夢の終わり〜春先迷路・番外編〜



byドミ



新一が、わたしの目の前で死んでしまってから、1か月。
もうすぐ、新一が18歳になる筈だった誕生日が、巡って来る。
そして、その前に、修学旅行がある。


今も、心がえぐり取られたように痛み続ける。
自分で自分を殺す訳には行かないから、いっそ誰か私を殺してとか、新一のように事故に遭えばとか、そういう事を考えてしまう。
きっと新一は、わたしが新一の元に逝く事なんか、望んでいない。
だから、生きなきゃ。
生きて、幸せにならなきゃ。
そう、自分に言い聞かせる。

でも。
わたし一生、新一以外の男性を愛せないと思う。
ずっと、新一だけを想って生きて行く。
それ位、良いでしょ?

男性を愛するとか、結婚するとか、そういうのとは違うところで幸せを掴むから。
お願い新一。
わたしを、見守っていてね。


わたしは、新一の遺影を持って、修学旅行に参加する事にした。
新一のご両親も、それを承諾してくれた。

有希子小母様は、本当にご自身が辛いだろうに。

「蘭ちゃん、ありがとう」

そう言ってほほ笑んでくれた。

ううん。
小母様。
お礼を言うのは、わたしの方です。

今、どんなに辛くても。
新一と巡り会えて。
新一を愛して。
そして、新一に愛して貰って。

わたしは本当に、幸せなんですから。



   ☆☆☆



由布院の宿で。
わたしは、園子達とお喋りをしていた。

で、何だか話が、怪しい方向に行ってたのよね。
その・・・性体験の話。

わたしは、何という事もなく、皆の話を聞いてたんだけれども。
わたしに話を振ろうとした子が、突然、ハッとしたように口をつぐんだ。

「・・・バカね。変な気の回し方、しなくて良いのに」

わたしは苦笑する。

「でも。どうせなら、新一に全部あげとけば良かったなって、思う事は、あるけどね。新一の子供が出来てたら、良かったのに・・・」
「蘭・・・」

園子が、沈痛な表情になった。

「子供が出来てればって・・・」
「だって。わたし、他の男の人とエッチなんて絶対無理だから、結婚もしないだろうし、子供を産む事もないだろうって、思うのよね」

皆、何と言ったら良いものか思いつかない様子で、顔を見合わせていた。
今のわたしに、他の男の人に目を向けろだの、言えないんだろうね。

「ごめん。白けさせちゃって」
「バカっ!蘭が気を回す事、ないんだって!あんた、気を使い過ぎ!」
「そうよ、蘭。こっちこそ、ごめんね・・・」
「わたしね。新一が死んで、そりゃ、わたしも死にたいって位に、辛いけど。でも、新一と出会えて愛し合えた事は、本当に本当に、幸せだって、思ってるから」

わたしの言葉に、皆が涙ぐんでしまった。

「明日も早いし。もう、寝よっか」
「うんうん、毎晩大騒ぎだったから、今日位はおとなしくね」

口々に言って、横になった。

でも。
わたしは、眠れなかった。
何だか、すごい胸騒ぎがして、眠れなかった。


夜中。
皆が寝静まった頃、わたしはこっそり、宿を抜け出して、金鱗湖のほとりまで行った。
何かに、突き動かされるように。

満月が、金鱗湖の面を照らしている。
ここは、温泉が湧いているところなので、水面をもやが覆っていた。


月に照らされたもやの中に、ぼんやりと浮かび上がる二つの人影。

目を凝らして、人影を見る。


「新一っ!?」

二つの人影は、わたし自身と、新一の姿、だった。

『言えよ!あの事故で、工藤新一に、何が起こったのか!?』
『オメー・・・!』
『ハッキリさせようじゃねえか!どっちが、生き残った工藤新一なのか!!』
『オメー、蘭の体を・・・!』

わたしが、何故か新一の口調で、新一と対峙している。
ううん、そんな事は、どうでも良いの。

神様。
何でこんな、残酷な映像をわたしに見せるのですか?

久しぶりに見る幻影の新一に、わたしの胸は張り裂けそうだった。


わたしは、涙を流しながら、もやに映る幻影に向かって足を踏み出していた。
そして。

「えっ?」

池のはたから、足を滑らせていた・・・。



   ☆☆☆



温かい・・・。


とても、安心出来るぬくもりに、包まれて。
わたしは、まどろんでいた。


新一。
修学旅行に一緒に来ている新一は、何かどこか、変だった。
そして、幽霊の新一に、声をかけられて。


え?


