久遠の一族 U



byドミ



第二章 薔薇屋敷の晩餐会


江古田学園二年B組の面々は、一夜にして変わった光景に、面食らっていた。

転校生の毛利蘭と鈴木園子が、中森青子にまとわり付き、元々の青子の親友・恵子と四人がつるんで行動する事が多くなったのである。
最初の日に、青子にコナかけて来た工藤新一は、その後青子に近付くでもなく、何となく影が薄い存在になっていた。



放課後、快斗は校門から出るところで、蘭・園子・恵子に囲まれた青子から、声をかけられる。

「あ、快斗〜!一緒に帰らない?」
「……遠慮しておくよ……」
「快斗、どうしたの?」
「いや……両手に花なら大歓迎だが、両手両足に花では、オレには荷が重過ぎる……」
「はあ?」

首を傾げる青子を他所に、快斗は足早にその場を去って行こうとした。

園子はまだともかく、蘭から立ち昇るオーラが怖い。
青子と似た顔をしている蘭は、快斗の好みの範疇の筈だが、何となく敵意を感じ取ってしまうので、あまり近付きたくはなかった。

しかし、足早にその場を去ろうとする快斗の前に、新一が現れて、快斗はゲッとなる。

「……青子の誘いを振るとは、イイ度胸じゃねえか」
「おい!工藤、オメー!オレが青子に近付くのも怒る、離れるのも怒る、一体、どうすりゃ良いんだよ!?」
「別に。ただ、青子を傷付けたり泣かせたりするのが、許せねーだけだ」
「……オレは、オメー達の方が信用出来ない。青子と血が繋がってようが、肉親としての愛情があろうが、オメー達の存在が青子を苦しめる事になったら、オレは……!」

新一が、目を見開いて、快斗を見た。
ふっとその表情が緩められる。

「……オレ達がお前を見極めようとしているように、お前もオレ達を見極めようとしているか。それも一興」
「何?」
「ホント、オメーは気に入らねえヤツだよ」

気に入らないと言いながら、新一の表情は何となく嬉しそうなのが、快斗には今一解せない。
新一はふっと空を見上げた。

「今夜は、満月だな……」
「それが、どうしたんだ?」
「魔が力を得るのも、満月の夜だが。魔物ならぬ怪盗キッドが出没するのも、満月の夜」

快斗は、内心の動揺を押し隠して、ポーカーフェイスで新一を見る。

「ああ。どうやら、そうらしいな……で、それがどうしたんだ?」
「……中森警部は、キッド特捜班の中心メンバーだ。なさぬ仲とは言え、青子は、警部の一人娘。泣かすなよ?」
「……!」

目の前のこの男、どう考えても、怪盗キッドの正体を知っているとしか、考えられない。
快斗としては、何を言われようが、ポーカーフェイスで受け流すしかないのだが。

『泣かすなってのは、足を洗えって事か?それとも……青子に知られるような迂闊な事をするなって事か?』

目の前の新一の表情は、快斗に劣らぬポーカーフェイスで。
その真意は窺えなかった。



   ☆☆☆



「え?青子ちゃん、今夜、一人なの?」
「うん……お母さんは、青子が小さい頃に死んでしまったから、青子、お父さんと二人暮らしなんだけど。お父さんは、警視庁捜査二課の、怪盗キッド特捜班の刑事なの。で、今夜は、キッドの予告状が出てるから。キッドを捕まえても捕まえられなくても、終わった後も、警視庁で残務処理がある筈だし。朝まで帰って来られないと思うの」
「じゃあ!うちに泊まりにおいでよ!」

蘭が、嬉々として青子に言った。

「えっ?」
「わたし、頑張ってご馳走作るから!」

蘭が、目を輝かせて青子に迫るので、青子も頷かざるを得ない。
勿論、嫌だった訳ではなく、嬉しかったのだけれど。
蘭の勢いに、目を丸くしてしまった。

「園子も恵子ちゃんも、うちに来てご飯食べてってよ!」
「そう?んじゃあまあ、そうさせて貰おっかな」

元々、蘭とは「親戚」で親しい仲らしい園子は、あっさりと言った。

「じゃあ、わたしも……ちょっと待って、ウチに電話掛けるから」

恵子がそう言って、携帯を取り出した。

「でも、急にそういう事を決めて、おうちの方は大丈夫なの?」
「うん、大丈夫よ、青子ちゃん。わたしは今、新一と二人暮らしだから」
「えっ!?」
「蘭と新一君は、ずっと前から、二人暮らししてるの。わたしは蘭達のとこに泊まろうなんて思わないわね、馬に蹴られそうだもん。でも、青子ちゃんだったら大丈夫だから」

