Office love




byドミ



(1)First night in snow



「毛利さん。雪が降り始めたわよ。ヘタしたら帰れなくなるから、もう切り上げたら?」
「ええ……だけど、明日休日出勤して仕上げるのも、あれだし。間に合わなくなるかもしれないから。もうちょっと、頑張ります」
「じゃあ私……子供の迎えがあるので、帰るわね」
「はい、お疲れさまでした」


2月の終わり、冷え込みが厳しい、金曜日の夕方。
週末の今日は、いつもなら、仕事を残さない為に、残業をする者が結構残っている時間だが。
今日は天候が悪く、ヘタをすると帰れなくなる恐れもあり、早くに仕事を切り上げる者が殆どだった。


毛利蘭、24歳。
入社して2年足らずの、OLである。

仕事の能力は高く、まだ「新人」から抜け出ていない時期だというのに、かなりの事をこなせるようになっている彼女だが。
何故、今日、残業の憂き目に遭っているかと言えば。
明日の朝までに先方に送らなければならない書類に、重大なミスがある事が分かったからである。

それは、蘭が個人で作った書類ではなく、蘭の所属する企画部の作ったもので、蘭1人だけのミスではないのだが。
子供を保育園に迎えに行く時間を気にしている先輩や、デートの約束や帰りの電車を気にしている同輩後輩の為に、蘭が代わりに修正作業を行うと、買って出たのである。


「ごめーん、蘭!私も、付き合ってあげたいけどさー。今日は、飼い始めたばかりのチビニャンコの具合が悪いから、帰るね」
「うん、ゆかり、気にしないで。大丈夫だから」
「……もし帰れない時は、ウチには、鍵がかかる仮眠室があるけどさー。最近入った警備のオッサンには、気をつけなよ。あいつ、鍵を持ってるし」
「えっ?」
「何か、目付きが嫌らしくて気味が悪いって、みんな言ってんだよねー。社長のコネでって話だけど……何で、あんなんが採用されたんだか」
「ゆかり……あんまり、先入観で判断するのも、悪いんじゃない?」
「蘭ったら!何かあってからじゃ遅いでしょ!」
「うん、分かった。気をつける」
「じゃあね。お先」
「お疲れ様」


蘭は、給湯室でお茶を入れると、パソコンに向かった。
企画室内は無人となり、侘しさが身に染みる。


修正作業を始めてみると、訂正しなければならない箇所が非常に多く、かなり時間がかかりそうだと感じた。

携帯を取り出し、天気予報を確認してみる。
雪はますます激しさを増しそうだった。

地下鉄では、蘭の住んでいるアパートまでは帰れない。
実家まででも、同様だ。
となると、交通機関がマヒした場合、帰宅出来ず、泊まり込みになってしまう可能性も高い。


最低限の洗面用具や下着の換えは、バッグの中にあるが、寝間着の持ち合わせなどなく、会社の仮眠室に泊まるのは気が進まないが、仕方がないかと蘭は思った。


『最近入った警備のオッサンには、気をつけなよ。あいつ、鍵を持ってるし』

突然、同僚の木島ゆかりの言葉が、頭に浮かんだ。
先入観を持ってはいけないと思いつつも、正直、最近入った警備の男性が、何となく気持ち悪いのは、事実だった。
侘しく寒い空間で、思い起こすと、思わず身が震える。

「だ、大丈夫!いざとなったら、わたしには空手があるんだし!」

仕事を始めてからは、空手道場に通う機会もめっきり減ってしまったが。
まだ、素人に簡単にやられてしまう程、腕はなまっていない筈だ。



かたり。


ドアの外で音がして、蘭はビクリと身を震わせ、椅子を蹴って立ち上がり、身構えた。

ドアが開いて、姿を現したのは。


「く、工藤主任!」

蘭の直属上司・工藤新一の姿だった。
蘭は、ほうっと力を抜いた。

工藤新一は、蘭とひとつしか違わない25歳の若さだが、アメリカでスキップして大学を卒業したエリートで、入社して5年目になる。
それでも、この年齢で主任というのは、異例の出世だ。
仕事が出来るのは事実なので、誰も文句を言う者はいないが。

そして実は、蘭が密かに想いを寄せる相手でもある。

工藤新一という男、仕事は出来、エリートで出世頭で、その上、ルックスも良く、アメリカ帰りのせいか女性の扱いも紳士的で、女子社員達から、非常に人気が高い。
それでも、それだけであるのなら、蘭が好きになる事は、なかっただろう。

