久遠の一族 U



byドミ



<前書きおよび注意書き>

このお話は……人間である黒羽快斗と、人間として生きて育って来たけれど実は……な中森青子ちゃんとの、ヴァンパイアパラレルシリアスラブロマンスです。
前作「久遠の一族」の設定を引き継いでおり、キャラも再登場します。
主役は快青ですが、とある事情により、コナンのキャラである新蘭園も、かなり出張っています。
どうしても、西洋ヴァンパイアの雰囲気なもので、前作同様、舞台は欧州の筈ですが。
何故か主要登場人物の名前は日本名だし、生活風習や制度の様々な部分で、欧風と和風が、ごちゃ混ぜです。
メインは快青で、少し(?)新蘭で、とある事情により、新青で蘭青だったり(汗)。
でも、当社の新蘭快青は、絶対、三角関係とか浮気とかレズとかは、ありません。
途中かなり辛い展開もあるかもしれませんが、ハッピーエンドはお約束します。
少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。




君は、オレを照らして
導いてくれる光だった
オレを癒してくれる
慈愛に満ちた光だった
君が何者であっても
そんなの関係ない
不老不死になんか興味はねえが
君と一緒なら
永遠の命ってのも
悪くねえって思うよ




少年のように目を輝かせて
いつもキラキラしているあなた
ホントに大好きだったよ
自分の正体も知らずに
愛してしまってごめんなさい
どうか、幸せになってね
もし出来るなら
時々で良いから思い出してね
あなたの事を遠くから
いつも見守っているよ





第一章 密やかな崩壊の音



「もう!ば快斗っ!また、女子更衣室を覗いたわね〜〜!?」
「へっへーん。相変わらず育ってねえ青子の扁平胸なんか見てねえから、安心しなって♪」
「……!!やっぱり見たんじゃない!サイテー!!」

江古田学園高等部では、今日も心温まる(?)幼馴染み同士の痴話喧嘩が繰り広げられていた。

黙って座っていれば美少女と言える中森青子は、勇ましくモップを振り回し。
黙ってたたずんでいればカッコイイ少年と言えなくもない黒羽快斗は、悪戯小僧のような表情で青子の振り回すモップを軽い動きでひょいひょいと交わす。

数学を教える女性教師だけは、真剣に二人の喧嘩を止めようとするが、クラスメート達は慣れっこになっていて、誰も何も思わない。

「中森青子っ!黒板の問一の答は!?」
「√3!」
「黒羽快斗っ!問2に答えよ!」
「4x+y!」

教師が嫌がらせのように、今勉強している部分とは全く別の問題を出して来ても、二人は、喧嘩をしながら即座に答える。
二人とも、稀に見る天才なのだ。

そうこうしている内に、授業終了の鐘が鳴り、他の生徒達は何食わぬ顔で教科書ノートを仕舞い、立ち上がる。

「起立!礼!」

クラス委員の恵子が空っとぼけて号令をかけ、一同、律儀に立ち上がって礼をして、解散となった。
たった今までバトルを繰り広げていた青子と快斗だが、「わーいお昼だ―」と、アッサリ矛を収めてしまっている。

「もう、いやっ!こんなクラス!」

教師一人が嘆いているが、江古田学園高等部二年B組は、荒れる事もなく、皆好き勝手しているようでそれなりに秩序が取れている、結構良いクラスなのだ。
実際のところ、教師自身もそれは分かっている。



   ☆☆☆



欧州(ヨーロッパ)帝丹国、首都帝丹市。
江古田学園は、帝丹市の江古田町にある、中高一貫の公立ハイスクールだ。

中森青子は、そこに通う、普通の女子高生だった。
飛びぬけて可愛かったり、天才的頭脳を持っていたりはするけれど、ごく普通の女子高生だった。

残念ながら、幼い時に母親を亡くしてしまったが。
その分を補って余りある位、父の中森銀三警部に愛情を充分注がれて育ち。
幼馴染みの黒羽快斗、親友の桃井恵子、他沢山の友人達に囲まれて、平凡だけど幸せな生活を送っていた。


この日までは。



青子は、ふと、視線を感じて立ち止まった。
江古田学園の校庭には、桜の木が沢山植わっており。
今は、その桜が満開になっていた。
その木の向こうに、誰かが立って、青子を見詰めていた。

