Sweet Pain



byドミ



(2)わたしの探偵さん



講堂の高窓から、また、桜の花びらが舞い落ちた。
彼を桜吹雪が包む、その幻想的な光景を見ながら。
わたしの頭は真っ白になっていた。

彼が壇上を降りてからも、わたしはボーッとしていた。
その後、他の先生方の挨拶もあった筈だけど目にも耳にも入ってなかったし。

いつの間に入学式が終わったのかも、分かってない。

ハッと気づくと、新しい教室で、園子を含めた昔からの友達の輪の中にいた。

「・・・だよね、蘭。蘭?」
「えっ?」

園子の呼び声に、わたしは我に返った。

「蘭、どうしたの?今日は、心ここにあらずって顔、してるよ?」
「そ、そう?何か、久し振りで・・・疲れたかも」
「ったく。噂の工藤先生も、蘭にはどうでもイイって感じ?」
「えっ!?噂の工藤先生・・・って・・・?」

わたしは、ドキリと高鳴る心臓の音が、周りに聞こえてしまうんじゃないかと心配しながら、精一杯、何気なさを装った。
それにしても、園子は、彼の事覚えていなかったのかな?
あの事件の時の事・・・。

「何かさ、若い先生だなとは、思ってたのよ。そしたら、まだハタチだって!わたしらと大して違わないじゃない!」
「え?でも、5歳も違えば、随分と違うよ?」

わたしは、間の抜けた返事をした。

そう、彼は5歳年上だ。
あの時の彼と、今のわたし達が、殆ど同じ年なのだ。

あの時は、高校生の彼が、随分オトナに見えたものだったけれど。
今、彼を見ると、やっぱり手の届かないオトナだった。

「だからあ!蘭、ハタチで教師って、普通、有り得ないって!」
「あ・・・それは・・・」

彼が、アメリカ留学していたからだ。

頭のイイ彼はスキップしていて、昨年9月には大学を卒業している。
そこら辺は、こまめにニュースをチェックして、知っていた。

でも、帰国してたなんて、全然、知らなかったな。

「それはって・・・蘭、アンタ何か知ってるの?」
「あ・・・ううん・・・」

わたしは曖昧に誤魔化した。
園子だけならともかく、ここには他の子達もいるから、彼の事は言わない方が良いかもしれない。

「何よ、本当に全然気がないのね!まあ、良いけどさ。工藤先生って、アメリカでスキップして、大学を卒業してんだって!で、日本の教員資格も既に取得してんだって!エリートで若くて、顔も良くて!皆、大騒ぎしてたわよ!」
「・・・でも、先生でしょ?生徒と先生だもん、どうにもなんないよ」

わたしがそう言うと、園子も他のクラスメートも、目を丸くしてわたしを見た。

「まあ・・・蘭が真面目ってのは、知ってたけどさあ。教師ってだけで、イイ男を対象から外すなんて・・・真面目にも程があるわよ、蘭!」

わたしは、そんなに「真面目」なんじゃない。
本気で好きなら、相手が教師でも関係ないんだって、そういう風に思ってる。

彼を対象から外すとか何とか、そんなんじゃなくって。

多分・・・彼は手の届かない遠い人なんだって、どこかで考えていて。
ううん、彼のような大人でスゴイ人が、わたしのような平凡な子供を相手にする筈がないと、考えていて。
後になって考えると、この時のわたしは、「変な期待をして傷付くのが怖かった」んだと、思う。

「もう、帝丹高校中が、浮足立ってるわね」

園子が、腕組みしながらそう言った。

そう言えば、園子は浮足立ってないなと、わたしは気付く。
園子は、結構惚れっぽいし、いわゆる「イイ男」には、すぐに目をつける事が多いけれど。
今回園子は、妙に冷静と言うか、ちょっと離れた場所から見ている感じ。

どうしてだろう?


わたしが首をかしげて考えていると、ドアを開けて、先生が2人、入って来た。
1人は、わたし達のクラス担任と表に書いてあった体育の岸田先生。
高等部の先生だから、今迄直接教わった事はないが、面識はある。
そして、もう1人は噂の「工藤先生」で、わたしはドキリとし、教室中がざわめく。

「えー、静かに。私が、この度、君達1年B組を担当する事になった、岸田だ。担当は体育。勉強だけ出来てりゃイイってもんじゃないからな。体育サボるなよ、文武両道でビシバシ行くぞ」

