心の旅路



byドミ



エピローグ・旅路の果てに



 新一は、唇を離すと、蘭――そしてレイチェルでもある、新一とジミーにとって唯一の女性――の額に、自分の額を当て、目を覗き込みながら言った。

「なあ、蘭。どうしてジミーに、黙ってたんだ?」
「……だって……本当の事言っちゃったら、危ない状況そうだったんだもん……」
「まあ、確かにな。でも、あんなに悩んだのが馬鹿みてーじゃねえか」
「それは……言えるものなら、言いたかったよ……」
「けど、傍に居てくれてありがとな。オレきっと…オメーが居てくれなかったら途中で音を上げてたぜ」
「……でも、新一……ずっとジミーに嘘ついて騙して傍に居るの、ホントに辛かった……コナン君がどんなに辛かったか、ちょっとだけ、分かっちゃったよ」

 そう言って蘭は涙ぐんだ。

 二人でゆっくりと、今の家に向かう。語りたい事はたくさんあった。

「ねえ新一。私、私ね……レイチェルとしてジミーから愛されて、嬉しかったけど辛かった……」
「ん……?」
「新一の心に、毛利蘭は全く存在していないんだって…記憶がないから仕方がないと分かっていても、すごく辛かったの……ごめん、我儘だよね、こんなの……」
「蘭。いや、そうじゃねえんだ。今なら分かる。オレは、蘭の事を忘れ果てて、新たにレイチェルに恋をしたんじゃない。あれはさ……その、何て言うか……」
「え……?」

 新一は立ち止まって、蘭を見詰めた。

「オレは……マインドコントロールに抵抗する為に、自分で自分に暗示をかけた。大切な事ほど、決して意識の表面に出さねえように。だから、蘭。オメーの事は絶対に思い出しちゃいけねえって、無意識に思ってた。意図的に自分の記憶を封じてたんだ。それでもオレは、情けねえ事に……やっぱオメー無しじゃ居られなかったんだよ」

 蘭は目を見開いて、新一の言葉を聞いていた。

「正直、『レイチェル』と会った時のオレって、蘭欠乏の我慢の限界だった。オレはちゃんと、無意識下で分かってて……で、表面上では改めて初対面の『レイチェル』に恋をしたんだ」
「新一……」
「今だったらそれが分かる。けど……辛い思いさせて……ごめん」

 蘭の瞳から涙が零れ落ち、新一は再び蘭を抱き締め、涙を唇で拭った。

「ジミーが、工藤新一としての自分自身を探し当てて、『蘭』は魂に刻み込まれた愛する女の名だと言ってくれた時…私は……もう死んでもいいって位に嬉しかった……。でも同時に、『レイチェル』としての私は、それだけ新一に愛されている『蘭』に嫉妬してた……。そして、『ジミー』を騙して傍に居る事が、本当に辛かった……」
「蘭……」
「でも。今更だけど。ジミーは紛れもなく新一で、レイチェルは紛れもなく蘭で。そういう事なんだね」
「ああ。オレ達が『ジミー』と『レイチェル』として愛し合った日々は、嘘じゃねえんだ」

 二人、家に入ると。ダックスフンドの太郎が尻尾を振って飛びついて来た。新一はその相手をしながら、溜息をつく。

「ん?新一、どうしたの?」
「ああ……セントラルパークで母さんがいつも連れてたのが、太郎だったなあと、今更だけど気が付いてさ」
「……新一?」
「まだまだ父さん達には敵わねえなと思ってよ……」
「でも、アーサー・アラン社の悪巧みを直接暴いて阻止したのは、新一だよ?優作お父さん達のサポートはあったとしてもね」
「いや、一番敵わねえって思ったのは、オレが蘭なしでは居られねえのを見抜かれてるって事だよ」

 新一の言葉に、蘭はぼぼぼと赤くなった。



「それにしても、オレも馬鹿だよなあ」

 蘭がお茶の準備をしていると、新一はソファに座って独りごちた。

「んん?どうしたの、新一?」

 蘭がコーヒーを置きながら問う。

「いや……『レイチェル』を初めて抱いた時、嫉妬した相手はオレ自身だったって事、今更ながらに気付いてさ」
「え、そうだったの?」
「オメーさ、絶頂の時『新一』って呼んだろ?オレも今の今まで記憶に蓋して忘れてたけどよ」
「えええええ〜〜〜っ!?嘘っ!!」
 蘭は真っ赤になった。
「いや、あの時は嫉妬でのた打ち回ったけど、今となっちゃ嬉しい」
「もうもう、ばか〜〜〜!!そんなの忘れてよお!」

