Sweet Pain



byドミ



(22)浮気



秋が深まり、冬の気配が忍び寄ってくる。


「あ〜〜〜〜っ!もう無理〜〜〜!」
「園子!頑張って!」
「だってだってだって〜〜〜!蘭みたいに真っ直ぐ編めない〜〜〜!もう無理〜〜〜!」

とうとう園子は、編みかけのマフラーと編み棒を机の上に放り出した。

わたし達はそれぞれの彼氏に、クリスマスプレゼントとして手編みのマフラーを送ろうと計画した。
ただ真っ直ぐ編むだけだから大丈夫だろうと思ったのだ。

でも。
編みなれないと、編み目の大きさが不揃いで、真っ直ぐにならない。

「でも、ちょっとくらい歪んでも、それが手編みの証。ちゃんと京極先生に伝わると思うよ」
「う゛〜〜」

涙目で恨めしそうにわたしを見る園子。

「蘭は、いいなあ。何やらせても上手で、器用で……」
「もう!園子ってば!」

わたしだって、何でもいきなり上手になった訳じゃない。
料理も手芸も、どれだけ頑張ってきたことか。

ただ……園子の気持ちも、ちょっと分かる。
わたしのお母さんは、本当に何でも器用にこなす人で。
料理だけは何故か破壊的にダメだけど、他のことは何でも天才的。

わたしは、努力しても、とてもとてもお母さんの域には達せない。

努力をすれば、昨日の自分よりは確実に前へと進めるけれど。
やっぱり人によって違うのは確かで。
それに、根を詰める作業が性に合わない人もいる。


「園子。京極先生は、園子に無理させたいなんて思ってないよ、きっと。園子にできるプレゼントで、良いんじゃない?」
「……だって。わたしは財閥のお嬢だよ?お金で買ったものは、何だか心が籠ってない気がする……」

園子は、ガバッと起き上がると、また編み物を手に取った。

そっか。
園子の家にはお金があるから、「お金で買えるもの」だと心が籠ってない感じがしちゃうんだろうな。
だから、不器用でも飽きっぽくても「手作り」にこだわるんだ。

でも、手作りって意外とお金がかかって、実は最高の贅沢だったりするんだけどね。

「なんかさ。寮で門限があるってのも、良い部分もあるよね」
「そう?」
「だって、作業がはかどるじゃない?」
「まあねえ」


帝丹学園中等部高等部は、全寮制であるため、スマホもラインも禁止されてる。
ガラケーも、数年前にやっと解禁されたらしい。

中学までは個人用のパソコンも禁止だった。

スマホやラインが好きにできると、便利な反面、自分の時間ってのがなくなる人が多いみたい。
でも、わたしたち帝丹学園の生徒は、そういうことがない。

テレビすら、談話室と食堂にしかない。
寮にいたら、勉強するか手芸するか他の趣味をやるか暇を持て余すかしかないのだ。
まあ、高校になったらやっと個人用のパソコンが解禁されるから、ネット三昧の人も多いけど。


なので意外と、編み物なんかが流行ったりする。
わたしは去年、わたしの分と園子の分のマフラーを編んだ。
そして今年は……恋人のマフラーを編む。

毛糸は白いのを選んだ。
本当は、濃い青が新一にきっと似合うだろうと思ったんだけど、値段を見て諦めた。

新一は、スーツが似合うけど、カジュアルなセーターもきっと似合うだろうな。
お金を貯めて来年はあの青い毛糸で……。

「来年は、セーターを編もっかな」
「いいねえそれ!わたしも、そうするわ!」
「じゃあ、まず、今年のマフラーを編まなきゃね」
「う゛〜〜」

教室で編み物をしている子も結構いる。
でも、わたしらはそれができない。

だって、誰のか追及されるのが目に見えているもの。
そして、先生たちがそれを身につけて来たら一発アウト。

寮が園子と同室で、本当によかったわ。
こういう作業を心置きなくできるし。


「2学年の先輩たちは、明日から修学旅行だね」
「そうだねー」
「今年からまた、国内旅行に変わってるんだって?」
「そうらしいねえ」
「ま、海外なんて珍しいもんじゃないし。大勢で行くのも大変だもんねー」

長期休暇は何度も海外に出かけている鈴木財閥のお嬢様らしい発言が飛び出す。
わたし達は来年、修学旅行。
楽しみにしているんだけど……新一や京極先生が、修学旅行の付き添い担当になるかどうかは、分からない。