青子が、そちらを見ると。
そこに、青子と同じ年頃だろう男女二人が立っていた。
江古田学園の制服を着ているが、青子が見た覚えがない二人組だった。

強烈なデジャブを感じたが。
男性の方は快斗に、女性の方は青子自身に、何となく似ていた為、その所為だろうと思う。
非常に印象的な二人。
もし、今迄、本当に会った事があったのなら、忘れた筈がない。

二人と青子の視線が、絡み合った。
青子の胸がドキドキとうるさい位に鳴る。

不意に。
女性の方の目に、涙が一杯に盛り上がって零れ落ち、女性は手で顔を覆った。

「らん!」

青子を見詰めていた男性が、女性の方に目をやり、抱き寄せて頭を撫で、その耳に何か囁いていた。
その二人の様子に、ドギマギしながら、同時に心臓がうるさい位音を立てていた。

「青子。どうしたの?」

恵子に声を掛けられて、青子は我に返った。
桜の下を指差して、言う。

「あ……うん、今、そこに男の子と女の子が……」
「?誰もいないよ?」
「えっ?」

たった今まで、二人が立っていた筈の空間には、もう、誰もいない。

でも、見間違いや幻なんかでは、なかった。
青子はそう確信していた。

「で?青子、その二人がどうしたの?」
「ん〜。何と言うか……すごく、仲良さそうな雰囲気の二人だったんだけど。女の子の方が、突然、泣きだして。そしたら、男の子がそれを慰めてて……」
「ふんふん」
「その姿を見たら、何か胸がキューッと苦しくなっちゃって……」
「はっはーん」

恵子の目が、スケベそうな半目になった。

「な。何よ、恵子、その目は!?」
「青子は、快斗君一筋かと思ってたんだけど」
「えっ!?だ、誰が、バ快斗の事なんかっ!」
「それも、照れ隠しだって思ってたけど」
「だからあ!」
「青子、その男の子に一目惚れしちゃったんじゃない?」
「えっ!?」

恵子から、考えもしていなかった事を言われて、青子は目が点になる。

「ひ、一目惚れ?青子が?」
「うん。で、その男の子が、他の女の子を慰める姿を見て、ショックで胸が苦しくなったとか……」
「そ、それは……違うと思う……多分……」
「そうなの?」
「うん。だって……」

青子にも、上手く説明が出来ない。
けれど、これが「恋の痛み」などではない事は、何となく分かっていた。

第一、青子がドキドキして胸が苦しくなったのは、男女二人に対してであり、男の子だけに対してのものではなかったのだから。

それに、青子は、恵子にも他の誰にも内緒にしていたけれど。
そして、今のように、恵子やクラスメートからからかわれても、いつも否定していたけれど。

青子は、ずっと、幼馴染みの黒羽快斗の事が、好きだった。
青子が恋愛感情を持っているのは、快斗、ただ一人だけだった。
それは、昔も今も、何があっても、揺らがない。

先程の二人へ湧きあがった気持ちは、それとはまるっきり違う。
懐かしく慕わしく……けれど、恋とはまるっきり違うもの。
強いて言うなら。
青子が幼い頃に亡くなった母親を思い出す時に似た、気持ちだった。

「ふうん。まあ、でも、ちょっと位、快斗君をヤキモキさせてあげても、良いかもねえ」
「だからあ!ヤキモキさせるも何も、バ快斗はそんなんじゃなくって!」
「はいはい、わかったわかった♪」
「んもう!恵子!」

いつものように、親友の恵子とじゃれ合うような会話をしながら。
青子の胸に、不安が広がって行く。


誰も知らない間に密やかに。
青子の「日常の終焉」は、近付いていた。

青子は、どこかで、それを感じ取っていたのだった。



   ☆☆☆



欧州にある帝丹国では、新学期の始まりは九月である。
九月〜一月までが一学期、二月〜六月までが二学期の、二学期制。
七月八月は、進級前の夏季休暇になる。

就学年齢は、一月三一日時点での年齢が基準である。
青子達の所属するハイスクール二学年は、来年の一月三一日時点で一七歳である者が、殆どだ。
ただ、時に留年する者あり、スキップ制度を使う者ありで、多少のばらつきは見られるが。

