むらさきの にほえる……



byドミ



(捌)縁談



 朝の光の中で。
 新一は、情事に疲れ果てて泥のように眠る蘭の姿を、飽かず眺めていた。蘭の透き通った肌には、新一がつけた赤い花弁が散っている。
 舞踏会のドレス姿で、スタイルの良さはある程度予想していたのだが。蘭の生まれたままの姿は、新一が想像していたよりも、ずっとずっと美しかった。
 蘭は昨夜、その美しい体を惜しげもなく全て晒し、新一に委ねてくれたのだ。

 そして、蘭も新一の事を慕ってくれていたと知った事は。その身を手に入れた事より、ずっと嬉しい事実であった。新一にとって、これ以上にない位、満ちたりて幸せな夜だった。

 初めての蘭に無理を強いている事が分かっていたが、新一の欲望は果てる事なく、溺れるように何度も抱いた。何度蘭の中で果てても、狂おしく蘭を求める気持ちは募るばかりだった。

 いつまでも離れがたかったが、やがて新出夫妻も帰って来るだろう。新一はそっと蘭の体を離すと、軽く口付け、蘭の体に夜具をかけ。そして、自身は寝床から出て、身支度を整えた。



 朝、雨上がりの地面に強い日差しが射し、いつもより更に暑くなり始めた頃、新出医師とひかるは帰って来た。出迎えたのは新一である。

「ただ今帰りました」
「お帰り、新出さん、ひかるさん。その様子だと患者さんは無事回復したようですね」
「はい、もう早くに落ち着いたのですが。ひかるさんの体の事もあるし、風雨が酷くなったので、泊めて頂きました」
「……成る程。安定期に入ったとは言え、雨に当たるのは堪えるからという事か。ひかるさん、よく休めましたか?」

 新一の言葉に、ひかるは少し頬を染めながら頷いた。

「ところで工藤子爵様、蘭様はまだお目覚めでは?」
「あ〜、ちょっと……今は寝てるようだ」
「ええ?蘭様、いつも早起きなのに!どこか具合がお悪いのでしょうか?」

 ひかるが慌てて二階に上ろうとするのを、新一は制した。

「あ、い、いやその……蘭は具合が悪い訳じゃなくて……」
「子爵様?」
「そ、その……昨夜、蘭には無理させちまったみてえで……殆ど寝てねえし」

 新出もひかるも、真っ赤になってしどろもどろに言う新一を、信じられないと言うような目で見た。

「工藤子爵、もしかして蘭さんを手篭めに!?気がありそうとは思ってましたが、そのように手が早いとは……」
「工藤子爵様?まさか、無理やり蘭様の寝込みを襲ったんじゃないでしょうね!?」
「あのな。オメーら、一体オレの事、何だと思ってんだよ?オレには、嫌がって拒む女を手篭めにする趣味はねえ!」

 新一が真っ赤な顔で言い訳する。「人妻と思っていたのに手を出した」事は、しっかり棚の上に上げていた。

「冗談ですよ、流石にそのような人とは思っていません」
「ふふふ、雷を怖がった蘭様の据え膳を、ちゃっかり頂いたってとこじゃないですか?」

 ひかるに鋭いところを突かれ、新一は狼狽していた。
 新出が、真顔になって新一に問うた。
「子爵、蘭さんは毛利男爵様からの大事な預かりものです。もし何か遭ったら申し訳が立ちません」
「わーってるよ。据え膳を食うからには、それだけの覚悟は決めている。オレは、蘭を昨夜妻にした、そういう事だ」

 本来、「据え膳食わぬは……」とは、食い逃げOKを意味するものではない。まだ男女平等ではなく女性の貞節が重んじられる世界で、女性から関係を迫るというのは、大きな覚悟を必要とする事。その女性の気持ちと覚悟をきちんと汲んでやり、男として責任を果たすべしという意味合いなのだ。

「え?妻って……正妻にされるお積り……って事ですか?」
「正妻も何も……オレが妻にする女は、蘭一人だけだ」
「それは重畳。安心しました」

 新出が微笑んで言った。
 この際、新一が蘭を妾の一人として扱っても、決して軽んじた事にはならないし、責任を果たすという意味ではそれでも構わないのであるが。
 毛利家から蘭を預かった新出医師の立場としては、出来れば蘭をそのような事にはさせたくない気持ちがあったのだ。