   ☆☆☆



園子も編み物に慣れて、だいぶ作業が進むようになった12月初めの土曜日。

外泊届を出したわたしは、新一の家で過ごしていた。
まずご飯を作ろうと思ったのに、新一に深く口付けられると足腰が立たなくなり、そのままベッドまで連れて行かれてしまう。

セックスがこんなに気持ちがいいものだって、知らなかった。
もっとも、相手が新一だからだろうと思うけど。

「蘭……オメー今、スゲー色っぺー顔してる……」
「えっ!?」
「あどけない少女の顔が、妖艶な女の顔に変わる……たまんねえ……」
「んんああっ!」

新一に抱かれているとき、わたしがどんな顔をしているかなんて、知らない。

「オレ以外の男に、そんな顔、見せるなよ……」
「あ、当たり前……ああんんっ!」

新一がわたしの中を突き上げると、頭が真っ白になり、みだらな声が口から飛び出す。
触られて嬉しいのも感じるのも、新一だから。
わたしは、望んで他の男に身を任せることは絶対にないけど、望まずに奪われたとしても、きっとこんなふうにはならない。

「新一……新一……ああん!イク……ッ!」
「蘭……蘭……くっ……!」

新一のものがわたしの中で脈うち……やがて2人とも弛緩すると、新一は大きく息をついてわたしの中から出た。
新一は手早く避妊具を処理すると、わたしの隣に横たわり、わたしを抱き寄せて口付けの雨を降らせる。

「誰でも、こんなことをしたら、新一の言う……妖艶な女の顔になるのかな?」
「さあ。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれねえけど。オレは蘭以外の女とこんなことする気はねえから、他の女がどんな顔になるかなんて知りようがねえな」
「新一って……キスもエッチも、わたしが初めてなんだよね?」
「ああ。疑うのか?」
「そうじゃないけど……迫られたこととか、ないの?」

途端に、新一がすごく嫌そうな顔をした。

「思い出させねえでくれ。恋人がいる女だったから油断してたら……大変な目に遭ったぜ。必死で逃げたけど」
「……」

新一には、女性に手をあげることをためらうような部分がある。
なので、本当に必死に逃げたんだろうな。

「お前以外の女に、触りたくも触られたくもない」
「新一。わたしも、新一以外の男の人に、触りたくも触られたくもないよ……」
「蘭……」
「わたしが自分の意志でってことは絶対にないけど。もしも、この前みたいに、無理やりってことがあったら……」
「そんな事にはさせねえ。蘭はオレがぜってー守るから!」
「新一……」

新一の深い口づけが降りてくる。
それはまた、始まりの合図。

わたしは身も心も全て新一に開いて委ねる。
女であることの幸せをしみじみと感じる。

わたしは、この人のもの。
これまでも、これからも。


「蘭。クリスマスはどうすんだ?」
「22日に終業式の後は、一旦家に帰るけど……クリスマスの頃は園子と示し合わせて、お互いの彼氏と過ごせるように計画立ててるの……」
「そ、そっか……」

園子に、京極先生という彼氏ができて本当に良かったと思う。
園子の事だからきっと、彼氏がいなくてもわたしに協力してくれただろうと思うけど。
お互いに恋人と幸せなクリスマスが過ごせるなら、そっちの方がずっと幸せだ。


そしてわたしは、うきうきした気分のまま、寮に帰って来た。



   ☆☆☆



寮に帰ったわたしが見たものは。

全部編み針から外されてほどかれた、茶色の毛糸。
園子のマフラーはだいぶ編みあがっていた筈なのに、一体何事が起きたの!?

園子はぼうっとしていた。
その目に涙が浮かんでいる。

「そ、園子っ!?どうしたの!?」
「……真さん。浮気、してた……」
「えっ!?ええっ!?」

土曜日外泊に行くとき、園子もわたしに負けず劣らずうきうきしていたのに。
一体、何事があったの!?


