久遠の一族 U



byドミ



第三章 月下の奇術師



怪盗キッドは、今夜の獲物を、月にかざして見ていた。

「これも、パンドラではなかったか……」

すると。
キッドが立っているのは、高い塔の上で、目の前は完全に空中だというのに。

「ふうん。そうやって、鑑別するんだ?」

目の前の空間から声がしたので、常人よりずっと肝が据わっている筈のキッドも、心臓が飛び跳ねてしまった。

気配を感じさせずにひっそりと。
目の前の暗闇に、黒い衣装を着た男が、立っていた。
いや、立っていたというのは、正確ではないかもしれない。
男は、足場が何もないところに、浮いていたからだ。

「く……工藤新一!お前、一体……!」
「くくっ。お前と違って、オレは奇術を使っている訳じゃない。種も仕掛けも、ねえんだよ」
「まさか、お前!紅子と同じ、魔法使いの類だって言うのか!?」
「アカコ?へえ……お前は、魔法使いに知り合いがいるんだ。ちょっと違うが、似たようなもんだと思ってもらっても、構わねえぜ……今の時点ではな」

怪盗キッドこと黒羽快斗は、数日前に工藤新一が見せた、人間離れした跳躍を思い出していた。
快斗は、常人離れした運動神経と、マジシャンとしての器用な手さばきとを持っているが。
それは、あくまで「人間」としてのもの。

工藤新一の力は、人間としてのものではない。
「ずるい」と悔しさを感じると同時に、どこか「人間同士として相手の力が上回っていた訳ではなかった」というホッとした気持ちもあった。

「で?工藤新一、お前は一体、何しに来たんだ?怪盗キッドの犯罪を阻止する為か?宝石を取り戻す為か?それとも……」
「生憎だが、オレは、泥棒にも、宝石にも、興味はない。ただ……パンドラに関しては、気になる事があってね」
「……お前も、不老不死を狙うクチか!」

キッドは、トランプ銃を構えて撃った。
避けるかと思った新一は微動だにせず、その胸にトランプが突き刺さる。
怪我をさせたかと、キッドは肝を冷やした。

しかし、新一はニヤリと笑って、トランプを手にとって引き抜く。
トランプに僅かに血が付いているのを見て、キッドは息を呑んだ。

「あ〜あ。服が破れちまった……また蘭に、怒られるな」
「……!ってお前!怪我は!?」
「特異体質でね。傷は、すぐに塞がるんだ」

新一は笑って言って、シャツの前ボタンを少し開けた。
シャツが破れている部分の皮膚は、傷跡ひとつない。
キッドは、一瞬ホッとした後、少しゾッとした。

「お前……本当に、人間なのか?」
「さあてね。お前は、運動神経と言い、マジックの腕と言い、人としてはかなりすげぇ部類に入るだろうと思うよ。運動神経で言えば、かつてのオレに、勝るとも劣らない。他の能力も考えると、お前の方が上だろうな」
「……!?」

新一の言葉は、まるで、昔は人間だったけれども、今はそうじゃないと言っているようで。
快斗は、混乱していた。

「もしも、オレが人間じゃなかったら……まあ、オレの事はどうでも良いが。お前の大切な相手が、オレのような化け物だったとしたら。お前に、それを受け容れる事が出来るか?」
「一体、お前は、何を言っているんだ!?」

恐ろしい予感に、キッド……いや、快斗は思わず、感情的に叫んでしまっていた。

頭に浮かぶのは、幼い頃からいつも一緒にいた、愛しい少女。
青子が、目の前の工藤新一と近い血縁なのだとしたら。
その特異体質も、共通しているかもしれないと、いう事だ。

しかし、青子は、ごくごく普通の少女だ。
運動神経が良かったり、頭脳明晰であったりしても、あくまで、人の範疇で。
目の前のこの男のような、宙に浮いたり出来るような人間離れした部分は、全くない。

「黒羽快斗」
「……オレは、怪盗キッドだ」
「どっちでもイイ。お前は、先代キッドの遺志を継いで……パンドラを見つけて闇に葬り、先代キッドの敵を討つ積りなんだよな?」
「……!」