一体、何が大丈夫なのだろうと、青子は首を傾げる。

「それに、わたしも、わたしのイイ人と二人暮らししてるし」
「ええっ!?園子ちゃん、そういう人がいるの!?」
「うん。彼は確か、二〇歳だったかな?だから、一緒に学校に通うなんて事は、出来ないけどね」

園子が恋人に対して「確か二〇歳」という曖昧な表現を使う事に、何となく奇異な思いを抱いてしまった青子だったが。
自分と同じ年頃の筈の転校生三人が、ステディと既に夫婦同然の生活をしている事に、思わず嘆息してしまっていた。

青子も携帯を取り出して、父親である中森警部に連絡を入れる。

『んあ?泊まって来る?誰のとこだ?』
「転校して来たばかりの、毛利蘭ちゃんのおうち」
『ラン……?』
「お父さん、どうかしたの?」
『あ、いや、その名……昔、どこかで……』
「えっ?」
『……そこそこありふれた名だし、気の所為だろう。ま、迷惑にならんようにな』
「はあい」

さすがに、男性である工藤新一も一緒だと言えば、父親が心配するかと、青子は敢えて黙っていた。
もし、その名を告げていたら、中森警部の記憶を呼び覚まし、ひと騒動持ちあがったのかもしれないが。
幸か不幸か、そういう事にはならなかったのである。

四人は、川辺の道を歩いて行った。

道端に、江古田学園の制服を着た男性が一人立っていて、青子の胸は一瞬ドキリとなる。
そこにいたのは、新一だった。
蘭が笑顔になって、その男の元へ走って行く。

「新一。待っててくれたの?」
「ああ。……青子ちゃんは、方角が違うんじゃねえのか?」
「今日は、青子ちゃんのお父さん、帰って来ないから、家で一人だって言うの。だから、我が家にご招待しようと……」
「そっか」
「って事で!新一、買い物、お願い出来るわよね!?」
「ああ。わーった。けど、何をどんだけ買えばいいのか、オレには判らねえぜ?」
「あ、それは、このメモに……」

蘭が、ポケットから紙を取り出して、新一に渡す。

「そこに書いてあるのは三人分だから。五人分でお願いね」
「わーった。行って来る」

そう言って新一は、その場を去って行った。

「買い物は新一に頼んだから。わたし達は一足先に家に帰って、お茶しましょ」

蘭が、三人の元に戻って、笑顔で言った。

「でも、良いのかしら?」

青子が、新一の去って行く後姿を見ながら、呟いた。

「イイのイイの、アヤツもどうせ、こんな時位しか役立たないんだから」

園子が、手をヒラヒラと振り、カラカラと笑って言った。



不意に。

風に乗って、むせ返る様な薔薇の香りが漂って来た。
そして、道の角を曲がると、そこの家の庭には、真っ赤な薔薇が一面に咲き揃っていた。
庭だけではなく、フェンスにも、出入り口のアーチにも、赤いツル薔薇が花を咲かせている。

「うわあ……すごい!」
「ようこそ、我が家へ」
「ええっ!?ここが、蘭ちゃん達の家!?」
「いつもながら、見事な薔薇よねえ。我が家でも育てているけど、ここまで見事にはならないわ」

園子が、両手を広げて言った。

「蘭ちゃんも園子ちゃんも、赤い薔薇が好きなの?」
「好きって言うか……必要に駆られてよね、ねえ蘭?」
「うんまあ……わたしは、好きだけどね。でも、この花は、かられる為に育てているから……」
「えっ?」

