恋を知って
byドミ
オレは、学生探偵:工藤新一。
高校生の時に、探偵としてデビューした。
サッカーと推理にしか興味がなく、全く女っ気がなかったオレが、初めて恋をしたのは、大学に入ってからだった。
毛利蘭。
探偵:毛利小五郎と、弁護士:妃英理のひとり娘。
高校時代から、毛利探偵に弁当を届けたりする彼女の姿を、見かけたことはあった。
けれど、ただ顔見知りなだけ(というかオレが一方的に見知っているだけ)、だった。
大学入学後、オレがミステリーサークルに入ると、何人もの女性がサークルに押しかけ、一時期は大混乱になり、オレは、元々のサークルメンバーから随分文句を言われたものだった。
けれど、事件現場で足手まといになる女性たちを容赦なく突き放していると、やがて、女性たちはサークルから去って行った。
オレは別に女嫌いではなかったが(……と思う)、どうせなら女の子がいた方がと思う訳でもなく、邪魔されるのは嫌だったし、サークルから女性たちが去って行ったときは、正直、ホッとしたものだった。
その波が落ち着いた頃、彼女、毛利さんがサークルに入って来た。
彼女は、オレに対してほとんど興味を持っていないというか、どちらかと言えば敵意を感じたので、今までの女子たちのように鬱陶しく思うことはなかったが、嫌われるのは理不尽な気がして、それはそれで面白くなかった。
ただ、彼女は事件に遭遇した時などに、誠実に協力してくれたし、実際に役立つことが多く、ありがたかった。
そして……何でか分からねーけど、毛利さんの態度は段々軟化し、好かれてまではいないものの、どうやら最初ほど嫌われてはいないらしいと感じるようになってきた。
そして、オレの探偵活動に積極的に協力してくれるようになった。
毛利さんは、人への優しさを持ち、真っ直ぐな気性だ。
人の痛みを自分のことのように感じて涙するお人好し。
そんな彼女だったから、事件解決に力を貸してくれるようになったらしい。
オレが「堕ちた」のは、彼女の笑顔を見た時。
今まで、美人は沢山見てきたが、心動かされることはなかった。
けれど、彼女の優しさに満ち溢れた笑顔を見た時、とても美しいと思い……そして、オレは堕ちた。
ただ。
彼女は、最初ほどオレを嫌っていない様子だったけれど、オレに友情以上の感情を持っているとはとても思えなくて。
生まれて初めて女性に恋をしたオレは、彼女に、上手く気持ちを伝えることができなくて。
サークル仲間としての範疇を一歩も出ない関係が、続いていた。
☆☆☆
「毛利さん。今度の日曜、付き合ってくんない?」
「はあ?何でわたしが工藤君と?」
「や、ちょっと……捜査のために鳥屋町公園に行くんだけどさ」
「あ、そう。行ってらっしゃい。頑張ってね」
毛利さんがオレに笑顔を向ける。
でも、その笑顔は、オレが彼女に堕ちた時の天使の笑顔とまったく違い、作り笑顔で棘があった。
「……カップルに化ける囮捜査だから、相手の女性が必要なんだよ」
そう言うと、彼女の顔がマジになった。
「もしかして、危険な捜査なの?」
「あ?ああ、まあ……」
実際に、カップルを狙う変質者を洗い出す捜査だから、危険と言えば言える。
ただ、今まで狙われたのは男の方ばかりなので、女が危険な目に遭う可能性は低い。
よほどヘタを打たなければ。
というようなことを、オレは説明する。
「ふうん。でもそういうのって、探偵じゃなくて警察官がやる事なんじゃない?」
「ああ。けど、警察の場合、どうしても、何というか、そういうにおいがしちまうのか、食いついて来ねえんだよな。だからオレにお鉢が回って来てよ」
「……わかった。付き合うわ」
「え!?マジ!?」
「ええ。だって、他のメンバーを危険にさらすわけには行かないでしょ」
毛利って……こういうヤツなんだよな。
他の女性を危険にさらす位なら、自分が盾になるって……。
オレに対しての好意や下心などではなく、他の女性を危険にさらさないために、囮捜査のためのデートを承諾する……。
マジ、好きだなー、毛利のこういうとこ。
ま、オレへの下心が全くねえってのは、切なくもあるけどな。
オレはと言えば、毛利さんを誘ったのは、下心ゆえかと言えば……自分でもよく分からない。
彼女が「信頼できる」から、パートナーを申し出たのは、紛れもない事実。
他の女だと、足を引っ張られる可能性があるし、それに……いざという時、自分で自分の身を守れないだろうと思う。
もちろん、毛利さんであれ他の誰かであれ、いざとなったら守る積りではいるけれど、パニックを起こされてしまうと、その女性もオレも危険になる。
実は、女性警官をパートナーにという話も、あるにはあった。
でも、なまじの女性警官の誰よりも、毛利さんの方がずっと信頼できる。
まあ、佐藤刑事クラスになると、いざという時の対応が素晴らしいのは分かっているので、話はまったく別だが……彼女は別の意味でパートナーにするのは難しい、というより恐ろしい。
佐藤刑事ファンクラブの捜査一課の面々が……。
ということで、毛利さんにパートナーを頼んだのだが……。
オレ自身が、任務を忘れそうになって困った。
ということを除けば、素晴らしいパートナーだった。
ベンチに座り、肩を抱き寄せると、彼女は一瞬身を固くしたけど、抗わなかった。
「ご、ごめん……」
思わず小声で謝る。
「あ、謝ること、ないでしょ。カップルに見えなきゃ、囮の意味、ないもの……」
彼女がオレの方を見る。
その顔が真っ赤になっていて……スゲー可愛いんだけど、無理させていると思うと、少し胸が痛む。
その唇が柔らかそうで、任務を忘れて触れたくなって、困る。
もっともさすがに、肩を抱き寄せるくらいならともかく、キスなんてやっちまった日には、彼女の鉄拳が飛んでくること間違いなしだ。
なんて事を考えていると、彼女の表情が変わった。
そして構えを取る。
そして毛利さんの攻撃がヒットした相手は、オレの背後から近づいてきた男、だった。
男は手にナイフを持っていたが、毛利さんの一撃でその場に昏倒した。
「す、すげえ……」
「……この人なの?」
「ああ、多分……」
すぐに近くで待機していた警察官が現れ、確保。
カップルの男ばかりを狙っていた男は、無事、お縄となった。
最初は、父親が元刑事とはいえ民間人である毛利さんを囮に使うことに懸念を示していた目暮警部も、毛利さんの大手柄にニコニコ顔だった。
「どうかね、今後も協力を……」
「ダメです」
即座に断ったのは、オレだ。
「正直、工藤君より、ずっと役に立つじゃないか」
「……オレは探偵であって、そもそも、犯人を倒すのが仕事じゃありません。もしこの先も警察が毛利さんを使おうというのなら、囮捜査で民間人を使ったことをリークしますが、良いですか?」
我ながら、目暮警部に対して、この時のオレは相当な悪人顔だっただろうと思う。
冗談じゃねえ。
オレの目の届かないところで毛利さんが使われてたまるもんか。
だいたい、今回ので後れを取ったのは、オレ以上に警察官の面々だろうに。
オレはあくまで探偵であって、武術の専門家じゃない。
囮捜査の依頼をされること自体が、間違いなのだ。
そこら辺のことは目暮警部も分かっているのだろう、渋々といった体で引き下がった。
この先、囮捜査があったとしても、引き受けるのはやめようと、オレは固く心に誓った。
☆☆☆
サークル室のドアが開く。
この可愛らしい足音は、彼女だ。
オレは、必死で何気なさを装いながら、振り返った。
「毛利。ちょうど良かった。付き合って欲しいところがあるんだけど」
「……いいけど。今度はどんな事件?」
「いや。映画のペアチケットが当たっちまってよ。誘える適当な相手がいなくて」
ペアチケット、本当は買ったものだが。
ここは、懸賞で当たったことにしておこう。
毛利が溜息をついた。
「工藤君だったら、喜んで付き合ってくれる女の子、いっぱい、いるんじゃない?」
「そうか?」
「そうよ!ファンレターとか、いっぱいもらってたでしょ!?」
「ん〜、けどなあ。よく知らねえ相手と一緒に映画に行っても……」
どうも、反応がいまいちだ。
「わたしは、嫌よ」
「えっ!?なんで?」
ハッキリ断られて、オレは焦った。
次の一手を思いつけない。
「だって!この前、囮捜査に協力したのを見られてて、工藤君ファンの女の子からすごく責められたんだから!」
何だと!?
