Sweet Pain




byドミ



(3)探偵教師


「さ、蘭ちゃん。早くこちらに!」

窓の外には、制服や背広を着た警察官が数人立っていて。
中の1人が、手を広げてわたしに言った。

でも、わたしは、探偵さんの方が気になって、どうしようもなかった。

「蘭ちゃん!」

警察の人の叫び声を背にして、わたしは綱を伝い、再び倉庫の中に降り立った。
誘拐犯は、ナイフを持っていた。
そのナイフを手に握り、もう片方の手を柄に添えて、叫び声をあげながら、探偵さんの方に向かって突進する。
わたしは息を飲んだ。

けれど。
探偵さんは身を屈め、素早く僅かな動きでナイフを避け、目にも止まらぬ速さでナイフを蹴り上げた。

「きゃあっ!」

彼が蹴り上げて宙を舞ったナイフは、わたしの方に向かって飛んで来た。
わたしは、なす術なく立ち尽くす。
わたしの左頬を掠めたナイフは、後ろの壁に突き立った。


「蘭ちゃん!」

探偵さんが叫んで、わたしの方に駆けて来る。
そして、わたしの両頬を手で挟み、切羽詰まった声で叫んだ。

「大丈夫か、怪我は!?」
「!!探偵さん、後ろ!」

誘拐犯は、ナイフを蹴りあげられて手を抑えていたが、探偵さんがわたしに気を取られている隙に、背後からバットを振り降ろそうとしていたのだ。
探偵さんは振り返りざま、頭の上に手をかざし、腕でバットの攻撃を受け止めた。
同時に、わたしを守るように、もう片方の手で懐に抱き込んだ。

「2人一緒にあの世に行け〜〜!」

誘拐犯は、感情が激した所為で、正常な判断能力がなかったように思う。
再び、バットを振り上げて、振り降ろそうとした、その時。

「誘拐及び殺人未遂現行犯で、逮捕する〜〜〜!」

ドアを蹴破った警察官の叫び声が聞こえ。
なだれ込んだ警察官の手で、誘拐犯は、あえなくお縄になった。


警官の誰かが、倉庫の灯りのスイッチを入れた。
探偵さんの顔が、ハッキリと見える。
子供心にカッコイイと思い、胸ときめいた。

探偵さんは再びわたしに向き直った。
そして、さっきナイフが掠めた左の頬を、そっと撫でた。

「怪我、させちまったな・・・」

わたしは、何か言おうとしたんだけど。
今迄堪えていたものが、堰を切って吹き出し、思わず探偵さんに縋り付き、声を上げて泣き始めた。

「怖かったね、もう大丈夫だよ」

探偵さんがそう言って、わたしの頭を撫でようとしてくれたんだけど。

「イテッ!」

先程、バットで殴られた方の手に、痛みが走ったみたい。
わたしはハッとして、少し離れ、彼の顔を見詰めた。

「た、探偵さん、大丈夫?」
「ああ。何てこたないよ。ごめんな、助けに来た筈が、心配かけちまってよ」

そう言って探偵さんは優しく笑った。
わたしが再び彼に縋り付くと、彼は優しく抱きしめてくれた。

「それにしても、無茶する子だな。友達を助ける為に、わざと身代わりになったんだろう?」

彼の優しい声に、わたしは無言のまま頷いた。
彼がそこまで分かってくれた事に、驚くと同時に、何だかすごく嬉しかった。

その時。


「ゴルア〜〜〜!貴様、うちの娘に何をするかあ!早く離れろ〜〜!」

お父さんの叫び声が聞こえて。
わたしは彼にしがみ付いたまま、声のした方に顔を向けた。
そこには、怒った顔で肩をいからせた、お父さんの姿があった。



で、わたしはそのまま、彼から引き離され、お父さんに連れられて、帰宅したのだけれど。
後日、警察の方の事情聴取があった際、彼の事を色々と聞いた。

彼の腕は、骨にひびが入っていた事とか、わたしが電話で語った僅かな情報からあの場所を推理したのも、彼である事とか。


今にして考えれば、わたしが倉庫の中に戻らず、警察の人に保護されていれば、彼とわたし自身を危険に晒す事もなく、2人とも怪我ひとつなかっただろう。
今よりもっと子供だったから、仕方がなかったにしても、わたしがあの時取った行動は、足手まといになる以外、なにものでもなかった。