キッドは返事をしなかったが、この男に全て知られているのだと思うと、背中に冷や汗が流れるのをどうする事も出来なかった。

「オレとしても、パンドラを闇に葬りたいのは、お前と同じだ」
「……何だって?一体、どういう事だ?」
「今は、言えない」
「……また、それかよ」
「ただ。お前がキッドを続ける限り、青子が、辛い想いをする事になる」
「だから!何だって言うんだ!?」
「お前にとっては不本意だろうが……オレにとっても、犯罪への加担は不本意だが……今後、勝手に、少しばかり手伝いをする事になるかもしれん」
「要らんお世話だ!」
「そう言うだろうと思ったよ。じゃ、またな」

そう言って、新一は消えた。
本当に、煙のように姿を消したのだ。
マジックなら、種も仕掛けもあるが、工藤新一の場合、マジックの使い手という訳ではない事を、快斗は本能的に悟っていた。

正直、工藤新一の事を信頼する気には、全く、なれないが。
父親の敵を討ち、パンドラを闇に葬る為には、不本意でも手を組まねばならない事もあるかもしれない。

ただ。
快斗の愛してやまない少女が、もしかしたら、人外の存在なのかもしれない。
それは、とても考えたくもない事であった。



   ☆☆☆



青子は、蘭と一緒にテレビを見たり勉強をしたりして過ごしていたが。
夜も更けて来たところで、蘭が声をかけた。

「青子ちゃん。そろそろ、寝ましょうか」
「うん」

青子は、可愛いピンクのパジャマを身につけている。
学校帰りにそのままこの家に遊びに来た為、着替えをどうしようと青子は思っていたが。
蘭が、寝巻も下着も、新品のものを出して来て、青子に貸してくれたのだった。
寝巻はともかく、下着も、青子にぴったりサイズだったのが、不思議だった。

「青子ちゃん。今夜は、わたしと一緒に寝る?」
「え……でも、良いの?工藤君は?」
「新一とは、毎晩一緒だから、一晩くらい良いわよ」

蘭が笑って言って、青子は赤くなった。
そして、青子が連れて行かれた部屋は、「客用寝室」だと、蘭は言ったのだが。
どう見ても、若い女の子向きのインテリアで整えられていた。
一応、シングルらしいが、充分に広いベッドに、二人は潜り込んだ。

「天蓋付きのベッドなんて、まるでお姫様みたいだね」
「そうかしら?わたしは、これが当たり前だったから……」
「やっぱり、蘭ちゃんって、お嬢なんだねー」
「……感覚がずれているのは、認めるわ」

蘭がちょっと苦笑して、言った。

「青子のお母さんも、庶民育ちの割に、ちょっと浮世離れした、お嬢みたいなとこ、あったなー。蘭ちゃんってさ……青子と同じ年頃の筈なのに、何だか、お母さんを思い出すよ。雰囲気が、似てるもん」
「そ……そう?何だか、くすぐったいわ」

蘭の目に、涙が盛り上がったような感じがしたのは、気の所為だったのか?

「ねえ、蘭ちゃん。青子ね……実は、お父さんとお母さんの、実の子じゃないの。特別養子縁組をしてるから、戸籍上は、実親子と変わりないんだけど」
「えっ!?」

蘭が、身を起こした。

「な……何で!?」
「お母さんが亡くなる時、言ったんだ。お母さんは、子供が出来ない体で。青子が来てくれて、嬉しかったって。お父さんもお母さんも、青子の事、とても可愛がってくれたから、青子は、貰いっ子だって事を引け目に感じた事ないし、とても幸せだけど。でも、時々、本当のお父さんとお母さんって、どんな人だろうって、考える事があるの」
「そ……そう……」
「お母さんは、言ったわ。本当のご両親も、青子の事とても大切に思って愛してくれていたけど、どうしても事情があって育てられなかったんだって。泣く泣く、青子を手放して、中森のお父さんとお母さんに青子を預けたんだって」
「……」
「蘭ちゃんがさっき言ってた、この、サファイアのピアスは……青子の実の親が、つけてくれたものなんだって。小粒だけど、すごい上質で、かなりの値打ちものだって聞いたわ。きっと、愛を沢山込めて、つけてくれたんだって、青子は思うの。だから、恨んでなんかないし、預ける相手に、中森の親を探してくれた事も、すごく感謝してる。でもね。時々……会いたいなって……ら、蘭ちゃん、どうしたの?」

