Sweet Pain +(プラス)



byドミ



(1)出逢いと決意



オレは、高校生探偵・工藤新一。
昔から探偵を目指していたが、高校生になってすぐ、警察が手を焼いていた事件を独力で見事解決してみせ、高校生探偵として一躍脚光を浴びた。
両親は、オレが中学3年になる前にアメリカに移住したが、オレは日本に残ることを選んだ。
その頃のオレは。高校生探偵としての活躍を続け、高校卒業後にアメリカの大学に進学するという人生設計を立てていたのだが、それからすぐ、オレには生涯を変える「運命の出逢い」があったのだった。


   ☆☆☆


ある日、警視庁を通じて慌ただしく連絡があった。
オレは、迎えの覆面パトカーに乗り、急ぎ、鈴木邸に向かった。


営利誘拐。
それは、全く同情の余地がない、最も唾棄すべき犯罪のひとつだ。

今回、鈴木財閥の次女である、小学5年生の鈴木園子嬢が狙われた。
しかし犯人は、園子嬢の顔を知っている訳ではなかった。

園子嬢は、同級生の毛利蘭ちゃんと一緒に歩いて下校していた。
車に追われ、土手道を転がり落ち、気を失った園子嬢が気がついた時、同級生の蘭ちゃんの姿がなく、蘭ちゃんのランドセルと帽子が残されていた。
どうやら蘭ちゃんは、園子嬢と間違われて、攫われたらしい。


「お願い、蘭を、蘭を助けてよ〜〜!」

涙グシャグシャで言い募る、明るい髪色の少女。
後年、彼女は本当に髪色を茶色に染めるが、その時点では全くの自毛で、それでも他の人よりは明るめの色だった。
肌も色白なので、全体的に色素が薄めなのであろうが、「染めてる」と苛められた事も、多々あったらしい。
後の彼女は開き直って、逆に遊び人風外見を気取る事になる。

とかいう事は、後になってわかった事。
とりあえず、この少女が、今回、誘拐のターゲットになったらしい、鈴木家の次女・園子嬢だった。


「蘭は、わたしの身代わりになったのよ!」
「誘拐犯が間違えたって事か?」
「そ、そうだけど・・・でも、でも、そうじゃなくて!」
「うん?」
「蘭が自分から、わたしを助けようとして身代わりになったの!蘭は、蘭は、そういう子なんだもん!」

そう言って、園子嬢は、顔をグシャグシャにしてまた泣き始めた。


世の中には、色々な人がいる。
悪意を持っている奴、ずるい奴、自分の事しか考えてない奴。
けれど、数は多くないが、思いやりを持つ人、優しい人、他人を助ける為に我が身を厭わない人も、確かにいるのだ。


目の前にいる鈴木園子嬢も、お金持ちお嬢に関わらず、人をバカにした所は見受けないし、数少ない種類の人間の1人であると言えそうだ。
そして、園子嬢の身代わりになったという、毛利蘭という少女。

お金持ちの園子嬢の歓心を得る為なんて打算で、そこまで出来る事はあり得ない。
このような状況で身代わりに攫われてしまうと、どんなに危険なのかは、薄々分かっている筈。


園子嬢の帽子とランドセルはなくなっていて、蘭ちゃんの帽子とランドセルが残っていた、そこに、「友達を助けようと身代わりになる積りだった」蘭ちゃんの作為を感じる。
園子嬢のランドセルを背負い帽子をかぶり、誘拐犯に相対したのだろう。
怖かっただろうに、純粋な友情と好意で園子嬢を助ける為に、そうしたのだ。


営利誘拐の場合、人質が助かる可能性は低い。
しかし、何としても助けたい、いや絶対に助けなければ、そう思った。

園子嬢の父親であり鈴木財閥の総帥である鈴木史朗氏は、体を張って園子嬢を守った蘭ちゃんを助ける為に、お金の出し惜しみをしようとはしなかった。
ただ、犯人の言いなりにお金を積んだ所で、人質が生きて帰って来ない可能性は高い。


「蘭・・・!」

真っ青になって拳を握り、唇を震わせているのは、毛利探偵と妃弁護士だ。
そうか・・・攫われた毛利蘭ちゃんは、あの夫婦の子どもなのか。

あの夫婦の為にも、友達の身代わりになって自ら捕らわれの身となった少女を、何としてでも、助けなければ。


幸い、鈴木史朗さんは、そこら辺は心得ていて、誘拐犯とのやり取りの時は真に迫った演技で「娘と会話させてくれ。お金は、娘が生きていると確証がない限り、渡さない」と、ギリギリまで時間稼ぎ出来るように、対応してくれた。