なのに探偵さんは、足を引っ張る行動をしたわたしに、文句ひとつ言わず、ただわたしを守って優しくしてくれた。


お父さんが何故怒ったかも、今のわたしには少しだけ、分かるけれど。
わたしはほんの子供だったんだし、彼は単に、子供に優しくしてただけ。
彼に、ヨコシマな気持ちなんか、ある筈もない。
お父さんの取り越し苦労も、いいところだよね?


わたしは、どうしても、彼にお礼を言いたくて、お父さんに、彼の家を聞いたのだけど、渋ってなかなか、教えてくれなかった。
ようやく聞き出して、行ってみた時は。
彼の家は、もう、もぬけの空だった。

彼の家の呼び鈴をどれだけ鳴らしても、誰も出て来なくて。
何時間待っても、彼は帰って来なくて。
わたしは、声をあげて泣き、隣の家に住んでいるという年輩の男性が、心配して見に来てくれた程だった。

その、隣の家の人が、わたしを招いて、お茶を出してくれた。
そして、探偵さんは、日本で築きつつあった「高校生探偵」の名声を捨て、アメリカ留学してしまったという事を、聞いた。

彼は、お母さんよりずっと遠い所に行ってしまった。
子供の私には、もう、会えない。会いに行く事なんか出来ない。
その事実にわたしは、お母さんが家を出た時と変わらない位、大きなショックを受けた。


わたしの心に、ぽっかりと大きな穴を開け、彼は・・・いなくなってしまったのだ。


そして、それから、5年近い歳月が流れた。



   ☆☆☆




寮の部屋で一服した後、わたしは、広い帝丹学園の敷地内を、散歩していた。

園子は、テニス部の同期の子達と、お茶会があるとかで、寮の談話室に集まっている。

帝丹学園では、中等部と高等部との部活は別だけれど、よほどでない限り、同じ部活に入る事が多い。
わたしも、中等部と同じ空手部に入る予定だ。


あれから、空手を始めたわたしは、それなりに上達した。
今のわたしなら、少しは、彼の足手まといにならずにすむかもしれない。


わたしの足は、春休みに中山先生が亡くなったという林の方へ、いつの間にか向かっていた。

もし、それが事故ではなく殺人なら。
犯人は、帝丹学園関係者に、ほぼ絞られる。

園子が、安全を考えてこの学園に入学した事からも分かるように、外部から侵入し脱出する事は、かなり困難だからだ。


春とはいえ、日差しが遮られる林の中は、少し寒い。
落ち葉を踏みしめながら、わたしは林の奥へ向かった。

ちょっとした崖になっている場所に出る。
ここから、中山先生は落ちてしまったんだわ。


ふと、何かが光ったような気がして、顔を上げる。
崖に少し突き出すような形に生えた木が、目の前にあるのだけれど。
木漏れ日を受けて、枝の間・葉の上に、煌めくモノが見えた。

わたしは必死で目を凝らす。
よく分からないけど、もしかして、アクセサリーなんかでよく使われる、メレダイヤ(大きな宝石の取り巻きなどでよく使われる、小粒ダイヤの事)?


