久遠の一族 U



byドミ



第六章 命の石



二〇一〇年九月、満月の夜。

怪盗キッドは、手にした宝石を、月にかざす。
その中に、赤い宝石の姿が浮かび上がったのを見て、体中が震えた。

「親父……青子……!」

今は、快斗の元にいない、快斗の大切な人達を思い浮かべる。
長い戦いが、ようやく、終わりを告げる。

今夜は、青子の一七歳の誕生日。
ずっと一緒に生きて行く筈だった青子は、今はどこにいるのか。

「待ってろ青子。もうすぐ、お前の元に向かうからよ……」

その時。

「それが、パンドラだな!ふふふ、もらったあ!」
「!しまった!」

これで全てが終わるという感傷で、隙が出来たものらしい。
キッドが一旦手にした宝石は、父親を殺した組織のボスの手に、渡ってしまっていた。

「くそー!返せ……戻せええ!!」

キッドが、そちらに向かって行こうとすると、ボスを守ろうとする部下達の銃弾が、雨あられと浴びせられ、慌てて塔の陰に隠れた。

「くっそー!アイツら……いざとなったら部下達を盾にして見殺しにするようなボスに、何で忠実に仕えるんだ!?」

キッドは悪態をつくが。
文句を言ったところで、どうにもならない。
つい油断して隙を作った自分自身が悔しくて、歯噛みをする。

「くははははは。これが、これが……命の石パンドラ……これで、ワシは不老不死に……」
「くそーっ!させるかあ!」

キッドがボスの方へ向かおうとするが、少しでも動くと、銃弾が跳んで来る。

ボスは、月にパンドラをかざした。
すると、雫が垂れて来る。
ボスは、その雫を口で受けた。

「ぼ、ボス!私にも、お零れを!」
「お願いします!」
「ええい、煩いわい!ワシが先じゃ!」

群がって来る部下を蹴散らして、ボスは滴り落ちる雫を口に含んだ。

「ふ……ふふふ……とめどもなく、力がみなぎって来る!これが、命の石の力か!わはははは、これでワシは不老不死じゃ!」

高笑いをするボスを、キッドは、歯噛みしながら見つめていた。

「くっ……親父……もう少しだったのに……くそーっ!」

塔に、拳を叩きつけた。

ボスの体は、気の所為か、一回り程膨れ上がっているように見える。
その周りに、お零れにあずかろうと、部下が群がる。

しかし。

「グ……ぐわあああああ!」

突然、ボスが喉を掻きむしって雄叫びをあげた。
気の所為などではなく、その体が数倍に膨れ上がり、服がはじけ飛ぶ。
顔もぶくぶくに膨れ上がり、原形を留めていない。

「うわあああっ!」
「化け物おっ!!」

不老不死のお零れにあずかろうと群がっていた部下達は、今度は悲鳴を上げて逃げようとした。
しかし、もはやとても人間とは思えない怪物と化したボスは、信じられない力とスピードで、部下達を手当たり次第に摘みあげ、まるでおもちゃのように、引き裂いて投げ飛ばした。


「ぐっ……!」

さしものキッドも、あまりにグロテスクな光景に、思わず吐きそうになる。

「どうしたら良い?あんな化け物が世の中に出て行ったら、一体どれだけ犠牲が……!」

恐ろしい予感に、キッドは蒼褪めた。
しかし。

「ぐわおぅえぁうぁぇ〜〜〜!」

怪物と化したボスは、更に喉をかきむしると。
ドンドン、ミイラのように干からびて行く。
やがて、その干からびた巨体は、崩れ落ち、灰となって風に飛ばされて行った。

「い、一体、何が……?」
「……あれが、パンドラを求めた者の殆どが辿った、末路だよ」

背後から声がした。
キッドは振り返る。
そこには、工藤新一が立っていた。

「薬と毒が紙一重であるように。命の雫も、強烈な毒だってこった。過去、命の雫を飲んで、本当に不老不死になって生き延びたヤツは……オレ達の真祖しか、いねえな」
「何だって!?って事は、命の雫に含まれているのは、ヴァンパイアウィルスなのか!?」
「おそらく。殆どの者は、ウィルスに負けて、不老不死どころか、化け物と化して、命を落とした訳だ」

そう言って。
新一はいつの間に取って来たものか、パンドラをキッドに渡した。

「工藤新一。お前は……パンドラを壊してしまっても、良いのか?」
「ああ。一族は、自前で増やせるしな。この先万が一、あんな化け物が生まれ、生き延びて大量殺戮なんか始められたら、ちと困るからなあ」
「じゃあ。早速」

