Sweet Pain




byドミ



(19)試合の陰で



「ねえねえ、蘭。体育の先生が1人増えるんだってー」
「え?そうなの?まあ、高等部全体を岸田先生だけじゃ、大変そうな感じはするけどねー」

保健指導については、養護教諭の太田先生が担当しているけれど。
他の体育の授業を、担任も持っている岸田先生が全部見るんじゃ、本当に大変そうだった。

「それだけじゃなくてさー。ほら、本当は探偵だったんだけど、ちょっとの間だけ、森先生っていたじゃん?」
「あー。いたわね、確かに……」
「結構、森先生の護身術って、好評だったんだよー」
「そうだったんだ……」

森先生とは、お父さんが捜査の為に帝丹学園に潜入した時の偽名。
元刑事のお父さんにとって、護身術の指導は、結構得意なことだったみたい。

「で、護身術の授業を増やすのと合わせて、そういう指導ができる人をもう1人の体育教師として招くみたいよ」
「なるほどねー」

じゃあ、たぶん、新しく招かれる教師は、柔道か空手か何かの格闘技が得意な方だろう。
ただ、夏休みが近い今の時期、その先生が赴任したとしても、本格的な指導は夏休み明けになるんだろうなと思う。


夏休みに入る少し前、新一とわたしのマリッジリングができたばかりの時に。
高校生空手の都大会が行われた。


わたしは、3年生の先輩が引退するより先に、2年生の先輩を飛び越えてレギュラー入りしていた。

大会の日。
1学年はその日、早くに授業が終了したため、多くの子たちが応援に来てくれたけど。
新一は3学年の授業を担当していたため、どうしても仕事が抜けられなくて、見に来ることはできなかった。

それは、仕方がない。
何をどう言ったって、どうしようもない。

でも。

「蘭。愛しの工藤先生には、わたしが実況中継してあげるから、頑張って!」

園子がそっとわたしの耳に囁いた。

スマホって、そういうことができるんだよなあ。
便利だなあ。

じゃなくって!
園子って本当に、色々気を回してくれる、良い友だちだ。
わたしも、園子に少しでもお返しできるように、頑張らなきゃ。


応援席で、園子が大声で応援してくれているのに、手を振ってこたえる。

ふっと。
応援席のずっと端っこの方に、サングラスを掛けた色黒で長身の男性がいるのが目に入った。
高校生って感じじゃない。
でも、どこかの高校のコーチ陣でもなさそうな……何だか怪しい感じがした。

ただ、どこかで見たことがあるような気もして、首をかしげた。


けど、試合が始まると、その怪しい男のことは、スッカリ忘れてしまっていた。


わたしは、頑張った甲斐あって、自分で思っていた以上に強くなってたみたい。
決勝戦までコマを進めた。
けど……さすがに、決勝戦では、3年生の先輩に、負けてしまった。

予想よりずっと善戦したはずなのに、負けたのが悔しい。
でも、実力を出しての結果だから……優勝した先輩に元々の実力で敵わなかったんだから、仕方がない。

応援席を振り仰ぐと、そこに、涙を貯めた園子の姿を見つけた。
ずっと、園子の応援の声が届いてた。
ありがとう、園子。
園子のおかげで、イイとこまで行けたよ。

園子は、手にスマホを持っている。
ずっと、実況中継をしてくれてたんだろう。

新一も、授業をしている真っ最中には、さすがに見ることができなかっただろうけど。
きっと、新一も応援してくれていただろうって思うと、何だか余計に悔しくて……でも、来年こそは優勝しようって決意を新たにできた。



   ☆☆☆



表彰式が終わり、応援席を振り仰ぐと、園子の姿が見えずに、首をかしげた。
さっきまでいたのに、まさか帰るはずはない。
トイレか何かかしら?

