Office love



byドミ



(2)見えない壁



「ねえねえ、主任。今夜は、月が綺麗だよ」

窓から外を見ていた蘭が、振り返って言うと。
ベッドの中にいる恋人が、渋面で言った。

「……蘭。2人きりの時、主任なんて呼ぶな。萎える」


彼のその部分には、寝具が掛かっているのでハッキリは分からないが、別に、萎えている様子はなさそうだった。
もっとも、蘭としては、既に一戦交えた後なので、彼が「萎えて」も、別に、一向に構いはしなかったけれど。

今夜は久し振りの夜なので、おそらく、第2ラウンド第3ラウンドはありそうだった。
嫌ではないけど、ハッキリ言って疲れる。

けれど「萎えても良いよ、わたしは」なんてウッカリ言ってしまおうものなら、どんな仕返しがあるか……だから蘭は、別の事を言った。


「だって。会社で仕事中についうっかり、新一なんて呼んでしまったら、どうするの?」
「オレは別に、それでも構わねえよ」

蘭の恋人・工藤新一が、あっさりと言って。
蘭は、新一の表情をうかがい見る。

彼が何を考えているか、分からない。
恋人同士になり、体を重ねるようになってから、ひと月近くが過ぎたが、蘭には新一の事が何も分からなかった。

「そんな事言って。絶対、困るでしょ?」
「困らない」
「嘘ばっかり!」

新一は確かに、蘭が新一のお手付きになったとばれても、全然、困らないかもしれない。
本当は会長の孫で、次期社長の座が約束されている新一は、たとえ部下の女性の一人や二人を食っても、社内での立場が揺らぐ事はないのだろう。

他の社員から陰口を叩かれたりして困る立場になるのは、蘭だけだ。


「それにオレは、近々、主任じゃなくなるから」
「えっ!?」
「爺さんがそろそろ引退したいとぬかしやがって。不本意だが、4月には社長という事になる」


蘭は、血の気が引いて行くのを、感じていた。



   ☆☆☆



4月になり。
新入社員も入って、人事異動も結構行われたが。

一番大騒ぎを引き起こしたのが、今迄企画部の主任だった工藤新一が、会長の血縁である事を発表され、同時に、新社長に就任した事である。

「あーん、主任だった時に唾つけとけば……」
「どっち道、相手にされてなかったじゃん」
「今となったら、主任が社内恋愛に厳しかったのも、何か分かるよね」
「将来の経営者として……って事なんでしょうねえ。多分、主任は……いや、社長は、良い家のお嬢さんと、お見合い結婚とか、するんだろうなあ」

毛利蘭は、更衣室での同僚のお喋りを、複雑な思いで聞いていた。

「毛利さんは、気にならないの?」
「え?わたし?」
「そう。毛利さんは結構、主任から気に入られていたように見えたんだけどな」
「そんなの、気の所為よ。たまたま、仕事上で色々と関わる事が多かっただけで」
「ん〜、そうなのかなあ?」
「強いて言うなら、わたしは、新しい主任さんにどういう人が来るのか、そっちの方が気になるかな」
「……ふふっ。なるほど。毛利さんには、ラブラブの恋人がいるから、主任の事なんかどうでもイイって?」
「えっ!?」

ブラウスを制服に着替えようとしていた蘭は、胸の谷間に見え隠れしている赤い痣を指差されて、真っ赤になる。

「やだもう!見えるところには付けないでって、あれ程言ったのに!」
「いや、着替える時でもなきゃ、見えないところでしょ、そこは」
「最近の毛利さんの様子から、恋人でも出来たのかなって思ってたけど、やっぱりね」
「蘭ってば、わたしにも内緒にしてたわね〜!」

蘭の同期である田端ゆかりが、口を尖らせて抗議した。

「相手はどこの人?どうやって知り合ったのよ〜!」
「あ……えっと……友達の紹介で……」

蘭は、しどろもどろになる。

「やばい!私今日、お茶当番だった!」
「あらやだ、もうこんな時間!?」

追及されようとしたところで、始業時間が近付き、皆更衣室を出てそれぞれの持ち場に向かう。
蘭はこっそり溜息をついた。

(明日からは、もっと早目に来て、先に仕事を始めていよう……)