「そ、園子……京極先生が浮気なんてする筈ないって思うよ……」
「わたしだって、そう信じてたわよ!でも……っ!」

わたしの顔を見て感情が高ぶったのか、園子は盛大に泣き始めた。
無理にそれを止めることはせず、しばらく泣いたままにさせた。

ようやく落ち着いてきたころ、わたしは紅茶を淹れて園子に差し出す。
園子はすすり上げながら、紅茶に口をつけた。


「……何があったの?」

園子がぽつぽつと語ったところによると。
おととい会った時、京極先生から香水の匂いがしたのだそうだ。
おまけに、よく見ると、ワイシャツに口紅がついていた。

園子がそれを詰ると、京極先生は「先ほどすれ違いざま、こけそうになった女性を、とっさに支えただけ」と言い訳していたそうだけど。
怒って帰ろうとした園子を、京極先生は強引に抱こうとした。
園子は京極先生をひっぱたいて、そのまま逃げ帰ってしまったのだそうだ。


わたしは……やっぱり京極先生が浮気をしたとは信じられなかったし、園子の話を聞いても、どうも何だか変な感じがした。
でも、どこがどうとは言えなくて。

園子のためにどうにかしたいと思うけど、どうしたらいいか分からない。


二組のカップルの幸せなクリスマスは、どうも暗礁に乗り上げそうな感じだった。



   ☆☆☆



新一にこの話をすると、新一も眉を寄せて考え込んだ。

「オメーも園子嬢も、その女が怪しいとは思わなかったのか?」
「え?女が怪しい……?」
「京極さんの昔の女が、嫌がらせした可能性がありそうだと思う」
「でも……京極先生、知っている女性とは言わなかった」
「そりゃ……もしそうだとしても、誤解を拡大させるだけだから、言うワケねえだろう」
「……」
「普通、女の怒りや恨みは、女に向かうもんなんだよなあ。蘭も、園子嬢も、その辺は変わってる」
「そ、そうなの?」
「ま、そういうの、悪かねえ。理不尽に女同士で足引っ張り合うよりずっと良いと思う」
「ん〜。よくわかんない」
「ただ、京極さんはおそらく……シロだ」
「何で分かるの?」
「単なる男同士の勘だよ」
「ふうん」


わたしは、じっと新一を見た。
男同士の「友情」で、浮気を隠してあげるってのがあるって、昔聞いたことがある。
でも、新一と京極先生は、元々、友人同士じゃない。
新一が京極先生を庇って、シロと言うことはないだろう。

新一は、わたしの親友である園子のことも、大切に思ってくれているんだ。

「でも……このままじゃ……」
「ああ。オレもちょっと調べてみるよ。京極さんの過去のこと」


新一は、元々探偵。
だからきっと、京極先生の潔白を証明してくれる。

ただ問題は、クリスマスに間に合うかってこと。

園子もわたしも、クリスチャンではないけれど、だからこそ、「恋人同士のイベント」としてクリスマスを捉えてる。
付き合って最初のクリスマスが、幸せなイベントにならないと、後々、後悔しそうな気がする。



   ☆☆☆



次の日曜日。
わたしは……園子と一緒に、喫茶店にいた。

元々、結構オシャレでケーキが美味しい、女子に人気が高く、でもちょっとお高目なので高校生には敷居が高い……そういう喫茶店。
とても素敵な場所なのに、園子もわたしも、ちょっと居心地が悪かった。

店の中は満席に近かったけれど、奥まった仕切りがある部分には、あまり人がいない。
そこの、植込みで囲いのある一角に、わたし達はいた。

居心地が悪いのは、囲いの所為じゃ、ない。
植込みの向こう側にいる人のことが気になっているのだ。

「ご注文はお決まりですか?」

さわやかな声でやって来たウェイター相手に、わたしと園子は絶句する。

「し……新一!?」

思わず声を出すと、新一が、植込みの向こうを窺いながら、口の前に人差し指を立てる。
わたしは、声を落とした。

「何やってんの!?」
「んあ?一日限りの、ウェイターのアルバイト」
「……よく店がOK出したわね……」
「いやあ。人手不足らしくて、二つ返事でOKしてくれたぜ?」
「……」

新一は、見た目が良いから、女性客が増えることを期待して、店側もOK出したのだろう。
にしても。

「教師がアルバイトしたら、まずいんじゃないの?」
「心配ねえ。金銭を受け取ってねえから」
「えっ!?」
「前に、ここの店でちょっとした事件を解決したことがあってよ。その時の報酬代わりに、1日ここでウェイターさせてくれって頼んだんだ」
「……」

