もう一度、言って



byドミ



(8)最終話 もう一度、言って



蘭が園子と別れて家に帰ると、不在届がポストに入っていた。
不在届をよく見ると、国際宅配便で、差出住所はアメリカのロス、差出人は「Yukiko Kudo」と書かれていた。

「えっ!?新一のお母様!?」

いったい、新一の母親から何が?
蘭は、宅配便の配達所に連絡を入れ、再配達を依頼した。

幸い、その日の内に届けてくれることとなり、そわそわしながら荷物を待った。


届いたのは大きめの箱、大きさの割に軽い。
開けてみると、入っていたのは、純白のドレスだった。

「ウェディングドレス……!」

そういえば、新一の母親が蘭にウェディングドレスをくれるという話があったことを思い出した。
パールやビーズを縫い付け、銀糸の縫い取りのある、高価そうなドレス。


「えっ!?だ、だって……新一とは婚約解消、したのに……!」

配達表を見ると、どうやら新一の母親が宅配便を出したのは、婚約解消の話をする前だったようだ。


「どうしよう。わたしもう、新一の婚約者じゃないのに……こんな、こんな立派なモノ……もらえないよ……」


でも。
ドレスを返す前に、新一と話をする必要があると、蘭は思い直した。


「新一のこと、好きですって……新一のお嫁さんになりたいって……ちゃんと、わたしの口から、伝えなきゃ。それで振られたなら、このドレスをお返ししよう……」



次の日、蘭は、ウェディングドレスの箱を抱え、新一の家に向かった。

約束はしていない。連絡もしていない。
夏休みとはいえ、新一は忙しいので、家にいないかもしれない。

いなかったら、帰るまでのこと。
でも、もしいたら、その時は……。

新一の家に近付くと、蘭は心臓発作を起こすのではないかというくらいに胸がドキドキし始めた。



   ☆☆☆



木が多い住宅街なので、セミの音が意外とやかましい中を、蘭は歩く。
方向音痴の蘭だが、今日、工藤邸への道は、迷わなかった。

工藤邸の門扉に着き、開けようとしたところで、新一と、日傘を持った女性が立っているのに気づき、蘭は慌てて門柱の陰に隠れた。

「な〜〜〜んですってえ!?新ちゃん、蘭ちゃんと別れたあ!?」
「……大声出すなよ、母さん!」

『えっ!?母さん……ってことは、有希子さん!?』

蘭は、門柱の陰から、そっと窺い見た。
日傘に隠れて女性の顔はよく見えないが、新一の言葉と、女性の声と背格好からして、工藤有希子その人に間違いないだろう。
何しろ蘭は、有希子の映画やドラマを何度もDVDで見た大ファンだったのだから。

「これが大声出さずにいられますか!一人息子が結婚するっていうから喜び勇んで帰ってきたら、別れたなんて話聞かされたら!」
「しゃあねえだろう。蘭の方から婚約解消って言ってきたんだからよ」
「あー、情けない。あー、甲斐性ナシ!それですごすごと引き下がって帰って来るなんて!新ちゃん、あなた、本当に優作と私の息子なの!?」
「あ、いや……別に諦める積りはねえけど、危険ドラッグの件が解決して、蘭に危険が無くなったと分かるまでは、ヘタに動けねえからよ……」
「ふううん?」
「そっちは、やっとケリがついたから……」


新一の言葉に、蘭は驚いて、思わず身を乗り出してしまった。

新一とはあれから、全く連絡を取っていない。
蘭の方からも連絡をしなかったが、新一の方からも全く連絡が無かった。

だからやっぱり、新一は、蘭のことを大して思っていなかったのではと、蘭はわずかな希望が萎みかけていたのだった。
けれど、今の新一の言葉からすれば、新一は、例の事件にケリがついて蘭の危険が排除されたら、蘭を向き合う積りだったのかと思う。
どういう意味で向き合おうとしていたのかまでは、分からないけれど。