蘭は、新一と同じ企画室に配属されて。
そこで、新一のさり気ない下心のない優しさに触れる機会が、何度もあり。
そして、気付いた時には、恋に落ちてしまっていた。


ただ、女性に対して優しい新一だけれども。
公私の区別をつけなかったり、ハッキリ恋愛感情を表に出したりして、近付く女性社員には、一線を引いた厳しい態度を取る。
新一は、非常にもてるにも関わらず、社の内外を問わず、恋人がいないという話だ。

ライバルも多いし、新一は女性に興味がなさそうだし、社内恋愛はしないと断言しているし、蘭の想いが叶う事は無いだろうと、蘭はずっと、自分の気持ちを胸に秘めていた。


「主任。出張先から直帰の予定だったのでは?」
「予定外に早く帰れたから、会社の前を通ってみたら、灯がついてたから、気になって寄ってみた。残っているのは、毛利だけか?この天候、早く帰った方が良いだろうに、一体、どうしたんだ?」
「あ……その、実は、この企画書が……明日の朝までに先方に届けなきゃいけないのに、ミスが見つかってしまって……」
「……これか。毛利1人の責任じゃねえだろ?他のヤツはどうしたんだ?」

新一は、パソコン画面を覗き込みながら、言った。

「みんな、色々予定があったり、忙しかったりして……」
「だからと言って、オメー1人がバカを見るこた、ねえだろ?子持ちは仕方がねえけど、独身のヤツだって……」
「そ、そんな言い方、しないで下さい!みんなそれぞれ、今日はたまたま、仕方がない事情があるんだし、私だって、ミスした時に色々助けてもらったりしてるんですから、お互い様じゃないですか!」
「そっか……そうだな……悪かった。それに、考えてみたらこの件は、企画室主任として、オレに一番責任がある事だ。毛利、オメーも、もう帰れ。後はオレがやって置くからよ」
「そ、そんな!主任が責任者って言っても、出張中だったんだし……」
「普通だったら、一緒にやってくれって言うところだが。今日は雪で、いつ交通機関がマヒすっか、分からねえぞ。オメー、ヘタすっと、帰れなくなるだろ?」
「で、でも……!それは、主任も一緒でしょ?」
「オレは、男だし。帰れなくても、何てこたねえけど。オメーは女だろ?だから……」
「主任。それは、男女差別、セクハラだと思います!」
「……そこで、セクハラって言葉使うのかよ?」

蘭は、冗談口調で返しながら。
こういう気配りが、蘭が新一の事を好きな部分であり、同時に、沢山の女性に勘違いさせる元凶でもあると、考えていた。
新一は、女性には優しいが、それは、相手に恋をしているからでも何でもない。
ただ、フェミニストなだけ。
だけど、その優しさを向けられた女性は、しばしば、勘違いをしてしまうのである。

(わたしは、勘違いなんかしないもん。……残念だけど、主任はわたしの事、部下の1人としか見てない。その程度の事、わきまえてる)

蘭は、何となく。
新一はきっと、恋愛などとは無縁で、上司の紹介とかお見合いで結婚相手を見つけるのではないかと、考えていた。


何のかんの言いながらも、蘭は新一の気配りをありがたく受けて、帰ろうとした。
着替えて、職員用出入り口から、外に出る。

雪は一段と激しくなり、道路の隅っこや屋根の上などには、結構積っていた。


「やだ。もう、無理……」

時、既に遅く。
バスも地下鉄以外の電車も、もう止まっており、道路は混雑して、タクシーも殆ど見つけられそうにない状況だった。
もし運よく、タクシーを見つけられても、蘭の家まで直に帰ると、タクシー代が恐ろしい事になる。

今夜は会社に泊まり込みと、覚悟を決めて。
蘭はすぐ近くのコンビニに向かった。



「主任。お腹空いてません?今、コンビニで買って来たオニギリとおでんです、おでんがあったかい内に、食べましょ」

蘭が、会社に取って返し、企画室のドアを開け、新一に声をかけると。
パソコンに向かっていた新一は、目を丸くして蘭を見た。

「毛利!?どうして……そっか。もう、交通機関、止まってたか……」
「ハイ」
「仕方ねえ。だったら、付き合え。今夜は、会社に二人で泊まり込みだな」
「は、ハイ……」

