Office love
byドミ
(3)Our garden
真夜中の工藤邸。
台所から、かすかな物音が聞こえる。
「誰だ!?」
工藤邸の現在の主である、工藤新一が、台所のドアを開けると……。
「ら……蘭!?」
手に丼を抱えてそこにいたのは、新一の恋人で、現在の同居人である、毛利蘭だった……。
「な……何をしてるんだ?」
「あ……そ、その……お腹空いて、うどんが食べたくなったなあって思って……」
蘭が、誤魔化し笑いをする。
新一は、盛大に溜息をついた。
「最近、食が細くなって心配してたんだが……別に具合が悪い訳でも、なさそうだな……」
「ご、ごめんなさい!た、ただ……」
「ただ?」
「一流シェフのお料理って、最初はすごく美味しかったけど、そればっかり続くと、胸やけするというか……ご馳走って、たまに食べるから、ご馳走なんだって思うの……」
「……飽きが来ないように、工夫してるだろうが。月曜日はフランス料理、火曜は和食、水曜はイタリア、木曜はタイ、金曜はスペイン、土曜は中華、そして日曜は外食……」
「種類が変われば良いってもんじゃなくって……普通の、庶民の、食事がしたいの!」
「普通の……庶民の……食事、ねえ」
新一がまた、溜息をついた。
蘭は、そっと新一をうかがい見る。
「し、新一には……無縁の世界の事、だろうけど……」
「いや。そういう事じゃねえけど。でも、じゃあどうするんだ?オレもオメーも、仕事が忙しくて、とても料理なんか出来ねえだろ?それとも、オメーが作ってくれんのか?」
「え……?わたしが作っても、良いの?」
「は……?」
新一の問いに、蘭が嬉々として答え、新一は戸惑う。
「作りてえのか?」
「うん!だって、料理、得意だもん!」
「そっか。でも、夜遅くまで仕事して、料理も、って、厳しくないか?」
「……仕事に、差し障るのが困る?」
「あ、イヤ……そういう事を言ってんじゃねえんだが……」
新一が、考え込む。
「だったら。週末はオメーが作るって事で、どうだ?勿論、無理はしなくて構わねえけど」
「……わたしの料理が、一流シェフのケータリングのローテーションの中に、加わっちゃう訳?」
「オレは、どっちでも良いけど」
「じゃあ、それでお願いします」
「わーった。土日はオメーが作るか、無理な時は外食。木曜はタイと中華を交代でって事にしよう」
「……」
蘭としては、複雑な気分だった。
本当だったら、毎日でも、自分で作りたい気持ちはあるが。
今の仕事の状況からしたら、それをやってしまうと、仕事の方に影響が出そうだ。
それに、新一には、蘭の庶民料理など、口に合わないだろうから、新一からしたら最大限の譲歩なのだろうと、蘭は思っていた。
新一の携帯が鳴る。
この音は、仕事専用の着メロだ。
新一が携帯に出る。
「……ん?その事か……ヤツは切れと、言っただろう?……ヤツが訴えるというなら、こちらも対抗手段を取るまでだ」
蘭は、居心地悪そうに身じろぎした。
新一の前に社長であった人物は、藤峰一族ではない。
しかし、会長が目を掛けて引き抜いた筈の人物であった。
なのに、今。
新一が新社長になってから、前社長の息が掛かっていると思われる人の多くが、辞めたり、出向したり、している。
そこに何があったのか、蘭は知らない。
そして、蘭には、追及する資格もない。
そう、蘭は新一の恋人ではあっても、身内でも何でもないし。
同じ会社で仕事をしていると言っても、役付きでも何でもない、ぺーぺーに過ぎない。
社長である新一に対して、仕事の事で、口は挟めない。
「バーロ。んな甘い事言ってっと、足元掬われっぞ。単に無能なヤツは、適所に回せば良いし。強いヤツにすり寄るおべっか使いも、それなりに使い道はある。正面切って色々突っかかって来るヤツは、逆に貴重だ。面従腹背のヤツが、一番問題なんだよ。無能ならまだ、逆に泳がせる手もあるが、ヤツは有能なだけに厄介だ」