蘭が門柱の陰から身を乗り出していると、体の向きを変えた有希子と目が合ってしまい、慌ててまた門柱の陰に隠れた。


「新ちゃん。私ちょっと、買い物に行って来るわ」
「へっ?……じゃあ、車出すか?」
「たまには、歩きで行くのも良いかもね。でも、お迎えを頼むかもしれないから、新ちゃんは家で待ってて」
「あ、そ。じゃあ、行ってらっしゃい」


有希子が門扉から出てきた時、蘭は隠れようがなく、有希子と目が合った。
有希子は、にこりと笑い、ウインクしながら口の前に人差し指を当てる。
新一に声を聞かせるなということだろうと、蘭は察した。

有希子に手招きされるまま、蘭は一緒に歩く。
工藤邸からやや離れたところで、有希子に声を掛けられた。


「蘭ちゃん、よね?初めまして」
「あ……は、初めまして……その……有希子さん……?」
「んふふ。蘭ちゃんって、英理にも小五郎君にも似てるけど、英理より可愛い系美人さんだわね」
「えっ!?父と母をご存知なんですか!?」
「ええ。だって小五郎君と英理は、高校時代の同級生なんだもの」

それは初耳だった蘭は、驚いていた。

「蘭ちゃん。不肖の息子が色々仕出かしたみたいで、ごめんねえ」
「え!?そ、そんなことは……!彼はわたしには勿体ないくらいの!」
「私には勿体ない位のって、断る時の常套句なのよねえ。それ、私が送ったドレスよね?返しに来たってことは、やっぱり新ちゃんは、振られっちゃったのかしらあ」
「そ、そんなんじゃ!」
「ふふっ。意地悪して、ごめんなさい。お邪魔虫は消えるから、蘭ちゃん、悔いのないように新ちゃんとお話して来てくれる?」

有希子の邪気のない笑みに、蘭は有希子が、二人で話せるようお膳立てしてくれたことを悟った。
ひらひらと手を振る有希子に別れを告げて、蘭は工藤邸に向かい、震える手で玄関の扉を開けた。

「母さん?忘れ物でも……」

玄関が開いた音に気付いて出てきた新一は、蘭の姿を見て、息を呑んだ。



   ☆☆☆



しばらく沈黙が下りる。
蘭は動悸が新一に聞こえるんじゃないかと心配した位だった。

ややあって、蘭が声を絞り出した。

「あ、あの……新一と話したいことが……」
「……暑かったろ。冷たいものでも出すから、ま、入ったら?」

新一は自然な動作で蘭が抱えていた箱を持つと、蘭を中に促した。
蘭が促されるままリビングのソファに座っていると、新一が蘭用のアイスティーと自分用のアイスコーヒーを持ってきた。

暑い中歩いてきて喉が渇いていた蘭は、一気にグラス半分ほどアイスティーを飲んだ。

「蘭」

新一はアイスコーヒーに口を付けるでもなく向かい合わせに座っていたが、おもむろに口を開いた。
蘭は黙って次の言葉を待つ。


「オメーに、ずっと言いたかったことがあるんだ」

蘭は、息を詰める。
希望が膨らんだり萎んだりを繰り返している。
また友達から始めようとでも言ってくれるのか、それとも、改めて縁を切ろうと言われるのか。

蘭の頭の中を色々な妄想がグルグルと回っていた。



「オレは……蘭が好きだ」


一瞬。
時が止まった……ような気がした。


新一の表情があまりにも変わらないもので、今の言葉は、幻聴か夢なんじゃないかと、蘭は思う。
蘭が望み得る最高の言葉が新一の口から出たことが、蘭にはとても信じられなかった。


蘭の沈黙を新一はどう受け取ったものか。
新一は大きく息を吐いて、目線を落として、語り始める。


「オレは、初めてオメーを抱いた時、責任取るなんて言ったけど、本当は……オメーを独り占めしたくて……婚約者という立場でオメーを縛り付けて手に入れようとしたんだ……」