蘭が、隠しようもなく、涙を流し始めて、青子は慌てる。

「何でも……何でもないの!青子ちゃん……青子ちゃんの生みの親は、きっときっと、青子ちゃんの事、今も、深く愛していると、思うわ。そうね……こんなに素敵な娘に育った青子ちゃんを、その人達に見せてあげたいね!」
「蘭ちゃん?」
「ご、ごめんね!わたしも新一も、早くに親を亡くしてしまったから……何か、身につまされちゃって。ごめんなさい……」

蘭が、涙を拭いてにっこり笑うと、青子を抱き締めて来た。
青子は、昔亡くなった母親に抱き締められているような錯覚を覚える。

「蘭ちゃん……」
「なあに?青子ちゃん」
「ずっと、友達でいてね……」

蘭の身が、一瞬、こわばったのを、青子は感じた。
蘭の反応はどういう意味なのか、青子には想像もつかない。

「わたしは……ずっと、青子ちゃんの傍にいられるかは、分からないけれど。でも、ずっと、青子ちゃんの事、思ってるわ……」

蘭の言葉の意味を、青子が理解するのは、まだ少し先の事だった。



   ☆☆☆



夜半。
玄関が開くかすかな音に、青子は目を覚ました。
ああ、工藤君が帰って来たんだなと思いながら、横になっていると。
隣にいた蘭がそっと起き上がるのを感じた。

蘭はそのまま、寝床を出て、そっと部屋から出て行く。
おそらく、新一を出迎えに行ったのであろう。
そう思いながら、青子はまた、眠りに落ちて行った。

青子が感じた物音や気配は、常人では感じ得ない程かすかなものであったのだが。
青子は、幼い頃から、僅かな気配を敏感に感じるのが当たり前だったので、それを不思議と感じる事もなかった。

そして、少し経った頃。
青子は、喉が渇いて、目が覚めた。
隣に、蘭は戻って来ていない。
あれから、殆ど時間が経っていないのか、新一と何か話し込んでいるのか。

青子は、そっとベッドを抜け出した。
ベッド脇のテーブルに、水差しなどの準備はない。
勝手に行くのは気が引けたけれど、どうにも喉の渇きが落ち着かず、青子は台所の方に向かって、階段を下りて行った。

冷蔵庫にミネラルウォーターが冷やしてあるのを見つけ、喉を潤す。
そして、用を足しに、トイレに向かった。

寝る前にトイレに行った時も、思ったものだが。
トイレはまるで、誰も一度も使った事がない位に、綺麗に整っている。

何だろう?
この薔薇屋敷は、何となく、恵子や他の友達の家とも、中森の我が家とも、全く違う空気が漂っているように感じる。

青子は、階段を上って、客用寝室に向かったが。
かすかな声を聞いて、ついつい、そちらの方へ向かってしまった。

廊下の突き当たりのドアが、開いていた。
その向こうに、天蓋付きのベッドがあり、薄いカーテンが掛かっている。
そのカーテンの向こうで、うごめく人影があった。

今は夜で、灯もなく、多少距離もあり、薄手とはいえカーテンで覆われている向こうの様子が、詳細に見える筈がないのであるが。
青子は、常人にはあらざる視力で、それがリアルに見えてしまっていた。
そして、さしもの青子も、この視力は常人には有り得ない事が、分かっていた。

幼い頃から、青子には、他の人とは違う事が多かった。
傷の治りが異常に早かったり、視力聴力が異常に優れていたり。
視力検査では、見える通りに伝えると養護教諭の顔色が変わってしまう為、ある程度の年齢になったら誤魔化す術を覚えてしまった。

だから。
今、青子の目に映っている光景も、普通の人であれば、殆ど見えない筈である事が、分かっていた。

ベッドでは、新一と蘭が、生まれたままの姿で抱き合っていた。
お互いの背中に手が回り、蘭の開いた足の間に、新一の体が入り込み、二人の下腹部はピッタリ密着している。
蘭の足は、新一の腰に絡められていた。
さすがに、そこまでは見えないけれど、新一のモノが蘭の中深くに埋め込まれているのだろう。