教室中を、え〜っという溜息混じりの声が覆う。

「こら、騒ぐな。で、こちらの工藤先生は、教師として新米なので、今年度はうちのクラスで副担任として経験を積んで頂く。って事で、皆、宜しく頼むぞ」

今度は教室中が、ざわめいた。
多分、「副担任」って、殆ど名前だけで、わたし達と関わる事はあんまりないんだろうと思うけれど。
それでも、結構カッコいい、しかもエリートの、まだ若い先生が、わたし達のクラスを担当するとあって、皆かなり興奮している。

わたしはそれを、何だか複雑な思いで受け止めていた。


思いがけず、彼に再会出来て、とても嬉しい。

でも。
同時に戸惑っていて・・・そして・・・ガッカリもしていた。

だって、あの人は、「わたしの探偵さん」なんだもの。
それが、高校教師としてわたしの前に現れるなんて・・・わたしは、すごく嬉しい反面、とても落胆していた。

でもそれは、わたしの勝手な思い。
彼には何の責任もない事だ。
それに・・・そもそも彼は、わたしの事なんか覚えてないだろう。
彼は全くわたしの方を見る事もないし、たまに視線がこちらを向いても、表情一つ変わらない。

ずっと、忘れずにいたのは、わたしだけ。
でも、仕方がない。
だって、彼にとってわたしは、「仕事絡みでたまたま助けた女の子」でしか、ないんだもの。


物思いに耽っていたわたしが我に返ると、「工藤先生」はいつの間にか、質問攻めにあっていた。
そして彼の、耳に心地良い声が、少し厳しい響きを伴って、耳に入って来た。

「・・・オレはまだ、成人したばかりの若造だから、独身。それ以上はノーコメント。オレの色恋沙汰はプライベートだから、生徒であるお前達に明かす気はねえ。
あらかじめ言っとくけど、オレは仮にも教師だし、まだ乳臭い高校生のガキなんぞには、興味ねえからな。勉強の事とか、やむを得ず教師にどうしても伝えたい事があるとか、そういう事情以外で、オレに声をかけるなよ?」

工藤「先生」の厳しい言葉に、それまで浮足立っていた女生徒達が、鼻白む。
男子生徒達は、「お〜」と、拍手をしていたが。
若くてもてる工藤先生への反発も、大きそうだ。

もしかして彼は、これで結構嫌われるかもしれない。
でも、多分、彼にとって、高校生なんて子供だから、別に嫌われても、もてなくても構わないんだろうね。
むしろ、清々するのかもしれない。

わたしなんか、彼から見たら子供。「まだ乳臭い高校生のガキ」なんだ。
分かっている事なのに、何でか、胸がズキリと痛んだ。


   ☆☆☆


今日は入学式なので、授業はなく、昼前に終わって寮に引き上げて来た。
ずっと見知っている同級生の顔、久し振りに見る先輩たちの顔、そして、中学の時には見た事がない顔ぶれも、混じっている。

上級生の中に、長い黒髪のとても綺麗な女性を見かけた。

「東都大を狙っている才媛で3年の、内田麻美先輩よ。高等部からの入学だけど、去年は生徒会長をやっていたんだって」
「へえ・・・」

それにしても、いつもながら、園子の情報通なのには驚かされる。
わたしだって、皆と仲良くしてるし結構お喋りもしている筈なんだけど、どうも、そういう情報には疎いのよね。
いつも、園子から色々と教えてもらう。

前に園子からは、

「蘭は色恋沙汰にあんま興味がないから、情報が頭に入って来ないんだと思うよ。噂の殆どは、男女の事だもんね〜♪」

と言われた事があるけれど。
確かに、そうなのかもしれない。
でも。

「何しろ、蘭には、王子様がいるんだもんね〜♪他の男の人になんか、興味がないんでしょ♪」

と、いつも付け加えられて、

「もう!そんなんじゃないってば!」

と、いつも反発してしまっていた。

今日現れたのは、まさしくその「王子様」。
でも、何で嬉しいより、心がモヤモヤするんだろう?


昼食が終わると、わたし達は新しい部屋へと入った。

東京都内といっても、かなり郊外で敷地が広い所為か、寮の作りもゆったりしている。
2人部屋だけど、勉強机と本棚のコーナーは簡単に仕切られているし、二段ベッドの部分はアコーディオンカーテンがついていて、少しはプライベートが保てるようになっている。
ベッドと勉強机コーナーの間は、くつろげるように、畳敷きの部分もある。

基本の作りは、中等部の頃と殆ど変らないけど、少し広くなり、畳敷きのところが掘りごたつになっていた。
そして、中等部の時は洗面所も流しも全部共用だったけど。
ごくごくささやかながら、各部屋に洗面台とミニキッチンが備え付けられていた。

