むらさきの にほえる……



byドミ



(漆)約束



 蘭は、目が覚めた時、一瞬状況が分からず戸惑った。
 蘭を包む温もりに、ひどく安心出来る。

「あ……!」

 蘭は、生まれたままの姿で、やはり生まれたままの姿の新一に、ベッドの上で抱き締められているのだった。
 そして、思い出す。体が引き裂かれるような、けれど甘い幸せな痛みの中で、新一に純潔を捧げた事を。

「蘭?気がついたのか?」

 新一の端正な顔に、至近距離から見つめられて。蘭は心臓が跳ね上がりそうになった。

「し、新一様……」
「蘭。すげー良かったよ」

 新一が優しくそう言って、蘭の唇に新一のそれを重ねて来た。
 甘い口付けに、蘭はうっとりとなる。
 新一の片手がしっかりと蘭を抱き込み、もう一方の手が蘭の胸をまさぐり始めた。

「え?し、新一……様……?」
「蘭。オメーが欲しい」
「だ、だって、たった今……!」
「一回だけじゃ足りねえ。けど、気を失っている蘭を抱くのは気が引けたから、目が覚めるまで待ってた。それに……夜はまだ、長い」
「あっ!ああ……っ!」

 新一に、指で唇で触れられると。蘭が今迄知らなかった感覚を呼び覚まされる。

 体の芯が熱く、痺れるような感覚が全身を貫き。蘭は声を上げ身をくねらせる。


「はあああん!」

新一が、蘭の胸の飾りを口に含んで舌先で転がすと、蘭は高い声を上げて新一にしがみ付きながら仰け反った。

「蘭の体、すげー感度がイイよな……」
「そ……そのような事、仰らないで下さいまし!ん……あっ!はああん!」
「ホラ。すげー感じてるじゃん。ついさっきまでは処女だったくせに、ここまで感じるってのは珍しいよな」

 新一の言葉に、蘭は冷水を浴びたような衝撃を受けて、固まった。

『新一様は、私の事、淫乱な女だと思っていらっしゃるんだ……』

「うっ……!」

 蘭は、涙が零れ落ちそうになって、慌てて顔を手で覆う。堪え切れない嗚咽が漏れる。

「ら、蘭!?」
「し、新一様は、私が……どの殿方であっても、触れられたら感じてしまう淫乱だと、そう思っていらっしゃるのですか!?」

 惨めだった。辛かった。
 蘭が意を決して新一の元に来たのに、新一は蘭の事を、相手が誰であっても簡単に迫る女だと考えていたのだろうか。

「いや、誰でもって思ってる訳じゃねえが……今夜の状況だったら、相手がオレじゃなくても、もしかして……」

 新一の、あまりと言えばあまりな言葉に、蘭は更に涙を流す。

「違います!私は、私は、新一様だから……!し、新一様はご存じなかったかも知れませんけど、私、ダンスだって他の殿方と踊った事はありません!他の殿方に触れられたら気持ち悪いんですもの!でも、新一様だけは、違っていたから……」
「蘭……?」
「わ、私は、私は……いつか殿方にこの身を捧げる事があるとしたら、新一様以外の方は嫌だって……ずっと……」

 それ以上は言葉にならず、蘭は嗚咽を漏らした。

「蘭?顔を見せて」

 新一が蘭を抱き締めたまま、柔らかな声音で言った。蘭はいやいやするように顔を覆ったまま首を横に振った。
 新一は、いくらでも女性を選べ、戯れに抱ける立場。美しい処女との一夜の契りだって、望む事は可能なのだ。
 蘭にとって、自分の処女を捧げるのが如何に特別であっても、新一に取っては、きっとそうではない。だからきっと、新一にとって、蘭の気持ちはウンザリして重い以外の何ものでもないだろう。新一は紳士だから、声を荒げたり乱暴な事をしたりはしないが、きっと呆れているに違いないと、蘭は惨めに思っていた。

「蘭」
「こ、こんなみっともない顔、見ないで下さいまし!」
「蘭は、どんな顔をしていても、可愛いよ。でも、出来れば笑って貰った方が、もっと良いけどな」
「な、なっ……!?」

 新一の言葉に、蘭はカッと頬に血が上る。新一への気持ちを知られて仕舞い、からかわれているような気がしていた。
 新一がそっと、蘭の両手を掴んで脇にどける。力尽くでそうされた訳ではないが、蘭は抗えなかった。

「蘭、目を開けて?」

 蘭は、ギュッと目を閉じていたのだが、新一の優しい声音に逆らえず、目を開けた。
 信じられないほど優しい瞳で、蘭を見詰めている新一の顔が目の前にあり、蘭はドキリとする。
 新一はそっと蘭の唇に触れるだけの口付けを落として、蘭の目を覗き込みながら、言った。