電話を切った新一は、ふうっと溜息をついて、俯いていた。
経営者として冷酷に振舞う事もある新一だけれど、傷付かない訳ではないのだろうと、蘭は思う。
新一が顔を上げて、蘭を見た。
「今夜は、眠れそうにない。抱かせてくれ」
「……な、何よ。わたしは、新一の安定剤なの?」
「そうだよ」
真顔で、新一に言い切られて、蘭は絶句した。
仕事の話では、蘭に口を挟ませない雰囲気を纏うのに、仕事で何か辛い事があった時に、蘭への求めが強くなる。
そういう時、新一に必要とされているらしいと感じて、蘭は、嬉しくなる。
けれど、同時に、新一は違う世界の人なのだと、強く感じてしまう。
お互いに忙しくて、なかなか会える時間も取れない為、新一と一緒に住む事にはなったけれど。
婚約とか、結婚とか、そういう事を望んでいる訳ではない……望める筈も、ない。
「ん……あ……」
「蘭。何考えてる?集中してないと、イケないだろ?」
「……!だ、だって……!一緒に住んでから、毎晩、欠かす事なくエッチで……疲れちゃう……」
「……オレは、お前を抱いたら、疲れが取れるけどな」
セックスでは、男性の方が体力を使う筈なのに、新一のこのタフさは、どういう事だろう?
けれど。
新一が社長業で疲れているのは、体の方ではなく心の方らしく。
蘭を抱いて体力を使っても、心の癒しにはなるらしい。
「し、新一ってば……いつも、わたしをイカせようって気合いが凄くて……な、何か……プレッシャー……」
「だから、余計な事、考えるなって」
「ん……ん……あん……」
新一が、緩急をつけて、腰を揺らす。
蘭のそこからは、蜜がドンドン溢れ出し、新一の動きに合わせて隠微な水音が響く。
新一と付き合い始めて、男性と体を重ねる快感を知ったけれど。
性の快楽は、愛の歓びがあるからこそだと、蘭には分かっている。
「あ……は……やああっ!」
昇りつめながら。
新一が好きだという気持ちも同時に溢れそうになるのを、蘭は感じていた。
「蘭……蘭……すげ……イイっ!」
「んあああっ!あっ……しん……いち……ああああん!」
「くっ……蘭!」
蘭が仰け反って絶叫すると、新一のモノが蘭の奥で大きく脈打ち、蘭の奥深くに熱いものが放たれた。
蘭の目に、天蓋ベッドの薄いカーテンを通して、天井が見える。
お姫様が過ごすような天蓋ベッド。
シャンデリア風の照明がぶら下がっている、高く洒落た天井。
蘭はぼんやりと、ここに住んでいるけど、ここは蘭の家ではないと、感じてしまう。
工藤邸で暮らし始めた最初の頃は、工藤邸での生活の何もかもが、新鮮で、夢のように楽しかった。
お伽噺のお城もかくやと思わせる、大きくて洒落たインテリアの屋敷。
中庭にしつらえられた、プライベートプール。
大理石造りの風呂。
毎晩のフルコースのご馳走。
ホテルのスイートに、ずっと泊まっているような……日常ではない、生活感のない空間。
最初は良くても、段々、苦痛になって来る。
自分とは世界が違うと感じてしまう。
いつか、必ず、夢から醒める。
ここには、いられなくなる。
どんなに、新一の事が好きでも。
長くは、続かない。
工藤新一は、日本屈指の財閥・藤峰グループの御曹司。
大会社のオーナー社長。
『新一は絶対……こんな……一介のOLと結婚まで考える程のバカじゃないわ……』
だから。
傷が浅い内に、諦めなきゃと思うのに。
どうしても、どうしても、自分から離れる事は出来ない蘭だった。
蘭の中に欲望を放って満足したのか、新一は眠りに落ちていた。
「大丈夫。分かってるから……その時が来たら、後腐れなく別れたげるから……手切れ金は、新しい住まいの敷金礼金で、手を打つからね」
