もう一度、言って



byドミ



(1)最悪な目覚め



毛利蘭が目覚めた時、まず感じたのは、違和感だった。

ぼんやりと周囲を見回す。
蘭が寝ているのは和室の布団。
蘭の家には畳の部屋はあっても、本格的な和室ではなかったし、この部屋の光景に全く見覚えがなかった。
時折泊まりに行く友人の家にも、このような部屋はなかった。

頭が痛み、顔をしかめる。
昨夜は飲み過ぎたと思う。
痛むのは頭だけではなく、全身に今までにない違和感があり、下腹部に鈍い痛みが走った。
蘭が体を起こすと、羽織っていた毛布がはらりと落ち、蘭は自身が全裸である事に気づいた。

蘭のボンヤリしていた頭が、一気に覚醒した。

慌てて毛布を手繰り寄せて体を隠し、そして――昨夜何があったかを思い出した。
昨夜酔った勢いで、大学で同じサークルに所属する男性とベッドインした記憶がよみがえり、あまりの事に青くなっていると、部屋の扉が開き、昨夜処女をあげた相手が顔を出した。

蘭はこのような場合だというのに、相手の格好を見て呆然とした。
紋付袴を着たその男性――工藤新一は、つかつかと歩み寄ると、畳に手を突いて頭を下げ、そして言った。

「すまん!責任は取る」

蘭は思わず顔がひくついていた……。


   ☆☆☆


毛利蘭、21歳。
東都大学文学部の3回生。

純真な可愛らしさを感じさせる美貌と、細身だが出るべきところは大きく形良く張り出している抜群のプロポーション、そして誰にでも優しいその性格で、もてもてであったが。
このご時世には珍しく、この年まで男性とお付き合いした事がなかったし、貞操観念も強かったので、エッチもキスすらも未体験だった。……ホンの昨夜までは。

今、蘭の目の前で頭を下げているこの男は、東都大法学部の3回生に籍を置き、蘭と同じサークル「東都大ミステリー研究会」に所属する、工藤新一。
現役の学生探偵として飛び回っている為に授業を欠席する事も多いが、試験では常に優秀な成績を収めている為、教授連からも一目置かれ、誰にも文句を言わせずに無事進級出来ている。

彼は高校生の時「高校生探偵」として華々しくデビューし、マスコミにももてはやされ、脚光を浴びた。そして今は、学生探偵としての地位を築いている。
蘭が初めてマスコミで新一を見た時には、感心と少しばかりの憧れがあった。

蘭の父親・毛利小五郎は、元警察官で今は私立探偵であるが、それなりに頑張っているものの推理がトンチンカンな事も多くあまり評判は宜しくない。
小五郎は、「天狗になっている若造」と、新一の事をこき下ろしていた。
その工藤新一が、かつての大女優で蘭も憧れている藤峰有希子の息子であった事、有希子が蘭の両親とは高校時代の同級生で、英理の親友であるという事を知った時には、驚いたものだったが。
新一の事は、探偵である父親について行った際に時々新一の事を見かけ、たまに言葉を交わした事もある位で。
直接の接点は殆どなく、そのままであれば、工藤新一は「手の届かない憧れの人物」に過ぎなかったのである。

転機が訪れたのは、蘭が大学に入ってから。
蘭は入学してすぐ、「ミステリー研究会」に入ったが、現役の探偵であり、ごっこには興味がないだろうと思っていた新一は、案に相違して、ミステリー研究会に入って来た。

探偵活動が忙しい新一は、サークルに顔を出す機会も少なかったのだが。
たまたま新一も参加していたサークルの合宿で、本当の殺人事件に遭遇し。
その時、新一が事件に取り組む際の真摯な態度や、正義感、表には見えにくい思いやりと優しさを知り。
蘭は一気に、恋に落ちてしまったのであった。

最近ではいつの間にか、蘭と新一とは良く言葉を交わすようになり、何となく親しいかなという雰囲気になって来てはいた。
偶然だとは思うけれど、サークル仲間で遊びを企画した時などに、たまに2人での行動になったりする事もある。

友人として親しくなり、距離は近付いて来たと、蘭は思うが。
さて、そこから、どう働きかけたら良いものか、蘭には分からなかった。
何しろ、遅くやって来た初恋である。
言い寄られた事はあっても、言い寄った事など、1度もない。
サークル仲間・友人という枠を踏み越えようとすると、今の関係すら崩れてしまうのではないか、そう思うと、怖い。
何となく躊躇している内に、2年の月日が過ぎた。