何とか手が届きそうな高さにあるそれに、わたしは手を伸ばそうとしたが、突然足元が無くなった。

「きゃあああっ!!」

そのまま、落ちて行きそうになったわたしだったが、次の瞬間、わたしの体は、力強く支えられていた。

わたしを抱きかかえる、男性の腕。
非常時だからというのではなく、この腕に嫌悪感は感じず、とても安心出来る。

「・・・ぶねーな!中山先生の轍を踏んじまう気かよ!?」
「探偵さん!」

わたしを支えて助けてくれたのは、彼、工藤新一さん・・・いや、工藤先生・・・だった。

彼は、そっと、わたしを安全な場所に立たせてくれた。
そして、ふうと息をつく。

「ここは、細い根っこが伸びている上に、落ち葉が降り積もって、天然の落とし穴のようになってんだよ。当時、中山先生以外の人間がここら辺りを通った形跡はなかった。だから、中山先生は足を取られちまったんだろうってのが、警察が一応出した結論」
「え・・・?」
「まあ、表向きはな。捜査は継続されてっけど、学園敷地内に迂闊に警察官も入り込めないし、学園内の事件だと色々差し障りもあっから、とりあえずそういう事になってる」

彼は、わたしを見下ろして、言った。

あの頃よりも大人になって、彼の顔も体格も、精悍さを増している。
でも、彼とわたしの背丈の差は、あの頃より縮まっていた。
そして、眼差しの優しさは、変わらない。

「えっと・・・工藤・・・先生?」

わたしは、慣れぬ呼び名を、口にした。

「ん・・・?オレの事?ああ、そうか。確かに、先生、だよな、今は」

彼が、ちょっと苦笑した表情で、言った。

「やっぱり、探偵さんなのね?」
「ん?」
「中山先生の事件を調べる為に、教師として帝丹学園に潜り込んだんでしょ?」

わたしは、何となく嬉しくなった。
彼は、やっぱり探偵さん。
今も、探偵なんだ。
そう思ったら、顔がほころんでくる。

「ああ、まあ、確かにそれも頼まれちゃ、いるんだが・・・」

彼の返事は、妙に歯切れが悪い。
日が少し傾いて、木漏れ日もオレンジになっている為か、彼の顔は少し赤く見えた。

「探偵修行の為もあるし、少し社会人経験をしようかと・・・ま、3年ばかり、教師をやってみようかと思ってな」
「3年?」
「蘭が、高校を卒業するまで」

彼がそう言って微笑んだ。
わたしは、心臓が口から飛び出しそうになった。
彼は、確かにわたしを、蘭と呼んだ。
じゃあ、覚えていてくれたんだ。

でも。
わたしが、高校を卒業するまで?
それって、それって・・・。
ただ単に、3年位と考えたのが、わたしの高校時代と一致するから、それだけ、だよね?

不意に、彼の顔が間近に迫り、わたしはドキリとした。
彼の右手が、わたしの左頬にかかり、そのまま耳の後ろまですべる。
そして、彼の顔が、ゆっくりと近づいて来た。

え?
え!?
えええっ!?


わたしの心臓は、彼に聞こえそうな位、バクバクと大きな音を立て、壊れてしまうんじゃないかと思う程に動いていた。

彼は、ふっと微笑み、彼の手が離れ、顔も離れて行く。


??????
一体、今のは何だったの?


「良かった。傷は残ってねえな」
「えっ?」
「あん時、左の頬に、怪我しただろ?」

そう言えば。
あの時、彼が蹴り上げた誘拐犯のナイフが、わたしの頬を掠めたのだった。

「ま、傷があったって、オメーの価値がいささかも損なわれる訳じゃねえけどよ。女の子だもんな、顔に傷が残っちまったら辛いからな」


彼が、気にかけてくれていた。
どうしよう・・・何だか、泣きたい位に嬉しい。

なのに、わたしってば。
一体、今、何考えたのよ?
いやあん、もう!