二人がそういう仲である事位は、勿論、分かっていたけれども。
まだバージンであり、他人のセックスシーンなど一度も見た事のない青子には、かなり強烈な光景であった。
新一が腰を揺らす度に、蘭の豊かな胸が揺れ、蘭の甘い声と、隠微な水音が響く。

「あ……ああん……新一ぃ……」
「蘭……蘭……っ!」

青子がいくら処女で夢見る乙女でも、セックスがロマンティックなものではない事位、分かっている。
現実には、愛の行為とは限らず、欲望だけの行為である事も多いのも、分かっている。

けれど……新一と蘭とは、ただ快楽を求めているのではなく、お互いに深く愛し合っている故の行為である事を、お互いを呼び合う切ない声で、青子は感じ取っていた。
見てはいけないものを見てしまった罪悪感と、大きな気恥しさはあったけれど。
純情乙女の青子であるが、リアルなセックスシーンで、嫌な気持ちにはならなかった。
ただ、何故か……胸がキュウンと締めつけられる感じがあった。

『何だろう?初めて工藤君と蘭ちゃんを見た時もあった、この感じ……』

それが決して、「恋の切なさ」ではない事は、青子には充分に分かっていた。


   ☆☆☆



次の朝。
青子が目覚めた時、蘭は隣に寝ていた。
昨夜青子が見てしまった光景は夢だったのかと、思わず考えてしまった程だ。
青子が蘭を見ていると、蘭がぱっちり目を開けて、青子は思わずドギマギしてしまっていた。

「青子ちゃん、おはよう」
「お、おはよう……蘭ちゃん……」
「朝ご飯、食べよっか?」
「う、うん」

二人、洗面して着替えをして、食堂の方に向かう。
そこには、既に新一が座っていた。

「おはよう、青子ちゃん。蘭、お茶とパンは、準備が出来てるぜ。目玉焼きはオレにはちょっと無理だったから、結果的にスクランブルエッグになっちまったが」
「悪いわね、新一。青子ちゃん、出来そこないのスクランブルエッグで、大丈夫?」
「う、うん……せっかく工藤君が作ってくれたんだもの。食べ物粗末にしたら、バチが当たるわ」

三人で食卓を取り囲み、薔薇のエッセンスが入った紅茶と、トーストしたパンと、スクランブルエッグの朝食を食べた。
食事がひと段落したところで、新一がリモコンを取り、テレビのスイッチを入れる。
テレビでは、ニュース番組が流れていた。


「……昨夜、予告通りに、月下の奇術師怪盗キッドが現れ、警備陣の裏をかいて、またもや宝石が盗まれました。盗まれた宝石は大粒のピンクダイヤで……」
「さいってい!怪盗キッド、青子が絶対捕まえてやるんだから!見てなさい!」

テレビを見ていた青子がエキサイトして。
新一と蘭は、ちょっと苦笑する。

「青子ちゃんは、本当に、キッドが嫌いなんだね。お父さんを困らせている怪盗だから?」
「それだけじゃないもん!アイツは、気紛れに宝石を盗んでは、また返して来たりする、ただ世間を騒がせているだけの、愉快犯じゃない!」
「……なあ、青子ちゃん。もしも……キッドが愉快犯じゃなかったら。その時は、そこまで嫌わないかい?」
「えっ?」

新一から、思いがけない事を言われて、青子は少し固まった。

「そりゃ……盗人にも三分の理、っていうし。青子が納得するようなワケがあったら、その時は……やっぱり泥棒は許せないけど、今よりは嫌いじゃなくなるかもしれない」
「……そうか……」
「でも、工藤君。何でそんな事を?……はっ!もしや!工藤君、昨夜遅くまで出かけてたし!キッドを庇うような今の発言……もしかして、工藤君がキッドなの!?」
「違うけど。もし、そうだったら、青子ちゃんはオレの事、嫌いになる?」

青子は、言葉に詰まった。
一瞬、思わず疑ってしまったけれど、何故だか、新一がキッドとは思えない。
それに、もし、そうだったとしても……。

「ううん。青子、工藤君の事、嫌いになんてなれないよ……」
「……ありがとう。まあ、オレはキッドじゃないから、そんな心配は要らねえけどさ。キッドの目的と正体が、青子ちゃんが思いもかけない理由と人物である可能性も、考えておいた方が良いと思うよ」

