Office love
byドミ
(4)鉛色の空の向こうへ
「ジャーン!この間女子社員の間でとった、イケメン社員アンケート結果でーす!何と何と、我が課の本堂瑛祐君が、3位にランクイン!」
「えええっ!?」
その場に、意外そうな声があがる。
蘭は、仕事の手を休めないまま、そういえばそんなアンケートが回って来てたっけと、ちらりと思う。
蘭自身は、結局、白紙のまま出した記憶がある。
「瑛祐君がランクインって……ビックリ!」
「そうねえ。あんまり、イケメンって感じじゃ、ないよねえ」
「まあ分かるよ。だって、わが社の他の男子社員って、中年かブサ面ばっかだし……」
「何のかんの言って、瑛祐君って、顔は、可愛いもんね」
「どっちかって言えば、女の子みたいな印象だけどさ。アンケートに答える時、そう言えば顔は良い方だって、評価が出て来たんじゃない?」
「そ、そんなあ。そこまでこき下ろさなくても……」
女子社員達の遠慮のないもの言いに、瑛祐は滝涙を流しながら言った。
「まあまあ、ごめんねえ、瑛祐君。君はどうしても、あんまり男の人って感じが、しないから」
「ううう……酷いですよう。僕は女性が好きな健全な男なのに……見た目だけで、何故かやおいの受けキャラと誤解されまくるんですう」
どうやら、瑛祐は見かけの所為で色々と、辛い想いも経験したようだ。
蘭にしてみても、どうしても瑛祐は女友達と同じような感覚であったから、「女性が好き」という言葉が意外に感じてしまっていた。
蘭は、瑛祐が好きな女性ってどんな人だろうと、一瞬だけ考えた。
すぐに気持ちは、仕事の方に切り替わったけれど。
「で?第2位と第1位は?」
「そりゃ、想像つくでしょ?」
「まあね。関心は、どっちが1位に来るかって位かな?」
「では、発表します!僅差でしたが、第1位は社長の工藤新一さん、第2位は副社長の服部平次さんで〜す!」
大方の予想通りの結果。
けれど、蘭の胸はドキンと鳴る。
新一は、他の皆も認める、「イケメン」男なのだ。
「あ!社長が第1位は、納得です!あの人は、本当にすごいですから!」
「……瑛祐君。アンタ、女性が好きだって、たった今、言わなかった?」
「社長は別ですよ!彼は、男も惚れる男ですから!」
「やーん、瑛祐君、アンタやっぱり、怪しい〜」
「違いますって!そんなんじゃないですよ〜」
蘭が見るところ。
副社長の服部平次は、なまじの相手に従うようには見えなかったが、新一に対しては心底惚れ込んでいるような様子であった。
蘭は女であるから分からないが。
新一には、男に惚れさせる何か、があるものらしい。
「精悍で男らしいって事では、副社長の方が上よね〜」
「うん、社長って、イケメンって言っても、どっちかと言えば童顔だし」
「だけどさ。仕事の事になると、目がこう……すごく鋭くなって……」
「うんうん、分かる分かる!こう、キューンとしちゃうよねえ!」
「でも、藤峰家って、何か凄い名家らしいしさあ。手が届く存在なのは、副社長の服部さんの方、よねえ。庶民とは言えないけど、そこまでかしこまった家じゃないらしいし」
「でも、副社長には、同郷の許婚(いいなずけ)がいるんでしょ?」
「うんうん、すごく綺麗な人らしいよね。副社長、何のかんの言って、彼女にはぞっこんで、他の女には目もくれないって話だし」
「あー、残念!」
「その点、社長は独り身らしいけど……」
「誰が迫っても、愛人にすらなれそうもない、鉄の男、だもんねえ」
蘭は、背中で聞き耳を立てながら、心中、青くなったり赤くなったりしていた。
新一は、基本的に、女性には優しいと思う。
好意とは無関係に、騎士道的に女性に優しくする事が、身についているようだ。
が、仕事の時は、男女関係なく、厳しい姿勢を取っている。
声を荒げたり怒鳴ったりネチネチ言ったりする事はないが、相手におもねる事も機嫌を取る事もしない。
とりわけ、仕事上で自分の「女」を武器にしようとする女性には、かなり厳しい対応を取る。
彼が藤峰一族である事を隠して主任という立場にあった時から、職場の女性達からは、もてながらも、同時に敬遠されていた。
新一は、前から、蘭の事を好ましく思っていたような事を言っていたが。
蘭は決して、自分の想いを口にする気はなかったから。