ちょっと冗談めかして、新一の寝顔に向かって言ってみる。
その後。
「結局、お金か、わたしってば」
そう言って、自分の頭をこつんと叩き。
その目からポロリと涙が零れ落ちた。
「要らないよ。何にも。ここに住んで、お金を使う事もないし。新しい住まいを借りる位の、貯金はあるから……」
新一以外、何も要らない。
なのにどうして……こんな立場違いの恋をしてしまったのだろう。
蘭の目から、再び涙が溢れ落ちた。
☆☆☆
ある日曜日。
新一がおもむろに、蘭に言った。
「蘭。今日は、横浜にある本宅まで、預けてあるゴルフクラブ取りに行くけど……」
「え?新一、ゴルフするの?」
「実はあんま、好きじゃねえんだけどな。せっかくスポーツやるなら、サッカーとかスケボーとかの方が、よっぽど性に合ってる。けど、社長業やってると、ゴルフでの接待とか、必要な事が多いんだよ」
「ふうん。大変なんだね」
「で、蘭、一緒に行くか?」
「えっ?良いの!?」
「ああ」
「じゃ、行く!」
蘭としても、名にし負う藤峰本宅を見てみたいという気持ちがあった。
それに、せっかくの休日に、出かける新一を見送ってお留守番ってのも、味気ない。
考えてみたら、ドライブの一環のような気もする。
蘭は、新一と共に、車の後部座席に乗り込んだ。
新一も免許は持っているし、それなりの運転技術はあるらしいが。
立場上、自分で運転する事は滅多にない。
『仕事自体が嫌いではないみたいだけど……立場的に、好きに振舞えないで、ストレス溜まる事も、きっと沢山、あるんだろうな……』
蘭はそっと新一の方を窺い見た。
考えてみたら、蘭は新一の事を何も知らないと、思う。
知っているのは、仕事をしている時の彼と、ベッドの中の彼だけだ。
車は、横浜の高級住宅街・山手の方に入って行く。
桁違いの広い庭と大豪邸が並ぶ中を、車は更に奥へと進み、雑木林としか見えない方へと向かって行った。
「あんな林の中に、お家があるの?」
「……っていうか。あの林が、本宅の敷地なんだけど」
「え……?」
道の中に、門があった。
車が近付くと、門扉が自動的に開く。
道端に
「これより先私道につき、当家に御用のない方は通り抜けできません 藤峰家」
の立て札がある。
「うそっ!この先、全部、藤峰家の敷地なの!?」
「そうだよ」
横浜の高級住宅街にある、広大な敷地。
その資産価値だけで、一体、どれ程になるのだろう?
蘭は、目眩がしそうになった。
どれだけ走っただろうか。
やっと、家の門らしい構えが見えて来た。
まるで、時代劇に出て来るお屋敷のような、屋根付きの門である。
その向こうに、庭園があるのが見えた。
建物は更にその奥らしい。
「わ、わ、わたし……ここで待ってる……」
「ん?蘭、どうした?」
「よ、酔ったみたい……」
「そうか……じゃ、すぐ戻って来るから」
新一はそう言い捨てて、蘭を置いて車を降りた。
蘭は、ふうっと息をつく。
酔ったのは、車にではない。
想像を絶する大豪邸に対して、だ。
蘭は新一の後姿を車の窓から見詰めた。
その目に、涙が盛り上がる。
『結婚まで考える程、バカじゃない……でも、この恋はきっと、良い思い出に出来ると思う』
蘭がそういう事を考えていると、蘭の心の中で嘲笑する声が聞こえた。
蘭自身の、もうひとつの心だ。
『思い出になんて、そんな事、出来るの?本当は、好きで好きでたまらないクセに!』
『出来るわよ!ほんのひと時、一介のOLには有り得ない、シンデレラみたいな夢を見られたんだから……それで充分幸せじゃない!』
『今更、戻れる?本当に?彼に抱かれる前に……彼に愛される前に……戻る事が出来るの!?』
「うるさい!」
蘭は、もう1人の自分の声に耳を塞いだ。