キッドが、パンドラを壊そうと、懐から取り出したハンマーを、振りあげた。

「ちょっと待て。オレとしては、壊すのは一向に構わねえが……オメー、良いのか?」
「何?どういう意味だ?」
「お前に、青子と共に生きる意思があるのなら、その雫を飲んだ方が良いかと思うぜ、オレは」
「はあ?化け物化して死んじまうヤツの方が、圧倒的に多いんだろ?そんな分の悪い賭けをするより、お前達の誰かに、一族に加えてもらった方が……」
「残念だが。ヴァンパイアハンターの血をひくお前を、一族に加える力のある者は、いない。オレには、まず無理だ」
「……何だって!?」
「ハンターってのは俗称で、別に、その血を引く者皆が、ヴァンパイア狩りを生業としている訳ではない。ま、古来存在している、ヴァンパイアの力に抵抗力がある者達、だな」

キッドは……いや、快斗は、それこそ、ハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けた。
道理で、新一や蘭や園子に対して、他の者は何も感じていないのに、快斗だけが、別の空気や違和感を感じていたワケだ。

「八年前。オレは、お前の父親を、炎の中から運び出した」
「……!?」
「彼はその時、まだ、息があった。彼は望まないかもしれないが、オレは、一族に迎えて生き延びさせようとした。けれど、ダメだった。ヴァンパイアハンターの血を引く彼は、オレ達の仲間にする事は出来なかったんだよ……」
「そ、そうだったのか……お前……親父を助けようとしてくれたのか……けど、そんなに前から、オレ達の事を見張ってたのか?」
「そりゃ、大事な青子の周囲の者だからな。オレも、黒羽盗一を通して、パンドラの事を知った。パンドラが、オレ達一族と深い関わりがある事もな」
「……」
「お前の父親も、母親も、ヴァンパイアハンターの血を引く者達だ。だからお前には、強い耐性がある筈。おそらく、命の雫を飲んでも、化け物化する事もねえだろう。ま、絶対じゃ、ねえけどな。そんな度胸はねえってんなら、無理はしなくて良いぜ。お前が、人としての限られた命を精一杯生きる事を、青子は望んでいたし」

快斗は、考え込んだ。

「オレは、不老不死なんて、下らねえって思ってたし。今も、興味はない」
「……そうか。それも良いだろう。オレだって、蘭と巡り合う事がなければ、人間に戻りたいといつも思っていたしな」
「だけど!だけど、青子とずっと一緒にいるっていうなら、オレは……たとえ化け物になっても、悪くないって思ってる!」

新一は、目を見張った。
そして、ふっと柔らかな微笑みを浮かべた。
そして、快斗に背を向け、去って行こうとする。

「……じゃあ。パンドラの始末は、任せたぜ」
「おい!工藤!」

新一がくるりと振り返って言った。

「口のきき方には、気をつけろ」
「何!?」
「何せオレは、お前の舅になるかもしれねえ相手なんだからな」
「……!!」

それこそ、気にくわない言い方だけれど。
新一が快斗の事を、青子のパートナーとして認めたのだと知って、快斗は憮然としながらも、感謝の気持ちも湧きあがっていた。

「バーロ。オレが青子に対して気に食わねえ所があるとしたら、それは、お前のような狸親父がいるって事だけだよ!」
「ははっ。じゃあな」

新一は手を振ると、闇の中に消えて行った。



   ☆☆☆



帝丹国米花地方米花の森の中に、ひっそりと建つ屋敷がある。
青子は、そこで、蘭や新一と共に暮らしていた。

新一と蘭だけなら、お互いに血の交流をする事と、薔薇のエッセンスで補う事で、殆ど、狩の必要がないのだが。
今は、青子の為に、新一が狩をしていた。
と言っても、ヴァンパイアのクセに人殺しが嫌だという変わった一家だし、騒ぎを起こすのも困るので。
新一は、生命力が有り余ってそうな血の気が多い屈強な男達から、少しずつ、命を奪わない程度の生気を貰っていた。


青子の一七歳の誕生日は、ちょうど満月の夜だった。
青子は、月を見上げて、快斗は今頃、怪盗キッドとなって、パンドラを探しているのだろうかと考えていた。

青子の為に、ささやかな誕生パーティが開かれ、園子や、青子の知らない一族の者達が集まり、ローズティとローズワインがふるまわれた。
パーティが終わると、新一はふらりとどこかに出かけた。

「蘭ママ。新一パパは、また、狩に行ったのかな?」
「……さあ。そうかもね……」
「いつも、青子の為に、狩に行ってもらって。何だかすごく、申し訳ないな……」
「そうね。青子ちゃんも、血の交流が出来るパートナーを、見つけたら良いわ。そしたら、狩の必要がなくなるから」
「うん……」