わたし、修学旅行に、新一の遺影を持って来てなかった・・・?

あの事故で、血まみれになって横たわった新一の姿がよみがえり、私の胸は潰れそうになる。
わたしは、震える手で、新一の瞼を閉じたんだ。


え?
待って。
あの事故で新一は、歩道に転がった時の軽い打ち身とかすり傷程度だった筈。



だって新一は、ずっとわたしと一緒にいたもの。
だって新一は、どんなに求めても、どこにもいなかったもの。



わたしは、混乱しながら、瞳を開けた。



ああ。
新一が、わたしを抱き締めている。

そうよ。
新一はずっと、わたしの傍にいたもの。



「新一?」

わたしが、声をかけると。


「蘭、ただいま」

新一が、そう言った。

「おかえりなさい、新一」

わたしは、自然とそう答える。
そして、気付いた。

わたし、何故ここに・・・金鱗湖のそばにいるの?
ついさっき、もやに映った幻影を見た事を、思い出す。

え?もやに映った幻影?
だって・・・あれは・・・。


わたしは、身震いして新一にしがみついた。


「新一!?ちゃんと、ここにいるよね!?生きてるよね!?夢じゃ、ないよね!?」
「蘭!?」
「何か・・・新一があの事故で死んでしまって、その後、生きてる実感がないって、ものすごくリアルな夢を・・・夢、だよね?あの記憶は・・・」


わたしは。
新一がきっと、笑い飛ばすか「縁起でもねえ!」と不機嫌に怒るか、どちらかだろうと思ってた。
でも、新一は。

一瞬息を呑んだ後。
慈しむような優しい眼差しで、言ったのだ。


「ああ。オレは、生きて、ここにいるよ。蘭。悪い夢はもう、終わったんだ」
「新一・・・」


そして、新一がわたしの唇に口付ける。
その温かさと甘さにうっとりとなりながら。

わたしは、確信していた。

あれは、夢じゃなかった。
わたしの記憶は二重写しになっていて。
新一が死んで、わたしが深い悲しみを背負いながら生きていたあの記憶も、確かにあった事だった。


新一は、新一は。
どうやってだか分からないけれども、あの悪夢と戦って、そして、わたしの所に、戻って来てくれたんだ。
でも。
新一がそれを、夢だと言ってくれるんだから。
わたしは、何も聞かずに、受け入れよう。



新一がわたしを連れてこっそりと宿に帰ると。
案の定、心配していた園子達に、こってりと絞られた。

新一の幽霊(?)に体を貸していたわたし自身に、記憶はないけれども、新一がやましい気持ちでわたしを連れ出したのではない事は分かっていたからわたしは思わず新一を庇う言葉を出したのだけれど、それは園子の怒りに火を注いだ。
新一が黙って園子達の糾弾を受け入れていたから、また心苦しくて。
園子達がわたしの事を真剣に案じてくれていた事も分かっていたから、また心苦しくて。

わたしは、皆に愛されて幸せ者だなと、思った。


「あれ!?」

突然、園子が妙な表情になる。

「園子、どうしたの?」
「あ、う、うん・・・縁起でもない変な光景が浮かんだだけだから、気にしないで」

園子の言葉に、わたしはドキリとした。

「縁起でもない光景?」
「・・・蘭が、新一君の遺影を持って修学旅行に参加するって・・・ごめん、ただの夢の話だから」

皆が一瞬、ざわめいた。

そうか。
やっぱり、皆、わたしと同じで、「あの事故で新一は軽傷ですみ、一緒に修学旅行に来ている記憶」と、「あの事故で新一が死んでしまった記憶」との、二重写しになっているんだ。


「そいつは、ただの夢だよ、ユ・メ」

新一が言った。
皆、何となく青ざめた表情で顔を見合せながら、

「そうだよね、夢だよ、夢」

と、自分自身を納得させるように言った。
目の前に、生きて新一がいるのだから。
あの記憶は、どんなに生々しくても、夢だと納得して処理してしまうしかない事は、皆、分かっているのだ。


