Sweet Pain




byドミ



(12)二人の関係



それは、僅かな時間だったのか、うんと長い時間だったのか。
わたしの思考は停止して、全身がおののく。

気がつくと、唇の温もりはなくなり、わたしは寂しさを覚えて、目を開けた。
先生が至近距離からわたしの目を見詰め、額がこつんと当てられる。
その眼差しの優しさに、わたしはまた、ドキリとする。

「蘭。初めて、だった?」

わたしは、声も出せずに、頷く。

「そっか。・・・21年間生きて来た中で、一番、嬉しい誕生日だよ。蘭のファーストキスを貰えるなんて」
「・・・先生・・・」


先生の顔がまた近付き、わたしの唇はまた、温かく湿った柔らかいもので覆われた。
先ほどは、軽く触れるだけだったけれど、今回は、角度を変えながら深く密着し、途中で息が苦しくなって来た。

離れては触れ、離れては触れ。
繰り返される内に貪るように深くなって行く口付け。


わたし・・・ずっと好きだった先生と、今、キス、してるんだ。
幸せで、心地よくて。
触れ合った唇から、何とも言えない感覚が全身に走る。

わたしは、足に力が入らなくなって、崩れ落ちそうになり、先生にしがみついた。
すると、先生はわたしを横抱きに抱えあげた。
そして、ベッドの上に下ろされる。

「蘭・・・」

見下ろす先生の眼差しが、熱い。
先生がわたしの上にのしかかって抱きしめ、また何度も唇を求められる。

わたしは、無意識の内に、いつの間にか、先生の背中に手を回していた。

「蘭・・・蘭・・・」

唇が触れる合間に、名前を呼ばれて。

わたしを抱き締める力強い腕と胸板に。
触れ合う唇の熱さ甘さに。
わたしは、陶然となっていた。


「ずっと、こうしたかった」

先生の囁き。
ずっと、って、いつから?

その疑問も、触れられる唇の甘さに、消し飛んでしまう。
幸せで、ふわふわして、何も考えられなかった。



   ☆☆☆



目が覚めた時。
状況が、分からなかった。

少し経って、ホテルのベッドに寝ているんだって気付いた。

コーヒーの香りが漂って来て、不思議に思い、身を起こす。

「お。目が覚めたか」
「・・・先生?」
「おはよう、蘭」
「お、おはようございます」

先生が優しく微笑み、顔が近付いてきて、わたしの唇にかすめるように口付けられた。
わたしの頭は、パニックを起こしかけていた。
夢の続きを見ているような、不思議な感じがしていたけれど。


わたし、ゆうべ、先生の部屋に来て、誕生日プレゼントを渡して。

そして、キス、されたんだった。
抱き締められて、何度も何度も。


そのままわたしは、いつの間にか、眠りに落ちていたらしい。


「蘭の可愛い寝顔を堪能出来たのは、嬉しかったけど。お陰でこちらは、寝不足だよ」

先生がちょっと苦笑して、言った。
わたしは、先生の苦笑の意味がわからず、首をかしげる。

「ね、寝不足?」
「運転中寝てしまわないように、助手の役目、頼むな」
「は、はい・・・」
「まあ、今日は、そんなに長く運転しねえけどな」


先生がわたしに、淹れてくれたコーヒーを手渡して来た。
ホテルには湯沸かしポットが置いてあるし、個包装のドリップ式コーヒーを持参していたらしい。

「もうそろそろ出かけるから、コーヒーを飲み終わったら、あちらの部屋で着替えをしておいで」

そう言う先生はもう既に、ポロシャツとズボンに着替えている。
先生の言葉に頷き、コーヒーを飲み終えると、わたしは自分の宿泊部屋に戻り、着替えをした。
お気に入りの、桜色のワンピース。
先生は、どう思うかな?

着替えて、バッグを持って、外に出ると、先生がドアの前で待っていた。
一緒に食堂に行き、朝食を取り、車に乗って出かける。

今日は、志摩カスティリア村に行く予定。
わたしは、先生の横顔を見ながら、突然、「わたしって先生の何だろう?」と考え始めていた。

大好きな先生とのキスは、嬉しかったし、後悔していない。
でも、先生にとってわたしは、一体、どういう存在?

高校生なんて子どもだって、言ってたよね?
わたしは、妹のような存在じゃなかったのかな?
先生はアメリカにいたから、アメリカナイズされているから、キスは当たり前?
でも、いくら欧米でも、男女の唇同士のキスは、意味が違っていた筈。


朝までは、幸せでふわふわしていたのに。
先生が一体何を考えてキスをしたのかって考え始めたら、不安になって来てしまった。

でも、先生は、相手を弄ぶような男性じゃ、ないよね?

それやこれや考えていたら、いつの間にか、車は駐車場に泊まっていた。


「おい、蘭。着いたぞ」
「へっ?」
「ったく、助手の役割をキチンとしてくれって言ったのに、何、ボンヤリしてんだよ?」
「あ・・・」

先生は、いたずらっぽく、でも、優しくわたしを見詰めてくれる。

わたしの事、どう思っているの?
わたしは、先生の何?