もしかして、新一は、キッドの正体と目的を知っているのかと、青子は思い。
それを口に出そうとした。
すると。

「ところで。青子ちゃん、昨夜見たよね?」
「えっ?」

新一に思いがけない事を言われて、青子の気は一気に逸れてしまった。

「あ……あの……」
「オレと蘭が抱き合ってるとこ」
「……!!」

青子は、真っ赤になって、頭から湯気が立ちそうになった。
蘭が新一の頭をバコンとはたく。

「いてっ!何すんだよ、蘭!?」
「言うに事欠いて、何て事言い出すのよ、新一!大体、昨夜帰りを出迎えるだけだった筈なのに、そのまま寝室に連れ込んだのは、新一でしょ!?まったく、こらえ性がないったら!」
「蘭の方こそ、ひと撫でしたら、スッカリその気になって、アンアン言ってた癖に」
「……!だからっ!純情乙女の青子ちゃんの前で、何てデリカシーの無い事、言うのよ!?」
「……ご、ごめんなさい!覗き見する積りはなかったんだけど、見えちゃって……!」

新一が蘭に怒られるのは、青子の所為かと思い、青子は思わず頭を下げた。
蘭が戸惑ったように言った。

「あ……その……青子ちゃんが謝る事じゃ……」
「でもね、でもね!何だか、二人がすごく愛し合ってるなって感じがして……全然、イヤらしいとか、感じなかったよ!」
「あ、青子ちゃん……」

新一が、時計を見て、おもむろに立ち上がった。

「さて。もうそろそろ、行く準備しなくちゃな。遅刻するぞ」
「あ!ホント、もう、こんな時間!」
「オレが青子ちゃんと一緒にいると、黒羽が気を悪くするだろうから。蘭、青子ちゃんと一緒に行ってくれないか?オレは、少し遅れて行くからよ」
「……うん、わかった。それじゃ」

何だか色々、誤魔化されてしまったような気がする青子だったが。
もう登校しなければならない時刻なのは確かだったので、蘭と一緒に玄関を出た。



「ねえ、蘭ちゃん。蘭ちゃんは……工藤君が初めての相手、だよね」
「うん。そうよ。新一の方は、そうじゃなかったけどね」
「えっ!?」

蘭の言葉が思いがけないものだったので、青子は思わず声を上げてしまっていた。

「あ、これ、他の人には内緒よ。新一にとってみたらまあ何というか……新一は男なんだけど、襲われたというか、ある意味、レイプに近い形だから。新一も話したがらないし、この話題には触れないであげてね」
「……わ、わかったわ」

深く愛し合っているように見える二人なのに、新一には蘭以外の女性との性体験があったと知って、ショックを受けたけれど。
不可抗力だったのなら、仕方がないと、青子は思った。

「ねえねえ。初めてって、やっぱり、痛かったりするものなの?」
「個人差もあるらしいけど、痛いって人が多いわね。わたしも、痛かったわよ、すごく」
「えー……やっぱり、そうなんだあ」
「でも。大好きな人との初めてだったら、痛いのすら嬉しいから不思議」
「そ、そうなの……?」
「わたしは……初めての相手が新一で、とても幸せだったから……他の男の人となんて、おぞましくて想像したくもないけど。新一とだったら、話は別。いつも……とても幸せなの」

蘭が本当に幸せそうな笑顔を浮かべて、言った。

「青子ちゃんは?そういう事を考える相手が、いるんじゃないの?」
「だって……一方的に好きってだけで。彼はどう思ってるか、わかんないもん。青子、お子様体型だし、食指も動かないと思う」
「ねえ、青子ちゃん。そうやって躊躇っていて、何も行動出来なかったら、絶対後悔すると思うな」
「……そうかな……」
「青子ちゃんには、幸せになって欲しいから。応援してるよ、頑張って」
「うん!蘭ちゃん、ありがとう!」


青子は、少し真剣に、快斗にぶつかってみようかと考え始めていた。
幼馴染みの関係すら壊れてしまうのが怖くて、女と見てもらってないんじゃないかと心配で、今迄何の行動も出来なかったけれど。
何もしなければ絶対後悔するだろうし、頑張ってみようと思った。


青子も、快斗も……そして、蘭と新一すらも。
運命の輪が回り始めた事に、まだ、気付いていなかった。



第4章に続く



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