「かられる」為にとは、どういう意味だろうと、青子は首を傾げた。
蘭が、愛しそうに、けれど切なそうに、薔薇に視線を注ぐのが、気になって仕方がない。

一行は、ポーチから家の中に入った。
庭の規模に比べれば小ぢんまりした感じだが、二人で住むには充分過ぎる程の広さだった。

「蘭。ちょっと、お手洗い借りるね」

家に入るなり、園子がそそくさとトイレへ向かった。
蘭は、青子と恵子を、光溢れるサンルームへと通す。

「今日は天気が良いから、こちらにどうぞ」

二人を通した後、蘭はお茶を淹れる為か、奥の方へ引っ込んで行った。
室内の家具調度は、何となくちょっとレトロで、上流階級のものと思わせるものばかりで、二人は溜息をついた。

「もしかしてさあ。あの人達って、江古田学園には滅多に来ないような、イイ家の人達なんじゃない?」
「そうねえ。青子達を見下すような偉ぶったところはないけど。何か、別次元って感じよね?」

壁には、古い絵が沢山掛けられていた。
殆どが、肖像画のようで。
だから余計に、ここが由緒ある貴族の館であるようなイメージがあるのだろう。

「ねえねえ、青子!あれ!古ぼけて見えるけど……工藤君と蘭ちゃんじゃない!?」

恵子が指差したのは、男女二人を描いた絵である。
女性が着ているのは、ウェディングドレスのようだが、男性が来ているのは、正装らしいけれど古風な衣装だった。

「ふふっ。その絵、新一とわたしに似てるでしょ?」

お茶を淹れて戻って来た蘭が、微笑んで言った。

「蘭ちゃん?そっくりだけど、違うの?」
「……もう、二五〇年程も昔の絵だと、聞いているわ。ご先祖様よ、わたし達の」
「へえ……」
「工藤家・毛利家それぞれの、ご先祖の肖像画を、ここに飾っているわ」
「蘭ちゃん達って、もしかして、お貴族様なの?」
「今は、そんなものじゃないわよ。まあ、世が世なら……ってとこかしらね」

蘭は、そう言って笑った。

「さ。どうぞ」

差し出されたのは、クッキーを添えた紅茶。
紅茶からは、薔薇の香りが漂う。

「お茶に、薔薇の香料を入れるの?」
「ええ。それが、我が家流なの。どう?」
「……美味しい……」
「そう。良かった!」

青子の言葉に、蘭の顔がほころぶ。
青子は、実際に、美味しいとも感じたのだが。
何故だが、薔薇の香料入りの紅茶に、妙に力溢れる感覚も感じていた。

恵子は、ちょっと首を傾げて言った。

「悪くないけど、わたしは何も入れない普通のお茶の方が好みかな?」
「そっか。じゃ、恵子ちゃんが今度家に来た時には、ストレートにするわね」

そうこう話している内に、お手洗いから出て来た園子が、席に着いた。

「蘭。トイレットペーパー、切れてたわよ」
「あ……ご、ごめんなさい!すぐに」
「大丈夫、わたしがセットしといたから。お茶、いただくね」

そう言って園子は、美味しそうに紅茶を啜った。

「ぷはーっ!やっぱ、薔薇のエッセンスは、生き返るわ〜!」
「園子さんの家も、やっぱり、お茶はこれ?」
「うん。まあ、一族は大体、そうだわねえ。お茶じゃなくて、ローズワインを好んで飲む人も多いけど」
「一族?」
「……ええ。蘭も新一君も、わたしの連れ合いも……一族皆、赤い薔薇のエッセンスを使っているわ」
「へえ。変わってるね。もしかして、結婚も、一族の中でしか出来ないとか?」
「でも、そうすると、段々、血が近くなり過ぎて困る事にならない?」
「ん〜。そういう事じゃないのよね。結婚相手は、元々、一族の者じゃなくても構わないの。一族に迎え入れられるというか……」

恵子は好奇心を刺激されたようで、その一族について、もっと聞こうと身を乗り出しかけた。
その時、蘭が青子の耳に触れて、言った。

「ねえ。青子ちゃんって、もしかして九月生まれ?」
「え?ええ、そうだけど……何で?」
「このピアス、サファイアよね?」

青子の両耳には、小粒だが上質のサファイアがきらめいている。

「サファイアは確か、九月の誕生石だと思って……」
「うん。青子の名も、サファイアから取ったんですって。青子が生まれたばかりの時に、このピアスを付けたんだって聞いたわ」
「そう……」

