Sweet Pain



byドミ



(13)決着



次の朝。
目覚めた時は、日がもう結構高く昇っていた。

慌ててはね起きて、時計を見る。
もう8時を回っている。
まだ、チェックアウトには余裕があるけど、今日は帰らないといけない日。

わたしは、慌てて身支度すると、先生の部屋に行った。

呼び鈴を鳴らす。
ややあって、先生の声が聞こえた。

『はい・・・?』
「先生。蘭です」
『は?今何時・・・やべっ!』
「先生・・・?」
『ごめん!今起きるから、先に食堂に行っててくれ!』


そっか、先生はまだ、寝てたんだ。
一昨日眠れなかったって言ってたもの。
昨日は眠れたんなら、良かった。


わたしが食堂で朝食を取っていると、先生がすごい慌てた様子でやって来た。

「蘭!ホントにすまん!」
「先生・・・もう少しゆっくりしてても、良かったのに・・・」
「いや、今日は帰らないといけねえし。せっかくだから、水族館もゆっくり見てえだろ?」
「わたしは、先生と一緒にいるだけで、良いのに」

わたしが言うと、先生は目を丸くした後、真っ赤になった。
連られて、わたしも顔が熱くなる。

夢みたい・・・本当に、先生とわたし、恋人同士なんだね。

何となく、先生と顔を合わせづらくて、ちょっと横を向いてしまったり。
でも、気になってチラリと先生の方を見ると、先生も同じ事をしていて、目が合ったり。

そんな感じで、朝の食事を終えた。

「蘭。チェックアウトするから、荷物全部まとめて、ロビーまでおいで」
「はい」

部屋の入り口まで来ると、先生に抱き寄せられ、軽く口づけられた。
唇はすぐに解放され、先生がわたしの額にこつんと自分の額を当てる。
先生の耳と頬が赤く染まっているのが間近に見えて、胸がキュンとなった。



連休中の水族館は、やっぱり、すごく人が多かった。
子ども連れが圧倒的に多いけど、大人だけの人達も、カップルとかも、結構いる。


ショーを見たかったけど、最初の回はもう、人がいっぱいで入れなくて、午後1番のショーを見る事にし、その間ゆっくり、館内をめぐった。
早目に場所を取り、午後一番でショーを見て。
ちょっと恥ずかしいけど、物陰で何度か、抱き締められて口付けられて。


楽しかった・・・そして、先生と恋人同士になった、記念すべき旅行は終わり、帰路につく。
少し、寂しい気持ちはあったけれど。
でも、学校で先生にいつでも会えるもの。



   ☆☆☆



先生は、わたしを鈴木邸まで送り届けてくれた。
鈴木邸の門の前で、車を止め。
先生はわたしを抱き締め、何度も口付けが繰り返された。

「蘭・・・蘭・・・っ!」
「せんせ・・・んんっ!」

先生の息遣いが荒く、わたしを抱き締める腕は熱く力強く。
息もつけない程に唇を貪られ、空気を求めて少し開いたわたしの唇から、ぬるりと侵入するものがあった。
驚いて、思わず先生の胸を押したけど、びくともしない。
わたしの口の中に入り込んだ先生の舌は、わたしの口の中を這い回り、わたしの舌を絡め捕った。

とてもビックリしたけど、嫌だとは思わなかった。
わたしの手から、力が抜ける。
そのまま、先生の服にしがみ付いていた。

暫く、荒い息遣いと、水音と、衣擦れの音が続く。
わたしの頭が朦朧となった頃、ようやく、解放された。

「ごめん・・・」

先生が、わたしの口の端から溢れ落ちたものを指で拭い、わたしの額にこつんと額を合わせて、言った。

「先生・・・?」
「もっと・・・オメーを怯えさせねえよう、ゆっくりしなきゃって思うんだけど・・・余裕なくて・・・」
「先生・・・」

ううん。
何だか少し、怖かったけど、でも、先生がわたしの事、とても思ってくれて、とても求めてくれてるって感じられて、嬉しかった。
でも、その言葉は出せなくて。
わたしは、首を横に振って、先生の肩に顔を埋めた。
そしたら、先生にもう一度、キュッと抱き締められた。
先生は、わたしを抱き締めたまま、言った。