オレのファンと言われてもすぐに心当たりがねえが、いったいどういう積りだ!?
にしても、オレの所為で毛利に不快な思いをさせたのは間違いねえので、ここは謝っておこう。
「……そ、そうだったのか……ごめん……」
「付き合ってもいない男のために、色々言われるなんて、ごめんだわね。工藤君もいい加減、女の子1人に絞ったらいいのに。だったら誰も何も言わなくなるんじゃない?」
「だったらさ、毛利。オレと付き合わねえ?」
思わず口を突いて出た言葉に、オレは自分でビックリした。
なんつーことを言うんだよ、オレ!?
そりゃ、付き合って欲しいのは、確かだけどよ!
んなこと言ったら、彼女がどんな目でオレを見ることか。
案の定、毛利は胡散臭げな顔でオレを見る。
「なんで?」
「何でって……オレとオメーが正式に恋人同士になれば、一緒に居たって何も言われなくなるんだろ?」
「そ、それは……でも……」
「囮捜査の時も、手伝ってもらう時も。恋人同士だったら、一緒にいて当たり前だから」
毛利は、ちょっと考える仕草をしていた。
「わかった。工藤君と、付き合うわ」
「えっ!?マジ!?」
超意外な答に、情けない事にオレは、ワタワタした。
毛利が柳眉を逆立てる。
「なに?工藤君、冗談だったの!?ひどくない!?」
オレは慌てて弁解する。
「いや、冗談なんかじゃねえけどさ!まさか、受けてもらえるとは思わなかったんだよ!」
「どうして?」
「だって……毛利がオレの事好きだなんて、思えねえから」
「それは工藤君だって一緒でしょ!」
「オレは……好きだよ、毛利のこと」
「ふうん」
「ちぇ。冷たい反応でやんの」
オレの「好き」は、華麗にスルーされた。
どうやら毛利は、オレの告白を本気にせず、軽く誘ってみた、と思ったらしい。
それが良かったのか悪かったのか。
「なんとなく。付き合ってもいいかなって思ったの」
「ふうん」
今度は、オレの方が「ふうん」と言う番だった。
もしかしたら、毛利は、恋人という存在が欲しくて、誰かと付き合ってみたくて。
でも、誰でもイイってワケじゃないから、踏み込めなくて。
そこに、オレがたまたま、声を掛けた……ってことなのか。
「工藤君のこと、好きかどうかなんて、まだ分からないけど」
「ちぇ。だろうと、思ったよ」
オレは、苦笑いするしかなかった。
「付き合ってみて、答出すんじゃ、ダメ?」
「……いいけど」
オレは、ゆっくりと毛利に近付いた。
まさか毛利も、お付き合いが「お手々繋いで」のレベルとは思っちゃいないだろう。
どういう積りでお付き合いにOKしたとしても、これぐらいは許されるよな?
「キスしてもいいか?」
「……っ……!」
毛利が息を呑んだ。
オレは顔を寄せ、頬に手を掛けた。
毛利が微かに震えている?
オレは、そっと毛利の唇に触れた。
初めて触れた唇は、柔らかく甘く……。
スゲー気持ち良くって、オレの官能を呼び覚ます。
けれど、これ以上は危険。
毛利に逃げられる恐れがある。
オレは、軽いキスにとどめて、毛利を解放した。
目が潤み唇が紅く濡れている毛利の顔に、理性が焼き切れそうだったが、何とか耐えた。
☆☆☆
毛利と一緒に、映画を見に行って。
オレは行く先々では何故か事件が起こる事が多く、デートしていても事件捜査に切り替わってしまう事はよくあったけど。
まあ、デートもして、事件解もして、あっというまに1週間が過ぎた。
デートをするようになって意外だったのは、毛利がよく笑うことだ。
彼女は、相手の歓心を引くために作り笑いをするタイプじゃねえし、本当に心から楽しんでくれているようだ。
まあもっとも、事件が起きてオレが事件解決に没頭していると、協力してくれるけれど、チクチクと文句も言っていた。
デートの途中で殺人事件が起き、デートが事件解決に切り替わる時は、「工藤君と一緒に居るとろくなことない!」って詰られる。
彼女は、殺人事件なんか、大嫌いらしい。
オレだって事件そのものが好きなわけじゃねえが。
彼女のそれは、本当にハッキリしている。
毛利は、優しく、同時に正義感が強い。
人が人を傷つけることが許せないようだ。
冤罪は絶対にダメという点では、毛利もオレも認識が共通しているし。
真犯人には、生きて罪を償ってもらわなければという認識も一致している。
だから、オレが事件を呼び寄せることに文句を言っても、事件を解決しようとするオレのことを邪魔しはしないし、むしろ協力してくれるし、それを理由にオレから離れたりもしない。
「工藤君って……本当に女扱いが下手だよね……」
毛利が溜息をついた。
「そ、そっか?」
「付き合っても、すぐ振られてたんじゃないの?」
「ははは」
オレは乾いた笑いを漏らす。
今まで女と付き合ったことはねえし、告白したこともねえから、振られた経験はないが……この分だと遠からず毛利から振られてしまうんだろうか。
毛利は、何故、オレと付き合ってくれて、悪態をつきながらも別れを言い出したりしねえんだろう?
デートの時は、意外と楽しそうにしてくれている。
でも、オレの話がホームズのことや事件のこととかばかりになると、ちくりと嫌味を言われることもある。
時々のキスは抵抗せず受け入れてくれるし、最近ではキスに反応するようになった。
もうそろそろ、毛利の全てを求めても良い頃だろうか?
ただ、心配なのは、童貞のオレが毛利を満足させられるかということだ。
キスだって、毛利としか経験がない。
今まで、機会が全くなかったワケじゃない。
けれどオレは、据え膳を食うことはしなかった。
何故なら、その後に責任を負えないからだ。
それなりのことをするなら、その後に責任を持つべきだと、オレは思っている。
そんなことをうっかり他のヤツの前で漏らそうものなら、「なんて古臭い考えのヤツ!」と引かれてしまうが……。
食うだけ食ってトンズラ、なんて、できるわけもない。
……というより。
人並みの欲望は多分ある(と思う)が、面倒な手順を踏んでその後に責任を負う覚悟を決めてまで、女を抱きたいと思うことはなかった。
で、結局、今まで「付き合いたい」と思う女性と出会うことがなかったため、オレは童貞のままだった。
毛利は、そんなオレが生まれて初めて「付き合いたい」「キスしたい」「抱きたい」と思った女性だ。
好きな女を目の前にして、今までと桁違いの欲望が膨れ上がるのを、オレは感じていた。
ただ、何せ全然経験がないことばかりだから、どうやったら女を……毛利を喜ばせられるのか、どう対応したら心地よく過ごしてくれるのか、全然、分からねえ。
かといって、他の女と色々経験しておけばよかったとも思えない。
心が籠らない相手を練習台にしても上手く行く筈なんてない。
というより、毛利は、あの真っ直ぐな心の持ち主は、そういう男のこと、軽蔑するだろう。
ひとつだけ、分かっていることがある。
毛利がオレの交際申込みに応じてくれたのは、オレの人間性をある程度は信頼してくれているからだろう、ということだ。
「工藤。お前、うまくやったらしいな」
「は?何のことだ?」
「毛利だよ。付き合ってるらしいじゃん?」
「ああ……まあな」
学友たちに、好奇心と羨望の混じった声を掛けられる。
「で?あれか?毛利ってスタイル良さそうだけど……筋肉質で触り心地は固いんじゃね?」
「んなこと、オメーに言うかよ、バーロ」
男同士だとすぐに話が下劣な方向に行っちまう。
オレらの歳で交際中となれば、あっちの関係もあると思われるのも当然のこと。
水を向けられてもオレは適当にいなしていた。
それは、毛利とはまだそんな関係になってないってこともあるが……たとえ一線を越えたとしても、ベッドでのことを正直に話して、毛利がこいつらのおかずにされてたまるかという気持ちもある。
中学高校時代サッカーのチームメイトでオレと付き合いの長い、中道や会沢は、オレのことをある程度知っている。
まあ、女とのことを色々話したりしたことはねえが……(というより、そもそも話す内容がなかったが)。
「工藤が女に興味持つとはなあ」
「は?」
「そうだよな。工藤って、表面上女に優しいし、もてまくってたけど、特定の女を作ったことなかったよなあ」
うちの大学のサッカー試合を応援に行った時、中道と会沢が両側からオレをはさんでからかって来た。
「お前、女に惚れたことないだろ?」
「そうそう。だから、ひょっとして、毛利が初恋か?」
「うっせえな」
付き合いが長いのも、善し悪しだ。
こいつらには、オレが今まで女性に興味を持ったことがないってことも、見抜かれている。
「毛利は憧れの女性だったけど、工藤なら仕方がない。譲るぜ」
「って、中道。毛利は、オレらには高嶺の花だろうが」
「はっはっは。まあ、悔しいが、工藤なら釣り合いが取れてるだろう。大事にしてやれよ」
……まあ、こいつらの友情には、感謝すべきだろうな。
「でまあ、さすがに、惚れた毛利相手なら、少しは優しくやってんだろうな?」
「前戯もろくにせずに出して終わりだと、いくら優しい毛利でも、堪忍袋の緒が切れるぞ?」
「今までは一方的に惚れてきた女が相手だからそれでも良かったろうけどよ、毛利のような上等な女は、ベッドで大事にしないと振られると思うぜ」
前言撤回。
付き合いの長いこいつらも、オレが童貞ということは見抜いていなかった。
っていうか、遊びで女と寝る男だと思われていたのは、何だか情けなかった。
☆☆☆
「蘭?おい、蘭!?聞いてんのか!?」
例によって、デートの筈が、事件でおじゃんになり。
事件解決の後、毛利と一緒に歩いていたのだが、毛利は上の空だった。
疲れたのか?呆れたのか?