「蘭。嬉しいよ。オメーの純潔をいただけた事も、スゲー嬉しかったけどさ……オメーが、成り行きなんかじゃなく、初めてをオレにって、ずっと考えていてくれてたってのが、すっげー嬉しい」
「新一様……?」
「ずっとずっと。オメーが欲しいと思って、焦がれていた。なのに、オメーの方から、ここに来させて。オメーの方から、告白させて。本当にすまねえ」

 蘭は目を見開いた。信じられないような言葉を聞いた気がする。

「蘭、愛してるよ」

 新一の言葉がにわかには信じられず、蘭は頭が真っ白になった。
 意味が分かると、今度は新たな涙が零れ落ちる。もう死んでも良いと思う位に嬉しかった。たとえそれが、寝床の中だけの戯れの言葉であったとしても。

「あのさ。オメーが感じ易いって言ったのも、別にオメーが淫乱だと馬鹿にしてんじゃなくて。その……抱いた時、女性が気持ち良いって感じてくれる方が、こっちだって嬉しいんだぜ。惚れた女を抱くなら、尚更だ」
「新一様……」
「純潔を頂いたは良いけれど、オメーが痛がって泣いただけで全然気持ち良くなかったってんなら、オレは自分で自分が許せねえよ」

 蘭は驚いて新一を見た。男性であっても必ずしも性行為にあたって自分本位で自分の快楽だけが大切な訳ではなく、愛しく思う女性を抱く時には「女性側にも気持ち良くなって欲しい」ものであるらしいと、何となく理解したのだが。どうも、やはり女側の思いとは、ずれているように感じる。
 蘭は、たとえ新一との行為が全然気持ち良くなくて、痛いだけで感じるという事が全く出来なかったとしても。初めて抱かれた相手が新一であるというそれだけで、きっと幸福だったに違いないのだから。

「新一様。その……もしも、気持ち良くなかったとしても。お慕いする殿方にこの身を捧げられるのであれば、痛いだけであっても、女は幸せなんですよ」
「そういうものなのか?」
「はい」

 蘭は、心からの笑顔を見せて頷いた。何だか気遣いがずれているような気はするが、新一が大切に慈しんで蘭を抱いてくれた事を、感じ取ったからだ。

「愛してる」

 新一はもう一度、そう囁いて。今度は深く口付けて来た。

 そして新一が再び、蘭の体をまさぐり始める。蘭はそのまま身を委ねた。

「あっはあっ……んあっ……新一……様……」
「蘭。綺麗だよ……オメー、すげー可愛い……」

 再び蘭の中に新一自身が入って来た時、蘭は最初ほどではないが痛みを覚え、その重量感に身を強張らせた。

「うっ。ああっ!」
「蘭。大丈夫か?」
「は、ハイ……」

 新一が蘭の中で緩やかに動き始めるが、最初の時より性急に、激しい動きとなった。
 蘭も、2度目である為か、苦痛が落ち着くのは早く、あられもない声を上げ始める。

「はあん、あんあん、んああっ……しん……いち……さまぁっ……」
「くうっ、はあっ……蘭、蘭っ!……あいして……るっ!」


 新一が再び蘭の奥深くに熱いものを放った時、蘭も上り詰めて背を反らし、新一にしがみ付いたが。
 今回は、気を失う事なくその瞬間を迎えた。そして、蘭の奥で新一のものが熱く脈打ち、熱いものが注ぎ込まれるのを、感じていた。
 二人暫くそのままで、余韻に浸っていたが。やがて新一は大きく息をついて、蘭の中から力を失った己を抜こうとした。

「あん。新一様、もう少し、このままで……」

 蘭が、離れ難くて思わずそう言ってしまうと。新一は少し困ったような表情で、蘭を見詰めた。

「オメーな。ま、良いけどさ」

 蘭はぼんやりと、男性にとって事が終わった後に女性の中に留まるのは、辛いものなのだろうかと考えた。
 そして、新一が上になって蘭を抱き締め繋がったままに、会話をする。

「蘭。痛かったか?」
「少し。でも、最初よりは楽です」
「慣れれば、痛くなくなる筈だから」
「ハイ……」
「早く慣れるように、いっぱいしような」

 蘭は真っ赤になったが。新一の言葉の裏の意味を考え、少し嬉しくもなった。

「あの、それは、また私の元にお渡りいただけるという事でしょうか?」
「……ここにか?」
「……?ハイ……」
「ここじゃ、無理だろう。オレが来る度、蘭とこんな事をするんじゃ、新出さん達に迷惑だろうし」