「とにかく、夜明けまで間がないんだから、寝ないともたないわ!寝よ寝よ!」

との園子の言葉で、皆、横になった。



「じゃあな。蘭」

新一がそう言って去ろうとする、その裾を、わたしは思わず掴んでいた。

「新一!」

新一が、苦笑しながらも、優しい眼差しで振り返った。

「大丈夫。オレはここに、いっからよ」
「うん・・・」
「愛してる」


頬を染めて言った新一の言葉に、わたしは目を見開いた。

だって。
新一はすっごい照れ屋で、今迄「好き」って言葉を使ってくれたのも、あの大きな戦いを終えて帰って来た時位で。
「愛してる」なんて、絶対口が裂けても言葉にしそうになかったのに。

きっとわたし、ものすごく心細そうな顔をしてたんだね。


そして。
やっぱり新一が、わたしの知らないところで戦って帰って来てくれたんだって、またも認識する。


新一が、息もつけぬ程の力強さでわたしを抱き締めた。
そして、唇が重ねられる。
今迄の、軽い口付けと違い、奪うような激しさの深い口付け。
新一の舌がわたしの口腔内に侵入して、わたしの舌に絡められた。

「んっ!」

わたしを抱きしめる新一の体が、異様に熱い。
もしかして、そのまま求められるのじゃないかと感じてしまった位、力強い抱擁。

だけど。


「じゃあ。お休み」


いつの間にか、新一の唇も温もりも、わたしから離れ。
新一は部屋を出て行った。



「愛してる、なんて言葉・・・ドラマとか映画以外で、初めて聞いた・・・」
「工藤君って、前から気障とは思ってたけど・・・すごかったねえ」
「あんな情熱的なキス、ホント、現実にあるなんて思わなかった」
「あーもう、写真、撮っておくんだったわ!」


案の定。
新一が出て行ったあと、狸寝入りしていた皆が、起きだして溜息交じりに言った。

わたしは、すっごく恥ずかしかったけど。
でも、皆に見聞きされているだろう事くらい、分かっていただろうに。
新一が、わたしの心を慰める為に、愛の言葉と口付けをくれた事が、すっごく嬉しい。


「ったく。とろけそうな顔、しちゃって」
「ホント。からかい甲斐がないったら」

園子達は呆れたように言いながら、その眼差しは優しかった。
皆、夢だった振りをしているけれど、新一が死んでしまったあの記憶を持っているのだ。


「良かったね、蘭」
「うん・・・」

園子の言葉に、素直に頷く。

「さ。お互い、眠れないだろうけど、少しでも横にならなきゃ。明日・・・もう、今日か。きついよ」

そして、皆、改めて布団に潜り込んだ。



   ☆☆☆



次の日は別府に宿泊し、最終日。
わたし達は、大分空港から一路羽田に向かった。

あの夜以降、見るもの聞くもの全てが、興味深く素晴らしかった。
新一が、わたしの傍にいる。
それだけで、ただそれだけで、世界の全ては色が違って見える。


「修学旅行先が発表になった時は、何を今更九州?って思ったけど・・・国内旅行ってのも、捨てたもんじゃなかったね」

飛行機の中で言った園子の言葉に、皆が頷いた。

何だか・・・色々あって疲れたけど。
でも、良い旅行だった・・・ような気がする。

わたしは、少し離れた座席に座っている新一をちらりと見た。
新一は、男子達のグループで、楽しそうに会話をしている。


旅行期間中に土日が入った為、明日から2日間、その分の代休がある。
部活も修学旅行帰還直後の休みには、出なくて構わない。


「ねえ。園子」
「ん?何、蘭?」
「・・・今夜のアリバイ、お願いしても良い?」

わたしの言葉に、園子は目を丸くし、周囲の女子達は耳をダンボにした。

「蘭!?まさか、新一君ちにお泊まり!?」
「しっ!園子、大きな声出さないでよ!」
「じゃあ、今夜いよいよね!新一君もちゃっかりしてるったら」
「・・・わたしが、1人で決めた事なの。新一、受け入れてくれるかなあ?」
「当たり前よ!二つ返事でOKに決まってるじゃない!蘭、頑張って!」

周りで聞き耳立ててた女子達も、皆、うんうんと頷いている。


はしたないかもしれない。
わたし自身、男女の事について、無知に近い事は、自覚している。
新一と、そういう行為をするって事が、どういう事なのか、きちんと分かっている訳じゃない。

でも、わたしは、どうしても。
わたしの、この身に、新一を刻んで欲しいって、今、思っていた。


未知の体験に対する恥ずかしさや戸惑いや怖さが、全くないと言えば、嘘になるけど。
でも、そんなものを遥かに超えて、わたしは、新一のものになりたい、ひとつになりたい、わたしの全てを新一で満たして欲しい。


新一は、こんなわたしに、呆れるだろうか?
はしたない娘だって、思うだろうか?
でも、あれだけわたしを大切に考えてくれる新一だから、きっと、拒絶する事はないだろうと、思う。


皆の計らいで、空港で解散した後は、いつの間にか新一と2人きりになっていた。


「さ、帰るか」
「うん」


列車を乗り継いで、米花駅が降りる。
新一の足は、自然と、わたしの家の方へ向かっていた。
当然のように、家まで送ってくれる積りなのだ。


どういう風に、切りだそう?