オレは、反応が悪い毛利に焦れて、初めて、彼女を「蘭」と呼んだ。
「え!?工藤君、今、蘭……って呼んだ!?」
呼び捨てにされたことで、さすがに毛利は、意識をこっちに向けた。
「しゃあねえだろ!毛利って何回呼んでも、返事もしやしねえし!」
「あ……ご、ごめん……」
「で?どうする?メシ、食いそびれちまったけど……今からじゃ、居酒屋かファミレスしか……」
今日は一緒にご飯を食べる筈だったが、すぐ近くで殺人事件が起こってしまったために、結局、ご飯を食べそびれたのだった。
「でも、今からじゃ、帰るの遅くなっちゃうし……明日も朝から講義があるんでしょ?」
「だな。仕方ねえ、諦めるか」
オレが言うと、毛利はちょっとむくれた顔をした。
一体どうすりゃいいんだよと思ったが、黙っていた。
「ねえ。工藤君、送ってくれる気、あるんでしょ?」
「あ?ああ、もちろん」
すると、彼女が笑顔になった。
オレはその笑顔に見惚れる。
けれど、次の言葉に、オレは仰天した。
「じゃあ、うちでご飯食べてく?」
「毛利んちで?毛利探偵に怒られねえか?」
「今日は飲みに行ってるから、まだ帰ってこないと思う」
いや、それはまずいだろう!
おっちゃんがいないとなったら、なおさら、まずいだろう!
けれど、彼女は無邪気に言い放った。
「大丈夫。もしお父さんに会っても、何も言わせないから」
オレが、彼女に襲い掛かるような真似ができない甲斐性なしだと思っているのか。(実際その通りだが)
空手があるから、大丈夫と思っているのか。(まあ、確かに。空手技かけられたら、オレが負けそうだ……)
それとも、何も考えていないのか。(彼女の性格からして、意外とこれは、ありそうだった)
そしてオレは、初めて、毛利邸の中に招き入れられることになったのだった。
☆☆☆
オレは「お客様」ではないので、料理を手伝うことになったが、キュウリを切ったら繋がっているという、あまりの不器用さに、早々に彼女から呆れられた。
結局、包丁を使わない簡単な作業に回された。
「工藤君って、独り暮らしなのに、料理、してないの?」
「いや……一応、してるんだけどよ。簡単なものしか作らないというか……」
オレの両親は海外生活で、滅多に帰ってこない。
だから、家事は慣れてるんじゃないかと毛利は考えたらしいのだが、そうでもないことが露見してしまった。
「あ、あのよ……呆れたか?」
「ん〜、まあねえ。でも、わたしのお母さんだって、料理の味付けだけは破壊的だから……」
「妃弁護士かあ……バリバリのキャリアウーマンて感じで、家事は出来なさそうかも」
「んもう!他の家事は完璧なのよ!ただ料理だけが苦手なの!」
法曹界のクイーンの意外な裏話なんぞを聞き、軽口を叩きあいながらご飯を作る。
何だかそれが楽しい。
こいつを嫁さんにしたい。
まだ、お試しの付き合いで、深い仲にもなっていないのに、そんなことを考える。
メシはすげー美味かった。
彼女と結婚したら、毎日、この美味い飯が食えるんだなとか、そんな夢想をしてしまう。
2人で(いや、殆ど毛利1人でだが)作った一緒にメシを食って。。
一緒に後片付けをして。
スゲー楽しかったけど、後ろ髪引かれる思いだけど、もう遅い時刻だ。
帰らなければと思ってオレは立ち上がる。
「じゃ、オレ、そろそろ……」
「まだ、良いじゃない?」
「雷雨になりそうだから、今の内に帰るよ」
外は、ぽつぽつと雨が降り始めていた。
雷雨になる前に、と考えたのは事実だが、オレの欲望が徐々に膨れ上がって来ているのも感じていた。
早く帰らないと、やばい。
けれど、帰ろうとするオレの服の裾を、毛利に引っ張られた。
「毛利?」
「帰らないで……」
「けど……」
「お父さんは、今夜、帰ってこない」
「は?」
「わたし……雷、嫌いなの……」
「毛利……?」
「1人に、しないで……お願い……」
オレは、息を呑む。
これ……誘われてんのか?
誘われてんだよな?
慎ましい毛利が、何故その気になったのか。
よほど雷が嫌いで、父親も不在で、誰かに傍にいて欲しかったのだろう。
だがオレは……もう我慢しないことにした。
毛利の……蘭の気持ちがまだオレにないとしても、もう、逃す気はなかった。
☆☆☆
蘭を横抱きに抱え上げ、蘭の寝室へ入る。
蘭はぎゅっとオレにしがみ付いた。
少なくとも、嫌がってはいない。
蘭をベッドの上に下ろし、唇を塞ぐ。
キスは、初めてじゃない。
でも、今夜は容赦なく、蘭の口腔内に舌を侵入させ、かき回し、貪る。
蘭の唇を解放すると、蘭の目が潤み、唇は紅く……感じているのが分かった。
唇で、蘭の喉元をたどって行く。
同時に、蘭の胸の上に手を置いて、揉んだ。
スゲー柔らかくて、気持ちイイ。
「あ……っ!」
蘭が甘い声を上げる。
ずいぶん感じやすいようだ。
蘭が着ているのは、シンプルなワンピースタイプの部屋着。
女の服を脱がせるなんて初めてのことだから、複雑な構造の服じゃなくて正直助かった。
蘭の背中を探り、ファスナーを探し当て、引き下ろす。
ブラのホックも、外した。
蘭の胸をはだける。
オレは体を起こして、露わになった蘭の上半身を、じっくりと見詰めた。
やべー。
スゲー綺麗だ……。
オレのヨコシマな想いが伝わっちまったのか、蘭は胸を両手で隠してしまった。
オレは、蘭の手を両脇にどける。
「やだ……そんな、見ないで……」
「すげえ綺麗だ……思ってたより胸大きいんだな」
「お、思ってたよりって……!」
「オメー、結構、着痩せすんだな」
「そんな……あんっ!」
蘭の胸にじかに触れる。
すると、また、蘭の甘い声があがった。
オレは蘭の上に屈みこみ、胸の頂を口に含んだ。
そして夢中で吸う。
「あああん!」
蘭が高い声を上げる。
オレのは、昂ってはちきれそうになっていて、早く蘭の中に入りたいとうずうずしている。
震える手で、蘭の下半身の服を脱がせて行った。
オレは体を起こし、生まれたままの姿になった毛利を見た。
想像以上に綺麗な体に、オレは生唾を飲み込む。
蘭の膝の裏に手を入れ、両足を大きく広げた。
蘭が息を呑んだ。
「やあっ!こ、こんな……っ!」
ここまで来て、何を今更戸惑っているんだ?