「で。『蘭の夫』として、問う。蘭は何故、ここに預けられる事になったんだ?」

 新一の言葉に、新出医師はひかると顔を見合わせた。他人に話す事は憚られる事ではあるが。新一はハッキリと「蘭の夫として」と告げたのであるから、無碍に出来る事ではない。
 新出医師も覚悟を決め、蘭が新出家に預けられるきっかけとなった事件の説明を始めた。


   ☆☆☆


 全てを聞いた新一は、怒りに身を震わせていた。
 勿論、風戸京介への怒りが大きいのであるが。自分自身に対しても、腹を立てていた。

『オレは……蘭の真情も知らずに、何て事を言っちまったんだ!』

 蘭が新一の腕の中で、泣いて訴えた事を思い返す。
 新一より身分が上の風戸京介に、身を任せる事をよしとせず、退けた蘭が。成り行きで新一に身を任せる筈など、無かったというのに。
 新一は、蘭を愛し欲しながらも、蘭の慎みと誇り高さを理解していなかった自身を、恥じていた。蘭を傷付ける事を言ってしまったと、後悔した。

 そして。
 今、その不正を調べている風戸侯爵家であるが。絶対にそれを暴いて、風戸京介を追い落としてやると、新一は私的な怒りの中で決意していた。

「……風戸の息子、許しちゃおけねえ。ぜってー、目にもの見せてやる」
「お相手は、工藤子爵よりも身分が上ですが?」
「フッ。上等じゃねえか」

 新一は、不敵に笑った。

 新出医師とひかるとは、不安げな面持ちで顔を見合わせる。新一の人柄と能力は信頼しているが、蘭を守り得るのか、不安に思わずには居られなかった。

「蘭がいつまでもここに居るのは、新出さん達にも類が及ぶ恐れもあっから。出来るだけ近い内に、蘭を迎えに来る」
「それは、良い事だと思いますが……大丈夫でしょうか?」
「いくら侯爵家といえども。伯爵の跡継ぎの正妻になった女に、おいそれと手出しは出来ねえよ。だからむしろ、少しでも早く、蘭をオレの正式な妻にする必要がある」
「成る程。しかし、子爵ご自身はともかくとして、ご両親であらせられる工藤伯爵様と奥方様が、どうお考えになるでしょう」
「父上と母上が、オレの決めた事に異を唱える事は有り得ねえ。それだけの信頼関係は出来ている」

 新一がキッパリと言ったので。新出医師の表情は緩んだ。

「蘭の傍についていてやりたいが、少しでも早く手を打つ必要があると思う。今日は一旦帰宅するが、近い内に必ず迎えを寄越すから。それまで、蘭を頼む」

 新一はそう言って頭を下げた。すっかり「蘭の夫」の顔になっている新一を、新出医師とひかるは、少し眩しげに見詰めていた。


   ☆☆☆


「ただいま」
「お帰りなさいませ、若様」

 新一の帰宅を出迎えたのは、侍女の1人・七川絢(あや)である。絢は、まだ17歳、蘭と同い年だが、侍女の中でも新一の母・有希子の信頼が篤い1人だった。

「父上と母上は?」
「只今ご来客中です」
「そうか……じゃあ、待つか」
「いえ、それが。もし若様がお帰りになるようでしたら、即刻お通しするようにと、奥様が……」
「?そういう事だったら、取り次いでもらえるか?」
「かしこまりました」

 ほどなく新一は、両親が接客中の応接間に通された。

「やあ、お帰り、新一君」
「待ってたのよ」

 気のせいか、いつもよりにこやかな両親である。もっとも、2人ともポーカーフェイスが得意だから、その表情も額面通りに受け取る事は出来ないが。

 新一は、客の顔を見て、驚き。しかし、辛うじてその驚きを表情に出すのを抑えた。

「毛利男爵様、それに男爵夫人……」

 新一の両親である工藤優作伯爵と工藤有希子伯爵夫人の向かい側の客用ソファーに、居心地悪げに腰掛けているのは。蘭の両親である毛利小五郎男爵と毛利英理男爵夫人であった。


