心の旅路



By ドミ



第一部 再び動き出す時間



(一)未来の目覚め


 新一は、眩しい光と熱とで、目を覚ました。

「……何だ……?」

 新一が目覚めたのは、真昼の陽光が射すベンチの上で。つい先程は夜で、崩れ落ちる建物の中に居た筈なのにと、夢でも見ていたかのような気分になった。

 新一は体を起こす。辺りを見回して、自分がどこに居るのか分かった。ニューヨークのど真ん中にあるセントラルパークだった。
 ポケットから携帯を取り出して、首を傾げる。自分が今迄使っていたものとは異なっていたからだ。
 アドレス登録を見ても、自分が直接知らないアメリカ人らしい相手しか登録されていない。
 この携帯を使って良いものか迷ったが、一番近い公衆電話でもかなり距離がある筈だと思い、使う事にした。危険を避ける為に、敢えて一番に連絡したい相手は止めて、危機対処能力が自分以上にある父親の携帯ナンバーをプッシュした。
 数回のコール音の後、相手が出た。

『……新一か!?』

 聞こえた父親の声に、色々と疑問が湧く。こちらが声を出すより先に優作がこちらを新一だと判別したという事は、この携帯に新一は見覚えがないが、父の方はその存在を知っているという事だ。

「ああ、父さん。何だかオレの知らねえところで色々起こっているらしいな。おそらくオレは……少なくともここ最近の、記憶がねえようだし」
『成る程。判断能力は健在のようだな。記憶の最後の部分は?』
「……ホテルの爆破事件だよ」
『そうか。実は……お前が、結婚式直前に爆破事件に巻き込まれて、行方不明になってから、一年半が過ぎている』

 流石に、新一の感覚では「つい先程」の記憶から、実際は既に一年半もの歳月が過ぎていたと知った新一は、一瞬呆けてしまった。


   ☆☆☆


 とりあえず父親へ連絡した後、まず新一が取った行動は、蘭に会いに行く事だった。父との話では、二人の新居はそのままになっていて、蘭は不在の事も多いが、一応そこにそのまま住んでいるとの事だったのだ。

「新一……?」

 玄関を開けた蘭の姿を見た新一は、ドキリと胸を高鳴らせた。一段と美しくなった蘭の姿に、過ぎた歳月を実感する。

「新一…!!帰って来たのね!」

 蘭が涙ぐみながら新一の胸に飛び込んで来て、新一はしっかりと抱き締めた。自分自身の感覚では、「蘭と離れていた」という実感はないが。今回は、蘭の夫になったばかりで結婚式もまだの状態だったのに、コナン時代より、もっと長く、置いてきぼりにしてしまったのだ。

「ワンワワン!!」
「わわわっ!!」

 いきなりダックスフントが飛びついて来たので、新一は驚く。

「コラ!太郎!駄目よ、お座り!」

 蘭の叱責の声に、ダックスフントの太郎はちょこんと座って尻尾を振った。

「蘭、この犬……」
「……有希子お母さんが、連れて来て下さったの……」

 その言葉に新一は、蘭に寂しい思いをさせたと胸塞がれる思いだった。


「ゴメンな蘭……心配かけて」

 そう言って新一が蘭の背を撫でると、蘭は思いがけない事を言った。

「心配は……あんまりしてなかったけど。新一が私の事、すっかり忘れ果ててるのが、ちょっと悲しかったわ……」
「何……!?」

 新一が思わず蘭を離して目を覗き込むと、蘭が少しばかり拗ねたような目をして新一を見上げた。

「ちょっと待て!オレは一年半の間、行方不明だったんじゃなかったのかよ!?」
「最初の二週間は、本当に行方が分からなくて、必死だったわよ。崩れたホテルの下からは見つからなかったし……あれだけの啖呵を切ったんだもん、新一はきっと生きてるって信じてたけど。それでも見つかるまでは胸が潰れそうだった。もう本当に二度と……あんな思い、したくない」

 蘭はその時の事を思い起こしたのか、俯いて唇を噛んだ。
 新一は考え込む。確かに父親の人脈と能力なら、新一をいつまでも見つけきれないとは考えにくい。考えてみれば、新一が持っている携帯のナンバーも、自分の携帯に登録していた様子だった。
 新一を見つけたのに、では何故すぐ保護しなかったのか。記憶喪失だけが理由ではないだろう。