『はあ?蘭、正気?』
「うん……」
『ったく。蘭のようなイイ女が、男っ気ひとつなしで、とうとう20代に突入なんて、信じられない!東都大のミステリー研究会なんて、ま、エリートの男はいるだろうけど、今年の新入生もスカだったみたいだし、もうメンバーも固定しちゃってるじゃない。今更、付き合いの飲み会に参加しなくたってさ』
「うん、でも……楽しいし。私は別に、恋人なんて要らないから」
『はああ。ま、仕方ないわね。でも、今度都合がついたら、わたしの顔も立ててよね』
「うん、分かった。ごめんね、園子」

蘭は、友人との電話を切った。
小学校から高校まで同級だった、鈴木園子は、蘭の1番の親友である。
大学は別々になってしまったが、今でも折を見ては2人で遊びに行ったり何時間も電話でお喋りをしたりする仲だ。

園子には、高校時代に知り合った京極真という恋人がいる。
ただ、格闘家である真が、しばしば海外へ「修行の旅」に出てしまうので、しばしば「遠距離恋愛」になってしまうのが、園子の頭痛の種であった。

面倒見の良い園子は、気晴らしも兼ねて、よく合コンの幹事を引き受ける。
園子が通っている米花女子大の女子学生達は、近隣の男子学生やサラリーマンからの評判が良く、合コンはたいてい盛況で、その中から出来たカップルも少なくない。

園子自身は、飲み会で気晴らしはしても、それ以上の浮気をするではなかった。
そして、長い付き合いで、モテモテだけど恋人を作らない蘭の事を心配し、しばしば合コンに誘いをかける。

蘭は大抵、サークルや家事が忙しいのを理由に、合コンは断っていた。
もっとも、園子と2人とか、高校時代の仲良しグループとかで遊びに行く誘いは、応じる事が多かったので、園子には、蘭が合コンを苦手としている事は見抜かれていた。


そんな蘭も、ミステリーサークルの飲み会には、出来るだけ参加するようにしている。
工藤新一が、忙しい合間を縫って、サークルの飲み会に参加する事が多いからであった。

新一とは、家が近いので、大抵の場合、飲み会の後は家まで送ってくれる。
何人かで一緒に帰るのだが、最後の少しの時間だけは2人切りになる。
そんなときに交わす会話は、ホームズの事か事件の事で、色気のある会話はまるでなかったけれども、蘭は、その時間が嬉しかった。


蘭は、飲み会に参加しても、あまり飲まない。
特に、新一が参加しない飲み会では、絶対に酔い潰れないよう心がけていた。


その夜、蘭が酔い潰れるまで飲んでしまったのには、ある訳があった。


「毛利。その気がないクセに、思わせ振りをしたって言うのかよ!?オマエ、鬼のような女だな」
「思わせ振りをしてしまったと言うなら、謝りますから。離して下さい!」

園子の誘いを蹴って参加した、ミステリー研究会の飲み会で。
蘭は、ひとつ上の先輩・潮田(うしおだ)に、絡まれていた。


事の発端は、前の飲み会で、酔い潰れて吐いた潮田を、蘭が甲斐甲斐しく世話した事だった。
自分自身がその匂いで吐き気を催しながらも、嘔吐物の片付けや介護を、献身的に行ったのだ。

それは、蘭の親切心から出た行為で、恋心からではなかったのであるが。
相手がそう捉えていなかったのが、悲劇だった。


数日後、蘭は潮田に告白され、驚きながらも丁重に断った。
潮田は、その場ではアッサリと引いてくれたのだが。


今夜、ある程度酒が入ったところで、潮田が豹変し、蘭に絡み始めたのである。

周りの者は、眉を顰めたりしながらも、関わらないよう遠巻きになって、2人を見ていた。
蘭は、潮田に肩を掴まれ引き寄せられそうになって、鳥肌が立つほどゾッとした。

酔った潮田を介抱した時の蘭には、何の裏も下心もなかったというのに。
その報いがこれなのか?ほったらかして置くべきだったのか?