「実は、毛利男爵夫妻からは、ご令嬢の事で相談を受けていてね」

 新一が空いているソファーに腰掛けると、優作がそう切り出した。

「は、伯爵様。ご令息にはその話は……」

 小五郎が慌てたように話を遮ろうとした。

「男爵殿。新一は若輩ですが、私と共に、風戸侯爵家の後ろ暗い部分を暴こうとしています。ご令嬢の件は、他ならぬ風戸侯爵家が絡んでの事。是非とも、愚息もこの話に加えて頂きたい」
「……伯爵様がそう仰るのでしたら……」

 小五郎が、不承不承といった体でそう言って。優作は、新一が今朝方聞いたばかりの、「毛利蘭男爵令嬢と風戸京介侯爵令息」の顛末について、話をした。

「で、今日毛利男爵夫妻がここを訪れたのは。ご令嬢はとあるところに匿っているのだが。風戸侯爵家からの『ご令嬢を差し出せ』という圧力が日に日に強まっているという相談なのだよ」
「私らに対しての圧力なら、耐え抜いて見せますが。万一にでも蘭が見つかってしまうと、強制的にでも連れ去られる恐れがある。どうやって蘭を守ったら良いのか……」

 小五郎が大きく息をついて、言った。

「もし、ご令嬢が風戸侯爵家に連れ去られたら、どうなるものか。新一君、君には予測がつくだろう?」

 優作から話を振られて、新一は拳を握り締めた。そして、自分の気持ちを押し殺しながら、言葉を発する。実際、口にするのも厭わしい事なのだ。

「風戸京介子爵が、蘭さんに執着して、妾の一人にしよう……と言うのであれば、まだ、マシかも知れません」
「ま、マシとは何だ、蘭をあんな男の妾になんぞ……!」

 小五郎が激して言いかけるのを、英理が隣から押さえた。新一が、冷静さを装いながら、続ける。

「風戸侯爵家はね。人身売買の嫌疑がかかっているのです」
「な……に……?」
「風戸家が今迄手中にした、そこそこ良い家のご令嬢が、その後どうなったか、分かりますか?遠い国の金持ち連中に売り飛ばされているのですよ。毛並みの良い日本女性は、黒髪黒い目象牙肌と、慎ましい性格とが『珍重』されているのです」

 新一が告げた恐るべき事実に、小五郎は大きく喘いだ。

「蘭さんは、毛利男爵令嬢という『そこそこ良い家柄』であり、容姿も群を抜いている。風戸京介も、蘭さんを手篭めにしようとした最初は『自身の妾』候補として考えていたのかも知れない。傷物にすると、商品価値が下がりますからね。けれど、今、蘭さんを差し出せと言っているのは、別の意味でしょう」
「だ……だが……蘭は男と駆け落ちした事になっている。しょ、『商品価値』という意味なら暴落しているのでは?」
「だから、そこは、口封じ兼腹いせですよ。風戸京介子爵を振ったのみならず、体術を使って気絶させたのですから。価値が下がっていても、ご令嬢を……」

 新一も、それ以上に言葉を続ける事が出来なかった。いつの間にかきつく握り締めていた拳が、ブルブルと震えている。
 蘭が人妻であると言う思い込みに囚われて、蘭の置かれている厳しい状況を理解していなかった自分自身への怒りに、目眩がしそうだった。


「で、ご令嬢を守る方法だが。男爵令嬢であれば、侯爵家からの圧力を無碍に出来なくても。次期伯爵の正夫人となれば、いかな侯爵家であろうと、正当な理由なく差し出せとは言えなくなると、思いますがね」

 優作の妙にのんびりした意味ありげな言葉に、新一と小五郎は、目を見開いた。有希子が嬉々とした声で、後を続ける。

「そ。だから、新ちゃんが蘭ちゃんをお嫁さんにすれば、万事解決♪って事で、工藤伯爵家の花嫁として、蘭ちゃんを迎えようと思うんだけど」
「は!?」
「大丈夫、新ちゃんがいつお嫁さんを貰う気になっても良いように、結納一式と婚礼の支度はバッチリ!整えているから!風戸の魔の手から守る為に、今すぐにでも蘭ちゃんをお嫁さんにお迎えする事は可能よ」