答えて、蘭は、ドキドキし始める。
仮眠室には、二段ベッドが2台置いてあるが、男女別にはなっていない。
今迄、「女性社員が泊まり込む」事態は、想定されていなかったからだ。
となると今夜は、新一と同じ部屋に泊まる事になる。

何があると思う訳でもないが、同じ空間で、好意を持つ異性と二人で寝泊まりするというのは、かなりドキドキする出来事だと、蘭は思っていた。


二人で、オニギリとおでんを食べ、蘭が入れたお茶を飲み。
再び、作業に取り掛かる。

窓の外は、雪が激しく降りしきっている。
けれど、好きな男性と二人きりの空間は、先程1人だった時のような侘しさも寒さも、感じない。

二人で頑張った甲斐があり、企画書の修正は、思っていたより早くに終わった。

「御苦労さん」
「主任こそ。お疲れ様でした」

時刻は、午後9時を回ったところ。
いつもなら、この時間でも、残業する者がチラホラいても、変ではないが。
今夜は、雪の所為で、早くに帰った為、誰もいない。

新一が、伸びをした後、立って窓の所に行った。

「ん〜。せっかくなら、食事か飲みにか、行きてえとこだが。あいにく、ここから近い店は殆ど、閉めちまってるな……仕方ねえ、早いけど、寝るか」
「そ、そうですね……」

蘭は、カチコチに固くなりながら、答えた。
企画室の中では、パソコンしかない。
セキュリティの問題もあるので、私用でネットに繋いで遊ぶのは、禁じられている。
テレビがある食堂と応接室は、既に鍵がかかっており。
時間をつぶす為の読み物だって、持っている訳ではない。

上司であり男性である新一と、お喋りで間がもつ筈もないし。
携帯で誰かと話そうにも、電池残量が怪しい。

普段、寝る時間ではないけれど。
ここは、寝る以外、どうしようもない。


二人は、連れだって仮眠室に向かった。
仮眠室の隣にあるシャワールームで、交替でシャワーを浴びる。
出張から戻ったばかりの新一は、未使用のタオルを取りだして蘭に渡した。

「ホラよ。これ使え」
「あ、ありがとうございます」

こんな冷え込む夜、バスタオルもドライヤーもないので、髪を洗う事は諦め、体の汚れを洗い落とす事だけに専念する。
バッグに入れていた新しい下着を身に着け、服は仕方がないので、着ていたものをそのまま着た。



「げっ!ヒーター、あんま効いてねえな」

仮眠室に入るなり、新一が呟いた。
蘭も、言葉にはしなかったが、同感である。

この冷え込む夜、ベッドに毛布一枚しかない状況では、ヒーターが効かないと寒くて仕方がない。
新一が、2段ベッドの上の段にある毛布を取って、渡してくれた。
そして、それぞれ、違うベッドの下の段に、横たわる。

「じゃあ、毛利。お休み」
「お、お休みなさい」

毛布と敷布団自体は、定期的に業者にクリーニングしてもらっているらしく、湿っぽい感じも臭いもなかったが、毛布は薄いものだった。
2枚あっても、それでも寒い。

「遅くまで残業した挙句泊まり込む社員に対して、あまりにも失礼だよな。仮眠室を改善しないと」

新一のブツブツ言っている事が、蘭の耳に入る。

新一が「改善を提言する」ではなく「改善しないと」と断言した事に、蘭は若干の違和感を覚えたが。
寒さで、すぐに思考力が飛んでしまう。

蘭は、寒さに思わず震え、息の音を漏らしてしまっていた。

「毛利」
「は、はい?」
「さみぃし……そっち、一緒に入っても良いか?」

新一の言葉に、蘭の息が思わず止まる。

「何も、しねえから」
「あ……は、はい……どうぞ」

別に、新一が何か不埒な事を考えているとは、蘭も考えていなかった。
けれど……好きでもない男と一緒の布団で寝るのは、絶対嫌だけれども。
好意を持つ男性と同じ布団というのは、それはそれで、心臓に悪い事である。

蘭が、壁側に体を寄せると。
新一が、蘭の隣に潜り込んできた。
蘭は、心臓がうるさい位に音を立てているのを感じていた。
隣にいる新一のぬくもりが、息づかいが、嫌ではない、むしろ嬉しいけれども、緊張する。

