もう一度、言って



byドミ



(5)婚約祝い



「……で?蘭はどうしたい?」

ミステリー研究会の飲み会について、蘭が新一に話を振ったところ。
新一からは、そう切り返された。

「ど、どうしたいかって……わたしは……」
「蘭が行きたいなら、オレも参加するし。蘭が嫌なら、オレも断る」
「わたしは……やっぱりメンバーだし……せっかくお祝いしてくれるってものを、無碍には出来ない……」

新一は、息をついて、言った。

「……そっか。蘭は多分、そう言うだろうと思った。じゃ、ありがたく受けるって事で、良いな?」
「う、うん……」

蘭は自分でも、新一の問いに正確に答えてのではない事は、分かっていた。
蘭は、今回、「新一と蘭の婚約を祝う」ミステリーサークル飲み会企画に、行きたくはなかった。
行くのが嫌とまでは行かなくても、気が重かった。
けれど、サークルメンバーとしては行く「べき」だろうと、考えたのだった。

『それに……新一と……出会った場所だもん……』

殆ど接点がなかった新一と、直に出会って交流を深めたのが、東都大のミステリー研究会だった。
そして……新一に抱かれ、プロポーズされる事になったのも、ミステリー研究会の飲み会がきっかけだった。

「蘭。もしもその日、事件とかで遅くなっても、オレも必ず参加すっから」
「う、うん……」

こういう場合、どういう訳か、かなり高確率で新一は事件の依頼を受ける事になる。
けれど、新一が参加表明した飲み会では、遅くなろうと必ず来ていた。
だから、今回も大丈夫。
蘭は、そう思っていた。



   ☆☆☆



そして、明日が飲み会という夜、夕食の席で蘭は父親に宣言した。

「お父さん。明日は、ミステリー研究会の飲み会に参加するからね」
「ん〜?じゃあ、遅くなるのか?」
「わたし、泊まって来るよ」
「んあ?また、鈴木家のお嬢さんのとこにか?」
「ううん。新一のところ」

蘭の言葉に、父親の小五郎は眼を丸く見開いた。

「いかーん!お前は……まだ嫁入り前だろうが!」
「でも、婚約者だよ?」
「だ、だからってなあ!」
「……ふうん。お父さんは、酔ったわたしが夜道を歩いて帰って来て、危険な目に遭っても良いんだ?」
「そうじゃなくて!……蘭!お前まさか、もう新一の野郎と!?」
「は?何言ってんの、当たり前じゃない。婚約してんだよ、わたし達」

父親が何か叫んでいるようだが、蘭はさっさと自室に入った。
蘭の両親は、学生結婚したが。
まさか、正式結婚するまで一切手を出さなかったなんて事はあるまいにと、蘭は思う。


蘭は、自室に入って、ドアを閉め、ドアに背をもられさせる。
自分で宣言してしまった事に、ドキドキしていた。

新一は多分、その積りではないだろうけど。
蘭は、飲み会の後、新一の家に泊めて貰おうと考えていた。
新一は、戸惑うかもしれないが、蘭が泊まる事を拒絶はしないだろう。
ただ、抱いてくれるかどうかは、分からない。

2か月前、新一に初めて抱かれた時の事は、勿論、忘れる筈もないけれど。
少しずつ、実感がなくなって来ている。

もう一度、あの温もりを、感じたい。
蘭は、自分の体を抱き締めた。


   ☆☆☆


「……肝心の、主役の一人は、今日も事件現場で遅くなるらしいけど、先に乾杯だけ」
「それでは!我らが日本警察の救世主工藤新一君と、ミステリーサークルのアイドル毛利蘭さんの婚約を祝って!」
「かんぱ〜い!」
「おめでとう!!」

グラスが触れ合う音と拍手。
蘭は、引きつらないように必死で頑張りながら笑顔を作った。

案の定と言うべきか。
新一は、殺人事件の現場に呼ばれて、不在である。


蘭は、自分達の為の飲み会であるから、頑張って場が白けないように気を使っていた。
飲み過ぎたくはないけれど、ドンドン注がれて、自然、沢山飲む羽目になる。
新一がいない状態では、適当にあしらう事も難しい。

セーブしようとしたけれど、どうしても、ある程度飲まない訳には行かなくて。
早い内にアルコールが回り始めた、その自覚は、あった。


『新一……早く来ないかな……』

新一がいない状況で、アルコールが回る。
それは、蘭にとって、とても怖い事だった。

決して、サークルの他のメンバーとの交流が嫌な訳ではない。
蘭は別に男嫌いではないし、友達としての交流なら、大歓迎なのだ。

ミステリー研究会で、推理小説や実際の事件について、色々と議論したり、他愛もない話をする事は、それなりに楽しかった。

しかし、飲み会となると、話は別だ。
蘭達の二つ上には、内田麻美を含め数人の女性がメンバーにいたが、今は卒業してしまった。
1回生2回生の中には、工藤新一目当てにサークルに入って来た女性メンバーもいたのだが、肝心の新一が滅多にサークルに顔を出さない事に業を煮やし、結局来なくなった。
今のサークルメンバーは、幽霊サークル員や引退した者を除くと、女性は蘭1人だけなのだ。

