Sweet Pain



byドミ



(9)事件解決



「今日は、柔道を応用した、護身術だ。気合い入れて練習しろよ!」

今日は、森先生・・・本名は毛利小五郎、わたしのお父さんが行う体育の授業。

わたし達は柔道場に集められていた。
さすがにみんな、柔道の道着は持ってないから、いつもの体操服だけどね。

お父さんは、教師生活にも慣れて来たせいか、それとも、得意分野のせいか、すごく生き生きとしていた。

「まず、襲われそうになった時に、1番大事な事は、何だかわかるか?」
「え、ええっと・・・急所蹴り、ですか?」
「バーロ。素人が咄嗟に、それが出来るか?まず大事なのは、逃げる事だ!それと、助けを呼ぶ事」

なかなか、堂に入っている。
お父さんがまだ警察官だった頃、護身教室の講師もやった事があったみたいだから、慣れてるのだろう。

体育の時間、いつもだるそうにしている面々も、今日はかなり身を入れて聞いていた。


体育の授業は、男女別に行われる事が多い。
それに、わたし達のクラス担任が体育の岸田先生だから、お父さんが直接わたし達のクラスを担当する事は、殆どない。

今日は特別に、1年ABCD4クラスの女子合同で、いざという時の護身の特別授業があり。
お父さんが講師をするのだ。

そこら辺は、理事長の阿笠博士先生の、粋な計らいだと思う。


でも、お父さんの鼻の下が伸びてそうなのは、気の所為ではなさそう。
今迄、担当は男子ばっかりだったもんね。
女子高校生の群れに、きっと舞い上がってるんだわ。

ったく、もう!そんなんだから、お母さんに愛想尽かされちゃうのよ!


事件捜査の方は、どの位進展しているのか、分からない。
工藤先生とお父さんとは、行動を共にする事が多いらしいんだけど。
お父さんはいつも、ツンケンしているらしい。


今日、また先生の所に行って、話を聞いてみよう。
まあ、昨日の今日で、大した進展はないかもしれないけど。


「毛利!」
「えっ!?うきゃあっ!」

わたしがついつい、考え事にふけっていると、お父さん・・・もとい、森先生に背後から抱きすくめられそうになって、わたしはビックリして、思わずお父さんの顔に肘を叩きこんでいた。

「ったあ!」
「あ・・・!おと・・・森先生!ごめんなさい!」
「・・・毛利、隙だらけだぞ、と言いたいところだったが・・・まあいい」

「良くありません!先生、今のはセクハラだと思います!」

クラスメイトが憤慨して、抗議の声を上げた。
森先生がわたしのお父さんだって事を、皆、知らないから、無理もない。

「ちょ、ちょっと待ってよ、みんな!今日は護身術の授業なのに、ボンヤリしてた蘭が、悪いのよ!」

森先生の正体を知る園子が、慌てて、庇う発言をする。

「ごめんなさい。園子の言う通りよ。考え事していた、わたしが悪いの。隙がある女性は、実際に狙われ易いから」
「・・・まあ、そういう事だ。毛利は空手の有段者、ぼうっとしているように見えても、いざとなったら護身も出来るが・・・場合によっては過剰防衛を取られるぞ」
「はい・・・気をつけます」
「武道のたしなみがないお前達は、今俺がやったように、隙をついて後ろから羽交い絞めされると、どうしようもなくなる。だが、そこから逃げ出すには、だな・・・毛利、俺の代わりに、今、俺に抗議した前原を、背後から羽交い絞めしてみろ」
「え?ええっ!?」
「そこから抜ける為の方法を、今から教える・・・」


