Sweet Pain +(プラス)



byドミ



(2)貞操の危機



アメリカでのオレの高校生活は短かった。
何故なら、スキップ制度を利用して、あっという間に卒業したからだ。
そしてオレは、日本人でも名前を知る名門大学に進学した。

ただ、アメリカの大学は高校のように簡単には行かない。
真面目に勉強しないと、卒業できない。
日本と違い、卒業は狭き門なのだ。

こちらの学校は夏季休暇が3ヶ月あるが、休み返上で学業にいそしむと、3年で卒業できる。
なかなかにしんどいが、オレは精一杯頑張った。

アメリカでは自分で学費を稼いで大学に入る人が多いが、オレはそこは日本人らしく親に甘えていた。

そして、忙しい合間を縫って、FBIに協力して探偵活動を行うこともあった。
どういう因果か、こちらでもオレの事件遭遇率は高く、いつの間にかFBIの信頼も受けるようになっちまっていたのだ。
探偵活動は、オレがいずれどうしてもやりたいことであると同時に、少しでも自分でお金を稼ぎたかったので、まあ都合が良かったんだけど。
日本で高校生探偵をしていた頃は、必要経費のみを出してもらい、依頼料はもらわなかったが、アメリカで高校を卒業した後は報酬を得るようになった。

日本に帰国したら帝丹学園の教師として雇ってもらう予定……といっても、少しでも蓄えがあるに越したことはない。



東洋人は実年齢より若く見える。
おまけに、こちらの大学は、必ずしも高校卒業したての者ばかりじゃない。
17歳で大学に入学したオレは、同級生たちからは子どものように見えるらしく、妙に構われる毎日だった。

友人はそれなりにできた。
そして……女からも男からも言い寄られたが(こっちではゲイが多いってのは本当だった)、オレはただ1人の少女の面影を胸に、どんな誘いも断っていた。


ハイスクールはロサンゼルスで、親元から通った。
が、大学はマサチューセッツ州ケンブリッジにあるので、親元からは通えない。
幸いなことに、寮があったので、生活は何とかなったが……。

学費は、寮費・食費の2倍以上。
国費留学生でもないオレの場合、大学に行くのに、1年で、日本人男性の一般的な年収よりも多い位の費用が掛かる。
しかし、オレは、ダメもとでメリット型奨学金(成績優秀者に支給される奨学金)の申請を行い、それが通り学費の半額程度が助成されたから、だいぶ助かった。

まあ、一応父親が高収入だったし、親も元々、オレの大学はアメリカと考えていたから、甘えた部分もあるが……その点でも、探偵活動で収入が得られたのは有難かった。


とにかくガムシャラに勉強して勉強して探偵して推理して……眠りの中に現れるのは、愛しい少女の面影。

蘭。
蘭。

不思議だ。
ずっと会ってないのに、どうしてこんなに鮮やかにオレの心に居座っているんだろう?

夢だと分かっていて、目が覚めるのが辛い時すら、ある。



9月始まりの大学生活も、ようやく2年が過ぎ、あと1年で卒業が見えてきた。
夏休み返上のオレは、大学生活の終了は来年の8月だ。

その後は、日本の教員免許取得のための単位取得や、こちらでの探偵活動にあてる予定だ。


「シン!」

学友レイ(レイモンド)に呼び止められた。
英語圏の人達には「シンイチ」と呼ぶのは大変らしく、大抵オレは「シン」と呼ばれている。

「今度の週末、オレの住んでるシェアハウスで、ハロウィンパーティやるんだ。シンも来ないか?」
「ハロウィンねえ……昔、日本人がアメリカで射殺された事件があって、どうもハロウィンには良い印象がなくてよ」
「へっ?そんな事件があったのか?知らなかったぜ」
「まあ、オレが生まれる前の話だからな」
「頼むよ〜。オレの彼女が、シンに興味持っててさ〜」
「はあ?何でまた?」
「そのー実は、彼女、ユウサク・クドウの大ファンで……」
「ああ。んなこったろうと思ったよ……」

渋るオレを、彼は強引に連れて行った。
オレもそこまで本気で嫌だったわけじゃない。
いつも忙しいから、たまにはパーティも息抜きに良いだろうと思ったのが、間違いだった。



ハロウィンパーティだから仮装をしろと言われて、適当に狼男の仮装にした。
皆、ドラキュラとかお化けとか、色々な仮装をしている。

女性陣は魔女とか幽霊とか……。

あの仮装は可愛くて蘭に似合うかもとか、あの仮装じゃ不気味過ぎて蘭の可愛さが台無しだろうとか、どうしても発想がそっちに行ってしまう。


夕方、近所の子どもたちが訪れる。
その後ろには、保護者が……まあ、そうだろうな。
物騒な世の中だもんな。

子ども達はどこの国の子どもでも文句なく可愛い。
オレは特別子ども好きという訳ではないが、小さい子が「Trick or Treat!」とやって来るのは可愛いし、喜んでお菓子をあげようというものだ。
オレは買い込んできたお菓子を、子どもたちに手渡した。