あの雪の日、新一と一夜を共にするという出来事がなければ、二人が今、付き合う事も、同棲する事も、なかったに違いないと思う。
それが、良かったのか悪かったのか。
蘭には見当がつかない。
後悔はしていない。
たとえ、この先の苦しみが大きくなるだろう事が、分かっていても。
新一に抱かれた事も、一緒に暮らしている事も、後悔はしない。
ただ、最近、何となく。
今の関係に終わりが近いような、恐ろしさを感じていた。
いつかは、終わると、覚悟しているけれど、それが少しでも遠くであって欲しいと、蘭は思う。
「毛利君、この書類、社長室に届けてくれないか?」
「すみません課長、今手が離せなくて……」
「えー?急ぎなのに、困るよー」
「こっちも急ぎなんです!」
蘭は、「じゃあ自分で行けば?」という言葉を呑みこんで、答えた。
蘭以外の者達も、それぞれに仕事を抱えている。
一番暇そうなのは、課長だったのだ。
「あ。じゃあ、僕、行って来ます!」
瑛祐が立ち上がった。
「瑛祐君、妙に嬉々としてない?」
「やっぱり、怪しいよねえ」
「えー!?いくら女の子みたいな顔してるからって、まさか!」
仕事の手を休めないまま、他の者達が瑛祐をからかう。
そんな中、瑛祐は社長室へと向かっていた。
☆☆☆
社長室へ向かう瑛祐の心中は、複雑だった。
誰も気付いてくれないが、瑛祐は、蘭への想いを抱えている。
蘭は、瑛祐の思い付きを本気で取り上げて、自分自身徹夜になってでも、一緒に頑張ってくれた。
それは、瑛祐への特別な好意などではなく、蘭の優しさと、仕事に真剣に取り組んでいるからである事は、分かっていたが。
瑛祐は、新人の戯言とも言える思い付きに、真剣に向き合ってくれた事が、嬉しかったのだ。
けれど、本気で惚れたからこそ、逆に気付いてしまった。
蘭と、社長である工藤新一との、関係に。
けれど、工藤新一は、瑛祐も認める「男」であったから。
蘭が幸せなら、それで良いと、認めて諦めている。
瑛祐が社長室を訪れた時。
珍しく、秘書が席を外していた。
直接、社長のいる部屋をノックしようとして、中での会話が聞こえ。
瑛祐は思わず、聞き耳を立ててしまっていた。
「工藤、内田産業の御令嬢との縁談が持ちあがっとるそうやな」
「服部。どこから、そんな話、聞いて来るんだよ?」
声と呼び名から言って、会話しているのは、社長の工藤新一と、副社長の服部平次らしい。
「こら工藤。オレが副社長いうんは、飾りもんちゃうで」
「……今はまだ。結婚する気はない」
「ま、30頃までは、そないな事も言うてられるやろな。けど自分、同居の姉ちゃんは、どないする気なんや?」
「……どうする、とは?」
「責任取る気は、あらへんのか?」
「……責任を感じる必要はないと、思っている」
「何や、冷たいんやなー。ただの性欲処理の相手か?」
「んなんじゃねーよ!」
瑛祐は思わず聞き耳を立ててしまっていたが。
新一の携帯に電話が掛かって来たようで、新一と平次の会話は中断した。
瑛祐は、ちょうど戻って来た秘書に書類を渡し、早々にその場を立ち去った。
もしも、その時、電話が掛かって来なかったら。
もしも、その時、秘書が戻って来なかったら。
瑛祐が、新一と平次の話を、もう少し後まで聞いていたら。
その後の展開は、全く違ったものになっていただろう。
しかし、それはあくまで、結果論である。
☆☆☆
「で?政略結婚の後は、あの姉ちゃんはポイ捨てか?それとも、別宅で愛人として囲うんか?」
電話を切った新一を、平次が見据えて、言葉をかける。
「……さっきの話の続きかよ。オメーも、しつけーな」
「工藤。オレは、お前のプライベートに嘴挟むんは本意やあらへんけど。オレを引き抜いて副社長に据えたんは、お前や。結婚ともなると、仕事と無関係やあらへんし、そこは曖昧にでけへん」
新一は、大きく息を吐き出すと、目の前にある冷めたコーヒーを口に運んだ。
「工藤?」
「母さんは、父さんと恋に落ちて。藤峰の全てを捨てて、父さんの元へと行った」
「ほお、そら、情熱的やな。せやから、自分、藤峰姓やあらへんのやな?」
「そういう事。オレがこの会社の経営を引き継ぐと決めた時、じいさんと約束したのは、オレのやり方と結婚相手には嘴を挟ませない事だった。それが無理なら、オレはこの会社を去り、オレの道を選ぶと。で、じいさんは妥協した。その約束は今も生きてる。内田産業の令嬢との縁談があったのは事実だが、約束を盾に断ったよ」
