久遠の一族 U
byドミ
第四章 将来の約束
放課後。
校門のところで、青子達を待っている恵子に、快斗が声をかけた。
「なあ。恵子」
「あら。快斗君、どうしたの?」
「オメーに聞きたい事があるんだが……」
「何何?しばらく放っている間に、青子にムシがついてないかって?」
「虫なら、まだ良いかもしれねえ……」
「は?」
「イヤ、何でもねえ。なあ……オメー最近、毛利や鈴木と一緒に過ごす事、多いよな」
「うん、まあ、そうねえ。青子と四人で一緒に過ごす事が多いよね。それがどうかしたの?」
「あいつら、何か変じゃないか?」
「変って?」
「空気というか、雰囲気というか……」
「一体、何が変だって言うのよ?ちょっと浮世離れしているというか、変わった感じはあるけど、別に何もないでしょ?」
「そっか……なら、イイ」
「もしかして、快斗君。最近青子に相手にされてないから、ヤキモチ?」
「んなんじゃねえよ!」
快斗は、少し憮然とした表情で、その場を去った。
色々な者に探りを入れてみるけれど、快斗が新一や蘭に感じたような、どこか異世界のような、淀んだ空気は、快斗以外、他の誰も感じていないようなのだ。
話を振ったら、誰もが本当に不思議そうに快斗を見るので、「その何かを感じているけど恐ろしくて口に出せない」訳では、ないらしい。
何故、あの空気に誰も気付かないのか。
それとも、気付く快斗の方が変なのか?
いや、一人だけ、いた。
魔女の小泉紅子だ。
「黒羽君、何なんですの、あの方たちは?」
久し振りに登校した紅子が、転入生三人を見るなり、顔色を変えて言ったのを、快斗は忘れられない。
「わたくしは、魔女ですけど。あくまで、人としての理の中に存在していますわ。でも、あの三人は違います!わたくしではどうしようもない位の、とても、禍々しい存在。近付いてはなりません事よ」
「……そうも行かねえんだよ。ヤツらは、妙に青子に近付いているから……なあ、紅子。青子に、ヤツらのような禍々しさを感じた事があるか?」
「一体、何を仰るかと思えば。青子さんの済んだ清浄な気は、あの者達とは違います。そうですわね。青子さんだったら、彼らの禍々しさに負ける事なんて、ないかもしれないですわ」
紅子の言葉に、快斗はホッとしていた。
青子は、快斗が幼い頃から知る、清浄無垢な女の子で。
あの工藤新一の血縁などとは、とても信じられない。
血が繋がっていても、新一達の禍々しさと青子が無縁だと分かって、何だか嬉しかった。
八年前、快斗の父親・黒羽盗一が亡くなった時。
泣く事も出来ない快斗の代わりのように、青子が滂沱の涙を流していた。
青子は、快斗の心の隙間を埋め、闇を照らしてくれる存在だった。
今、快斗は、父親が怪盗キッドであった事、命の石パンドラを狙う輩に殺された事を知り、その敵を討とうと、怪盗キッドを継いでいる。
そして、心ならずも、青子の父親・中森警部と敵対する事になってしまったが。
今でも青子は、快斗の心の暗闇を照らしてくれる慈愛の光であり。
快斗の心の隙間を埋めてくれる、大切な女の子である。
青子は、怪盗キッドを嫌っているけれど。
キッドとしての存在を支えてくれているのも、青子なのだった。
ただ。
快斗が父親の敵を討ち、パンドラを壊して、晴れて「普通のマジック好きの男の子」に戻るまでは。
青子に、幼馴染としての分を超えて近付いてはいけないと、心のどこかで思っていたし。
最近では、心ならずも、工藤新一がお節介でキッドへの協力をする事があるので、ますます、青子と距離を置かない訳には行かなかったのである。
☆☆☆
六月になった。
東洋のどこぞの国では、これから梅雨が訪れて蒸し暑い時期になるけれど、帝丹国は欧州にある為、六月は花々も咲き乱れ気候もよく、一年で一番、さわやかで輝かしく美しい季節だ。
そして、六月は、主神ジュピターの正妻であり、正当な婚姻の守護神、女神の中の女神ジュノーの月に当たる。
それ故、六月の花嫁は幸せになれると、言い伝えられるのだ。