蘭の恋人は、先程皆が話題にしていた、主任からいきなり社長になった工藤新一。
それを、皆に知られてしまう訳には行かない。

この会社は、社内恋愛禁止ではないけれど。
新一の立場が立場であるし、周囲に知られて良い事は、何もない。
新一から口止めされている訳ではないが、蘭としては、当然、隠すべき事だろうと思っている。

(それに……先がどうなるかなんて、分からないもの……)

蘭にとって、これが初恋で、初の交際で、多分、この先気持ちが変わる事はないだろうと思っているけれど。
新一が心変わりをする訳でなくても、立場上、他の女性と結婚する事は、有り得ると考えていた。

そして、蘭自身が新一の花嫁になれる事はない、いつか必ず別れの日が来るだろうと、最初から諦めていた。


ずっと片思いだと思っていた相手と、思いがけず結ばれお付き合いする事になり、とても幸せだけれども、同時に。

(辛いなあ……)

いつか、新一が、他の女性と結婚を決めた時に、笑って受け入れられる自信がない。
それでも、今、新一から離れようという気にも、なれない。


蘭は、再び溜息をついた。



   ☆☆☆



「初めまして!本堂といいます!」

研修が終わって、企画室に配属された新人・本堂瑛祐が、元気よく挨拶して頭を下げた。
けれど、頭を下げると同時に、器用にすっ転び、ある意味器用と言うべきか、机の角に後頭部をぶつけた。

「ちょ……大丈夫!?」

蘭が慌てて駆け寄る。

「だ、大丈夫です!僕はよく転んでしまうんで……すみません」

瑛祐は苦笑いしながら、起き上がった。
その頬にかすり傷が出来ているのに気付き、蘭はポケットから絆創膏を取り出して渡した。

「はい。これ、使って」
「あ……ありがとうございます!」

慌てて頭を下げた瑛祐は、ご丁寧に、また別の机に額をぶつけていた。
顔は女顔、背も低目で華奢で、あんまり「男性」という感じがしない。
そのドジぶりには呆れるけれど、何故か憎めない印象の新人だった。



ドジっ子の彼は、けれど、仕事は必ずしも無能ではなかった。
むしろ、将来有望かもしれない。

企画室は、瑛祐の参入で、活気づいて来た。



新社長の元で行われた、企画会議。
蘭の企画書が通り、役付きではないものの、蘭はその作業のチームリーダーに抜擢された。


「アシスタントには……新人だが、結構見どころのある、本堂瑛祐を付けましょう」
「他に人材が必要なら、派遣社員を回すので、言って下さい」
「はい!分かりました。頑張ります!」


蘭はちらりと、新一の方を見る。
新一の役に立ちたい。
恋人としての関係が終わっても、仕事で新一に必要とされる存在でありたい。



   ☆☆☆



「瑛祐君。現場の撮影をして来る時は、写真だけじゃなく、動画で撮って来た方が良いわ」
「は……はあ」
「その方が、実際のイメージが掴み易いでしょ?」
「そうですね……」
「じゃ、もう一度。現場に行ってね」

蘭が、にっこり笑って言うと。
瑛祐は、直立不動になって頷いた。

「……はい!分かりました!行ってまいります!」

それなりに使えるとは言え、まだ新人の本堂瑛祐。
だから、結構ダメ出しが必要であるけれども。
彼は、蘭の言う事を素直に聞いて、期待に応えようと頑張ってくれる。

蘭も、初めて任された仕事で、張り切っていた。
新一が社長になって初めての新しいプロジェクト。
何としても、成功させたい。



   ☆☆☆



「蘭。上の空だな」
「そ、そんな事、ないけど……」

今日は、久し振りに、新一も蘭も時間が取れて、蘭は新一の家に泊まっていた。
会社のオーナー一族で、今は社長である新一の家は、大豪邸で。
今、2人が体を重ねているベッドも、天蓋付きのキングサイズである。