「……蘭様。どうかなさいましたか?」
「あ……い、いえ、大丈夫です!」
運転手の声に、蘭は慌てて答えた。
彼はいつも、無駄な口を挟む事なく、ただ、新一の命ずるままに運転をしている。
そういう存在があるという事すら、蘭には縁のない世界の事だった。
新一の「一族本宅」の端っこを目にして。
蘭は、新一が自分とは違う世界の人間なんだと、改めて思い知らされる事になった。
☆☆☆
「毛利さん、こんなに早くあがりって、超珍しくないですか?」
「ホント。このところいつも、終電ギリギリまで仕事だったわよね」
「……まあ、たまにはね」
ひとつの仕事の、区切りがついたところで。
蘭は、その場のノリで、職場の何人かと飲みに行く事になった。
瑛祐を含めた男女数人である。
居酒屋で飲んでだべって。
仕上げは、ラーメンで締めくくり。
「……戻れるわよ!戻ってみせるわよ!庶民の生活には、こーんな美味しいもんが、沢山あるんだモン!」
お酒も入って出来上がっている蘭が、久し振りのラーメンに、はしゃいでしまう。
「はあ。ラーメン、ホント、最高!」
「へえ。毛利さん、意外ですね。ラーメン好きなんですか?」
「……え?ラーメンが好きな人、多いでしょ。瑛祐君も、ラーメンは好きじゃない?」
「そりゃあ。時々、闇雲に食べたくなりますよね!」
「でしょでしょ?」
「毛利さんがラーメン好きなら……僕、都内の美味しい店、沢山知ってますよ!今度、空いてる時に、案内しますね!」
「ホント!?行く行く、連れてってえ」
蘭が瑛祐とラーメンの話で盛り上がっていると、隣の同僚から茶々が入った。
「あら。毛利さんって、彼氏持ちじゃなかったっけ?良いのお?瑛祐君と2人で行ったりしちゃって」
「え?別に……だって瑛祐君、ラーメン、みんなで食べに行こうって話だよね?」
瑛祐の誘いがデートだとは夢にも思っていない蘭は、悪気もなく言った。
「あ……ハハハ……そ、そうですねえ。みんなで行っちゃいましょう!」
「うん!今度は、わたしの親友の園子も、一緒で良い?」
「あらー、瑛祐君、可哀想に、振られちゃった?」
「だから、そんなんじゃないですってば!」
蘭は、同僚達の言葉は単なる悪ふざけ、ノリだと思っていた。
新一は、やや女顔と言えなくもないが、眉のりりしさで女に見せないし。
細身に見えても、それなりにキッチリ筋肉はついていた。
しかし、瑛祐は本当に華奢な女顔。
一応、男性という認識はあるけれど、どうしても、女同士のような感覚が抜けない蘭だった。
瑛祐の方が自分に異性として好意を持っているかもしれないなんて、想像した事すら、なかった。
「毛利さんの彼氏さんって、ラーメンに付き合ってくれたりしないんですか?」
「……ん〜。彼は、ラーメンなんか食べないような、イイとこの坊ちゃんだから……」
「へえ、そうなんですか?って、実は僕も、ボンボンだったりするんですけどね」
「あ、そうか。瑛祐君ってば、本堂常務の息子だったか……」
それは、最近皆が知った事実で。
本堂瑛祐は、常務の1人息子だった。
名前が同じだから、普通は、ピンと来そうなものだが。
見た目はいかつく怖い感じで切れ者の常務と、華奢で女顔でドジっ子の瑛祐とでは、顔も体格も全然似ていない上に、瑛祐の言動があまり「お坊ちゃま」風ではなかった所為もあり、最初は誰も親子とは気付かなかったのである。
「だって彼、瑛祐君とはケタが違う、超超お坊ちゃまだもの。ハーバード大卒のエリートで切れ者で数ヶ国語ペラペラで……」
「へえ。まるで、うちの社長みたいですよね」
蘭の酔いは一気に醒め、血の気が引いた。
「……!ホントだ!似てる!惜しい!」
「えー!一瞬、ホントにそうかと、思っちゃいましたよお」
「ないない!有り得ないって!」
「そうですよねえ」