「蘭。しばらく、オレの宿舎には来るなよ」
「えっ・・・?」

恋人同士になったばかりなのに、突然、何で?
先生の言葉に、わたしは胸が詰まった。

「あいつの事は、必ず、何とかするから。それまではさすがに・・・気付かれると拙い」
「あ、あいつって・・・?」
「高橋だよ」

先生の忌々しげな声に、わたしは、たった今まで忘れ果てていたクラスメートの事を思い出した。

「あ・・・!」

彼がわたしの後をつけて、先生の宿舎に出入りする所を、見られでもしたら、確かに怖い事になる。
わたしは、ブルリと身を震わせた。

「オレとしても、蘭と一緒に過ごしてえのは山々だけどさ。暫くは、ちょっと我慢するよ」
「せ、先生・・・」

先生の口から、「我慢」なんて言葉が出た事に、ビックリしたけど。
でも、ちょっと嬉しくなった。
わたしと一緒に過ごせないのは、先生にとっても、辛い事なんだ。

「電話、使って良いでしょ?」
「あん?」
「先生からもらったケータイ。声、聞きたくなったら、かけるから・・・」

先生が、わたしの両頬に手を滑らせた。
そして、至近距離で囁く。

「ああ。待ってる」

そして、わたしの唇が塞がれた。
今度の口付けは、軽く、すぐ解放された。



   ☆☆☆



園子と共に、鈴木家の車に乗って、わたしは帝丹学園に向かった。
鈴木家の運転手は、口が軽い人達ではないけど、雇い主は園子のお父さん。
ウッカリした事は言わない方が良いだろうな。

なので、園子に色々話をしたのは、学園の寮に戻ってからだった。

無事、先生と恋人同士になった話に、園子は大興奮した。


「じゃあ、とうとう蘭も、ロストバージンを・・・」
「ええええっ!?そ、そんなの、ま、まだに決まってるでしょ!」
「え?まだなの?2人きりの旅行だったし、わたしはテッキリ・・・」
「キスだけ・・・それ以上は・・・」
「ふうん。そういうものなの?」
「わたしに聞かれても、よく分かんないよ・・・先生、何だか、ガマンしてるような事、言ってたけど・・・」
「そっか。そっか、そっかー。蘭が大事だから、ガマンするって事なのね!何か、いいなあ・・・」
「それに、しばらく、会うのやめようって」
「は!?何で!?まさか、キスだけのやり逃げ!?」
「ち、違う違う!だって、高橋君に見られたら、厄介な事になりそうだからって」
「ああ!あの、ウザ橋ね!」
「ウザ橋?」
「振られたのに、チョーしつこい!わたし、あんな粘着質、ダメ!」

園子、最初の内は、ちょっと面白がって焚き付けてたのに。
今や、園子に取っても、ウザいキャラになってしまったのね。

わたし・・・、最初は、高橋君の事、好きでも嫌いでもなかったんだけど。
今は・・・できれば、関わりたくない相手になっちゃった。

「けどさー、それ、気にしてたら、いつまでも、工藤先生とはまともに付き合えないじゃん」
「う、うん・・・先生に携帯をもらったから、電話は出来るけどね」
「せっかく傍にいるのに、電話だけってのも、超悲しくない?まあ、週末だけ、蘭が外泊して、先生に会うって手も、あるだろうけど」


2人で話し合って、打開策が見える訳でもない。
明日からまた、学校だ。
もう、そろそろ寝ようという話になった。
2人それぞれ、布団に入る。

「でも、蘭。良かったね」
「うん。ありがとう。園子のお蔭よ」
「ああ、わたしにも、王子様が現れないかなあ」
「きっと、すぐだよ」

うん。
園子は、とっても素敵な女の子だもの。
きっと、園子だけの王子様が現れる。
園子だけをちゃんと見て、守ってくれる男性が。

わたしは、そう確信してた。



   ☆☆☆



「おはよう」
「はよ」
「モーニン」

朝、教室で、クラスメート達と挨拶を交わす。

高橋君の姿を見かけ、思わずギクリと身を強張らせてしまった。
大人げないと言われても、どうしようもない。
でも、高橋君の方が、能面のような表情で、ふいと横を向いた。
声を掛けられなかった事で、ホッとしてしまう。