それとも。
一旦家に帰って、また新一の家に向かう?
でも、そうなると、もしかして事件か何かで呼ばれて出て行った新一と、すれ違いになってしまう可能性も、ある。


わたしが、逡巡していると。
新一が、大きく伸びをして、言った。

「ああ。何だか、疲れちまったぜ。明日の休日は、1日寝て過ごすか」
「もう!新一、最近怠け者になってない?」

わたしはついつい、反射的に憎まれ口を叩いていた。

「しゃあねえだろ。色々、あったんだからよ」

新一の言葉に、わたしはハッとなって、俯いた。
そう、本当に色々あったから。
新一は、疲れているよね?

そう思うと、わたしの、はしたない願いを口に出すのは、はばかられた。
また、後日にすべきだろうか?

でも。
いつでも大丈夫なんて、たかを括ってて。
そして、永遠にチャンスを逃してしまうなんて事になったら?


ううん。
何て変な事考えるの、わたしのバカバカバカ!

だって。
新一は、わたしの傍にいる。
きっと、これからもずっと、傍にいてくれる。

それを、信じなくて、どうするの?


けれど。
次の新一のひと言に、わたしは思わず固まった。


「蘭。今夜、オレんちに泊まるか?」

新一の顔を見ると。
その眼差しが、ものすごく熱くて。

新一が、わたしと同じ事を望んでいるんだって、確信した。
だから。
わたしは思わず俯いたけれど。
躊躇いはなかった。

顔をあげて、答える。


「うん。泊めて」


新一は、目を丸くした後、すごく優しく微笑んでくれた。



   ☆☆☆



わたし達は、簡単にご飯を食べて、それぞれにお風呂に入って。

幸い、旅行の後だったから、着替えは少し余分に持っていたし、新一の家で洗濯も出来る。
わたしは、持参のパジャマと、1番お気に入りの下着を、身に着けた。

お風呂はいつもより念を入れたので、どうしても長くなり。
新一が先に待っている部屋に、わたしはおずおずと入った。

「蘭」

ドアを開けたわたしを出迎えた新一が、わたしの手を引いて部屋の中に導く。
新一の寝室はさすがに、中学生になって以降は入った事がなかった。

そして、新一はわたしを抱えて、ベッドの上に下ろす。
そのまま覆いかぶさって来た新一に、わたしはぎゅっと抱きしめられた。
熱く固い新一の体、その存在感に、わたしはすごく安心してしがみついた。


「新一・・・新一・・・」
「どうした、蘭?」
「新一、ここに、いるよね?」
「ああ。いるよ。これからも、ずっと・・・蘭の傍に、いる」
「うん・・・絶対だよ」
「ああ。オレは、オメーをぜってー、離さねえから」


新一の手で、わたしの身に着けたものは少しずつ取り去られて行く。
新一の手が、唇が、わたしの全身を這いまわる。

「あ・・・ん・・・はあ・・・っ!」

新一に触れられたところが熱を持ち、電流が走るみたいに、ゾクゾクした感覚が走る。


戸惑いも恥ずかしさも怖さもすっかりどこかに飛んで行って、ただただ、新一に触れられる喜びを感じていた。


「蘭・・・愛しているよ・・・」
「新一・・・わたしも・・・あんっ!」

いつの間にか新一も、自分の服を脱いでいて、新一とわたしとは、肌と肌を直接に触れ合わせる。
わたしの胸の頂が、新一の、思いのほか厚い胸板にこすれ合って、それだけでわたしは、感じてしまう。

「すげー・・・オメーの体、柔らかくて気持ちイイ・・・」

新一がわたしの耳元で荒く熱い息を吐きながら、言った。


わたしの体は、新一にくまなく触れられて、おかしくなって行く。


どんなにおかしくなっても良い。
新一の腕の中でなら、狂ってしまっても、壊れちゃっても、良い。

新一が、ここにいてくれる、その幸せ。
わたしの命と魂が千切れてしまいそうな、あの思いだけは、もう、したくない。



わたしの足が押し広げられ、誰にも見せた事がないわたしの中心部が、新一の視線にさらされる。
そして、誰も触れた事がない部分を、新一の指がなぞり・・・唇が寄せられた。