日が落ちると、訪ねてくるのは、少し大きめの子どもに変わった。
日本人感覚だと高校生くらいに見える女の子たちは、多分、まだ小学校高学年か中学に入ったばかりの頃だ。

オレはもう19歳になっていたが、童顔だし、東洋人は若く見られるから、アメリカではおそらく中坊位に見えるだろう。


更に遅くなると、訪問者は更に年齢があがる。

「Trick or Treat!悪戯しちゃうぞ〜」

もう、お菓子を受け取る前に、問答無用で悪戯を始める。
生卵を壁にぶつけたり……やれやれ。

オレはシェアハウスのリビングで一息ついていたが。

「シン。オレの部屋に入っとくか?」

レイに言われて、彼の個室に入った。


アメリカでは家賃が高いためシェアハウスをしている人は多い。
この家も、4人の男性が暮らしている。
リビングダイニングとバストイレが共用で、個室はそれぞれのプライベートスペースだ。

で、オレはレイの個室にいたのだが。
突然、

「Trick or treat!?」

と入って来たのは、魔女の扮装をした妙齢の女性だった。
オレは、まだ手に持っていた菓子を渡そうとしたのだが。

「あなたがシンね!」

突然、その女が抱きついて来た。
豊満な胸をグイグイと押し付けられる。
しかしその感触は気持ちイイより、正直、嫌悪感の方が大きかった。
しかもあろうことか、顔を近づけて来られる。

「うわあっ!ストップ!」

思わずその女を押しのけた。
あまりのことに、肩で息をする。
今までも迫られたことはあったが、こんなに追い詰められた気分になったことはない。

「あらあん。もしかして、シンは、チェリーボーイちゃんなの?うふふ、可愛いわねえん。私が男にしてあげてもいいわよん」
「じょ、冗談じゃない!オレの貞操を捧げる相手はこの世でたった1人だけって、決まってんだ!」

男が言うには恥ずかし過ぎるセリフかもしれないが、相手にどう思われようと知ったこっちゃねえ。
とにかくオレは、蘭以外の女に触れるのも触れられるのも嫌なんだ!

しかし。
目の前の女は、あろうことか、服を脱ぎ始めた。

これは拙い。
いや、誘惑に負けそうというのでなく。
この状況からすると、勝手に婦女暴行の冤罪を受けかねない。

かといって、女に暴力をふるうのはオレの矜持が許さねえし。

もうここは逃げるしかない!
オレはするりと迫ってくる女をかわし、ドアを開けて外に出た。
ちょうどそこに、レイが居合わせた。


「シン?これからパーティが……」

レイの言葉をみなまで聞かず、女がいる彼自身の寝室に彼を押し込んで、オレは逃げ出した。



   ☆☆☆



寮の個室で。
オレは、蘭を想いながら、自分自身を慰めていた。

キスもエッチも、オレの初めての相手は、蘭だと決めている。
なので……蘭に拒否られたら、オレは生涯、童貞なんだろうなあ……。


蘭は今、中学2年か……。
阿笠博士の情報だと、蘭は空手の腕がだいぶ上達したようだし、ある程度身を守る術も身につけているようだ。
それに、蘭は多分、貞操観念が高そうな気がするから、そうそう簡単に男に身を許すことはないだろうと思う。


だが。
絶対大丈夫とは、言えない。

きっと、綺麗になっているだろう。
男たちがほっておかないだろう。

もし、蘭が恋をしたら……?
そして、他の男と一線を越えていたら……?

だとしても、オレは……蘭を、蘭だけを想い続けるだろう。


そんなことを考え始めると、居ても立ってもいられなくなり、何もかも放り出して日本に帰りたい衝動に駆られる。

ダメだ。
まだ、ダメだ。

残り1年、大学生活を終えて、日本の教員資格も得て、それからでないと帰国できない。



オレは蘭を想いながら、自分で自分の熱を放出した。




ちなみに、オレに迫って来た女は、レイの恋人だったらしい。
レイは、オレと入れ違いにあの部屋に入って裸になっている恋人を見、オレと何か遭ったのではと勘ぐったらしいが(まあ見当違いとも言えない)、彼女がそのままレイをベッドに誘って有耶無耶にしたようである。

その後も2人は暫く恋人同士だった。
まったくワケがわかんねえ。
あんな尻軽女のどこがイイんだか。
けど、馬に蹴られたくはねえし、人の好みはそれぞれだから、嘴は入れないことにする。

まあ多分、あの女は、ユウサク・クドウの息子と1回やってみたい程度のことだったんだろうな。
ファンが多いのは結構なことだが、恨むぜ父さん……。



探偵の仕事の中でも、学生生活の中でも、様々な女性に出会ったが。
そのたびに、蘭がいかに素晴らしい女性なのか、再確認するばかりだった。

いずれ蘭と再会し……そして、いつの日か、蘭を手に入れ抱きしめる日を夢見て。
オレは残り少なくなったアメリカでの学生生活に没頭していた。



(3)に続く……?


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<後書き>

危機というタイトルの割に、大した危機にはなりませんでした。
いや、新一君が襲われている場面を延々描いても面白くないもんで。

で、実は今回の話の2〜3ヶ月前に、内田麻美嬢がアメリカに来るという話があり、当初、その話も書くつもりだったのですが、本編で書いている以上のことが特にあった訳ではないので、バッサリ切り落としました。


2015年7月11日脱稿
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