新一は、自嘲的な笑いを漏らし、平次を真っ直ぐに見据えて、言った。
「結婚は……彼女の方こそ、望んでない」
「ほえ?」
「彼女は……ワーカホリックではあっても、玉の輿に乗ろうという野心はない。藤峰の家に縛られるのも、まっぴらだろう……彼女は、どこまでも自由だ……オレは……彼女の手足をもいで、籠に閉じ込めるマネは、出来ない……」
「工藤……」
「片思いなのは、オレの方だよ。蘭は事あるごとに、いつでも、オレから逃げ出そうとしている……逃げられない為にオレは……蘭の自由を奪うようなマネはしまいと……」
「その本音、いっぺん、姉ちゃんにぶつけたらええやないか」
「それは……!」
「その上で、選ぶんは姉ちゃんの方や。工藤1人で勝手に決めつけんと……姉ちゃんと二人で考えたらええやん。恋人同士なんやから」
新一が目を伏せる。
「……分かっている。分かっているが……オレは……蘭の出す答が怖い。社長夫人になる位なら、上流とのお付き合いがある位なら、別れると言われたら、オレは……!」
「お前が、そないに臆病とは、知らへんかったで」
「ああ。オレも、自分がこんなに臆病だとは、思ってなかったよ」
「それだけ、本気や、いう事やな。わかった、もう何も言わへん」
「服部?」
「二人ともまだ若いんやから、焦る事あらへん、ゆっくり、答を探したらええ」
「……ああ。そうだな……」
新一は、少しだけ、吹っ切れた表情をしていた。
「前社長は、父さんとオレを会社に入れる事を諦めていたじいさんが、目をかけて引き抜いた人だった。それを疑わずに精進していれば良かったものを……」
「工藤?」
「オレは……藤峰一族として、この会社を経営する為ではなく、社会人修行としてこの会社に入っただけだったのに。オレに後を継がせる積りだと疑心暗鬼に陥って、自陣営を固めて、じいさんに反旗を翻そうとした」
「せやったな。二人で起業する筈が、予定が狂うてもうた」
「こうなっちまったからには、仕方がない。前社長が引きいれた人材は、使えるヤツと無能で何も出来ないヤツは残し、危険因子は排除した。オレは、藤峰グループを背負って生きていくしかない。服部にも、迷惑をかける……」
「今更、何言うてるんや、オレとお前の仲やないか」
「仕事は、嫌いじゃない。やり甲斐がある。けど……」
新一が、ふっと目を細めて、空を見た。
「まあ、何やな。仕事より、女の方が、ずっと難しいで」
「……違いない」
「けど、最後は、心意気や。勢いや」
「心意気?勢い?」
「せや。女に理屈は、要らんで。ゴチャゴチャ言い始めたら、上の口と下の口を塞いだったらええんや」
新一は赤くなって、平次の足をゲシッと蹴った。
☆☆☆
その日。
仕事が割合早くに引けた蘭は、久し振りに、同僚達と飲みに行った。
カウンター席で、瑛祐が隣に座っている。
「今日、社長室で、面白い話を聞き付けちゃいましたよ」
「こらこら。仕事上の秘密を立ち聞きしちゃダメでしょ」
「いや、僕が聞いたのは、プライベートな事だったんです。社長、女の影がないと思っていたのに、ちゃっかりと、自宅に女性を囲っていたんですね」
「え……?」
蘭は、自分が工藤邸に住んでいる事を瑛祐に勘付かれたのかと、青くなった。
「そ、それは……!」
「社長が囲う位だから、イイ女なんでしょうねえ。見てみたいなあ」
瑛祐の言葉に。
蘭は、新一達の会話に固有名詞は出ていなかったのだと、安堵する。
見てみたいって?
今、目の前にいるわよ。
イイ女かどうかは別として。
そう、心の中でつぶやく。
「だけど、社長は、それはそれ。結婚は別だって、考えているみたいですね」
「えっ……?そ、そうなの?」
蘭の喉元に、何かがつかえ。
蘭は、かろうじて笑顔を作り、声を絞り出した。
「内田産業の御令嬢と、縁談も持ち上がっているようですし。同棲している彼女に対して、責任を感じる必要はないと、言ってました」
「……!!」
蘭の世界から。
色彩が剥がれ落ちた。
足元がぐらりと崩れる。
喉に何かがつかえ、こみ上げて来るものがある。
「……責任を感じる必要はない……」
「そうですよ。僕は……社長がそんなに冷たい人間だとは、思いませんでした」