着替えて応援席に行ってみても、姿が見えない。

応援の生徒達を乗せて来た貸切バスの所に行っても、園子の姿はなかった。
他の帝丹高生たちに聞いてみても、皆、首を横に振るばかり。

「すごい声で応援してたから、毛利さんの決勝戦の時まではいたのは、間違いないと思うけど……」

ふと思い立って、園子の携帯に電話をかけてみる。
わたしが携帯を手に入れたのは割と最近だし、寮で同室ってこともあり、園子に電話をするなんて滅多になかった。
なので、携帯に電話かけてみるって思いつくのが遅れた。

電話を掛けてみても、呼び出し音が響くばかりで、園子が電話に出る気配がない。

背中を嫌な汗が流れ落ちた。


「毛利?帰るよ?」

先輩たちから声を掛けられる。
選手たちを乗せたマイクロバスが、もう出発するのだ。

「す、すみません!わたし……別で帰ります!先に帰っててください!」
「は?そういう訳には行かないでしょ!?何考えてるの!?」
「で、でも、でも……!」

「すみません。毛利は、僕が責任を持って連れて帰りますので」

突然。
そこにいない筈の声が聞こえ、わたしは驚いて振り返った。

「し……工藤先生!?」

そこに立っていたのは、新一だったのだ。
空手部の顧問の先生が、新一に不審そうな目を向けた。

「工藤先生?どういうことなんです?」
「……毛利の友人で寮が同室の鈴木が、誘拐されたかもしれない」
「ええっ!?」

わたしだけじゃなく、空手部顧問も空手部メンバーも、叫び声をあげた。

「警察にも、むろん、連絡していますが。僕は1年B組の副担任ですし、鈴木を探しに行きます。毛利も気が気じゃない筈だから、連れて行かせてください」
「ちょ、ちょっと工藤先生……ワケが分からないんですけど……」
「あまり時間の猶予はねえんだ!説明なら、あとでゆっくりやりますから、今は!」

新一の迫力に、空手部顧問の先生も押し黙り。
わたしは新一の車に乗って出発した。


「し、新一……!」
「鈴木が、ずっと携帯で実況中継してくれてたのは、知ってるよな?」
「う、うん……」
「表彰式が終わる頃、それが突然、不自然に途切れた。で、こっちから掛けても反応がない」
「……!!」
「鈴木に何か遭ったとしか思えねえ。だから……」
「そ、園子……!」

思わず、顔を覆った。

「蘭。きっと助ける。だから、泣くな!」

新一が、わたしの頭をぽんぽんと叩いた。

「幸いなことに、鈴木の携帯は一緒に動いてるし、電源も切られていない」
「えっ?」
「こういう時、警察に伝手があると助かるな。携帯電話会社に掛け合ってGPS機能を使わせてもらってる」
「新一……」
「車で移動しているみてえだが……この車も、さほど間を置かずに後を追ってるから、きっと大丈夫だ」

新一が見ているのはカーナビかと思ったけど、よく見るとタブレット端末で。
そこに、園子の携帯の位置が示されているらしい。


授業が終わってて助かったよと、新一が呟いた。
新一の授業が終わった時、ちょうど決勝戦が始まるところだったそうだ。

「鈴木が必死で応援してるもんだから、肝心の決勝戦は、画像が揺れてほとんど見えなかったぜ」

そう言って新一は苦笑した。

「けど、表彰式は結構きちんと画像に納まっててさ。それが突然、ただ揺れただけじゃない画像の乱れと、鈴木の小さな悲鳴と呻き声が……」
「園子……!」
「実は、あんなに早く来れたのは、授業が終わった後、ダメもとで会場に向かってたんだ。ま、試合には全然間に合わなかったけど……鈴木を助ける方は、間に合わせてみせるから」
「うん……うん!」

園子!
待ってて!
今、助けるからね!

「あと、ちょっと気になる情報があったんだよ。例の……湯川が、動いているって……」
「えっ!?」

二度と聞きたくなかった名前。
以前、高橋君から頼まれて、わたしを凌辱しようとした……。

わたしはぶるりと身を震わせる。

「ヤツは、仕事も失って、帝丹学園を逆恨みしているらしいんだ。で、帝丹学園の生徒達が多く集まる機会を狙っているらしいと、つい先ほど……」
「じゃ、じゃあ……園子をさらったのって、ゆ、湯川なの!?」
「可能性は、ある」