男ばかりの中に女1人で飲み会では、さすがに居心地が良いとは言えない。

アルコールが入ると、段々皆の理性が失われて来る。
話す内容も、女性がいる事に配慮したものではなくなって来るし、気軽に身体的接触を持とうとする者も、出て来る。


「……工藤は、イイよなあ。この豊満な胸した毛利と、色々、やっちゃってるんだよなあ」
「きっと、やりまくりだろうぜ。なあ、毛利。工藤のテクは、どうだった?」
「あいつ、もてるから、経験はしまくってるだろうけど、その分、サービス精神なくて逆にヘタだったりして」
「そうそう。毛利、まだ若いのに工藤1人に絞るなんて、勿体ないぜ?」
「俺なんかどう?毛利の為なら、うんとサービスしてやるぜえ」

卑猥な揶揄に、蘭の顔は蒼褪めて行く。
新一とのたった一度きりの大切な思い出を、踏みにじられているような気がしていた。

それでも、酔っぱらいのたわごとに目くじら立てても仕方がないと、蘭は黙っていた。

と、突然、蘭の肩に手が回された。
今は夏だから、肩がむき出しの薄着である。
相手の手が直接触れて、蘭はぞわっとした。

「やっ!」

蘭は反射的に振り払って、立ちあがった。
足元がおぼつかないのが、自分でも分かる。

たとえ酔っていても、空手技は出せるけれど。
素人相手なのに、加減が出来なくなる。

相手に自分をどうこうしようという意思はないだろうと分かってはいるが、肩や手位でも、新一以外の男性に触れられるのが、嫌だった。

「毛利。どうしたんだよ?」

へらっと笑いを浮かべて手を伸ばして来る相手に、蘭は本能的な恐怖感を感じた。
思わず後退ってしまう。

ふと。
蘭の意識が、出入り口の方に向いた。
そこに、気配を感じたのだ。


「新一!」

新一の姿を見つけた蘭は、駆け寄ろうとして、足をもつれさせた。
倒れ込む前に、抱き留められ、蘭はそのまま相手に縋りつく。

「遅いよ新一ぃ!待ってたんだよ!」

安堵のあまりと、アルコールが入っている事も手伝って、蘭は普段、とても口に出せないだろう事を言って、新一に甘えるようにすり寄った。

「蘭!?お前、酔ってる?」
「酔ってるよ〜。だって新一、来ないんだもん!」

蘭が新一にふにゃふにゃと甘えながら頬を膨らませる。
新一は蘭を優しく抱きしめた。
蘭は、幸福感でいっぱいになる。

新一は、蘭を抱き締めたまま、怒気を発した。

「これは、一体どういう事ですか?アンタら、蘭に、何をしたんだ!?」
「あ……や……その、工藤……別に何したって訳じゃ……」
「主役のもう1人が来ないんで、ちょっと飲ませ過ぎたかなあと……」
「酒をドンドン注いじまって、悪かったよ。毛利、たった今まで、平気そうな顔してたから、酔ってるとは思わなかったんだよ」
「そうそう、顔色も変らなかったし、なあ?」

怒りを含んだ新一の声と、バツの悪そうなサークルメンバーの声を、蘭はふわふわとした気持ちで聞いていた。
新一は、蘭を抱きかかえるようにしながら、皆に背を向け、顔だけ振り向いて、言った。

「……せっかく、オレ達の婚約祝いを開いて頂いてるのに、申し訳ないですが。蘭がこんな状態なので、連れて帰ります」
「工藤!最初にルール違反を犯したのは、お前の方だからな!」

サークル代表者の塚本の言葉に、新一の足が止まる。

「ルール違反?」
「工藤、お前がサークルに入ってすぐに、言った筈だぞ。サークル内での恋愛はご法度だって」

そんな事は初耳だった蘭は、驚いて顔を上げようとしたが。
新一の腕が動いて、蘭を抱き締め直した。

「単に、少ない女性メンバーを巡って、誰にも抜け駆けされたくないってだけの事でしょう。今時、若い男女が揃っていて、本気で恋愛禁止を守れるサークルなんか、ありはしない」
「だがな!毛利さんは、皆のアイドルだった!それを……!」
「そんなもの!潮田さんが蘭に迫ったのを、誰も助けようとしなかった時点で、終わりじゃないですか」