ってことは、新一、この店に対して、探偵もウェイターも、タダ働きってこと?
呆れたけど、園子のためにやってくれたんだって思ったら、何だか嬉しい。

「オメー達の飲食代は、オレへの謝礼代わりってことで、タダになるから心配ねえよ」

形を変えた、新一からの奢りってことで、わたしと園子は、ありがたく受け取ることにした。
園子が張り切って注文する。

「ん〜、じゃあねえ、ナポレオンパイとタルトタタンと……」
「オメー、高いものばかり沢山頼みやがって!よくそんなに入るな!」
「いいじゃない。支払いの心配しないで済むとなったら、途端に食欲が湧いちゃって」


園子はお嬢で、お金に不自由はしないけれど、ご両親が甘やかす性質ではないし、普段のお小遣いが法外に多い訳じゃない。
こういう現金なところ、わたしは好ましく思っている。
新一も、憮然とした表情をしているけど、目は笑ってる。

新一と園子って、お互いに、男女関係ない結構いいコンビかもしれない。


カランと、カウベルの音がした。
ドアを開けて、誰か入って来たのだ。

入って来たのは、若い女性だった。
サングラスを掛けているのでよく分からないけど、結構美人な感じ。
スタイルも良い。

新一が素早くその女性に近付いて行って、

「おひとりですか?」

と訊く。

「いえ。待ち合わせです。その……」
「京極様とのお待ち合わせですか?伺っております、どうぞこちらへ」

新一が、その女性を、わたし達のいる隣の一角へ案内する。
そう、そこにいるのは、京極先生だった。

そちらの一角からわたし達の間には、マジックミラーで区切られていて、こちらからあちらは見えるが、あちらからは見えないようになっている。
わたしと園子は、新一から詳細を知らされていたが、京極先生が新一から何か聞いているかは、知らない。

彼女がわたし達の傍を通って行った時に、強い香水の香りがした。
園子を見ると、その香りに心当たりがあるようだった。

ちなみに園子は、黒髪ロンゲの鬘をかぶっていて、一見して分からないように簡易変装をしている。
その女性は、わたし達に一瞥も寄越すことなく、京極先生の向かい側に腰かけた。


「お待ちになった?」
「待ちましたよ。もう帰ろうかと思っていたところでした」

にこやかな女性の声に対して、京極先生の冷たい声。
わたしは初めて聞いた京極先生の声に、背筋がぞくっとなった。
園子を見ると、園子も同じであるらしい。

「いいの?そんなことを言って。あなたの可愛い子が、どうなってもイイのかしら?」
「この前も、そのようなことを仰っていましたね。ですが、私には何のことか……」
「ふふふ。私が何も知らないとでも?まだ高校生の、鈴木財閥の次女に手を出しているでしょう?」

わたしと園子は、息を呑んだ。
多分、この女性、探偵に頼んで調べさせたんだ。

「探偵を舐めるんじゃない」という新一の声が聞こえるような気がする。
新一ほど優秀な探偵はそうそういないと思うけど、でも、お金を出して探偵を雇うと、色々なことが調べられるんだ……。

「さて。何の事だか……」

さすが、京極先生。
鋼の自制心で、表情を変えずに言ってのけた。
そしてそれはおそらく、園子を守るためだ。

「本当は、あなたの可愛い子を、何人もの男たちになぶり者にさせたいところだけど……」

何ですってえ!?
わたしは、思わず拳を握りしめていた。

けれど。

「お待たせしました」

さわやかな笑顔でケーキとコーヒーを運んできた新一が、真剣な目で一瞬わたしを見たので、わたしは思いとどまった。
ここで、彼女に空手技を出したら、何もかもが台無しになってしまう。
それにわたしは……どうしても非力な女性相手に本気で技をかける事はできない。

こちらの一瞬の攻防など気付かない様子で、女性は言葉を続けた。

「残念ながら、私立帝丹学園は全寮制で、簡単に余所者が入り込めないし、たまの外出は鈴木家の車で送迎されることが殆どだし、セキュリティ万全の鈴木邸には、もちろん忍び込むなんて無理だし」
「はあ、まあ、そうでしょうね……」
「でもね。この写真を帝丹学園と鈴木財閥に送りつけたら、帝丹学園の理事や鈴木財閥会長の鈴木史朗さんはどう思うかしら?」

そして、女性が写真を取り出してテーブルの上に広げた。
そこには、園子と京極先生が寄り添っている写真が、沢山あった。
中には、口付けしているものも。
わたしも園子も、息を呑む。
京極先生は……顔色が変わっているのか、色黒なのでよく分からなかった。