じゃあ、湯川も、あの会場に潜んでたのかもしれない。
ふっと、応援席の端っこにいた、サングラス色黒の男のことを思い出した。
でも、あの人は湯川じゃない。

そういえば、あの人はどこの誰なんだろう?
最後には姿がなかったような気がするけれど……。

「新一。会場にね。座ってたからよく分からないけど、多分背が高そうな、サングラスの男性が、いたの……」
「ん!?湯川か!?」
「違うと思う。色黒だったし。でも……仲間だったりするかな?」
「いや。今のヤツには、仲間はいねえと思うが……」

小一時間も走っただろうか。

「蘭。追いついた」
「えっ!?」
「たぶん、トラックの前にいる、黒い車だ」
「園子!!」

園子を連れて車で移動するのに、警察とかに見とがめられないよう、スピードは出さずにいたのだろう。
途中渋滞してたこともあって、無事、追いついたようだ。

人気のない倉庫街。
黒い車が止まり、新一はそこを通り過ぎて、少し行ったところで車を止める。

「やっぱ、あの車で間違いねえな。蘭、行くぞ」
「うん!」



物陰に隠れながら、そっと黒い車が止まった倉庫のところまで行った。

入り口と反対側の窓の方に回り込んで中を覗く。
中には、撮影用の機材が置いてあった。


忘れたいけど忘れられない男・湯川が、誰かを横抱きに抱えて撮影用機材の前まで来ると、抱えていた人を下す。

園子だ!
最初は気絶しているのかと思ったけど、口にガムテープを貼られ、手足が縛られているようだ。
必死にもがいている。
わたしは、声が上がりそうになったのを必死で我慢した。

湯川は、まず撮影機材をいじっていた。

「野郎!鈴木を凌辱している場面を撮影して、ゆすりのネタにする気か!」

新一が、いつの間にかサッカーボールを手にしてて、狙いをつけた。
わたしも、新一のボールに続いて中に突入する積りで、身構える。

すると。


突然、黒豹のように現れたものが、流れるような動作で湯川の顔面を蹴り倒した。
それは、あっという間のことで、夢幻のような感じだったけど。

現実に湯川はその場に昏倒し、そして……色黒長身の男性が、そこにすっくと立っていた。


「あれは……京極さん!」
「は?蘭、知ってるのか!?」
「蹴撃(しゅうげき)の貴公子とあだ名されていた、杯戸大学の空手選手よ!あ、もう卒業してるけど。以前、湯川との試合で圧勝したことがあったわ」
「その、京極選手が、何でここに?」

考えていても仕方がないし。
とりあえずわたしたちは、倉庫の中に突入した。


「園子!!」
「わああん、蘭!怖かったよう!」
「鈴木、無事で良かったよ……それにしても、京極さん、ですか?うちの生徒を助けていただき、ありがとうございました」
「うちの生徒……というと、あなたは帝丹学園の?」
「英語教師で、この子たちのクラスの副担任の、工藤新一といいます」
「……そうですか。私は、今度、そちらに赴任予定の、京極真です」
「えええっ!?京極さんが、新しい体育教師だったんですか!?」


その後の会話は、誰が何を言ってるのかごちゃごちゃになってしまい、ワケわかんなくなった。
何かみんな、興奮していて、冷静に会話ができなかったのだ。


で、後で少し冷静になって話をまとめたところでは。

京極さんは、帝丹学園に赴任するに当たり、今日の女子空手都大会を見に来たのだそうだ。
そこで、わたしを応援していた園子に、こっそり近づく人影に気付いた。
園子に当身をくらわせて、抱えて去っていくのを目撃した。

京極さんはすぐに追いかけたけど、応援席の端っこの離れているところにいたため追いつけず、かろうじて車が出発する前に、車のトランクに入り込んだ。
そして、車が止まったところで様子を見て、トランクから出て、倉庫に侵入した。


「それにしても、助かった。もし京極さんがいなかったら……湯川が鈴木の携帯を捨てていくか電源を落とすかしてたら、アウトだったぜ」

新一が大きく息をついて言った。
それに……正直なところ、新一とわたしだけでは、園子を守り切れたか、自信がない。
新一の場合、サッカーボールで遠距離攻撃ができるけど、接近戦ではこっちが劣勢になったかもしれない。