「……」
蘭は、新一に「責任を取って欲しい」と思っている訳ではない。
けれど、新一の「責任を感じる必要はない」という言葉は、蘭との事は遊びだという意味だと、その時の蘭は捉えてしまっていたのだった。
「大丈夫ですか?毛利先輩?」
「ら……らいりょうぶ……」
店を出た蘭は、呂律が回らず、足取りもフラフラとしていた。
瑛祐から聞いてしまった話で、ついつい、飲み過ぎてしまった自覚はあった。
全然大丈夫じゃないと、自分でも分かっているが。
大丈夫だと言うしかない。
「良かったら僕、送りましょうか?」
蘭は首をブンブンと横に振る。
蘭が住んでいるのは、新一の家。
瑛祐に送らせて、それを知られる訳にはいかない。
「らいじょうぶ。一人で帰れるから」
蘭は、手を振って歩きだした。
「あ!駅まで、送ります!」
瑛祐が慌てて蘭を追う。
「本堂く〜ん。送り狼にならないようにね〜」
「そんなんじゃないですよ〜!もー、どうしてこんな時だけ、男扱いすんですか!」
一緒に飲みに行ったメンバーがからかうように声をかけ。
瑛祐は思わず赤くなって怒鳴ったけれど。
蘭が先に千鳥足で駅に向かうのを見て、慌てて後を追った。
「毛利さん!」
瑛祐が思わず手を貸そうとするのを、蘭はパシッと振り払った。
「らいじょーぶだって、言ったでしょ?」
「全然、大丈夫じゃないですよ!」
「でも、ダメ!」
蘭が、ふらつきながらも、瑛祐を真っ直ぐ見据えて、言った。
「わたしに触って良いのは、彼だけなんだから!」
「毛利さん……」
瑛祐は、切なくなる。
工藤新一社長は、男も惚れる男。
だから、蘭が幸せならそれで良いと、思っていたのに。
蘭の方は、ここまで操を立てているのに、新一の方は、蘭を「愛人扱い」する積りなのだと思うと、たまらない。
「蘭さん、僕は……!」
瑛祐が思わず、告白の言葉を口に乗せようとすると。
蘭はにっこり笑って、素早く身を翻し、改札の向こうに消えた。
「送ってくれて、ありがとう。じゃあ、またね」
もしも、蘭が自分を選んでくれたなら。
蘭1人を守って、絶対、悲しませないのに。
けれど、蘭の心は瑛祐にはなく、瑛祐がどんなに蘭を愛し守ろうとしても、役者不足である事は分かり切っていた。
瑛祐はため息をついて、蘭を見送った。
☆☆☆
「蘭」
降りた駅の改札を出ると、そこに見覚えのある車が止まっていて、その前に新一が立っていた。
「新一?な、何でここに?」
「オレも今、会議が終わって帰るところで。オメーがそろそろ帰って来るんじゃねえかと思って、待ってた」
蘭は思わず、新一から背を向けて駆けだそうとしたが、足がもつれてしまう。
「は、離して!」
「おい。んなに酔っぱらってんのに、ここから家まで、どうやって帰る積りだ!?」
駅から工藤邸までは、歩いて5分位の距離だが、今日の蘭では、1時間かかっても辿り着けないかもしれない。
有無を言わさず、車に押し込められてしまう。
車の中では新一が、蘭の肩を抱き抱えるようにしていた。
新一のぬくもりが、嬉しくも辛い。
『新一と結婚出来るなんて、そんな夢を見ていた訳じゃない。期待なんかしてなかった。でも……それでも、新一に取ってわたしはやっぱり、一時の慰み者だったってハッキリわかってしまうと……辛い……っ!』
家に着くと、新一に抱きかかえられてそのまま寝室に連れ込まれた。
「あ……や……新一……っ!」
蘭は僅かに抗う素振りを見せるが、すぐに陥落する。
「どこが嫌なんだ?ほら、ここも、ここも……喜んでオレを受け容れてるぜ?」
「そ、そんなっ……ああん!」
蘭の着ているものははぎ取られてベッド脇に落とされて行く。
新一が蘭の首筋に唇を寄せて吸う。
「あ……やあん!痕がついちゃう……!」
「良いじゃねえか。オメーはオレのもんだ。他の男にはぜってー、触らせねえから」
「ん……ああっ!」
一緒に住んで。
一緒の寝台で寝て。
ほぼ毎晩のようにセックスする。
夫婦同然の生活。
『でも、夫婦じゃない。婚約者ですら、ない。決して表に出る事のない、愛人同然の恋人……』
愛する男性に、一番奥深いところを突き上げられて、体は悦んでも、心は冷めていく。
蘭の世界は、色彩を失って鉛色のままだ。
どんよりと、重く垂れこめた、雨雲に覆われている。
晴れる日が来る事など、あるのだろうか?