誘拐犯は、警察が鈴木邸に張っている事も、やり取りを聞いている事も、逆探知を行っている事も、全部了解しているだろう。
ただ、今の携帯電話は、固定電話と比べ、持ち主割り出しと位置特定には時間が掛かる。

電話に出た蘭ちゃんは、すごく聡明な子だった。
窓から見える限りの事を、冷静に電話で伝えて来た。


オレは地図を広げ、蘭ちゃんから得た情報を元に、蘭ちゃんが捕らわれている場所を特定した。



   ☆☆☆



月明かりの中で初めて見た蘭ちゃんは、すごく可愛くて。

初めて見た瞬間、文字通り、オレの胸は貫かれた。
縋りつくような目をしてオレを見たが、泣く事もせずに、グッと堪えていた。

何て子だろう!
話を聞いていた段階で、電話で声を聞いた段階で、想像はついていたけれど。
優しさと強さと冷静な判断力を併せ持つ、すごい子だと思った。

蘭ちゃんは、初対面のオレを、状況からすぐに信頼してくれて。
一緒に来た警察官に託すために、蘭ちゃんの体を、高窓から垂れている縄に括りつけた。

とにかく、蘭ちゃんの安全さえ確保してしまえば、あとは何とでもなる。

用を足し終わってすぐに戻って来た誘拐犯に、オレは相対した。
ナイフを振りかざし、投げて来たが、オレは身を屈めてやり過ごすと、犯人の手が届かない場所へと、それを素早く蹴り上げた。


「きゃあっ!」

ナイフが飛んだ先に、先ほど逃がした筈の蘭ちゃんが立っていて、その頬をナイフが掠めた時は、心臓が止まるかと思った。
オレは、犯人の存在を忘れ、蘭ちゃんに駆け寄る。

ナイフが掠めた頬から、僅かに血が滲んでいる。
大した怪我ではない。
ただ、女の子なのに、顔に傷が残ったりしなければ良いが。


犯人がバットを振り上げ、襲いかかって来る。
オレは蘭ちゃんを抱き込んで庇い、腕にバットを受けた。
痛みに顔をしかめる。
骨にヒビが入ったかもしれねえが、そんなの大した事ではない。


しかし、次の瞬間、警察官がなだれ込んで、犯人はお縄になった。



「怪我、させちまったな・・・」

女の子の顔に傷がつく結果になった事に胸痛めながら、そっと蘭ちゃんの頬を撫でる。

すると。
蘭ちゃんは、堪えていたものが堰を切ったように、オレに縋りついて泣き出していた。

オレの体を強い衝撃が突き抜ける。
華奢な体、だが、僅かに膨らみかけた胸の柔らかな感触・・・今迄に感じたことのない甘い感覚。

初めての、恋。

オレは、自分の心に湧き上がった感情が何なのか、正確に理解していた。
そして、自分の中に起こった激情の嵐を、今、目の前にいるまだ幼い少女に、ストレートにぶつけてはならないという事も。

オレは、目の前の少女を怯えさせないように、そっと優しく抱きしめた。


顔に怪我をさせちまったが、守れて、本当に良かったと思う。
取り敢えず蘭ちゃんを連れて帰ろう。

今は、兄のような信頼を得て、この先ゆっくり、蘭ちゃんとの絆を作って行けば良い。


そんな事を考えていると、突然、怒鳴り声がした。

「ゴルア〜〜〜!貴様、うちの娘に何をするかあ!早く離れろ〜〜!」

それは、蘭ちゃんの父親・毛利小五郎探偵の声。

いや、先に縋りついてきたのは、あんたの娘の方なんですけど。
なーんて言い訳は、絶対に許しそうにない、怒りに燃えた毛利探偵の顔が、そこにあった。

体を張って娘さんを助け、縋りついてきたのを優しく兄のように抱き締めた、その挙句、こんなに怒られるのは、理不尽と言えば理不尽なのだが。
自分自身の中に、ヨコシマな想いが確かにあり、それを「父親の勘」で見抜かれているのかと思うと、かなり怖かった。


