Sweet Pain



byドミ



(23)イブの喧嘩


12月24日、クリスマスイブ。
園子がラストスパートでマフラーを編みあげ、わたしもそれに付き合って、2人ともほぼ貫徹のフラフラ状態で、迎えていた。

クリスマスとクリスマスイブは、日本の祝祭日じゃないので、平日だと普通に学校がある。
今日が終業式で、本当に良かった。

わたしは、鈴木家のクリスマスパーティにお呼ばれしている。
そして、そのまま鈴木邸にお泊りするのが毎年のパターン。

けれど、今年は……。

園子はさすがに外泊するわけにはいかないけれど、園子が口裏を合わせてくれて、わたしは新一の家にお泊りすることにしていた。

クリスマスは、元々、恋人同士の行事でも何でもない事くらい、知っている。
でも、今年は、新一と2人で過ごしたかった。



   ☆☆☆



終業式が終わった後。
わたしと園子は着替え、荷物を持って、鈴木家からの迎えの車を待った。

「園子。マフラーは持ったの?」
「う、うん……だけど……」
「だけど?」
「真さん、喜んでくれるかなあ?」
「そりゃ!園子の手編みのマフラー、絶対に喜んでくれるって!」

園子が不安そうな表情をする。
普段は気が強いように見える園子も、意外と心配性だ。
いや……本当は気が小さいからこそ、いつも自分を奮い立たせているんだと思う。

園子を励ましながら、わたしもちょっと不安。
新一は、わたしが編んだマフラーを喜んでくれるだろうか?
男性は手作りの物を嫌う場合も多いって言うし。

でもでも、新一も、そしてきっと、京極先生も。
わたしたちの愛のこもった手作りを嫌がりはしないと……思う。


鈴木家の迎えの車が来て、園子とわたしは、乗り込んだ。
そして、鈴木邸に向かう。

一応、わたしも、鈴木家のクリスマスパーティに参加してから、新一の家に向かう予定にしているのだ。
新一も、用があるようなことを言ってたし。


鈴木邸に到着後、わたしは園子と一緒に仮眠をとった。
夕方起き出して、ドレスを着る。

サイズが同じなので、園子のドレスを貸してもらった。
ちょびっとだけ、化粧もする。

園子もわたしも、化粧に慣れていないので、園子のお姉さん・綾子さんからお化粧してもらった。
綾子さんは、園子と7歳違いで、現在、大学院生だ。
歳が離れているので、わたしが園子と遊んでいた小学生の頃は、綾子さんも忙しく、時々会うくらいだった。

ふと、気付いたんだけど、綾子さんは、新一より年が上なんだ……。
子どもの頃も、綾子さんは大人の女性だったけど、今も、大人の素敵な女性だ。

園子に貸してもらった赤いドレスは、胸元が大きく開いていて、谷間が見えそうだ。

「そ、園子……ちょっとこれ、大胆すぎない?」
「あら。夜のパーティで着るドレスは、露出度が高いのが相場なのよん」
「そ、それって、イブニングドレスのことでしょ!?これ、スカート丈は短いじゃない!」
「ま、良いから、良いから」

園子の方も、わたしと似たようなデザインのオレンジ色のワンピースを着ている。
ちょっと大胆だけど、園子によく似合っていると思う。

わたしは園子に押し切られて、その格好でパーティ会場に向かった。


   ☆☆☆


そして。


「何で、ここにいるの?」
「ん?そりゃ、鈴木財閥の総裁・鈴木史朗氏に招待を受けたからだよ」
「ふうん……」

鈴木家のクリスマスパーティに、新一と、京極先生まで参加していた。
喜ばしい事なんだろうけど、わたしは何となく面白くなかった。

「蘭ちゃ〜ん?何で、不機嫌なのかなあ?」
「べっつにい」

新一が綺麗な女の人達に囲まれて鼻の下を伸ばしていたから機嫌が悪い……なんて、絶対、言ってあげない。

「それより蘭、そのドレス……」
「ん?」

ドレスが似合っているなんて誤魔化しても、許してあげないんだから。
と思っていたら、彼はとんでもないことを言った。

「ちょっと大人っぽ過ぎじゃねえか?」
「……!!!」

何よ何よ何よ!
わたしは新一と5つも年が違うのを、気にしてるってのに!
背伸びし過ぎで、このドレス、似合わないって言うの!?