普通に、授業を受けて。
今日は、先生の姿は、英語の授業の時に見かけただけ。
すぐ近くにいたけど、すごく遠く感じる。

そして、普通に、部活に行って。

部活の後、先生の宿舎に向かいたい気持ちをぐっと押さえて、寮へと向かう。
高橋君が待ち構えていないかと、心配だったけど、全く見かけなかったので、ホッとした。


寮に帰って、ご飯を食べて、自室にいると、電話がかかった。

「もしもし?」
『蘭』
「先生・・・」

先生の、「蘭」という呼びかけを聞いただけで、涙腺が緩む。
電話越しでも、恋人同士としての、2人だけの会話と思うと、嬉しい。

他愛ない話をして、気が付けば随分時間が経っていた。
電話を切ると、呆れ顔の園子と、目が合った。


「蘭・・・蕩けそうな顔、しちゃって」
「そ、園子!」
「でも、数年がかりの想いが、やっと実ったんだもんね」
「うん・・・」

わたしは間違いなく、ずっと、先生に恋をしてた。
なのに、どうして、この気持ちは恋じゃないって自分で思い込んでいたんだろう?

多分、会えない辛さから目を背ける為に。
先生が、わたしの事なんか忘れて、他の女の人と恋人同士になっていた時に、ショックを受けない為に。
自分の気持ちに、蓋をしてたんだって、今なら分かる。


でも、もう、気持ちが通じ合った今は。
絶対に、離れたくない、失いたくない。


だから逆に、周りに知られてはいけない。
もし、知られてしまったら、先生は失職し、わたしは退学させられ、わたし達はきっと、引き離されてしまう。

すごく寂しいけど、でも、先生と本格的に引き離されない為に、会うのを我慢するのは、仕方がない。


ただ、高橋君の件が、いつまで待ったらケリがつくのか、見通しが立たないのが、辛いところだった。



   ☆☆☆



次の週末、わたしは、先生とは過ごせなかった。
連休でお休みだった分、部活もあったし、外泊も外出も出来なかったのだ。
それに、学園内で会ったりしたら、また、見られてしまわないとも限らない。

すぐ近くにいるのに、2人で会えない寂しさ。
電話で声を聞く事はできるけど、想像以上につらい。

わたしは、部活や勉強に打ち込んで、その寂しさを紛らわせていた。
そんなある日、3年生で前主将の坂下先輩から、声を掛けられた。

「毛利さん、最近、すごく頑張ってるわね。この調子だと、私達3年生の引退後は、レギュラー入り、間違いないわね」
「あ、ありがとうございます!」
「そうそう、毛利さん。うちのOBで社会人の、湯川さんって方がいらっしゃるんだけど」
「はい?」
「毛利さんは1年だけど、すごく見込みがある、将来、インターハイで良い成績を残せそうだって事で、話がしたいそうなの。今度の木曜日は部活休みの日だけど、放課後、部室で会いたいそうなのよ。お願い出来るかしら?」
「は、はい・・・」

わたしは、何で2人きりで会おうとするのか、ちょっと変だなと思ったけれど、前主将の坂下先輩の頼みなので、快く頷いていた。
そこへ、割り込んで来たのは、現主将の塚本先輩だ。

「毛利、良いのか?湯川先輩は男性なんだけど」
「えっ!?」

わたしは驚いた。
てっきり、女性の先輩だと思い込んでいたから。

「我が帝丹OBを悪く言いたくないけど、湯川先輩は昔、女性に乱暴した事があるって噂を聞いた事がある」
「でも、塚本さん、もし本当にそんな事があったなら、湯川先輩は学園の出入り禁止になってる筈だし。噂を鵜呑みにして、湯川先輩を変に疑うのは失礼だと思うわ」
「坂下先輩。そもそも、湯川先輩が、毛利と2人で会おうとする事に、正当性があるとは思えません。その申し出は、断るべきです」

