Sweet Pain



byドミ



(1)桜吹雪の再会



桜吹雪の中。
わたしは、帝丹高校の敷地内に立っていた。

中等部高等部大学部を持つ、この帝丹学園は、山の中にある。
校庭の周りに植えられているのはソメイヨシノだけど、その後ろにある斜面には、沢山の山桜も植わっている。

時折強い風が吹いて、ほのかな香りと共に、何種類もの桜の花びらが舞いあがる。
わたしは、乱れる髪を抑えながら、その光景を見詰めていた。


わたしの名前は、毛利蘭。
今日から、高校1年生。
あの時のあの人と、同じ年齢になった。

彼は、元気だろうか?
アメリカでの彼の活躍は、時々、日本でも報道される事があるけれど。
流行に左右され易い日本では、多くの人が、もう彼の存在を、忘れているだろうと思う。

彼も・・・わたしの事なんて、覚えてないだろうな。
でも、わたしは忘れない。
絶対に、忘れる事なんて、出来ない。


「ら〜〜ん!」

親友・鈴木園子の声が、遠くから聞こえて来た。

「園子!」
「クラス、見て来たよ!蘭もわたしも、B組だった」
「じゃあ、同じクラス?やったね!」
「また今年も、よろしく〜」

わたしは、園子と、両掌を合わせて喜び合った。

新1年生といっても、この帝丹学園は、中高一貫教育で。
高校時に新たに入学して来る生徒も結構いるけど、中学からの持ち上がり組であるわたしには、馴染みの顔が多い。
それでも、親友である園子と同じクラスなのは、とても心強かった。

一応都内なんだけど、かなり辺鄙な山の中にあるこの帝丹学園は、全寮制。
ただ、中等部と高等部では、校舎も寮も、完全別棟なので(勿論、男女も分かれている)、入学式を控えた昨日、中等部寮から高等部寮へのお引っ越しがあった。

全寮制といっても、週末や祝祭日は外泊が許されていて、わたしもほぼ毎週、父のいる実家や、母のマンション(父と母が別居しているので)に、泊まりに行ってた。
門限があるので、普段、街に繰り出す事は難しい(部活などしてると絶対ムリ)けど、今ではすっかり慣れて、それなりに学園生活をエンジョイしている。

寮は原則、2人部屋。
わたしは、親友の園子と、ずっと同じ部屋だ。

わたしがここに入学する事になったのは、元はと言えば、園子が帝丹中学を決めた際、寂しがったのが発端だった。

「寮は2人部屋なんだって。わたし、蘭以外の子と一緒に暮らせる自信、ない」

わたしも、特に地元の中学高校に拘りがあった訳ではなかったし。
自由な校風でありながら風紀はきちんとしていて、共学だけど、外出外泊時以外の間違いが殆どない事で、わたしの父も母も、この学園に入る事に賛成してくれた。
幸い、弁護士をやっている母にはそれなりの収入があったので、学費や寮費の心配もなかった。(園子は、うちが全額出す!と言ってたけど、そんな関係はヤッパリ嫌だもの)

でも実はそれ以上に、彼がかつて通っていた、この帝丹学園に、興味があったのだ。
彼は、とっくにアメリカに行ってしまって、もういないのに。
帝丹学園に入学したわたしは、彼の面影を探していた。



「ああ。それにしても、高校になっても変わりばえしない顔ぶれ。これは、とても帝丹学園内で彼氏作れそうもないなあ」

園子がぼやく。
わたしは、物思いから引き戻される。

「蘭は、もてるクセに、男に興味ないんだから。わたしがいいなと思った男は、みんな蘭狙い。はあ・・・世の中、上手く行かないものよね〜」
「園子ったら」

園子が溜息をついて、わたしは笑う。

こういう風に言う園子だけど、サバサバしてて、本気でわたしを恨む事も全然ないの。
愚痴を言っても、意地悪だったり陰湿だったりしない。
だから、園子とわたしとは、ずっと仲良しでいられた。