『いつか終わりが来る事を覚悟しているなんて、嘘よ……今だけでも良いなんて、嘘よ……終わりが来て欲しくない。ずっと……ずっと……でも、でも、新一は……いつか、藤峰一族に、社長夫人に、ふさわしい女性と……』
蘭の心は傷付き、血を流し続ける。
☆☆☆
「山田が事故で骨折だとよ!」
「ぎええ!この忙しい時期に!」
「幸い、命に別状はないが、1ヶ月の病休だと」
「仕方がない。みんなで、山田の分の仕事、分担してくれ」
「課長、そんな事を言っても、皆、自分の仕事で手いっぱいですよ!」
「はい。わたし、山田君の分、全部やります」
毛利蘭の発言に、その場にいる皆がしんとなる。
「あ〜、しかし、毛利。お前はただでさえ、他の者より沢山仕事を抱えていて……」
「構いません。彼の仕事、外国との取引も多かったですよね。英語でやり取りする事が必要な事も多いですし、割り振るのも困難だと思います」
「分かった。じゃあ、毛利、頼む」
同僚達は、自分達に仕事が回って来なかった事にホッとすると同時に、蘭を遠巻きに見ていた。
「何か、最近の蘭、鬼気迫るものがあるよね」
「前から仕事熱心だったけど、最近どうして、あそこまで仕事の鬼になっちゃったかな」
同期入社で蘭と親しかった筈のゆかりも、何となく蘭と距離を感じるようになって来ていた。
蘭が心優しく頼れる同僚であるのは、変わりない。
しかし、最近の蘭は、まるで自分を苛めるかのように仕事に打ち込んでいて、声をかけづらいのである。
夜遅くまで仕事をして、朝早くに出社する。
土日すらも、出社する事がある。
帰るのは、工藤邸。
けれど。
新一と同じ寝床に寝ながら、気を失うようにように眠り込んでしまい、新一と情を交わす事もない夜が増えていた。
ある朝、蘭は珍しく、新一より後に目覚めた。
慌てて食堂に行き、家政婦にコーヒーを頼む。
先に朝食を食べていた新一が、蘭の頬に手を当てて言った。
「顔色が悪いぞ。何で自分で全部背負いこもうとするんだ?こんな生活を続けていたら、体、壊しちまうぜ」
「……朝早くから夜遅くまで仕事をしているのは、新一もでしょ?」
「だけどオレは、最低限の睡眠時間位は、確保している。最近のオメーは……睡眠時間すら削っているだろう」
「大丈夫よ。わたしの体の事は、わたしが一番分かっているから」
「誰でも、倒れるまでは、そう言うんだ。オメーの場合、仕事熱心を通り越してる。ちゃんと休めないんだったら、社長権限で強制的に休暇を取らせるぞ」
「……本当に大丈夫だから……お願い……山田君も、もうすぐ復帰するだろうし、そうなったら今の状況は落ち着くから……」
今の蘭は、新一と顔を合わせるのが、新一に抱かれるのが、とても辛いから。
だから仕事にのめり込んで、自分を苛めているのだとは、言えない。
この家を出て、また、元の独り暮らしに戻る事も考えたが。
その時、新一に訳を聞かれて……新一を詰り、責めるだろう自分が、怖い。
新一がふうと息をついて立ち上がった。
「行くぞ」
「えっ?」
「会社。今日は、車に乗ってくだろ?」
「あ……」
最近は、いつも早く家を出て電車で出社していた。
けれど、今日は起きるのが遅くなったので、新一より先に家を出る事が出来なかったのだ。
車の中で、新一に抱き寄せられる。
「まだ睡眠不足だろ?少し、眠って置け」
「う、うん……」
新一の優しさが、嬉しいと同時に辛い。
この、鉛色の空が晴れる日は、いつか来るのだろうか?
☆☆☆
社長室には、副社長の服部平次がいた。
「今日は、久し振りに姉ちゃんと一緒に出社やったんやな」
「ああ。最近アイツ、朝早く出ちまうから」
「姉ちゃんとは上手く行ってへんのか?」
「……最近。オレを避けているようだ。仕事にのめり込んでいるのも事実だが」
「はよ、プロポーズしたらどないや?」
「バカかオメーは!んな事したら、アイツはぜってー、去って行く!」
「案外、喜ぶかもしれへんで?」
「オメー、そんな話する為に、ここに来たんじゃねえだろ?」
「ああ。せやな。前社長の子飼いの面々がいなくなったんと同時に、使途不明金は殆どのうなったで」
「……取りあえず、人事に関しては、現在、良い形に整ってきたってところだな」
「そう言えば、姉ちゃん、最近の目覚ましい仕事ぶりから、近々、昇進させよういう話が出てるで」
「昇進……」
「まあ、何やな。社長の愛人でありながら、仕事に関してはキッチリ自分の力だけで頑張っとる。見上げたもんや」
「おい!誰が、愛人だよ!」
「工藤。お前の、女を見る目は、悪うない思うで」
「……そうだな。アイツは、色々な意味で、イイ女だよ。オレに縛り付けるのは、勿体ない程のな……」
「工藤?」
「アイツは……大空を自由に飛びたい鳥だ。籠に閉じ込めたら、きっと……息が詰まっちまう……」
