新一と蘭が巻き込まれたホテル爆破事件では、実行犯自身は逃げそびれて崩れる瓦礫の下敷きになり命を落としている。新一達やホテルの従業員の必死の働きで救われた人も多いけれど、残念ながら犠牲者は少なくなかった。
 ただ、実行犯は特定出来たものの、何の為にそのような事をしたのか、それが謎のままだったのである。

 新一は記憶を失っている間、「ジミー・パトリック」と名乗りアーサー・アラン社の社長エドガー・ドイルの片腕となっていた。いくら新一に記憶がないからと言っても、何もなくて、そのような場所に甘んじる筈がない。
 FBIはFBIで、アラン社をずっと見張っていた。何故なら……。

「オレ達が壊滅させた筈の黒の組織、そのデータも全て抹消した筈なのに、一部を盗み出したのが、エドガー・ドイルだと言うんだな?」
「そうで〜す。行方不明になったと聞いたクールガイが〜、その社長と同棲して片腕になってるのを知った時は〜ビックリしましたね〜」
「どどど同棲って……!!!!冗談じゃねえ!」
「興奮しないでくださ〜い、ジョークで〜す」
「それにしてもジョディせん……ジョディさん。アンタ、日本語で喋る時のその口調、何とかならねえのかよ?」
「オウ!ジミーも同じ事言いましたです〜、やっぱり同一人物ですね〜」
 二人は、もし聞かれても意味が分からないように、あえて日本語で話をしていたのだが。新一はかなりの頭痛を覚えていた。

「前回の潜入で〜、α(アルファ)マインドが、やばい機械だという事だけは〜、突き止めましたからね〜。正式発売前に差し止めないと〜、色々と面倒で〜す。エドガーは完全にマッドですね〜、いずれ行き詰るのは〜目に見えてますが〜、その前に犠牲者が〜たくさん出そうで〜す」

 αマインドとは、最近アラン社が開発し、近々正式発売予定の、「いつでもどこでもリラックス出来る」がうたい文句の商品だ。

「それにしても、そのパーティの時、ジョディさんとオレとがマークされてんならさ……流石に少し警戒するんじゃないか?」
「あ、その点なら心配要りませ〜ん。ドイルさんは研究馬鹿で〜、夢はご大層なくせに〜詰めが甘甘で〜す。ちゃ〜んと、偽の工藤新一とジョディ・サンテミリオン死亡極秘情報を流しましたから〜、安心している筈で〜す」
「へ!?そんなんで引っ掛かんのかよ?もしそうなら……一年半にも渡って振り回されてるオレって、ただの馬鹿じゃん」
「オウ、クールガイ。そんなに自己卑下する必要はナッシングで〜す。日本でも昔〜とんでもない事件がありましたね〜、マッドのやる事で〜本当に犠牲者出てますし〜、相手が馬鹿だからと言って〜侮れないで〜す。それに〜、極秘情報はFBIルートで流したものですし〜、あれに引っ掛からないのは〜、スパイと工藤優作と〜工藤新一位ですね〜」
「ははは……何か脱力すっけど、褒め言葉と取っとくよ……」
「クールガイ、組織から流れた情報と〜あの男の技術を持ってすれば〜、とんでもない機械が出来てるのは〜確かなのですから〜、それは事前に阻止しないとで〜す」
「ああ。わーってる」

 どのような犯罪でも、犯罪者の頭の中の青写真の段階では逮捕する事は不可能だ。だから、新一もFBIも、αマインドの完成まで待たなければならなかったのだ。
 新一もその事は分かっている。事件解決に関しては、必要ならいくらでも待てる。ただ、今回は、かかった時間の分だけ愛しい人に辛い想いをさせた、それだけが新一に取っての痛恨事だったのだ。

「コナンから戻った時……二度と待たせねえ、って誓ったのにな……」


   ☆☆☆


「おはようございます。宜しくお願いします」
「やあ、新入社員諸君、おはよう」

 快活そうな顔で出迎えたのは、アーサー・アラン社の人事部長だった。

「新入社員諸君の最初の仕事は、わが社の新商品αマインドの実体験だ。諸君は実に運がいい。あれは素晴らしいぞ。本当に悩みも苦しみも、皆忘れてしまうからな」

 人事部長の目は、マインドコントロールを受けた者特有の眼差しであった。

「げ………」
「この人も、もう洗脳されてますね〜」
「つか、おそらく社員みんなじゃねえか?……人海戦術で一斉に来られちまったら、やべえなあ」
「実はそれ、操られた人達の人海戦術をパーティの時やられて〜、反撃も出来ず私達は〜逃げ出したんですよ〜」

 二人でお喋りをしていたら、普通なら咎められそうだが、洗脳されているらしい社員達は、気にも留めていない風だった。かなり不気味な状況であるのは確かである。

『ここに居るこいつら皆、社長のマリオネットで。けど元々は、ごく普通の人達だ。厄介だな』

 社員達は単に操られているだけで、本当の意味での使命感などないので、ジョディと新一が顔を見合わせて、αマインドを置いてある部屋に入って行く新入社員の列から抜け出しても、誰も気付かなかった。