「オメー、こんなとこウロウロしてんのは、散歩とか探検とかじゃ、ねえよな?」
「あ・・・それは・・・中山先生の件が、気になって」
「一般の生徒達には、事故としか知らされてねえけど、オメーは毛利探偵の娘だから、阿笠理事長が殺人事件との疑いを持ってるって事情を、知らされてんだろ?」
「うん」
「だからって、1人でこんなとこに・・・ったくオメー、相変わらずだな。他人の事がほって置けなくて、すぐ首を突っ込んじまうとこ」
「な!そ、そんな風に言わなくても」

彼の呆れたような顔に、わたしは少し悲しくなって、抗議した。

「いや、責めてる訳じゃねえよ。無鉄砲で危なっかしいけど、そこがオメーのイイとこだろ?」

一応、褒め言葉なのかな?
それにしては、微妙な感じ。

「ところで、蘭。何でここから落ちそうになってたんだ?何かに手を伸ばしていたようだけど」
「あ、それは、木に何か引っかかってて・・・」

わたしは、先ほどメレダイヤらしきものが引っ掛かっていた枝の方を見た。
やはり、何か煌めくモノが、そこにある。

工藤先生が木に近付き、幹に手をかけて支えながら、もう片方の手を伸ばしてその光るものを取った。
そして先生が、取ったモノをかざして見る。

「成程。メレダイヤらしいな。こいつはひょっとすると・・・かなりのお手柄だぞ、蘭」
「あ、あの。工藤先生?」
「んあ?何だ?」
「そ、その・・・蘭って呼ばれるの・・・」

わたしの言葉に、先生がちょっと悲しげな顔をした。

「そう呼ばれるの、嫌か?」
「え!?い、嫌とか、そんなんじゃなくて!ただ、他の人に聞かれたら・・・」

うん。
先生に「蘭」って呼ばれるの、嫌じゃない。っていうか、嬉しい。
でも、他の人から、何て思われるか。

「大丈夫だよ。人前では『毛利』って呼ぶからさ」
「先生・・・」
「あのさ。その呼び方、2人だけの時は止めてくんねえ?」

工藤先生が、ちょっと苦笑して言った。

「えっ?で、でも・・・」
「蘭は、教師になる前のオレの事、何て呼んでた訳?」
「あ、あの・・・『探偵さん』って・・・」

先生は少し脱力したようだった。
きっと、「工藤先生」と「探偵さん」では、五十歩百歩なんだろうな・・・。

「ん〜。まあ、ボチボチで良いか」

そう言って先生は苦笑する。
一体、何て呼んで欲しかったんだろう?

工藤さん?
新一お兄さん?

どれも、しっくり来ない。


わたしは、ブルリと身を震わせた。
4月になっているとは言え、山の中、夕暮れの風は、まだ冷たい。

すると先生が、羽織っていた薄手のパーカーを脱いで、わたしにかけてくれた。

「ここで立ち話をしてても、冷えるな。場所変えよう」


工藤先生が、わたしの肩に手をかけ、促すようにして歩きだした。
肩を抱かれている形になり、わたしの心臓は再びドキドキ言い始める。

きっと、先生にとって、わたしは、5年前の子供の時のまま、なんだろう。
あの頃のわたしは、先生に抱きついても、こんなにドキドキしなかったのに。

どうしちゃったんだろう、わたし?


「すぐ、そこだ」

先生に言われて目を上げると、いつの間にか、メゾネットタイプの建物の裏手に来ていた。
先生が、裏口ドアの鍵を開けて、わたしを中に促す。

「ここは?」
「帝丹学園職員独身寮の、オレの部屋」
「良いの?生徒の出入りは、禁止されてるんじゃ?」
「良いんだよ。オメーは、特別」


わたしが特別って・・・どういう事だろう?
元々の知り合いだから?
でも、知り合いって程、お互いを・・・というか、先生がわたしを、知ってる訳じゃないよね?