わたしから見れば、高校の寮としては充分贅沢だと感じる。

ただ、鈴木財閥のお嬢様である園子にしてみれば、すごく狭くてみみっちいかと思うけれど、案外、それに文句を言った事はなかった。
意外と楽しそうに、ここに馴染んでいる。


今は、炬燵布団はないけれど、園子はテーブル代わりにそこに座り込んで。
わたしは早速、ミニキッチンでお湯を沸かし、紅茶を淹れた。

「はい、園子」
「蘭、ありがと。次はわたしが淹れるから」
「うん、お願いね」

2人向かい合わせに座り、クッキーを摘まみながらお茶を飲む。
園子は、幸せそうな顔でお茶を飲んでいたが、ふと真顔になって言った。

「ねえ、蘭。そもそもわたしが、全寮制の帝丹学園に入る事になったいきさつ、聞いてる?」
「え?何かあったの?」
「あったも何も・・・蘭が巻き込まれて、一番大変な目に遭ったんじゃない」
「って・・・もしかして、5年前のあの事件が?」
「そう」

園子が頷いた。

「ここ、山の中で敷地が広いけど、簡単に余所者は入り込めないようになってるでしょ?」

そう。
誰でも入り込めそうで、実はそうでないのが、ここ帝丹学園なのだ。
学園敷地周囲は、自然の崖などの地形を利用し、簡単に上り下り出来ない柵を設けてある。
唯一の出入口である校門は、学生・職員と、許可証が発行されている家族などの車しか、出入り出来ない。
それも、夜10時以降朝8時までは、閉ざされてしまう。

職員は、自宅から通勤する事も出来るけれど、独身者は、学園内の職員寮に住んでいる方も多い。

園子がここに入学したのが、安全の為だというのは、とてもよく分かる。
鈴木邸はセキュリティ万全でも、登下校の時はそうは行かないものね。
かと言って、毎日黒塗りリムジンで送り迎えでは、他の生徒達の反感を買いかねないし。


「あれ以来、パパが心配してね。わたしの安全の為に、ここに入学させられたのよ」
「そっかあ。わたしはまた、お嬢は全寮制に入るものなのかと、思ってた」
「まあ、お金かかるからね〜。ここも、結構良い家の子弟が多いよね」

確かに、ここはお坊ちゃまお嬢様が比較的多い。
でも、みんなイイ人達ばかりで、わたしは特にそこで浮く事もなく、皆と仲良く過ごす事が出来ている。

「何の。蘭の仁徳よ」

園子は、手をひらひらと振って言った。

「蘭は、あの時、私の身代わりで大変な目に遭ったんだから。ここにかかる費用位、うちに甘えてくれても良かったのに」
「あれは、たまたまの巡りあわせだし。それに、あれはあれ、これはこれよ」
「はいはい。でも、だから蘭とは、遠慮のない友達でいられるのよね」

そう言って、園子は笑った。


   ☆☆☆


5年前。
わたしは小学5年生、園子と一緒に、地元の米花小学校に通っていた。

ある日、学校の帰り道。
他のお友達と別れ、園子とわたし2人になり、人気が少ない畦道を通っていた時に。
突然、現れた車に追いかけられて、わたし達は土手を転がり落ちた。

2人とも、さして怪我はしてなかったけど、園子は気を失っていた。
わたしは園子を抱えて、茂る草の陰に隠れた。

男が車を降りて、土手道を降りて来る。
草をかき分けながら、わたし達を探しているようだ。
何らかの意図があって、わたし達を襲って来たのは間違いないと、子供心に感じていた。

そして、狙われるとしたら、「お嬢様」である園子の可能性が高いと、わたしは考えた。

わたしは咄嗟に、ランドセルと帽子とを、園子のものと取り換えた。
どちらにも、「鈴木園子」と、名前が書いてあったのだ。


「見つけた。お嬢ちゃん、かくれんぼはお終いだよ」

笑っている男を、わたしは震えながら睨みつけた。

「げ、下郎!汚い手で触らないで!下がりなさい!」

今でも、この時のわたしの一世一代の「お芝居」を、褒めてやりたいと思う。
この卑劣な男に、わたしの事を「お嬢様」と勘違いさせなければならない、その時のわたしは、そう思っていたのだ。

もしも、この男が、園子の顔をしっかりと知っていたら、その時はお終いだ。
だけど、まだ子供である園子の顔は、マスコミに公開されている訳ではない。

「君が、鈴木史朗の娘、園子ちゃんかい?」

男に対して、わたしはもう一芝居うつ。

「な、何の事?わ、わたしは・・・園子の友達よ!園子は、そっちにいる、気絶してる子の方よ!」

わたしは、敢えてランドセルと帽子の名前がその男に見えるようにしながら、園子を指差して、そう言った。
内心で園子に、「ずるい子のお芝居をして、ごめんなさい」と、謝りながら。