「だ、ダメっ!新一、そんなとこ・・・汚い・・・」
「バーロ。オメーの体で汚いとこなんて、あるかよ」
「んあっ!」

最初はさすがに恥ずかしかったんだけれど。
新一に触れられている内に、何か・・・変な感じに・・・。

「ん・・・あ・・・」

これが、もしかして感じるって事なのかしら?
微妙な場所を触られて・・・何だか・・・。

わたしの入口から、液体が溢れ出る感覚があった。
え?何なの、これ?

「そろそろ、大丈夫そうだな・・・」


新一がそう言って、起き上がる。
新一の温もりが、離れて行く。
わたしは喪失感に、新一を求めて手を伸ばした。


「蘭。大丈夫だ、オレはここにいるから・・・」


新一が。
自分のものに、ゴムをかぶせようとしていたのだった。


「新一・・・お願い・・・そんなの着けないで、そのまま来て・・・」

わたしは、思わず言ってしまっていた。

「蘭?」
「大丈夫だから・・・お願い・・・」

新一が、柔らかく微笑んで、わたしの髪を撫でる。


「蘭。これっきりなんて事はぜってー、ねえからよ。オレは、ずっとオメーの傍にいるっつったろ?」
「新一?」
「2人とも大学に合格したら、卒業式の夜、ゆっくり、赤ん坊仕込んでやるよ」
「な・・・バカッ!」

思わず悪態をついたけれど。
どうして、新一に分かってしまったのかしら?
わたしが、新一の子どもを欲しがってるって。


「オレだって、直にオメーの中に触れたいのは山々だけど。高校は卒業しようぜ」
「うん・・・」
「ずっと・・・生涯、離さねえから」
「その生涯が短いってのは、許さないんだからね!」
「ああ。わーってるよ・・・」


そう言って準備を終えた新一は、わたしの足を再び抱えて押し広げ、足の間に入り込んで来た。

わたしの入り口に、熱く猛ったものが押しあてられる。
そして。


「ん・・・う・・・ああっ!」

わたしの中が押し広げられ、引き裂かれる痛みに、わたしは思わず声をあげた。


「蘭・・・ごめん!」

ううん。
新一、謝らなくて良い。

この痛みだって、嬉しいの。
新一がわたしの中に入って、ひとつになっている証なんだし。


あの時の、身も心も引き千切られるような痛みに比べたら、何て事ない、とても幸せな痛みなんだもの。


「新一・・・だいじょぶ・・・だから・・・」
「蘭!」


やがて、新一の動きが止まり、痛みの波が遠のいて行く。


「蘭。全部、入ったよ」
「新一・・・」
「オレ達、今、繋がってんだ。分かるか?」
「うん・・・うん・・・」


わたしの眦から、涙が溢れて零れ落ちる。


わたし、新一と結ばれたんだ。
新一は生きていて、今、わたしの中にいて、わたし達はひとつになってるんだ。


「蘭・・・大丈夫か?」
「うん・・・幸せなの・・・」
「蘭・・・」


新一が、わたしの顔を覗きこむ。
そして、抱き締められ、深く口付けられた。


「このまま・・・ひとつに融け合えたら、良いのに・・・」
「バーロ。別々な2人が結ばれてひとつになるから、良いんだよ」


うん。そうだね。
こんなに愛しい相手と、ひとつの存在になっちゃったら、ただのナルシシズムだものね。

新一が、眉根を寄せて言った。

「蘭。そろそろ、限界」
「えっ?」
「動いて、良いか?」

わたしは、頷く。


新一が、繋がったまま、腰を動かし始めた。
わたしの体が揺らされる。
一旦引いていた痛みが、ぶり返す。

「ん・・・んっ・・・あっ・・・!」

わたしは、必至で新一にしがみ付いた。

「蘭・・・蘭っ・・・!」

新一が、わたしの名を呼ぶ。
その幸福感に酔いながら、痛みに耐える。


少しずつ。
痛みが薄れ、代わりに別の感覚が湧き上がって来た。


「ああっあっ・・・んんあっ・・・はああん!」

わたしの口から、悲鳴とは違う声が上がり始める。
わたしの変化を感じ取ったのか、新一の動きが激しくなった。


「ああっ・・・新一・・・んあああっ・・・!」
「くっ・・・うおっ・・・蘭っ!」
「はああっあんあん・・・んああああああっ!!」
「くぅ・・・はあっ・・・!」


やがて私は上りつめ、ひときわ高い声をあげ。
目の前が真っ白にスパークし、背中がそり、新一に必死でしがみつきながら、手足がビクビクと痙攣するように動いた。
それと同時に、新一の動きが止まり、新一のものがわたしの奥で脈動するのを感じた。






