Sweet Pain



byドミ


(8)暗躍


先生がわたしを連れて行った宝石店は、もう既に先生が何度か、探偵として訪ねていたようだ。
その店の責任者らしい人が何となく迷惑そうに、奥へと先生を連れて行く。

「・・・写真では、断言までは出来ませんが。以前、倉橋様が購入なさったものと、同じように見えますね」

先生が出した、指輪の写真を見ながら、店の人は言った。
先生は、以前わたしが見つけたメレダイヤを、置いた。

「一応、調べてはみますが、この大きさ形のダイヤとなると、それこそ、星の数ですし。指輪に使ってあったものと同じタイプであるかどうかは調べられても、それ以上の事は・・・」
「それで、充分ですので。お願いします」


先生は、メレダイヤの現品をその人に渡し、その場での話はアッサリと終った。
そして、店の方に行き、ショーケースを見て回る。

「先生?」
「ああ・・・まあ、いつも事件の事だけだから、たまには宝石を見る振りでもしねえと、申し訳ねえだろ」
「そうじゃなくって。そもそも、どうやって、この店を?」

わたしは、倉橋先生が以前この店で指輪を買ったのを、どうやって先生が知っていたのか、それが不思議だった。

「それを突き止めたのは、警察だ」
「えっ?」
「一介の探偵が手に入れられる個人情報は、限られている」
「う、うん・・・」

中山先生が亡くなった後、関係者の1人である倉橋先生の事が色々調べられた。
そして、カード決済でルビーの指輪を購入していた事が、分かった。

倉橋先生が渋々打ち明けたところでは、それは中山先生に贈ったものだという事だったけど。
中山先生の遺体からも、部屋の荷物からも、ルビーの指輪は見つからなかった。

「・・・それが、何故。同じ指輪が・・・いや、同じタイプの指輪が、安本の人形のペンダントになっていた?」
「先生・・・」
「いくら、予断は禁物って言ってもな。あれが別物だって考える方が、おかしいだろ?」
「う、うん・・・」
「まさか、安本の家に行ってすぐ、あんなもんに出くわすとは、思ってなかったよ」
「・・・・・・」

先生の苦しそうな表情に、胸を突かれる。

事件を起こしたのが、もしかしたら、自分の親しい人かもしれない。
それは、調査する探偵にとって、辛く苦しい事。

わたしの父も、捜査の最中に、そのような立場になった事はあった。
だから・・・分かってしまう。
彼の苦悩が。


突然、先生がわたしの手を取ったので、わたしはドキリとした。

「細いな、指」
「えっ?」
「サイズ、測ってみようか?」
「あ、あの・・・?」

先生が、店員さんを呼ぶ。

「はい。何かご入り用の品でも?」
「・・・彼女の指のサイズ、知りたいんだけど」
「少々お待ち下さい」

店員さんが引っ込むと、いくつかの輪がついたモノを持って来た。
お客さんが自分で指輪のサイズが分からない時、測る為のものらしい。

「どちらの指ですか?」
「左手の薬指」
「えっ?」
「かしこまりました」

戸惑うわたしを他所に、店員さんは淡々とわたしの指を取って輪をはめてみる。

「7号サイズですね。ただ、むくむ事もありますし、先々の事を考えるのなら、8号でも良いかと思いますが」
「分かった。ありがとう」

先生は、その後少し、指輪やアクセサリーを見て回った後、わたしを連れて店を出た。
あれは多分・・・本気で買い物を考えているという、ポーズ、だったんだよね?
変な期待を持っちゃいけないと、わたしは自分を戒めていた。



   ☆☆☆



わたしは、先生の車に乗って、学園まで戻って来た。
そして、朝車に乗せられたロータリーで、降ろされた。

「蘭。じゃあ、お休み」
「お休みなさい・・・」

彼の車を見送った後、わたしは学園の門に入り、守衛さんの所で学生証を見せて通った。


「蘭、お帰り〜。外泊もしてなかったのに、一体、どこに行ってた訳?」

寮に帰ると、園子が先に帰っていた。

「う、うん・・・あの・・・実は・・・」

工藤先生に誘われて、事件捜査を行っていた事を、園子に話す。
先生の部屋を訪ねた事も話したけど、コーヒーを零した時の顛末は、園子には伏せていた。

「えっ!?生徒立ち入り禁止の、教師の部屋に入って、2人きりで、何にもなかったの!?」
「あ、あるワケ、ないでしょ!先生は真面目だし!」
「・・・本当に真面目な先生なら、生徒の1人を部屋に連れ込んだりしないと思うな」
「だって!本当に、真面目に、事件の検証をしてたんだよ!」
「でもさー。事件捜査の助手に、蘭を頼むってのが、解せないなあ。それだけなら、他にもっと、優秀な人材がいそうじゃない?」
「そ、それは、確かに・・・」
「・・・でも、工藤先生が、内田先輩の事、何とも思ってないのは、間違いないみたい。良かったね、蘭!」
「えっ?」
「だって、先生が内田先輩の事狙ってるんならよ、他の女の子を部屋に招いたり、助手として連れてったりは、さすがにしないと思うのよ」
「そ、そっかなあ・・・」