とは言っても。
一応、婚姻可能な年齢に達しているとはいえ、まだ高校生である青子達に、直接関係あるものではなく。
青子にとっては、別の大きな意味がある月だった。
最近、青子は、恵子の他、蘭や園子と四人で過ごす事が多いのだが。
今日は久し振りに、恵子と二人で歩いていた。
「ああ。あとちょっとで、二学年も終わりねえ。もうすぐ、夏季休暇……うふふ、楽しみ、楽しみ〜」
学年末試験はあるけれど、どこぞの国のような夏季休暇の宿題はない。
来年は大学受験を控えていると言っても、皆が皆進学する訳でもないし。
大学入試そのものは、何度もチャンスがあり、そこまで難関でもない。
大学はむしろ、入学より卒業が難しいのが、欧州の学校というものだ。
夏のバカンスは、勉強の事など忘れて、思いっきり楽しめる。
恵子は、浮き浮きとしていた。
「青子は、夏休み、楽しみじゃないの?」
「そりゃ、楽しみだよ。だけど、最近、快斗の様子がおかしくて……」
「え?そうかな。わたしは気が付かなかったけど……」
青子が、快斗に想いを告げたいと、思い始めた矢先に。
当の快斗が、何となくよそよそしくなり、青子を避けているように感じる。
ただ。
最近の快斗は、目の下にクマを作り、大あくびをしている事も多いから、睡眠不足で機嫌が悪いのかもしれないとも、思う。
睡眠不足と言えば。
最近は、怪盗キッドの犯行もかなり頻繁になって来ており、それに伴って、青子の父親である中森警部も、不眠不休での仕事続きで、機嫌が悪い。
「快斗のお誕生日、目いっぱいお祝いしてあげたいんだけどな……快斗、それどころじゃないのかも……」
そして、今年の快斗の誕生日は、満月だ。
その夜はきっと、怪盗キッドの犯行がある。
何となく、青子の胸がざわつく。
何かが、変わって行っている、それを青子は肌で感じていた。
☆☆☆
「……本当か。親父を殺した奴らの手がかりが……」
「ああ。かなり、確実性の高い情報だ」
いつもは、勝手に協力して来る工藤新一が、疎ましくてならない快斗だが。
この情報は、でかかった。
気分が高揚する。
同時に、大きな不安も快斗を襲う。
今迄、疎ましく思っても、新一の協力は的確で、快斗はここ最近、新一のお陰で、何度も危地をくぐり抜けていた。
今では、心のどこかで信用する気になって来ている。
新一達を取り巻く空気の事を忘れた訳ではない。
新一が「快斗への親切で」手助けしてくれている訳ではない事位、分かっている。
けれど、彼が彼なりに青子を大切に思っている事も、青子の為に行動している事も、信用する気になっていた。
六月二一日。
今夜は満月で。
怪盗キッドは、江古田博物館に展示されている大粒のパライバトルマリンを、盗み出す事にしていた。
正直、快斗は、今日が自分の誕生日だという事も、忘れていた。
諸々の準備を整えた後、快斗が一旦家に帰ると、家の鍵が開いていた。
今夜、快斗の母親千影は、仕事でいない筈。
不用心なと思いながら玄関扉を開ける。
「あ、快斗。お帰り」
「……青子!どうしたんだ、一体?」
「小母様から、留守をよろしくって、頼まれちゃった」
「そ、そうか……」
今夜は、宝石を盗み出しに行く筈なのに、まずいなと、快斗は思う。
ただ、犯行予告時刻は、真夜中過ぎだ。
夕ご飯を食べて、適当な所で青子を返せば良いかと、思い直す。
そして快斗が、リビングのドアを開けると、そこにはご馳走が並んでいた。
「あ、青子……これは?」
「小母様と一緒に、作ったんだよー。はいこれ」
「んあ?」
リボンが掛かった箱をふたつ渡されて、快斗は面食らった。
「ひとつは小母様から。そして、ひとつは青子から」
「へっ?」
「快斗。ハッピーバースデイ」
快斗は、ようやく思い出した。
今日が自分の、一七歳の誕生日である事を。
「あ、ありがとな……」
青子のプレゼントは、ずっしりと重く、母親のプレゼントは妙に軽い。
まず、青子からの包みを開けてみる。そこに入っているのは、ミニパソコンだった。