青子と、青子の幼馴染みの黒羽快斗は、それぞれ成績優秀なので、その気になればスキップして上の学年に行く事も可能だったが、敢えてそういう事はしていなかった。

桜の花が咲いている四月現在は、二学期の途中であり。九月生まれの青子も六月生まれの快斗も、まだ一七歳の誕生日を迎えていなかった。
青子は、これから先もずっと、快斗や恵子達と、同じように年齢を重ねて生きて行くのだと、信じていた。


   ☆☆☆


「今日は、転校生を紹介します。杯戸地方から帝丹市に移って来た、工藤新一君と毛利蘭さん、鈴木園子さんです」

ホームルームで紹介された転校生の顔を見て、青子は驚いた。
三人の内の二人は昨日、桜の下で見かけた男女だったのだ。

「ねえねえ。工藤君と毛利さんって……黒羽君と青子に似てない?」

同時に三人もの転校生。
しかも、その内二人が、元から居るクラスメートと似ているとあって、教室内はざわめいていた。

「初めまして。工藤新一です」
「毛利蘭です」
「鈴木園子です。どうぞ、よろしくお願いします」

三人はそれぞれに従兄妹同士で、家庭の事情で帝丹市に越して来たのだと説明された。

休憩時間になると、三人はあっという間にクラスメートから取り囲まれる。
それを、青子は遠目で見ていた。

恵子が青子に声をかけて来る。

「ねえねえ、青子。もしかしたら、昨日見かけた男の子と女の子って、あの子達?」
「え?あ……うん……」
「なーんだ。青子、てっきり、快斗君以外の男の子にラブか!?って思ったけど。単に、快斗君に似てるから、気に掛かっただけでしょ?」
「似てる……快斗に?」
「そう思うけど?」
「……あの人は……快斗とは違うよ……全然……」
「そうだよなあ。似てるなんて言われたら、心外だぜ!」

憮然とした快斗の声がすぐ傍で聞こえ、青子は飛び上がりそうになった。

「そうよ!あの人は、バ快斗なんかよりずっと素敵だもん!」
「おい……!アホ子!」
「まあまあ、青子。何もそこまで……」
「まあ、あれだな。あの子、毛利蘭ちゃんだっけ。顔は青子に似ているけど、青子とは似ても似つかぬナイスバディ……」

快斗の言葉の続きは、青子のモップに遮られた。
快斗は、軽い動きでそれを避ける。

「アホ子、オメー、いつの間にモップなんて……」
「問答無用!覚悟!」

青子がモップを振りおろし、快斗が軽い動きでそれを避ける。
いつもの光景。なのに……。

何故か、驚異の運動神経をしている筈の青子は、バランスを崩して倒れそうになった。

床に倒れ込みそうになった青子だが、何かが青子を受け止めた。
良く見知った顔、安心出来る雰囲気、同じ制服に。
青子はほんの一瞬、錯覚を起こす。

「快斗、ありがとう……」
「どういたしまして。でも、どうせなら、オレの名をきちんと呼んでもらえると嬉しいな」
「あ……え……?工藤君!?」

青子は、転校して来たばかりの工藤新一の上に乗っかっている状況に気付き、慌てまくった。
倒れかけた青子を、新一が助けてくれたのだろうと、理解は出来たが。

「ご、ごめんなさい!痛くなかった?」
「いや、全然。青子ちゃんに怪我をさせる訳には、行かないからな」
「え……?」

どうして、青子の名を?と問うより早く。
青子は、新一からふわりと抱き締められていた。

周囲から悲鳴が上がる。
青子は、呆然としていたが、初対面の筈の新一に抱き締められて、全く嫌じゃないのが、不思議だった。
どこか懐かしい感じがして、心の奥底から愛しさと慕わしさが湧き起こって来て、青子の目に涙が滲む。

「おい!オメー!青子を助けてくれたのには感謝するけど、いい加減、離れろよ!青子が嫌がって泣いてるだろ!?」
「あ、快斗。違うの……これは、嫌だからじゃなくって……」