わたし達は、荒く息をつきながら、暫く動きを止めていたけれど。
新一がゆっくりとわたしの中から出て、わたしの隣に横たわり、わたしを抱き寄せた。

終わったのね。
わたし、新一と・・・。

すごく幸せ。
下腹部に残る鈍い痛みも、新一に愛された証と思うと、嬉しい。


もしかして。
さっきのが、話に聞く「絶頂」とか、「イク」とか、そういう感覚なのかしら?

でも、初めてでこんなって・・・わたし、おかしいんじゃないのかな?

「蘭」
「な、なあに、新一?」
「オレ、すっげー幸せ」

わたしは、驚いて新一の方を見た。
そこに、すごく優しくわたしを見詰めている新一の顔があり、わたしの胸はまた、キュンとなる。

「うん。わたしも・・・」

新一の顔が近付いて来て、また、口付けられた。


「蘭」
「なに?」
「結婚しよう」
「えっ?」

わたしは、驚いて目を見開いた。

「・・・何で、んな不思議そうな顔、してんだよ?」
「だ、だって・・・」
「オレは、もう、蘭を離す気も離れる気も、ねえ」

新一の目がとても真剣で。
わたしは、胸が詰まった。

「うん。わたしも、離れたくない。新一のお嫁さんに、なる」
「でも、子作りは、高校卒業してからな?」
「んもう!バカッ!」

わたしは、思わず新一の胸をポカリと叩いた。
すごくすごく、仕合わせだった。



   ☆☆☆



結局。
あの後、何度愛を交わしあったのか、自分でも分からない位に。

わたし達はその行為に溺れてしまい、疲れていた筈なのに眠りについたのは明け方で、目が覚めたのはお昼近くだった。

「新一・・・」

目が覚めて。
横に、新一がいるのを見て。
ああ、夢じゃなかったのねなんて思いながら。
昨日散々、お互いの体を見て繋がった筈なのに、今こうやって同じ寝床で目覚めると、何だかとっても、恥ずかしかった。


わたしは思わず、布団にもぐりこんでしまったけれど、新一が布団を取り除き、わたしの顔を覗きこんで、額をこつんと当てて来た。

「おはよう、奥さん」
「し、新一・・・」

新一がわたしを抱き締め、深く口付け。
そして、手がわたしの胸をもみしだき始めた。

「んんっ!」

昨夜、散々した筈なのに。
甘いうねりに、また、飲み込まれそうになる。


けれど、突然、新一の動きが止まった。


「新一?」
「しっ!蘭、服を着て!」

わたしは、新一に何事か問おうとして・・・階下で物音がするのに、気がついた。
まさか、泥棒!?
昨夜、鍵をかけ忘れたのかしら?


わたしが思わず身構えると、新一はふっと笑った。

「別に、怪しい奴らじゃねえさ」
「えっ?」
「・・・拗ねられるだろうなあ・・・」
「新一?」
「ま、顔洗って、下に行こうぜ」
「???うん・・・」


わたしは、身支度を整え、新一と一緒に階下に行った。
そこには。


「おはよー。新ちゃん、蘭ちゃん」
「新一のお母さん・・・!」

有希子小母様が、満面の笑みをたたえて、立っていた。


「ごめんねえ。家に着いてからようやく、お邪魔なんだって、気付いたんだけど・・・」

申し訳なさそうな小母様に、こっちの方が恐縮してしまう。
た、多分、気付かれちゃったわよね?
ご両親が留守の間に、家に入りこんで、新一とこんな関係になって・・・そりゃ、後悔はしてないけど、ご両親から見たら、ふしだらで図々しいとんでもない女、だよね?
どどど、どうしよう!?