「青子……これ……」
「快斗って、さり気に、色々な情報を集めているみたいだから。モバイルにもなるし、役に立つかなと思って」
「ありがとう。けど、良いのかよ?こんな高いもん……」
「うん、大丈夫。ちゃんと情報集めて、安くゲットしたし!それに、夏休みも、バイトするから」
「青子……」
快斗が感動しながら、母親からの包みを開けてみる。
妙に軽くて、怪しいと思いながら開け、中から出て来たモノに絶句する。
快斗が今迄使う必要もなかった、ゴム製の避妊具だったのだ。
「快斗、どうしたの?」
「あのクソババア!何考えてやがんだ!?」
箱には、メッセージカードが添えてあった。
『快斗。一七歳の誕生日、おめでとう。あなたも、もう大人ね。大人の男として、バッチリ決めるのよ!青子ちゃんを泣かせちゃダメよ!』
「泣かせちゃダメって……言ってる事とプレゼントの中身が、矛盾してっだろう」
快斗は、思わず脱力してしまっていた。
「快斗、どうしたの?小母様からのプレゼントは、何だった?」
青子がひょいと覗き込もうとして来るので、快斗は思わず青子の視線から箱を隠した。
「た、大したもんじゃねえよ。それより、腹減った。せっかくだから、ご馳走、頂くぜ」
「うん!」
青子がパアッと輝くような笑顔になり。
快斗は、一瞬見とれて、目を逸らした。
青子が、快斗の母と一緒に準備したという食事は、快斗の舌を充分に満足させた。
元々、青子は、母亡きあと、中森家の台所を預かって来たのだから、当然とも言えるのだが。
「じゃーん!快斗、甘いもの、大好きでしょ?手作りのケーキだよ!」
食後に登場したのは、形はややいびつだが、クリームとベリー類をたっぷり使ったケーキだった。
青子がろうそくを立て火をつける。
快斗は、その火を一息で吹き消した。
「うめえよ……それに……ありがとな。オレ、今日が自分の誕生日だって事、スッカリ忘れてたぜ」
「ううん……何だか、最近の快斗、色々考え込んでて、元気なさそうだったから、元気になって欲しくて。でも、青子が避けられてるような気がしてたから、すごく迷ったんだけどね」
「避けてた?オレが、青子を?」
「あ!青子の気の所為だったら、良いんだ!気にしないで!」
快斗は、考え込んだ。
きっと、青子の気の所為ではない。
確かに青子を何となく避けていたような気がする。
けれど、それは、青子が疎ましくなった訳でも、青子に腹を立てている訳でも、ない。
『駄目だな、オレ。いっぱいいっぱいで……青子がどんな想いをしているかまで、考えられなかった……』
青子は、快斗が何をしているか、知らないのに。
何も気付いていない筈なのに。
それでも、快斗の不安や葛藤を、どこかで感じ取って、心配してくれたのだった。
ずっと、青子の存在が、支えであり、慰めでもあった。
今更、他の男に渡す気は、サラサラない。
快斗が表面上「お子様」とバカにしていても、最近の青子は少しずつ、羽化しようとしている。
紅子などの華やかな女の影で、一見目立たないけれど。
少女から大人の女性へと変化しかけている青子に、他の男が、ひっそりと狙いをつけ始めている事を、快斗は知っている。
青子に向き合うのは、怪盗キッドとしての役目を終えてからだと、どこかで考えていたのだけれど。
近々予想される決戦を前にして、帰る場所を確保して置きたかった。
青子に、決戦前のエネルギー補充を、して欲しかった。
「青子……」
「なに、快斗?」
振り向いて、可愛らしく小首を傾げる青子を、快斗は抱き寄せた。
青子の身がこわばる。
快斗は、青子の後頭部を抱え込み、そっと顔を近付けた。
至近距離に、お互いの顔がある。
青子が、もしも嫌だと思えば、今なら、避けられる。
「か……快斗……」
青子が赤くなって、ソワソワし始めた。
快斗は、青子の背中に回した方の手を、下の方にずらし、柔らかな膨らみを撫でた。
「な……バ快斗!スケベっ!」
青子が、真っ赤になって身をよじる。