青子は、蘭に答えながら、そんな事は絶対無理だと思っていた。
青子のパートナーは、これからも、黒羽快斗ただ一人。
彼が年老いてこの世からいなくなっても、決して他のパートナーを作る気になど、なれないだろう。

「ただいま」
「新一、お帰りなさい」
「新一パパ!」
「青子。青子におっきな誕生日プレゼントがあるぞ」
「えっ?ホント?一体、何?」
「届くまでに、時間がかかるだろうけど。まあ、待ってな」

新一はそう言って、愛妻と愛娘だけに向ける、柔らかい笑顔を見せた。

「新一……じゃあ……」
「それとなく、手掛かりは残しておいたから。ヤツの能力なら、数日もあれば辿り着くだろうぜ」
「新一パパ。プレゼントって……生き物なの?」
「ははは。まあ、生き物には、違いねえなあ」

新一は笑って、青子の髪をくしゃっと撫でた。



   ☆☆☆



「えーい、くそっ!いくらヴァンパイアの超常能力を得たと言っても、車も通れない深い森の中、道も知らねえのに、辿り着くのは、大変だぞ!」

快斗は、命の石パンドラを月にかざし、滴り落ちる雫を口に含んだ。
青子の為と思えば、たとえここで命を落としてしまおうと、本望だと思えた。
そして、永遠の命と、ヴァンパイアとしての超常能力を、手に入れた。

そして快斗は、パンドラを壊した。
母親に、父親の敵を討った事と、青子を追って行く事を告げ、別れの挨拶をした。
大きな役目を果たし終えた快斗を、母親の千影は、黙って抱き締めた。

「母さん。時々、里帰りするよ。青子も一緒に」
「ええ。待ってるわ。快斗、息災にね」



そして快斗は、数日かけて、ようやく、米花の森に辿りついた。
新一はいくつか手掛かりを残していたが、快斗が自慢の頭脳をフル回転させても辿るのが困難な、意地悪い手がかりの残し方だった。

「くそーっ!やっぱり、ヤツが舅ってのだけは、気に入らんぞ、オレは!」

米花の森の道なき道を、快斗はひょいひょいと辿って行く。
青子の満面の笑顔と出会えるのは、きっと、もうすぐだ。





Fin.



<後書き>


今回のお話は、まじっく快斗の、黒羽快斗君と中森青子ちゃんが主人公の、ヴァンパイアパラレルシリアスラブロマンス。
先行する「久遠の一族」の直接の続きです。
そちらでは、名探偵コナンの工藤新一君と毛利蘭ちゃんが主役で、こちらのお話では脇役なんですけども、大分、出張って来ています。

元々は、ヴァンパイアネタ快青を、うっすら考えていたのですが。
先の話で、とある設定を作っちゃいまして。
それで、まあ、快青話が、続きになってしまった訳ですね。

本文を先にお読みになった方はわかると思いますけど。
快青メイン、新蘭少し。
そして、特殊事情により、新青で蘭青です。

前作時点では、蘭ちゃんはまだ(最後の辺りを除き)人間だし、若くて可愛いんですが。
このお話では、見た目は一緒でも、やっぱりまあ、〇〇ですからねえ。
新一君に至っては、日本で言えば応仁の乱の頃から生きてる古狸ですから、まだ若く初々しい快斗君が、太刀打ち出来る訳、ありませんがな。

決して、某映画のせいで、快斗君いじめをした訳ではありません。ええ、決して(力説)!(※このお話を書いたのは、映画「天空〜」の年でした……)
でも、最後には、ちゃんとカッコよく決めさせてあげたかなと思うのですが、如何でしょう?

原作ベースのお話では、不老不死を否定するようなお話にするのですけど。
今回は、その真反対のような結末にしてしまって、申し訳ありません。
まあ、設定が設定なので。
私としては、「あなたが何者であろうとも、愛してる」ってのが、今作のテーマになっている訳なので。

で、このお話はもちろんパラレルですが、「まじっく快斗」の「命の石パンドラ」が、このシリーズのヴァンパイア設定に繋がったのは、自分でもビックリでした。


で、このお話の後日談をちょこちょこと書いては、ハロウィン企画としておりますが。
今年も、何か新作が書けたらいいなあと、思っています。


それにしても、月日の流れも世の中の変化も、速い。
久遠の一族Uは、まさしく「現在」を描いたものでした。
で、青子ちゃんから快斗君へのプレゼントは「ミニパソ」だったのですが。
たった4年で、「モバイルはタブレットが当たり前」な世の中に、変化してしまいました。


2010年8月22日初出
2014年9月3日一部改訂脱稿

戻る時はブラウザの「戻る」で。