新一も、さすがに緊張はしているのか。
時々、大きく息をしている。

眠れそうにないなと、思ったけれど。
新一が傍にいるぬくもりに、妙に安心して、ウトウトし始めた。


ややあって。
新一が、体を起こした。


「主任?」

まだ本格的に寝入っていなかった蘭が、目を開けて新一を呼んだ。

「わり。起こしたか?」
「い、いえ……」

新一が、ベッドから出ようとするのを感じて、蘭は思わず、新一の服の端を掴んだ。

「主任、どこ行くんですか!?」
「ごめん……我慢、出来そうにねえから」
「あ……し、失礼しました」

蘭は、赤くなって、新一の服の裾を離した。

「毛利。トイレの話じゃ、ねえぞ?」
「え?」

蘭は、新一の「我慢出来ない」を、トイレと思い込んだので、目をパチクリさせた。

「オレも、見通しが甘かったよ。オメーの隣に横になったりしたら、どうなるか、予測しておくべきだった」
「えっ?」
「もうちょっと、自制出来ると思ってたんだけどな」
「主任?何の、話ですか?」
「オメーに、手ぇ、出したくなっちまうって事だよ!」

そう言って、新一は、ベッドから離れて行く。
蘭は、喪失感と寒さに、ブルリと身を震わせた。

「待って!」

新一の服の裾を、再び掴む。

「毛利?」
「だって、寒いんだもん!ここに、いて下さい!」
「あのな。オレが言った意味、分かってねえのか?」
「良いです」
「は?」
「主任となら、構わないです……わたし……」


後になって考えても。
どうして、こういう大胆な発言が出来たのか、蘭にも分からなかった。

女性に興味がなさそうだと思っていた新一が、蘭に対して欲望を抱くのだと知って、嬉しかったのかもしれない。
恋が叶わぬまでも、1度きりであろうとも、抱いて欲しいと思ってしまったのも、ある。


気が付いたら、蘭はいきなり抱きすくめられ、唇を奪われていた。

「ん……んんっ!」

いきなりの事に、蘭の頭はついて行けない。

認識が後から追い付いて来る。
ファーストキスは突然に訪れていた。

新一の舌が蘭の口内に侵入し、蘭の舌に絡められる。
そちらに気を取られていると、新一の手が蘭のセーターを半ばまくりあげるようにしながら下着の内側に侵入し、ブラの上から蘭の胸をまさぐっていた。


ようやく唇を解放された蘭が、肩で息をしていると。
新一が、蘭の耳元に息を吹きかけるようにして、名を呼んだ。


「蘭」
「あ……しゅ、主任……」
「こんな事してんのに、そんな呼び方すんなよな」
「えっ?あっ!」

蘭のセーターがまくりあげられ、蘭は思わず拒むように腕を胸の前に当てた。
新一の手が、それをどかすように動かす。

「今更、嫌だって言っても、もう遅い」
「い、嫌だなんて、言わない……でも……」
「でも?」
「こんな事、わたし、初めてで……」
「……マジかよ?」

新一の手の動きが、止まる。
目を見開いて、蘭を見ていた。

処女だなんて、新一に重いと思わせてしまったかと、蘭は少し焦った。

「あ、あの……」
「やべ。すげー、嬉しい」
「主任?」
「だから、蘭。その呼び方、止めろって。今は、上司と部下じゃねえ、男と女だ」
「な、何て呼べば?」
「名前で呼んで」
「工藤さん?」
「どうして、そうなる?」
「じゃ……し、新一さん?」
「さんは、要らない」
「しんい……ち……?あっ!」