「園子。こちらの京極さんが、助けてくれたんだよ」
「あ……ありがとうございます」
「鈴木園子さん……でしたっけ?あなたは、もうちょっと周囲に気を付けた方が良い」
「そ、それは……!だって……」
「あなたのような魅力的な美しい女性は、これからも、このような不逞の輩から狙われることが沢山あるでしょう。だから、気を付けないと」

最初、「気をつけろ」と言われてムッとしてた園子だけど、続く京極さんの言葉で、頭に湯気が立っていた。
わたしと新一も、目が点になっていたけど、どうやら京極さんが園子に一目惚れしたらしいってのが分かった。


そしてわたし達は、新一の車で、帝丹学園に帰った。

「まあその、僕としては、お2人の邪魔をしたくないのはヤマヤマですが、車なしで帝丹学園まで帰るのは大変ですから」

後部座席でラブラブオーラを醸し出している園子と京極さんに、新一は何となく変な言い訳をしながらハンドルを握っている。

うんまあ、京極さんは、信頼できる人だし。
園子の方も、まんざらではなさそうだし。

良かったね、園子。



   ☆☆☆



で、新一は、わたしを試合会場から連れ出した関係もあって、詳細を報告しなければならなかったのだけど。
さすがに、園子が携帯を使って試合の実況中継をしていたなんてことは、言う訳には行かないので。

以前、けしからぬことをした湯川が、その時捕まえられたことで帝丹学園を逆恨みし。
試合会場から帝丹高校の女子生徒をさらい、凌辱して、なおかつその映像をネタに、帝丹学園と父兄を強請る計画を立てていた。
という情報が、警察から、探偵である新一にもたらされ。
新一が慌てて試合会場に行き、そこで行方不明になった園子が、湯川からさらわれたのだろうと推測されたため、追いかけることにした。

という風に、説明された。
まあ、まるっきりウソって訳じゃないし。

京極さんの件については、事実そのままが説明された。
まあ、一目惚れの件とか2人が既にラブラブ状態とか、そういうことはもちろん、伏せて置いたけど。

空手部の面々は、帝丹空手部OBだった湯川の度重なる犯罪に、ずんと暗くなっていた。
空手部顧問の先生は、新一に向かって、平身低頭状態だった。

顧問の先生が悪い訳じゃないんだけど。
空手部OBの湯川の犯罪から生徒を助け出そうと動いてくれたのに、事情を知らなかったとはいえ、胡散臭げにしたことが、心苦しかったらしい。


とりあえず、新一とわたしの事が変な風に勘ぐられることもなく、話は終わり、わたしはホッとした。
ただ、新一には教師だけでなく「探偵としての立場」もあるということが、帝丹学園の教師たちの間で知れることとなったけど……まあ、それは仕方がないかも。
元々、新一が高校生探偵として活躍していたころから帝丹学園にいる教師も少なくなかったのだから。

「お前、探偵をやめてたわけじゃなかったんだな」
「二足のわらじは大変だろうが……教師としての任務がおろそかにならないように頼むよ」

先輩教師たちからは、そんな風に言われたらしい。



京極さん……ううん、京極先生は、帝丹学園の職員寮に入ることになり。
それが、新一の隣の部屋、らしいんだよね。
まあ、防音はシッカリしているみたいだから、良いんだけど……。


京極先生は、園子と、教師と生徒の立場になることについては、全然気にしていないらしいのだけど、周囲にはばれないように、とは考えてくれるみたい。


もうすぐ、夏休みだけど。
夏休みが明けた後は、ほぼ毎日のように、園子とわたしとで連れだって林の中を通り、職員寮の裏口からこっそり入るようになるのだろうなと、わたしは予想していた。
そして、その予想は、当たっていたのだった。




(20)に続く


++++++++++++++++++++


<後書き>

まあ、さすがに、リアルタイムで携帯のGPS機能を使わせてもらうのは、無理があり過ぎるって分かってますが。
そこは、フィクションということで、ご了承ください。

ええっと。
まこっちに関しては、予定通り。

帝丹学園独身職員寮の隣同士で、二組の禁断のカップルが、にゃんにゃんする(←古語?)という、恐ろしい展開に……。
ま、蘭ちゃん一人称ですから、園子ちゃんたちの夜の姿がここで描かれることはありませんけど。


2015年7月5日脱稿
戻る時はブラウザの「戻る」で。