青子が慌てて新一を庇う発言をする。
それが、快斗の怒りに火を注ぐ事になるとも気付かないままに。

火の手は、別方面からあがった。

「おい!工藤!たった今、毛利蘭はオレの奥さんだから手を出すなと言った口で、お前は他の女に手を出す気なのかよ!?」

クラスメート男子から、そういう怒号が飛ぶ。
男子女子共に、うんうんと頷いている。

江古田学園二年B組では、黒羽快斗と中森青子の仲は公認で。
そこに他の者が割って入るのは、男子女子共にご法度なのだ。

まして、(快斗と青子と恵子は聞いていなかったが)クラスメートに取り囲まれて質問攻めをされた時に、工藤新一の「毛利蘭はオレの奥さん」発言が、あったらしい。であれば、尚更の事だ。

新一は、シレシレとした顔で、青子を抱き締めていた腕を離して立ち上がり、青子に手を貸して立たせた。

「蘭と青子ちゃんとは、別。蘭は、オレのただ一人の女。青子ちゃんは……まあ、妹みたいなもんかな?」

そんな新一の姿を、「新一の奥さん」である蘭は苦笑して、二人の「従妹」である園子は、呆れ顔で眉をヒクヒクさせて、見ていた。



   ☆☆☆



快斗は、むしゃくしゃした気持ちのまま……普段だったら、青子と一緒に昼食を摂るのだが、今日は一人で、母親手作りの弁当をかき込み、木の上で昼寝をしていた。

そこへ、風に乗って会話が聞こえて来る。
どうやら、二階の、この木のすぐ近くにある教室で、会話をしているものらしい。

「……新一君!あんた一体、どういう積りよ!?さっそく青子ちゃんにコナかけるなんて!」
「どういう積りって……しゃあねえだろ、体が勝手に動いちまったんだから!」
「まあまあ、園子。青子ちゃんに怪我させる訳には行かないじゃない。でも、新一ばっかり、ずるい。わたしだって青子ちゃんを抱き締めたかったな」

会話をしているのは、今日の転入生三人だとすぐ分かったが。
話の中に、青子の名が出て来た為、快斗の耳はダンボになった。

「だけど、驚いたわよね。青子ちゃんが蘭に似てるのは当然だとしてもさ。黒羽快斗君って、新一君の遠縁でも何でもないのに……」
「そうねえ。女の子は、父親に似た相手を好きになるって、よく言うけど……見た事のない父親でも、やっぱり魂が覚えているのかな?」
「おい。って事は、オレは、毛利子爵に似てんのか?」
「……ああ。そう言えば、似てるかも。顔は違うけど、何と言うか……根本的なところで」

『子爵?毛利家は貴族だったのか?にしては、それらしい称号も紹介されなかったけど』

快斗は首を傾げた。
そもそも、江古田学園に、上流階級の子弟が来る事は滅多にないのだ。

帝丹国では、二十一世紀になっても、貴族制度は残っている。
昔程の身分格差がある訳ではないし、貴族といえど仕事はしないと食っていけないけれど、上流階級の社会はいまだに存在しているのだ。

しかし、あの三人に、そのような雰囲気は感じられなかった。
いや……何となく、良家の子女の雰囲気がないでもなかったが、貴族階級とまでは考えられない。

「まあ、顔がオレに似てようがなんだろうが、なまじのヤツに、大事な青子をやる訳にはいかねえけどな」

『おい、いきなりもう、青子の事、呼び捨てかよ!』

快斗は、少し見当違いの怒りを、燃やしていた。

『それに、やるって何だよ!?青子はオメーの持ちものかってーの!』

快斗のムカつきをよそに、三人の会話は続く。

「けどさ。新一君、蘭の事を奥さん宣言はまあ、いつもの事だから良いにしても。いきなり青子ちゃんにあんな事やっちゃって、どういう風に見られるか、分かってるの?ってか、もう既に、蘭のようなイイ女をキープしていながら、他の女に手を出す女ったらしって風評が立ってるようだけど?」
「別に、ここで評判が悪くなろうが、オレは構わねえさ」
「そうね。どうせ、長くいる訳じゃないし。わたしも、青子ちゃんに変な男が近付くのは嫌だから、新一が牽制するのも悪くないと思うの」
「あのねえ!アンタ達、甘いわよ!肝心の青子ちゃんが、新一君相手に、その気になってしまったらどうすんのよ!?」
「園子、どういう意味?」
「アンタの迂闊な態度の所為で、青子ちゃんがフォーリンラブしちゃって!その後、血の繋がりがあるから恋しちゃダメな相手だって知ったら、どうなると思ってんの!?それこそ、すごく傷付くわよ!だからって、中森さんが本当のお父さんじゃないって知らない青子ちゃんに、新一君との血の繋がりを、打ち明けて置く訳にも行かないでしょ!?」