初めてこの家に来た時は、多少ビビってしまったけれど。
最近、ようやく慣れて来た。

情事も久し振り。
けれど、蘭の頭の中は、プロジェクトの事でいっぱいで。
どうしても、乗り気になれない。

「無理、してんじゃねえか?」
「……そりゃ、多少の無理なら、するに決まってるでしょ。任されたんだから!」
「蘭……」
「でも、大丈夫だから!」
「体を壊すなよ」
「わたし、丈夫なのが取り柄だもん」

蘭は、笑顔を作った。

元々、蘭は、真面目で仕事熱心であっても、プライベートな時間まで仕事の事を考えている程の仕事人間ではない。
今の蘭が、以前より更に仕事にのめり込むようになったのは、新一の期待に応えたい、新一から「仕事で必要とされる人間」になりたいという、思いがあるからだ。


蘭は、新一が好きなのだ。
だから、他の事で頭がいっぱいでも、新一の愛撫が始まると、何も考えられなくなり、のめり込んで行く。


「ん……ああん……」
「蘭。ここ、弱いな」
「そんな事……あんっ!」

新一が、蘭の首筋に唇を寄せ、蘭はハッとする。

「やっ!新一!そんなとこに、印、つけないで……」
「ダメだ。蘭はオレのもんだって……あのガキに思い知らせとかないとな」
「あ……あのガキって……?」
「本堂瑛祐」
「え……?」

思いがけない名前が出て来て、蘭は目をパチクリさせる。

「彼は、ただの仕事仲間だよ」
「オレとお前も、少し前まで、そうだっただろ?」
「で、でも……アンッ!」
「それとも……他に、見られたくないヤツでも、いるのか?」
「そ……そんなんじゃ……ない!」

蘭はただ、誰にでも見られる所に印をつけられるのが、恥ずかしいだけだ。

「恋人がいるのを、他の男に知られるのは、嫌か?」
「そんなんじゃないって……言ってるのに……」

新一の言葉に、蘭は涙が溢れてしまう。

「……ごめん。他の男の目に、オメーがどんなに魅力的に映るか分かってるから……オレは……蘭に、印をつけたい……」
「新一……ああっ!」

そんな牽制なんかしなくても、他の男に目を向けるなんて、有り得ないのに。
瑛祐にしろ、タダの仕事仲間、先輩風を吹かせる蘭の事を、彼がそんな対象で見ているなんて、蘭にはとても思えなかった。