「でさ。蘭はやっぱ、王子様の事が忘れられない訳?」
「お、王子様とか、そんなんじゃ・・・」

わたしは、頬が熱くなるのを感じながら、言った。
あの人の事は・・・王子様とか、そんなんじゃない。
恋とか、そういうものじゃない・・・と思う。

「でもさ〜。蘭の事、命がけで、助けてくれたんでしょ?そりゃ、惚れるよね〜」

彼が、当時子供だったわたしを助けてくれたのは。
正義感と、誰に対しても平等な優しさを、持っているから。
彼は、攫われた子どもを助けてくれただけ。
わたしじゃなくても、誰でも、彼だったら、命がけで助けてくれる。

なのに、助けた相手に、いちいち惚れられてしまっては、彼もたまったものではないだろう。
だから彼に、そういう気持ちを持ってはいけない。
これは・・・恋なんかじゃない。
そんなんじゃない筈だって、その時のわたしは、真剣に思っていた。


「ねえ、ところでさ、蘭。中山先生が、本当は殺されたらしいって話、本当なの?」
「しっ!園子、声が大きい!・・・まだ、分からないのよ。その調査の為に、お父さんが来るんだから」

生徒が誰もいなかった、春休みの期間に。
帝丹学園の広大な敷地にある、林の中で。
高等部の英語教師である女性の中山先生が、遺体で発見されたのだ。

中等部だったわたし達には殆ど面識がなかったけど、学園内で教師が亡くなったというのは、少なからずショックな出来事だった。

着衣の乱れはなく、足跡を調べても誰かと争った様子もなく。
一応、「崖から足を滑らせ転落した為の事故」として、その件は処理された筈だったんだけれど。
阿笠理事長が、それに疑問を持ち、知人であり探偵でもあるわたしの父に、極秘に捜査をして欲しいと依頼をして来たのだ。

父は表向き、帝丹高校体育教師として、赴任する事になっている。
ただ、生徒のわたしと親子である事が、周りに知れると差し障りがあるので、「森小五郎」という偽名を使う事になっていた。
「毛利」と「森」だと、音が近いので、何かうっかりした事があってもボロを出しにくいだろうと、敢えて本名に近い名前にしたのだ。


   ☆☆☆


講堂に集まって、高等部の入学式が始まった。
よく見知った顔も多いけど、よそからの入学らしい見知らぬ顔も多い。

見知った顔でも、お互いに、ブレザーにネクタイの制服が、新鮮だ。
同じ帝丹学園とは言え、中等部は、学ラン・セーラー服だったから。
何となく、急にみんな大人びたように見える。


高等部でお世話になる先生方が、1人ずつ壇上に上がって紹介された。
直接学んだ事はないけれど、長い事学園にいる先生が殆どなので、多くが見知った顔だった。

今年の新任教師の紹介が行われ、父も壇上に上がった。
父は、妙に緊張しているらしい。
別に、ふざけている訳ではないが、父の自己紹介は妙に笑いを誘い、わたしは恥ずかしくていたたまれなくなった。

『蘭。しっかりして、今は他人よ他人』
『わ、分かってるわよ、園子!』


父が引っ込んだ後、突然、強い風が吹き。
講堂の高窓から、桜の花びらがぶわっと舞い込んで来た。

その桜吹雪の中、スーツを着こなした若い男性が、壇上に上がる。

その男性を見て、わたしは、息が止まりそうになった。


「初めまして。オレも、教師としては1年生になります。不幸な事故で亡くなった中山先生の代わりの英語教師として、急きょ、こちらに赴任する事になりました。工藤新一です、どうぞ宜しくお願いします」


それは。
わたしが5年間、片時も忘れた事がない、あの人だった。


(2)に続く


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<後書き>


このお話は、「Better Development」の意味を、見事正解なさった、寛子様リク作品です。
リク内容は、「新一君が先生で5歳くらい年上で蘭ちゃんが生徒」「裏仕様」でした。

って事で、新一君は「未成年の生徒に手を出す極悪教師」になってしまいますが、突っ走ります。


で、このお話、一旦、かなり書き進んだ状態で、引っ込めたんですよね。
何と言うか、先が続けられなくなってしまって。

で、書き直しして再度連載再開、なんですが、このプロローグ話は、以前と殆ど変わっていません。

今度こそ、途中で引っ込めなくて済むように、頑張ります。


2011年7月5日改訂版脱稿


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