「工藤。そないに決めつけんでも。意外と、姉ちゃんの方で、籠に入れて飼って欲しい思うてるかもしれへんで?」
平次が言った事は、案外、正鵠を射ていたのだが。
その時の新一には、とてもそうとは思えなかった。
「オレの事より、オメーの方は、和葉さんと、どうなってんだよ?」
「さ来年の6月。もう式場も押さえとる」
「また、えらい先だな」
「そない言うなや。和葉が、絶対6月がええ言うんや。けど、来年はまだ、バタバタしとるやろうし、式場はもう、一杯やったんやで」
「……そうか。もう、尻に敷かれているのか。ま、順調なんだな、それは重畳」
「オレの事より、自分の方が問題やろ。女嫌いや思うとった工藤が、まさか、惚れた女にここまで弱いとは、思わへんかった」
「そうだなあ。オレも、自分が女に惚れる日が来るとは予想してなかったし、惚れたらどんな事になるかも分かってなかったよ」
「工藤?」
「アイツと初めて会った頃、何で心がざわざわするのか、全然分からなかった。表面だけでも、平常心を保つのに、随分、苦労したんだ。それが恋だと気付くまで、随分かかった。何しろ、生まれて初めての事だったから」
「そうか、工藤の初恋やったんやな」
「……どうせ、奥手過ぎだってバカにしてんだろ?」
「そないな事あらへん。オレも、和葉が幼馴染やなかったら、女に惚れるいう事が分からんまま、来たかもしれん思うで」
「初恋は実らないとか言われるけど。オレは……アイツ以外の女が欲しいとは、思えない……」
「だから。手に入れたらええやないか」
「……」
いつも何事にも強気な新一が、1人の女に対しては、ここまで臆病になっている。
平次にとって、それは新鮮な驚きだった。
新一と平次の出会いは、留学先のアメリカである。
ハイスクール時代からアメリカにいてスキップした新一と違い、平次は普通に日本の中高大学に通い、1年間だけの留学だった。
能力も他の事でも似た者同士の2人、最初は反発する事も多かったが、やがて信頼出来る無二の親友になって行った。
出会った頃の平次は、幼馴染の遠山和葉と恋人同士になったばかりで、1年間の遠距離恋愛でむしろ絆を強めたようだった。
平次の留学が終わる頃、スキップしていた新一は大学を卒業し、ほぼ同時に帰国した。
意気投合していた2人は、いずれ共同して新しい会社を興す積りで、新一は修行の為もあり、藤峰グループの会社に入ったのだった。
結局、予定外に、新一が会社を継ぎ、平次を片腕として呼び寄せる事になったのだが。
平次の婚約者である和葉はまだ、大阪にいるが、近々こちらに越してくる予定である。
「ところで。警備員のおっちゃんも、前社長のコネで入ったいう話やったで?」
「警備員か。別に今も、前社長と繋がりがある訳でもないようだし、そこは別に良いだろう」
「せやな」
たかが警備員。
と侮った事で、新一は死ぬ程後悔する事になるのだが。
その時は、新一も平次も、そんな事を夢にも予想していなかった。
秘書がドアをノックする。
「内田麻美様がお見えです」
「……お通しして」
「はい」
内田麻美が、秘書に案内されて、社長室付属の応接室に腰かけた。
「本日は、父の名代として参りました」
「……仕事の話であれば、代理で来られるのは、会社の方かと思うのですが」
「一応、私も、内田産業企画部部長の役に就いておりますわ」
麻美は、名刺を取り出して新一に渡す。
「成程。この件に関しては、僕も、うちの企画部部長に一任しています。ここに呼びましょう」
そう言って新一は、社内連絡用の携帯を取り出した。
「間もなく、来るという事です。少々、お待ち下さい。じゃあ、僕はこれで」
「待って!新一さん、縁談を断った理由、お聞かせ頂けますか?」
麻美の声に、新一は振り返った。
「僕は、政略結婚はしないという条件で、藤峰の会社に入ったのです。内田産業とはビジネスライクなお付き合いに徹したいのでね」
「あの!政略ではなく、1人の女として、私の事を見ては頂けませんか!?」
新一は目を見開いた。
今迄に、パーティなどで数回会った事はあるが。
麻美が、個人的に、新一の事をそういう対象として見ていたとは、全く気付いていなかったから。
「……あなたは、水準を遥かに超えた、とても素晴らしい女性だと思います。ですが、僕には……付き合っている女性がいるのです。彼女以外に、考えられないから……申し訳ありません」
「そうでしたか。……分かりました。それでは、仕方がありませんわね。今の私の戯言はどうぞ、お忘れ下さい。これからも、内田産業をよろしくお願いします」
麻美は、唇を震わせながら、気丈に笑顔を作って頭を下げた。
新一は、麻美の好意に応える気は全くないけれども、新一に気持ちを伝えて来たその勇気には、大いに感動していた。
だからこそ、「恋人がいる」という事を、ハッキリ告げる気にもなったのだった。
