Sweet Pain



byドミ



(7)探偵教師の助手



次の日、日曜日の朝10時10分前。

わたしは門の所で、守衛さんに学生証を見せて、外に出た。

こうやって、出入りが厳しい学園なのに、その中でもしかしたら殺人が行われたのかもしれない。
それは、考えたくない事だった。


門の外、道路に出て少し歩いたところに、ロータリーがある。
ここは、意外と死角になっていて、車の乗り降りを見とがめられる事は少なそうだ。

もう既に紺色の車が止まっていて、わたしが近付くと、助手席側のドアが開いた。
わたしは、車に乗り込む。

「先生。調査の為って・・・どこに行くの?」
「まずは。倉橋先生の婚約者に、会いに行く」
「え?ええっ?」
「勿論、倉橋先生に嫌疑がかかっている事なんか、言わねえよ」
「で、でも。だったら、尚更・・・」
「ん?」
「どうやって、会う段取り付けたの?」
「ん〜、まあ、今回は簡単だったって言うか・・・」
「???」

先生が、少し困ったような顔になった。

「蘭。今回のオメーは、帝丹高校探偵クラブの部員で、オレの助手って事にしてあっから」
「え!?」
「話を合わせておいて欲しい」
「う、うん・・・」

帝丹学園に、探偵クラブなんてものは存在しないけど。
わたしが助手として着いて行くなら、そう説明するのが、一番、話が簡単かもしれない。


やがて、わたし達は、大きな家が並ぶ、高級住宅街にやって来た。
ひときわ大きなお屋敷に着くと、ガードマンらしい人が近付いて来る。

もう既に、話は通してあったのだろう、先生はそのままスムーズに、ガレージまで車を運転する。

園子の家にも負けない位の、大きく豪華な家に、わたしは思わずキョロキョロとしてしまった。

玄関に入ると、メイドさんに案内されて、先生とわたしは、奥のお部屋まで進んだ。
豪華に整えられた室内調度。
何調って言うんだろう?ヨーロッパが舞台の少女漫画とかで、見た事があるような気がする。

猫足の素敵な家具が並んだ部屋には、大きなお人形が飾られていた。
まるで命が宿っているような、素敵なお人形。
もしかしたらこのお人形って、良いモノだったら何十万とか何百万とかする、ビスクドールってヤツなのかな?
お人形が着ているドレスも、高級なレースがふんだんに使われたもので、たぶん、わたしのよそ行きワンピースより高いかもしれない。

その首に赤い石のペンダントがかかっていて、わたしはあれっと思う。
何だか、指輪に鎖を通して作ったみたい。
いくら何でも、お人形のペンダントにしているこれ・・・本物の宝石とか、そういう事ってないよね?

わたし達は、勧められてソファーに腰掛け、出された紅茶を頂く。
すると、ふわっと優しい雰囲気のとても綺麗な女の人が、部屋に入って来て、会釈をした後、わたし達の向かい側に腰かけた。

淡いクリーム色のブラウスに、大粒の赤い石のペンダントがよく映えている。


「工藤君、いらっしゃい。久しぶりねえ」
「やあ、安本。突然、すまない」
「良いのよう。懐かしいなあ。工藤君はずっと、帝丹の高校生探偵だってえ、思ってたのにい。突然アメリカに留学してしまってえ、悲しかったわあん」
「大学を卒業して帰って来て、この春から、帝丹学園高等部英語教師だよ」
「もう大学を卒業したのお?やっぱり優秀ねえ。で、探偵はもうしてないのお?」
「まあ、色々あってな」