塚本先輩の強い口調に、坂下先輩も、少し迷うような表情になった。

「あの。少し、考えさせて下さい」

わたしが言うと、坂下先輩は少しホッとした表情で頷いた。

「毛利。もしもの時は、私もついてくからな」
「塚本先輩・・・ありがとうございます」

わたしは、寮に帰った後、この事を先生に電話で相談してみた。

『そりゃ・・・塚本の言う通り、確かに、怪しいな。ちょっとこちらでも調べてみる』
「うん、わかった」

先生に話を聞いてもらっただけで、何だか安心できた。
きっと、先生が何とかしてくれると、感じて。



   ☆☆☆



木曜日。
わたしは、部室に向かっていた。


ポケットの中にある、先生から贈られた携帯電話を確かめて、大きく深呼吸をする。

空手部の部室は、他の運動部の部室と並んでいる。
空手部は今日、男女とも部活休みだし、他の部は、現在、道場やグランドで稽古や練習中である為、人気はない。

文化部関係の部室は、この時間、結構部室に人がいるようだけど、運動部部室とはかなり離れたところにある。

今日、部室の中で何かがあっても、誰にも知られず、助けを求める事もできないだろう。
塚本先輩が心配したのも、無理ない事だって思う。


わたしは、部室のドアをノックして、開けた。
そこには、長身の男性が立っていた。


「やあ、毛利蘭ちゃん・・・だね。こんにちは」
「こ、こんにちは、初めまして、湯川先輩」
「初めまして、じゃないんだよ」

そう言いながら、その男性はわたしの方に近付き、手振りで椅子に腰かけるよう伝えて来た。

「まだ俺が大学生だった頃、中等部の君たちの試合を応援に来た事があってね」

言われて、思い出した。
試合の応援に湯川先輩達が来てくれた時、わたしはまだ中1で未熟で、試合には出ていなかったけど。
同じ頃、大学の選手権で、帝丹大学空手部の応援に行った時、杯戸大学の蹴撃の貴公子・京極真選手との試合で、直接対決して負けたのが、この湯川先輩だった。

わたしは、空手が強い事と人格とは、別だと思っているので、湯川先輩が京極選手と戦って負けた事は、実力の差で仕方がないと思っているけれど。
試合の後、色々言い訳していた湯川先輩に、嫌な気持ちになった事を、思い出していた。


湯川先輩は、わたしに、ミルクティのペットボトルを渡してきた。
固辞するのも憚られて、受け取る。

「あ、ありがとうございます」

そして、わたしの向かい側に腰掛け、自分は缶コーヒーを開けて口をつけていた。

「喉、かわいただろ?飲んだら?それとも、ミルクティは好きじゃなかった?」
「いえ!いただきます」

わたしは、ペットボトルの口を開けた。
中身が減った様子はないけど、既に1回、口が開いていた形跡がある。

飲むふりをしてこっそりと、準備して置いたハンカチに吸わせた。


「あの頃から、君の事、将来有望な子だなって思って、見てたんだよ」
「そ、そうですか?先輩からそう言って頂けて、光栄です。ありがとうございます!」
「可愛くて、発育も良さそうで・・・まだ高校1年になったばかりなのに、触りがいがありそうな胸をしてる」

湯川先輩の顔が、にやりと歪められて。
わたしは、嫌悪感に身震いした。

「空手の話じゃ、なかったんですか?」
「女子の空手になんか、興味はないよ」

湯川先輩が立ちあがって、わたしににじり寄る。
わたしは椅子から立ち上がって、後退りした。

「ははは。そろそろ、体が動きにくくなって来ただろう?」
「え・・・?まさか、さっきの紅茶・・・」
「眠り薬にしようかと思ったけど、眠られたんじゃ反応なくて面白くないから、少しばかり痺れ薬を仕込んでおいた」