職場でキスマークを見られるのは恥ずかしいけれど。
蘭は職場で、恋人がいる事を隠す積りな訳ではない。
相手が、社長であると知られるのは、拙いだろうと思うだけで。

蘭は、もうそれ以上逆らわず、新一にされるがままになっていた。


新一の指に唇に、全身をくまなく触れられて。
蘭の肌はほんのりと赤く色づき、蘭のその場所からは蜜が溢れて滴り落ちる。


「蘭。挿れるぞ」
「えっ?あっ、待って!」

蘭の制止の声も聞かず、新一は蘭の中に入って来た。

「あ……はああん!」
「もうすっかり、準備出来てるじゃねえか。何で止めるんだよ」

新一が、やや咎めるような声で、尋ねて来たが。
答えようにも、新一が腰を揺らし始め、蘭の口からは甘い悲鳴しか飛び出さない。

甘さと快感のうねりの中で、蘭の心の奥で「まずい」と声がする。
時期的に、今日の蘭は、いわゆる「危険日」。
妊娠する可能性が高い時期だ。

「すげ……蘭、オメーん中、最高……気持ちイイ!」
「あ……やあ……んあんあん……んああん!」

二人の息づかい、蘭の淫らな悲鳴、隠微な水音、体のぶつかり合う音、ベッドがきしむ音。
夜更けた寝室に、それらの音が響く。

蘭は、新一のクライマックスが近いのを感じた。

「あ……ダメ……中に、出さないで……っ!」

必死で、それだけを言葉にする。

「蘭?」
「お願い……っ!」

新一は、それには何も答えなかったが。
蘭が背中を反らして甘い悲鳴を上げると同時に、新一は己を蘭の中から引き抜いた。
そして、蘭の腹部に、生温かいものがかかった。

「ふう……っ」

新一が、大きく息をついた。
そして、頭元の台に置いてあるティッシュを取ると、蘭の腹部を丁寧に拭った。

「し……新一……」
「ん?何だ?蘭の望み通り、外に出しただろうが」
「う、うん……」

新一の声がやや不機嫌そうで、蘭は悲しくなる。

「今日は、危険日だったから……」
「危険日、ね」
「だって!」
「……狙ってたんだけどな」
「えっ!?」

新一が言った事がよく聞きとれず、蘭は訊き返したが。
新一は「何でもねえ」と、誤魔化してしまった。


「不完全燃焼。もう一回、良いか?」
「今度は、ゴムつけてくれる?」
「生の方が、気持ち良いんだけどな」
「そんな事言うなら、もう、新一とエッチなんかしない!」

蘭は怒って、新一が伸ばして来た手を振り払った。
新一がなだめるように蘭の髪を撫でる。

「悪かったって。ちゃんとするから。な?」


蘭は、新一が男性だから、妊娠の可能性も軽く考えているのだろうと、思っていた。
それでも、蘭が本気で嫌がったら無理強いする事はないし、それなりに蘭の事を思い遣ってくれているのだろうとは、思う。

今の蘭は、新一より蘭の気持ちの方が、ずっと大きいような気がしていたのである。



   ☆☆☆



今回のプロジェクトは、中古ビルを大々的に改装して、新しいファッションビルとして生まれ変わらせるというもの。
瑛祐が、インテリア内装業者から貰って来た内装仕上げのイメージボードを蘭に見せながら、打ち合わせをしていた。

「……で、仕上がりのイメージとしては、こんな感じで……」
「ん〜。悪くないけど、ちょっと、まとまり過ぎて綺麗過ぎて、当たり前な感じだよね」
「成程。ちょっと、遊び心が欲しいって事ですか?」
「うん。だって、ファッションビルだもの。当たり前だと、お客さんも寄って来てくれないと思うのよね」

蘭は溜息をついた。

「各フロア、今の予算から更に、三百万ずつぐらい積み増しするなら、イメージ通りの仕上げをして見せますって言うんだけど……正直、そこまでお金を掛けられないのよね」
「だったら。仕上げ、僕が手を加えましょうか?」
「……瑛祐君が?」
「だって僕、美大出ですし」
「素人っぽいモノになったりしない?」
「大丈夫です!」

瑛祐が、ペンを取って、業者が作ったイメージイラストに、描き加えて行く。

「ふんふん。なるほど。イイ感じじゃないの」
「構造部分をいじる訳じゃないから、材料はこれを使えば、費用もそんなにかかりませんし」
「よし!瑛祐君!わたしも一緒にやるから!頑張ろうね!」
「はい!」


そして。
その日から、瑛祐と蘭の、「夜の仕事」が、始まったのだった。


『蘭?まだ現場なのか?今、何時だと思ってる?』
「仕方ないでしょ、終わらないんだから!」
『まさか、1人なのか?』
「ううん、瑛祐君も一緒。ゴメン!悪いけど、忙しいから、切るね!じゃ!」

新一からの電話に、蘭はすげなく返して、切った。

「毛利さん、今の、もしかして彼氏さんですか?大丈夫なんですか?」
「平気よ。仕事の足を引っ張る様な人じゃないもの」
「……だったら、良いんですけど……」
「さあ!余計な事に気を回してないで!頑張るわよ!」