毛利探偵に、半ば強引に引きはがされる。
蘭ちゃんが申し訳なさそうにこちらを見た。
ああ、やっぱり、優しい子だなあ。

「お前、何をにやけてる!?」
「えっ!?に、にやけてなんか・・・」
「嘘を付け!」
「おいおい、毛利君。蘭君を助けた恩人に向かって、それはないんじゃないかね?」

なおも噛みついてくる毛利探偵は、さすがにちょっと呆れたような顔の目暮警部から諌められていた。
まあさすがに、父親である毛利探偵以外は、オレが蘭ちゃんに向けているヨコシマな想いまでは見抜かれていないのだろう。


オレにとって生まれて初めての感情だったけれど、これがおそらく生涯ただ一度だけの恋になるだろうという予感があった。

まだ幼い少女、焦る必要はないが、他の男に奪われないように見守って行こう。
そして・・・オレはいずれ必ず、蘭ちゃん・・・蘭を、手に入れる。


そう誓ったオレ自身、まだ16歳の未熟な若造だった。



   ☆☆☆



それからオレは何度か、毛利探偵事務所を訪れたが。
毛利探偵はにべもなくオレを追い払い、蘭に会わせてはもらえなかった。

「オメー、何か勘違いしてねえか?蘭を助けてもらった事には感謝している。けど、探偵と依頼人との関係は、事件が解決したら終わりの筈だ。公私混同するんじゃねえ。帰った帰った!」
「・・・一目、無事な姿をこの目で確認したいだけです」
「親である俺が大丈夫っつってんだからよ。それで良いじゃねえか」

にべもない毛利探偵の態度に、恨みがましい想いがなかったと言えば、嘘になる。
けれど、もしオレにヨコシマな気持ちが全くなかったのなら、おそらく毛利探偵はここまで頑なな態度は取っていない。
探偵としては今一つ頼りないこの人が、父親としてはかなり大きな男なのだという事を、オレは思い知らされていた。


「あいつが、自分で自分の身を守れるようになって、自分の意志で男を見極められるようになるまでは、お前に限らず、どんな男も近付ける気はない」
「・・・それは、いつなんですか?」
「まあ、成人して・・・せめて18歳以上になってから、だろうな」
「だってじゃあ、クラスメート達は?」
「クラスメート?そりゃ、男というより、タダのガキだからな。まあ、毒にも薬にもならん。いずれオメーと同じ年頃になったらクソ生意気なエロガキになるかもしらんが、その頃には蘭も成長して男から身を守る術を心得てる、いや、心得させる」
「・・・・・・」
「オメーは、高校生探偵と持ち上げられて粋がっちゃいるが、オレに言わせれば、単にちょっと機転が利くだけの、ケツの青い、中途半端な若造だよ。蘭はまだ子どもだ、蘭を守るのは親である俺の役目だ。オメーの出る幕はねえよ」

オレは唇を噛んだ。
蘭はまだ、交友関係も親の管理下に置かれる位の子どもなのだ。
兄代わりのような存在として蘭と交流を深めたいと思っても、親からここまで拒絶されたのでは、どうにもならない。

「成人して仕事も持って、きちんと一人前の男になってから、出直して来るんだな」


帰る道々、オレは色々と考えていた。

初めて蘭と出会った夜から、オレは夢の中で幾度も蘭を抱いていた。
まだ幼い少女を相手に、夢の中のオレは・・・。

目が覚めるとオレは、自身の中にあるあさましい欲望に戦慄する。
誰よりも愛しく大切な存在を、オレの欲望で汚してしまう。
それもまたオレの一面なのだと、思い知らされる。


毛利探偵がどこまで見通しているかは分からないが、オレの蘭への下心を見抜いて、釘を刺している事だけは間違いない。

蘭のことが誰よりも愛しくて、すごくすごく大切なのに。
他ならぬこのオレが、あの子を傷付ける存在になってしまうのかもしれない。


蘭に会いたい。会いたい。
顔を見たい。

けれど、オレの中の嵐が強くなり荒れ狂う程、オレは怖くなった。自分自身が。



   ☆☆☆



家に帰ると、人がいる気配があった。
多分、母さんが突然帰国したんだろう。
連絡もなしに気紛れに帰って来るのはいつもの事だ。

「もう聞いてよ、新ちゃん!優作ったら、またワイシャツに口紅付けて帰って来たのよ!」

また、いつもの騒ぎか。
父さんが母さん以外眼中にない事位、オレにはよく分かっている。
浮気はぜってーねえのに、父さんも気の毒な。

「あら。私だって分かってるわよ、優作が私一途で、よそ見なんかしないって事位。口紅は、パーティでよろけた振りした女から、わざとつけられたに決まってる」
「はいはい、ご馳走様」
「ちょっと新ちゃん!真面目に聞いてよね!私が問題にしてるのは、優作を狙う女の悪巧みに優作が気付かず踊らされてる事なのよ!」
「あー・・・」