湯川先輩は、にやにや笑いながらにじり寄る。

「一体、何を・・・?」
「俺がお前を、今から女にしてやるよ。それとも、純真な顔して、もう、男をくわえ込んでるかな?どっちにしても、楽しみようはある」

その時。
部屋の中から、声がした。

「湯川先輩!約束が違うじゃないですか!」
「・・・ん?高橋か?」

ロッカーのドアを開けて、現れたのは、高橋君だった。

「毛利を動けなくして、オレに渡してくれるって、その為に、お金を・・・」
「うるさいな。俺は別に、最初にお前に渡すって約束は、してねえぜ。ちゃんと渡してやるよ。俺が十分味わった後でな」
「そ、そんな!」

高橋君が湯川先輩に掴みかかろうとしたけど、一撃で、のされてしまった。
わたしは、空手の技を欲望の為に使う湯川先輩と、こんな方法でわたしの体を奪おうとする高橋君への嫌悪感に、眩暈がしそうだった。


「・・・こんな事、止めた方が良いですよ」
「ん?」
「これ以上、犯罪を重ねない方が、良いと思います」
「へへっ。お説教かい。自分の立場、分かってないようだねえ。それとも、案外、好き物の口で、誰と寝るのも平気なのかな?」


にじり寄って来る湯川先輩に、わたしは、渾身の蹴りを放った。
しかし、さすがに空手選手、見事に避けられてしまう。

「おおっとお。お前、さっきの紅茶、飲んでなかったのか!?」
「・・・口が開いてたんで」
「へへえ。飲んでた方が、痛い目見ねえですんだのにな」

湯川先輩の目に残酷な色が浮かび、構えを取った。
技だけで言えば、先輩の方が少し上、程度かもしれないけど。
男女の力の差や体格差を考えると、まともに戦って勝てる相手では、ない。

先ほどの蹴りをかわされた時点で、勝負は決まっていた。

「女は大人しい方が、可愛いぜ」
「・・・ご心配なく。大人しくなくても、可愛いって言ってくれる相手は、いますから」


その時。
先輩が背にしていた部室の窓ガラスが割れ、飛び込んで来たものが、振り返った湯川先輩の顔面にめり込んでいた。

湯川先輩は、倒れていた高橋君の上に折り重なるように倒れた。


ほぼ同時に、部室入口のドアが開いた。


「湯川君!高橋君!ここまでじゃ!これ以上、この学園内で、好き勝手はさせんぞ!」
「り、理事長・・・?」

ドアの所に立っているのは、阿笠博士帝丹学園理事長だった。

阿笠理事長の後ろから、主将の塚本先輩と、前主将の坂下先輩が駆け寄ってくる。

「毛利さん!」
「毛利!無事か!」
「は、はい・・・大丈夫です・・・」

「君らの悪事は、全て録音されておる。覚悟するんじゃな」


湯川先輩と高橋君は、阿笠理事長から一喝されて、言葉もない様子で項垂れていた。



   ☆☆☆



「毛利さん!本当に、ごめんなさい・・・」
「坂下先輩、謝らないでください。わたしは、大丈夫でしたし」
「この帝丹OBがあんな不埒な人間だとは信じられないから、仕方がないですよ」

湯川先輩の言葉をまともに受け取った坂下先輩は泣いて謝り、塚本先輩がそれを慰めていた。

坂下先輩は、湯川先輩が、信頼し尊敬していた筈の帝丹学園空手部のOBだった為、阿笠理事長から話を聞いても、わたしが持っていた携帯を通して会話を耳にするまでは、信じられなかったらしい。


わたしが先生に電話で連絡した後、先生はすぐに湯川先輩の事を調べ、阿笠理事長と連絡を取り、今日の対応を話し合ったのだった。
塚本先輩と坂下先輩には、阿笠理事長の方から話が行った。
2人の言質を取った後は、阿笠理事長が乗り込む事になったが、万一、湯川先輩が逆切れした時に備えて、数人の男性教師が待機していた。

湯川先輩は、以前、後輩をレイプした事件があったのだけど、レイプされた当人の将来を考え事件は表沙汰にならず、学園としても立証できない事件についての罪を問う訳にも行かず、そのままになってしまったのだった。

けれど、今回の事で、湯川先輩は、帝丹学園への出入り完全禁止が、言い渡された。
今回の事件は、薬を使ったりした事から傷害未遂罪が適用されるらしい。
高橋君も、その日の内に学園と寮を追い出された。