2人の、夜遅くまでの作業は続いた。
蘭が帰るのは終電ギリギリで、家に帰り着くのは午前1時を回ってからが、殆どになった。



「き、君達……この数日、ちょっと凄いな……」

目が血走っている蘭と瑛祐に、課長が脅えたように声を掛けて来た。

「課長……何かご用事ですか?」
「今、忙しいんですけど!」

2人の殺気だった答に、課長はビビった様子になった。

「あ、い、イヤ……君らが手掛けているあの古ビル。再築記念パーティが、明後日に決まったから……」
「あさって!?」

蘭は目を見開く。
もう、本当に時間がなかった。


そして、パーティ前夜。
蘭と瑛祐は、仕上げのラストスパートに掛かっていた。


『蘭。明日のパーティで着るドレス、今から届けるから』
「えっ!?そんなの、スーツで良いでしょ?」
『今、お前のアパートに向かってるんだが……』
「わかった。だったら、置いといて。合鍵、持ってるよね?」
『……!蘭!まさか、まだ現場なのか!?もう、終電、終わってるだろ!?』
「うん、そうだね」
『蘭!!瑛祐も一緒なのか!?』
「……うん」
『業者に連絡したら、工事はとっくに終わっていると言ってた!一体2人で、何をやってるんだ!?本当に必要な作業なのか!?』
「……ありがと。心配してくれて。大丈夫だから……」

蘭がそう答えると、責めるような口調だった新一の声が、柔らかなものに変わった。

『……頑張り過ぎて、体壊すなよ……』
「……うん……」

蘭が電話を切ると、瑛祐が声を掛けて来た。

「彼氏さんからですか?迎えに来るって?」
「ううん。頑張れよって言われた」
「……そうですか」

2人で、ビルの中を見回す。
もう、殆ど、出来上がりに近い。

「あと一息ですね。ギリギリ、間に合いそうです」
「そうね。正直、瑛祐君が、ここまでやれるって思ってなかったわ」
「毛利さんが、僕の事信頼してくれて、一緒にやってくれたお陰ですよ」
「ねえ、何で会社員になったの?」
「アーティストでやって行くのって、難しいですから。諦めました。で、僕だけにやれる事はないかって、探してたんですよ。でも、何か、毛利さんのお陰で見つかりそうです。ありがとうございました」
「……さあ。もうひと踏ん張りよ!」

蘭の脳裏に、思い浮かぶのは、端正な男の顔。

蘭も、瑛祐と同じだ。
この仕事を通して、新一への恋に道がないかと、探している。



ようやく、作業が終わって、ホッとした2人は、壁にもたれて座り込んで、そのまま、眠りの中に落ちて行った。
そんな2人を、朝日が照らす。


そして。
その2人の姿を、険しい顔でみつめる1人の男がいた事を、蘭も瑛祐も、知らない。



   ☆☆☆



そして、再築披露パーティが行われた。

新一の傍に付き添っているのは、社長秘書。
蘭は、プロジェクトの責任者として、パーティに参加する。

立場上、気力で身支度を整え、やつれた顔を化粧で隠した。


瑛祐と蘭が仕上げた内装は、かなり評判が良かった。
蘭は、肩をぽんと叩かれて振り返る。
そこには、蘭の親友である鈴木園子が立っていた。

園子は今日、鈴木財閥の会長代理として、このパーティに出席しているのだ。


「蘭。なかなかやるじゃない。センス良いわ。見物する為だけにでも、人が来そうなインテリアよね。入場料取っても良いんじゃない?」
「園子……」
「蘭がうちの誘いを蹴って藤峰グループの会社に勤め始めた時は、心配したけど……蘭って結構、やり手だったのねえ」
「わたし1人じゃ、ここまで出来なかったわ……」

蘭は、園子の親友だったからこそ。
そのコネで就職するような事は、したくなかったのだった。
公私の区別をつけたかった。

その蘭が、今、勤務先の社長と、恋をしている。
これは、何という皮肉だろう?