新一は、再び皆に背を向けて、歩き出した。

「それでも、ルール違反と仰るなら、どうぞ、除名して下さい。どちらにしろ、オレと蘭はサークルを抜けます。お世話になりました」

新一は、そう言い捨てて、蘭を抱きかかえるようにしながら、その場を離れて行った。
店の前に出た新一は、タクシーを拾うかと思いきや、蘭を連れて少し歩き、コインパーキングの所に来た。

「新一?車で来たの?」
「ああ。今日はオレ、最初から飲む気はなかったからな」
「え?」
「さあ、乗って。送ってくから」

蘭が先に助手席に押し込まれ。
新一は運転席に回ると、エンジンを掛けた。

「……蘭をこんなに酔わせて、おっちゃんに怒られるだろうなあ」
「新一。わたし、帰らないからね」
「は?あのさ……あの雰囲気の中に戻って行けって?」
「違うよ!そうじゃなくて……」
「うん?」

新一が、怪訝そうな顔で蘭を見る。

「今夜、泊まって良いでしょ?」
「蘭!?だ、だけど……」
「わたし達、婚約者じゃ、ないの?」
「……本気か?」
「うん」

新一は、目を丸くしていたが。
シートベルトをはめると、車を発進させた。

やがて、車は、工藤邸のガレージに着いた。
蘭は降りて、歩こうとするが、足がもつれて上手く動けない。
新一が蘭を抱き寄せるようにして歩く。
ようやく靴を脱いで、玄関に入った。

「ったく、どうしてこんなに飲むかな?」
「何よ!だって、わたし、主役なのに、お酌されて断れると思う!?大体、新一がなかなか、来ないからじゃないの!」

蘭が涙交じりで抗議すると、新一は一瞬立ち止まった。

「……ごめん」

新一が、蘭を正面から抱き締めて来て。
蘭は、胸が高鳴るのを感じていた。

「オメーに不快な思いをさせてんじゃねえかって、気になってたんだけど……」

蘭の胸が、キュンとなる。
元はと言えば、蘭が「お祝いの飲み会を受ける」と言った事から、こうなってしまったのだ。
義理の事ばかりじゃなくて、もっと色々な事を考えて置けば良かったと思う。

「ううん……ごめんね……新一はちゃんと、来てくれたんだもん……」

蘭が、新一の背中に手を回して、抱き締め返す。
新一が、蘭の頬に手を当て、顔を覗き込む。
そして、蘭の唇が塞がれた。

ここ最近よくされる、軽いキスではなく。
深く深く、口付けられる。
新一の舌が蘭の唇を割って侵入し、蘭の舌が絡め取られた。

「ん……う……」

その甘さに、蘭の下腹部が疼き、蘭の足から力が抜ける。
蘭の手が力なく、新一の胸元を掴んだ。

新一が、慌てたように、蘭の唇を離した。

「ご、ごめん……つい……」
「えっ?」

蘭は、新一が何で謝ったのか、わからなかった。

「あ、その……あれ以来使ってねえから、少しかび臭いかもしれねえけど、客間に布団を敷いて……いや。蘭がオレの部屋で寝るか?そして、オレが客間の方に……」

新一が、上ずった声で言った。

「そんなの、嫌!」
「えっと……でも……オレんち広いけど、使ってねえ部屋はろくに手入れしてねえし……」
「違うよ……今夜、一緒に」
「えっ?だ、だけど……オレ、オメーと一緒にいたら、間違いなく、理性、もたねえぜ」
「いいよ……」
「蘭!?」
「だって、わたし達、初めてじゃないんだし……婚約してんでしょ?」

新一の息づかいが荒くなり、手が蘭の背中と後頭部をきつく抱きしめる。
蘭の髪に頬ずりするようにしながら、新一は掠れた声で囁いた。

「いいのか、蘭!?」

蘭は、こくりと頷く。

「新一の部屋が、いい」

初めて抱かれたのは、客室だったけれど。
蘭は、新一のいつも休む部屋で、抱いて欲しかった。

新一は、蘭を横抱きに抱えると、新一の私室へ向かう階段を上って行った。



(6)に続く


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<後書き>

この第5話は、全くオリジナルになかった部分です。
初エッチ後の二人は、最終話までエッチはオアズケ……の筈だったのですが、二度目エッチをさせてあげたくてでっち上げてしまった部分です。
その分新一君には、更に「天国と地獄」になってしまったのですが。

オリジナル話では、サークルはただ、主役二人と、ヒロインが憧れていた男が所属していた、というだけの存在でした。
けれど、このお話の中では、ある意味妙に大きな存在感があるようになってしまいました。


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