お父さんは、節操なしのようだけど、痴漢行為のような真似は、絶対しない。
最初から、暴漢役と襲われ役を、生徒同士交替でさせようと考えてはいたのだろうけど。

わたしは、ここでは、赤の他人って事になってるんだから。
親子の気安さであれこれやると、変な風に思われてしまうじゃないの。


一応、皆、園子とわたしの言葉で、森先生は、わたしが空手の有段者と最初から知っていたから、標的にしたのだという事で、納得してくれたので、ホッとした。



   ☆☆☆



その日。
部活が終わったわたしは、いつものように、先生の寮に向かおうとしていた。
けれど、林の中に灯が見え、人声がしたので、木の陰に隠れて様子を窺った。

「もうさすがに、ここには、新しい手掛かりになるようなもんは、残ってねえな・・・」
「そうですね。ただ・・・中山先生が、こちらからこう歩いて来て、ここから滑り落ちたのは、鑑識の結果からも間違いないと思われますけど、何故、そういう動きをする事になったのかが、どうも僕には引っ掛かっていて・・・」
「そりゃあまあ、分かるが。誰かに突き落とされた形跡は、ないらしいしなあ。倉橋のヤツに振られて、落ち込んでぼうっと歩いてて、うっかり足を滑らせたってのが、事実なんじゃねえのか?」
「・・・この木。幹に、中山先生がしがみ付こうとした爪痕が、ついてたんですよね。今はもう、樹皮で覆われていますけど」
「植物は再生が早いからな。けど、それがどうした?」


そこにいて会話していたのは、お父さんと先生。
一応、仲良く・・・とまでは行かなくても、ちゃんと協力しているらしい姿に、わたしはホッとする。

そして、中山先生が滑り落ちた崖際の、その木を見上げた。
確か、あの辺りに、わたしが見つけたメレダイヤが、引っ掛かっていたんだ。


不思議だ。
中山先生が倉橋先生から貰った筈の、ルビーの指輪が、無くなっていて。
それと同じ指輪が、美紀さんの人形のペンダントになっていて。
ルビーの周りを取り囲んでいたメレダイヤの一粒が、何故か、この木に引っ掛かっていたなんて。


あれ?

わたし、メレダイヤを見つけた時、それを取ろうとして、足を滑らせそうになったんだよね?
もしも、あそこに、何かが引っ掛かっていて。
・・・たとえば、指輪が、引っ掛かっていて。
中山先生がそれを取ろうとしたなら、足を滑らせてしまうんじゃ、ないのかしら?


心臓が、ドキンドキンと、大きく音を立てる。


わたしの頭に、中山先生が一所懸命木に引っ掛かっている指輪を取ろうとして、足を滑らせてしまう場面が、何度も繰り返し浮かんでくる。先入観で決めつけてはいけないって、分かってるけど。
わたしは、手を胸の前でぎゅっと握りしめた。



   ☆☆☆



寮で、お茶を入れて一息ついている時、園子が言った。

「蘭、5月頭の連休、うちは家族で旅行に行くんだけどさ。蘭は、どうする?」

鈴木家の旅行に、わたしが一緒に誘われる事は、少なくない。
それは、ありがたい事なんだけど。

わたしは、カレンダーを見た。
先生の誕生日は、5月4日。連休の中に、ある。


「何?蘭、何か予定が出来たの?」
「あ、ううん。ただ・・・5月4日が、先生の誕生日だったなって・・・」
「へえ!じゃ、うちの旅行に蘭を誘うなんて野暮、やめるよ!ちょうど良いじゃん!蘭にリボンをつけて、プレゼントは、わvたvしvってやれば!」
「そそそ園子!ななな、何て事言うのよ!?第一、先生がそんなんで喜ぶ筈、ないじゃない!」
「そうかなあ。良いアイディアだと、思うけどなあ」

先生の誕生日は、祭日。
学校は休みだけど、先生はきっと、事件解決の為に学園を離れないだろう。

園子の案はともかくとして、わたしは、今年こそは、先生に誕生日プレゼントを渡したいなと、思っていた。


その翌日は、4月29日の休日で。
朝から部活があったけど、その分、夕方は早くに終わった。

わたしがあの林の中に行くと、先生が1人で例の木を見上げていた。


「先生!」
「ああ・・・蘭か」
「お父さん・・・森先生は?」
「ん?ああ。昨日、一緒にいたのを、見たんだな?今日は、おっちゃん、別件の依頼にかかってて、こちらには来ねえよ」
「そう」

お父さんは、探偵事務所を開いているから。
ずっと、この件にだけ掛かりきりになる事は、出来ないのだろう。

「ねえ、先生は?他の依頼は受けないの?」
「3年間は、教師生活優先。と言っても・・・多分、これからも色々と関わりそうだとは思うけどな。今は、関わっている件は、これひとつだけだよ」