車から降りる。
さすがに連休中だけあって、結構人が多い。
駐車場から入り口まで結構ありそうだけど、人がゾロゾロ歩いていた。

「あ、そうだ。蘭にこれ、渡しとく」

先生が急に思いついたように言って、わたしに寄越したものは、携帯電話だった。

「え・・・?」
「人が多いからな、はぐれっといけねえし」
「でも・・・これがないと、先生が困るんじゃ?」
「それは、蘭のだよ。オレはちゃんと別にある」
「えっ?」

言われて見ると、渡された携帯はワインレッドで、男性があんまり好んで使うとは思えない。
ついているのは、ナマコ男ストラップで、これは・・・微妙だけど、先生が選んだのかしら?

「蘭、携帯、持ってねえだろ?」
「う、うん・・・だけど・・・」
「まあその、今の時代、携帯は持ってて損じゃねえだろうし」
「で、でも、あの・・・」
「恋人同士で、連絡手段がねえってのも、困るだろう?」
「・・・え・・・?」


わたしは目を見開いて、フリーズしていた。

恋人?
恋人同士・・・って・・・。


え・・・?


「蘭・・・?」
「恋人同士って・・・誰と誰が?」

今度は、先生が絶句して、点目になっていた。

「あ、あのさ、蘭」
「はい?」
「オレとお前の関係は?」
「・・・教師と生徒でしょ」

先生が突然、わたしの腕を握った。
その眼差しが怖くて、わたしは思わず後ずさりしそうになるけれど、先生がわたしの腕を掴む力が強くて、動けない。

「い、いた・・・」
「蘭!オメーは、ただの教師相手に、キスさせるのかよ!?」

突然、わたしの涙腺が緩んだ。
わたしは、涙を流しながら叫んでいた。

「それを言いたいのは、わたしの方よ!先生は、わたしの事、子どもだって言ったじゃない!なのに、何で・・・!?」
「ら、蘭・・・?」

先生の手の力が緩み、わたしの腕は解放された。

「わたしは、わたしは・・・!初めてのキスが先生とで、すごく嬉しかったんだよ!た、たとえ先生にとって、遊びでも・・・!」

突然、わたしは、先生から抱き締められていた。
振りほどけない程強い力ではないけれど、わたしは抗えなかった。

「ごめん、蘭・・・オレは・・・機会があるごとに、自分の気持ちを伝えた積りでいたんだけど。ちゃんと伝わってなかったんだな・・・」
「せ、先生・・・?」
「好きだ」

耳元で囁かれ、わたしは目を見開いた。
あれほど溢れだしていた涙が、ピタリと止まる。

「蘭が、好きだ。好きなんだ。初めて会った時から、ずっと・・・」
「先生・・・」

わたしが顔を上げると、優しく、ちょっと切なそうな眼差しをした先生から、じっと見詰められていた。

「ごめん。昨夜、蘭がオレのキスを受け容れてくれたから。オレの気持ちは伝わっていて、蘭も応えてくれたんだと、思い込んでた」
「先生・・・」
「ずっとずっと・・・蘭だけが、好きだった・・・」
「せ、先生・・・わたしも・・・」
「ん?」
「わたしも、先生の事、ずっと好きだったよ・・・」
「好きなヤツはいねえんじゃなかったのか?」
「だって!あの状況で、本当の事言える筈、ないじゃない!」

わたしが思わず抗議の声を上げると、先生はフッと微笑み、わたしの目の下に口付けて涙を拭う。

「って事で、改めて。オレ達は恋人同士って事で、良いか?」

先生の言葉に、わたしはコクリと頷いた。



   ☆☆☆



それから。
わたし達は手を繋いで、志摩カスティリア村の門をくぐった。

アトラクションの行列に並びながら、色々な話をする。
今、わたし達は、恋人同士のデートをしてるんだ。
すごく、くすぐったくて、嬉しかった。

「やっぱ、色々な意味で、今迄の人生で一番嬉しい誕生日になったな」
「先生・・・ひとつ、聞いても良い?」
「ん?何だ?」
「わたしの事・・・好きだと思ってくれていたなら、何で、アメリカになんか行っちゃったの?」

先生がちょっと息を呑んだ。

「やっぱり、お父さんの所為で!?お父さんに色々言われたから!?」
「違うよ。や、その、言われた事も、少しだけあると言えばあるけど、それは・・・」

先生は、わたしの手をグッと握った後、遠くを見る目になって言った。

「早く、自分で稼げる社会人になって、おっちゃんに文句言わせないだけの存在になりたいってのは、大きかった。日本ではスキップ制度がねえから、大学卒業して社会人になるには、まだ後2年かかるし」
「・・・でも。わたし、寂しかったのに・・・」
「ああ。オレも、寂しかった。オメーに会いたくて、気が狂いそうだったよ」

先生の言葉に、わたしは息を呑んだ。
寂しいなんて言葉が、先生の口から出るとは、思ってなかったし。

「もうひとつの理由はな。蘭がまだ、小学生だったから」
「えっ・・・!?」
「オレは、良いお兄さんを演じ続ける自信がなかった。だからって、まだ子どものお前に、高校生であるオレの恋情の激しさをぶつけるのは、躊躇われた。だから・・・お前が高校生になる迄は、お前と会う事を、自分に禁じていた」
「・・・・・・」