新一の言葉があまりにも思いがけなくて、蘭は声を出せない。
新一は一人でしゃべり続けた。

「ずっとオメーの特別になりてーって思ってた。だから、ミステリー研究会の飲み会には、なるべく都合をつけて参加するようにしてた。あの晩も……万難排して駆け付けた。……蘭がオレを縋るように見つめてきた時、正直、理性が飛びかけた。蘭が飲み直したいって言った時、嬉しかったけど、下心も芽生えてた。飲みやすいカクテルをオメーがドンドン飲むのを、あわよくばって、強いて止めようともしなかった。最低だよ、オレは……」

そこまで喋った新一は、一気にアイスコーヒーを飲んで、大きく息を吐いた。

「酔ったオメーは随分大胆になって羞恥心もなくなるみてえだけど、素面の時は、オレが触れようとするといつもビクビクしてたから……蘭はあの時プロポーズを断れなかっただけで、本当はオレに触られるのも嫌なんじゃねえかって、ずっと思ってた……」


蘭は、驚いた。

蘭の新一への態度には、確かに、心当たりはある。
でもそれは、決して嫌だったからではなく、新一に触れられるといつも心臓が飛び跳ねるくらいドキドキしていたからで……。


「それでも、もしかしたら、婚約者として暫く過ごす間に、蘭はオレに触れられることに慣れる日が来るかもしれない。ちゃんと夫婦になれる日が来るかもしれない。そう期待してたんだけど……蘭が塚本に会ったあの日……病院で蘭に別れを告げられて、ああもう終わりなんだなって……」


ああ。
新一も同じだったのかと、蘭は思う。
お互いに、いつか相手の気持ちが追いつくかもと期待して、ガッカリしたり希望を持ったりを繰り返して、そしてあの日、終わりなんだと悲しくなって……。


「でも!よく考えたら、オレはオメーに何も言ってなかったなって思ってよ。自分の気持ちをきちんと伝えてもいなかったって、思ってよ。だから……塚本たちの……あ、いや、今の事件がひと段落したら、その……たとえ振られるにしても、蘭にオレの気持ちを告げてから、ケリを付けようって……」

そこまで話して、新一は大きく息を吐いた。
そしてまたコーヒーを飲もうとして……けれどもうグラスは空になっていたため、未練がましくグラスを見つめる。


新一の言葉の最後の方は、蘭が「危険ドラッグ事件」の件を知らないと思っているからの誤魔化しなのであろう。


新一が蘭を思ってくれていたこと、蘭に危険が及ばないようになってから向き合おうとしてくれていたこと、その全てに、蘭は感動していた。



それでもまだ。
蘭には、先ほどの新一の言葉が、蘭の願望のあまりの聞き間違いじゃないか、という疑念が捨てきれなかった。


「新一」
「んあ?」
「もう一度、言って……」
「は?」
「新一が……新一が、わたしのことを、どう思っているのか……もう一度……」

新一は、一瞬戸惑った後、真っ赤になった。

「んなっ!一世一代の告白を、そう何度も言えっかよ!」
「お願い……ダメ?」

蘭が言うと、新一は顔を覆って大きく息を吐いた。

「オメーな。その顔、反則!」
「えっ!?」
「可愛過ぎ!」

新一は立ち上がり、蘭の前まで移動してきた。
そして、蘭の肩を掴み、真剣なまなざしで蘭の目を覗き込んで、言った。

「蘭。オメーを、愛している」
「……!」

蘭は目を見開いて新一を見つめた。
胸が詰まって、言葉が出せない。

「……なあ蘭。オレに時間をくれないか?いきなり婚約じゃなくても、今度は恋人として……いや、友だちからでも……一からやり直したい」

蘭はゆっくり立ち上がった。
精一杯の笑顔を作り、新一の目を覗き込んだ。
新一の瞳に、蘭の姿が映っている。
蘭の笑顔はちょっとだけ引きつっていて、こんな場合だというのに、蘭は本当に笑いそうになった。