これ以上の嫌悪感に耐えられず、蘭は、たとえ罪に問われてもと思い詰めて、空手技を出しそうになった。
その時。


「いい加減にしませんか、先輩?」

突然聞こえて来た声には、怒気がこもっていたけれど、蘭の胸は別の意味で震えた。
その声は、今夜、この場に来られない筈だった、蘭の思い人のものだったからである。

そして、やや乱暴に、蘭の肩を掴んでいた潮田の手が外された。


「工藤!?貴様……暴力だぞ、これ……」

新一に掴みかかろうとした潮田は、突然言葉を途切れさせて意識を失い、その場に崩れ落ちた。


一同が、顔を青白くさせて、新一と潮田の2人を見ていた。
蘭も、固唾を呑む。

新一が、潮田に何かをした事は、分かった。


「工藤、お前……」
「オレがどうかしましたか?」

口を開きかけたサークルリーダーの坂本が、新一の一瞥に口を噤む。

誰も、新一を糾弾しようとはしない。
何故なら、ヘタすると酔った潮田が暴れて傷害事件になったり、誰かが大怪我をしたりと、面倒な事態になったかも知れなかった、この場を収めたのは、他ならぬ新一だからだ。
新一が、普通ではない手を使っただろう事は、この際、どうでも良かった。

潮田は、酔い潰れて引っ繰り返った、それで良いのだ。


「毛利、帰ろう。送ってくよ」
「工藤君……だけど……」
「坂本さん、構いませんよね」
「あ、ああ……」

新一が、蘭の肩を抱くようにして、その場から連れ出した。
新一に触れられた肩が、熱を持ち、甘く疼くような感覚に蘭は囚われた。


最初、飲み会には参加出来ないと言っていた新一だったが、おそらく予定外に用事が早く済み、駆けつけて来たのだろう。
新一があのタイミングで現れたのは、偶然だろうが、すぐに事態を見極め、窮地の蘭を助けてくれたのは、間違いない事であった。


「工藤君。わたし、もうちょっと、飲みたい。付き合ってくれない?」

蘭の口から出た言葉に、新一は驚いたように目を見開いた。

「それとも、工藤君は忙しいから、遅くまでは無理?」
「オレは、別に構わねーけど。毛利こそ、遅くなって良いのか?」
「うん。今日は最初から、友達の家に泊めて貰う積りだから。それに、もっと遅くまで飲む積りだったし」

蘭はその日、合コンが終わった園子と合流し、園子の家に泊る積りで、父親の小五郎にもそう告げていた。

時刻も早いし、まだ殆ど飲んでいないし、先ほどの憂さ晴らしの為に飲みたかったのと。
せっかくだから、新一と一緒の時間を過ごしたかった。

新一も、遅れてでも飲み会にやって来たのだから、本当だったら今から飲む積りだっただろう。
だから、飲みに誘っても迷惑はかけないだろうと、蘭は判断した。

「じゃあ。オレの知ってる店に、行こう」

そう言って新一は手を挙げ、タクシーを止め。
米花町にほど近い、こぢんまりしたバーに、蘭を連れて行った。

薄暗く落ち着いた照明に、洒落たインテリア。
テーブルの間は鉢植えなどで遮られ、密室ではないが少し独立した感じの落ち着いた内装の店だった。


新一は、どうやってこのような店の存在を知ったのだろう?
蘭は新一の私的な部分を殆ど知らないのだという事に、今更ながらに気がついて、チクリと胸が痛んだ。


メニューを見ながら、蘭は考え込む。
法外に高い訳ではないけれど、バーで次々とカクテルを頼むと、懐具合が気になってしまう。

「毛利。支払いの事は心配要らねえから、好きなのを頼めよ」

新一が、少し笑いを含んだ声で、言った。

「ええ!?で、でもっ!」
「ちょっと、事件絡みで知ってる店で。普通より安くして貰えるし、ツケも利くから」
「そ、そう……じゃあ、ありがたく」

そういう事情なら、安心出来ると、蘭はホッとした。
けれど、「安心して沢山飲める」事が、吉だったのか凶だったのか。


蘭は、先ほどの潮田との件が尾を引いて。
新一が隣に居るという安心感もあって。
カクテルはどれも美味しくて。
ついつい、お代りを重ねてしまっていた。

そして。



「工藤く〜ん、やっぱりぃ、わたしって、思わせぶりなのかな〜?」
「んな事はねえよ」
「ほんとうに〜、そう思ってる〜?」

少し経つと、蘭は完全に出来上がってしまい。
新一の腕を引っ張りながら、絡み始めた。

「……絡み酒とは、思わなかったな」
「あ〜、やっぱりぃ、思わせぶりだって、工藤君も〜、思ってる〜」
「だから、思ってねえって」
「ねえ、ちゃんと〜、目を見て、言って〜」