先生が、わたしの事を、真剣に想ってくれていたから、傍を離れたんだってのは、何となくわかったけど。
でも、わたしには、やっぱり納得行かなかった。

その時のわたしには、先生が言う「恋情の激しさ」の裏の意味が分かっていなかった。
だから、先生が抱えていた苦しみについても、全然理解していなかったし。

先生が何も言わず、5年間1度も会いに来てくれなかった事を、やっぱり恨めしく思ってしまっていた。


でも、それは、ほんのちょっとだけ。
今は、先生と想いが通じ合って、恋人同士。
胸がキュンと甘く締め付けられる。

二人で、色々なアトラクションを体験した。
先生はずっと、わたしを優しく見詰めてくれ、甘酸っぱい想いが胸に広がる。


そして、夕暮れ時に、観覧車に乗った。
寄り添って、沈んで行く夕陽を見詰める。
わたしはきっと、生涯、この夕陽を忘れないだろうって思う。

先生がわたしをグッと抱きよせ、唇が重ねられた。

「好きだ、蘭」
「先生・・・わたしも・・・」

すごくすごく、幸せだった。



   ☆☆☆



夜は、食堂でまた、美味しい夕ご飯を食べて。

「じゃあ、蘭。また、明日な」
「え・・・?」

先生は、わたしを部屋まで送って来ると、額に軽く口付けて、そのまま去っていく。

「や、待って!」

わたしは、先生の浴衣の端を、ハッシと掴んだ。

「・・・蘭?」
「もう少し、一緒にいちゃ、ダメ?」

先生が、わたしの方に向き直る。
すごく困った表情をしていて、わたしは胸が詰まる。


「ごめん・・・迷惑、なんだよね・・・」
「蘭。そうじゃない、そんなんじゃねえんだ」

俯いたわたしの肩に、先生が手をかける。

「あのな、蘭・・・その・・・」
「・・・先生・・・?」
「お前と二人で夜を過ごしたりしたら、キスだけじゃ済まなくなるからだ」
「え・・・?」


キスだけじゃ済まなくなる?
それって・・・。

先生はフッと苦笑いした。


「だから。今度、オレの部屋に夜這いをかける時は、覚悟を決めた時にしてくれ」

よ、夜這い?
夜這いって・・・。

「昨夜は、嬉しかったけど・・・グッスリ眠りこんで可愛い寝顔を見せるお前に、オレがどんなに煩悩に苦しんだか。ま、これから先は、ああいう事は止めてくれな」
「せ、先生・・・」
「まあ、もっとも、お前だったら、人の部屋に夜這いかけて置いて、こっちがつい手出ししそうになったら、空手技お見舞いされちまうかもしれねえけど」
「・・・・・・!」

言葉に詰まった私を尻目に。
先生は、軽く額に口づけると、今度こそ去って行った。
わたしは、茫然として見送り、のろのろと部屋に入った。


今夜、この部屋に、1人だけで寝るんだ。
少し寂しいけど、でも。

『キスだけじゃ済まなくなる』

先生の言葉が、頭の中でこだまする。
先生は、大人の、男の人・・・なんだ。

園子の言っていた事が、当たってた。
でも、先生は、ちゃんと一線を引いてくれた。

大事にして貰ってる。
嬉しいけど・・・少し、寂しくも感じている。


部屋に入ったわたしは、浴衣を脱いで、鏡に裸身をさらした。
少しずつ大人の体になって来ている、わたしの体。

大人の先生が、わたしを求めた時、わたし、先生を満足させられるんだろうか?

男の人とのそういう事って・・・クラスにも経験済みの子っているけど、でも、想像がつかないし、実感が湧かない。


ただ。
先生と恋人同士になったという事は、今迄のふわふわとした甘い砂糖菓子だけでは済まないって事、なんだ。



怖い。
怖いけど、でも、わたし・・・先生だったら、嫌じゃない・・・。


わたしは、もうすぐ、16歳になる。
法的に結婚が出来る年齢に・・・。

いつまでも、子どもではいられないし、それに、子どもでいたい訳でもない。
きっと、遠からず、わたしは・・・。



禁断の入り口は、もうスッカリ開かれ、わたしはその中に深く踏み込んでしまっていたのだった。





(13)に続く


++++++++++++++++++++


<後書き>


このシリーズでは、「エッチをしたのに新一君の気持ちを知らずに悶々」だけは止めよう。と思ってました。
って事で、告白とキスとは順番が逆になりましたが、蘭ちゃんが弄ばれているかもと悩む展開にはしてません。

旅行から帰ってすぐ、新一君と蘭ちゃんが・・・とは、なりません。
その前に、ウザ橋を、何とかしなければ。

私って本当に、オリキャラに愛がないな。
何であそこまでウザいキャラに育ったのかな。

でも、ウザ橋駆除の後は、楽しい禁断生活突入の筈、多分。

2012年5月24日脱稿
戻る時はブラウザの「戻る」で。