蘭は伸びあがって、新一に顔を近づけた。
そして、目を見開いたままの新一の唇に、蘭の唇で触れた。

新一は真っ赤になって目を大きく開け、蘭を見つめていた。


「ら、蘭!?」
「新一。わたし、わたしも……ずっと……新一の事……」


それ以上言えなかったけれど、蘭の気持ちは、きちんと新一に伝わったようである。


新一は蘭の頬に手を当て、もう片方の手で蘭を深く抱き込み、最初はそっとその唇に自分の唇で触れ。
その後、深く唇を重ね合わせてきた。


いくども繰り返される口づけは、だんだん深く激しくなっていく。


新一の手がそっと蘭の胸に触れた時。

新一の携帯が鳴った。



   ☆☆☆



新一は忌々しそうに携帯に出る。

「はい!もしもし!げっ!母さん!?」

そういえば、今日は有希子がこの家にいたんだったと、蘭は思う。
これからという時に邪魔が入ってちょっと残念な気はするけれど、気持ちが通じ合ったため、今は幸せだ。


「は?今から友達んちに泊まる?母さん、荷物持ってないんじゃ……あっそ……」

新一は溜息をつきながら電話を切った。

「新一?」
「……母さんは、こうなることを見越していたらしい。泊まって来るってさ」
「え?で、でも……」
「化粧品とか服とかは全部新しいの買うから心配要らねえとよ」
「……」
「今の続き……いい?」

先ほどの勢いのままに流されてしまっていたら、良かっただろうが、改めてハッキリ言われるとかなり恥ずかしい。
蘭は羞恥のあまり真っ赤になって、身をこわばらせた。

「やっぱ……嫌なのか……?」
「えっ?い、嫌なんじゃ……」
「しゃあねえ。今日は送ってくよ。少しずつ進んでいこう」
「だ、だから、嫌なんじゃ……」
「無理すんな」
「もう!人の話、聞いて!」

蘭が一喝すると、新一は黙った。

「わ、わたし……恥ずかしかっただけなの!」
「は?え、えっと……」
「い、嫌だったわけじゃ、ないの……」
「……」
「あの晩、あんなに飲んだのも、だ、抱かれたのも……新一だからだよ……」
「蘭……?」
「お酒の勢いを借りたのは確かだけど……新一になら何されても、嫌じゃない、から……」


次の瞬間。
蘭は新一に横抱きに抱えあげられ、そのまま新一の部屋に連れ込まれベッドに下ろされた。

服を一枚脱がされるたびに、新一の手があちこちに触れるたびに、ビクッビクッとしてしまうが、今度はさすがに新一も「勘違い」しなかった。


震える蘭の全身に、優しく新一の手が唇が触れて行く。

「蘭……愛してる……蘭……」
「し、新一……わたしも……」

蘭の眦から涙が溢れて流れ落ちる。

「蘭……オメーがどう思ってたか知らねえけど、オレも……オメーだから……」
「新一?」
「女なら誰でも良いんじゃない。惚れた女だから、抱きたいんだ……」
「……新一……」

惚れた相手だから触れたい、触れられたい。
それは男女関係ないのかもしれないと、蘭は思った。


蘭の全身に新一の刻印が刻み込まれ、蘭は甘い声を上げる。
新一が蘭の足を抱えて大きく開くと、蘭の秘められた場所は蜜をたたえ、芳香を放っていた。

「……また久しぶりだから、ちょっときついかもな……」
「う、うん……優しくしてね……」
「任せろと言いたいところだけど……自信ねえよ、オレ、初心者だし」
「えっ!?」
「蘭としか、したことねえからな」

新一にとっても蘭が初めてだと知って、蘭は驚く。
色々と……本当に色々と、勝手に思い込んでいたのだと、蘭は思った。

「で、でも!新一、最初の時、『優しくするよ』なんて言ってたじゃない!」
「そうだったっけか?」
「そうよ!わたし……確かに酔ってたけど、ちゃんと全部、覚えてるもん!」
「そりゃ……オレも、見栄張ってたんだな……だってオメーがオレのこと好いてくれてるなんて知らなかったしよ」
「新一はいつから……ひゃん!」