わたしは、裏口から寮に入った。

「メゾネットだけど、結構独立した造りになってるし、防音も完璧。ここの職員はかなり優遇されてるよな。まあ、今のご時世、その位の福利厚生がねえと、こんな田舎に、イイ人材が集まらねえんだろうけどよ」

先生が、コーヒーを淹れてくれながら、そう言った。
わたしは、初めて入った先生の部屋で「手伝います」と言う事もためらわれて、ダイニングの椅子にちょこんと腰かける。
少し見回した感じだと、2DK位の作りになっているようだ。

「ま、基本、他人を泊めちゃいけねえ事になってんだけど、職員同士で付き合ってるヤツとかは、守ってねえよな」
「先生、詳しいよね・・・あ、そっか。先生もちょっとだけ、生徒としてここにいたんだっけ」

そう。
わたしが初めて彼に会った時、彼は帝丹高校の制服を着用していた。
でも、あれからすぐに、アメリカ留学してしまったんだ。

今の先生は、背広にネクタイ。
あの頃の制服姿と、結構近いスタイルだ。

工藤先生には、スーツとネクタイが良く似合う。
帝丹の制服も、今の同級生の誰よりも、先生に似合ってたな、と思う。

先生は、コーヒーを二つ運んで来て、わたしの前にひとつ置き、わたしの向かい側に腰かけた。
先生のはブラックだけど、わたしのにはミルクを入れて甘くしてある。

「まあ、それもあっけどよ。元々、理事長の阿笠博士は、うちのお隣さんで、よく知ってんだよ」
「えっ!?」
「でまあ、その関係もあるし、親父達がアメリカに行っちまったってのもあるし、中学と、高校の最初だけはここで過ごして。その間、学園内を随分探検したな。隅々まで知ってる」
「先生、ご両親がアメリカにいらっしゃるのに、日本にいたんですよね?」
「ん?ああ・・・そうだよ」
「じゃあ、何で。あの後すぐ、アメリカに行っちゃったんですか?」

工藤先生は、ちょっと目を見張った。

「わたし、ろくにお礼も言ってなかったし。だから・・・もう一度、会いたかったのに。先生の家に行ったら、もう、先生は・・・」
「わざわざオレんちまで、来てくれたんだってな。後から、博士に聞いたよ」

そう言えば。
工藤邸の門の前で泣いていたわたしを、隣人だという中年男性が、家に招いてお茶を淹れてくれたんだっけ。

「あ・・・あれは、阿笠理事長だったんだ・・・」

父の知人だという阿笠博士だったけど、わたしは直接面識がなかった筈だった。
なのに、帝丹学園に入学する時、阿笠理事長の柔和な表情に、どこか見覚えがあるような、懐かしい感じがした。
そうか、あの時、会っていたんだ。気付かなかった。

「せっかく来てくれたのに、ごめんな。あの時は色々と、事情があったんだよ。でも・・・一度だって、蘭を忘れた事は、なかった」

先生が、優しく笑って言った。
どうしよう。
ドキドキして、何だか、泣けて来る位、嬉しい。

「向こうの大学を卒業したら、日本に帰って来ようと思ってたんだよ。で、中山先生が亡くなるという不幸がなくても、オレはここに来る筈だったんだ」
「え?だって・・・」
「本当は・・・夏頃寿退職する予定の中山先生の代わりに、って話だったんだよ」

わたしは、息を呑んだ。
中山先生は、まだ30前の、綺麗な女性だった。

「中山先生は不幸にして、結婚を前にして事故で亡くなったのかと、阿笠博士も考えていた。中山先生はこっそり、阿笠博士にだけ婚約者の名を告げていた。周りに知られたら、教育上も差し障りがあるだろうからって、同僚である婚約者から口止めされていたんだそうだ」

そして、工藤先生は、阿笠博士に知らされた中山先生の「婚約者」の名前を、告げた。
それは高等部数学教師の、倉橋勝先生。
その名は、ちょっと前まで中等部にいたわたしでも、知っている。
数学を教える技量はピカイチで、まだ30になったばかりのハンサムなので、結構、女生徒達からも人気がある先生だ。

でも、ちょっと待って。
その先生って、確か。


『高等部で数少ない独身イイ男の倉橋先生、6月に結婚なさるんですって!あ〜〜ん、ショックぅ』

園子が、そう言ってなかった?