蘭の方だってこんなに感じているのに。
「今更嫌だって言われても、無理だぜ?」
「ち、ちが……っ!だってこんな……っ!」
女のその場所は、医学書なんかで見たことはあるが、直接見るのは初めてだ。
紅く光り蜜をしたたらせて、スゲー綺麗だ。
オレは思わず、蘭のあそこに触れた。
「すげえ、濡れてんじゃん。感じやすいんだな……」
「……ッ!」
オレは屈みこむと、蘭のあそこに口を寄せ、舐め始めた。
蘭はビクビクと動き、甘い声を上げ続ける。
「んあッ……!はっ……ああんんっ!」
もう、これ以上、我慢できねえ。
オレはズボンのベルトを外し、一物を取り出すと、蘭の入り口に当てた。
「いくぜ、蘭」
そして入り口から入ろうとした瞬間、蘭の悲鳴が上がった。
充分ほぐした筈なのに、蘭のそこはすげー固くて狭くて、オレのは入口のところで突っかかったまま、中に入れないでいる。
「つうっ……ううっ!」
「蘭!?」
「……っ!」
「まさかオメー……初めてなのか!?」
オレは思わず動きを止める。
今夜、オレを誘ったのは蘭の方だったし、スゲー感じやすいようだから、まさか処女とは思わなかった。
どうしたら良いんだ!?
オレは頭が真っ白になっていた。
「そ、そんなこと……どっちでもイイでしょ!?」
「だけど……」
「早く終わらせて……お願い……」
そっか。
蘭は、もてただろうけど、男性との「交際」経験は、殆どないんだ。
中高生の頃お付き合いしてたとしても、男女の関係に至る前に終わっていたんだろう。
オレは身震いするほど感動した。
蘭が男慣れしているとは思わなかったが、まさか初めてだとは思わなかった。
蘭もそろそろ、経験したいと思っていたのかもしれない。
だから今夜、オレを受け入れようと思ったのだろう。
ただ、想像以上の痛みに「早く終わらせて」という言葉が出て来たのだろう。
「そうは行かねえ。初めてが、辛いだけの体験に終わっちまうのは……ちゃんと、やり直そう」
「えっ?」
オレは身を起こすと、シャツとズボンを脱ぎ始めた。
裸になって、改めて蘭を抱き締める。
蘭の表情は、ちょっと前まで扇情的だったのに、今は、苦痛のためなのか歪み、眦から涙が溢れていた。
その顔中に口付ける。
そして、蘭の全身をくまなく手と唇で愛撫して行った。
「蘭……」
「工藤君?」
「新一って呼んでよ」
「し、新一……」
必死で名前を呼んでくれる蘭が、とてもいじらしい。
オレは屈みこみ、涙を流している蘭の唇に口づけを落とした。
「愛してる……」
無意識の内に、その言葉がオレの口から出た。
彼女の耳にそれが届いているのかどうか。
オレは再び蘭の中に入った。
やはりまだ痛みがあるらしく、彼女の顔が苦痛にゆがんだけど、さっきよりスムーズに入って行った。
蘭の中……マジ、すげー気持ちイイ!
たまんねえ。
痛みに歪む蘭の顔、蘭の涙、そして繋がったところから流れ出る蘭の初めてのシルシ。
蘭の初めての男がオレであることが、スゲー嬉しい!
「蘭……全部、入ったぜ。分かるか?」
「よ、よく、わかんない……」
「そ、そっか……大丈夫か?」
「うん。大丈夫だよ」
「動くぞ?」
「う、うん……」
オレは腰を動かし始める。
最初は蘭を気遣ってゆっくり動いていたが、未経験のオレは余裕がなく、すぐに激しい動きに変わっちまった。
ベッドがギシギシと音を立てる。
最初は辛そうに顔をしかめていた蘭だったが、段々蘭の中にオレのが馴染んでくると、その表情も声も艶やかなものに変わって行く。
「あ……ああ……んんっ……」
「蘭……蘭……っ!」
オレは夢中で腰を振る。
「ああ……新一……わたし……わたし……っ……!」
蘭の中がオレをキュッと締め付け、その快感にオレはたまらず、蘭の中に精を放つ。
蘭は背中をそらしながらオレにしがみ付き、痙攣したように体がビクビクとなり、大きな声をあげて果てた。
そのまま、蘭は意識を失ってしまった。
オレが蘭の中から出ると、蘭が純潔を失った印の赤いものが、オレが注いだ体液に交じって溢れだしていた。
蘭の初めてをもらったのが、スゲー嬉しい。
そして……これから先、蘭を誰にも渡す気はない。
生涯、こいつを独り占めしたい。
蘭は、恋をしたことがないのかもしれない。
いや、おそらくそうだろう。
蘭に、恋を知って欲しい。
オレに対して、恋する気持ちを持ってほしい。
体は手に入れても、心は手に入れていない。
オレは、蘭の体だけが欲しいんじゃない。
蘭の身も心も、オレのモノにしたいんだ。
この先、回数を重ねて体が馴染んで来たら、蘭の心も傾いてくるかもしれない。
何度も抱いて、蘭を気持ちよくさせて行けば、あるいは……。
オレは蘭のそこを綺麗に拭うと、蘭を抱き締めて横になった。
☆☆☆
いつの間にかオレも、うとうとしていたようで、目が覚めたらもう朝だった。
隣の温もりに、昨夜のことが夢ではなかったと、歓喜に震えた。
あどけない天使の寝顔。
彼女を「女」にしたのは、このオレだ。
綺麗で柔らかくて抱き心地が良い裸体。
オレだけの……。
蘭の長いまつげが震え、ゆっくりと目が開く。
「おはよう、蘭」
「お、おはよう……くど……しんいち……」
蘭が恥ずかしそうに微笑む。
きちんと昨夜のことを認識して、受け入れてくれている。
「ありがとう、蘭」
自然とその言葉が、口から出た。
「えっ?ありがとうって、なにそれ?」
「いや……何となく……」
「わ、わたしは別に……新一にバージンを捧げたんじゃないからね!た、ただ、そろそろロストバージンしたかったし……昨夜は、雷で、1人でいたくなかったから……だから……」
「ああ。わーってる。でも、オレは、蘭を抱けて、嬉しかったから……」
そうか。
蘭は、やっぱり、「そろそろ恋人を」とか「そろそろロストバージンを」とか、考えていたんだな。
でも、オレを愛してくれている訳ではなくても、その相手にオレを選んでくれたことは、とても嬉しかった。
オレは蘭に口付け、そのまま、蘭の全身を愛撫し始めた。
「あ……っ……」
「蘭……もう一度……」
オレの愛撫を既に知っている体は、オレに触れられると反応してしまうようだ。
そしてオレは再び、蘭の中に入った。
昨日よりはスムーズだったが、蘭の顔に少し苦痛の色が浮かぶ。
「んんっ!」
「ごめん。痛いか?」
「少し……でも、大丈夫……」
オレは腰を動かし始めた。
蘭が絶頂に達するのは、昨日より早かった。
「あっあっ……ああーーーッ!!」
「蘭……蘭……ッ!!」
蘭が背中を逸らして果てると同時に、オレは蘭の中に熱を放った。
オレは大きく息をつくと、少し余韻を楽しみ、蘭の中から出て行った。
蘭のあそこから、ドロリと流れ出るものがある。
オレと蘭の体液が混じったものだ。
「蘭」
「ん?なに?」
オレが、次の言葉を言おうとする前に、玄関がガチャリと開く音がして、オレは蘭を抱き締めたまま固まってしまった。
蘭の父親・毛利探偵が、帰って来たのだ!