新一の舌が蘭のその場所を舐め始めたため、蘭は思わず高い声を上げた。

「し、新一っ!そんなとこ……っ!あんっ!」
「すげー綺麗だよ……それに、甘い……」

蘭は羞恥のあまり、真っ赤になって身をこわばらせたが、新一を蹴りそうになるのをかろうじて思いとどまっていた。

新一の時間をかけたたっぷりの前戯に、蘭のそこは大分潤った。
しかし……。

「ん!つう……っ!!」

やはり挿入の時には痛みがあった。


「ら、蘭。大丈夫か?」
「……っ!だ、大丈夫……」

あまり大丈夫ではないが、涙声で蘭は応えた。
新一が動くと、少しずつ蘭の中は新一のものに馴染んでいく。

「……っくっ!蘭……すげ……イイ……」
「んっ!新一……っ!」
「蘭?気持ちいいか?」
「よ、よく、分かんないよ……」
「そっか……」
「でも、痛いのは、大分マシ……」

新一は優しく微笑むと、蘭の唇に自分の唇を重ねた。

「……今度こそ、辛くならないように、毎日、やろうな」
「ば、ばかあ!」

アルコールが入っていない状態でのエッチに、最初こそ恥ずかしかったものの、だんだん、そんな感覚も吹き飛んでいく。
新一が蘭の中を突き上げるたびに、蘭の奥底から別の感覚が生まれていた。


「あ!ああん!新一ぃ」
「蘭……蘭……っ!」

蘭の奥底から湧き上がるのは、快楽だけではない。
愛する歓びと愛される歓び。

いきなり体の関係から始まり、遠回りしたけれど、今は身も心も結ばれて、本当に幸せだと蘭は思った。
阿吽の呼吸で通じ合うことだってあるだろうけれど、お互いに言葉にしなければ通じないことも、確かにあるのだ。


やがて、二人とも高みにのぼり、新一の動きが止まり、蘭の奥深くに熱いものが放たれた。
そして二人は弛緩する。
新一はゆっくりと蘭の中から出た。
二人の体液が混じり合ったものが、蘭の中から流れ出す。


お互いに見つめ合い、微笑み合い……どちらからともなく唇を寄せた。


「新一……」
「ん?なんだ、蘭?」
「もう一度、言って?」
「……もう言わねえって言ったろ!?」
「新一の口から、また聞きたい……だって……言葉が無かったから、ずっとずっと、悩んでたんだもん……」
「蘭……」

新一は、涙ぐんだ蘭の瞼にそっとキスを落とすと、その耳元で囁いた。

「蘭。好きだ。愛してる……」
「新一……」
「なあ、蘭。蘭も、もう一度、言ってくれるか?」
「新一……わたしも……愛してるわ……」

新一が蘭の頬に手を滑らせ、目を覗き込んで言った。

「……高校生の頃……だな……」
「えっ!?」

唐突な新一の言葉に、蘭の頭の中をクエスチョンが渦巻く。

「あれは、オレが、進学は日本の大学にするか、両親のいるアメリカの大学にするか、迷ってた頃だった……」

どうやら、突然、蘭の「新一はいつから?」への回答が始まったらしい。

「桜が満開の中、オメーは……悪ふざけして池に落ちた子どもたちを助けて、こっぴどく叱った後、笑顔で抱きしめてやってただろ?あの時オレは……」
「……もしかして、子どもの一人を助けて、さっさと立ち去った男の人、新一だったの?」
「ああ」

蘭は、新一との馴れ初めを聞いて驚いていた。
蘭の方は、さっさと立ち去った男性が居たことは覚えていたが、顔もろくに見なかったので、それが新一だったとは、今の今まで知らなかったのだ。

子どもを助けても、名乗らず黙って去るなんて、新一らしいと、蘭は思った。
新一は、誰かを助ける時、決してそれを誇示しようとはしないのだ。

「わたしは……高校生探偵・工藤新一のことはよく知ってたけど、初めて顔を合わせたのは大学に入ってからだって思ってたわ……」
「ああ、まあ、そうだろうな」
「現役の探偵である新一が、ミステリー研究会なんて興味示すなんて思わなかったな」
「そりゃ、オメーが居たから入ったに決まってんだろ?」