快斗は、思わず身を乗り出していた。
窓の向こうに、三人の姿が見えた。
窓のすぐ傍に、窓を背にしているのが工藤新一で。
残る二人は、新一に向かい合うようにして立っていた。

話の流れから言えば、青子はこの三人の縁続きで、中森警部の実の娘ではないという事になる。
快斗は、混乱していた。

『妹みたいなもんって……あれ、マジだったのかよ?大事だけど、女じゃないって……血が繋がっているからだったのか!』

「……多分、大丈夫だと思うんだがな。不本意だが、青子は、あの黒羽快斗の事が好きな風だし」
「うん。それに何となく、青子ちゃんは、どこかで本能的に、血の近さを感じ取ってるんだと……」
「しっ!」

突然、新一が二人を制した。
そして、くるりと振り返る。新一が窓を通して、
快斗を見たのが分かり、快斗は慌てて葉の陰に隠れた。

窓が開けられる。
新一が窓枠に手をかけ、足をかけ……そして、跳躍した。

「……!」

快斗は、息を呑む程に驚いていた。
新一は窓からひらりと、快斗のいる木の上まで飛び移って来たのだ。

並外れた運動神経には自信がある快斗だが、新一の身の軽さは、それをはるかに上回る。
とても人間業とは思えない。

「黒羽快斗。今の話、聞いていたな?」

目の前の新一の纏う空気が、常ならぬものに感じて、快斗は思わず息を詰めていた。
何だかザワリと、禍々しいものを感じる。

どう見ても、自分と同年代の男だけれど。
何となく、親の世代以上の威圧感を感じてしまう。

『たかだか同年代を相手に、このオレが怖気づいている?そんな、有り得ない』

快斗は首を横に振った。
それに、この男が、他ならぬ青子と関わりが深いと言うのなら、逃げてはいられない。
確かめなければならない。

「工藤新一。それに、毛利蘭、鈴木園子。……お前達、一体何の為に、ここに来たんだ!?」
「くくっ。話を聞いていたんなら、およその見当はつくと思うけどな。オレ達は、オレ達の……一族の大切な娘・青子の為に、ここに来た」
「一族の大切な娘?どんな事情があったか知らないが、手放したクセに、よく言うぜ!」

快斗は、青子を手元で育てなかった件に関して、自分達と同じ年頃の新一達を責めるのは筋違いだと思いながらも、思わず、そう言っていた。

「……ああ。そうだな。お前の言う通り、どんな事情があろうが、手元で育てられなかったのだから、何の権利もない事は、分かっている。オレ達は、中森警部を実の父親と疑う事なく過ごしている青子の幸せを壊す気は、ない。それでも、オレ達が敢えて、青子の元に来たのは……」

そこで新一は、言葉を途切れさせた。

「今は。これ以上は言えない」
「おい!そこまで話しておいて、それはねえだろう!?」
「お前に信用が置けると思えば、いずれ話すかもしれないがな。今は、そこまで信用出来ない」

快斗は心の中で唸った。
信用出来ないのはそっちも同じだと、心の内で反発する。

ただ、この工藤新一が、どうやら恋敵ではなさそうだという事だけには、少しホッとしていた。

「青子は、何も知らない。中森警部の実の娘ではない事も知らない。黒羽快斗。お前も、青子に余計な事は言うんじゃねえぜ?」

この三人が青子の身内だとしても。従兄妹同士ならば結婚出来るし、実際、新一と蘭とは恋仲であるようだ。

恋してはいけない間柄だとすると、新一と青子は兄妹なのだろうか?
ただ、同い年というのが解せない。
双子なのか、でなければ「異母兄妹」なのかもしれないと、快斗は考える。