蘭が新一の頬に手を当て、ぐいっと強引に蘭の方を向かせ、問いかける。
戸惑った顔をしていた新一は、ふっと優しい微笑みを浮かべて、言った。

「毛利が、下心も裏もなく、ただ、その時目の前の人の事を考えて、相手の為に何かしてやろうというお人好しだって事だろ?思わせぶりなんかじゃねえよ。オメーが優しいヤツだって事、オレにはちゃんと、分かってっからよ」

新一の言葉に、優しい表情に、吸い込まれそうな眼の色に。
蘭は、アルコールの所為でなく、動悸が激しくなってきた。

それを誤魔化そうと、蘭は更にカクテルをお代わりする。

「おい、毛利。いい加減酔っぱらってるだろ。これ以上は、止めとけよ」
「酔ってなんか、ないもん〜」

蘭自身、その時、酔っている自覚はあったけれども。
新一に言われると、妙に反発して。
更に飲んでしまう、悪循環だった。


蘭は、ふわふわと良い気分で。

バーを出た時には、かなり足元が危なくなっていた。

「ほら、毛利。歩けるか?」
「うん……」

蘭は頑張って歩こうとするものの、どうしてもフラフラとしてしまう。

普通だったら、歩いても帰れる距離であるのだが、これはもう無理だと新一も判断したのだろう。
タクシーに押し込まれたのは、記憶にある。

「米花町2丁目の……」

新一がタクシーの運転手に告げた行き先を、蘭はぼんやりした意識の中で聞いていた。
やがてタクシーが止まり、ドアが開くと。
蘭は、ふわりと抱えあげられるのを感じていた。

「ったく。こんなになるまで飲むなよ。オメーは、思わせぶりじゃねえけど、無防備過ぎ。危機管理がなってねえぞ」

新一の呟きを、聞きながら。
どうやら新一に横抱きに抱えられて運ばれているのだと、分かった。

見知らぬ大きな屋敷の、門を通り、玄関を入って行く。
そして蘭は、リビングのソファーらしきところに、降ろされた。

「んなんじゃ、今夜家に帰るの、無理だろ。待ってろ、今、客間に布団を敷いてくっからよ」

蘭はどうやら、新一の自宅に連れて来られたらしい。
酔ってはいても、状況判断は多少出来たから。
蘭は、新一に迷惑をかけたらしいと思って、泣けて来た。


「も、毛利!?どうした!?気分悪いのか?」

ややあってリビングに戻って来た新一は、泣いている蘭を見て慌てまくっていた。

「ごめんね、ごめんね、わたし、迷惑かけて……」
「あ、いや。まあその……迷惑とは思ってねえから……」
「だ、だって……」
「やれやれ、今度は泣き上戸かよ……」
「や、やっぱり、迷惑だったんだね……」
「いや、だから、そういう事じゃねえから。泣きやんでくれねえかな」