2人のやり取りを聞いて。
わたしは、この女性が、帝丹学園の出身者だって事を知った。
多分、かつて、工藤先生のクラスメートだったのだろう。

「でえ、工藤くうん。私に会いに来た理由はあ、なあにい?」
「ああ。倉橋先生が今度、安本と結婚するって話、聞いてさ。マジ、ビックリしたぜ」
「あらあ、お祝いを言いに来てくれたのお?」
「ま、それだけじゃねえさ。オレは、短期間で帝丹高校をやめたけど、中学から通ってたんで、懐かしかったし。また、みんなに会いてえなって思ってよ」
「そうねえ。同窓会はあ、まだ暫く先だって思うしい。でもお、私の結婚披露宴はあ、ちょっと無理だろうけどお、打ち上げにはあ、帝丹の同級生達もお、呼ぶ積りだしい。工藤君もお、ぜひ、来てちょうだいねえ」
「ああ。そうさせてもらうよ」
「んふっふう。で、そちらの可愛い方はあ、どなたなのお?まさか工藤君のお、彼女お?」
「ああ。毛利は・・・父親が探偵で、今、オレが顧問をしている探偵クラブの部員で。ここはついでで、この後、警視庁に行く予定なんだよ」
「あ!も、毛利蘭です、初めまして!すみません、今日はいきなり押し掛けてしまって!」
「いえ、良いのよお。私は安本美紀。工藤君とはあ、中学と、高校はちょっぴりだけえ、同級生だったのお」

おっとりと笑う、美紀さん。
わたしは何だか、好感を持った。

「工藤くうん、探偵クラブの子連れて警視庁なんてえ、何か事件なのお?」
「いや、今回は、ただクラブ活動の一環で、警察署に連れて行くだけ。土日返上で、交代で部員を連れてってるのさ」
「何だあ、また探偵工藤君のお、出番かとお、思ったのにい」
「今のオレは、ただの高校教師だよ」
「工藤君があ、帝丹高校の先生、ねえ。同期はまだ学生が多いって言うのにい。私だってえ、帝丹大学の3回生ですもん。別にい、留年した訳でも、浪人した訳でも、ないのにねえ」
「まあ、あっちには、スキップ制度があっからな」
「やっぱり工藤君ってえ、エリートよねえ。でもお、私的にはあ、工藤君には先生なんかじゃなくてえ、いつまでもお、探偵でいて欲しかったなあ。工藤君はみんなの、憧れだったしい。私はあ、工藤君ファンの他の子達と違ってえ、倉橋先生一途だったけどお、探偵の工藤君の事もお、ちょっぴり、憧れてたんだよお」

妙にゆったりと語尾を伸ばす話し方をする、美紀さん。
すごく可愛い感じの方で、わたしには好感が持てた。

さっきのやり取りからしたら、美紀さんは高校時代から、今の婚約者である倉橋先生の事、好きだったんだ・・・。

倉橋先生は、中山先生と付き合ってた。
もしかして、もしかしたら、倉橋先生が中山先生を殺したのかもしれない。
それを知ったら、目の前のこの女性は、どうなるのだろう?

変な言い方だけど。美紀さんの為にも・・・中山先生は「単なる事故死」であって欲しいって、願ってしまう。

「ところで安本。中山先生の事は、聞いてっか?」
「うん、聞いたわよう。あそこの林ってえ、普通はあ、誰も通らないんだよねえ。中山先生、何であんな所、通ったのかしらあ。お気の毒だわあ」

美紀さんの顔に、暗い影がさした。
本当に、中山先生の事、心痛めている様子に、わたしの胸は締め付けられる。

美紀さん、知らないんだよね。
婚約者の倉橋先生が、中山先生とお付き合いしていた事、知らないんだよね。

何となく、美紀さんの顔が見辛くて、少し視線をずらす。
すると、胸元にある赤い石のペンダントが、目に入った。


「これが、気になるのお?」
「えっ?あ、あの・・・」
「んふふ〜、パパにおねだりして買って貰った、ルビーのペンダントなのよお」

本物の宝石なんか縁がないわたしには、これがどれほどの価値があるものなのか、分からない。
先生が脇から口を出す。

「倉橋先生からは、買って貰わねえのか?」
「教師の給料でえ、これを買うのは無理よう。だってえ、大きいだけじゃなくてえ、色も透明度もお、最高級のお、ピジョンブラッドのお、ルビーなんですものお。そこはもうねえ、パパも私もお、仕方がないって分かっているしい。宝石をねだるのはあ、パパだけにしとくわあ」
「あっそ・・・」