青子は、蘭の優しい微笑みが、少し哀しげなのが気になった。

「青子のお母さんは、青子が小さい時に亡くなってしまったんだけど。とっても、あったかくて優しかったの」
「青子ちゃん……」
「いつも、写真持ってるんだ!蘭ちゃん、見る?」
「ええ。ぜひ」

青子が、胸のペンダントを外す。
それは、中に写真が入れられるロケットで、青子が蓋を開けると、美しくはかなげな婦人が微笑んでいた。

「綺麗で優しそうな方ね。きっと、青子ちゃんの事、とても愛して可愛がってくれたわよね」
「うん!とても素敵な、自慢のお母さんだったの!」

その時、玄関ドアが開いたのか、ドアチャイムが鳴る。

「ただいま〜」
「あ、新一だわ。お帰りなさい!」

蘭の顔が、見てる方が照れる位にほころび、蘭は玄関に向かって駆けて行った。

「……ったく。一体、何年一緒にいるのよ?とろけるような顔、しちゃって」

園子が、呆れたように手を広げた。

「工藤君と蘭ちゃんって、親同士が認めた婚約者で、一緒に住んでるんだよね?だったら、何で結婚してないの?」

恵子が、素朴な疑問を口にした。
帝丹国では、成人は一八歳、そして、親の許可があれば婚姻出来るのが、男女共に一六歳なのである。

「ん〜、まあ、あの二人にとっても、一族にとっても、法的な婚姻ってのは、あんまり意味がなくてね。一族が認めているかどうかの方が、重要なワケで。ま、だから、あの二人は夫婦なワケ。比喩でも何でもなくってさ。わたしと真さんとも、そうなんだけどね」

園子が、言って。
青子も恵子も、一体この人達の「一族」って、どんなものなんだろうと、不思議に思っていた。

「でも、当人の意思が一番尊重されるから。蘭には、親が決めた婚約者が別にいたんだけど。新一君が蘭にコナかけて来て、一体どこが良いのか、蘭の方も、新一君が良いと言って譲らないから、一族で認めたんだって聞いてるわ」
「へ、へえ……」
「青子達と変わらない年なのに、蘭ちゃんって、そんなに情熱的な過去があったんだ……」

三人がそういった会話をしている間に、新一と蘭が、サンルームに入って来る。
新一が買って来たモノを確認しながら、蘭は言った。

「じゃあわたし、ご飯作るから。青子ちゃん、恵子ちゃん、待っててね」
「あ。オレも手伝うよ」
「新一が?この前みたいに、野菜を切っても繋がってるんじゃ、話にならないわよ」
「慣れねえ事だから、仕方ねえだろう?」

そんな話をしながら、二人はキッチンの方へと消えていく。

「……工藤君って、普段は家事をしないのかな?」
「あはは。いや、ヤツは、蘭の為なら何でもするけど……料理を殆どやった事がないのは、まあ何というか……仕方ないと言うか……かくいうわたしも、蘭の料理の手伝いをしろと言われても、どの位出来るか、分かんないわ。大体、我ら一族は、料理の必要なんかないし」
「え?一族の人って、もしかしてみんな、家に料理人がいるのが当たり前って事?」
「あ、ははは、ま、そんなようなもんかな」

恵子の突っ込みに、何故か園子がしどろもどろになっている。

「まあ、蘭も、この日の為に数年間、料理の特訓をやって来たからねえ。わたしも何度も味見したけど、かなりイイ線行ってると思うな」
「……この日の為に……って?」
「え?ああ……お客さんを手料理でもてなす日の為にというか……」

何となく。
園子の言葉に、色々なずれを感じたものの、青子はどう突っ込んで良いかも分からず。
それから、話題は他の事にずれて行った。

女子同士、喋り始めれば話題はいくらもある。
とは言え、年頃の者達が揃っているから、何となく、恋バナの方に話が向くのも、ある意味当然と言えようか。

「何か、みんな、イイなあ。わたしは、恋人とかの前に、男の子が好きって感覚が、まだ分かんなくってさ。青子は知り合った時、もう快斗君と夫婦だったもんねえ」
「ば、バ快斗とは、単なる幼馴染みの腐れ縁よ!」
「でも、何となく傍にいた幼馴染みじゃないでしょ?時計台の前で、初めて出会った快斗君から、マジックで出した薔薇の花を貰って、それからの付き合いだって言うじゃない」
「……青子にとっては大事な思い出でも、バ快斗にとってはそうでもないと思う……」
「そうかなあ。わたしから見たら、青子は快斗君の特別に見えるよ」
「相手の気持ちなんて、相手にしか分からないんだから、ともかくさ。肝心の青子ちゃんは、その黒羽君の事を、どう思っている訳よ?」