『彼女に比べて、オレは、臆病者だ。蘭に振られる事が怖くて、ぶつかる勇気がなかった。けど……リスクを怖がって動けないのなら、手に入れる事など、出来る筈、ねえんだ……』
新一の心の中で、変化が訪れていた。
☆☆☆
一方。
社長室を訪れた、美しい内田産業社長令嬢の事は、社内に瞬く間に広がっていた。
「社長との縁談が持ち上がっている相手だそうよ」
「悔しいけど、お似合いだよね」
蘭も、遠目に、内田麻美の姿を見た。
その、大人っぽい、凛とした美しさ。
新一は、政略結婚という事を別にしても、心動かすかもしれないと思えた。
蘭の心につかえた塊は、ますます大きくなって行く。
もう、6時を回ったが、蘭の抱えている仕事は、なかなか終わりそうになかった。
他の社員は、帰り支度を始めている。
瑛祐が、見かねて言った。
「あの。毛利さん、何かお手伝いできる事は?」
「大丈夫。瑛祐君、自分の分の仕事は終わったんでしょ?帰れる時は、早く帰った方が良いよ」
「で、でも……」
「わたしは大丈夫だから。それに、正直、ハッキリ言って、瑛祐君に手伝って貰えるような事じゃないのよね」
「はい……」
蘭の笑顔に、瑛祐は言葉を無くす。
最近の蘭の様子を見るにつけ、瑛祐は胸が痛む。
その原因を作った一端は、確かに自分にあると自覚しているからだ。
『何も知らせなかった方が良かったのだろうか?だけど、あとから社長の縁談を知ったら、毛利さんはもっと苦しんだ筈。今は、辛いだろうけれど……きっと、これで良かったんだ……』
工藤新一社長が、蘭と結婚するのなら、瑛祐としては辛くても祝福する積りだった。
けれど、社長は蘭と男女の関係になっていながら、他の女性と結婚しようとしている。
だったら、瑛祐は遠慮なんかしないと、考えていた。
蘭が抱えている仕事を、少しでも分担出来ればと思ったが。
悲しいかな、新人の瑛祐には、そこまでの仕事のスキルが、まだなかった。
☆☆☆
一応、今日中に終わらなければならない仕事は終えて。
蘭は、一息ついた。
もう、夜の10時を回っていて。
会社には誰も残っていない。
今ならまだ、帰れる。
けれど蘭は、明日に回しても良い仕事に手をつける事にした。
『帰りたくない。新一と顔を合わせるのが、怖い』
蘭の脳裏に、今日の昼間見た、美しい女性・内田麻美の姿が、ちらついている。
家柄も、容姿も、能力も、蘭が敵いそうにない相手。
新一が、彼女を伴侶として選んでも、仕方がない事だと思ってしまう。
蘭は、携帯を取り出し、メールを打った。
『仕事が終わらないので、今夜は、会社に泊まります』
仮眠室は、改装され、エアコンも効くようになっているし。
着替えも、ロッカーに置いていた。
蘭は、涙を拭いて。
給湯室でお茶を淹れ、またパソコンに向かい合った。
軽食しか食べていない筈だが、お腹も空かない。
ふと。
何か物音が聞こえた気がして、蘭は背後を振り返った。
「きゃっ!?」
そこには、制服を着た警備員が立っており。
蘭の方に手を伸ばしていた。
「あ……あの、何か?」
蘭は、椅子から立ち上がりながら、聞いた。
頭の中で、警鐘が鳴る。
以前、同僚のゆかりが、「警備のオッサンには気をつけなよね」と言った事を、思い出していた。
今迄、時々遠目に見かけた時には、気付かなかったが。
柔和そうに細められた目の中に、嫌な色がある。
「何かって事はないだろ?いつも、1人で遅くまで残って、綺麗な足を見せて。俺の事を誘ってたんだろ?」
「……やっ!」
蘭はゾッとして、後退りした。
目の前のこの男は、まともじゃない。
腕には覚えがある蘭だけれど、机が並んで狭いオフィス内で、スカートにヒールのある靴を履いているし、相手は力はありそうなガタイの良い大男だ。
抑えつけられたら、無事で済む自信はない。
蘭は、身を翻して、廊下に出て走った。
仮眠室に入り、ドアを閉めて鍵をかける。
しかし。
ガチャリと音がして、鍵が開けられた。
相手は警備員、マスターキーを持っているのだ。
蘭は必死でドアを押さえる。
ドアがドンドンと叩かれた。
「誘ってたクセに、何で隠れるんだよう。そういう焦らしプレイは、なしにしようぜえ」
蘭は、震える手で、携帯を取り出した。
そして、ボタンを押す。
『もしもし?蘭、会社に泊まるって……』
「新一!仮眠室!」
『蘭?何を言って……』
「新一!仮眠室!」
『蘭!?』
「きゃあああっ!」
その時、ドアが力尽くで開けられ、手に持った携帯が床に転がった。
「いい加減にしろ!こちとら、○○○がもう、パンパンなんだよ!」
怒号が飛び、目を怒らせた大男の警備員が入って来た。
「いやああああっ!新一ぃ!」
蘭は、拳と、続いて蹴りを繰り出す。
しかし、警備員も、腕に覚えがある上に、異常な体力を持っているようで、蘭の技を難なく受け止める。
「ひっひひ、効かねえなあ」