蘭は、笑顔を作り、手を振って誤魔化しながら、冷や汗を流していた。
『ふう。危ない危ない……気をつけなきゃ』
新一と付き合っている事がばれると、新一との関係は終わりになる。
蘭の中では、そういう恐怖感が付きまとっている。
蘭が工藤邸に帰ると、新一が眉を寄せて立っていた。
「遅かったな。何でオメーはいつもいつも、終電ギリギリなんだよ!」
「いつもは仕事だもん。飲みに行ったのは、今日だけじゃない」
「……誰と、飲んでたんだ?」
「同じ企画部の……」
「本堂瑛祐とか?」
「え……うん、瑛祐君……」
突然、新一がドンッと壁を叩いた。
その目に、怒りの色がある。
「な、何よ……」
「酒が飲みたいなら、家にいくらでもあるし!今日はイタリア料理が待ってたのに!」
「……それは、悪かったわ。イタリア料理は、明日のお昼ご飯に頂くから……」
「そういう問題じゃない!お前何で、飲みに行くんだよ!?」
「だって。じゃあ新一、ラーメン屋とか居酒屋とかに、付き合ってくれるの?いっつも、セレブな食事に、セレブなお店ばっかり。気詰まりだよ!」
「だからって、何も、男と一緒に行かなくても良いだろうが!?」
蘭は目をパチクリさせた。
ようやく、新一が妬いているのかもしれないと、思い当たったが。
敢えて、一緒にいたのは瑛祐1人ではないと、訂正する気も起きなかった。
「これからだって!瑛祐君とも、他の男とだって、飲みに行く!」
「蘭……!」
「夫婦じゃあるまいし!わたしが、誰と飲みに行こうが、わたしの自由でしょ!そこまで縛るんなら、わたし、ここを出てく!また、独り暮らしする!」
「蘭!」
「離して!」
新一に強い力で抱き締められて、蘭はもがいた。
「どうして……どうして、オメーは……何かと言えば、別れを口にするんだ?」
「し……新一……!」
「それとも……オレがどこまで耐えられるか、試しているのか?」
「ち……違……そんなんじゃ……!」
新一が、蘭の体を離し、大きく息をついた。
「……オメーの好きにすればイイさ。別に、オメーを縛る気は、ない。ただ……」
新一が蘭を見詰める眼差しが、いつもと違い、弱々しいもので、蘭は胸を突かれた。
「オレだって……傷付く事位、ある。それは……分かって置いて欲しい」
「新一?」
「……おやすみ」
新一は、蘭に背を向けて、寝室へと向かった。
一緒に暮らし始めて、蘭を求めないなんて、初めての事である。
蘭は、顔を覆った。
指の隙間から、涙が零れ落ちる。
『新一は、何も悪くない。新一が何かをした訳じゃない。ただ……ただ、わたしが、不安なだけ……苦しいだけ……』
新一は仕事で忙しいし、デートもままならないけれど。
女の影もないし、いつも蘭に優しく、毎晩情熱的に抱いてくれ、蘭を裏切るような事は何一つしていない。
ただ。
立場の違いに蘭が怖気づいて。
終わりを見据えながらの関係が苦しくて。
つい、攻撃的になってしまうのだ。
蘭は、シャワーを浴びると、寝室へと向かった。
新一は既に寝息を立てている。
「ごめんなさい……」
蘭は、涙を拭いて、新一の隣に横たわった。
☆☆☆
次の朝。
新一は、局所の快感で目覚めた。
「……蘭!?な、何してんだ!?」
そこには、新一のモノを口に含み、たどたどしい舌づかいで愛撫している蘭の姿が、あった。
そういう事をやってもらうのは初めてでもあり、嬉しいやら驚くやらである。
蘭が、ちらりと上目で新一の方を見た。
そして、新一のモノを離して、言った。
「昨日のお詫び」
新一が思わず吹き出してしまう。
「な……何も、笑わなくても、イイでしょ?」
「いや。わりぃわりぃ。蘭があんまり可愛い事すっから。でも、無理しねえで良いぞ?こんな事、初めてだろ?」
「だって……!」
新一は、蘭を引き離すと、グイッと引き上げ、抱き締めた。