 思いがけない話の成り行きに、新一は一瞬頭が真っ白になってしまった。

「ちょ……ちょっと待ってくれよ、母さん!」
「あら、新ちゃんは、蘭ちゃんが遠い国のヒヒ爺の餌食になっても構わないって、そう言うの!?」
「あ、いや、そういう事じゃなくて!」
「酷い、酷いわ、新ちゃん!新ちゃんには、いたいけな娘さんを救ってあげようと言う男気はない訳?母さん、新一をそんな情けない子に育てた覚えはないわっ!」

 よよよと泣き伏す芝居をする有希子を、口を開け呆然として見ていた新一だったが。
 目を点にしている小五郎と、妙に冷静な視線を有希子に寄越している英理の姿を見て、我に返った。

「母上」

 低い声で、新一は有希子を呼んだ。

「……どこまで、ご存知なんですか?」
「ええ?何の事かなあ?」

 顔を上げた有希子の目には、当然の事ながら涙の後もない。しれしれと言う有希子に新一は、一瞬だが、わが母親ながら殺意を覚えてしまった。

「そんな怖い顔、しないでよお」
「だから、どこまで知っているんです?」
「え、ええっとね。最初舞踏会に行く事を嫌がってた新ちゃんが、嫌がらなくなって。ダンスに誘うお相手は、蘭ちゃんだけで。蘭ちゃんが預けられているドクトル新出宅に、新ちゃんが入り浸るようになって。どう考えても女物の赤い小紋の着物を最近買ったって事、かなあ?」

 新一はテーブルに手を突いて、脱力してしまった。どうやら母親の掌で弄ばれていたらしいと気付いて、むかむかしてくる。

「あら。有希子。着物の件は初耳ね」
「んふふ〜、うちの贔屓の呉服屋ですもの、もうバッチリ情報は入っているわよ♪」
「……男爵夫人も、グルだったのかよ……」

 新一は、先頃英理がここを訪れて、有希子と意味深な会話をしていた時の事を思い出していた。あれはおそらく、最初から新一に聞かせて焚き付ける積りの会話だったのだろう。


「お、おい、英理?一体何の話なんだ?」

 どうやら、つんぼ桟敷に置かれていたらしい小五郎が、目を点にしたまま英理に向かって言った。

「工藤伯爵ご令息の新一様と、うちの蘭とが、イイ仲だって話よ」
「え!?そ、そういう訳では!」

 思わず新一が反論する。

「え?違うの?新ちゃんったら、まさかまだ、うじうじと片想いしてるんじゃないでしょうね!?」
「……イイ仲になったのは、つい先頃の事です」

 有希子の問いに、新一は、溜め息をつきながら白状した。


 そして新一は、小五郎と英理の方に向き直り、頭を下げた。

「毛利男爵様、男爵夫人、蘭を……蘭さんをオレの妻に下さい!」

 新一は、当初自分の両親に事の経緯と蘭を妻にしたい旨報告した後、その足で毛利男爵邸を訪れ、男爵夫妻に言う筈だった台詞を。ここで、口にした。
 応えの言葉はなく、新一が頭を上げると。苦虫を噛み潰したような顔をした小五郎と目が合った。


「この話の流れで、否やと言える状況ではありませんな。ひとつ聞きたいのだが。ご子息は、蘭を助ける為だけに、形式上、正式な妻に貰って下さるお積りで?」
「……そうではありません。風戸の件がなくても、オレ……私は、蘭さんを私の妻にと、思い定めていました。元々、今日は、両親にその事を告げた後、男爵様のお宅に伺って御挨拶をする積りだったのです」
「あなたの立場なら、もっと身分が高かったり経済力があったりする家との縁組も可能だが?」
「私達の身分では、男女の愛というものが如何に軽んじられるかは分かっています。けれど、私は蘭さんを、蘭さんただ一人を、愛しています。他の女性と結婚などしても、それこそお飾りにしてしまうのが目に見えている。私が……その……子供を産ませる事が可能な女性は、蘭さんただお一人ですから。名実共に妻としたいのは、蘭さんただお一人ですから。どうか、蘭さんを私の妻に下さい」

 そう言って新一は再び小五郎に頭を下げた。小五郎は相変わらず苦虫を噛み潰したような顔で、英理と有希子は目を丸くして、新一のその姿を見ていた。
 小五郎が、再び口を開いた。