この三人が良い家の出で、青子が新一の異母妹なのあれば、物心つく前に養女に出されたのも、何となく分かるような気がする。

「工藤新一。お前は、青子の兄なのか?」
「……ああ。まあ、そんなものだ。恋愛や結婚の対象とはなり得ない、血の近さだよ」
「だったら!兄妹の名乗りを上げる気がねえのなら、青子に勘違いさせるようなマネはするな!」
「ふん。まあ、勘違いはしねえだろうと思うが……蘭!」

新一が突然、その名を呼ぶと、あいた窓の向こうからこちらを見ている蘭が、返事をした。

「なあに、新一?」
「オレは、なるべく遠目に見てる事にするから。青子の傍にはお前がついてて、守ってやれ」
「わかった。そうするわ」

蘭が笑顔で頷く。

快斗は、奇異な思いを抱いた。
偉そうに恋人に命令する新一の言い草にも、それを笑顔で受け入れる蘭に対しても。

どういう血縁かは分からないけど、蘭は青子と顔が似ているから、血は繋がっているのだろう。
にしても、新一の妹を、新一の恋人が守るという構図は、とても奇妙だと感じた。

『っていうか。守るって……何か、青子に危険があったりする訳か?お家騒動の火の粉が降りかかりそうとか、そんなんじゃねえだろうな?』

そのような事を考えていると、目の前に新一の顔が迫り、快斗は思わず仰け反り、あわや枝から落ちそうになった。

「ところで。オメーは、青子の事が好きなのか?」
「は?べ……別に、好きじゃねえよ、あんなお子様女」

快斗はつい、いつものごとく言ってしまい、目の前の新一の目がすっと細められた。

「人には、勘違いさせる態度を取るなと言って置いて……お前は、青子を弄ぶ気かよ?」
「弄ぶも何も!青子とはタダの幼馴染みだし!」

新一から立ち昇る禍々しいオーラに、思わずビビりそうになりながら、快斗は叫んだ。
その喉元に、新一の手が当てられる。
その手は、ひんや
りと冷たかった。
快斗は動けない。恐怖で動けないのではなく、何らかの力が快斗を動けなくしていた。

本気の殺気を感じる。
快斗の全身から冷や汗が吹き出していた。

と、突然、殺気と禍々しいオーラが消えた。
新一の手が離れて行く。

「ふん。気に入らねえ。殺されかけても、その場を切り抜ける出まかせも、言えねえとはな」

言葉とは裏腹に、新一の表情は面白そうな笑顔になっていた。

新一は、その枝から、身軽に地上に飛び降りた。
快斗も、それに続く。
すると、目の前に、蘭と園子が立っていた。

『こいつら、あの教室からいつの間に、ここに移動したんだ?』

新一だけではなく、蘭と園子も、どこか人間離れしたものを持っていると、快斗は感じた。
何だか薄気味悪い。
皆、人間ではないような感じがしてしまう。

「新一ったら。黒羽君を苛めないのよ」
「はは。わりぃ。つい、な」
「黒羽君。新一もわたしも、人を殺すのは好きじゃないけど。もしあなたが青子ちゃんを傷付けるなら、わたしの最初の餌食になるのは、あなたかもね」

にっこり笑っていた蘭が、物騒な事を言って、先程の新一と同じ禍々しいオーラが立ち昇る。

その場の空気が、ひんやりとして、異世界の空間がそこにあるようで。
快斗は、思わず息を呑んでいた。

新一と蘭・園子、三人とも。
人とは思えぬ気配をまとい、目が妖しく赤く光り、その唇が異様に赤いように見えたのは、気の所為か?



三人が去った後。
そこは、陽の光が満ち溢れ、桜の花びらが舞う、今迄通りの中庭だった。
先程までの異様な空気は一体何だったのかと、快斗は訝しんでいた。
快斗の全身は、冷や汗でびっしょり濡れたままだった。

どうやら、青子の血縁らしい、あの三人。
しかし、青子に近付けさせて良いものか。
快斗は、嫌な予感がして仕方がなかった。



この時の快斗の予感は当たっていて、遠くない未来に、快斗と青子の日常は、終焉を迎える事になるのだが。
その引き金を引くのが、新一達三人の異邦人などではなく、他ならぬ快斗自身であるとは、快斗にも、他の誰にも、予想が出来る事ではなかったのである。



第2章に続く




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