「コラ、お前達!新入社員の分際で、どこに行くんだ!?」

 新一とジョディが静かに廊下を歩いていると、突然声が掛けられた。

「赤井さん……あなたも潜入していたんですか」
「潜入というほどの事でもない、ここの社員達は皆操られているから、自分の判断で行動出来ないので、逆に穴だらけだからな」

 新一は手近な部屋に入り込み、パソコンを立ち上げ、会社の図面を引っ張り出す。そして目を走らせた。

「ほう、手際が良いな、ボウヤ。FBIに就職しないか?」
「茶化さないで下さい。エドガーは社員全員を洗脳したから安心し切ってて、社内のパソコンはセキュリティが穴らだけだから、これが出来ただけです。多分、社長が居る部屋は、このコントロールルームだろう……けど、電子錠が掛かってる。これは、簡単に開けられるしろもんじゃねえな」
「ふむ。おそらく扉自体も頑丈だろうし、どうにかして無理にこじ開けたら、おそらく非常ベルが響き渡るだろう」
「けど、流石に床と天井までは強化してないですよ。上の部屋から侵入するのが一番早いですね」

 そう言いながら、新一は頭に叩き込んだその道を、先に立って案内する。赤井は続きながら口笛を吹いた。

「いや、本当に大学卒業後は考えて欲しいね」
「お断りです、オレは組織に属しての活動は無理ですから」
「それは残念」

 そう言いながら、赤井が銃を撃ってこじ開けた部屋は。
 真ん中に、大きなホログラフィの地球儀が浮かんでいた。

「何か、特撮の悪の秘密結社基地みてえな部屋だな……」
「彼が目指しているものは、まさしくそれだろう。今はもうアニメや特撮でも陳腐になってしまった『世界征服』がヤツの野望だよ」
「αマインドで人類全てを自分の支配下に置く妄想に取りづかれてるんですね〜、そのような事、不可能なのに〜」
「……ったく!そんな男のマッドな野望の為に、オレと蘭との結婚式と新婚生活が、邪魔されちまったのかよ!!」

 新一が拳を握り締めて思わず叫んだ本音に、赤井とジョディは苦笑していた。


   ☆☆☆


「ふふふ。また兵隊が増えた。αマインドが売り出されれば、まずはアメリカ中、やがて世界中の人間が我が配下に……!くくくく、はーははは!!!」

「……楽しそうだな」

 エドガーは、突然背後から冷たい声を浴びせられて慌てふためいた。

「ななな!この部屋には電子錠がかかっていた筈!一体どうやってここに……!!!」

 いつの間にか音もなく背後に立っていた三人組に、エドガーは指さして喚いた。

「わざわざ教えてやる義理はねえ。んな事より、あんたもう、年貢の納め時だぜ。オメーの悪事の証拠は全て、揃ってんだよ!」

 新一はエドガーをビシッと指して言った。

「な、何の事か分からないね」

 そらっとぼけようとしたエドガーだったが、次に聞こえた声に飛び上がる。

『ふふふ。また兵隊が増えた。αマインドが売り出されれば、まずはアメリカ中、やがて世界中の人間が我が配下に……!』
「オメー自身が、たった今喋った事だぜ。録音だが充分証拠になる」
「それに、今迄機械を調べても何も出なかったと、安心しているだろうが。おまえ自身が保管している別部品、あれを押さえさせてもらった。両方を調べたら、ネットなどを通じて、相手の心を支配出来る仕組みになっている事が、明らかになるだろう」

 エドガーの顔が歪んだ。けれど、彼は体術に関しては素人だった。マイクで会社中に呼びかける。

「私だ、エドガーだ!すぐにコントロールルームに来て、侵入者を捕らえよ!」

 声に応じて、社員達が一斉に動き出す。エドガーはほくそ笑んだ。しかし……。

「オメーさ。馬鹿じゃねえの?」

 社員達はコントロールルームの前に来たものの、掛けられた電子錠を誰一人開ける事が出来ず、ドアの前で右往左往しているのだった。新一はそれ故に、天井から降り立った侵入ルートを、エドガーに告げなかったのだ。
 エドガーは、ギリリと唇を噛む。新一はエドガーを押しのけて、コントロールパネルの前に立った。

「アンタはただの馬鹿だが。こいつは、正真正銘怖ろしい機械だ。……赤井さん、ここまでオレを守って協力してもらっていて何だが。オレはこいつを、FBIにだって渡したくはねえ」
「ああ。そうだな。私も君に、FBIは絶対悪用しないとか、我々を信用しろとか、言う事は出来ない。……だから、追い詰められた犯人が装置を自爆させた……って結末で、良いんじゃないか?ここを破壊しても、機械の性質は充分解明可能な筈だ」
「……ありがとう。オレ、赤井さんとかジョディさんとかブラックさんとかを、個人的には信頼してるぜ」
「それはどうも」