新一が困ったように言って。
蘭も、泣きやもうとは思うのだが、涙が止まらない。

「とにかく、時刻も遅いし。寝床の準備をしたから」

新一がそう言ったので、蘭はとりあえず立ち上がろうとして。
やっぱり足が立たなかった。

「しょうがねえなあ」

蘭は再び新一に抱き上げられた。
恥ずかしくて申し訳なくて……でも、どこかで幸福感に酔っている自分がいた。

新一は、蘭を軽々と抱えあげると、2階への階段を上って行く。
細身に見えても、意外と力があるようだ。

そして蘭は、畳に敷いてある蒲団の上に、降ろされた。

「着替えは、母さんのだけど、これを使って。じゃあ」

そう言って去って行く新一のシャツの裾を、蘭は思わずハッシと握った。

「おい……」
「ねえ、もうちょっと、ここに居て?」


後になって振り返れば、自分の行動の数々に、顔から火が出る思いだが。
その時の蘭は、酔っぱらって大胆になり思考力もほぼ皆無だった。


「あのな。毛利。オレだって健康な若い男なんだぞ」

新一はそう言って、蘭の両頬を、包み込むように手を当てた。

「工藤……くん……?」
「理性の緒が、ブチ切れそうなのを、必死で我慢してんだぞ。分かってんのか?」

真っ直ぐ見詰めてくる、新一の眼差しがとても綺麗で、蘭が思わず見とれていると。
新一の顔が更にアップになり。

蘭の唇は、暖かく湿ったもので、覆われた。


「!!」

口付けられたのだと気付いた時には、新一の唇は既に離れていた。

「く、工藤……君……今……」

嫌だったわけではないが。
かすめるような口付けは、よく分からない内に、離れてしまった。

「酷い……わたし、初めてだったのに……」

蘭が唇を押さえ、顔を真っ赤にして言うと、新一は目を丸くした。

「毛利って、男慣れしてなさそうだって思ってたけど、キスも、まだだったのかよ。道理で、無防備な筈だよな。オメー、よく今まで無事だったな」
「わたしのファーストキス!奪った責任とってよ!」
「っても、今更返せねえし」
「わたし、彼氏になった人としか、キスはしないって決めてたんだから!」
「じゃあ、オレが、毛利の彼氏になったら、良いのか?」
「え……?」

いつの間にか、新一の左腕は蘭の腰にまわされ、しっかりと抱き締められ。
新一の右手が、蘭の頬に添えられ、顔が近付いて来た。

蘭は自然と目を閉じる。
触れるだけの最初のキスと違って、今度は深く口付けられた。

「ん……ふっ……」
「蘭……」

耳元で、低いやさしい声で、名を呼ばれ。
蘭は、ぞくぞくするのを感じていた。

「工藤君?」
「蘭。新一、だよ」
「新一君?」
「君は、要らない」
「新一」
「ああ」
「本当に、わたしを彼女にしてくれるの?」
「蘭に触れる権利が出来るんなら、こっちから頼み込んででも彼氏になるさ」


ずっと後になってこの時の会話を思い返すと、もう笑うしかないのだが。
この時、酔っていた蘭は、大真面目だった。
そして、この時のやり取りでは判断出来なかったけれど、記憶には全て残っていた為。
蘭は後になって、新一の意図と気持ちを誤解する事になってしまうのである。


「蘭」

新一は、蘭の顎を捕え口を開かせると、再び唇を重ね、蘭の口内に、舌を侵入させて来た。

「ん……ん……んんっ……」

新一の舌が、蘭の口内を侵し、蘭の舌を絡めとる。
その熱さと甘さに、蘭は陶然となっていた。

2人の唾液が混じり合ったものが口内に溜まり、一部を飲み下すが、飲み込みきれないものが蘭の顎を伝って流れ落ちる。

蘭の顎を捕えていた新一の手が動き、蘭の胸の膨らみの上に、そっと当てられた。
そしてゆっくりと、揉みしだき始める。

不快感はないが、戸惑いと恐れで、蘭は思わず新一を手で押しのけようとした。
けれど、新一の抱き込む力は強く、びくともしない。


ややあって、新一が蘭の唇を解放し、間近から覗き込んだ。

「し、新一……わたし……」
「初めて、なんだろ?優しくするよ」

新一がすでにその気になっている事を蘭は悟り、身震いする。
けれど、拒む気は、なかった。

「責任、取ってくれる?」
「了解」

それを合図に。
新一の手が、蘭の服に掛けられた。



(2)に続く



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<後書き>

ドミは看護師で、看護専門学校卒です。
ですが、その前に、せっかく国立旧帝大に入学したのに挫折したという黒歴史があります。

在学中、ちょびっと、漫研に入っていました。
漫研でグループ合作の企画があり、諸般の事情でとん挫し日の目を見なかった構想が、このお話の冒頭がラストシーンとなるお話(ややこしい!)だったのです。

後日、私一人で、オリジナル話の絵コンテを切り……まあ絵コンテだけで終わり完成させなかったのですが。
そして更に歳月が経ち、「そうだ!あのお話を新蘭変換しよう!」と思い立ったのでした。

とにかく元々のグループ制作の構想の中であったラストシーン、紋付袴で「すまん!責任は取る!」を世の中に出したい、執念のようなものがありました。
まあ着物が似合うのは平ちゃんのイメージですが、新一君も着物は結構合う!と思っているのですが、如何でしょう?

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