 蘭が、逡巡して言葉を出そうとする前に。

「あ……やべ……」

 という新一の小さい声が聞こえた。
 それが何か、問うより先に、蘭も気付く。蘭の中にいる新一の分身は、力を失って萎えていた筈なのに、再び熱く硬く大きくなっていたのであった。

「え?新一様、あの……?」
「蘭、オメーが『このまま』なんて、その可愛い顔と声でおねだりしたのが悪いんだからな。オメーの中に留まったままだったから、また元気になっちまった」
「ええ?そんな……!」
「と言っても、多分どっちみち、回復しただろうがよ。ようやくオメーを手に入れたんだ、今夜は寝られると思うなよ?」
「し、新一様……ああん!」

 新一は、蘭の両足を抱えなおすと、再び律動を始めた。


「あ、やあ、ああっ!新一さまあっ!」
「蘭、蘭!くはあっ!」


 今回新一は最初から激しく動いたが、新一が達するまでの時間は長く。
 三度新一が蘭の奥に熱を吐き出す前に、蘭は数度に渡り絶頂を迎えた。


「蘭。もう、オメーはオレのもんだ。一生離さねえからな」

朦朧となる意識の中で、蘭は、新一の言葉を聞いたが。
それが夢かうつつか、既に蘭には判別がつかなかった。


   ☆☆☆


 蘭が深い眠りから覚めたのは、もう日も高くなってからである。

 蘭がいるのは、新一がいつも新出邸に泊まる時に使っている、客間の寝台の上で。
 蘭は生まれたままの姿だった。

 昨夜の記憶がよみがえり、蘭は真っ赤になる。新一は一晩中蘭を離さず、蘭は何度も新一に貫かれたのである。蘭が開放されて眠りに就いたのは、もう夜明け近かった。

 既に、蘭の隣に眠っていた筈の新一の温もりは残っていない。

「新一様……」

 新一が脱ぎ捨てた浴衣を抱き締め、その残り香に浸る。

「新一様、私を愛していると仰って、この先も私を抱いて下さるような事を匂わせておられたけれど。次のお渡りをお約束はして下さらなかった……」

 新一に一夜きりで打ち捨てられるとは思っていない。けれど、「次の」約束がない事が、蘭を不安にさせていた。


「蘭様」

 扉の外から、ひかるに声をかけられて、蘭は飛び上がった。

「は、ハイ!」
「失礼させて頂きますね」

 そう言ってひかるが入ってくる。
 蘭は慌てて、新一が着ていた浴衣を上から羽織った。


 ひかるが新一の泊まっていた筈の部屋で、蘭に呼びかけたのだから、おそらく昨夜の事はお見通しなのだろうと思いながら、蘭は恥ずかしさに頬を染めた。


「蘭様、大丈夫ですか?」
「え?あの、大丈夫とは?」
「子爵様が、蘭様に昨夜かなり無理をさせたと、仰っていましたから」

 蘭の頬に更に血が上る。

「あ、あの……新一様……子爵様は?」
「もう、お帰りになられました」
「そう……」

 蘭は俯いて、沈んだ声で返事をした。
 新一にも色々都合があるのだろうと自分に言い聞かせながら、蘭を起こす事もなく目覚めを待つ事もなく行ってしまったのが、悲しかった。
 ひかるが優しい眼差しで、蘭を見詰めて言った。

「子爵様から、伝言ですわ。目覚めるまで傍に居たかったけれど、出来なくてすまないって……」
「え?」

 蘭は、顔を上げて目を見開いた。新一が気遣ってくれたのが、嬉しかった。

「あの……子爵様は、他に何か?」
「ふふふ。朝、帰って来た私達を出迎えて下さったのは、子爵様なのですけど。蘭様が起きて来ないし、事情を察した私達に、何と仰ったと思います?」
「え?」
「『昨夜、蘭をオレの妻にした』、そう仰いましたわ、子爵様は」


 蘭は、思いがけない新一の言葉を聞かされて、大きく息を呑んだ。




(捌)に続く

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<後書き>

この話、同人誌を断念してweb連載するに当たり、最初のものを加筆修正しているのですが。
加筆の量が加速度的に増えて行っています。

今回は、もうただエッチしまくりの2人(笑)。
ようやく2人の気持ちが通じ合いますが、それでもまだ蘭ちゃんは、新一君がどこまで考えてくれているのかを知りません。

新一君と新出夫妻の朝の会話は、次回の冒頭に。
蘭ちゃんが何故新出家に預けられる事になったかを知った新ちゃんが、どう行動を起こすのか。
蘭ちゃんにけしからぬ振る舞いをした相手を、新ちゃんが許す筈はありません(笑)。

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