 ジョディが二人に頷いて、周囲に被害が及ばない超小型の爆弾を手早く取り付ける。

「や、止めろ、待て、それを壊したら……人類の損失だぞ!!」
「いいや。アンタには損失だろうが、人類には……ない方が良いんだよ、こんな悪魔の発明はな」

 小さな爆発が起こるのを、エドガーは呆然と見ていた。その手に赤井が手錠を掛ける。

「連邦警察の名において。とりあえずは、ホテル爆破事件の首謀者として、逮捕する。他にも罪を全部きっちり積み上げてやるから、覚悟しとけよ。どんなに少なくとも、恩赦があっても決して鉄格子から出られる事はない期間の刑を食らうのは、まず間違いないからな」

「けど、マインドコントロールされた人達は、あのままで良いんですかね〜?」
「今のところ、機械の原理は催眠術と一緒だから、催眠術のプロに任せて暗示を解いて貰うと大丈夫ですよ。けど、この進化形になると、おそらく催眠術でも太刀打ち出来ねえようになった筈だ」
「クールガイ。妙に詳しいですね〜」
「いや何、オレ自身があの機械にかけられたから、分かるんですよ」

 新一の言葉に、うな垂れていたエドガーがカッと頭を上げた。

「お、お前は、何者だ!?」
「あ……そうか、変装してるから気付かねーのか。オレは、工藤新一、探偵さ。つい先日までアンタの片腕ジミー・パトリックでもあったがね」
「お、お前が……くそっ!やっぱりお前を殺しておくべきだった!」
「ふん。やっぱ夜這いじゃなくてオレを殺そうとしたんだな。けど、オメーには出来やしねえよ。自分で手を下すなんて事は。だけど……自分で手を下さなくても、オメーのように道具を使って、大勢の人を殺したり苦しめたりする、そっちの方がよっぽど下種だ」

 新一は吐き捨てるように言った。


   ☆☆☆


 エドガーは、たまたま黒の組織の崩壊時のデータを、手に入れる事が出来ただけの、優秀な電子工学技師に過ぎなかった。彼は、自分が作った機械をいずれ大量生産して、人類支配が出来るとの妄想に取り付かれた。起業してそれなりに業績を伸ばし、満を持して、世にαマインドを放つ筈だったのだ。
 機械の効果を実験する為に、エドガーは適当な人物にマインドコントロールを行い、ホテル爆破をさせてみた。計算通りにホテルは崩れ落ち、計算通りにターゲットは物言わぬまま瓦礫の下敷きになった。

 その時、新一は。建物が崩れ落ちる瞬間、さしもの防弾ガラスが耐えられずに割れたその隙間から、ホテルの外へと飛び出し、気を失った。
 ホテルの近くで、自分の機械の出来に満足していたエドガーは。崩れる建物から飛び出して気絶した新一を、新たなターゲットとして連れて行った。
 身元はパスポートですぐに分かった。そして、彼が、若いながらも優秀な探偵として活躍している人物である事を知り、ほくそ笑んだ。そのような優秀な人物を支配下に置くと、色々な事が出来ると目論んだ。
 そして、新一が目覚める前に、機械にかけた。けれど、目覚めた新一は、エドガーの支配を受け付けず、記憶を失っていた。エドガーは機械が失敗作であると思い、再度調整する事にした。新一は邪魔だったが、さりとて放り出して家族に探し出されても面倒だ。
 殺す事も考えたが、エドガー自身直接に手を下す事は無理だった。けれど、表向きの会社ではそれなりに仕事が出来て使えたので、そのまま手元に置く事にした。

 そして新一は、エドガーの片腕であるジミー・パトリックとして過ごす事になったのだった。


   ☆☆☆


「クールガイ、最初の機械は失敗だったから、クールガイはマインドコントロールを受けなかったのですか〜?」
「いや。ジョディさん、今の段階ではあの機械がやる事って、催眠術に近いんだ。本人の意思が強ければ、支配は受けない。オレは……支配に抵抗して、無意識の内に自ら記憶を封じてたんだ」
「ふむ〜、成る程〜。だからあの時、『工藤新一に戻る』って言ったんですね〜」
「ああ。我ながら、すげー事やったなと思うぜ。二度とは出来ねえ」

「……もう全部、思い出したのか?」

 赤井の問いに、新一は頷いた。

「ああ、ジミーとして過ごした日々の事も、全部な。赤井さんやジョディさんや父さん達が、セントラルパークでのジミーの友人だった事も。そして……ジミーの愛した女性レイチェルの事も。真実への扉は、オレの心の中に、あったんだ」

 新一の晴れ晴れとした笑顔に、赤井もジョディも、眩しいものでも見たかのようにして、黙っていた。



to be continued…




戻る時はブラウザの「戻る」で。