「そ、そんなこと、ないでしょ。丈は短いし……」

会場を見回しても、成人していると思われる女性たちは、皆、丈の長いイブニングドレスを着ている。
丈の短いワンピースドレスなのは、園子とわたし位だ。

「に、似合わない?」

わたしが問うと、彼は不機嫌そうに答えた。

「似合わねえよ、オメーには」

新一の言葉が胸にグサッと突き刺さった。

今日、この場に新一が来るって知らなかったから、わたしは新一のためにオシャレしたワケじゃない。
それでも、本当はオシャレした姿を一番見て欲しかった新一に、似合っていないなんて言われてしまうと……。

わたしは涙が溢れそうになってぐっとこらえ、その場から走り出していた。


わたしの控室として貸してもらった客室に駆け込むと、何とそこには先客がいた。

「そ、園子!?」

ドアをバンと開けた音にビックリして振り返った園子も泣き顔だった。


「……もしかして、園子も、京極先生から何か言われた?」
「え?ってことは、蘭も工藤先生から?」


二人で並んでベッドに腰かける。
園子と二人、こうしていると、何となく冷静になれてきた。
そして……新一や京極先生が「似合わない」と言った真意に、思いいたる。


「ねえ、園子?」
「なに、蘭?」
「考えたんだけどさ……これって、体育祭の時のチアガール衣装と、同じじゃない?」
「うん……多分、そう思う」
「横暴だよね」
「だよね」
「……心狭いよね」
「……だよね」
「でも……きっとそれだけ、愛されてるんだって、思う……」
「うん……わたしも……」


女が装うのは、自分のため。
自分が着たいものを着る、自分自身が「似合っている」と思うものを着る。
それは、彼氏といえども、口を出すのはご法度だと、思っている。


ただ、新一も、おそらく京極先生も。
わたしたちの装いが本当に似合っていないと思っているとか、好みに合わないとか、そういうことじゃなくて。

「他の男に肌を見せたくない」
ただその一心なんだ。

「そりゃ、半裸に近いとかならアレだけど……あの程度で、ねえ」
「でも、独占欲の強さに呆れるけど、可愛いって思っちゃうね」
「だねー」

ああ。
園子が居てくれて、良かった。
でなけりゃ、わたし今でも、傷ついて怒っていたと思う。


「じゃあ、許してやるとしますか」
「うん、そだね」

さすがに今から着替えようとは思えない。
スカートの短さだけは許してもらうとして、園子と私は、同系色のストールを上から羽織ることにした。



   ☆☆☆



上からストールを羽織って、涙を流したので崩れたお化粧直しをして、会場に戻る。
すると、新一と、それに京極先生も、姿が見えなかった。

どうしたんだろうと思っていると、園子がわたしを引っ張って、窓のところにまで行った。
園子が指さす方を見ると、中庭に面した外回廊を必死で走っている新一と京極先生の姿があった。

「……わたしたちを探しているのかしら?」
「多分ね」

やれやれ。
わたしたちよりずっと大人なのに、世話の焼ける人たち。

わたしは園子と顔を見合わせ苦笑すると、それぞれの想い人を迎えに行った。


新一が外回廊から建物の中の廊下に入ってきたところで、無事、会うことができた。
すごく焦った顔で息を切らしていた新一は、わたしを見ると、ホッとしたような表情をした。

「ら、蘭!」
「あら。工藤先生、どうかなさったの?」

わざと冷たく返事をする。

「わ、悪かった!」

新一がわたしの前で手を合わせる。

「悪かったって、何のことかしら?」
「そ、その……怒ってるよな?」
「怒ってなんかいません。傷ついただけです」
「ら、蘭……」

大の大人が、小娘相手に、瞳を揺らす。

新一には、ネコ科の動物の……クロヒョウみたいなイメージがあるんだけど、今この瞬間だけは、飼い主に叱られて耳をペシャンとしている犬のような感じがした。
……何だか可愛い。
でも、ここで甘い顔をしたら元の木阿弥なので、わたしは顔に力を入れて表情を引き締めた。

「ねえ新一。さっきのって……体育祭のチアガール衣装の時と、同じだよね」
「……ああ……すまない、ホントに」
「あの時、わたし、二度目はないよって、言わなかったかしら?」
「悪かった!ホントに、悪かった!」

新一が必死でわたしに頭を下げる。
……きっと、かつての天下の高校生探偵:工藤新一に、ここまでしてもらえる人なんて、他にはいない。

「……心が狭いのは自覚してる。さっきの蘭はとても綺麗で、だからこそ、誰にも見せたくなかった……。でも、オメーは一人の人間、オレの所有物じゃねえから、勝手なことは言えねえって、分かってるんだ……」
「バカね。そういう風に言ってもらえるんだったら、わたしだって傷付かないのに」

新一は顔を上げた。
そしてその表情が緩む。
何でだろうって思ったけど……後から新一に聞いたところでは、わたしはその時もう、怒った顔も拗ねた顔もしていなくて、天使のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべていたんだそうな。