「見つかって無事だって聞いて、とっても嬉しかった。でも、新一ったら、何もかもすっかり忘れてるんだもん」
「まさか、オレがオメーの事忘れてたから、拗ねて帰らせてくれなかったとか……?」
「まさか!違うよ!新一は、やばい人の傍に居たから、迂闊に近寄れなかったの」
「……成る程な。一年半前の爆破事件、未解決なんだろ?」
「…うん。よく分かったね。流石に探偵の思考力は健在なのね」
「茶化すなよ。オレは記憶を失ってた。で、その事件の関係者がオレを見張る為に、保護する振りして傍に置いてた、とか?」
「……証拠も何もないのよ。だけど、新一の身内が近付いたら、新一の身が危ない怖れが高かったから……」

 そう言って蘭は再び俯いた。
 新一は蘭を再び抱き締める。

「蘭……?」
「ん?何……?」
「ゴメンな……寂しい思いさせて……」
「ううん。いいよ。こうして戻って来てくれたんだから……」

 新一は口付けながら蘭を抱き上げて、寝室に連れて行った。
 ここは二人のニューヨークの新居として借り受けたところで、一応内部は綺麗に整えられていたが、普段蘭が生活していた様子はなかった。多分蘭は殆ど、ロスの新一の両親と一緒に過ごしていたのであろう。
 新一は部屋に入ると蘭をそっとベッドに降ろし、服を脱ぐのももどかしい思いで蘭を求めた。

「ん……あ……っ!!はあ……新一……っ!」

 一年半ぶりの筈なのに、蘭は新一の愛撫に応え、すぐに反応を返してくる。肌は以前通り、きめ細かく真珠のような輝きを放ち、弾力がありながら柔らかく、触れると吸い付くような感触だ。胸の柔らかさと大きさ、腰周りの曲線の優雅さは更に磨きがかかっている。以前より更に成熟し美しさを増した蘭の体に、新一はすぐに溺れて行った。
蘭のその場所は芳香を放ち、蜜を溢れさせている。蘭の中心部に新一自身をあてがい、一気に押し込むと、ズブズブと音を立てて蘭の中に飲み込まれて行く。

「ああああああっ……!!」

 蘭が高く声をあげ、新一にしがみ付く。長いブランクがある割に、痛みを感じている様子もない。

 蘭は、初めて新一を受け入れた十七歳の時も、最初は痛がっていたがすぐに快感に変わり絶頂を迎えた。蘭は普段は慎ましやかだが、新一に抱かれる時は信じられない位に感度が高まる。だから、新一は別に気にしなかった。蘭がこの間、他の男を受け入れたかも知れない等との下世話な疑いは、欠片も新一の頭を過ぎる事はなかったのだ。
 新一はすぐに律動を始め、蘭の中をかき回す。蘭が高い声をあげながら新一の背中に爪を立て、足を新一の腰と足に絡ませる。

「はあ…すげ……熱い…オメーん中」
「ん、ああ、はあっ……しん……いち……あん…すご…い……」
「蘭、蘭っ……!!」
「はああああん!!しん…いちぃ……っ!」

 新一は蘭の奥深くに己の欲望を解き放ち……二人は抱き合ったまま眠りについた。新一は、一年半のブランクなど二人には全く関係ないと、思っていた。この時点では。


   ☆☆☆


 新一は、夢を見ていた。夢の中で、泣きそうな顔の女性がこちらを見ている。
 不思議なのは、泣き顔だと分かるのに、その女性の顔が殆ど分からない事だ。

「△△……?どうしたんだ…?」
「○○…忘れたの?私の事、忘れてしまったの……?」

 新一は、知らない女の名を呼び。女からは知らない名で呼ばれる。

 新一はガバッと起き上がった。全身汗みずくになっている。
 今呼んだ女の名を、蘭に聞かれなかったかと、思わず蘭の方を見る。蘭は深く眠っているようで、新一はホッとした。

「オレは…この一年半……どういう風に過ごして居たんだ……?」

 今更にその疑問が心に浮かび、新一の背中を冷や汗が流れ落ちた。
 他の事はさして心配しないが、夢の女性は、一体何なのだろう?
 記憶がなかったこの一年半、まさか自分は、蘭以外の女性を愛していたというのだろうか?たとえ記憶がなくとも、蘭以外の女性に目を向けるなど、絶対に有り得ないと首を横に振るが、不安は治まらない。
 新一は立って窓の所まで行き、眼下に広がるセントラルパークを見詰める。今の新一の頭に浮かぶ愛しい顔は、ただ一つだけ、一人だけだ。

「蘭を誰よりも愛してる。オレにとって必要なのは、蘭だけだ。なのに……失われた記憶に、オレは……とても大切なものを、置き去りにして来たような気がして、ならねえ……」

 溜息をつく新一を、ベッドから気遣わしげに見やる視線がある事に、新一は気付いていなかった。



to be continued…




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