そして、そのお相手は、鈴木財閥とタメを張る資産家のご令嬢だった筈。

「だって・・・!じゃあ、中山先生は、婚約者から、捨てられたの?」
「・・・失恋した中山先生が、偶然、事故に遭ったと、思うか?」
「でも・・・っ!」

そんな事。
考えたくない。
想像したくない。

愛した筈の女性が、邪魔になったから・・・なんて!

「先入観は禁物だ。本当に事故かもしれない。でも、阿笠博士は、そうじゃない可能性を考えて、毛利探偵とオレに、依頼をした」

何だか悲しくなって来た。
どちらにしろ、中山先生が亡くなった事は悲しく気の毒な事だけれど、せめて事故であって欲しいと、思う。

工藤先生が、掌を見詰めているのに気付いた。
そこにあるのは、先ほど見つけた、メレダイヤ。

そんなものが、何で、木の葉の上に乗っていたのだろう?


「蘭。協力、してくれるか?」

工藤先生の声に、わたしは顔を上げる。
先生が、真剣な瞳でわたしを見詰めていた。
蒼い、吸い込まれそうな瞳。

協力とは、中山先生の件を調査する事に対してだろう。

わたしは、思わず頷いていた。
先生は、ふっと優しく微笑んだ。


そして、先生は立ちあがる。


「もう、かなり日も傾いて来たから、今日はもう、寮に帰った方が良い」

そして、わたし達はまた、職員寮の裏口から出て行った。
先生は、学生寮すぐ近くの、林が途切れるところまで送ってくれた。


「あ、そうそう。これ、渡しとく」

先生が手を出したので、わたしも手を差し出した。
わたしの掌の上に、冷たく光るものが置かれる。

「え?これ・・・?」
「オレの部屋の鍵。蘭なら、いつでも来て構わねえから」
「・・・これも、禁止じゃないの?」
「当たり前だろ?落とすなよ」

鍵には、細い鎖が通されていて、ペンダントのようになっていた。わたしはそれを首にかける。

「表からは、人目につくから、来る時は裏口からな。林を通る時、足元には気をつけろよ?」

そう言って、先生は踵を返した。

先生は、何故わたしに、この鍵をくれたのだろう?
わたしが、毛利探偵の娘だから?
捜査の協力者だから?

それとも、かつて誘拐犯から救い出した子供だから?


胸がドキドキしている。
5年ぶりの再会は、本当に思いがけないものだった。
彼は、5年の月日を飛び越えて、わたしの中で、高校生探偵から高校教師探偵へと変わっていた。



そして。
その時のわたしは、禁断の入口に立ってしまっている自覚は、全くなかった。



(4)に続く


++++++++++++++++++++


<後書き>


工藤先生のお住まいをどうするか。
色々考えたんですが、こういう形に落ち着きました。

色々と、現実離れしている点は、ご容赦ください。
もともと、私にとって、名探偵コナンはお伽噺なんで。
現実的でないものを、如何にリアリティあるように書くかが、腕の見せ所なのよ!と、開き直ります。
いや、単に、自分の萌え設定を、でっちあげているだけですけど。

この世界での蘭ちゃんは、新一君の事を、最初「探偵さん」と呼んでいて、今回「工藤先生」に変化しています。
この先も、状況で変化して行く筈です。

まこっちを出す積りはあるのですが、どういう立場で登場させるかは、未定。
教師ってのも、考えてるんですが、何だか恐ろしい事になりそうだなあ(汗)。


で、この第3話も、旧バージョンと、ほぼ同じ。
最後に、「禁断の入り口」なんて意味深な文章を入れてますけど、2人が本当に「禁断の関係」になるのは、数話先の事になりそうです(汗)。


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