新一の寝巻は(多分蘭が脱がせたのだろう)前側がはだけられているが、蘭は寝巻を着こんだままである。
新一は、蘭の寝巻の前ボタンを外しながら、言った。
「どうして突然、こんな事をしてくれる気になったんだ?」
「男の人は、朝の方が元気だって聞いた事があるから……」
「へえ?それは、どの男からの情報?」
「男からなんて……!わたしは、新一以外の男性と付き合った事、ないもん!」
「……マジで?全く?中高生の頃も?」
「そうよ。悪い?」
「じゃあ、どこからそんな知識、仕入れて来るんだ?」
「と……友達の、園子から……」
「随分、お盛んな友達なんだな」
「違うよ!ただ、園子は結構、耳年増っていうか、知識豊富だから……」
話している間に、蘭はスッカリ、着ているものをはぎ取られていた。
新一の指が、蘭の大切な所をなぞる。
「ひゃっ!」
「へえ。女は朝濡れにくいっていうけど、そうでもねえじゃん?」
「や……ば……っ!し、新一こそ、経験なかったような事言ってたクセにっ!どこからそんな知識を……!」
「……まあ、男はな。リードする立場だから、色々と研究してんだよ」
そう言いながら、新一の唇と指が蘭の体を這いまわり。
新一のモノが、蘭の中に入って来た。
そして、蘭の中を激しく突き上げ、かき回す。
「ああ……んん」
「蘭……蘭……っ!」
「んあ……っはあ……新一……」
隠微な水音が響き、2人の繋がったところから、蘭の愛液が溢れて滴り落ちる。
朝には濡れないどころか、むしろ、いつになく蜜の量が多そうだ。
新一のクライマックスが近いと感じて、蘭はハッとする。
「待っ……新一……外に……!」
けれど。
時すでに遅く、新一のモノが蘭の奥で大きく脈打ち、蘭の奥に熱いものが放たれる。
気の所為か、今日はその量も多そうな気がする。
「やっ……中に出しちゃ、ダメって……」
「もう遅い」
新一は荒い息をつきながら、蘭の中に入ったまま、蘭を抱き締めた。
初めての時から今まで、新一がゴムを使った事はない。
蘭が「お願い」した時には、かろうじて外に出してくれる事もあるが、それだって、蘭のお願いに気付かなかった振りをして無視される事もある。
『どうして……新一……やっぱり男性だから、簡単に出来る筈ないって、軽く考えてるの?』
蘭だって、許されるものなら、新一の子供を産みたいと思うけれど。
きっと、無理だろうと諦めてしまっているところがあった。
新一がゆるゆると腰を動かす。
蘭の中で萎えていた新一のモノが、また元気を取り戻して行く。
「し、新一……何で……?」
「だってオメーは、まだイッてねえだろ?」
新一の答は、蘭の聞きたい事とは食い違っていた。
新一は本当に気付いてないのか、それとも……誤魔化されているのか。
新一が再び、蘭の奥を突き上げ始める。
「ああ……んはあっ……やああっ!」
「蘭……スゲ……良過ぎ……オメーん中」
2人の繋がったところから、蘭と新一の体液が混ざり合ったものが流れ落ちて行く。
愛する人とひとつになって。
愛する人の楔で自分の中をかき回されて。
すごく気持ちが良いけれど、それ以上に、幸せで幸せで。
先の事など、何も考えたくない。
ずっと、このままで、時が止まってしまえば良いのにと、蘭は思い……その頬を涙が一筋、伝っていた。
「ん……あ……やあああん!」
「くううっ!……蘭!」
蘭が仰け反ってひときわ高い嬌声を上げて果てるのと同時に、新一も再び、蘭の奥に情熱を放った。
新一が、蘭の中に入ったまま、蘭の上に崩れ落ち。
2人共に、荒い息をついていた。
そこへ、ノックの音が響く。
「ご主人様。そろそろ、お支度をなさいませんと……」
工藤家の家政婦は、通いであるが、いつも、朝食の準備に間に合う時刻に訪れる。