今度こそ、蘭は大いに驚いた。

「……まさかと思うけど、東都大に入ったのも?」
「……日本の大学かアメリカの大学か迷ってたって言ったろ?決め手は、オメーだったな……」

まさかのまさか、自分の存在が新一の進路まで変えてしまっていたとは。

「そんなに長いこと思ってくれていた割には、全然、アプローチが無かったよね……」
「しゃあねえだろう?初恋だったし、どうしたら良いか、分かんなかったんだよ!」

新一のヘタレっぷりすら、愛しいと思うなんて、もう末期症状だわと蘭は思う。
初めて結ばれたあの晩、色々と不快な思いもしたが、飲み過ぎて一歩を踏み出せたことは、今になって考えたら良かったのかもしれない。
お互いの気持ちを知らず悶々としていたのも、今となっては良い思い出だ。


新一と蘭は、お互いを微笑んで見つめ合い、どちらからともなく深く口づけると、また愛の交歓が始まった。
蘭の奥深くに新一の楔が埋め込まれ、お互いに隙間なく抱きしめ合い、一つになる。
それを幾度も繰り返した。


「蘭」
「なあに、新一?」
「明日、籍を入れに行こう」
「うん……わたし、新一のお嫁さんになるのね……」
「ああ。ずっと一緒に生きて行こう」


今夜は二人だけの婚礼の儀式。
観客のいない挙式は、いつ果てるともなく続いた。



   ☆☆☆



9月初め、大学の夏季休暇の終わり近く。

当初の予定通り、新一と蘭は学生会館で結婚式を挙げた。
準備の余裕が無かったため、簡素な式を覚悟していたのだが、園子が音頭を取り、二人の友人たちが協力して、飾りつけなどを準備してくれたのだった。

「だって。二人が本当に別れるなんて、誰も思ってなかったんだから」
「そうそう。婚約解消って聞いた時も、犬も食わない何とやらが始まったんだなって思ってたよ」

本人達より周囲の方が、よく分かっていたようである。

有希子からもらったドレスは蘭にピッタリのサイズで、花嫁の美しさには列席者が皆息を呑んだ。


新一の両親も蘭の両親も、我が子の晴れ姿を感極まって見つめている。


「いやあ、毛利さん。これでお互い、親戚になりましたねえ」
「く、工藤先生。……これからもあの子をよろしくお願いします」
「有希子。蘭を頼むわ、お手柔らかにね」
「あらー。蘭ちゃんはとっても可愛いもの、大丈夫よ〜。そっちこそ、不肖の息子を苛めないでやってねvv」

有希子と英理は、毒ある台詞の応酬であるが、お互い目が笑っていて、「仲のいい友人同士のコミュニケーション」らしい。


新一と蘭は、神にではなく、列席した人々に、永遠の愛を誓ったのだった。



Fin.


++++++++++++++++++++++++++++


<後書き>

タイトルの「もう一度、言って」が、最終話のタイトルになることは、決まっていました。
言葉が無かったために遠回りした二人が、改めて言葉を告げ合うということも、決まっていました。

今まで受け身だった蘭ちゃんが、行動することも。
蘭ちゃんに言わせる前に新一君が言葉に出すことも。

最初から決まっていました。

まあ、細かなところは当初の予定と大分変わりましたけどね。
ウエディングドレスを着た蘭ちゃんが、新一君の目覚めを待つ、そういうラストにする積りだったのですが、どうしてもそうなりませんでした。

支部版ではウッカリ入れ忘れていたんですが、実は、新一君が高校時代に蘭ちゃんと会っていたというエピソードが、あったんですねー。
蘭ちゃんのために日本に残り、蘭ちゃんを追って同じ大学に入り、同じサークルに入り……ストーカーです(爆)。
ちなみにオリジナル話にはそんな設定はありませんでした。
更に言うと、クイーンセリザベス号でキッドの変装したニセ蘭ちゃんに会うより前に、リアル蘭ちゃんに出会っています。

でもまあ、ストーリーにこだわるよりも、キャラらしさにこだわることが、二次創作の使命だと思っています。

最初に書き始めたのはいつなのか、もう忘れるくらい昔ですが、無事、ピリオドを付けられて、ホッとしています。
下書きブログの時代から見守ってくださった皆様、ありがとうございました。


2020年10月6日 ドミ拝



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