めちゃくちゃ焦った。
スゲー焦った。
こんな現場に踏み込まれたら、毛利探偵は生涯許してくれないかもしれない。
しかし、徹マンの後だからだろう、毛利探偵は何も気づかなかったようで、トイレに寄った後、そのまま部屋に戻って寝てしまったようだった。
大きなイビキが聞こえてきて、オレ達はホッと息をつく。
それから蘭もオレも何も言わず……まあ、毛利探偵が起きるとは思えなかったけれど、声も音もたてないようにして、服を身に着け、蘭の部屋に持って来ていたオレの靴を持って玄関に行き、そのまま別れた。
☆☆☆
オレは、コンビニで避妊具を購入すると、そのまま大学に向かった。
蘭はまじめだし、間違いなく講義に出るだろう。
法学部のオレと文学部英文科の蘭とでは、専門部に進学した後、講義での接点が殆どない。
サークルだけが、2人を繋ぐものだった。
午後の講義が終わった後、オレは急いでサークル室に向かった。
多分、蘭は、サークル室に来るだろうと思う。
足音が聞こえ、ドアの前で止まったので、オレはドアの前まで行って待った。
ドアを開けた蘭は、驚いた顔をする。
オレは、ドアを閉めると、内鍵をかけた。
「えっ?鍵かけたら、他のメンバーが……」
オレは、言いかけた蘭を抱きすくめ、唇を奪った。
「どうせ、誰も来ねえよ……」
「で、でも……んんっ!」
抗議の声を上げようとする蘭の唇をもう一度深く塞ぐ。
蘭は腰の力が抜けて、オレにしがみ付いて来た。
オレは蘭を抱え上げると、ソファーの上におろし、圧し掛かった。
「ちょ、ちょっと待って!こんなところで……!」
「両隣のサークル室は体育系だから、誰もいねえよ……」
そのまま、蘭の服を脱がす。
蘭は抵抗しなかった。
スムーズにオレを受け入れた。
もう、痛みはあまり感じていないようだ。
あられもない声を上げて身悶えする。
昨日の今日で、もうかなりオレに馴染んできているようだ。
オレは夢中で蘭を貪りながら、心のどこかで冷静に考えていた。
初めてのセックスの快楽に蘭が夢中になっている間に、蘭を完全にオレのモノにしてしまいたい。
蘭が歓喜の声を上げるのと同時に、オレは呻き声を出して果てた。
ことが終わった後、オレは蘭の中から出て……避妊具を始末した。
蘭が目を見開いてその様子を見る。
きっと、「彼はいつの間にあんなものを準備していたのだろう?」とでも思っているんだろうな。
オレは、蘭を抱き締めて、言った。
「蘭。結婚しよう」
「えっ!?何で!?」
唐突なプロポーズに、蘭は驚いていた。
「毎晩、好きなだけ、蘭を抱きたいから」
「……」
蘭は、言葉に詰まっているようだった。
たぶん、くだらない「理由」に呆れているんだろう。
ただ、オレが「愛しているから」と言っても、蘭は信じないだろうし。
「責任とる」なんて言った日には、反発されそうだ。
「も、もしもの時は、そうして」
「ん?やっぱ、危険日だったか?」
「違う。違うけど、絶対は、ないから……」
「ああ。そうだな」
昨夜は何の準備もしていなかったから、思いっ切り、二度も中出ししてしまった。
安全日なんて、当てにならない。
妊娠の可能性は、ある。
彼女は、もし子どもが出来た場合、堕胎するなど考えもしていないようだ。
そして子どものためには、父親が必要だと考えているのだろう。
愛情深い彼女らしく、まだ形にもなっていない子どもに、すでに母性愛が芽生えているのかもしれない。
「でも、子どもが出来てなかったら、今すぐ結婚して縛られるのは、嫌」
「そ、そっか……」
まあ、そうだろうな。
まだ学生だし……恋人が欲しいというだけで付き合っているだけの男と、結婚を考えたりなんてしないだろう。
オレは、蘭が妊娠していれば良いがと、密かに祈っていた。
そうすれば、子どものために、子どもに父親を与えるために、オレと結婚してくれるだろう。
そして、心配なことがひとつ。
蘭が快楽を覚えるのは、オレ限定ではないだろう。
ロストバージンの痛みはすぐに癒えて、男と交わることに抵抗は無くなるだろう。
オレは思わず念を押していた。
「でも……他の男と、こんなことすんなよ?」
「そりゃ、一応、付き合っている間は、浮気する気はないわよ。新一も、他の女の人とこんなことしないでね」
「ああ。わーってる」
オレは苦笑して、また蘭に口付けた。
そしてそのまま、また、蘭を求める。
オレに触れられながら、蘭は今まで見たことのない妖艶な顔を見せる。
知り始めたばかりの快楽に溺れて行ったのは、オレだけではなく蘭の方もであるらしかった。
☆☆☆
それからのオレは、タガが外れちまって、機会さえあれば蘭を求めた。
そして蘭も、オレが求めたら嫌がらずに応えてくれた。
体が馴染んで来ると、蘭もすごく気持ち良くなってきている様子だった。
オレに抱かれている間、蘭は他の誰にも見せたことはないだろう女の顔をしている。
けれど、蘭が「オレのモノ」であるのは、オレの腕の中でだけで、ことが終わればもう蘭は、清純無垢な天使に戻る。
いつまでも、心は手に入らない。
だからオレは余計に、蘭を求め続けた。
今は「付き合っている」という形があるから、蘭は他の男と一線を越えようとはしないだろう。
けれど、蘭の心を縛り付けておけるわけではないから、いつどうなるか、分からない。
あまり求め過ぎると蘭は嫌気がさして見切りをつけられるかもしれないと、思わないでもなかったが。
蘭がオレから離れて行くかもしれない不安で、オレは蘭を求め続けずにはいられなかった。
たまに蘭がオレの家に泊まることもあるけど、関係を持つのはサークル室が多い。
オレの家だと、周りも時間も気にしなくていいので、すごく楽だけど、蘭は実家暮らし、毛利探偵がいるので、毎日お泊りという訳には行かない。
ほどなく、蘭に月のものが訪れた。
子どもはできていなかった。
正直、すっげー残念だった。
子どもが出来ていれば、蘭を完全にオレのモノにできたのにと、思わずにはいられなかった。
ことの最中、オレはいつも蘭の耳元で「愛してる」と囁く。
時には、「結婚しよう」という言葉も、口を突いて出る。
普段、言えない本音が、ベッドの中では出てしまう。
けれど、蘭に本気にされていないのは、分かっていた。
蘭と会える時間が取れたら、デートをするよりセックスをする。
蘭がオレなしでいられなくなるように。
蘭がオレに対して「恋を知って」もらえるように。
そんな風にして、数か月の時が過ぎた。
☆☆☆
夏の長期休暇を迎えようという頃、オレは、事件がらみで知り合ったFBI捜査官から、アメリカに来て手伝って欲しいと頼まれた。
オレは、逡巡したが……。
元々、オレ自身が大きく関わっていた事件と関連があることだったため、結局、その話を受けることにした。
オレは蘭に告げた。
「しばらく、アメリカに行かなきゃいけない」
「アメリカ?何で?」
「FBIの手伝いを頼まれて」
蘭が大きく目を見開いた。
「し、しばらくって、どのくらい?」
「3ヶ月か……半年くらいになるかも」
「えっ!?じゃ、大学はどうするの!?休学!?」
「留学扱いで行けるよう、手続きした」
「……!」
蘭が俯いた。
「そ、そう。じゃあ、仕方がないわね」
「蘭……」
オレは、何を期待していたんだろう?
行くなと言って欲しかったのか?
寂しいと泣いて欲しかったのか?