先生が歩き始めたので、わたしも後に着いて歩く。
そして、職員宿舎の裏口に来た。

そのまま、わたしは、宿舎の中に招き入れられる。
お茶を入れてくれている先生に、わたしは声をかけた。

「ねえ、先生」
「ん?何?」
「・・・もし、わたしだったら、だけど。恋人から貰った大事な指輪が、あそこに引っ掛かっていたら、取ろうとすると、思うの」

先生は、眉を寄せた。
ややあって、先生が口を開く。

「もしかして、例の事件の事を言ってる?」
「うん!中山先生、指輪を取ろうとして、あそこから滑り落ちてしまったんじゃないのかなあ?」
「・・・指輪を、取ろうとして・・・だけど、それじゃ何故、指輪があそこに引っ掛かっていた?それに・・・周りに足跡も残さずに、どうやって中山先生の手から指輪を持ち去ったんだ?」
「あのね。わたし、メレダイヤが引っ掛かっていたのに手を伸ばしたけど、結局取れなかったでしょ?中山先生も、指輪に手を伸ばしたけど、届かなくて、そのまま滑り落ちちゃったんじゃないかなって・・・」

先生は、暫く考え込んでいたけれど。
突然、何かを思いついたかのように、鋭い目つきになった。


「蘭。ありがとう。オメーのお陰で、分かりそうな気がする」
「え・・・?え・・・?」
「もう一度、洗い直しだ。蘭。オレは、現場に戻る。また、明日な」
「・・・・・・うん。わかった」



そして。
事件は、解決した。




   ☆☆☆




結果から言えば、あれは「殺人」ではなかった。
罪名は「業務上過失致死罪」ってのに、相当する、らしい。

そして、中山先生が亡くなる直接の原因を作り、罪に問われたのは。
倉橋先生の婚約者であり、かつて工藤先生の同級生だった、安本さんだった。


外部の人間が簡単には入れない、私立帝丹学園だけれど。
卒業生は、卒業証書とは別に、小さな卒業証明書が発行され、受付でそれを提示すれば、在校生と同じように、受付名簿に名前を記入する必要もなく、簡単に入る事が出来る。

中山先生が亡くなった日、安本さんは、この学園にやって来ていたのだった。


元々、倉橋先生は、中山先生と付き合っていた。
けれど。
安本さん達のクラスの同窓会があった時に、元担任として出席していた倉橋先生は、お酒が入っていた為か、安本さんの誘惑に乗り、「過ち」を犯してしまい。
その後、二股状態が続いていたらしい。

あの日も、倉橋先生の宿舎で、倉橋先生は安本さんと過ごしていた。
先生はハッキリ言わなかったけど、多分・・・エッチしたって事なんだと、思う。


そして、倉橋先生が眠っている間に。
安本さんは、倉橋先生の机の上にあった、中山先生に贈る積りの、ルビーの指輪を見つけてしまう。

指輪を手に持って、安本さんはふらふらと、倉橋先生の宿舎の裏口から出て行った。
それを見咎めたのが、倉橋先生の恋人・中山先生だ。

安本さんは、指輪を見せて、中山先生に言った。


「倉橋先生はあ、私をぉ、選んだのよぉ。見てえ、この指輪あ!」
「・・・安本さん、あなた、誕生日は何月よ?」
「え?12月だけどお。それがどうかしたあ?」
「ふっ。その指輪があなたのモノなんて、嘘ね。私の誕生日は7月。そのルビーの指輪は、私の為のモノだわ!」

勝ち誇った表情の中山先生に、安本さんは焦った。
自分の指にはめようとしてみたけど、サイズが合わない。

「ほら、ごらんなさい!彼は、私に、プロポーズしたのよ!私の誕生日に結婚式を挙げる事になってるの!」


結局は、浮気相手、過ちの相手でしかなかった事に、安本さんは惨めになり。

「何よ、こんなものお!」

指輪を遠くに投げた。
すると、その指輪が例の木の所に飛んで行って、枝に引っかかった。


中山先生は、慌てて、木の枝に引っかかった指輪を取ろうと、幹に手を掛け、手を伸ばし、そして・・・足を滑らせてしまった。



「・・・その拍子に、枝が揺れ、指輪は少し離れた所に落ちた。安本は怖くなって、中山先生に近寄る事もせず、離れた所に落ちた指輪を拾い、そのまま、その場を去ったんだ・・・」


先生が、苦い表情で説明してくれた。


過失致死罪と、遺棄致死罪。
安本さんに、殺意は全くなかったけれど、崖から滑り落ちた先生を見捨てて行ってしまった事で、罪が重くなってしまうようだ。
けれど、今回の件では、おそらく執行猶予付きの刑になるだろうと、先生は言った。