先生の口調は、「これだから金持ちは」という感じで、わたしは笑いそうになるのをこらえた。

美紀さんの耳にはピアスがしてあって、それもルビーのようだった。

「安本って、誕生日は7月だったっけ?」
「ううん、違うわよう。でも、ルビーは好きな石なのお。私の誕生日はあ、12月でえ、誕生石はあ、トルコ石とかラピスラズリとかだからあ、つまんないのよう」

ふっと、わたしの目に、先ほど見たお人形が映る。
その首にかかっている赤い石のペンダント・・・何だろう。ドキドキする。

その時、ドアが開いて、メイドさんらしき女性が顔を出した。

「あの、お嬢様。倉橋様からお電話が・・・」
「分かった、すぐ行くわあ。ちょっと失礼。工藤君達、どうぞごゆっくりねえ」

そう言って、美紀さんが部屋を後にした。

「ねえ、先生」
「ん?どうした、蘭?」
「ちょっと、気になる事があるんだけど・・・あのお人形さん・・・」
「ああ。実はオレも気になってた。だけど、その違和感の理由が・・・」

わたしは、先生と並んで人形に近付いた。

「このペンダント・・・これ、指輪じゃない?」

わたしが言うと、先生は目を見開いた。
先生は手袋をはめて、そっと人形の首からペンダントを外した。
そして、わたしに見せる。

「確かに。さっきの安本がしてたのに比べたらずっと安もんだが、ルビーの指輪だな。サイズは12号・・・女性の指のサイズとしては多いんじゃねえか?」

先生は、糸を使って指輪のサイズを測って言った。
ルビーを小さなダイヤ(メレダイヤ)が取り囲んでいる。
ふと、先生の目が険しくなり、わたしも同時に息を呑んだ。
その指輪は、ルビーを取り巻くメレダイヤが1個、無くなっていた。

「もしかして・・・」

先生が、小銭入れを取りだした。
開けると、中に入っていたのは小銭ではなく、小さなビニール袋に入れられた、メレダイヤだった。

「これは?」
「ああ。以前、蘭が見つけたヤツ」

先生は、今日わざわざそれを持って来てたのだろう。
慎重に、メレダイヤが無くなっていた部分にはめると、ピッタリとはまった。
わたしの心臓は、早鐘を打ち始めた。

「裏に、ロゴがある・・・蘭、デジカメ、出してくれ」
「う、うん・・・」

わたしは、先生から預かっていたデジカメを渡す。
先生は、指輪を色々な角度から撮影した。
撮影が終わると、後からはめたメレダイヤを外し、指輪を再び鎖に通して、人形の首に戻した。


美紀さんが戻って来ると、先生とわたしは挨拶をして、そそくさと安本家を辞した。


「せ、先生・・・」
「・・・次は宝石屋だ。行くぞ」
「う、うん・・・」


わたしは、胸騒ぎを覚えながら、先生の運転する車に乗り込んでいた。



(8)に続く


++++++++++++++++++++


<後書き>


新一君が、探偵として呼ばれた事件ですから、おざなりにする訳にも行かず。
ない知恵を絞って、事件を考えました。

なので、どうしても、事件の事で、文章を割くのは避けられず、事件ばかりが長くなってしまいました。

旧バージョンでは、この場面、既に「恋人同士」となった2人でしたが、新バージョンでは、今はまだ恋人未満。
イチャイチャ場面がなくなった分、この第7話は、旧バージョンより、かなり短くなっています。
そして、まだ、4月です。

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