蘭がオレと付き合っているとしても、それは形だけのことで、気持ちはないことは、分かっていた筈だったのに。
「待っててくれるか?」
「……そんなの、分かんないわ。体が寂しかったら、他の相手を作るかも」
「蘭……!」
「それが嫌なら、行かなきゃ良いじゃない」
そうか。
蘭は、遠距離になってもオレとの恋人関係を続けるつもりはないのか。
オレがアメリカに行くということは、蘭とは一旦別れないといけないということなのか。
「……じゃあ、行くのを止める」
「は!?ふざけないで!新一って、そんな無責任な人だったの!?」
「じゃあ、どうすれば良いんだ!?」
「どうすればって、わたしに聞かないで!」
アメリカに長期間にわたって行くことは、「オレが」決めたこと。
蘭に、期待するのは、間違いだ。
そうと分かっていても、オレはやり切れなかった。
蘭に、待ってて欲しかった。
「待っている」と言って欲しかった。
いや、むしろ……「一緒に行く」と言って欲しかった……。
今更アメリカ行きを撤回しても、蘭はオレから離れて行くだろう。
どうしようもない。
この数か月の付き合いで、蘭がオレに恋をすることがなかったのだから……蘭の心を手に入れられなかったのだから、仕方がない……。
色々言い合って、喧嘩のような形で、蘭は帰って行った。
それからしばらく気まずかったが、アメリカに行く直前、オレは蘭をデートに誘った。
電話口で、蘭の声の調子はなんとなく不機嫌そうだったが、オレがアメリカに行く前だから、きちんと別れを言おうと思ったのか、一応デートに応じてくれることになった。
オレは、とにかく女性が喜びそうなことを必死で考え、水族館→映画→食事というデートコースを提案した。
映画も、女性に評判が良いらしい恋愛映画をセレクトした。
そして、一週間ぶりに会った蘭は、笑顔を見せてくれて、とても綺麗で可愛くて、胸がキュンとなるのを感じた。
ただ、悲しい事に。
オレは外を歩くと、事件を呼ぶ……というか、事件に呼び寄せられるので。
久し振りのデートはやはりというか何というか……しょっぱなの水族館で、殺人事件に当たってしまった。
蘭は、色々悪態をついていたが、それでも事件解決には協力してくれた。
で、映画は見そびれ、食事は居酒屋になり……そしてオレは蘭を家まで送って行った。
最後……かもしれないのに、散々なデートになっちまったが。
それでもオレは、アメリカに行く前のひとときを、蘭と一緒にいられて嬉しかった。
「蘭……」
「待つ気は、ないからね」
「ああ。待たなくて良い。他に男を作ってても……帰ってきたら、またオメーを奪い返すだけ」
自分の口から出てきた言葉に、自分で驚く。
蘭が他の男を選んだとしても、オレは、蘭以外愛せない。
だから……自信はなかったが、帰ってきたら、もう一度蘭と……というのは、オレの本音だった。
オレは蘭を階段下の暗がりで抱きしめ、口付けをして、去って行った。
☆☆☆
アメリカに行ってからは、多忙を極めた。
まあ、忙しい方が気が紛れて、良かったともいえる。
高校生の時、事件で知り合ったジョディ・スターリングFBI捜査官が、気遣わしげにオレを見て言った。
「クールガイ。大丈夫なの?」
「ジョディさん、オレがどうかしましたか?」
「何だか昔と違うわね。大人になったというより、凄味が出て、危うい感じよ」
「ポーカーフェイスができずジョディに見抜かれてしまうようでは、まだまだ坊やだな」
赤井秀一FBI捜査官から、からかい交じりの声を掛けられた。
3年前と今との違い。
それは、「蘭に出会った」ことだ。
「恋を知った」ことだ。
オレは、クールで沈着冷静と、周りからは思われていたし、そう思わせるだけのポーカーフェイスを身に着けている自信はあった。
けれど、今のオレは、それができない。
自分の今の状態が、蘭との「別れ」によるものだという自覚はあった。
こんな遠くにまで来ても、やはり心は蘭の元にある。
蘭の心にオレはなくても、オレの心は全て蘭のものだ。
蘭にはマメにメールを入れた。
驚いたことに、蘭からのレスボンスはいつも早くに来た。
蘭は、アルバイトや、空手の練習で、結構忙しくしているらしい。
メールの様子だと、新たな男ができた様子はないので、ホッとした。
あれだけセックスしまくっていたから、オレがいなくなると本当に「体が寂しくて」次の男を作るんじゃねえかと心配だったが、それは杞憂だったようだ。
オレは、蘭を思いながら、自身の熱を放出する。
もちろん、自慰行為で満足できるわけじゃない。
けれど、他の女とどうこうなる気はねえから、仕方がない。
蘭は、どうやっているんだろうな?
女だから性欲は男のような「排泄欲求」じゃないから、なきゃないでも構わねえんだろうか?
女も自分で自分を慰めることがあると聞くが……。
蘭は、そういうことをやるだろうか?
それとも……。
今のところ、他の男に縋りついている訳ではなさそうだが。
そんなこんなで悶々とした多忙な生活を送っていたある日、訪ねてきた母親から怒鳴られちまった。
「新ちゃん。あなた、どんな生活してるの!?ちゃんと食べてる?寝てる?まるっきり生気がないわ。魚の腐ったような目をして……死相が漂ってるわよ!」
「……うっせえな。ちゃんと食べてるし、寝てるよ」
「新一!」
母さんから「新一」と呼ばれるときは、母さんが真剣に怒っているときだ。
自分でも自覚があった。
蘭不足でオレの生気は果てしなく不足してしまっているのだ。
けれど……。
今の任務を放り出して蘭の元に帰れば、蘭から軽蔑されてしまうだけだ。
とにかく請け負った仕事だけはきちんとやり遂げなければ。
そして、大手を振って蘭の元に帰るんだ。
蘭を再び……いや、今度こそ、手に入れるために。
母さんに根掘り葉掘り聞かれて、オレは結局、蘭のことを喋っちまった。
呆れられるかと思ったが……。
「女っ気がないと思ってた新ちゃんだけど、やっと、春が来たのね」
何か妙にウキウキした調子で言われちまった。
「春が来た……って言えるかどうか……」
「その、蘭ちゃんを、こっちに呼べば良いじゃない」
「は?そんなこと、できっかよ」
「大学は、夏休みでしょ?簡単じゃない」
「んなこと言っても、蘭はバイトもあるし……」
「あら。行動する前から四の五の言うなんて、新ちゃんらしくないわね」
「……」
オレらしくない?そうだろうか?
「新ちゃん……本当にその子のことが、好きなのね……」
「母さん……」
「でも、選ぶのは、蘭ちゃんでしょ。だったらまず、来てくれって頼んでみたら良いじゃない」
次の朝7時(日本時間では夜の8時)、オレはドキドキしながら蘭に「電話」を掛けた。
『新一!?大丈夫なの!?そっちは今、朝の6時でしょ!?』
「いやあ。サマータイムだから、今、こっちは7時だな」
『そ、そう。で、なに?』
蘭の素っ気ない言葉に、気持ちが萎えそうになるのを、何とか奮い立たせて、オレは言った。
「あのさ。時間が取れるなら、ちょっとこっちに遊びに来ないか?」
『簡単に言うけどね!』
「飛行機のチケット代金はこっちで払うから。泊まる場所も、心配要らねえし」
『え……だって……お金出してもらう義理なんか……』
「あるよ。オレが、蘭に会いたいから」
『……!』
蘭が息を呑むのが聞こえた。
オレは、茶化すように言葉を加えた。
「禁欲生活もそろそろ限界」
案の定、蘭が呆れたように返してくる。
『なによ!だったら、そっちで相手作れば良いでしょ!?わたしに遠慮なんかする必要ないし!』
「んなこと言ってもなあ。蘭以外の女だと勃たねえし」
『何バカなことを……!』
「蘭以外の女は抱きたくない」
本音が出た。
蘭が信じているかどうかは、分からない。
けれど。
蘭に会いたくて会いたくて会いたくて。
本当に限界だったのは事実で。
それがなんとか通じたのか、蘭は結局、こちらに来てくれることになった。
☆☆☆
しかし。
それからオレは更に多忙になり、せっかく蘭が来てくれるその日、オレは迎えに行くこともできなかった。
渋々母親に蘭のことを頼み、オレはFBIメンバーと合流して活動を行った。
「今日のクールガイは、昔みたいな感じね」
「いや。昔とは違う。ポーカーフェイスの笑顔じゃなくて、にやけてるぞ」
「なにか、良い事があったの?」
「ノーコメントとさせていただきます」
英語日本語入り混じって、ジョディさん赤井さんと会話する。
赤井さんはグリーンカードを取得しているが国籍は日本、日本語と英語が同等にできる。
ジョディさんは生粋のアメリカ人だが、日本語が非常に堪能だ。
オレも英語は得意なので、会話に不自由はしない。
3人の会話は、状況により日本語になったり英語になったりする。
しかし。
蘭にまだ会えていないが、蘭が今日こちらに来るというだけで、オレの心は弾んでいるようだ。
ジョディさんと赤井さんには、いつもと違うと見抜かれてしまっていた。
ハハハ、オレも、まだまだだな。
けれど、心弾んでしまうのはどうしようもなかった。
☆☆☆
夜中、ようやく任務がひと段落して、オレは蘭が泊まっているホテルの部屋に向かった。
蘭は、もう寝ていた。
その姿を見て、オレの胸はキューンと締め付けられる。
触れても、イイよな?
蘭は、オレに会いに来てくれたんだから……。
今のオレたちは、付き合っているとも言い難く、宙ぶらりんの関係だが、来てくれたということは、触れても良いのだろうと、勝手に解釈する。
蘭の唇に唇を重ね、服をはだけ、その肌に触れる。
「あ……ん……」
目覚めないまま、蘭は反応して声を漏らす。
胸の飾りを口に含むと、つんと固く立ち上がった。
「らん……」
蘭の耳元で、名前を呼ぶ。
すると。
「しんいち……」
蘭は半分夢うつつのまま、オレの名を呼び、オレの首に手を回してきた。
夢うつつでも、ちゃんとオレの名を呼んで反応してくれたことが、スゲー嬉しかった。
オレはたまらず、蘭の唇を深く塞ぎ、舌を侵入させた。
息があがった蘭は、ハッキリと覚醒した。
蘭の頬を、涙が一筋、流れ落ちた。
いったい、何の涙なのだろう?