「ふふふ。よく撮れているでしょう?さすがに、ホテルに出入りするところまでは、撮れなかったけど……」

わたしの背中を冷たいものが流れ落ちる。
園子を見ると、真っ青になっていた。

「どう?この前のお話、考えてみる気になった?」
「お断りします」

京極先生が、ハッキリと断る。

「どうして?1回だけで良いって言ってるのに……」
「……」
「1回、気持ちのイイことをして、それだけで終わらせるって言ってるのよ」
「どう言われても、応じる気は、ありません」
「そう。交渉決裂ね。じゃあ、この写真、鈴木財閥に送りつけるわ」

京極さんが、何も言わず、写真をびりびりに破く。

「おっほほ。いくら破いたって、無駄よ!元データがあるのですもの」
「そう。元データがある。だからこそ……脅しが1度で済むはずがない。私がここであなたの要求を受け入れたら、この先何度でも繰り返し、要求されるでしょう」
「……っ!」
「昔……3年も前に、1回限りの関係だった筈のあなたが、何故今、私の所に来たのか、不思議だった。けれど……あなたは、多くの男から弄ばれて……結婚する積りだった男からお金を搾り取られ捨てられて……そしてボロボロになったあなたは、昔1回きりの関係を持っただけの私の所に、来た……」
「……!」

女性が息を呑むのが、分かった。
っていうか、わたしと園子も、息を呑んでいた。

「な、何故、それを……!」
「私にも探偵がついているので、調べてくれたんですよ、無償で」

わたしはハッとして新一を見ようとしたら……新一は他の場所で接客していた。
もー、肝心のところでー!

「わ、私、私は……」

女性がワナワナと震えだす。

「わ、私は、容姿だって誰にも負けてないと思うのに、どうして誰も、私を愛してくれないの!?体目当てやお金目当てで、冷たく去って行く男ばかり!何でよ!?」
「それは……私には分かりませんが」

突然。
京極先生が、ガバッと頭を下げた。

「申し訳ありません。あの時、あなたを抱いたのは、間違いでした!私の不徳のいたすところです!」

わたしは目をパチクリさせた。
相手の女性の表情は、サングラスの所為でよく分からない。

園子はと見ると……噴火しそうな表情をしてる。

「そ、園子。昔のことよ!」

口だけ動かして言ってみる。
すると園子は、

「わかってるわよ!」

と、やっぱり口だけ動かして返事をした。
園子も、頭では分かっているけど、不愉快になるんだろうなあ。


「私は、憧れの人と一度だけ関係を持ったら気が済むという、あなたの言葉を鵜呑みにして……ですが、据え膳は、食べてはいけないものだったのです」
「……どういうことよ?」
「据え膳食わぬは男の恥、という言葉がありますが……据え膳を食うということは、単に言い寄って来た相手を抱くということではない。相手を丸ごと受け入れるということ。私はそれが分かっていなかった。1回関係を持てば、それであなたの気が済むだろうと、優しさを発揮した積りだったのですが、とんでもない思い違いでした。その後付き合う積りがないのなら、手を出すべきではなかったのです!」
「じゃあ!あの時、断って、私に恥をかかせた方が良かったと!?」
「……私は、大切な女性ができました。その女性を愛しく思えば思うほど、過去の所業を悔いずにはいられないのです。1度きりと懇願された相手を抱くことが、優しさと思っていましたが、間違いでした。申し訳、ありません」
「やめて!謝られたら、もっと惨めになるじゃない!」
「園子さんは、私にとって大切な女性です。どうか、彼女に辛い思いをさせるようなことは、止めていただけませんか?」
「交渉決裂ね。帰るわ」

その女性が立ち上がった。
わたしは思わず、身を乗り出そうとした。

「やれやれ。やっぱり、無理でしたね」

突然、新一の声が聞こえた。
さっきまで離れたところで接客していたと思っていたのに、京極先生のテーブルのすぐ脇に立っていた。

「残念なお知らせですが。写真の元データは、もう、ありません」
「えっ!?何ですって!?そんな筈は……!」
「あなたが依頼した探偵は、あなたにまだ、元データを渡していなかった。まあ、その探偵事務所もろくなもんじゃないですね。おそらく、違法行為に手を染めたとして、探偵事務所からあなたが強請られることになった筈です。悪徳業者に引っかかりましたね〜」
「い、違法行為って?」
「家族でも婚約者でもない第三者が、尾行したり撮影したりすることは、違法なのですよ。もちろん、探偵がそれを請け負うことも、違法です。その探偵事務所には、元データを削除し、手を引いていただきました」
「あ、あ、あなたこそ、第三者のクセに!」
「ボクは、工藤新一、探偵です。そこにいる京極真さんに正式な依頼を受けました。なので、第三者ではありません。その探偵事務所の違法行為を訴えることも可能だったのですが、まあ、色々とお話させていただいて、手を引いていただきましたよ」