「ちょうど、コーヒーが入ったんだけど、飲む?」
「あ・・・はい・・・頂きます・・・」

有希子小母様は、台所へ向かおうとして。
振り返り、新一の所へ走って行った。

「新一っ!」

有希子小母様が、涙を流しながら、新一を抱き締める。

「か、母さん・・・」

新一も、呆然としながら、小母様を抱きしめ返した。


ああ。
そうよ、何で気付かなかったのかしら?

わたしや園子達の記憶が二重写しになっているように、小母様の記憶も、二重写しになっているに違いないのに。
だから。
小母様はロスから飛んで来られたんだわ。


ふと、視線を感じて見ると、台所の入口に、小父様が立っていた。
小父様が新一に注ぐ眼差しが、いつになく切なげで優しい。


「新一・・・元気そうで何より・・・」
「父さん・・・」
「有希子。少し、新一君と2人で話をしたいのだが、いいかい?」
「あなた・・・あ、ごめんなさい、新ちゃん蘭ちゃん、コーヒーだったわよね」
「私達の分は良いよ、持って行くから」

小母様が、涙を拭きながら新一から離れ、台所に行く。
小父様は、手にトレーを持って、新一を促し、書斎の方へと消えて行った。

「蘭ちゃん、どうぞ、座って」
「あ・・・はい・・・」

わたしが腰かけると、その目の前に、コーヒーが出された。

「あ、あの。申し訳ありません・・・わたし・・・その・・・」

わたしが、俯いて言うと。
小母様の優しい声が降って来る。

「あら。こういう場合、よそ様の大事な娘さんに手を出した息子の方が、責められるべきだと思うのだけど?」
「で、でも・・・」
「蘭ちゃん。あの子はね。蘭ちゃんがいたから、戻って来れたの」
「えっ?」

わたしが思わず顔をあげると。
小母様の微笑んだ顔が、目の前にあった。

新一とよく似た、優しい微笑みに、わたしの胸は高鳴る。

「あの子が、コナンだった時も。そして・・・今回も」
「小母様・・・」
「だから。あの子は、とっくに、あなたのものなんだから。この先も、どうか宜しく。あの子を、頼むわね・・・」

小母様の目に、再び涙が盛り上がる。
わたしは、胸が詰まった。

「あの子の葬儀で、わたしはあなたに、ありがとうって言ったわよね」

わたしは、ハッとして、目を見開く。

「新一を愛してくれて、ありがとう。幸せをくれてありがとう。私があの時言った事は、本心よ。でも。今回は。あの子の命を取り戻してくれて、ありがとう・・・」
「小母様・・・」
「色々と、あまりにも不思議で、説明がつかない事が多いけれど。でも、あなたがいたから、あの子は戻って来れた、それは間違いないと、私は確信しているの」
「お、小母様!」
「・・・でもこれは、『なかった事』だから、ここだけの、これ切りの、お話。ね?」
「は・・・はい!」



そう。

新一が死んだのは、「なかった事」。
わたし達の記憶の中だけに、存在している過去。

これから、一緒に、生きて行くんだから。
ずっと、一緒に・・・人生を共に・・・。



   ☆☆☆



それから、間もなく。
新一の18歳の誕生日に、わたし達は入籍した。

そして、身内だけの結婚式を、ひっそりと執り行った。


新一のご両親も、わたしの父と母も、アッサリと許してくれて、書類にサインをしてくれた。

父などは、ずっと後になって、「どうしてあの時、ああもアッサリと許しちまったもんかなあ?」と、自分で不思議がっていたけれど。
おそらく、新一が死んでしまった記憶がまだ色濃く残っていた為なんだろうと、思う。




それから、数カ月も経つと。

皆の記憶の中から、その出来事は、夢として処理され、やがては忘れ去られて行った。


でも。
さすがに、わたしの場合は。
あの衝撃的な記憶は、そうそう簡単に消えてはくれなかった。

新一の隣で、その温もりに包まれて眠りながら。
今の幸せこそ夢で、新一はいないという、絶望的な夢を見る事が、時々ある。


「新一っ!」


夜中に叫んで飛び起きて。
隣にいる新一の存在を確かめて、安堵の息をつく。

あれから、1年が経つのに、そういう夜が時々訪れていた。



『やっぱり、蘭の記憶からは、消えないのね・・・』
「誰っ!?」

ある晩。
夢の中で、わたしは、ぬばたまの闇の中にいた。
夢だという事は自覚していたけれど、胸がざわざわする。

わたしの目の前に、長い黒髪の綺麗な女性が現れた。


『私は、ヒラサカ姫』
「ヒラサカ姫?」

記憶のどこかにその名が引っ掛かっているような気がして、わたしは首をかしげた。

『新一の運命を操作して、殺したのは、この私なのよ』
「!!」

わたしは、思わず息を呑んでいた。

「な、何故っ!?」
『新一が欲しかったから。私のものにしようとして、新一を死の運命へと導いた』
「そ、そんな・・・!」
『でも、失敗した。新一が死なないように、蘭が強く願ったから。そして・・・新一が、蘭の傍にいる事を強く願ったから』