蘭が、新一の名を呼んだ途端に。
新一の手が、蘭のブラの中に入り込んで、直に胸の膨らみに触れた。

「せっかくだから。なるべく、優しくするよう、努力するよ」
「え……?あんっ!」
「オレも、初めてだから自信ねえけどさ」

蘭は思わず、「嘘っ!」と叫びたくなったが、その前に、胸の頂きをこすられて、甘い悲鳴をあげてしまった。

上半身をはだけられ、スカートのホックも外され下にずらされて、蘭は寒さに身を震わせた。

「寒いのか?」
「だって……んんっ!」
「すぐに、熱くさせてやる」
「あ……ああっ!」

ヒーターの効きが悪い、雪が降る冬の夜。
肌を暴かれて、すごく寒い筈なのに、新一に触れられて、蘭の肌は熱を帯びて行く。

新一の息づかいが、すごく荒い。
新一の掌が、蘭の胸の頂きをやんわりと揉みしだく。

「んん……あんんっ!」
「すげ……綺麗だ……それに、やわらけー……」

新一の口が、蘭の胸の頂きの片方を捉え、舌でなぶるように転がされる。
その後、強く吸われた。
蘭の体を、電流のような快感が貫く。

「やあ……っ!はああん!」

蘭は、初めての感覚に翻弄されながら、新一の頭を抱え込むようにして、背中を反らせ、甘い声をあげていた。
胸への刺激に気を取られている間に、スカートの内に入り込んだ新一の手が、太腿を撫であげる。


愛する男性に触れられる事が、これ程の快感を呼び覚ますとは、想像外だった。
新一の指と掌と唇が蘭の体を辿る度、蘭は甘い悲鳴を上げる。

蘭の服は、体を覆うという本来の役目を放棄し、蘭の背中や足先にかろうじて引っ掛かっているだけだった。

蘭の大切なところを覆う最後の布切れが取り去られ、新一の指が蘭の中心部に触れる。
そこは、既に熱い蜜がたっぷり溢れていた。

「へえ。女は感じたら濡れるってよく聞くけど……こういう風になるもんなんだ……」
「やあっ!そんな……っ!」

新一が感心したように言ったけれど。
蘭本人だって、まさか自分の体がそういう風になるなんて、予想もしていなかった。

新一もいつの間にか自分のシャツを脱ぎ捨てズボンを降ろしており。
蘭を抱き締める胸板の、思いの他のたくましさに、蘭はクラクラとなっていた。


新一の指が、まだ誰も触れた事がない蘭の入り口から中に侵入する。

「う……いた……」
「えっ!?蘭、痛いのか?」
「う、ううん、大丈夫」

異物感に奇妙な感じがしたが、痛かった訳ではない。
新一の指が抜き差しされ、段々変な感じになって来る。

「ん……やあ……っ」
「蘭。挿れるぞ」
「あ……」

今夜の事は、あらかじめ予測していた訳ではなく、いきなりだったから。
蘭は、事前知識を充分仕入れる余裕もなく、ただ、痛い思いをする人が多いという事を、聞いた事があるだけである。

蘭の入り口に当てられた灼熱の塊が、蘭の中に押し入って来た。


「……っ!あううっ!」
「ら……蘭……!ごめん!ちょっとの間、我慢してくれ!」
「……ぅくぅっ!」
「くっ!蘭、力、抜いて……」

力を抜けと言われても、圧倒的質力と痛みに、どうしても下腹部に力が入ってしまう。
蘭の目からは、生理的に滲み出た涙が、零れ落ちる。

文字通り、血と汗を流して、どれだけの時間が経ったのか。


「……っ!!」

蘭の入り口が少し緩んだところで、新一のモノがスルリと蘭の中に入り込んだ。
新一が動きを止め、蘭を抱き締める。

「はあっはあっ……ら、蘭。全部、入ったぜ。分かるか?」
「しゅ、主任……」
「だから。事の最中に、その呼び方は止めろって!」
「だ、だって……」

蘭の痛みは、少しずつ落ち着いてきた。
新一が、蘭を優しい眼差しで覗き込み、蘭はドキリとした。

「オメー、本当に処女だったんだな……」
「そ、そんな!……酷い!」

蘭の目からは、今度は悔しさと悲しさの涙が溢れる。

「蘭!ごめん!そんな意味じゃねえんだ!蘭のようなスゲーイイ女のヴァージンを、オレがもらえたって事が、嬉しくてよ」
「しゅに……新一……」
「オメーん中、すげー気持ちイイ……たまんねえ……」
「し、新一……」
「ごめん!動くぞ、蘭!」
「えっ?あ……んあっ!」