繰り出した拳を遮られ、警備員に手足を押さえつけられ、蘭は身動きが取れなくなった。
「新一……助けて……」
これから起こるだろう恐ろしいおぞましい予想に、蘭の神経は耐えられず、意識を手放してしまっていた。
手放した意識の中の風景で、鉛色の空が広がっている。
『わたしは……今迄、何か遭ったら、無意識の内に、お父さんとお母さんを呼んでいた。でも、いつの間にかわたし、真っ先に、新一を呼ぶようになってた。新一……新一……わたしは……叶う事なら、新一の家族になりたい……新一の奥さんに、なりたい……』
蘭の頬を、涙が伝い降りて行った。
☆☆☆
オフィスビルの入り口に向かって急ぐ、黒い影。
入り口の所に立っていた影と、ぶつかる。
「社長!?どうしてここに!?」
「……本堂瑛祐か!?」
「毛利さんがまだ仕事をしているので、差し入れをしようかと……」
「お前も来い!」
「えっ!?あの、社長!?」
工藤新一は、入り口にカードを通して開けると、瑛祐を引き摺るようにしてして、女性用の仮眠室に向かった。
「しゃ、社長、そこは女性用の……!」
瑛祐の言葉に構わず、蹴破るようにしてドアを開ける。
その床に、気を失ったように横たわっている蘭。
そして、その上に圧し掛かるようにして、ズボンを脱ぎ一物を取り出そうとしている警備員の姿があった。
「な、何だよ、邪魔するな」
新一は、信じられないスピードで警備員に飛びかかると、その急所を蹴りあげた。
警備員は、泡を吹いて悶絶する。
「汚い手で、蘭に触るんじゃねえ!」
新一は、警備員の上に馬乗りになり、その首を思いっきり締めあげた。
「しゃ、社長!そいつ、もう、気絶してます!それ以上やったら、死んじゃいますよ!」
「だから、どうした!?」
「しゃ、社長……!」
瑛祐が初めて見る新一の冷たい表情に、瑛祐はゾッとする。
その時。
「新一……助けて……」
かすかに聞こえた声に、新一はハッとして手を緩めた。
「蘭!」
新一が蘭の方に駆けよって屈み込むが、蘭は意識がないままに、新一の名を呼んだようだった。
新一は、そっと蘭の頬に手を滑らせ、その唇に優しく自分の唇を重ねた。
「蘭。助けに来たよ。もう、大丈夫だ」
蘭の耳に囁いた後、蘭を抱えて立ち上がる。
「本堂瑛祐。警察に連絡して、そいつを引き渡せ」
「しゃ、社長?毛利さんを、どうする積りですか!?」
「オレの同居人だ。連れて帰る」
「社長は、他の女性と結婚するんでしょう?これ以上、毛利さんを苦しめないで下さい!」
「……他の女性と……?お前、あの噂を、鵜呑みにしたか?」
「でも!縁談があったのは、噂じゃなくて、事実でしょう?」
「ああ。だが、断った。オレは……蘭以外の女と結婚する気はない。蘭にしか欲情しねえからな。他の女を抱ける筈もねえし」
「しゃ、社長……」
瑛祐は、新一の本音に赤くなりながら、まじまじと見詰めた。
「だったら……どうか、幸せにしてあげて下さい」
新一は、ちょっと苦笑して、瑛祐を見た。
「蘭が……受け容れてくれるなら、な」
☆☆☆
新一は、自宅の寝台に蘭を横たえると、服を脱がせ、子細に蘭の全身を見た。
怪我は小さな擦り傷位で、服の乱れも殆どなかった。
蘭が気を失っていたのは、精神的緊張に耐えかねたからだろう。
新一は、ホーッと大きく息をつく。
「未遂か……そりゃそうだな、すぐに駆けつけたんだからよ」
蘭からのメールを見て、新一は、会社に向かっていたのだった。
電話を受けた時は、ビルの前にいた。
すぐ傍にいて、本当に良かったと、胸を撫でおろす。
新一が蘭の服を脱がせたのは、よからぬ事をする為ではなく、蘭に怪我などがないかを調べる為だったし。
寝ている間に手を出すのは、蘭が嫌がるので。
新一は、蘭に寝巻を着せた。
「こんなに心臓に悪かった事はない。もうこれ以上、耐えられない。目が覚めたら、結婚してって頼んでみよう」
新一は、蘭の頬に手を滑らせながら、囁いた。
「たとえ、お前の自由を奪う事になっても、プロポーズするからな」
雲の隙間から陽が射し、鉛色の空が晴れようとしている事を、蘭はまだ知らずに、眠り続けていた。
Fin.
+++++++++++++++++++
<後書き>
ようやく、終わりました。
有希子さんと優作さんのエピソードは、結局、会話の中だけにおさめました。
書いてて辛かったのが、やっぱり、蘭ちゃんが襲われる場面ですね。
元になったお話では、ヒロインが警備員に胸揉まれたり殴られたりするんですけど、蘭ちゃんをそんな目に遭わせるのは私が耐えられないので、手足の押さえつけだけに留めました。
園子ちゃんをもうちょっと活躍させたかったんだけど、最後は出番もなく。
和葉ちゃんとか、名前だけの出演。
力不足で、すみません。
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