けれど蘭は、オレを拒絶することなく、オレの首に手を回したままだった。
「蘭。最初に謝っとく。すまん」
「え?な、何を……?」
「余裕ない。手加減できねえ」
「えっ!?ああっ!」
オレは蘭の胸の頂を口に含み、強く吸った。
同時に、もう片方の乳房を手で揉む。
オレが蘭の体中を愛撫していくと、蘭の甘い声が上がり、蘭の入り口からは蜜が滴り落ちる。
蘭の腰が自然と揺れている。
蘭がオレの愛撫に感じてくれている。
オレが蘭の中に入ろうとすると、蘭の入り口は狭く、十分愛撫を施した筈なのに、まだ固かった。
一気に蘭の奥まで突き入れる。
蘭が一瞬苦痛の声を漏らした。
こいつ……色々言ってたけど、どうやらオレと離れている間、他の男を受け入れてはいなかったようだ。
その事実に、オレは歓喜した。
優しくしたかったが無理だった。
オレは激しく蘭の中を突き上げる。
やべえ。
スゲー、気持ちイイ。
そして蘭も……最初の苦痛の声はすぐに落ち着き、甘い声を上げ始めた。
ぐちゅぐちゅと、粘着質の水音と、体がぶつかる音が響き渡り、ベッドがギシギシと鳴る。
蘭が高い声を上げ背を反らせて果て、オレのモノをキュッと締め付け……その気持ち良さに、オレは呻き声をあげ蘭の中に熱を放った。
1回放ったくらいじゃ、収まらなくて。
蘭の中にとどまったまま腰を揺らすと、オレのモノはすぐにまた力を取り戻した。
そしてまた、蘭の中をかき回す。
「あ……や……ま、待って、新一……!」
「ダメ。待てない。止まれない」
「そ、そんな……ああん!」
繋がったまま、立て続けに3回、蘭の中に欲望と熱を放った。
3度目の正直で、ようやくオレは蘭を解放した。
蘭の中から、オレと蘭の体液が混じり合って滴り落ちる。
オレは蘭を抱き締めると、顔中に口付けた。
「蘭……結局、他の男とは、やらなかったんだな……」
「え!?な、なんで、そんなこと、分かるの!?」
「いや、何となく……」
何となくも何も。
蘭の体が処女返りしていたからなあ。
でもそれは、言わないでおく。
「し、仕方ないじゃない。さすがに、誰でもイイってワケじゃないし……その気になれる相手が、いなかったんだもん……」
「じゃ。少なくともオレは……蘭にとって、その気になれる相手、ってことか?」
蘭は、不承不承といった体で、頷いた。
「よかった……」
「な、何よ!?わ、わたしは別に……!」
「ああ。わーってるよ。蘭は別に、オレにぞっこんってワケじゃない。その位のことは……」
蘭が目を見開いた。
「オレは、蘭を独り占めしたい」
「えっ?」
「他の男に、蘭を渡したくない。蘭のこの綺麗な体を見せたくないし、触れさせたくない。だから……蘭と結婚したい」
「……」
蘭の表情が読めない。
ただ、本気にされていない事だけは、分かった。
オレは蘭に深く口付けた。
そしてまた、オレたちは、快楽の海に溺れて行った。
何度も蘭を求め、何度も蘭の中に放ち、ようやくオレは蘭の横に身を横たえた。
「……いくら久しぶりだからって……」
「蘭?」
「こんな……わたし、壊れちゃいそう……」
「ごめん」
「これから数日これじゃ、身がもたないわ」
「蘭。オレもう、行かなきゃならないから……」
「えっ!?」
蘭が目を見開いた。
「オレの仕事は今大詰めで、本当は取れない時間を無理やり取って来た」
「……だったら、わたしを呼んだりしなきゃ良かったじゃない……!」
「オレの方が、蘭に会えなくて限界だったんだよ……」
「……」
そう。オレは限界だった。
蘭に会いたくて会いたくて会いたくて。
限界だったんだ……。
ようやく会って満たされたものの、また、離れなければならない。
「しばらく、また会えない」
「……」
「蘭が帰国する前に、また、会いに来てえけど……もしかして、無理かも……」
蘭は、勝手な奴と怒っているだろうな。
やがて身を起こし、身支度して去るオレを、蘭は黙って見送っていた。
それから本当に忙しく、蘭に会えない日が続いたが……蘭が同じアメリカにいるというだけで、オレの心は随分落ち着いていた。
母さんが蘭を気遣って、観光だ観劇だショッピングだと連れまわしているようだった。
☆☆☆
ブロードウェイの劇場に、オレはジョディ捜査官と入り込んだ。
カップルを装うため、ジョディさんはオレの腕に手を回す。
もちろん、目的は観劇ではなく、劇場の近くで敵を迎え撃つのだ。
ところが、会場でオレは、蘭と母さんが連れ立っている姿を見てしまった。
まじぃな。
囮捜査でこの劇場にいることを、母さんに伝えておけばよかった。
母さんはオレに気付いただろうけど、蘭は、どうだろう?
何も気づかなければ良いが……気付いても、オレの方に来ることはねえだろう。
まあ、「忙しい筈なのに他の女性とデートなんて!」と、完全にあいそつかされてしまう可能性はあるが……。
とにかく気持ちを切り替え、オレはジョディさんと共に会場を出て、組織の残党が取引する予定の場所へ向かった。
「新一!」
聞き慣れた声に、オレは焦って振り返った。
まさか蘭が追ってくるとは思わなかった。
やべえ!
蘭がこちらに駆け寄ってくる!
「来るな!蘭!」
オレが叫ぶと、蘭は、状況が分かった訳ではないだろうが、足を止めた。
途端に銃声が響いた。
ジョディ捜査官が拳銃を構え、撃つ。
オレも拳銃を取り出し構えながら、蘭の様子をうかがった。
蘭は取り敢えずその場に身を伏せ、少しずつ、邪魔にならなそうな物陰へと移動していた。
蘭がきちんと状況判断をして、身を守る行動を取ってくれていることに、オレはホッとした。
そして、敵がいる方に狙いを定める。
銃撃戦がひと段落したところで、突然、蘭の隠れている方角から物音と呻き声が聞こえ、オレは慌ててそちらに目を向けた。
見ると、蘭の傍で大男が2人昏倒していた。
蘭がオレの方に駆け寄って来た。
「すげえじゃん。腕に覚えがある大男2人を一瞬で倒すなんて、やるな」
「こちらに気付いてなかったから、たまたまよ」
蘭に怪我がなくて良かったと、ホッとしたのもつかの間、別の方角から撃鉄が上がるかすかな音が聞こえた。
オレは焦って蘭を引き倒した。
ほぼ同時に、銃声が鳴った。
わき腹に衝撃を受ける。
「ぐ……っ!」
防弾チョッキを着ているが、衝撃は小さくない。
オレは思わずその場に倒れ込んだ。
蘭の悲鳴が上がる。
大丈夫だと言いたいが、言えない。
また銃声が響き、蘭がオレの上に覆いかぶさった。
オレは焦った。
蘭は防弾チョッキを着ていない。
蘭の方が危ない!
しかし、蘭にも他の誰にも銃弾が当たった様子はなく、赤井さんの声が聞こえた。
どうやら、直近の銃声は、赤井さんのライフルだったようだ。
「ジョディ。お前がついていながら、何てザマだ。敵が全員倒れたことを確認するまで気を許すな」
「シュウ、ごめんなさい」
「あ、あの!新一を病院に……!」
「蘭。大丈夫だから心配すんな」
オレが声を出すと、蘭が飛び起きた。
「いてて」
「新一!?怪我は!?弾が当たったんじゃないの!?」
「大丈夫。防弾チョッキは身に着けてたから、無傷じゃねえけど深手は負ってねえ」
「よ、良かった〜」
蘭がヘナヘナとその場に座り込んだ。
蘭に怪我をさせることはなかったものの……危険な目に遭わせ、怖い思いをさせてしまった。
オレは、座り込んだ蘭を見ながら、ある決意を固めていた。
☆☆☆
病院に行ったが、オレの怪我は大したことなく、一晩だけで帰されることとなった。
アメリカの病院は基本的に、入院は滅多にさせない。
けれどそこは、FBIの力で、一晩の入院と検査をもぎ取った。
蘭は、ジョディ捜査官に連れられて見舞いに来た。
すごく辛そうな顔をしている。
蘭は、優しいからな……オレのことを本当に心配してくれているのだろう。
気を利かせたのか、ジョディさんが病室を出て行った。
「新一……」
蘭が声を掛けてくる。
オレは、決意を固めて、言葉を出した。
「蘭。別れよう」
「えっ……!?」
この言葉を言うのは、辛かった。
蘭の顔をまともに見ることもできない。
「な、何で!?」
「また、こんなことがあるかもしれない」
「わ、わたしが……新一の邪魔をしたから?あ、足手まとい、だったから……?」
「そう思ってもらっても、構わねえよ」
オレは敢えて、蘭に冷たい言葉を投げつけた。
すまない、蘭。
こんなところまで来させて、その挙句、蘭を巻き込んで……今、こんな冷たい事を言うオレのことは……まあ、大して好きでもなかっただろうから、早く忘れて、もっとまともな男を捕まえてくれ。
「わ、わたし……わたし……バカみたい……こんなところまで……」
ああ。
本当に……バカだよオレは……。
蘭をこんなところまで来させて、危ねー目に遭わせて……。
「や、やっぱり、新一の『好き』とか『愛してる』とかって、軽口だったんだね……わ、わたしは……」
「蘭に四の五の言われる筋合いはねーだろ?だってオメーは……」
蘭の方を見て、オレは驚いた。
蘭の目に涙がいっぱいにたまっている。
そして、切なそうな表情。
「蘭?オメー……?」
「わ、分かった!もういい、サヨナラ!」
言い捨てて蘭は、病室を駆け出して行った。
やばい!