ああ。
やっぱり。

新一は、わたしの元に帰る為に、戦ってくれたんだ。

「ヒラサカ姫。今夜は、何故ここに?」
『私はもう、新一には手出しはしない。それは、安心していて良いよ。今夜ここに来たのは、蘭が辛い記憶に苦しめられているようだからさ』
「わたし・・・?」
『そう。このヒラサカ姫は、蘭のその記憶を食べてしまう事が出来る。そうしたら、蘭が苦しい事はなくなるよ』

ヒラサカ姫の申し出は、心からの善意である事は、分かった。
でも。
わたしは、かぶりを振った。

『蘭?』
「わたしは・・・わたしは・・・どんなに辛くても苦しくても、忘れたくない!だって・・・だって・・・新一が、戦って戻って来てくれた事まで、忘れてしまう事になるんですもの!」
『そうか、分かった。でも、普段それが表に出ないように、夢で見て絶望しないように、蘭の心の奥に隠してあげよう』
「えっ!?」
『ちゃんと、蘭の心の聖域に残して置いてあげる。でも、普段は思い出さない。蘭が苦しむと、新一も辛いからね』
「ヒラサカ姫!?待って・・・!」
『蘭。強くおなり。蘭の中にいる小さな命を、守って行けるように』
「えっ?」
『これでもう。我らが2人に関わる事はない。2人がこちらの世界へ来る、その日まで』





「蘭!?大丈夫か!?」

新一に揺り起こされて、わたしは目を覚ました。

「新一!?」
「うなされてたけど・・・」
「ごめん・・・夢・・・見てたんだと思う。多分・・・」


今、どんな夢を見ていたのか、思い出せない。
でも、うなされる程不安な夢だったような気は、しない。

新一が心配そうにわたしを覗きこむ。

「大丈夫よ、新一」
「そうか・・・」

わたしは、新一に抱きついた。
新一は優しくわたしを抱き締めてくれる。


すごく幸せで、すごく安心出来る。

今の幸せが、どれほどに大切なものなのか。
それをわたしは、決して忘れまい。


「あのね、新一」
「うん?」
「わたし、たぶん・・・」


新一は本当に宣言通り、「卒業式の夜」に子作り解禁をした。
わたしのお腹の中に、新一の命を受け継いだ新しい命が息づいている。

わたしは、強くなる。
新一の為に、この子の為に、わたし自身の為に。



その夜を境に。
わたしが悪夢にうなされる事は、なくなった。


新一と結ばれてからのわたしは、とても幸せだったけれど、同時にどこか、不安と恐怖をも抱えていた。
でも、今は。
不安と恐怖は消え去って。


新一とわたしが共に元気で生きている事が、幸せ。
新一と共にいる事が、幸せ。
新一を愛している事が、幸せ。
新一に愛されている事が、すごく幸せ。
新一の命を受け継いだ子供を宿した事が、この上なく幸せ。


日々、幸せを噛みしめながら、全ての事に感謝して、毎日を過ごしている。





春先迷路・完



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<後書き>



裏に掲載となったこの部分。
濡れ場は、まあ、アッサリというか、そんなに多くありません。

別のシリーズでも、高校生新蘭初エッチ話を書きかけていて。
まあ、背景が違うんですが、かぶってしまうってのもあって。
エッチシーンそのものは、あっさりとなってしまいました。


ただ。
元ネタとは完全に違う部分なので、切り離してこちらに掲載しました。


私としては、「新一君が死んでしまった方の世界」が、人物ごと消失するのは忍びなく、まあ、「統合」という形にしたんですけれども。
そうすると、どうしても、蘭ちゃんの心の傷は残ってしまいますわな。
それに、優作さんと有希子さんにも、それは夢と片付けられない大きな衝撃だった筈で。

で、まあ、そういった方々の心のケアというか、アフターフォローの為のお話・・・だったり、します。


これで、このお話は完全に終わりです。
読んで頂いた方々、ありがとうございました。

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