彼女は、蘭がここに住んでいる事も、新一と体を重ねている事も、承知しているが、特にそれについて何も考えていないように振舞っている。
そこは、「ただの家政婦」としてのけじめなのだろう。
新一は、蘭の中からゆっくり己を引き抜くと。
蘭の頬に軽いキスをして、起き上がり、寝室の隣のシャワー室へと向かった。
時刻は6時半。
今から、着替えて朝ご飯を食べて、新一は運転手付きの車で会社へ。
蘭は、満員電車に揺られて、同じく会社へ行く事になる。
蘭は、のろのろと起き上がった。
いつも、新一を見送った後、自転車で駅に向かっている。
それでも充分、間にあうのだ。
新一に続いて、蘭も簡単にシャワーを浴び。
服を身に着け、食堂に行った。
年輩の家政婦が、蘭の分の朝食を蘭の前に置いた。
今日はトーストとベーコンエッグだ。
ご飯と味噌汁の和食と、パンと卵料理とサラダの洋食とが、交互に出される。
和食の朝は緑茶が、洋食の朝は、新一にはコーヒー、蘭には紅茶が、それぞれ出される。
蘭はお礼を言って食事を始めた。
「何や工藤、まだ朝飯かいな。こっちは飯食うヒマもあらへんで、ペコペコやで」
突然、大きな声が響いて、蘭は飛び上がりそうになった。
この声は、先頃、新一がどこぞから引き抜いて来て副社長に就任したばかりの、服部平次だ。
「まだ時間はある。お前もここで飯を食えば良いだろう」
新一の言葉に、平次はテーブルに腰掛け。
そして、今更のように、蘭の存在に気付いて、一瞬、ギョッとした顔をした。
蘭が軽く会釈をすると、平次も戸惑ったように軽く会釈を返す。
家政婦は当たり前のように、すぐにもう1人分の朝食を準備して、平次の前に置いた。
「あ、すんまへんなあ」
「いえ。どうぞ、お召し上がりください」
「蘭。のんびりしてないで、早く食っちまえよ」
「えっ?」
新一が顔を上げて言って。
蘭は目を見開いた。
いつも、新一が先に出てしまうから。
蘭にそんな事、言った事ないのに。
ワケが分からないけれど、取りあえず急いで食事を終わらせる。
すると、食後、英字新聞を含めいくつかの新聞に目を通していた新一が、立ちあがって、蘭に手を差し伸べた。
「行くぞ」
「えっ?えっ?」
「満員電車に揺られて行くのは、疲れるだろう。わざわざ別々に行くのも無駄だし」
新一に手を引かれて、蘭は玄関へと向かう。
「お、おい、ちょい待ちいや!」
その後ろを、服部平次が追って来た。
そして、黒塗りベンツの後部座席に、3人で収まった。
新一は、蘭を抱き寄せるようにしている。
「あー。どっかで見た顔思うたら。姉ちゃん、企画部の毛利さんやな?」
「え……は、はい……」
平次の言葉に、蘭は赤くなって俯く。
「仕事至上のスーパーウーマンいう評判や。工藤の女やったんは、正直、意外やったで」
蘭は、そっと新一の方を窺い見る。
新一は全く動じている様子もないから、多分、新一の腹心である副社長に、2人の関係がバレても構わないのだろうと思うけれど。
「お互い、仕事人間で忙しいからな。デートもままならない。だから、一緒に住んでる」
「……工藤だけに、苦労、しとんのやな……」
「……」
「……」
「あ、今のシャレ、高級過ぎて、分かれへんかったんか?」
「バーロ。下らな過ぎて気付かなかったんだよ!」
「あ……あの……し……社長……」
蘭がおずおずと呼ぶと、新一の目がやや険しくなった。
「ここはまだプライベート空間だ。役職名で呼ぶな」
「……新一……」
「何だ?」
「ま、拙くない?わたしが一緒に出社するの……」
「あ、気になるんやったら、オレの愛人いう事にしたっても……アタッ!工藤、何すんねん!」
「んな胸糞悪くなるような冗談は、止めろ!」
「へいへい。けど、地下の駐車場から役員室へは、専用エレベーターで他の社員は入れへんから。そこから回って社内に入れば、別に問題あれへん思うで?」