倉橋先生自身に、罪はないけれど。
かつての教え子に手を出した事や、二股していた事なんか、色々で。
多分、倉橋先生も、辞表を出す事になるだろうという話だった。


故意の殺人ではなかった事に、一面でホッとしながらも。
色々と、やり切れない気持ちになる、事件の顛末だった。



放り投げられた指輪から、ポロリと、メレダイヤの1個が、取れて。
わたしが見つけるまで1ヶ月以上、それが落ちる事もなく枝に引っ掛かったままだったなんて、それこそ、奇跡のような話だった。



「オメーがいてくれて、良かった・・・」
「え?わたしは、何もしてないよ」
「そんな事はねえ。オメーがいなかったら、まだ、事件は解決してねえだろうな。オメーは、事件を解くヒントを沢山くれたし。それに・・・蘭がここにいてくれる、それだけで、オレはすげー支えられてんだぜ」

わたし、少しでも、先生の役に立っているのかな?
そうだったら、嬉しい。


「不可解なのは、倉橋先生だよ。中山先生が死んだ後、そこに安本が噛んでいる事に薄々気付いていながら、結局、安本と婚約する事にした事も、だけど。そもそも、中山先生と結婚する積りでいながら、安本とも関係を続けてたってのがな」
「・・・先生・・・?」
「オレは、たとえ酒が入ろうと、たった1人だけだ。他の女を抱きたいだなんて、ぜってー思わない」


先生が、熱のこもった眼差しで、言った。
わたしは、その意味を測りかねて戸惑った。



   ☆☆☆



とりあえず、殺人ではなかった事と、外部からの侵入者も存在していなかった事とで、園子の転校話は白紙に戻ったし、お父さんがわたしを転校させようとする事もなかった。

「あの探偵坊主がいるところに、オメーを置いとくのは・・・」

お父さんは、ブツブツと文句を言っていた。
どうも、これを良い機会と、わたしを転校させたかったらしい。

「だって・・・先生とわたしは、教師と生徒じゃないの、変な風に勘繰らないでよ」
「アイツがお前を見る目付きが、どうも怪しい。オレは、父親としてだなあ・・・」
「学校内で、変な事なんて、あるワケないでしょ!?もう、いい加減にして!」

たまりかねて怒ったら、お父さんは黙ったけれど。
工藤先生の事だけじゃなく、わたしが寮に入ってしまって、普段会えない事が、どうやら寂しかったらしい。
寂しいなら、早くお母さんと仲直りすれば良いのに、しょうがないなあ、ホントにもう。


三連休前の臨時の全校集会で、中山先生が亡くなったのは事故であったとハッキリした事と、「森先生」は事件捜査の為に理事長が呼んだ探偵であった事が説明された。
でも、倉橋先生を巡る三角関係と、卒業生である安本美紀さんの「罪」については、公表されなかった。
それは、仕方がない事だと思う。

お父さんは、短期間で意外と生徒達に親しまれていたらしく、結構別れを惜しまれての退任だった。


倉橋先生は、公に責任を取らされる訳ではないけれど、やはり色々な意味で居たたまれないのだろう、夏休みを機に辞職する事になったそうだ。


5月。
先生の誕生日は、間近に迫っていた。






(10)に続く


++++++++++++++++++++


<後書き>


色々な意味で、すみませんすみません。

ドミの頭で、事件を考えるのは、やっぱり無理だなって。
証拠だの何だのは、もう、誤魔化してしまいました。

工藤新一君ですから、この先も、事件に関わるとは思いますけど、それはもう、画面外でって事にします。
森先生を殆ど活躍させてあげられなかったのが、心残りですが、仕方がない。



9話目にして、やっと、4月が終わったよ!
そして、次回は、工藤新一君のお誕生日!

私の多くの二次創作と同じく、この世界でも、蘭ちゃんのお誕生日は、5月半ば頃に設定しています。
根拠はやっぱり、摩天楼ですよね。
まあ、あれはよく見返すと、あくまで「ラッキーカラーが同じ!」ってだけで、星座が同じとは言ってないんですが。

原作のラストではきっと、蘭ちゃんのお誕生日が明かされるんだろうけど、時期が全然違ってたら凹むかも。
でもまあ、その時はその時で、割り切ります。


ここまでが、旧バージョンで連載していた部分です。
まだまだ恋人未満な2人で、ホントすみません。
次回は進展が・・・あるかな?

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