「青子。オレ、スケベな事、したい……」
「えっ?」
もがいていた青子の動きが止まり、目を見開いて快斗を見る。
怪盗キッドとして、何とも思っていない女性相手になら、いくらでも、気障な口説き文句を言えるだろうが。
愛しい少女を目の前にした黒羽快斗には、そんな余裕はなかった。
「青子と、スケベな事、したい!」
「か、快斗!」
快斗は青子の唇を自分のそれで塞いだ。
甘く柔らかな感触に、ただでさえほぼ飛びかけていた快斗の理性は、完全に崩れ去って行く。
青子は、快斗の腕の中で、大人しくなっていた。
快斗を受け入れてくれているのだと、快斗は解釈し、そのまま口付けを深くした。
唇が離れた時、青子の頬に涙が流れているのに気付いて、快斗は慌てた。
「あ……青子!?嫌だったのか!?」
「違うよ。快斗……快斗は……青子の事、どう思ってるの?」
「青子……?」
「青子は、快斗が好き。大好き。だから……快斗がスケベな事したいんなら、イイよ。少しでも、青子が快斗の慰めになれるんなら、何をされても、イイよ。でも、青子の事、どう思っているかだけ、教えて?」
そう言えば、きちんとした言葉もなく、ただ、青子を求めていたと、快斗は気付く。
「……オレも、青子の事、好きだよ。きっと、青子が思っている以上に」
「ホント?」
「オレは、スケベな男だけどさ。遊びで、こんな事はしない」
「うん……」
青子が、そっと涙を拭いて微笑む。
快斗は、青子の頬に唇で触れ、涙を拭った。
「オレの部屋に、行こう」
青子が、真っ赤な顔で、コクンと頷いた。
☆☆☆
いつもの、マジシャンの技が嘘のように。
今の快斗は、手が震え、青子の服を脱がすのに、妙に手間取っていた。
やがて、青子の華奢な体が全て快斗の前にさらけ出される。
胸は小ぶりだが、思いの外柔らかく、スベスベとした青子の肌の感触は、快斗を充分に楽しませた。
「あ……あっ……んんっ……」
「青子……すげえ、可愛い……」
さすがに、ベッドの中で、いつもの憎まれ口は、出て来ない。
快斗は、はやる気持ちを抑えながら、荒い息の中で、青子の全身に、出来るだけ優しく触れて行く。
青子の白い肌は、上気してピンク色に染まり、その少し幼い顔には、快斗が今迄見た事のない、大人の女の妖艶さが漂い始める。
胸の頂きの果実は、固く赤く熟れて勃ちあがる。
「あん……んんっ……快斗……かいとぉ……」
「青子……青子っ!」
二人とも汗みずくで、息が上がっている。
青子のその場所からは、先程から、とろりと溢れ出す蜜があり、目眩がする程の芳香を放っていた。
『充分、準備は出来たみてえだけど。多分、きついだろうな……』
破瓜の瞬間に痛みを与えずに済む事はまず無理だろうと、快斗は思う。
愛しい少女に、苦痛を与える事に、躊躇いがない訳ではなかったが。
生涯を神に捧げる尼になるのでもなければ、遅いか早いかの違いだけで、いつかはこの瞬間が訪れる筈だ。
間違っても、他の男に、そんな事をさせる気はない。
「青子。行くよ」
「……」
青子は、言葉もなく、頷いた。
快斗は、青子の両足を抱え上げ、ぱっくりと開いた花びらの中に、快斗の楔を埋め込んで行った。
「んうっ……つうっ!ああっ!」
青子の口から、こらえようもなく、苦痛の声があがる。
快斗の楔は、青子の処女膜を突き破り、青子は破瓜の血を流した。
それが、青子にどういう意味を持つものか、当の青子本人すら知らぬままに、運命の瞬間を迎えたのである。
とはいえ、今の青子にも快斗にも、そんな事はわかる筈もなく。
青子は、初めての甘い痛みに、必死で耐えていた。
快斗が、腰を動かし始めると、青子の口から苦痛の声が漏れたが、やがてそれが甘いものに変わって行く。
青子の声と表情の変化を感じ取り、快斗の興奮も更に高まり、快斗は激しく腰を打ちつけた。
「あ……はあっ……あああん!快斗ぉ!」
「くうっ……うおっ……青子ぉっ!」
青子が背中を反らして高い声を上げて果てると同時に、快斗も青子の中に、想いのタケを放っていた。