新一が、ビルの中を見て回った後、蘭に笑顔を向けて言った。


「あの予算で、ここまで出来たのは、上出来だ。頑張ったな」
「ありがとうございます!……思わぬところに、使えるアーティストがおりましたので」
「そのようだな。部下や後輩を上手く使えるのも、力量の内。毛利君にプロジェクトを任せたのは、正解だったようだ」


新一は、すれ違いざま、そっと蘭の耳に囁いた。

「蘭。今夜、うちにおいで。駐車場で待ってるから」
「うん……」

蘭は、ドキリとしながら、答えた。


満足感と達成感とで満たされて。
今夜、久し振りに、恋人との熱い夜が待っている。
疲労がたまっていた蘭は、お酒を口にしたのは少しなのに、アルコールが体に回っていた……。



   ☆☆☆



気がつけば、見慣れた新一の家のベッドにいて。
辺りはもうスッカリ、明るかった。

「えっ?」
「……オメーさ。気を失うように眠り込んでたよ」

新一が、枕元にコーヒーを運んで来て、言った。

「わたし……パジャマ着てる?」
「オレが着替えさせた」
「えっ!?寝込みを襲ったの!?酷い!」

蘭が思わず、胸の前をかき合わせる。
新一に抱かれるのが嫌なのではないが、意識がない間にというのは、何とも悔しい。

「おい!何もしてねえっつの!着替えさせただけ」
「ええっ!?何もしてないの!?せっかく、泊まったのに!」
「して欲しかったのか欲しくなかったのか、どっちだよ!?」
「だって!だって!次、いつ会えるか、分からないじゃない!新一は社長で、いつも忙しいし!」
「……それ、オレだけじゃねえと思う。どっちかと言えばここ最近は、オメーの方が忙しくて会えなかっただろうが」

新一が憮然とした様子で言った。
確かに、新一の言う通りなのだが。
せっかくの久し振りの夜が、死んだように眠り込んでいただけと言うのが情けなくて、蘭は泣けて来た。


「……今回の事で、よく分かった。オメーは、仕事に夢中になると、オレの事など忘れてしまうんだって事が」
「えっ?」


蘭は、ハッと顔を上げた。

それは違う。
蘭が、仕事に夢中になっているのは、新一への恋に道を探しているからで。
決して、仕事にかまけて新一の事を忘れている訳ではない。

新一の事が好き過ぎて。
仕事という土台で無理矢理固めなければ、足元がぐらつきそうで、どうしようもないから。
だから、打ち込んでいるだけなのに。

けれど蘭には、それを口に出す事は出来なかった。


新一が蘭を抱き寄せて、その顎に手を掛け上向かせる。

「けど。オレには、蘭と会う為に、仕事を調整する訳にはいかない。このままだったら……遅かれ早かれ、いずれ、オレ達は破局を迎えるだろう」

新一の静かな声に、蘭は心臓が凍りつきそうになる。

「だったら、いっそ……」

いつかは、新一の口から、告げられるだろう、最後の言葉。
それが、今、発せられるのだろうか?


「一緒に、住もうか」
「し、新一?」

新一の言葉が、あまりにも思いがけなくて。
蘭は、頭が白くなる。


「蘭。ここに、引っ越しておいで」



立場違いの恋。
未来の見通しなんか、何もないけれど。


いつかは、見えない壁を、越えて行けるかもしれない。



To be continued……


+++++++++++++++++++



<後書き>


このお話は、某レディースコミックを新蘭変換したものなんですが。
第2話も、かなり、まんまかなあ。

ただ、コナンキャラを配した事で、違う部分も、色々あります。
元のレディコミでは、瑛祐君の立場の男、最初は嫌な奴だったし、そっちはそっちで(直接出て来ないけど)彼女はいる設定なんですが。
このお話では、瑛祐君ですから、やっぱり、蘭ちゃんにホの字だったりします。
と言っても、別に、瑛祐君が2人のお邪魔虫になるとか、そういう事ではありませんが。


一応、全4話になる予定です。
また、お付き合いいただければ、幸いです。

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