女性は、テーブルの上に手を置いて、震えていた。
そして、涙がこぼれて落ちる。

「どうして……どうして……!?」
「ボクは、いずれあなたにも良い人が現れるだろうなんて気休めは、言えません。ですが……男心を動かせるのは、何のかんの言っても、真心なのです。自分の体を道具にして相手の歓心を得ようと、自分自身を粗末にするような女性を、本当に愛してくれる男性など、現れる筈はないのです」


女性は、わなわなと唇を震わせていたかと思うと、さっと立ち上がって去って行った。

「しまった!彼女の分の会計……!」

突然、新一が叫んで、わたしはずっこける。

「まあまあ。そのくらい、私が出しますよ。別に、彼女に奢るって意味ではありませんが」

京極先生が言った。
それから、立ち上がった京極先生は、今更ながらに、わたしに気付いたようだ。

「え?毛利さん?ってことは、まさか……?」

園子がバッとカツラを取った。

「そ、園子さん……!」

京極先生の顔色が、青くなったり赤くなったりした。

園子は、京極さんを正面から睨み付ける。

「真さん。わたし、浮気は絶対に許さないわよ」
「……肝に銘じております」
「でも。それと同じくらい、女を食い物にする男は、許せないの!」
「そ、園子さん……」
「真さんが、遊びじゃなくて、親切のつもりであの人を……ということは、信じてあげる!シャクだけど!」
「園子さん……」

園子は、ぶるぶる震え、怒った顔で、目に涙が溜まっている。
けれど、京極先生の表情は、ホッとしたものに変わっていた。

「でも、もう、絶対に……」

それ以上は涙声になり、園子の言葉が途切れた。

「ありません。私には、あなただけです。園子さん。遊びでも浮気でも親切心でも、他の女性と一線を越えることは、絶対にありません!」


その場は何とか収まったようで、心の底からホッとした。



   ☆☆☆



後から聞いた話なんだけど。
京極先生は、過去、何人かの女性と関係を持ったことはあったけど、「即物的な排泄欲求は満たされたけれど、虚しくて、本当の意味で気持ち良くなんてなかった」と、園子に言ったそうだ。
ただ、あの場でそれを言うのは、いくら何でも不誠実過ぎると、黙っていたそうだ。

『「1回、気持ちのイイことをして」と言われても、いや気持ちのイイことではないと、反論したかったんですけどね』

わたしたちには、男の人の感覚は、分からないけれど。
愛する人との触れ合いだからこそ気持ちイイ、ってのは、男女変わらないのかもしれない。


突然、園子が雄たけびをあげた。


「あーっ!!!!!マフラー……!クリスマスに間に合わない!蘭、どーしよー!?」

ど、どうしようと言われても……。


その後、クリスマスまで、園子は突貫工事でマフラーを編み、園子とわたしは、寝不足の日が続いたのだった……。




(23)に続く


++++++++++++++++++++


<後書き>

途中まで書きかけて、一年以上放置。その間に、何を書いていたかスッカリ忘れておりました……。
開いて、タイトルを見て、自分でビックリです。

スッカリ忘れ果てていた「京極さんの過去の女」を改めて考えなければならなくなって、四苦八苦しました。

原作ベースでは有り得ない事ですが、こっちのお話でのまこちんは「成人後に園子ちゃんと出会った」ために、過去にはまあ色々あっただろうと。
でも、当然ながら、断じて、浮気などはしません。

名探偵コナンメインキャラの中で、浮気しそうな人って、殆どいないですよね……。
男女の誤解やすれ違いはあっても、ドロドロぐちゃぐちゃは、ない。(殺人事件の犯人と被害者には、ドロドロぐちゃぐちゃがあったりするけど)
私が名探偵コナンという作品を愛するのは、そこも大きいです。


2017年10月23日脱稿



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