新一が律動を始めた。
揺すられて、落ち着いていた痛みがぶり返す。

「んあ……んっ!んうっ!」
「っくっ!蘭!」

新一の動きが止まり、蘭の中で新一のモノが脈打ち。
蘭の中いっぱいになっていた、圧倒的な質量感が落ち着いて来る。

「蘭……」
「新一……?」
「まだ、お前は、気持ちイイなんて……ねーよな?」
「えっ?」

新一が、時々、小刻みに腰を揺らす。
そうしている内に、蘭の中の質量がまた増して来た。
そして新一が、再び大きく動き始めた。

「んん……ああ……っ!」
「蘭……蘭……っ!」

痛みが徐々に、別の感覚にとって代わる。
蘭の悲鳴は、段々、艶めいた甘い声に変わって行った。


「あ……ああっ……しんいち……わ、わたし、何か変……んんああっ!」
「ら、蘭……!今度は、一緒に……いこうぜ……」

行くって、一体どこに?
という蘭の疑問は、言葉になる事はなかった。


蘭の全身を、けいれんに似た快感が貫き。
蘭の頭は真っ白にスパークし。
蘭がひときわ大きな声をあげて果てるのと同時に、蘭にグッと腰を押しつけるようにして新一の動きも止まり。
新一のモノが、また大きく脈動するのを、蘭は感じた。


「ふうっ」

新一が、大きく息をつき、蘭をぎゅっと抱きしめた。
新一が蘭の中から己を引き抜くと、蘭の中から溢れ出るモノがあった。
2人の体液に、蘭のハジメテの印も、混じっているのだろう。

「すげー、良かったよ。最高だった。蘭、ありがとう」
「し、新一……」

つい、数時間前。
会社に1人で泊まり込みになる事を覚悟した時は、まさか、こういう事になるとは、夢にも思っていなかった。

大好きな相手と結ばれた幸せを噛みしめると同時に。
この先に待つだろう辛さを覚悟して、蘭は涙を流した。

「ら、蘭!?何で泣く?」
「な、何でもないです……」
「まさかオメー、後悔、してんのか?流されて、こうなっちまったって?」
「違う!違います!でも……ら、来週には、何事もなかったように、部下の顔をする事を約束しますから……い、今は、ごめんなさい、主任……」

新一が、大きく息をつくと、鋭い眼差しで蘭を見詰めた。
その目が少し怖くて、蘭は身を縮める。

「おい。蘭、オメーまさか……これ切りの関係だって、思ってるんじゃねえだろうな?」
「え……」
「ひと晩だけの関係で、来週からはただの上司と部下に戻るなんて、本気で思ってるのか?」
「だ、だって!主任は、社内恋愛に厳しい風だったし!」
「蘭!オメーはオレの事、社内恋愛はしねーけど、部下をひと晩の慰み者にはするような、薄情な男だと思ってるのかよ!?」
「えっ……?」
「オレは、一時の欲望だけで、こんな事しねえよ!そりゃまあ、その……今夜、最初からこんな事する積りだった訳じゃなかったけどな……つい、我慢出来なくなったのは、オメーの事を前から、にくからず思っていたからで!」
「にくからずって……あの……」
「……オメーも相当鈍いな!オレは前から、オメーの事が好きだったっつーの!」
「う、嘘……」

あまりにも嬉し過ぎる事を聞いたせいで、なかなか信じられない。
蘭の目から、また、涙があふれ出した。

「本気だ。信じてくれ」
「は、はい……」
「蘭。オメーの気持ちは?」
「わ、わたしも、主任の事、好きです……」
「だから!オレの腕の中で、役職名で呼ぶな!」
「し、新一……」
「よろしい。……まあ、当面、周りには秘密にしなけりゃならねえけどよ。これからは、プライベートでは、恋人同士な」
「はい……」

蘭が、小さな声で答えると。
新一は、ホッとしたように表情を緩めた。

「初めてが、こんな場所になって、ゴメンな……」
「ううん。場所なんて、どこでもいいもの。幸せです、わたし」
「スゲー、嬉しい事を言ってくれるぜ。ホント、オメー、可愛い……」
「え?キャッ!」
「寒くなって来た。また、温め合おうぜ」
「し、新一?あんっ」


新一の愛撫に、蘭の体に再び火がつくのに、さほど時間は掛からなかった。

雪の夜、仕事で会社に泊まり込んだ筈が。
愛する人との熱い初夜に変わった、2人の夜は、更けて行った。




   ☆☆☆



目が覚めた時。
蘭は、状況が分からなかった。

自分の家でもなく、かと言って、会社の侘しい仮眠室でもなく。
蘭は、服を身につけて、暖かい室内のソファーの上で、新一に抱き締められていたのである。


昨夜の事を思い出して、顔が火照ったが、同時に幸せでもあった。


「おはよう、蘭」
「おはようございます……主任……」
「だから。その呼び方は止めろって。社内とは言え、今は勤務時間外だ」
「え?社内?ここ、どこ……?」

蘭は、驚いて身を起こした。

「あの後、ヒーターが本格的に壊れちまって。いくら身を寄せ合ってても、あのままじゃ風邪ひきそうだったから、こっちに連れて来た」
「こ、こ、ここって、まさか!役員室じゃ?」
「ああ……そうだな。社長室の隣の応接室だ」
「かかか、勝手にこんなとこに入ったら、怒られるんじゃ!?」
「良いよ。非常事態だし。それに……オレは、現会長の孫で、次期社長の予定だしよ」
「えっ!?」