青子と恵子のやり取りに、園子が口を挟んで来た。

「あ、青子は、バ快斗の事なんか……!」

口では否定していても、真っ赤になってしまった青子の顔を見たら、恵子は勿論、園子にも、気持ちはダダ漏れであるに違いなかった。

「黒羽君って、どんな子なの?親戚って訳でもないのに、新一君と何故か、顔は似てるようだけど。性格的には違いそうよね」
「そうねえ。スケベでお調子者で、でも、さり気に、女子の人気者だわよね」
「ホント。バ快斗なんかのどこが良いんだか。あの紅子ちゃんまで……」
「紅子ちゃん?」
「小泉紅子ちゃん。ここ数日、実家の方に帰ってるとかで休んでるけど……男子の人気を一手に集めてる、超美人の子がいるの。でも、快斗君は、何でか、紅子ちゃんには興味ないみたいなんだよね。だから余計に、女子の人気が高いんだと思う」
「でもね。紅子ちゃんはモノ好きにも、バ快斗の事が好きなのよ!」
「そ、そうなんだ……」
「青子、わたしは、違うと思うな。紅子ちゃんって、快斗君が振り向かないから、ムキになってるんじゃない?」
「えー、そんな事ないよ!みんな、紅子ちゃんの事、誤解してるのよ。そんな嫌な子じゃないもん。快斗の事だって、結構マジで好きな風なんだもん」
「じゃあさあ。青子ちゃんって、黒羽君の事、諦める積りなの?」
「そ……それは!って、諦めるも何も、青子はバ快斗の事なんかっ!」
「新一君ってさあ。どんな超美人が寄って来ても、蘭以外、見向きもしないんだよね。性格が違っていても、顔が同じだと、女性の好みは一緒なのかなって思う」
「それよ!」

突然、恵子が園子に向かって指を突き立てた。

「工藤君、蘭ちゃん一筋って事なのに、何で最初の日、青子ちゃんにコナかけて来たの?顔が似てるから?」
「……まあ、それはあるんじゃないかな?本気で、妹のような気がしたんだと思うの」

園子が、やや慌てた様子で、恵子の突っ込みに応える。

「ねえねえ。それより、黒羽君。マジックオタクだって聞いたけど」
「オタクなんてもんじゃないわ。玄人はだし、っていうか、そこらのマジシャンより腕が上よね、青子?」
「う、うん……快斗のお父さん、もう死んじゃったけど、世界的なマジシャンだったしね」
「黒羽盗一でしょ?ああ、わたしもファンだったのよねえ!亡くなったなんて、超残念!鈴木家のパーティでも昔……」
「パーティ?」
「あ、や、その……」
「やっぱり、園子ちゃん達の一族?って、庶民離れしてる感じ?」
「そ、そっかなあ。そう言えば、青子ちゃんのお父さんは刑事さんで、怪盗キッドを追っているんだよね」
「うん!八年位なりを潜めてたんだけど、最近また、活動を始めたんだって」
「うーん。残念だわあ。青子ちゃんには悪いけど……わたしは、キッド様の大ファンなのよねえ」
「青子は正直、キッドなんかのどこが良いの?って思うけど。クラスのみんなもファンだし……園子ちゃんがファンだからって、別に、気にしなくたってイイよ」

という風に、話が二転三転している内に時間が経ったようで。

「お待たせ〜」

蘭が、顔を出して声をかけた。
いつの間にか、日はとっぷり暮れていて。
サンルームの大きな窓からは、ひときわ明るい満月が見えていた。

「あちらに、用意をしているから、どうぞ」
「わあい♪」

青子は素直に喜び。
一行は食堂の方へと移動した。

そこには、ナイフとフォークのセットがきちんと揃えられ、前菜らしい皿が出ていた。
中央には、籠にパンが盛られている。
一行が椅子に座ると、皿によそったコンソメスープが出て来た。