後になって、湯川先輩は有罪確定、執行猶予はついたけど、勤め始めた会社はクビになった事、高橋君は男子高校への転校となった事を、風の便りに聞いた。



その夜遅く、先生との電話で。
わたしが、サッカーボールの件を問い質すと、先生は拗ねたような声で、言った。

『オメーがあの野郎の毒牙に掛かりそうになってんのに、安穏と見ていられる訳、ねえだろうが!大体なあ、オレが止めたのに、オメーが囮になるって言うから・・・!』
「だって。わたしが行かないと、2人の悪事は暴かれなかったでしょ?」
『だとしてもだな。はあ。寿命が縮んだぜ・・・』

先生が、わたしの事、心配してくれたのが、嬉しい。

『まあ、やっとケリがついたから。これからは、蘭に、宿舎に来いって言えるな』
「うん!明日は、先生の所に行くね!」
『蘭。明後日の土曜日は確か、授業も部活も、休みだっただろ?』
「う、うん・・・」

元々、部活は休みじゃなかったんだけど。
湯川先輩の件で急きょ、顧問の先生達の会議が入り、部活が中止になっていた。

『今度の週末、外泊許可貰っておけよ。明日、オレの車で出かけよう』
「え・・・?」

先生と、週末、ゆっくり会えるのは嬉しい。
でも・・・。

『蘭。夜は、蘭の家まで送って行くから、妙に気を回すな』
「え・・・?あ。う、うん・・・!じゃあ、外泊届、出しとくね」


やだ、恥ずかしい。
つい、泊まりデートなのかって、勘違いしちゃった。
だって、先生がこの前、あんな事言うから・・・。

でも、何だろう?
ホッとしたような、残念なような、この気持ちは。


『蘭』
「は、はい?」
『おめでとう』
「・・・!」

時計を見ると、夜中の12時になっていた。
そう、日付が変わった今日は、わたしの16歳の誕生日なのだ。

『蘭が16歳になった瞬間に、傍にいられねえのは残念だったけどな。明日・・・いや、もう今日か。誕生日のお祝いをするから』
「あ・・・ありがとう・・・」
『次の土曜日が完全休みで良かったよ。ゆっくり、蘭の誕生日のお祝いができるからな』
「うん。嬉しい・・・でも、よく、わたしの誕生日、わかったね」
『・・・もう、5年も前に、ちゃんと調べてるよ』
「先生」
『それじゃ、お休み』
「おやすみなさい・・・」


嬉しい。
先生が、わたしの誕生日を知っててくれた事も。
お祝いを言ってくれた事も。



「あーあ。先、越されちゃったね」
「園子?」
「蘭の誕生日のお祝い、わたしが一番に言う筈だったのにな」

そう言いながら、園子がわたしに、小さな箱を差し出した。
中には、小さな緑の石があしらってあるブローチが入っていた。

「園子・・・まさかこれ、ホンモノの宝石!?」
「蘭の誕生石の、エメラルドよん。だけど、小さいしグレードも大した事ないし、あくまで、わたしのお小遣いで買える程度のヤツだからね」
「ありがとう・・・とっても嬉しい」
「指輪は、工藤先生がきっと買ってくれるからさ!」


わたしは、まさかと思って笑っていた。
そして、明日の・・・ううん、今夜のデートの事を考え、興奮して眠れない夜を過ごしたのだった。




(14)に続く


++++++++++++++++++++


<後書き>

このシリーズでは、他の多くの拙作二次創作と同じく、蘭ちゃんのお誕生日を、5月半ば頃と設定しております。

蘭ちゃんの危機は、完全に去りました。
この後は、本当に危ない事とか、ばれそうになってやばい事とかは、やりません。

ただまあ、この先、園子ちゃんにちょびっとだけ、怖い思いをさせる予定がありますが。(ちょびっとだけです。白馬の王子ならぬ色黒騎士登場の関係で)

できるだけ早い内に、次回のお話をお届けできるよう、頑張ります。


2012年9月9日脱稿
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