現会長は、確か藤峰といって、新一とは姓が違う筈。
蘭の想いが顔に出たのか、新一は事もなげに言った。

「母方の祖父だからな。オレの父親が会社に入るのを蹴った分、オレが割を食う事になっちまって」

蘭は、血の気が引くのを感じていた。
新一の腕から抜け出て、扉に向かおうとする。

「待てよ、蘭、どうしたんだ!?」
「は、離して!」

新一に抱き締められそうになって、蘭はもがく。

「どうして……どうして?新一は……主任は……何で!?」
「ああ。身分を隠して、会社に普通に入ったのは何でかと言えば、修行の為だな。誰も、オレが次期社長とは知らねえ」
「あ、あなたは……!」

きっと、新一は、いずれ、立場にふさわしい女性と結婚する筈。
蘭は新一にとって、ひと晩の慰み者じゃなくても、一時の熱病の相手に過ぎないのだろうと、酷く悲しくなっていた。


「蘭。蘭!オメーに打ち明けたのは、オレの恋人だからだ!」
「えっ?」

蘭は、顔をあげた。
新一が、真剣な眼差しで蘭を見詰めている。

「オメーがゆうべ、オレを受け入れてくれたのは、1人の男としてオレを愛してくれていたからだろう?それとも、それはオレの自惚れか?」
「違います!自惚れなんかじゃ、ありません!でも……っ!」
「立場を気にするなと言っても、無理だろうけど。オレは……男と女として、オメーと向き合いたいんだ!」
「し、新一……」
「オレの、傍にいてくれ……頼む……」

新一が、蘭の肩に頭を乗せ、懇願するように言った。


蘭は、この会社の経営陣が、庶民とはかけ離れた存在である事を、知っている。
殆ど雲上人と言って良い存在で、まず、恋愛結婚などとは無縁だという事も。
そうじゃなくても、蘭に、社長夫人などが務まるとは思えない。

いずれ、新一に縁談が持ち上がった時には、蘭は身を引かなければならないだろう。
その時絶望する位なら、いっそ、今の内に、ひと晩だけの関係の内に、良い夢を見たとして、終わっていた方が、きっとマシだ。



蘭は、そういう風に考えながらも。
愛する人と結ばれたばかりの今、突き放す事は、ついに出来なかった。



蘭が、新一の背中に手を回すと。
新一は、ホッとした表情で、蘭を抱き締めた。


「雪も止んだようだし。これから、食事をして……映画を見て……今夜は、ホテルに泊まろう」

新一が泊まろうと言ったホテルの名は、蘭が普段近寄りもしないだろうトップグレードのものだった。
でも、もう、引き返せない。
蘭が頷くと、新一は微笑み、蘭の唇に己の唇を重ねて来た。


キスの味は、甘く、そして、ほろ苦かった。




To be continued…….



+++++++++++++++++++



<後書き>


新蘭上司と部下のオフィスラブパラレルも、良いなあと思いまして。

前に「愛人!!!?生活」ってのもやりましたが、また、別パターンで書いてみたくなりました。


今回は、私には珍しく、「エッチに至ったけど、お互いに気持ちを知らないまま」ってのは、ないんですけど。
ちょい、別の障害が。あわわわ。


これ、実は、とあるレディスコミックが元ネタで。
読んだ事がある方は、すぐに「ああ、あれか」と、分かる筈です。
夏になるのに冬の話で申し訳ないですが、元ネタがそうだったもんで。

でまあ、続きは、あるような、ないような。
リクがあったら、続きを書こうかなあと。かなり、いい加減です、はい。


まあ、今回のだけでも、別に、バッドエンドではないんですが。
続きをもし書くとしたら、そりゃもう、ハッピーな終わり方は、間違いないだろうと……うん。多分。


戻る時はブラウザの「戻る」で。