それは、多分、ねえと思う。

基本、男は鈍感な方だって事は、オレも認めるけど。
父さんの場合、女の怖さを知っているから、誘惑が上手く行かなかった時に逆恨みのように母さんに矛先が行くのを、止めてるんだと思う。

「多分、父さんは、母さんを守る積りなんだよ。女の矛先は女に向くからよ」
「・・・なっまいきー!新ちゃんったら、いつからそんなに女の事が解るようになったのよ!」
「母さんが色々教えてくれたんだろうが」

オレは溜息をつきながら言った。
ただ、母さんは父さんの「口紅」については、それなりに納得したのか、オレに悪態をつきながら、表情は機嫌が良いものに変わっていた。

ふと、母さんが怪訝そうな表情になる。


「新ちゃん・・・もしかして、あなた・・・」
「な、何だよ?」
「・・・もしかして、恋をした?」


オレが仰け反ったのは、当然の事だと理解して貰えるだろう。
毛利探偵がオレの気持ちに気付いたのは、愛娘を守ろうとする親心ゆえだろうが、母さんはオレと蘭が共にいるところを目撃した訳ではないのだ。

母親の洞察力というものは侮れないと、心底思った。

「新ちゃんの心を奪ったあっぱれな子を、見てみたいわあ」
「・・・母さん。オレ、アメリカに行こうと思う」
「え?ええっ!?新ちゃん!?まさか、日本にいるのに、アメリカに想い人ができたの!?あ、もしかして、日本に旅行に来てたとか?」
「違う。そういうんじゃねえんだ・・・オレは・・・」
「新ちゃん?何か、あったの?」
「父さん達の反対を押し切って、高校までは日本の学校に行くって言ってたのに、言を翻して、ごめん・・・」
「それは・・・別に構わないけど・・・」


日本にいるままだと、オレが大学を卒業するまで、最低でもあと7年かかる。
その頃、蘭は高校3年。
無理だ。そんなに時間は掛けてられねえ。
蘭は今でも超絶に可愛いんだ、年頃になったらどんなにか綺麗になるだろう。
ぜってー、周りの男たちがほおって置く筈がない。


アメリカに行って、スキップ制度を利用して、蘭が高校に入学する時までには大学を卒業し、帰国する。
できれば・・・蘭が中学から帝丹学園に入るように、手を打とう。
それが成功したら、阿笠博士に頼み込んで、オレは蘭の高校進学と同時に、帝丹高校の教師として赴任させてもらう。

あと、5年。
蘭から遠く離れた異国の地で、オレ自身の気持ちも、試される事になるだろう。
蘭を本当に愛し守る事ができるような、大人の男に成長したい。

まだ、愛や恋などとは無縁の少女が、5年の間に、もし、他の男のものとなっていたら・・・もしそうであっても、蘭を奪い取るべく努力するだけだ。


「新ちゃん?」
「母さん。ごめん。今はまだ、母さんにも言えない。けど、いつか必ず・・・」
「・・・仕方がないわねえ。でも、良いわ。新ちゃんが今からでもアメリカの高校に行くっていうなら、優作にも私にも異存はないわよ。親として、出来る限りの事はしてあげるから」


高校生探偵と持ち上げられていても、オレはまだ、親の庇護の元にあるガキでしかないのだと、改めて思い知る。


早く一人前になって、恋をするに十分な成長をした少女を、手に入れる。
その為にオレは、蘭から遠く離れたアメリカに行く決意を固めていた。



(2)に続く


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<後書き>

Sweet Pain本編が、蘭ちゃんの一人称でつづられているのに対し、こちら+(プラス)は、新一君一人称でつづって行きます。
本編と重なる部分も重ならない部分もあると思います。

内容が本編より先行する事はありません。
そして、本編以上に、不定期掲載になるかと思います。


2013年5月26日脱稿
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