 蘭が真っ赤になって顔を覆い、いやいやするように首を横に振った。

「ごめん。蘭、愛してるよ」

 新一は蘭の手を引いて自分の膝の上に座らせ、まだ顔を覆っている蘭の耳に囁いた。そして蘭の手を顔から優しく外し、その唇に自分のそれを重ねた。

「でもね、新一。私も同じだよ。蘭としてレイチェルに嫉妬して。レイチェルとして蘭に嫉妬して。ふふ。馬鹿みたいだね」
「蘭……」

 蘭が新一の目を見詰めて微笑み、恥ずかしそうに切り出す。

「ねえ、新一。その……ジミーは全く避妊してくれなかったでしょ?」
「……面目ねえ。その事は忘れてくれ」
「あのね……私だって新一の子供だったら欲しかったけど、状況が状況だから……実は、ピル飲んでたの」
「へ!?」
「……だから、新一がその……私がクリニックから出て来たのを見た時って、健診に行ってたの。ピル飲んでる時って定期的に健診受けなきゃならないし、あの時はピルを止めた直後だったから」
「……そうだったのか」
「でね……新一……その……」

 蘭が赤くなりながら、そっと耳打ちした言葉に、新一は最初驚き、それから顔がほころんで行った。


   ☆☆☆


 二人の改めての結婚式は、もう間もなくである。
 そして来年には、新しい家族がこの家に迎えられる筈だ。

 新一が心の旅路の果てに見つけたものは、彼が生涯をかけて愛する、ただ一人の女性――。






「心の旅路」完


++++++++++++++++++++


<後書き>

このお話は、2005年9月の新蘭オンリー合わせで発行した同人誌の、再録です。
web再録に当たり、多少の修正加筆はしましたが、ほぼそのままです。

タイトルは、昔の映画から。
話も、その映画の内容を新蘭変換して大幅アレンジしたものです。


記憶喪失ってのは、色々とネタにし易いですね。特に新蘭では、「幼馴染としての歴史」が吹っ飛んだところで、お互いの存在がどうなのか、改めて問い直す事になりますから。


色々と、私なりに「タブー」に挑戦した話でも、あります。そして、ドミ的に、新蘭で挑戦できるのは、ここが限界です。
必ずハッピーエンドは、言わずもがなですが。
たとえ記憶喪失になろうと、新一君が「本当の意味で」蘭ちゃん以外の女性を愛する事は、絶対に有り得ません。逆もまた然りです。


さて、新一君が記憶を取り戻して戻って来るのが、1年半後。(映画では3年なのですが、そこまですると、ちと長いので、縮めました)
ま、長いっちゃ長いけど。
この間、新一君と蘭ちゃんは、別名で素性を隠してだけれども、傍に居るから、ま、良いかなと、軽い気持ちで書き始めたんですが。
書いてる内に、2人にシンクロして、すげー切なくなって、自分で泣いてました。・・・馬鹿です、ハイ。

このお話は、漫画では絶対に出来ないネタです。漫画だと、レイチェルさんが出て来た途端に、全てが分かってしまいますからね。


名前は色々と遊んでます。

名探偵コナンのアメリカ版では、コミックでもアニメでも、「工藤新一→ジミー・クドウ」「毛利蘭→レイチェル・ムーア」となっています。二人の「身元を隠した仮の名」は、そこから取ったものです。
ジミーの姓「パトリック」は、ロックグループ・レッドツェッペリンのギタリスト、ジミー・ペイジのミドルネームがパトリックであるところから。
レイチェルの姓「嵯峨野」は、スクールランブルの登場人物「嵯峨野めぐみ」から。何故突然、スクランからかと言えば、嵯峨野めぐみちゃんは、髪の毛に蘭ちゃんの「ツノ」に似た「トンガリ」があるんです。

変装した有希子さんの「江戸川文代」は、言わずもがな。
優作さんの「八木司」・・・うーん、何か語呂合わせでつけたような気がするんですが、こちらは思い出せません。

そして、アメリカが舞台なんで、赤井さんとジョディさんにも、ご活躍頂きました。今のところの原作の進行具合と、赤井さん達の関わり方は、まだ矛盾していないんで、ホッとしています。


コゴエリが全然出て来なかったとか、園子ちゃんが全然絡まなかったとか、まあ色々と、心残りはありますが。その時の私なりに、精一杯の力で書きました。
少しでもお楽しみ頂ければ、幸いです。


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