「……蘭。抱きしめて良いか?」
「な、なに言ってるの!?ダメに決まってるでしょ!ここは鈴木邸の廊下なんだから!」
「あ、ああ……じゃあ、後で……」
「……」

今夜は新一の家に泊まることになっているのだけど、どんだけ求められるんだろうって、ちょっと怖くなってしまった。



   ☆☆☆



園子も無事、京極先生とは仲直りできたみたい。

パーティで美味しいものを結構食べたので、新一とわたしは改めて食事に行くこともなく、新一の車で工藤邸に向かった。


「新一。メリークリスマス!」
「お。蘭の手編みか!?マジ?スゲー嬉しい!」
「クラスメートの前では編んでないから、学校にも着けていけるよ」
「園子嬢との二人部屋で良かったな」
「うん!」

新一からは、雪の結晶をかたどった可愛いネックレスをもらった。

「来年以降は、蘭がパーティに着て行けるようなドレスを贈るよ」

きっと、露出度の少ない無難なデザインのドレスになるんだろうなあ。
一応、買う前にわたしも一緒に見せてもらうことにした。

「女ものの衣装の目利きはできねえし、オメーの好みもあるだろうから、一緒に選んでもらった方が助かる」

と、新一は言った。


先にお風呂使わせてもらって。
この日のために準備した下着とネグリジェを身に着けて、布団に入って新一を待った……筈だった。



気が付いたら、スッカリ明るくなっていて。
わたしの隣で新一が寝息を立てていた。
わたしも新一も寝間着を着たままで。


園子のマフラー編みに付き合ってほぼ完徹状態だったため、寝落ちしてしまったらしい。

わたしがあわあわしていると、新一が目を開けた。


「おはよう、蘭」
「し、新一ぃ」
「よっぽど寝不足だったんだな……揺らしても何しても起きねえくらい、グッスリだったよ」
「あうううう」


わたしは、一旦寝付いてしまうと、本当に目が覚めない。
エッチしたかったわけじゃないけど、せっかくのイブの夜に寝落ちしてしまったなんて……!

新一はクスクス笑っている。


「蘭の可愛い寝顔を堪能したのは、それはそれで幸せで満足できたよ」
「もうー」

そう言いながら、新一の手が伸び、ネグリジェの前が拡げられた。


「ちょ、ちょっとー!たった今、満足したって言ったばかりなのに!」
「これは別腹」
「な、何が別腹よー!んもー、信じらんない!ばかあ!」


あっという間に脱がされて。
冬の遅い陽もすっかり上り明るくなっている中、全てが新一の目にさらされてしまう。

「すげ……綺麗だ、蘭……」

新一が嘆息する。
その手がわたしの胸の頂をつまむ。

「あ……っ!」
「初めて抱いた時、もう充分大人の体だって思ったけど……オメー、ますます……」
「ア……んんんっ……新一ぃ……」

わたしの中はもうトロトロになって、新一に突かれるのを待っている。

わたしにも、分かる。
わたしの体は……新一に抱かれるたびに、目覚めて行く。

「他の誰にも見せたくねえ……」
「あ……ん……わたしは……新一だけの……んあっ!」

肌の触れ合いがこんなに気持ちいいのは、新一だから。
わたしの奥深くを突き上げられてこんなに感じるのは、新一だから。
抱かれるたびに、こんなに満たされて幸せなのは、新一だから。

わたしの身も心も、新一によって花開く。


「蘭……好きだ……愛してる……っ!」
「ああっ……新一……新一……」

お互いの口をついて出るのは、嬌声と愛の言葉とお互いの名前だけ。


再会して、お付き合いを始めて、結ばれて。
数年間の寂しさを補って余りある幸せな日々を送っている。


後から聞いた話では、園子も無事、京極先生と仲直りし、プレゼントのマフラーを渡すことができたみたい。
園子がクリスマスプレゼントとして京極先生からもらったのは、ひとつぶの極上天然真珠。
京極先生が海にもぐった時に見つけたんだそうな(!!!!!)
金額にしたら大したことはないみたいだけど、京極先生が体を張って採ってきたプレゼントに、園子は大感激していた。



(24)に続く


++++++++++++++++++++


<後書き>

ちょっとくらいは、ひねった話にしたいと思いつつ、もうこのお話は、ただただ、新蘭がいちゃいちゃラブラブのままで大きな波風もなく突っ走りそうなんですよねー。
それもアリかなーと思う、今日この頃。

ようやく、クリスマスまで来ましたが。
この調子でラストまでたどり着くのは、いつになるのでせうか?


2020年10月7日脱稿
戻る時はブラウザの「戻る」で。