「そ、そうですか……」
「蘭。帰りも、迎えを寄越すから」
「えっ?でも……」
「その代わり、飲みに行くの禁止」
「えーっ!そんな、横暴だよ!昨夜は、好きにしろ、縛る気はないって言ったじゃない!」
「……冗談だよ」
「冗談に聞こえなかった!」
「飲みに行っても良いが、その時は連絡しろ。運転手にも断って置かなきゃならないからな」
「……何で急に、車で送り迎えなんて……!」
「姉ちゃん。工藤のヤキモチや。勘弁したり」
「え……?」
平次が面白そうに言って。
赤くなった新一の顔を、蘭は驚いて見詰める。
『オレだって傷付く事もある』
昨夜の新一の言葉は、そういう意味だったのかと、ようやく蘭は納得が行った。
「あの。新一」
「ん?」
「昨日は、企画部のみんなと……全部で6人……いや、7人だったかな?飲みに行ったのは」
「蘭?」
「男の人と2人では行かない。相手が誰であっても」
新一のホッとしたような笑顔は、むしろ幼さを感じさせるもので。
蘭は、胸のどこかがほっこりと温かくなるのを感じていた。
新一は、今、蘭を恋人と思って大切にしてくれていて。
蘭が他の男性と一緒に過ごすと聞けばヤキモチも焼いて。
いつまで続くか、分からない関係だけれど。
今は、それだけで良いと。
蘭は思った。
☆☆☆
「ねえねえ、新一」
「ん?」
「庭に、木やお花を植えても、良い?」
「ああ。イイよ。何なら一緒に買いに行こうか?そして、一緒に植えよう」
「わあい♪」
ある休日。
蘭は新一と共に、園芸店に行って、苗木や草花の苗を買って来た。
そして、2人でスコップなどを持って、作業する。
「あーもう、下手くそ!新一って不器用ね!」
「しゃあねえだろ!んな事、慣れてねえんだからよ!」
「キャー、ミミズ!」
「ミミズぐれえで騒ぐな!土の中にいるのは当たり前だろ!」
ギャーギャーと大騒ぎしながら、木や草花の苗を植えて行く。
「苦労して植えたんだからな!枯らすなよ!」
「えーっ!?わたしが世話するの!?」
「他に誰がいる!?オレに世話しろって言うのか!?」
口では文句を言いながらも。
蘭は、こういうワガママに付き合ってくれた新一に、感謝していた。
『これから先。わたしがいつかこの家を去っても。この木や花々がここに根をおろして。わたしがここにいた証が、新一と愛し合った証が、ずっとずっと……わたし達で作った庭が、これから先、いくつもの季節を見詰めて行くわ……』
蘭は、空を見上げて、そういう事を考えていた。
To be continued……
+++++++++++++++++++
<後書き>
運転手さんとか。
家政婦さんとか。
コナン世界の誰かを配置したいと思いながら、結局、名無しのままで。
平ちゃんが出てまいりましたが、ま、チョイ役です。
和葉ちゃんを出す余裕、あるかなあ。名前だけになるかも。
元ネタをほぼそのままなぞっているけど、やっぱり新蘭なので、キャラに合わせて変わった部分もあります。
元ネタだと、ヒロインは最後まで、電車通勤なんだよね。
けど、新一君がそのままにするとは思えないので、今回、「一緒に通勤」を始めてもらいました。
元ネタのヒロインは、家庭的な所が全くない。
でも、蘭ちゃんは料理上手だから、そこは活かしたい。でも、仕事で忙しい蘭ちゃんが家事までやっちゃってたら潰れてしまう。
でまあ、週末だけ蘭ちゃんが料理、って事で落ち着きました。
元ネタ通りだと、次が最終回なんだけど。
藤峰財閥と工藤優作さんの関係とか、裏話を作ったので、少しオリジナル展開を入れたいなと、思っています。
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