「ははは。プライド高そうなのに、自分が危ないとなると、友達を身代わりにする気かい?お嬢様ってのは、ホント、気位ばかり高くて、ずるいねえ」

そんな事ないわよ、園子はお嬢様だけど、思いやりがあって素敵な子よ!
内心ではそう思ってたけど、わたしはぐっと堪えた。

そして。
わたしの目論見通り、その男は、わたしを「鈴木家のお嬢様」と思い込んで、攫って行った。


後から聞いた話だけど。
土手で目が覚めた園子は、わたしがいなくなってるし、帽子とランドセルはわたしのものだしで、何が何だか分からず、パニックになったと言う。
園子が帰宅したのと、鈴木家の人達がいつまでも帰って来ない園子を心配して探そうとしていたのとが、同時位で。
わたしの帰宅が遅い事で心配したわたしの父から、鈴木家に連絡があり、その直後に、誘拐犯からの連絡があったそうだ。
完全な、「身代金目的の営利誘拐」だった。

状況から、わたしが園子の代わりに攫われた事が分かって、騒然となった。
わたしの身の安全の為に、誘拐犯に対しては、間違いは注意深く伏せられた。

鈴木家では、わたしの為に、お金の準備を進めてくれていたけれど。
営利誘拐の場合、お金を払っても、誘拐された者の命が戻る事は、殆どない。
大抵、口封じに殺されてしまうからだ。

当時、子供だったわたしに、そこまでの事情が全部分かっていた訳ではない。
けれど、この後、どうなってしまうのか、怖くて仕方がなかった。
まだ非力で、空手も始めたばかりで大して強くもなかったわたしは、心細くてならなかった。


わたしは、どこか知らない学校の体育倉庫の中で、縛られていた。
誘拐犯に促されて電話口に出たわたしは、この倉庫の窓から見える状況を、出来る限り話した。
犯人の男に、遮られてしまうまで。


その男には、人質を生かして帰す気がない事は、薄々分かって来た。
園子を守れて良かったと思ったけれど、わたしだって死にたくないし、諦めたくはなかった。

どうにかして隙をつけないか、必死で考え、何とか縄をほどこうと、もがいていた。
日も暮れて、冷えて来て、心細かったけれど、お父さんとお母さんと園子の顔を思い浮かべて、必死で耐えた。


犯人の男が、用を足しに外に出ている時に、上の方で微かな音が聞こえ、わたしはそっと顔を上げた。
すると、夜陰に紛れて、倉庫の高窓から音もなく降りて来た人影があった。


その人影は、倉庫の中を見回し、そっと移動して、わたしの傍までやって来た。

「よしよし、怖かったね。もう大丈夫だよ」

彼は、耳に心地良い声で囁くと、わたしの縄を解き、猿ぐつわを外した。
わたしは、助けが来た事を知り、安心して泣きそうだったけど、ぐっと我慢した。

まだ、若い男の人。
暗闇でよく見えないけど、優しそうな眼差しに、子供心にドキリとした。

彼は、わたしを高窓の下まで連れて行き、垂れている縄をわたしの体に括りつけた。
彼が、縄を引っ張って合図をすると、縄は巻き上げられ、わたしの体が宙に浮いた。

「外に、警察の人達が待機しているから」
「お兄さんは?」
「オレは、大丈夫だから、早く!」

その時、用を足し終わって帰って来た男が、扉を開けた。
わたしは、ようやく高窓にたどり着いたところだった。
彼は、男の方を振り返り、わたしを庇うかのように手を横に挙げた。

「な、何だ、貴様は!?」

男の怒声に、その青年は、わたしに対する時とは打って変わった、凛とした声で告げた。


「工藤新一。探偵さ」



(3)に続く


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<後書き>


私が書く場合、パラレルでも、新一君は探偵である事が多いですねえ。

このお話は、リクエストにより、新一君は一応「教師」ですが、根っこはやっぱり、探偵です。

教師と生徒という関係の2人を描くにあたって、幼馴染にするかしないか、過去に会った事があるか否か、色々考えました。
そして、「幼馴染ではないが、1度、会った事がある2人」という関係設定にしました。

で、この第2話も、以前のものと、ほぼ同じです。
この先、修正をかけるのは、2人がお互いの気持ちをどう通わせるかとか、ファーストキスの場面とかになります。
お互いに気持ちを知るまで、前よりかなり焦れ焦れになるかと思います。
とは言え、作中の時間経過としては、そこまで長くないのですけどね(苦笑)。

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