「その。こういう状況だし、ありがたい話だと分かっているが。私はね、蘭自身の意向を無視して話を進める事など出来ませんな。いや、そりゃ、あの子の立場なら親に従って嫁入り先を決めるのが普通だが」
「……蘭さんは、もしかしたら断るかも知れません。けれどそれは、嫌だからじゃなくて、私の立場を思いやっての事だろうと確信しています」
「ご子息は、えらく自信を持っておられるようだが、その根拠は?」
「……昨夜、蘭は実質上、私の妻になりました」
「なにっ!?」

 今迄立場上だろう、自分を抑えていたらしい小五郎は、ハッキリと顔色を変えた。腰を浮かせ、その拳がブルブルと震える。新一に掴みかからんばかりの様子に、英理がハラハラした様子で夫を見やったが、流石に小五郎は自制したようだ。

「何と言われる!?あの子を!?」
「ご挨拶前に、婚儀の前に、申し訳ないと思っています。が、オレも蘭もいい加減な気持ちではなかった。オレに全てを委ねようとした蘭の覚悟に、オレは男として応えた。そういう事です」

 新一が言外に示唆した「据え膳状態だった」事を、小五郎は理解したのだろう。大きく息をついて、浮かした腰を落とした。

「蘭も、慎ましやかに見えて、時々親も驚くような大胆な事をやってくれる。子爵殿、こうなっては最早あなたに委ねるしかありませんな。蘭を頼みます」

 小五郎が苦い声で呟いた。新一に蘭の事で頭を下げなければならないのが、よほどに悔しい事なのであろう。これが、娘を可愛く思う父親の感傷というものなのかと、新一はおぼろげながら考えていた。


「流石に、新ちゃんがそこまで行動していたとは、知らなかったわ。あっぱれと褒めるべきか、手が早いと嘆くべきか、う〜ん、悩むわねえ」
「……蘭は、襲われかけた経験があるから、それ位ならお慕いする殿方に全てをと、思い詰めたのでしょう。あの子には、そういう妙に腹の据わった所があるから。けれど多分、子爵様の仰る通り、『私は妾で構わないから、子爵様にはもっと身分が高い奥方を』とか言い出しそうなところはあるわね」
「そっかあ。大胆だけど、相手の立場ばかりに気を回す。母親に似てなくて良い子だわねえ」
「余計なお世話よ!」
「で、もう今日中に蘭ちゃんをお屋敷にお迎えしたいと思うのよ、ドクトル宅はまだ突き止められてはいないだろうけれど、安心は出来ないし、男爵邸に戻るなんてとんでもないし。で、蘭ちゃんをとりあえず匿った上で、結納結婚式と数日内に勧めたいと思うのだけれど、どう?」
「お任せするわ。私も、今回の事では感謝しているのよ。蘭が愛した相手が、蘭を愛してくれて、蘭を守り得る力を持っておられて、それは本当に、とてもありがたい事だと思っているの。小五郎だって、本当は分かっているのでしょう?」

 英理の言葉に、小五郎はフンと鼻を鳴らしただけだった。
 優作が妙ににこやかな顔で言った。

「という事で。風戸家との決戦は控えているが。とりあえず、両家の縁談がまとまりましたな。いや、めでたい事です。早速、今後の手配をしましょう」


 そして、その日の午後には。
 蘭を迎える為の車が、工藤邸から新出邸に向かって行ったのであった。





(玖)に続く

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<後書き>

今回、有希子さん達の陰謀(笑)が、表に出ましたが。
実は、まだ明らかにしていない陰謀(という程の物でもないけれど)が、有希子さんとえりりんの間で、ありました。

母親ですから、子供の好みは把握している、と書けば、想像がつくでしょうか。

ともあれ、2人の気持ちはとっくに双方の母親には知られており。
新蘭が知らないところで、既に外堀は埋められていたんですね。
風戸の件がなくても、早晩縁談が持ち上がっていた事でしょう。

原作のえりりんは、案外蘭ちゃんと新一君との仲に難色を示しそうな気もしますが。
このお話では、時代背景と状況がちと特殊なんで、色々と違います。

ただ、これで新一君と蘭ちゃんの身分が逆だったら。
それでも新一君は簡単に諦めないでしょうけれど、毛利家の反対が強くて、難しい局面に立たされていたでしょうね。

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