「ふうっ……」
暫く青子の中で余韻を楽しんだ快斗は、大きく息をつくと、青子の中から己を引き抜いた。
青子の中からは、二人の体液に混じって、真っ赤な血が思いの外大量に溢れだす。
『げっ!大量出血……大丈夫かよ、青子……』
快斗が思わず青くなったほどの出血量だった。
「青子……ゴメンな……ありがとう……」
「謝らないで。青子、幸せだから……」
青子が、すごく色っぽく微笑むので、快斗はドギマギした。
「蘭ちゃんも、言ってたんだけど。好きな人に、ハジメテをあげるのって、痛くたって、幸せなの……」
「青子……」
青子のあまりの可愛さに、快斗は青子をギュッと抱き寄せ、その頬に自分の頬を寄せる。
そして、今更に気付いた。
母千影の誕生日プレゼントは、結局、使っていない。
思いっきり、生で中出ししたのであった。
「あの……青子」
「うん?」
今日は安全日なのかとか、今更わざわざ訊くのもどうかと、快斗は考える。
そして、別の事を言った。
「結婚しよう」
「えっ?」
「少しでも早く。もし、どうしても中森警部が許してくれなかったら、来年の、青子の一八歳の誕生日が過ぎてから」
「快斗……でも、青子達、まだ、学生だよ?」
「何とでもなるさ。大学は、後からでも行けるし」
帝丹国では、高校卒業と同時に親元から自立する若者が多く、進学するにしても、学費を貯めてから大学に行く者も、少なくない。
だから、快斗の言う事は、絵空事とは言えなかった。
もうひとつの稼業は実質赤字なのでともかくとして、マジシャンとして収入を得る事は、充分可能だと考えられたからだ。
「青子。返事を聞かせてくれないか?」
「嬉しい。快斗、青子を快斗のお嫁さんにして」
「じゃ、婚約成立だな」
快斗は、青子の唇に、そっと自分の唇を重ねた。
二人にとって、一番、幸せな瞬間だった。
しかし、その崩壊は、既に始まっていたのだった。
☆☆☆
初めての情事で疲れた為か、青子はほどなく寝息を立て始めた。
快斗は、青子の唇にそっと触れるだけのキスをして、寝床を出た。
青子から離れがたいのは山々だけれど、今夜は満月で、予告状も既に出している。
キッドとしての役目を、果たさなければならない。
☆☆☆
盗み出したパライバトルマリンは、明るい青色に輝く、非常に美しい大粒の宝石で。
なまじの金持ちでも卒倒する位の値がつく代物であったけれど。
「……これも、パンドラではなかったか……」
月にかざして、キッドは溜息をついた。
不意に、キッドの前の空間に、いつぞやのように工藤新一が現れた。
「工藤。こいつも残念ながら、パンドラじゃ……」
「黒羽。すぐ来い!想定外の事態になった」
新一の表情が、ただならぬもので。
快斗は、話を遮られた反発よりも、大きな不安を覚える。
「工藤……一体……?」
「お前、今夜、青子を抱いたな?」
「……!オレは、いい加減な気持ちじゃなかったし!何より、青子も望んだ事で、お前に文句を言われる筋合いは……!」
「責めてるんじゃない。ただ……オレも、まさか……それが引き金になるとは、想像もしてなかった……」
「おい!まさか……青子に、何かあったのか?」
「とにかく、着いて来い」
そう言って新一は、文字通り「空を飛んだ」ので。キッドは、ハンググライダーを操って、後を追った。
快斗が案内されたのは、診療所のような建物だった。
看板には『宮野医院』と書かれている。
夜間なので、診察室にも待合室にも、人っ子一人いなかった。
建物の二階にある、少し大きめの個室のベッドに、病衣を着た青子が、横たわっていた。
その顔色は、蒼白を通り越して、土気色だ。
「青子……っ!?」
快斗が、キッドの扮装を解く事も忘れて、駆け寄る。
思わず触れた青子の頬は、まるで氷のように冷たくて。
「青子!息を、してねえっ!?」
快斗は、絶望に気が遠くなりそうになった。
第5章に続く
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