こういう方面での園子の「推理力」は、ホント、侮れない。
工藤先生も顔負けかもしれないと、思う。

でも、確かに、そうだよね。
先生が、内田先輩の事、特別に想っているのなら。
たとえば、本命には簡単に手が出せないにしても、他の女の子と一緒に過ごして、もし内田先輩にばれた時に誤解の元になりそうな事は、避けるよね。

内田先輩には悪いけど、先輩が先生の特別じゃないんだと思うと、何だか気持ちが軽くなる。
わたしって・・・自分勝手だな。


「でも、蘭。なかなかやるじゃない!探偵の助手として活躍している内に、工藤先生が蘭の事、女性として意識し始めて・・・なんて!有り得そうじゃない!頑張って!」
「そんな、下心なんてないよ!わたしは、あくまで、お役に立てればってだけで!」
「うん、蘭は真面目だからね。下心で動いてない事は、わたしも分かってるってば。でも、他の男の人だったら、協力する為に2人で行動するなんて、怖くて出来ないでしょ?」
「う、うん・・・それはまあ・・・」

それは確かだ。
工藤先生だったら、わたしが嫌がるような事は絶対しないと思う。
ううん、たとえ、もし万一、何かあっても何かされても、先生が相手なら、きっと、嫌じゃない。

って!
先生が、わたしに変な事なんて、する筈、ないけどねっ!
どうしてわたし、変な事、考えるのかなー、ホントにもう。


「純粋に頑張るのが、蘭の良い所だし。変に媚びるより、そっちのが蘭らしいアプローチだって思うな」
「ありがとう、園子・・・」


わたしは、わたしにやれる事をやるだけ。
先生の探偵活動を、少しでも手助け出来るなら、そうしたい。


「話は変わるけど、蘭。実はわたしね、お父さんから、転校しないかって言われてるの」
「えっ!?」

園子の思いがけない言葉に、わたしは、素っ頓狂な声を上げた。

「な、何で!?」
「だってさ。わたしが、ここに、帝丹学園に入ったのは、安全だからだった筈なのに。もしかしたら、殺人事件が起こったのかもしれないって事だよね」
「・・・・・・!」

園子は、営利誘拐されそうになった過去があるから。
園子を守るために、園子のお父さんは、この帝丹学園に園子を入れたのだった。
ちなみに、園子のお姉さんの綾子さんも、安全の為、高等部はこの帝丹学園に入っている。
大学は、別の所に進学したけれど。


「で、園子は、何て答えたの?」
「嫌だって言ったわよ。中等部からずっと一緒にいて仲良くなった友達と離れるのも嫌だし。それに、蘭を引きずりこんでるのに、わたしだけ転校するなんて、そんな無責任な事、出来ないわよ。第一、外部からの侵入者による殺人事件だって、まだ、決まった訳じゃないんでしょ?」
「う、うん・・・」
「早く、おじさんと工藤先生が、事件を解決したら良いね。とにかく、セキュリティの問題じゃないって分かったら、パパもうるさい事言わなくなると思うんだ」
「そうね・・・」

もしも、園子が転校したら、すっごく寂しいだろう。
かなり味気ない学園生活になりそうだ。

ううん、それ以前に。
お父さんが工藤先生に「蘭を転校させる」と言ってた事を、思い出してた。

園子が転校となると、お父さんも絶対、わたしを転校させようとするだろう。
園子のお父さんが転校を考えてる事を、わたしのお父さんが聞きつけていたのかもしれない。


事件が、「事故だった」で決着がつけば、問題ないんだろうけど。
そればかりは、わたし達が望むような結果になるのか、分からない。


「そう言えばさ。元々パパに、この帝丹学園を紹介したのって、当時高校生探偵だった工藤先生だったんですってよ」
「えっ!?」
「あの誘拐事件の後、彼は、当時彼がいたこの帝丹学園に、セキュリティ万全だし誘拐の危険もなくなるから、わたしを入学させたらって、随分、プッシュしていたんだって」
「そ、そうなの・・・」
「まあ、ここが全寮制で人里離れてる分、セキュリティも万全で風紀も乱れにくいってのは、確かだし」


園子の言葉を聞きながら、わたしは何とも複雑な気分になる。
彼とわたしが、入学式で再会したのは、全てが偶然だったのかと思っていたけど、案外、そうでもなくて。
どこか、繋がっている部分があったのだろうか?

もしかして、先生は、わたしがここにいる事を、知っていた?
園子がここに入学したら、わたしも一緒だろうって、予想してた?

そこまで考えて、わたしは頭をひと振りした。

先生は、知っていたかもしれない。
偶然の再会ではなかったのかもしれない。

でも、だからって、そこに意味はないんだろうと・・・期待してしまいそうになる自分の心を、押しとどめた。



(9)に続く


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<後書き>


工藤先生の5年前の「暗躍」については、いずれ改めて。
タイトルは、5年前の分だけではなく、現在も含めて、ですね。

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