今の、うち萎れた蘭が、ニューヨークの街中をうろついたら、大変なことになっちまう!
オレは慌てて飛び起きて、蘭の後を追った。
元々、大事を取って一晩入院していただけで、傷が少し痛む程度で、大したことはなかった。
蘭が病院を出てすぐ、オレは追いつき、蘭の腕を掴んだ。
蘭が振り返る。
涙でいっぱいになった目を見開いた。
「し、新一……?」
「オメーな!怪我人を走らせるな!」
「だ、だって、追っかけて来なけりゃ良かったじゃない!」
「方向音痴のオメーがアメリカで迷子になったら、あぶねーだろうが!」
「ほうっておいてよ、わたしのことなんか!」
「放っておけるか!本当に面倒くさい女だな、オメーはよ!」
「だから!面倒くさいなら……!」
「ったく!オメーは最大級の、厄介な難事件だっつーの!」
オレはとにかく必死だった。
蘭をここで離したらやばい。
それしか考えていなかった。
蘭が顔をくしゃくしゃにして、涙が溢れて来たのを見て焦ったが、それでも手は放さなかった。
「わ、わたし、わたし……」
「あん?」
「新一が撃たれたって思った時、わたしの心臓がぎゅっと掴まれたみたいに苦しくて……」
「……蘭?」
「い、今更だけど……やっと自覚したの……新一のことが好きだって……」
「蘭……」
思いがけない告白に、オレが蘭の腕を掴んでいた力が抜けた。
蘭はもう、逃げなかった。
そして、オレに向き直った。
「だ、だから……別れたくない……別れるなんて、言わないで……迷惑かけないようにするから……だから……」
「バーロ。オレが別れようって言ったのは、迷惑だからとかじゃねえよ。オメーをまた危険にさらしてしまうかもしれねえから……」
「新一……でも、わたしは……!」
なおも言い募ろうとする蘭を、オレはしっかり抱きしめた。
蘭の手がおずおずとオレの背に回る。
「でも、オメーがオレのことを好きだって言ってくれるなら、オレはもう、遠慮はしねえ」
そしてオレは、蘭の唇を塞いだ。
☆☆☆
その晩。
オレは、久し振りに蘭を抱いた。
「蘭。愛してるよ」
「新一。わたしもよ」
愛の言葉を囁いたら、愛の言葉が返ってくる。何て幸せな事だろう。
「いつから、オレのことを好きになってくれてたんだ?」
「ん〜。よく分かんない。でも多分……最初に会った頃からかなあ」
「は?あの頃は、オメー、オレのこと、嫌ってたろ?」
「嫌ってたんじゃなくて……惹かれ始めてたから、反発してしまってたんだと思う……」
なんだ。
蘭は、いわゆるツンデレだったのか。
「そういう新一は、いつからよ?」
「オレも、出会って間もない頃からだな。オレは、好きだって自覚、あったけどよ」
「新一に、好きとか愛してるとか言われても、軽口だって思ってた……」
「そんな可愛くないことを言うのは、この口か!?塞いでやる!」
そしてオレは蘭の口を塞ぎ……そしてまた愛の営みを開始したのだった。
お互いの気持ちを確認しあった今、何度蘭の中に放っても、まだ足りなかった。
「だってわたし……初恋……だったんだもの……」
「蘭?」
「何もかも、初めてで……どうしたらいいか、分からなくて……ファーストキスも、新一だったんだよ……」
「そっか。奇遇だな。オレも、初恋で……ファーストキスも、童貞捨てたのも、相手は蘭、お前だよ」
「えええっ!?ウソ―!?」
「ウソなもんか」
「新一のことだから、経験した女の数は、両手で足りないくらいだと思ってた……」
オレはガックリと肩を落とす。
どうして、どいつもこいつも、オレを女ったらしの遊び人だと思うんだよ!?
「オレは……好きな女にしか、こんなことしない。オレは……蘭に堕ちた時、ハッキリ自覚があったけどな」
「うん。信じるよ、新一」
「本当に?」
「……わたし……ずっと新一に冷たかったのは、嫉妬してたのかもしれない……」
マジか。
今となっては、笑い話だが。
蘭は、オレが色々な女と愛をかわしていると勝手に推察して、オレに冷たかったのか。
けれど今は、蘭の身も心も、オレのモノだ。
いくども愛を確かめ合った後、オレは言った。
「日本に帰ったら……結婚、しないか?」
「うん。わたしを、新一のお嫁さんにして」
今までと違い、打てば響くように返ってきた。
最高に幸せな夜だった。
☆☆☆
蘭が帰国してから間もなく、オレも帰国した。
蘭はオレへの気持ちを「自覚」してから、ずいぶんとオレへの態度が変化していた。
結婚したいという2人の意志は、スッカリ固まっていた。
オレの両親は、2人のことを祝福してくれたが、毛利の両親は難しいだろうなと思った。
オレは毛利のおっちゃんのところに、結婚の挨拶に行った。
最初の内は、けんもほろろに断られた。
まあ、当然の反応だろうと思っていたので、気長に構える積りだったのだが。
なんと、蘭が妊娠していた。
オレも迂闊な事に、ニューヨークでは避妊せずやりまくっていたことを、今更のように思い出したのだった。
子どもが出来たことで蘭の両親は渋々折れたが、その代り2人から背負い投げを食らってしまった。
すぐに結婚式を挙げたが、子どもが生まれたのが早かったので、周囲からは「デキ婚」と散々言われまくった。
一応オレは、親しい人に「デキ婚」と言われた時は、
「バーロ。結婚決めたあとに妊娠が分かったんだから、デキ婚じゃねえ!」
って言い訳したが。
2人の中で結婚を決めたのは妊娠が分かる前だったけど、蘭の両親が折れたのは妊娠が分かったからで……。
これも、デキ婚の一種になるんだろうか……。
「園子からね、『新一君、蘭があまりにもつれないもんだから、わざと仕込んだんじゃないの?』って言われちゃったのよ」
と言われた時は、本当に狼狽してしまった。
最初に蘭を抱いた時、「もしこれで蘭が妊娠していれば結婚できる、蘭を手に入れられる」と、夢想していたことは確かだが。
ニューヨークで避妊しなかったときは、そこまで考えていた訳じゃない。
ただ。
子どもが出来ていたと知った時は、驚いたが本当に嬉しかった。
蘭は、妊娠を伝えて来たとき、頬を染めながら言ったのだった。
「今更だけどね。わたし……新一の子どもだったら、宿ったら嬉しい、産みたいって思ってたから、新一に抱かれたの。他の男の人の子どもを宿したいなんて思わないわ」
蘭のお腹に宿ったのは、欲望の結果ではなく、紛れもなく2人の「愛の結晶」なのだ。
蘭のお腹が目立つ前に慌てて式を挙げ、大事を取って新婚旅行にも行けなかったが、それでも最高に幸せだった。
オレは、蘭が恋を知らないと思い、オレへの恋を知って欲しいと思っていたが。
蘭はいつからかオレに恋をしていて、ただ、その自覚がなかっただけ、だった。
Fin.
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<後書き>
このお話は。
蘭ちゃんに恋の自覚がなかったお話「恋を知らない」の、新一サイドのお話です。
「恋を知らない」を難産だったと書きましたが、こっちの方が更に難産でした。
書き始めてから半年以上だよ、はっはっは。
2017年10月21日脱稿戻る時はブラウザの「戻る」で。