「ここら辺は、お魚の新鮮なのがどこで手に入るか分からなかったから、今日は肉料理にしたけど、構わなかったかな?」
「ねえ蘭ちゃん。もしかして、本格的なコースなの?」
「え……あ……うん……だって……」
「蘭ったら。お客さんだからって、張り切ったわね」

園子が、妙に焦ったような声で割り込んで来た。

「あ!そ、そう。つい、張り切っちゃって!」

蘭と園子の笑顔が引きつっているような気がして、青子と恵子は首を傾げたが。
もう、かなり空腹だったので、食事に手をつける。

「あ。おいしーい!」
「うん!すごいよ、蘭ちゃん!」

蘭は、ホッとしたような笑顔になる。

そして、新一と蘭と園子も、それぞれ、食べ始めたが。
青子と恵子の皿に盛られている量より、他の三人の皿に盛ってある量は、明らかに少ない。
一応、三人とも、皿にあるものを残すような真似はしなかったけれど。
男性である新一までも含めて、青子と恵子よりずっと食が細いのだった。

「ねえねえ蘭ちゃん。もしかして、青子達に回す為に、三人の食べる分がなくなったんじゃないの?」
「そ、そんな事はないわ。わたし達一族は、みんな、小食なのよ」

またしても、「一族」だ。
さっき園子は、「一族の連れ合いになれば、一族として迎えられる」ような事を言っていたけれど。
だとしたら、小食という体質まで、共通するものだろうか?

青子と恵子は、何となく違和感を感じながら。
でも、どこがどうと、言えないでいた。

メインディッシュの時に、新一がワイングラスを出して来て、そこに赤い液体を注ぐ。

「これ、ワイン?」
「ああ。みんな未成年だけど……ちょっと位、良いだろ?」
「……これ、薔薇の香りがする……さっき言ってた、ローズワイン?」
「ええ。我が一族に伝わるものなの」

青子は、おっかなびっくり、ちょっとだけ口をつけてみる。
この帝丹国では、一応、成人するまでアルコールは禁止となっているが、食事時の少量のワイン位なら、大抵の者がたしなんでいるのだ。
青子だって、別に、ワインが初めてという訳ではなかった。

ローズワインは、今迄青子が口にした事があるどのワインとも違っていた。
薔薇の芳香が口の中に広がり。
アルコールの酩酊とは全く違うのだが、体の奥に熱がたまり、高揚感が溢れて来る。

「このワインって、何か……栄養剤でも入ってる?」
「まさか。何で?」

青子の問いに、蘭が笑って応じる。

「だって何て言うか……力がみなぎるような感じが……」
「へえ?わたしには、そんな感じ、ないけどなあ。青子、よっぽどこれが好物なんじゃない?それか、単にアルコールに弱いのか」
「そっかなあ?だって、普通のワインではそんな事になんないもん」
「へえ。青子、未成年なのに、ワインは飲んでるんだ?」
「ちょっとだけだよ!それ言うなら、みんなそうでしょ!?」

新一と蘭と園子が、青子と恵子の会話を聞いて、お互いに意味ありげな視線を寄越し合っている。
青子は、何故だか疎外感を感じて、胸がチクリと痛んだ。

『この三人は、親戚で、昔からの付き合いなんだから、きっと目と目で語り合える仲なんだ……知り合ったばかりの青子とでは、比べものになる筈ないのに。何で……』

青子は、自分自身の胸の痛みに、戸惑っていた。


   ☆☆☆


美味しい食事に舌鼓を打った楽しい晩餐会は終わり。
恵子は、園子と新一に送られて、家路に着く事になった。

「蘭。オレは、桃井さんを送った後、ちょっと野暮用があるから」
「うん。わかった。気をつけてね」

玄関先で、新一は蘭の唇に軽いキスを送り。
周りの者達は、赤面する。

青子は、新一がこんな夜に、一体何の用があるのだろうと、ちょっと気になったが。
自分が口を挟む事ではないと感じて、黙っていた。

「青子ちゃん。お風呂に入る?」
「あ……う、うん……」

蘭に促され、青子は浴室へと向かった。
お風呂にも、深紅の薔薇の花びらが浮かべてあり。
一体、どこまで薔薇好きな一族なのだろうと、青子は思った。


そして……青子自身、赤い薔薇の香りに包まれて、体の奥底から力が湧いて来るような感覚があるのが、不思議だった。



第3章に続く


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